勿忘草
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長くもあり短かくもあった夏休みも終わりを向かえ、今日から学校も始まる。
学校なんて行く気力もないが、初日から休む訳にもいかず、憂鬱になりながらも制服に着替えて学校へ向かった。
あの日から二週間ほど経ったが、場地とは一度も会わずにいた。毎日のように暇さえあれば顔を合わせていたのに、今ではそれも無くなった。場地が家に来る事も私が場地の家に行く事もない。どんな顔して会えばいいか、分からなかった。
場地は帰り際に「悪かった」とだけ言い残した。その謝罪は何に対してなのか、分からない。だけど、この会わなかった二週間が答えなのかもしれないとも思う。ただ、誰かに縋りたかっただけで、本当は誰でも良かった。別に私じゃなくても良かったのではないか。そう思うと、胸は痛んだ。
ジュクジュクとして、カサブタにもならない生々しい傷がずっと残っているような感覚がした。
学校へ着くと既にドラケンが来ていて、門の所で立っていた。身長の高い彼は一際目立ち、一目で分かった。
「ドラケン、おはよ」
「おう。元気…なワケねぇよな」
「…うん。元気ではないかな。マイキーは?」
ドラケンは言葉を発する事はせず、静かに首を横に振った。迎えには行ったが「ケンチンは学校行けよ」と言われ、部屋にすら上げて貰えなかったそうだ。二人は学校に来るのもサボるのもいつも一緒だった。そんな二人が別々なのは初めての事。ここでも、二人の仲に亀裂が入ってしまうのかと思うと悲しくなった。
「今日、夕方にマイキーから招集かかってるんだわ。オマエも来るか?」
「うーん…どうしようかな」
前までだったら、喜んで二つ返事で行くと答えていたものを今では躊躇ってしまう。
場地にも会いづらいし、マイキーに何て声をかけたら良いのかも分からない。気の利いた事を言える自信もないし、寧ろ余計な事を言ってしまいそうで怖い。
そんな状態で私が行っても、却って邪魔になるのではないかと迷っているとドラケンは私の背中を軽く叩いた。
「迷ってるなら来い。オレらもいるから大丈夫だ」
ドラケンはニッと笑った。いつもと変わらない、優しさの中にある力強さを含む笑顔に心が少し軽くなった気がした。
ドラケンの言う大丈夫は気休めなんかではなく、本当に大丈夫なような気がするから不思議だ。ドラケンが味方で、怖いものなんてないと思わせてくれるのは彼の人柄のおかげだろう。
「ありがとう」
私が力なく、へにょんと笑って見せるとドラケンはさっきより少しだけ力を強めて背中をもう一度叩いた。
*
授業の終わりを告げるチャイムが鳴るのと同時に教室を出て、ドラケンの教室へと向かう。
一緒に校門を出てマイキーが指定した、武蔵神社へと歩みを進める。
時折不安が胸に過り、足取りが重くなってしまったりもしたが、その度にドラケンが私のペースに合わせて歩いてくれた事で少しだけ安心した。
神社へと着くと、そこには私たち以外の四人が既に揃っていた。一瞬、場地と目が合ったが、すぐに逸らされてしまい、私はソッと目を伏せた。
いつものような騒がしさはなく、全員が口を結んでいて、聞こえるのは風に揺られる木々の音だけだった。この沈黙が痛い。誰もがお互いの様子を伺うように視線だけがさ迷っていた。
そんな中、最初に口を開いたのはマイキーだった。
マイキーは迷いを一切感じさせない声色でハッキリと「一虎が出てきたら殺す」と言い放った。それぞれが息を呑む音だけが聞こえるだけで、沈黙は貫かれている。
マイキーの醸し出す殺伐とした空気が風に乗って私たちの間を駆け抜けた。
誰も言い返す事が出来ずに黙り込み、言葉を懸命に探しているようだった。
ただ、場地だけはゆっくりと口を開いた。
「一虎はただ、マイキーを喜ばしたかっただけなんだ」
