勿忘草
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ジメジメとして雨も降り続き、こんな天気では髪はうねるし洗濯物も乾かない。一番嫌いな時期がやって来てしまった。
折角の休日も雨が降っていては、何も出来やしない。自室のベッドの上で何もせず、ただボーッと過ごしている。そうしているうちに、ウトウトしてきてゆっくりと瞼が落ちていき、微睡みの中へ身を投じた。
どのくらい経ったのだろうか。
遠くからドタバタと騒がしい音が聞こえ、フと目を覚ます。今、何時だろうとケータイへ手を伸ばした、その瞬間にドアが物凄い勢いで音を立てて開いた。ドアが吹き飛んだのかと思うくらいの轟音に短い悲鳴をあげてしまった。
ドアの方へ目を向けるとそこには場地の姿があった。
「いきなり何?」
「あ?ケータイ見てねぇの?」
「見てない。さっきまで寝てたから」
「もう、昼過ぎだぜ?」
手に握っているケータイを開いて画面を確認してみると、メールが三通届いていて、送り主は全て場地からだった。
"暇"
"今からツーリング行くぞ"
"着いた"
という内容のメールだった。暇までは理解出来るが、返信が来てもないのにツーリング行くぞからの着いたは、なかなかのものだ。
「私の返事も聞かずによく来たね」
「どうせ暇だろ」
「まぁ、そうですけど。ていうか、ツーリングって言っても外は雨…って晴れてる」
チラッと外を覗けば先程までのウザったい雨は止み、太陽が分厚い雲から顔を覗かせていた。
青い空には虹がかかり、水溜まりを反射させた道路がキラキラと光っている。
「いつの間に止んでたんだね」
「じゃなきゃ、行くなんて言わねーよ」
「それもそっか。今から、支度するから待ってて」
「五分な」
「無理だよ。女の子は時間が掛かるんだから」
「何が女の子だ。まだ寝てんのか?五分で済ませ」
そう言い残して場地は部屋を出ていってしまった。本当に自分勝手な男なんだからと思うが、なんだかんだ、ちゃんと待っててくれるのは知っているので、文句は口には出さず支度に取り掛かる。
待っててくれるとは言え、待たせるのは流石に悪い気もするので、猛スピードで支度をして五分は無理だったが十分ほどで場地の待つ外へ向かう事が出来た。
「お待たせしました」
「お、思ったより早かったじゃねぇか」
「場地が急かすから頑張ったんです」
「あっそ」
適当な返事をした後、顎でバイクの後ろに乗れと指示を出して来たので、バイクに跨って場地の腰辺りに腕を回す。
少し前までは、この体勢に抵抗があったものの何度も乗っているうちに慣れた。
胸がドキドキする時もあるけれど、それさえも心地よいとすら思うようになっていた。
しっかりと乗った事を確認するとバイクは走り出し、ぐんぐんスピードが上昇する。
一年前に海に行った時と同じようにスピードは出ているが、あの頃より車体が安定していて、さほど恐怖は感じない。自分が慣れたという事もあるが場地の運転も上手くなっていると感じた。
「ねぇ、どこ行くの?」
「あ?聞こえねぇ」
「どこ行くの!」
風の切る音とエンジン音で私の声は届かないらしく、再度大きな声で聞くが「何言ってんだぁ?」と言われてしまい、行先は分からぬまま、バイクは街中を駆け抜けた。
徐々に都会の騒がしさは消え、景色は静かな山の中へと入って行く。
景色が緑一色に染まってから、一時間ほど走らせた後に、バイクはゆっくりとスピードを弛め、透き通った水が静かに流れる渓谷の傍で完全に止まった。
そこは、どこか懐かしく、見覚えある景色だった。どこで見たのだろうと記憶を辿っていると場地が「昔、一緒に来ただろ」と言った。
