勿忘草
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日が傾いて空がオレンジ色になった頃、三ツ谷が「夕飯の支度あるから、そろそろ帰るわ」と言った事により、ここらでオレらも解散する事になった。いつものように明日香と帰ろうとソファから立ち上がって、帰るぞと声を掛けようとした瞬間に彼女も立ち上がった。
当然、自分の元へ来て「帰ろ!」と声を掛けて来るものだと思っていたが、彼女は自分の元ではなくて、何故か一虎の方へ歩みを進めていた。
ポッケに手を突っ込んで気怠そうに突っ立っている一虎の腕を掴んだ。そして、オレに向けられると思っていた「帰ろう」という言葉は、あろう事か一虎に向けて発した。
「オレ、場地じゃねーけど」
「何言ってんの?そんな事知ってるよ」
一虎も自分が何故声を掛けられたのか分からないようで、オレと明日香の顔を交互に見て困惑しているような表情を浮かべていた。
オレと一虎を間違えて声を掛けたのでなければ、どういう事なのだろうかと疑問だけが頭の中を占めていた。
「家に寄って行って」
「はぁ?オマエん家とオレん家距離あんじゃん。めんどくせぇ。用があんなら、場地に頼めよ」
「一虎じゃないとダメ!」
心底面倒くさそうな顔をしている一虎の腕を引っ張って、半ば引き摺るようにして「またね!」と笑顔を見せながら手を振って、二人は喫茶店を出て行った。
ドアが閉められ、揺れているドアベルが悲しく鳴っているように聞こえた。
モヤモヤする胸とゴチャゴチャとする頭の中を振り払うように舌打ちをした。
「マイキー、ドラケン、帰ろーぜ」
家の方向が一緒の二人を誘って帰ろうとするが二人からの返事は無く、無性にイラついた。振り返って「聞こえてんのかよ」と言いながら睨み付けると、ドラケンが一歩、オレに近寄った。
「いいのか?」
「何が」
「振られてやんの!」
ププっと吹き出しながら、指差しで笑ってくるマイキーにイラッとして一発ぶん殴ってやろうかと一歩踏み出せば、ドラケンがマイキーの頭を軽く叩いて「からかうんじゃねーよ」と言ったせいで、握り締めた拳はなんとなく振り上げ辛くなってしまい、拳の力を緩めた。
「今なら追い掛ければ、間に合うんじゃないか?」
「追い掛けてどーすんだよ」
「どうって…。オマエがいいなら、別にいいけどさ」
三ツ谷は困ったように眉を下げて、こめかみ辺りを人差し指で搔いていた。その後「場地は、素直じゃねーからな」と余計な一言を残して、パーと一緒に喫茶店を出て行った。
何となく、一人で帰りたい気分になってしまったので、マイキーとドラケンに「先帰るわ」とだけ言い残して、喫茶店を出た。
夕空は鮮やかなオレンジ色から深い赤色になっていた。真っ赤な空をぼんやりと眺めながら、重い足取りで歩く。隣が居ないだけで、妙に寂しく感じた。
本当は、アイツらの言ってる事が全く分からない訳では無い。漠然と理解は出来るけれど、決定的なモノは分かっていない。好きだとかそう言う感情がどんなモノなのかとか、自分の中にフとした瞬間に生まれる感情がそうなのかもハッキリとは分からない。
考えれば考える程、モヤモヤとしてムカついて来てしまったので、近くにあったゴミ箱を蹴飛ばしてみた。ゴミ箱の陰に隠れていて見えなかったが、近くに黒猫が居て、攻撃されたと思ったようでフーフーと息を荒くしながら黄色い目をランランと鋭く光らせてオレを威嚇していた。
「…悪りぃ。オマエに危害加えるつもりはねぇんだよ」
しゃがみ込んで手を伸ばして、猫と仲直りしようと試みたが猫はプイッとそっぽを向いて早足に暗い路地裏へと消えていってしまった。
いつもは動物に好かれて、すぐに仲良く出来るのに今日は何もかもが上手くいかない。
「あー、ウゼェ」
ぽっかりと空いてしまったような感じがする胸が気分悪くて、イライラして仕方なかった。両手で頭をぐしゃぐしゃと掻き乱して、アスファルトの地面を見つめながら重い溜息を零した。
*
「めんどくせぇ」と軽く抵抗する一虎の腕を無理矢理、引っ張って歩く。途中で諦めも付いたのか、抵抗する力を緩めたので、腕を離して家までの道のりを歩いた。
家に着き、部屋に上がらせて少しだけ待つように伝えて、リビングで必要な物を持って、自室へと戻った。
中に入ると、一虎は物珍しそうに辺りをキョロキョロしていた。私が「お待たせ」と声を掛けると、視線は真っ直ぐに私の方へと向けられた。
