勿忘草
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夏、真っ只中。外は陽炎が見える程の炎天下。セミの鳴き声が更に暑さを助長させる。
学校は夏休みに入り、部活にも入っていない私は、約一ヶ月毎日暇を持て余している。やる事がないのは、私だけではなく場地も同じのようで、ほぼ毎日のように彼が私の家へ遊びに来ている。たまに私が場地の新しいお家に遊びに行く事もあるが、基本は私の家が多い。
遊ぶと言っても、何かをする訳でもなく、ゴロゴロとしながら漫画を読んだりしているだけなので、さほど会話はない。場地は動物図鑑を読んでいる事がほとんどだ。お得意の動物と戯れる妄想でもしているのか、時折漏れる笑い声が聞こえるだけ。それなら、一緒にいる意味ないのではと思うかもしれないが、一人での無言と二人での無言では虚しさが違う。話そうと思えばいつでも話せる状況なのは虚しさは全くない。
たまに、「そこの漫画取って」とか「なぁ、この動物可愛くね?ウォンバットだってよ」とか、些細な会話はしている。
ちなみに、今日は珍しく場地の家へ行く事になっている。理由は私のお母さんが昨日作った、おはぎの差し入れを場地の家に持って行ってという、お使いを頼まれたからだ。
灼熱の太陽が照り付ける中、汗を流しながらセコセコと歩いている。この時程、家が遠くなった事を恨んだ日はないだろう。
場地の住む団地に着き、インターフォンを押すとお母さんが出て来たのでおはぎを渡して、場地の部屋へと通してもらった。
部屋に入ると、場地は窓辺に立っていた。
「場地?なにしてるの?」
「ん?…あぁ、明日香か。見ろよ、猫が入って来たんだよ」
声を掛けるまで私が来た事に気がついていなかったようだ。振り返った場地は、少年のような真夏の太陽にも負けないくらいの輝かしい笑顔を向けて、窓辺にいる猫を指さした。
「本当だ!可愛い。ここ五階なのにキミ、すごいね」
黒の毛に黄色の瞳の凛々しい顔をした猫が窓辺に居たので、近寄って顎の下を指で撫でると気持ち良さそうに目を細めて頭を私の手に擦り付けて甘えて来た。頭を撫でてやると、猫は細い声で一鳴きした。
「コイツ、オレと仲直りしに来たんだよ」
「どういう事?」
「前に会った時、コイツと喧嘩しちまってよ。その時は仲直り出来なかったんだけど、今日、仲直りした。な?」
場地が猫に語りかけるように言えば、猫はそうだと言うように鳴いて、場地の方に擦り寄った。猫の両頬を包んで捏ねくり回すように撫でると、気を許したかのようにお腹を見せて寝転んだ。
暫く二人で猫と戯れていたが、猫は満足したのか飽きたのか分からないが、プイッとそっぽを向いて尻尾を揺らして何処かへ行ってしまった。
「猫は気まぐれだね」
「そこが可愛いよな」
「猫ってマイキーみたいだよね。気まぐれで周りを振り回す所とか」
「アイツの気まぐれは可愛くねぇよ」
場地は心底嫌そうに顔を顰めて、苦い物でも噛み潰したかのように舌を出していた。その顔のまま窓辺から離れて、畳に胡座をかいて座った。
「そうだ。オマエ、明日どうせ暇だろ?」
「なんで決めつけてるの?暇だけどさ」
座ったまま見上げて来る場地を見下ろしていると、「座れよ」と自分の隣をポンポンと叩いていたのでその隣の腰を下ろした。
「アイツらとツーリングがてら海に行くんだわ。オマエも来いよ」
「行きたい!海なんて久しぶり!」
「じゃあ、明日、八時に起こしに来てくれ」
「さては、起こして貰う為に誘ったな?」
「冗談に決まってんだろ」
「どうだか」
そんなやりとりさえも楽しく感じるほど、私は浮かれていた。夏休み最初のお出かけの約束。それも、場地との約束だ。
明日の事を考えるだけで心が躍る。引き締めたつもりでも、勝手に頬は緩んでしまっていた。
*
「海だぁ!!」
「やべーキモチいー!!」
「潮風サイコー」
