勿忘草
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朝方に鳴り響いたインターフォン。ウトウトしながらも、ハッキリと耳に届いた。壁の掛け時計を見れば、六時前だった。こんな朝早くに来客なんておかしいと不審に思う。けれど、今日は両親共に夜勤で不在の為、頼れる人は居ない。恐怖を感じるものの、誰かだけでも確認しようとベッドから出て、物音を立てず静かに階段を降りて玄関のドアスコープからソッと外を覗いた。スコープから見えたのは、私の知っている顔だった。
急いで鍵とチェーンロックを外し、玄関を開けた。
「場地!どうしたの!?」
外門の側に俯いて立っている場地の元へ駆け寄り、門を開けるとゆっくりと顔を上げた。上げた顔には乾いた涙の跡が無数にあり、今にも泣き出しそうな表情だった。
頬に触れようとすると、場地は何も言わずに私を抱き寄せた。突然の事に驚くが、抱き締める腕が微かに震えている事に気が付いた。冷たくなった彼の身体から無数の悲しみが伝わって来るような気がした。
苦しくなるほどの力だったけれど、それ以上に胸の方が苦しかった。何が彼をこんな風にさせているのだろうか。震えるその背中に手を回して、落ち着かせるように数回、ポンポンと撫でた。
「大丈夫、落ち着いて。中、入ろ?」
顔を見上げて、真っ直ぐに目を見てそう言えば、彼は微かに頷いて背中に回していた腕を解いた。場地の大きな手を包み込むように握って、ゆっくりとその手を引いて自分の部屋へと招き入れた。
いつものようにベッドの縁に座らせて、寄り添うように隣に腰掛けた。いつも場地が私が泣いている時にしてくれるように、ただ何も言わずに寄り添って傍に居る。それがどれだけ、心が救われるか知っているから、同じように場地を救いたいと思う。
微かに触れる肩から伝わる場地の温度は、夏だと言うのにやけに冷たかった。無造作に投げされた手に指先で触れると、場地はピクリと指先を動かした。
「明日香、ゴメン」
「…なんで謝るの?」
いきなり来た事への謝罪なのか、また別の事なのかはわからない。場地は小さく息を吐いてから、言いづらそうに口籠もりながら震えた声でポツリ、ポツリと語り始めた。
途中で何度も嗚咽を漏らし涙を流していた。そして、何度もゴメンと口にした。話を聞いているうちに私も同じように涙が頬を流れ落ちた。
マイキーの兄、真一郎君の事は私達も大好きだった。優しくて、真っ直ぐで。だけど、どこか抜けていて。それでも、私たちの目にはヒーローのようにカッコ良く映って見えるほど、素敵な人だった。
一人っ子の私達は、そんな真一郎君を本当の兄のように慕っていた。マイキーも真一郎君が大好きで、いつも後ろをついて回っていたのを覚えている。
そんな彼の最愛の家族を奪ってしまった。たった一人のお兄ちゃんを奪ってしまった。場地たちが知らなかったとは言え、仕方ないの事だとマイキーは割り切る事は出来ないはずだ。マイキーの気持ちと場地たちの気持ちを考えると、どうしようもなく苦しかった。
肩を震わせて泣きじゃくる場地を今度は私が抱き寄せる。力いっぱい強く抱きしめると、彼はビクリと体を揺らした。すると、場地は「怖くねぇのか?オレは…」と呟いた。
この先の言葉は聞かなくても分かる。分かるから、聞きたくなかった。場地の口からそんな悲しい言葉を言わせたくなかった。
抱きしめていた腕を離して、場地の頬を両手で包み込む。頬からじんわりと暖かさが伝わってきて、泣きそうになってしまった。
「怖くないよ。今の場地も私の知っている、優しい場地だもん」
こんな言葉で場地の心を救えるかは分からない。だけど、彼はまた静かに涙をこぼして、私の掌を濡らした。