「あ、小さい頃にお父さんとお母さんに連れて来てもらった場所だ!」
「あぁ。オレら、ずっと川で遊んでたよな」
「そうそう。帰るの嫌で二人で泣き喚いたの覚えてるよ」
「オレは泣いてねぇよ。オマエだけだろ」
「場地もまだ遊ぶんだって泣いてたよ」
「ンなわけねーだろ」
記憶の中の場地は私と一緒に確かに泣いていた。駄々をこねる私たちを両親は引き摺るように連れ帰った事も鮮明に覚えている。
本当に忘れているだけなのか、恥ずかしいのかは分からないが、まだ遊びたいと泣き喚く姿なんて今の場地からは想像も付かないだろう。
「でも、どうしてここに?」
「夢を見たんだ」
「夢?」
「あぁ。明日香とここで遊ぶ夢。そしたら、懐かしくなって、行きたくなった」
昔の事を思い返しながら、川のせせらぎを耳にし、緩やかな流れを黙って見つめる。
鮮明に思い返される思い出たちは、目の前の川で遊ぶ幼き頃の私たちがはしゃいでいるように見え、まるで映画を見ているような気分になった。
「そうだ、前みたいに水切り対決しようよ」
「そういやぁ、そんな事やったな」
「場地は全然、跳ねなかったよね」
「水に叩き付けてるだけだったもんなぁ」
「それじゃあ、飛ぶわけないのに」
「バカだったんだろ」
「それは今も変わらないんじゃない?」
「喧嘩売ってんのか?」
「いいえ、滅相もない」
よく飛びそうなツルンとした形の良い石を探して、同時に川へ投げる。
私の放った石は、一回、二回とリズム良く跳ねて、合計四回跳ねた。一方、場地は凄い勢いで投げたようで跳ねるどころか一回も水面に触れる事なく、向こう岸まで飛んで行った。
「飛距離を競う対決じゃないんだけど?」
「うっせぇ!分かってるっての!」
「水面ギリギリに投げないと」
「こうか?」
水面ギリギリと言ったはずなのに、昔と変わらず川に叩きつけられた石。水面を揺らして沈んでいく石を見て小さく呟く。
「…なんも変わってないね」
「…だな」
場地はその後も何回も水切りに挑んで来たが、全く勝負にならなかったので対決は止めた。
次は、足だけを川に入れて、水遊びをする事にした。水はとても冷たく、夏の入り口の六月では、まだ肌寒いくらいだった。でも、そんな事も忘れて夢中で私たちは遊んだ。
足を振り上げて水を掛け合ったり、魚を見付けて捕まえようとしてみたり、あの日のように笑いが絶えず、日が暮れるまで遊び尽くした。
「そろそろ上がるか」
「そうだね。タオルないから自然乾燥させなきゃ」
辺りが朱に染まり始めた頃、川から上がり、川岸に並んで座る。夕日を眺めながら、足が乾くのを待っていると、場地は「本当はさ」と呟いた。
「今、行ってみたらあの頃とは違ったように見えんのかなって思った」
夕日に照らされてオレンジ色に染まった彼の横顔を見つめる。場地は真っ直ぐに前を見据えていたので、私も同じように前を見ると、燃えるようなオレンジ色の夕日が水面に反射して一筋の光の道を作っていた。その光の道が私たちを誘うように真っ直ぐと伸びていた。
「変わっちまった事は沢山あるけど、この景色もオマエが隣にいる事は何一つ変わっちゃいねぇ」
「うん。私たちは変わらないよ。きっと、これからもずっと」
「また、来年も来るか。ここに」
「うん。来年も再来年もその先もずっと一緒にここに来たいね」
「何年先の話してんだよ」
「別にいいでしょ?」
「まぁ、どうせずっと一緒にいるんだろうな。オレたち」
一緒に大人になって、何年、何十年と経った時にまた同じようにここに来て、「来年もまた来ようね」と約束する事が出来たら凄く幸せだろう。
私の思い描く未来には必ず隣には場地が居る。
彼が思い描く未来にも必ず隣に私が居るといいな。
少しだけ触れた指先を軽く握りしめれば、彼もまた同じように握り返してくれた。