「オイ、もっととばせや」
「しょうがねぇだろ!?」
「アイツが遅せぇから」
「「「「「マイキー!!!!」」」」」
約束通りに朝、場地が家まで迎えに来てくれて、みんなと合流して江ノ島の海目指してバイクを走らせていた。私は場地の後ろに乗せて貰っているが、この間とは打って変わって物凄いスピードで駆け抜けて行き、恐怖を感じる。紳士の運転はどこに行ったのだろうか。正直、怖くて海なんて呑気に眺めていられなかった。しかし、それは私だけで、他の五人はこのスピードでも満足は得られないようで、人一倍遅いマイキーに呆れ顔だ。一度バイクから降りて、マイキーが追い付いて来るのを端に寄って待つ。何食わぬ顔で追い付いたマイキーにドラケンが「いい加減、単車に替えろ」と言うが、彼はこれでいいと拒否していた。
「私、マイキーの後ろに乗せて貰おうかなぁ」
「はぁ?」
「だって、場地の後ろ、速くて怖いし。マイキーなら安全運転でしょ?」
「ん?オレの愛車に乗る?」
「マイキーが良いならそうしたいな」
マイキーの元へ行こうと立ち上がった私の腕を場地が掴んで来た。振り返って場地の顔を見ると神妙な面持ちでジッと私の顔を見ていた。
「スピード緩めっから、座っとけ」
グッと腕を引っ張られて、場地の元へ舞い戻った。その様子を間近で見ていた、一虎と三ツ谷の刺さるような視線が痛くて、チラリと二人の方に目を向けると、ニヤニヤ…いや、ニタニタと言うべきか、某まりものキャラクターを連想させるような、嫌らしい顔で私たちを見ていた。周りの事を良く見ている三ツ谷と現実は全くモテないが自称恋愛マスターの一虎には、私の気持ちは多分、バレているから余計に恥ずかしくなる。
「場地君、独占欲ですか〜?明日香はオレのだってか〜?」
一虎が揶揄うようにそう言うと、場地は神妙な面持ちを崩さずに「違ぇよ」と間髪入れずに否定した。
「マイキーよりコイツの方が重そうだし、ひっくり返るだろ。それを心配してんだよ、オレは」
「そんな訳ないでしょ!まだ、私の方が軽いよ!ギリギリだろうけど!」
「ギリギリかよ」
「だって、マイキー軽そうだもん」
マイキーを横目で見てみれば、やっぱり軽そうで、場地の言っている事はあながち間違っていない気もしてショックをうける。
そんな気持ちをぶち壊すような「オイオイオイオイ」という声が聞こえて来た。耳障りな声と汚い笑い声が響き、一気に気分は不快になってしまう。六人も口を真一文字に結んで、騒がしい声がする方を睨むように見た。
背中に舞亜冥土と刺繍された特服を着た、目つきの悪い男達が十人ほど群がっていた。この人たちも彼らと同じように暴走族なのだろう。
「ガキのママゴトなら地元でやってろ」
「ハマに来んな」
この人たちにセリフにいち早く反応したのは、この中でもぶっちぎりの短気さを誇る、場地と一虎だった。
「せっかく出会ったんだからよー、その原チャぶっ壊してやるよ」
リーゼントの男がバットを持って近付いて来たが、マイキーが「オレの愛車に指一本でも触れたら殺すよ?」と言い放つと、リーゼントの男は歩みを止めた。いつもの柔和なマイキーの雰囲気が一気になくなり、辺りを瞬時にピリッとした雰囲気に変えた。小柄なのに一番存在感を醸し出す事ができる彼は、ただ喧嘩が強いというだけで総長に任命されたわけじゃないと改めて思う。他の五人も人一倍負けん気の強い猛者たちの集まりなのに、マイキーについて行きたいと思わせる彼のカリスマ性を垣間見た気がした。
男達はマイキーのオーラに怖気付いたのか、負け犬の遠吠えのような事をゴチャゴチャ言いながら、やかましくバイクをふかしながら走り去って行った。
「どうするよ?やっちまう?」
「いーね!十人くらいなら瞬殺だろ?」
「やめとけ、もう行っちまったし、それにが明日香も居るんだから、危ねぇだろ」
「オレはバカだからどっちでもいーぞ」
「…全部原チャ乗ってるマイキーが悪い」