その声があまりにも頼りなく、今にも消え入りそうだった。マイキーはスっと視線を逸らして、地面を見つめた。
そんな事をしても何も戻らないし、得られるモノはない事はマイキーも分かっていると思う。そんな事をしてしまったら、自らの手で未来まで殺してしまう。
今、マイキーの心の中は数多の憎しみが渦巻いている。その憎しみが彼の心を支配してしまったら、悲劇は繰り返されるだけ。
そんな事はダメだとは頭では分かってはいるが、彼の立場を考えれば何も言えなくなってしまう。マイキーは最愛の家族を奪われた被害者で、私たち以上の苦しみや悲しみを抱えている。その小さな身体で全てを受け止めるにはあまりにも酷だ。
マイキーは何も発する事なく、踵を返して私たちに背を向けて歩き始めた。砂利を踏みしめる音だけがやけに大きく聞こえた。
徐々に小さくなる背中を見送り、完全に見えなくなると三ツ谷とパーちんは黙ったまま、踵を返して石段を降りて行ってしまった。
私もこのまま帰ろうかと足を一歩踏み出すと、横からドラケンがガっと肩を組んで来た。突然の事に驚いてドラケンの顔を見上げると、彼はただ真っ直ぐに神社の拝殿を見つめていた。
反対側には場地が肩を組まれていて、また彼も私と同じように驚いた様な表情を浮かべていた。
「…オマエらさ、何があったか知んねぇけど、ちゃんと話せよな」
あの日の事をドラケンに話してはいないが、彼には何かがあった事は察しているようだ。ドラケンはよく周りを見ていて、小さな変化もすぐに気付いてくれる。そんな所を尊敬もするけれど、今はその優しさが辛い。
「バーカ、何もねぇよ。オマエの考えすぎだろ」
俯いていた顔を上げると、場地はドラケンに向けて誤魔化すような笑顔を向けていた。
その表情を見た瞬間に分かってしまった。
場地の中で私にも彼らにも線引きをしたのだと。これ以上、自分の中に立ち入らせないという拒否をしている感情がその笑顔から滲み出ているような気がした。
もう終わりなんだと思ったら、涙が滲んでしまった。
何もしてあげられなかった自分と今、この瞬間ですら何も出来ない自分に苛立ちを覚えた。自分の無力さを痛感して、悲しみに打ちひしがれそうになってしまった。
「生きてる間にしか想いは伝えらんねぇんだぞ」
ドラケンの低く、凛とした声に胸がドクンと大きく跳ねた。ゆっくりと顔を上げて横を向くと、場地と視線が交わった。
「言いてぇ事あんなら、ちゃんと話し合えよ。マイキーは言いたい事があっても、もう真一郎君には伝えられねぇ。届かねぇんだよ。でも、オマエらには、まだそれが出来んだろ。後悔するような生き方すんなよ」
言葉と共に私たちの背中を軽く押して来たので、一歩前に出た。優しさが手から背中越しに伝わって来る。後押しをしてから、ドラケンは石段を降りて行ってしまった。
その後に続くように場地も歩き始めてしまい、その背中を見つめた。すると、ピタリと足を止めてゆっくりと首だけで振り返った。
「帰んねーの?」
「…っ帰る!!」
一緒に帰っていいのだと嬉しくなり、思わず語尾を強めてしまった。
いつものように隣に並ぶと場地はまた歩き出した。石段を降りて歩道を歩いていると、場地はチラッと視線を寄越して、またすぐに視線を地面に戻した。
「…悪かったな」
「え?」
「オマエに色々、変な気使わせちまって」
「いや、そんな事ないよ」
「オレはもう大丈夫だから、全部忘れろ」
鈍器で殴られたような衝撃が身体を突き抜け、ピタリと足を止めた。掠れた声で今言われた言葉を繰り返す。
忘れろというのは、どういう意味だろうか。
分からない、分かりたくない。そんな感情で頭がゴチャゴチャになってしまう。
「お互い、その方がいいだろ」
場地は悲しそうに笑った。その表情はあの日に見たものと同じだった。
どうして、いつもそうなのだろう。場地は、自分一人で全てを背負おうとする。誰にも言わず、たった一人で戦おうとする。
