勿忘草
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季節は春から梅雨へと移り変わり、ジメジメとした日が続く。新しい環境と制服にも慣れて、学校生活もそれなりに楽しんでいる。クラスのみんなとも打ち解けて、仲良しな友人も出来た。
そんな中、一年生の校外学習の日がやって来た。目的地は山に行ってキャンプをする事になっている。ウォークラリーやキャンプファイヤー、飯盒炊飯をしたりと、ありきたりな行事だが友人と協力しないとなし得ない事ばかりなので、親睦会を込めた校外学習というものには理にかなっていると思う。
これから、一年付き合っていく友達と更に仲良くなれるのは嬉しいし、ワクワクする。
しかし、悲しい事実が一つ、最近起こった。
場地が引越しをしてしまった事だ。六月の頭に違う地区の団地へと引っ越ししてしまった為、中学も別の学校へと転校してしまった。
会えないという距離ではないのだが、小さな頃からずっと近くに住んでいて、学校の行き帰りも休みの日も何だかんだずっと一緒だったので、そのちょっとの距離ですら遠く感じてしまう。
「校外学習、場地と行きたかったな」
「前からサボるって言ってただろ」
確かに、転校する前からサボると明言していたので、転校しなくても校外学習には一緒に行けない事には変わりないのだが、やっぱり寂しさは倍増してしまう。
「ドラケンとマイキーも寂しがってるよ」
「アイツらだって、行かねぇだろ」
ドラケンとマイキーにも一緒に行こうと声を掛けたのだが、二人揃って返事は「めんどくせぇ」だった。二人がクラスの人達に混じってウォークラリーしてる姿とか想像は出来ないけれど、寂しいものだ。
「つーか、ボケっとしてていいのかぁ?」
場地が部屋の掛け時計を指差したので、指に倣って時計を見ると、家を出る時間をとっくに過ぎていた。鞄を持ってバタバタと階段を駆け下りて玄関で靴を履いていると、場地がゆっくりと階段を降りて来た。
「学校の近くまで送ってってやるよ。その方が早ぇだろ」
「自転車出してくれるの?」
「いや、地道に直してた単車直ったんだわ」
「あのバイク直ったの?」
「あぁ。後ろ乗れよ」
場地は玄関を開けて、外に出ると目の前には真っ黒なバイクが止まっていた。捨ててあった時はボロボロでもう走れないんじゃないかと思った程のバイクは、場地が丁寧に磨いたのかピカピカと光っていて、太陽の光を反射させていた。風防や三段シートが設置されて、所謂、族車仕様に変貌を遂げていた。
場地は昔から、暴走族とか不良とかそういうのがカッコイイと憧れていた。それは、マイキーのお兄ちゃんの影響だとは思うが、バイクを乗り回す姿をいつもキラキラした瞳で見ていたのを思い出す。
「念願の自分のバイクだね」
「あぁ、やっとだ」
「無免だけどね」
「細けぇ事は気にすんな」
嬉しそうに笑いながら自分の愛車に近づき、鍵を回してエンジンをかけると想像よりも大きな音を立てた。あまりの大きな音に驚いていると「いい音だろ?」としたり顔を向けて来た。
「マフラー改造してっから、すげぇいい音すんだよ」
「マフラー?よく分かんないけど、凄い音だね。これ、なんてバイクだっけ?」
「GSX250E、ゴキだ」
「変な名前」
「まぁ、タンクとシートとかの外装がゴキブリを連想させる事から、そう呼ばれるようになったからな」
「ゴキブリ…!なんか、乗るの躊躇うんだけど」
「何でだよ」
頭をチョップで叩いて来た。地味に痛かったので、叩かれた箇所を掌で撫でていると場地は「コレ被っておけ」とヘルメットを私の方へ投げて来た。受け取ったそれは、半コルクだった。
「それ、オマエのな。明日香は勝手に一人でコケそうだし、ちゃんと被ってろよ」
「そんなアホじゃないんだけど」