「間違いねー!」
「は?何それ?」
ムッとしたマイキーを他所に再度走り出した。場地は約束通り、さっきみたいに飛ばさずにスピードを落として走ってくれて、胸を撫で下ろす。みんなも場地とマイキーのスピードに合わせてゆったりと走っていた。
「みんなヌルいんだよなぁー、あんな奴らヤッちまいや、いいのに」
「だよなー。マイキーもドラケンとつるんでから大分丸くなったよ」
「ハハ、オレなら問答無用でタコ殴りだよ」
「だから二人とも、怪我ばっかりしてるんでしょ?」
「そんくらい余裕っしょ」
「ダメだな〜、このパンチパーマは」
「あ゛?」
「一虎ぁ、明日香は気に入らねぇってよ」
「正直、ダサいよね」
「オレもそう思う」
場地と二人で一虎のパンチパーマを笑っていれば、一虎は大袈裟に舌打ちをしながら睨みを効かしてきた。
「前に男らしいヤツが好きって明日香が言ったんだろーが!」
「え?私が言ったのは、性格の事だよ。それにしたって、パンチは男らしいを履き違えてるよ」
「はぁ!?マジかよ…」
ため息をついて、落胆する一虎を見て笑いそうになってしまった。私の意見が全女子の意見だと思っているのだろうか。もし、そうだとしたら、一虎は本当のおバカだと思う。
暫く走っていると、突如マイキーが「あれ?」という声をあげて止まったので、みんなもマイキーに合わせてバイクを止めた。
「どーしたん?」
「ガス欠みたい」
「ウソだろ!?」
「あんだけ遠出するって言ったのに?」
「マジ計画性ねーなマイキーは」
「ガススタ行ってこいよ」
「オレら海に行ってっから」
口々に皆がそう言っているが、マイキーは何一つ聞いていない様子でサラッと「あれ?これは一大事だなー!!これは東卍の一大事だ!」と言い出した。
「は?」
「いやいやいや、それはマイキー一人の…」
「オレ一人の問題じゃねー!!つまりガススタに行くやつは…」
「まさかマイキー」
「出たよ…」
「ジャンケンで決めよう!!」
「「「「「やっぱり!!」」」」」
ニッコリ笑顔で振り返ったマイキーにみんなは顔を青くして、声を揃えて理不尽と嘆いていた。マイキーはここでも天上天下唯我独尊のわがままっぷりを発揮して、総長の言う事は絶対なのか、一人一人がみんなの為に命を張れるチームの理念の元、一人のピンチはみんなのピンチだと無理矢理思い込むようにしたのかは分からないが、文句は言いながらもジャンケンに参加しようと、拳を準備していた。
私も含まれているモノだと思い、ジャンケンに参加しようとすると場地とマイキーから「オマエはいい!」と止められてしまった。マイキーの合図の元、それぞれ手を出すと勝負は一瞬にしてついた。結果は、みんなパーを出していて、場地だけがグーを出していた。負けだと理解した瞬間に場地は悔しそうに叫んだ。
「私も一緒に行くよ」
「いや、オマエはアイツらと先に海行っとけ」
「迷子にならない?」
「ガキじゃねーんだから大丈夫だっつーの」
「じゃあ、明日香、オレの後ろ乗れよ」
一虎がそう言ってくれたので、一虎の方を向くとまた、某まりものキャラクターのような顔をしていて思わず顔を歪めてしまった。正直、言って相当気持ちが悪い顔だった。
すると、場地が「あー、クソッ」と呟きながら、頭を右手でガシガシと掻いていた。
「やっぱ、オレと来い」
「え?何で?」
「アイツの考えてる事は大体分かる」
「どういう事?」
「オマエは知らなくていい。ササッと行くぞ」
場地はマイキーのホーク丸を引いて歩き出してしまったので、慌てて追い掛ける。みんなに行って来ると一声を掛けようと振り向くと、今度は一虎だけじゃなく、五人ともニヤニヤと笑っていた。
「え、何…。怖いんだけど」
「いいから、行って来いよ」
「気を付けろよ」
「遅くなっても良いからな」