それを分かっているから、私は場地の痛みも苦しみも一緒に背負いたいと思って、あの日の選択をしたのに、いつまでもウジウジ悩んで立ち止まってしまっている自分に腹が立った。
前に場地が私の部屋で言った言葉が脳裏に蘇る。
「明日香が一番、分かってんのはオレの事じゃねーのかよ」
拗ねた表情でそう言った、場地の姿が鮮明に思い返される。
そうだ、場地の事を一番に分かっているのは私だ。そんな場地を一番に支えてあげれるのもきっと、私。
大きく息を吐いて、真っ直ぐに場地を見つめる。見つめ返してくれる瞳がどこか寂しげに見えた。
「何もかも一人で背負って生きていくつもり?苦しくて辛かったから、あの日、私の所に来たんじゃないの?」
あの日、私の元へ来たのは誰でも良かったんじゃない。光も何も見えない暗闇に堕ちてしまいそうになったから、他の誰でもない私の元へ来てくれたんだ。
ちゃんと、場地は私に救いを求めてくれていた。だったら、私がやるべき事は一つしかない。
「何も見えなくなったなら、私が何度でも名前を呼ぶ。何も聞こえなくなったなら、私がその手を引いて必ず連れ戻す。だから、傍にいさせてよ」
場地は微かに目を見開いた後、静かに目を伏せて深く息を吐いた。そして、ゆっくりと目を開き、伏し目がちだった瞳をゆらりと上げて私の顔を見て、消え入りそうな声で「どうして、オマエはそこまで…」と呟いた。
「場地が私の光であるように私も場地の光になりたい。理由はそれだけだよ」
今は想いを告げられなくてもいい。ただ、彼の生きる道を照らす事が出来ればそれでいい。多くは望まない。私の願いはたった一つだけ。
「場地、いつもみたいに笑っていてよ」
子供みたいに無邪気に笑う顔が好きだった。嬉しそうに笑う顔が大好きだった。二度と悲しい笑顔なんて見たくない。場地にはずっと、笑っていてほしい。私の願いはそれだけ。
場地は一粒の光を瞳から落とした。それはあの日の悲しみに染った色ではなくて、透き通ったキレイな色だった。そして、少しだけ嬉しそうに笑った。
学校なんて行く気力もないが、初日から休む訳にもいかず、憂鬱になりながらも制服に着替えて学校へ向かった。
あの日から二週間ほど経ったが、場地とは一度も会わずにいた。毎日のように暇さえあれば顔を合わせていたのに、今ではそれも無くなった。場地が家に来る事も私が場地の家に行く事もない。どんな顔して会えばいいか、分からなかった。
場地は帰り際に「悪かった」とだけ言い残した。その謝罪は何に対してなのか、分からない。だけど、この会わなかった二週間が答えなのかもしれないとも思う。ただ、誰かに縋りたかっただけで、本当は誰でも良かった。別に私じゃなくても良かったのではないか。そう思うと、胸は痛んだ。
ジュクジュクとして、カサブタにもならない生々しい傷がずっと残っているような感覚がした。
学校へ着くと既にドラケンが来ていて、門の所で立っていた。身長の高い彼は一際目立ち、一目で分かった。
「ドラケン、おはよ」
「おう。元気…なワケねぇよな」
「…うん。元気ではないかな。マイキーは?」
ドラケンは言葉を発する事はせず、静かに首を横に振った。迎えには行ったが「ケンチンは学校行けよ」と言われ、部屋にすら上げて貰えなかったそうだ。二人は学校に来るのもサボるのもいつも一緒だった。そんな二人が別々なのは初めての事。ここでも、二人の仲に亀裂が入ってしまうのかと思うと悲しくなった。
「今日、夕方にマイキーから招集かかってるんだわ。オマエも来るか?」
「うーん…どうしようかな」
前までだったら、喜んで二つ返事で行くと答えていたものを今では躊躇ってしまう。
場地にも会いづらいし、マイキーに何て声をかけたら良いのかも分からない。気の利いた事を言える自信もないし、寧ろ余計な事を言ってしまいそうで怖い。