六月の夕暮れは少し肌寒いけれど、指先から伝わる熱でほんのり暖かくなった気がした。
折角の休日も雨が降っていては、何も出来やしない。自室のベッドの上で何もせず、ただボーッと過ごしている。そうしているうちに、ウトウトしてきてゆっくりと瞼が落ちていき、微睡みの中へ身を投じた。
どのくらい経ったのだろうか。
遠くからドタバタと騒がしい音が聞こえ、フと目を覚ます。今、何時だろうとケータイへ手を伸ばした、その瞬間にドアが物凄い勢いで音を立てて開いた。ドアが吹き飛んだのかと思うくらいの轟音に短い悲鳴をあげてしまった。
ドアの方へ目を向けるとそこには場地の姿があった。
「いきなり何?」
「あ?ケータイ見てねぇの?」
「見てない。さっきまで寝てたから」
「もう、昼過ぎだぜ?」
手に握っているケータイを開いて画面を確認してみると、メールが三通届いていて、送り主は全て場地からだった。
"暇"
"今からツーリング行くぞ"
"着いた"
という内容のメールだった。暇までは理解出来るが、返信が来てもないのにツーリング行くぞからの着いたは、なかなかのものだ。
「私の返事も聞かずによく来たね」
「どうせ暇だろ」
「まぁ、そうですけど。ていうか、ツーリングって言っても外は雨…って晴れてる」
チラッと外を覗けば先程までのウザったい雨は止み、太陽が分厚い雲から顔を覗かせていた。
青い空には虹がかかり、水溜まりを反射させた道路がキラキラと光っている。
「いつの間に止んでたんだね」
「じゃなきゃ、行くなんて言わねーよ」
「それもそっか。今から、支度するから待ってて」
「五分な」
「無理だよ。女の子は時間が掛かるんだから」
「何が女の子だ。まだ寝てんのか?五分で済ませ」
そう言い残して場地は部屋を出ていってしまった。本当に自分勝手な男なんだからと思うが、なんだかんだ、ちゃんと待っててくれるのは知っているので、文句は口には出さず支度に取り掛かる。
待っててくれるとは言え、待たせるのは流石に悪い気もするので、猛スピードで支度をして五分は無理だったが十分ほどで場地の待つ外へ向かう事が出来た。
「お待たせしました」
「お、思ったより早かったじゃねぇか」
「場地が急かすから頑張ったんです」
「あっそ」
適当な返事をした後、顎でバイクの後ろに乗れと指示を出して来たので、バイクに跨って場地の腰辺りに腕を回す。
少し前までは、この体勢に抵抗があったものの何度も乗っているうちに慣れた。
胸がドキドキする時もあるけれど、それさえも心地よいとすら思うようになっていた。
しっかりと乗った事を確認するとバイクは走り出し、ぐんぐんスピードが上昇する。
一年前に海に行った時と同じようにスピードは出ているが、あの頃より車体が安定していて、さほど恐怖は感じない。自分が慣れたという事もあるが場地の運転も上手くなっていると感じた。
「ねぇ、どこ行くの?」
「あ?聞こえねぇ」
「どこ行くの!」
風の切る音とエンジン音で私の声は届かないらしく、再度大きな声で聞くが「何言ってんだぁ?」と言われてしまい、行先は分からぬまま、バイクは街中を駆け抜けた。
徐々に都会の騒がしさは消え、景色は静かな山の中へと入って行く。
景色が緑一色に染まってから、一時間ほど走らせた後に、バイクはゆっくりとスピードを弛め、透き通った水が静かに流れる渓谷の傍で完全に止まった。
そこは、どこか懐かしく、見覚えある景色だった。どこで見たのだろうと記憶を辿っていると場地が「昔、一緒に来ただろ」と言った。
「あ、小さい頃にお父さんとお母さんに連れて来てもらった場所だ!」
「あぁ。オレら、ずっと川で遊んでたよな」
「そうそう。帰るの嫌で二人で泣き喚いたの覚えてるよ」