「いーから、被っとけっての」
私の手からヘルメットを奪い取って私の頭へ雑に被せ、顎下でベルトを止めて私の頭にピッタリになるように調節してくれた。
「ありがとう」
「ほら、さっさと乗れよ」
「うん、安全運転でお願いします」
「オレは、常に紳士な運転だっつーの」
「紳士って言葉の意味知ってる?」
軽口を叩きながら、後ろに跨り、場地の腰に手を回すと「ちゃんと捕まっとけよ」と一声掛けてから、アクセルを回して単車を走らせた。
グングンとスピードが上がっていき、いつもの通学路が凄い速さで流れていく。
しかも、危険運転なんて一切せずに本当に紳士な運転で笑えてしまった。
颯爽と風を切って走る場地の姿を正面から見たら、きっとカッコイイだろうなと想像して口元が緩んだ。
フと目の前にある場地の背中を間近で見てある事に気が付いた。場地の背中って、こんなに大きかっただろうか。
最後に背中をマジマジと見たのはいつだったかと記憶を辿ると、小学四年生くらい時に私が転んで大泣きした時に家まで背負ってくれた時が最後だったのを思い出した。いつもは、隣にいるから気づかなかった。
いつの間にか大きくなって、知らない間にずっと先に一人で行ってしまう気がして少しだけ寂しくなる。
寂しさを紛らわすように、場地の大きな背中をパシンと軽く叩くと「ンだよ?安全運転だぞ」と尖った声を返して来た。
「あんまり、早く先に行かないでね」
「あぁ?」
意味が分からないと言う意味なのか、バイクのエンジンと風を切る音で聞こえなくて聞き返したセリフなのかは分からないが、彼はそれっきり、何も言わなかった。
多分、後者の意味だろう。エンジンの音大きいし、ボソッと呟いた声なんか聞こえてはいない筈だ。聞こえていないなら、それでいい。
「たまに振り返ってやるからよぉ」
「え?」
「オマエがちゃんと追い付いて来いよ」
さっきの返しは前者だったようだ。私の小さな声だってちゃんと聞き取ってくれていたらしい。場地らしい返しに、少しだけ涙が出そうになってしまう。
今までもそうだった。サッサと先を行っちゃうクセにたまに振り返って立ち止まってくれる。それが場地の優しさ。
「そんな事言ってると、追い越しちゃうよ?」
「明日香には後、百年は無理だろ」
「ウサギとカメの競走のようになるんだからね」
「へーへー、ガンバレガンバレ」
適当に返されたが、それもなんだか楽しくて、私が微かに笑えば、場地も微かに笑ったのが背中越しに感じた。腰に回した腕の力を込めて、彼の大きな背中に少しだけ顔を近付けた。
*
場地に送ってもらった事で遅刻は免れて、余裕を持って着く事が出来た。
学校の前まで行ってしまうと、無免とノーヘルな事に怒られるのがめんどくさいと言って、学校の近くで降ろしてもらった。
今は別の中学と言えど、場地はあの二ヶ月で大分先生に目を付けられて居たので、大半の先生が覚えているだろう。
「オレら、この後、やる事あるからよぉ」
「また危ない事でもしようとしてるの?」
「オマエが帰ってきたらちゃんと話す」
「家燃やしたりしないでよね?」
「そんな事しねぇっつーの!いいから、早く行けよ」
「気をつけてよね!じゃあ、送ってくれてありがとう!」
場地に手を振りながら、後ろ向きで歩き出す。
場地は片手を上げて返してくれた。そのまま左右に振ってくれればいいのに。いや、でも場地が元気よく手振って来たら、それはそれで怖い気もするので、そのくらいが丁度いい。
踵を返して、前を向いて歩き始めると、場地は思い出したように私の名を呼んだので、もう一度振り返る。
「帰りも迎えに来るわ」
「えっ?」
「ココ、集合な」
ニッと笑ってから、そのまま単車を走らせて行ってしまった。