そんな状態で私が行っても、却って邪魔になるのではないかと迷っているとドラケンは私の背中を軽く叩いた。
「迷ってるなら来い。オレらもいるから大丈夫だ」
ドラケンはニッと笑った。いつもと変わらない、優しさの中にある力強さを含む笑顔に心が少し軽くなった気がした。
ドラケンの言う大丈夫は気休めなんかではなく、本当に大丈夫なような気がするから不思議だ。ドラケンが味方で、怖いものなんてないと思わせてくれるのは彼の人柄のおかげだろう。
「ありがとう」
私が力なく、へにょんと笑って見せるとドラケンはさっきより少しだけ力を強めて背中をもう一度叩いた。
*
授業の終わりを告げるチャイムが鳴るのと同時に教室を出て、ドラケンの教室へと向かう。
一緒に校門を出てマイキーが指定した、武蔵神社へと歩みを進める。
時折不安が胸に過り、足取りが重くなってしまったりもしたが、その度にドラケンが私のペースに合わせて歩いてくれた事で少しだけ安心した。
神社へと着くと、そこには私たち以外の四人が既に揃っていた。一瞬、場地と目が合ったが、すぐに逸らされてしまい、私はソッと目を伏せた。
いつものような騒がしさはなく、全員が口を結んでいて、聞こえるのは風に揺られる木々の音だけだった。この沈黙が痛い。誰もがお互いの様子を伺うように視線だけがさ迷っていた。
そんな中、最初に口を開いたのはマイキーだった。
マイキーは迷いを一切感じさせない声色でハッキリと「一虎が出てきたら殺す」と言い放った。それぞれが息を呑む音だけが聞こえるだけで、沈黙は貫かれている。
マイキーの醸し出す殺伐とした空気が風に乗って私たちの間を駆け抜けた。
誰も言い返す事が出来ずに黙り込み、言葉を懸命に探しているようだった。
ただ、場地だけはゆっくりと口を開いた。
「一虎はただ、マイキーを喜ばしたかっただけなんだ」
その声があまりにも頼りなく、今にも消え入りそうだった。マイキーはスっと視線を逸らして、地面を見つめた。
そんな事をしても何も戻らないし、得られるモノはない事はマイキーも分かっていると思う。そんな事をしてしまったら、自らの手で未来まで殺してしまう。
今、マイキーの心の中は数多の憎しみが渦巻いている。その憎しみが彼の心を支配してしまったら、悲劇は繰り返されるだけ。
そんな事はダメだとは頭では分かってはいるが、彼の立場を考えれば何も言えなくなってしまう。マイキーは最愛の家族を奪われた被害者で、私たち以上の苦しみや悲しみを抱えている。その小さな身体で全てを受け止めるにはあまりにも酷だ。
マイキーは何も発する事なく、踵を返して私たちに背を向けて歩き始めた。砂利を踏みしめる音だけがやけに大きく聞こえた。
徐々に小さくなる背中を見送り、完全に見えなくなると三ツ谷とパーちんは黙ったまま、踵を返して石段を降りて行ってしまった。
私もこのまま帰ろうかと足を一歩踏み出すと、横からドラケンがガっと肩を組んで来た。突然の事に驚いてドラケンの顔を見上げると、彼はただ真っ直ぐに神社の拝殿を見つめていた。
反対側には場地が肩を組まれていて、また彼も私と同じように驚いた様な表情を浮かべていた。
「…オマエらさ、何があったか知んねぇけど、ちゃんと話せよな」
あの日の事をドラケンに話してはいないが、彼には何かがあった事は察しているようだ。ドラケンはよく周りを見ていて、小さな変化もすぐに気付いてくれる。そんな所を尊敬もするけれど、今はその優しさが辛い。
「バーカ、何もねぇよ。オマエの考えすぎだろ」
俯いていた顔を上げると、場地はドラケンに向けて誤魔化すような笑顔を向けていた。
その表情を見た瞬間に分かってしまった。
場地の中で私にも彼らにも線引きをしたのだと。これ以上、自分の中に立ち入らせないという拒否をしている感情がその笑顔から滲み出ているような気がした。
もう終わりなんだと思ったら、涙が滲んでしまった。