「オレは泣いてねぇよ。オマエだけだろ」
「場地もまだ遊ぶんだって泣いてたよ」
「ンなわけねーだろ」
記憶の中の場地は私と一緒に確かに泣いていた。駄々をこねる私たちを両親は引き摺るように連れ帰った事も鮮明に覚えている。
本当に忘れているだけなのか、恥ずかしいのかは分からないが、まだ遊びたいと泣き喚く姿なんて今の場地からは想像も付かないだろう。
「でも、どうしてここに?」
「夢を見たんだ」
「夢?」
「あぁ。明日香とここで遊ぶ夢。そしたら、懐かしくなって、行きたくなった」
昔の事を思い返しながら、川のせせらぎを耳にし、緩やかな流れを黙って見つめる。
鮮明に思い返される思い出たちは、目の前の川で遊ぶ幼き頃の私たちがはしゃいでいるように見え、まるで映画を見ているような気分になった。
「そうだ、前みたいに水切り対決しようよ」
「そういやぁ、そんな事やったな」
「場地は全然、跳ねなかったよね」
「水に叩き付けてるだけだったもんなぁ」
「それじゃあ、飛ぶわけないのに」
「バカだったんだろ」
「それは今も変わらないんじゃない?」
「喧嘩売ってんのか?」
「いいえ、滅相もない」
よく飛びそうなツルンとした形の良い石を探して、同時に川へ投げる。
私の放った石は、一回、二回とリズム良く跳ねて、合計四回跳ねた。一方、場地は凄い勢いで投げたようで跳ねるどころか一回も水面に触れる事なく、向こう岸まで飛んで行った。
「飛距離を競う対決じゃないんだけど?」
「うっせぇ!分かってるっての!」
「水面ギリギリに投げないと」
「こうか?」
水面ギリギリと言ったはずなのに、昔と変わらず川に叩きつけられた石。水面を揺らして沈んでいく石を見て小さく呟く。
「…なんも変わってないね」
「…だな」
場地はその後も何回も水切りに挑んで来たが、全く勝負にならなかったので対決は止めた。
次は、足だけを川に入れて、水遊びをする事にした。水はとても冷たく、夏の入り口の六月では、まだ肌寒いくらいだった。でも、そんな事も忘れて夢中で私たちは遊んだ。
足を振り上げて水を掛け合ったり、魚を見付けて捕まえようとしてみたり、あの日のように笑いが絶えず、日が暮れるまで遊び尽くした。
「そろそろ上がるか」
「そうだね。タオルないから自然乾燥させなきゃ」
辺りが朱に染まり始めた頃、川から上がり、川岸に並んで座る。夕日を眺めながら、足が乾くのを待っていると、場地は「本当はさ」と呟いた。
「今、行ってみたらあの頃とは違ったように見えんのかなって思った」
夕日に照らされてオレンジ色に染まった彼の横顔を見つめる。場地は真っ直ぐに前を見据えていたので、私も同じように前を見ると、燃えるようなオレンジ色の夕日が水面に反射して一筋の光の道を作っていた。その光の道が私たちを誘うように真っ直ぐと伸びていた。
「変わっちまった事は沢山あるけど、この景色もオマエが隣にいる事は何一つ変わっちゃいねぇ」
「うん。私たちは変わらないよ。きっと、これからもずっと」
「また、来年も来るか。ここに」
「うん。来年も再来年もその先もずっと一緒にここに来たいね」
「何年先の話してんだよ」
「別にいいでしょ?」
「まぁ、どうせずっと一緒にいるんだろうな。オレたち」
一緒に大人になって、何年、何十年と経った時にまた同じようにここに来て、「来年もまた来ようね」と約束する事が出来たら凄く幸せだろう。
私の思い描く未来には必ず隣には場地が居る。
彼が思い描く未来にも必ず隣に私が居るといいな。
少しだけ触れた指先を軽く握りしめれば、彼もまた同じように握り返してくれた。
六月の夕暮れは少し肌寒いけれど、指先から伝わる熱でほんのり暖かくなった気がした。