彼が後悔している事も罪悪感で押し潰されそうになってしまっている事もひしひしと感じる。
「全部、一人で抱え込まないで…」
囁くように言葉を零せば、場地は私の手に上に手を重ねて来た。瞳を覗けば、水面のようにゆらゆらと揺れていて今にも消えてしまいそうだった。今まで見たことのない弱々しい顔で、胸が痛む。
こんな顔、見たくない。どんな事をしてでも場地を救いたかった。また、いつものように笑って欲しかった。どんなに、周りが彼を非難しようと敵に回ろうと私は最後まで場地の味方でありたい。
ゆっくりと顔が近づくのを感じ、目を閉じた。重なり合う、熱は酷く切なかった。初めて、交わした口付けはお互いの涙の味がした。凄く悲しい味だった。
雪崩れるようにベッドに沈み、そのまま場地を受け入れた。 救いを求めるように、存在を確かめるように行われるその行為に身を委ねた。重なった肌から感じる暖かさが彼の悪夢を消し去ってくれますようにと、独りじゃないと思ってもらいたくて、必死だった。
思い描いていた好きな人との初めては理想と正反対だった。もっと幸福に満ち溢れたモノだと思っていた。だけど、現実は悲しみ、切なさ、苦しみ、後悔、そんな感情に支配されていた。それらは、場地の手や声や表情から伝わって来ていた。
物事には必ず順序がある。それを無視してしまったものにはその先の未来はあるのだろうか。でも、今はそんな事はどうでもいい。正しい事なのか、間違った事なのか今の私には分からない。若さ故の過ちなのかもしれない。でも、きっと、私が大人だったとしても今と同じ決断をするだろう。ただ、場地を救えればそれでいい。受け入れる以外に彼を救う方法なんか分からない。自分の事よりも、他の何よりも場地が一番大切なのは揺るぎない事実だ。
場地は縋るように何度も私の名前を呼んだ。それに応えるように私も何度も彼の名を呼んだ。そんな顔をしないで。泣かないで。そんな想いを伝えるように彼の頬へ手を伸ばして、瞳を覗く。その瞳は悲しみの色に染まっていた。
そして、私もその色に飲み込まれていく。じわじわと蝕むように胸が痛くて、私は彼に見られないように静かに涙を零した。
急いで鍵とチェーンロックを外し、玄関を開けた。
「場地!どうしたの!?」
外門の側に俯いて立っている場地の元へ駆け寄り、門を開けるとゆっくりと顔を上げた。上げた顔には乾いた涙の跡が無数にあり、今にも泣き出しそうな表情だった。
頬に触れようとすると、場地は何も言わずに私を抱き寄せた。突然の事に驚くが、抱き締める腕が微かに震えている事に気が付いた。冷たくなった彼の身体から無数の悲しみが伝わって来るような気がした。
苦しくなるほどの力だったけれど、それ以上に胸の方が苦しかった。何が彼をこんな風にさせているのだろうか。震えるその背中に手を回して、落ち着かせるように数回、ポンポンと撫でた。
「大丈夫、落ち着いて。中、入ろ?」
顔を見上げて、真っ直ぐに目を見てそう言えば、彼は微かに頷いて背中に回していた腕を解いた。場地の大きな手を包み込むように握って、ゆっくりとその手を引いて自分の部屋へと招き入れた。
いつものようにベッドの縁に座らせて、寄り添うように隣に腰掛けた。いつも場地が私が泣いている時にしてくれるように、ただ何も言わずに寄り添って傍に居る。それがどれだけ、心が救われるか知っているから、同じように場地を救いたいと思う。
微かに触れる肩から伝わる場地の温度は、夏だと言うのにやけに冷たかった。無造作に投げされた手に指先で触れると、場地はピクリと指先を動かした。
「明日香、ゴメン」
「…なんで謝るの?」
いきなり来た事への謝罪なのか、また別の事なのかはわからない。場地は小さく息を吐いてから、言いづらそうに口籠もりながら震えた声でポツリ、ポツリと語り始めた。