何もしてあげられなかった自分と今、この瞬間ですら何も出来ない自分に苛立ちを覚えた。自分の無力さを痛感して、悲しみに打ちひしがれそうになってしまった。
「生きてる間にしか想いは伝えらんねぇんだぞ」
ドラケンの低く、凛とした声に胸がドクンと大きく跳ねた。ゆっくりと顔を上げて横を向くと、場地と視線が交わった。
「言いてぇ事あんなら、ちゃんと話し合えよ。マイキーは言いたい事があっても、もう真一郎君には伝えられねぇ。届かねぇんだよ。でも、オマエらには、まだそれが出来んだろ。後悔するような生き方すんなよ」
言葉と共に私たちの背中を軽く押して来たので、一歩前に出た。優しさが手から背中越しに伝わって来る。後押しをしてから、ドラケンは石段を降りて行ってしまった。
その後に続くように場地も歩き始めてしまい、その背中を見つめた。すると、ピタリと足を止めてゆっくりと首だけで振り返った。
「帰んねーの?」
「…っ帰る!!」
一緒に帰っていいのだと嬉しくなり、思わず語尾を強めてしまった。
いつものように隣に並ぶと場地はまた歩き出した。石段を降りて歩道を歩いていると、場地はチラッと視線を寄越して、またすぐに視線を地面に戻した。
「…悪かったな」
「え?」
「オマエに色々、変な気使わせちまって」
「いや、そんな事ないよ」
「オレはもう大丈夫だから、全部忘れろ」
鈍器で殴られたような衝撃が身体を突き抜け、ピタリと足を止めた。掠れた声で今言われた言葉を繰り返す。
忘れろというのは、どういう意味だろうか。
分からない、分かりたくない。そんな感情で頭がゴチャゴチャになってしまう。
「お互い、その方がいいだろ」
場地は悲しそうに笑った。その表情はあの日に見たものと同じだった。
どうして、いつもそうなのだろう。場地は、自分一人で全てを背負おうとする。誰にも言わず、たった一人で戦おうとする。
それを分かっているから、私は場地の痛みも苦しみも一緒に背負いたいと思って、あの日の選択をしたのに、いつまでもウジウジ悩んで立ち止まってしまっている自分に腹が立った。
前に場地が私の部屋で言った言葉が脳裏に蘇る。
「明日香が一番、分かってんのはオレの事じゃねーのかよ」
拗ねた表情でそう言った、場地の姿が鮮明に思い返される。
そうだ、場地の事を一番に分かっているのは私だ。そんな場地を一番に支えてあげれるのもきっと、私。
大きく息を吐いて、真っ直ぐに場地を見つめる。見つめ返してくれる瞳がどこか寂しげに見えた。
「何もかも一人で背負って生きていくつもり?苦しくて辛かったから、あの日、私の所に来たんじゃないの?」
あの日、私の元へ来たのは誰でも良かったんじゃない。光も何も見えない暗闇に堕ちてしまいそうになったから、他の誰でもない私の元へ来てくれたんだ。
ちゃんと、場地は私に救いを求めてくれていた。だったら、私がやるべき事は一つしかない。
「何も見えなくなったなら、私が何度でも名前を呼ぶ。何も聞こえなくなったなら、私がその手を引いて必ず連れ戻す。だから、傍にいさせてよ」
場地は微かに目を見開いた後、静かに目を伏せて深く息を吐いた。そして、ゆっくりと目を開き、伏し目がちだった瞳をゆらりと上げて私の顔を見て、消え入りそうな声で「どうして、オマエはそこまで…」と呟いた。
「場地が私の光であるように私も場地の光になりたい。理由はそれだけだよ」
今は想いを告げられなくてもいい。ただ、彼の生きる道を照らす事が出来ればそれでいい。多くは望まない。私の願いはたった一つだけ。
「場地、いつもみたいに笑っていてよ」
子供みたいに無邪気に笑う顔が好きだった。嬉しそうに笑う顔が大好きだった。二度と悲しい笑顔なんて見たくない。場地にはずっと、笑っていてほしい。私の願いはそれだけ。
場地は一粒の光を瞳から落とした。それはあの日の悲しみに染った色ではなくて、透き通ったキレイな色だった。そして、少しだけ嬉しそうに笑った。