口々に好き放題言うみんなに私の顔はきっと引きつっているに違いない。なかなか来ない私に痺れを切らした場地が離れたところから「オイ、早くしろ!」と叫んでいたので、慌てて場地の元へ駆け寄った。
学校は夏休みに入り、部活にも入っていない私は、約一ヶ月毎日暇を持て余している。やる事がないのは、私だけではなく場地も同じのようで、ほぼ毎日のように彼が私の家へ遊びに来ている。たまに私が場地の新しいお家に遊びに行く事もあるが、基本は私の家が多い。
遊ぶと言っても、何かをする訳でもなく、ゴロゴロとしながら漫画を読んだりしているだけなので、さほど会話はない。場地は動物図鑑を読んでいる事がほとんどだ。お得意の動物と戯れる妄想でもしているのか、時折漏れる笑い声が聞こえるだけ。それなら、一緒にいる意味ないのではと思うかもしれないが、一人での無言と二人での無言では虚しさが違う。話そうと思えばいつでも話せる状況なのは虚しさは全くない。
たまに、「そこの漫画取って」とか「なぁ、この動物可愛くね?ウォンバットだってよ」とか、些細な会話はしている。
ちなみに、今日は珍しく場地の家へ行く事になっている。理由は私のお母さんが昨日作った、おはぎの差し入れを場地の家に持って行ってという、お使いを頼まれたからだ。
灼熱の太陽が照り付ける中、汗を流しながらセコセコと歩いている。この時程、家が遠くなった事を恨んだ日はないだろう。
場地の住む団地に着き、インターフォンを押すとお母さんが出て来たのでおはぎを渡して、場地の部屋へと通してもらった。
部屋に入ると、場地は窓辺に立っていた。
「場地?なにしてるの?」
「ん?…あぁ、明日香か。見ろよ、猫が入って来たんだよ」
声を掛けるまで私が来た事に気がついていなかったようだ。振り返った場地は、少年のような真夏の太陽にも負けないくらいの輝かしい笑顔を向けて、窓辺にいる猫を指さした。
「本当だ!可愛い。ここ五階なのにキミ、すごいね」
黒の毛に黄色の瞳の凛々しい顔をした猫が窓辺に居たので、近寄って顎の下を指で撫でると気持ち良さそうに目を細めて頭を私の手に擦り付けて甘えて来た。頭を撫でてやると、猫は細い声で一鳴きした。
「コイツ、オレと仲直りしに来たんだよ」
「どういう事?」
「前に会った時、コイツと喧嘩しちまってよ。その時は仲直り出来なかったんだけど、今日、仲直りした。な?」
場地が猫に語りかけるように言えば、猫はそうだと言うように鳴いて、場地の方に擦り寄った。猫の両頬を包んで捏ねくり回すように撫でると、気を許したかのようにお腹を見せて寝転んだ。
暫く二人で猫と戯れていたが、猫は満足したのか飽きたのか分からないが、プイッとそっぽを向いて尻尾を揺らして何処かへ行ってしまった。
「猫は気まぐれだね」
「そこが可愛いよな」
「猫ってマイキーみたいだよね。気まぐれで周りを振り回す所とか」
「アイツの気まぐれは可愛くねぇよ」
場地は心底嫌そうに顔を顰めて、苦い物でも噛み潰したかのように舌を出していた。その顔のまま窓辺から離れて、畳に胡座をかいて座った。
「そうだ。オマエ、明日どうせ暇だろ?」
「なんで決めつけてるの?暇だけどさ」
座ったまま見上げて来る場地を見下ろしていると、「座れよ」と自分の隣をポンポンと叩いていたのでその隣の腰を下ろした。
「アイツらとツーリングがてら海に行くんだわ。オマエも来いよ」
「行きたい!海なんて久しぶり!」
「じゃあ、明日、八時に起こしに来てくれ」
「さては、起こして貰う為に誘ったな?」
「冗談に決まってんだろ」
「どうだか」
そんなやりとりさえも楽しく感じるほど、私は浮かれていた。夏休み最初のお出かけの約束。それも、場地との約束だ。
明日の事を考えるだけで心が躍る。引き締めたつもりでも、勝手に頬は緩んでしまっていた。
*
「海だぁ!!」
「やべーキモチいー!!」
「潮風サイコー」
「オイ、もっととばせや」
「しょうがねぇだろ!?」
「アイツが遅せぇから」
「「「「「マイキー!!!!」」」」」