普段、自分で起きて来ない癖に今日は私が起こさなくても自分で起きて私の家に来ていた。遅刻しそうになってなくたって最初から送って行くつもりで来てくれた事にようやく、気が付いた。また、一つ、彼の優しさに触れて胸がキュッと締め付けられた。
そんな中、一年生の校外学習の日がやって来た。目的地は山に行ってキャンプをする事になっている。ウォークラリーやキャンプファイヤー、飯盒炊飯をしたりと、ありきたりな行事だが友人と協力しないとなし得ない事ばかりなので、親睦会を込めた校外学習というものには理にかなっていると思う。
これから、一年付き合っていく友達と更に仲良くなれるのは嬉しいし、ワクワクする。
しかし、悲しい事実が一つ、最近起こった。
場地が引越しをしてしまった事だ。六月の頭に違う地区の団地へと引っ越ししてしまった為、中学も別の学校へと転校してしまった。
会えないという距離ではないのだが、小さな頃からずっと近くに住んでいて、学校の行き帰りも休みの日も何だかんだずっと一緒だったので、そのちょっとの距離ですら遠く感じてしまう。
「校外学習、場地と行きたかったな」
「前からサボるって言ってただろ」
確かに、転校する前からサボると明言していたので、転校しなくても校外学習には一緒に行けない事には変わりないのだが、やっぱり寂しさは倍増してしまう。
「ドラケンとマイキーも寂しがってるよ」
「アイツらだって、行かねぇだろ」
ドラケンとマイキーにも一緒に行こうと声を掛けたのだが、二人揃って返事は「めんどくせぇ」だった。二人がクラスの人達に混じってウォークラリーしてる姿とか想像は出来ないけれど、寂しいものだ。
「つーか、ボケっとしてていいのかぁ?」
場地が部屋の掛け時計を指差したので、指に倣って時計を見ると、家を出る時間をとっくに過ぎていた。鞄を持ってバタバタと階段を駆け下りて玄関で靴を履いていると、場地がゆっくりと階段を降りて来た。
「学校の近くまで送ってってやるよ。その方が早ぇだろ」
「自転車出してくれるの?」
「いや、地道に直してた単車直ったんだわ」
「あのバイク直ったの?」
「あぁ。後ろ乗れよ」
場地は玄関を開けて、外に出ると目の前には真っ黒なバイクが止まっていた。捨ててあった時はボロボロでもう走れないんじゃないかと思った程のバイクは、場地が丁寧に磨いたのかピカピカと光っていて、太陽の光を反射させていた。風防や三段シートが設置されて、所謂、族車仕様に変貌を遂げていた。
場地は昔から、暴走族とか不良とかそういうのがカッコイイと憧れていた。それは、マイキーのお兄ちゃんの影響だとは思うが、バイクを乗り回す姿をいつもキラキラした瞳で見ていたのを思い出す。
「念願の自分のバイクだね」
「あぁ、やっとだ」
「無免だけどね」
「細けぇ事は気にすんな」
嬉しそうに笑いながら自分の愛車に近づき、鍵を回してエンジンをかけると想像よりも大きな音を立てた。あまりの大きな音に驚いていると「いい音だろ?」としたり顔を向けて来た。
「マフラー改造してっから、すげぇいい音すんだよ」
「マフラー?よく分かんないけど、凄い音だね。これ、なんてバイクだっけ?」
「GSX250E、ゴキだ」
「変な名前」
「まぁ、タンクとシートとかの外装がゴキブリを連想させる事から、そう呼ばれるようになったからな」
「ゴキブリ…!なんか、乗るの躊躇うんだけど」
「何でだよ」
頭をチョップで叩いて来た。地味に痛かったので、叩かれた箇所を掌で撫でていると場地は「コレ被っておけ」とヘルメットを私の方へ投げて来た。受け取ったそれは、半コルクだった。
「それ、オマエのな。明日香は勝手に一人でコケそうだし、ちゃんと被ってろよ」
「そんなアホじゃないんだけど」
「いーから、被っとけっての」
私の手からヘルメットを奪い取って私の頭へ雑に被せ、顎下でベルトを止めて私の頭にピッタリになるように調節してくれた。