途中で何度も嗚咽を漏らし涙を流していた。そして、何度もゴメンと口にした。話を聞いているうちに私も同じように涙が頬を流れ落ちた。
マイキーの兄、真一郎君の事は私達も大好きだった。優しくて、真っ直ぐで。だけど、どこか抜けていて。それでも、私たちの目にはヒーローのようにカッコ良く映って見えるほど、素敵な人だった。
一人っ子の私達は、そんな真一郎君を本当の兄のように慕っていた。マイキーも真一郎君が大好きで、いつも後ろをついて回っていたのを覚えている。
そんな彼の最愛の家族を奪ってしまった。たった一人のお兄ちゃんを奪ってしまった。場地たちが知らなかったとは言え、仕方ないの事だとマイキーは割り切る事は出来ないはずだ。マイキーの気持ちと場地たちの気持ちを考えると、どうしようもなく苦しかった。
肩を震わせて泣きじゃくる場地を今度は私が抱き寄せる。力いっぱい強く抱きしめると、彼はビクリと体を揺らした。すると、場地は「怖くねぇのか?オレは…」と呟いた。
この先の言葉は聞かなくても分かる。分かるから、聞きたくなかった。場地の口からそんな悲しい言葉を言わせたくなかった。
抱きしめていた腕を離して、場地の頬を両手で包み込む。頬からじんわりと暖かさが伝わってきて、泣きそうになってしまった。
「怖くないよ。今の場地も私の知っている、優しい場地だもん」
こんな言葉で場地の心を救えるかは分からない。だけど、彼はまた静かに涙をこぼして、私の掌を濡らした。
彼が後悔している事も罪悪感で押し潰されそうになってしまっている事もひしひしと感じる。
「全部、一人で抱え込まないで…」
囁くように言葉を零せば、場地は私の手に上に手を重ねて来た。瞳を覗けば、水面のようにゆらゆらと揺れていて今にも消えてしまいそうだった。今まで見たことのない弱々しい顔で、胸が痛む。
こんな顔、見たくない。どんな事をしてでも場地を救いたかった。また、いつものように笑って欲しかった。どんなに、周りが彼を非難しようと敵に回ろうと私は最後まで場地の味方でありたい。
ゆっくりと顔が近づくのを感じ、目を閉じた。重なり合う、熱は酷く切なかった。初めて、交わした口付けはお互いの涙の味がした。凄く悲しい味だった。
雪崩れるようにベッドに沈み、そのまま場地を受け入れた。 救いを求めるように、存在を確かめるように行われるその行為に身を委ねた。重なった肌から感じる暖かさが彼の悪夢を消し去ってくれますようにと、独りじゃないと思ってもらいたくて、必死だった。
思い描いていた好きな人との初めては理想と正反対だった。もっと幸福に満ち溢れたモノだと思っていた。だけど、現実は悲しみ、切なさ、苦しみ、後悔、そんな感情に支配されていた。それらは、場地の手や声や表情から伝わって来ていた。
物事には必ず順序がある。それを無視してしまったものにはその先の未来はあるのだろうか。でも、今はそんな事はどうでもいい。正しい事なのか、間違った事なのか今の私には分からない。若さ故の過ちなのかもしれない。でも、きっと、私が大人だったとしても今と同じ決断をするだろう。ただ、場地を救えればそれでいい。受け入れる以外に彼を救う方法なんか分からない。自分の事よりも、他の何よりも場地が一番大切なのは揺るぎない事実だ。
場地は縋るように何度も私の名前を呼んだ。それに応えるように私も何度も彼の名を呼んだ。そんな顔をしないで。泣かないで。そんな想いを伝えるように彼の頬へ手を伸ばして、瞳を覗く。その瞳は悲しみの色に染まっていた。
そして、私もその色に飲み込まれていく。じわじわと蝕むように胸が痛くて、私は彼に見られないように静かに涙を零した。