約束通りに朝、場地が家まで迎えに来てくれて、みんなと合流して江ノ島の海目指してバイクを走らせていた。私は場地の後ろに乗せて貰っているが、この間とは打って変わって物凄いスピードで駆け抜けて行き、恐怖を感じる。紳士の運転はどこに行ったのだろうか。正直、怖くて海なんて呑気に眺めていられなかった。しかし、それは私だけで、他の五人はこのスピードでも満足は得られないようで、人一倍遅いマイキーに呆れ顔だ。一度バイクから降りて、マイキーが追い付いて来るのを端に寄って待つ。何食わぬ顔で追い付いたマイキーにドラケンが「いい加減、単車に替えろ」と言うが、彼はこれでいいと拒否していた。
「私、マイキーの後ろに乗せて貰おうかなぁ」
「はぁ?」
「だって、場地の後ろ、速くて怖いし。マイキーなら安全運転でしょ?」
「ん?オレの愛車に乗る?」
「マイキーが良いならそうしたいな」
マイキーの元へ行こうと立ち上がった私の腕を場地が掴んで来た。振り返って場地の顔を見ると神妙な面持ちでジッと私の顔を見ていた。
「スピード緩めっから、座っとけ」
グッと腕を引っ張られて、場地の元へ舞い戻った。その様子を間近で見ていた、一虎と三ツ谷の刺さるような視線が痛くて、チラリと二人の方に目を向けると、ニヤニヤ…いや、ニタニタと言うべきか、某まりものキャラクターを連想させるような、嫌らしい顔で私たちを見ていた。周りの事を良く見ている三ツ谷と現実は全くモテないが自称恋愛マスターの一虎には、私の気持ちは多分、バレているから余計に恥ずかしくなる。
「場地君、独占欲ですか〜?明日香はオレのだってか〜?」
一虎が揶揄うようにそう言うと、場地は神妙な面持ちを崩さずに「違ぇよ」と間髪入れずに否定した。
「マイキーよりコイツの方が重そうだし、ひっくり返るだろ。それを心配してんだよ、オレは」
「そんな訳ないでしょ!まだ、私の方が軽いよ!ギリギリだろうけど!」
「ギリギリかよ」
「だって、マイキー軽そうだもん」
マイキーを横目で見てみれば、やっぱり軽そうで、場地の言っている事はあながち間違っていない気もしてショックをうける。
そんな気持ちをぶち壊すような「オイオイオイオイ」という声が聞こえて来た。耳障りな声と汚い笑い声が響き、一気に気分は不快になってしまう。六人も口を真一文字に結んで、騒がしい声がする方を睨むように見た。
背中に舞亜冥土と刺繍された特服を着た、目つきの悪い男達が十人ほど群がっていた。この人たちも彼らと同じように暴走族なのだろう。
「ガキのママゴトなら地元でやってろ」
「ハマに来んな」
この人たちにセリフにいち早く反応したのは、この中でもぶっちぎりの短気さを誇る、場地と一虎だった。
「せっかく出会ったんだからよー、その原チャぶっ壊してやるよ」
リーゼントの男がバットを持って近付いて来たが、マイキーが「オレの愛車に指一本でも触れたら殺すよ?」と言い放つと、リーゼントの男は歩みを止めた。いつもの柔和なマイキーの雰囲気が一気になくなり、辺りを瞬時にピリッとした雰囲気に変えた。小柄なのに一番存在感を醸し出す事ができる彼は、ただ喧嘩が強いというだけで総長に任命されたわけじゃないと改めて思う。他の五人も人一倍負けん気の強い猛者たちの集まりなのに、マイキーについて行きたいと思わせる彼のカリスマ性を垣間見た気がした。
男達はマイキーのオーラに怖気付いたのか、負け犬の遠吠えのような事をゴチャゴチャ言いながら、やかましくバイクをふかしながら走り去って行った。
「どうするよ?やっちまう?」
「いーね!十人くらいなら瞬殺だろ?」
「やめとけ、もう行っちまったし、それにが明日香も居るんだから、危ねぇだろ」
「オレはバカだからどっちでもいーぞ」
「…全部原チャ乗ってるマイキーが悪い」
「間違いねー!」
「は?何それ?」