「ありがとう」
「ほら、さっさと乗れよ」
「うん、安全運転でお願いします」
「オレは、常に紳士な運転だっつーの」
「紳士って言葉の意味知ってる?」
軽口を叩きながら、後ろに跨り、場地の腰に手を回すと「ちゃんと捕まっとけよ」と一声掛けてから、アクセルを回して単車を走らせた。
グングンとスピードが上がっていき、いつもの通学路が凄い速さで流れていく。
しかも、危険運転なんて一切せずに本当に紳士な運転で笑えてしまった。
颯爽と風を切って走る場地の姿を正面から見たら、きっとカッコイイだろうなと想像して口元が緩んだ。
フと目の前にある場地の背中を間近で見てある事に気が付いた。場地の背中って、こんなに大きかっただろうか。
最後に背中をマジマジと見たのはいつだったかと記憶を辿ると、小学四年生くらい時に私が転んで大泣きした時に家まで背負ってくれた時が最後だったのを思い出した。いつもは、隣にいるから気づかなかった。
いつの間にか大きくなって、知らない間にずっと先に一人で行ってしまう気がして少しだけ寂しくなる。
寂しさを紛らわすように、場地の大きな背中をパシンと軽く叩くと「ンだよ?安全運転だぞ」と尖った声を返して来た。
「あんまり、早く先に行かないでね」
「あぁ?」
意味が分からないと言う意味なのか、バイクのエンジンと風を切る音で聞こえなくて聞き返したセリフなのかは分からないが、彼はそれっきり、何も言わなかった。
多分、後者の意味だろう。エンジンの音大きいし、ボソッと呟いた声なんか聞こえてはいない筈だ。聞こえていないなら、それでいい。
「たまに振り返ってやるからよぉ」
「え?」
「オマエがちゃんと追い付いて来いよ」
さっきの返しは前者だったようだ。私の小さな声だってちゃんと聞き取ってくれていたらしい。場地らしい返しに、少しだけ涙が出そうになってしまう。
今までもそうだった。サッサと先を行っちゃうクセにたまに振り返って立ち止まってくれる。それが場地の優しさ。
「そんな事言ってると、追い越しちゃうよ?」
「明日香には後、百年は無理だろ」
「ウサギとカメの競走のようになるんだからね」
「へーへー、ガンバレガンバレ」
適当に返されたが、それもなんだか楽しくて、私が微かに笑えば、場地も微かに笑ったのが背中越しに感じた。腰に回した腕の力を込めて、彼の大きな背中に少しだけ顔を近付けた。
*
場地に送ってもらった事で遅刻は免れて、余裕を持って着く事が出来た。
学校の前まで行ってしまうと、無免とノーヘルな事に怒られるのがめんどくさいと言って、学校の近くで降ろしてもらった。
今は別の中学と言えど、場地はあの二ヶ月で大分先生に目を付けられて居たので、大半の先生が覚えているだろう。
「オレら、この後、やる事あるからよぉ」
「また危ない事でもしようとしてるの?」
「オマエが帰ってきたらちゃんと話す」
「家燃やしたりしないでよね?」
「そんな事しねぇっつーの!いいから、早く行けよ」
「気をつけてよね!じゃあ、送ってくれてありがとう!」
場地に手を振りながら、後ろ向きで歩き出す。
場地は片手を上げて返してくれた。そのまま左右に振ってくれればいいのに。いや、でも場地が元気よく手振って来たら、それはそれで怖い気もするので、そのくらいが丁度いい。
踵を返して、前を向いて歩き始めると、場地は思い出したように私の名を呼んだので、もう一度振り返る。
「帰りも迎えに来るわ」
「えっ?」
「ココ、集合な」
ニッと笑ってから、そのまま単車を走らせて行ってしまった。
普段、自分で起きて来ない癖に今日は私が起こさなくても自分で起きて私の家に来ていた。遅刻しそうになってなくたって最初から送って行くつもりで来てくれた事にようやく、気が付いた。また、一つ、彼の優しさに触れて胸がキュッと締め付けられた。