ムッとしたマイキーを他所に再度走り出した。場地は約束通り、さっきみたいに飛ばさずにスピードを落として走ってくれて、胸を撫で下ろす。みんなも場地とマイキーのスピードに合わせてゆったりと走っていた。
「みんなヌルいんだよなぁー、あんな奴らヤッちまいや、いいのに」
「だよなー。マイキーもドラケンとつるんでから大分丸くなったよ」
「ハハ、オレなら問答無用でタコ殴りだよ」
「だから二人とも、怪我ばっかりしてるんでしょ?」
「そんくらい余裕っしょ」
「ダメだな〜、このパンチパーマは」
「あ゛?」
「一虎ぁ、明日香は気に入らねぇってよ」
「正直、ダサいよね」
「オレもそう思う」
場地と二人で一虎のパンチパーマを笑っていれば、一虎は大袈裟に舌打ちをしながら睨みを効かしてきた。
「前に男らしいヤツが好きって明日香が言ったんだろーが!」
「え?私が言ったのは、性格の事だよ。それにしたって、パンチは男らしいを履き違えてるよ」
「はぁ!?マジかよ…」
ため息をついて、落胆する一虎を見て笑いそうになってしまった。私の意見が全女子の意見だと思っているのだろうか。もし、そうだとしたら、一虎は本当のおバカだと思う。
暫く走っていると、突如マイキーが「あれ?」という声をあげて止まったので、みんなもマイキーに合わせてバイクを止めた。
「どーしたん?」
「ガス欠みたい」
「ウソだろ!?」
「あんだけ遠出するって言ったのに?」
「マジ計画性ねーなマイキーは」
「ガススタ行ってこいよ」
「オレら海に行ってっから」
口々に皆がそう言っているが、マイキーは何一つ聞いていない様子でサラッと「あれ?これは一大事だなー!!これは東卍の一大事だ!」と言い出した。
「は?」
「いやいやいや、それはマイキー一人の…」
「オレ一人の問題じゃねー!!つまりガススタに行くやつは…」
「まさかマイキー」
「出たよ…」
「ジャンケンで決めよう!!」
「「「「「やっぱり!!」」」」」
ニッコリ笑顔で振り返ったマイキーにみんなは顔を青くして、声を揃えて理不尽と嘆いていた。マイキーはここでも天上天下唯我独尊のわがままっぷりを発揮して、総長の言う事は絶対なのか、一人一人がみんなの為に命を張れるチームの理念の元、一人のピンチはみんなのピンチだと無理矢理思い込むようにしたのかは分からないが、文句は言いながらもジャンケンに参加しようと、拳を準備していた。
私も含まれているモノだと思い、ジャンケンに参加しようとすると場地とマイキーから「オマエはいい!」と止められてしまった。マイキーの合図の元、それぞれ手を出すと勝負は一瞬にしてついた。結果は、みんなパーを出していて、場地だけがグーを出していた。負けだと理解した瞬間に場地は悔しそうに叫んだ。
「私も一緒に行くよ」
「いや、オマエはアイツらと先に海行っとけ」
「迷子にならない?」
「ガキじゃねーんだから大丈夫だっつーの」
「じゃあ、明日香、オレの後ろ乗れよ」
一虎がそう言ってくれたので、一虎の方を向くとまた、某まりものキャラクターのような顔をしていて思わず顔を歪めてしまった。正直、言って相当気持ちが悪い顔だった。
すると、場地が「あー、クソッ」と呟きながら、頭を右手でガシガシと掻いていた。
「やっぱ、オレと来い」
「え?何で?」
「アイツの考えてる事は大体分かる」
「どういう事?」
「オマエは知らなくていい。ササッと行くぞ」
場地はマイキーのホーク丸を引いて歩き出してしまったので、慌てて追い掛ける。みんなに行って来ると一声を掛けようと振り向くと、今度は一虎だけじゃなく、五人ともニヤニヤと笑っていた。
「え、何…。怖いんだけど」
「いいから、行って来いよ」
「気を付けろよ」
「遅くなっても良いからな」
口々に好き放題言うみんなに私の顔はきっと引きつっているに違いない。なかなか来ない私に痺れを切らした場地が離れたところから「オイ、早くしろ!」と叫んでいたので、慌てて場地の元へ駆け寄った。