「で、オレに用事って何?」
「あぁ。怪我の手当しようと思って」
「は?」
「顔とか腕に深い傷が見えたから」
「放っておけば治るって」
「化膿したら良くないよ。いいから、腕出して」
未だに「いいよ、別に」と言っている一虎の腕を掴んで袖を捲る。腕には擦り傷や切り傷が浅い物から深い物まで沢山あって、顔には治りかけなのか黄色い痣や、まだ新しい青痣が無数にあったり、唇の端が切れて血が滲んでいた。
「どうしたの、これ」
「…別に」
「言いたくないならいいけど、私も場地もみんな、一虎の味方だからね」
そう言えば、一虎は少し目を見開いて私を見た。そんな彼に「それだけは、忘れないで」と目を見て伝えると、スっと目を逸らされてしまった。暫く、無言で傷の手当をしていたが、時折、消毒液が染みるのか小さく呻く声だけが聞こえていた。
消毒液が染み込んだコットンを唇の端に当てている時に、一虎はポツリポツリと小さな声で話を始めた。
「黒龍って知ってるか?」
「うん、名前は聞いた事あるよ」
「暴走族のチームなんだけどさ、最近ちょっと揉めてて」
一虎の口から語られた事は、黒龍と言うチームが一虎の地元で幅を利かせているらしい。今までは特に絡まれた事はなかったのに最近になって急に向こうからハッパかけて来る為、しょっちゅう、その黒龍と揉めているらしい。だから、生傷が絶えないと言った。
「その事、みんなに言わないの?」
「言えねぇよ。だって、カッコ悪ぃじゃん。マイキーとかドラケンなら一人で一個のチーム潰しちゃうのによ」
「変な意地張らないでよ。一虎に何かあったら、みんな悲しむよ」
「アイツらが悲しむ?何で?」
「何でって、そりゃ、みんな一虎が大切だからに決まってるでしょ」
怪訝そうな視線を向けて来る一虎にそう言っても、彼は納得出来ないようで唇を尖らせて視線をさ迷わせていた。あえて、雑にコットンをグリグリと押し付けてやれば、一虎は痛てぇと小さく悲鳴を上げた。
「一虎だって、みんなに何かあったら嫌でしょ」
「…うん」
「それと一緒」
もう一度笑いかけると今度は視線を逸らされる事はなく、彼も私と同じように口角を上げて安心した子供のように笑った。
手当も終わり、救急箱を閉じて立ち上がって部屋の壁に掛けてある時計を見ると、針は七時前を指していた。
「あ、もうこんな時間だ。夕飯食べてく?」
「場地に悪ぃから帰るわ」
「何で場地?」
「あーあ、場地も苦労してんなぁ」
「苦労してるのは、私の方では?」
「オレからすれば、どっちもどっち」
深い溜息を吐きながら、謎な発言を残して一虎は帰って行った。
一人になった部屋でベッドに腰掛けて、さっきの話を思い返す。
暴走族の事は詳しくない私でも聞いた事はあるチームという事は、それなりに大きなチームなのだろう。そんな大きなチームを一人でどうにかしようなんて無理だ。
折角、話してくれたのに私がどうこう出来る問題ではないので、何も出来ない事が凄くもどかしい。
場地だけでも話しておこうかと思った瞬間にドアがカラカラと音を立てて、いきなり開き、黒い影がヌッと入ってきた。
変質者かと思って身構えたが、よく見ればその黒い影は今、考えていた人物だった。
「窓から入って来るのやめてよ。泥棒とかかと思って怖かったんだから」
「インターフォン鳴らしてんのに出て来ねぇから、何かあったかと思ったんだよ」
「あ、ごめん。考え事してて、聞こえなかったのかも」
「一虎は?」
「もう帰ったよ」
「オマエら何してたんだぁ?」
一虎には悪いが、勝手に話してごめんと心の中で謝って場地に先程聞いた話を説明した。話している途中、彼の表情はどんどん険しくなり、眉間にシワが深く刻まれていく。そして、小さくため息ついて「アイツ、なんで何も言わねーんだよ」と拗ねたように呟いた。
「この話聞く為にわざわざ家に呼んだのか?」
「うん。みんなの前じゃ絶対に話してくれないと思ったから。後、傷の手当もしたかったし」
「一虎の事、一番に分かってる感じでなんかムカつく」
誰も気が付かなった事を私が一番に気が付いた事が気に食わなかったのだろうか。確かに、一虎と一番仲が良いのは場地だ。親友の変化に一番最初に気が付きたかったのだろう。
唇を尖らせて拗ねている様子は子供の頃から変わらない。ムスッとした表情で私を見て来るので「別にそんなんじゃないよ」と言っても、表情は変わらない。
「明日香が一番分かってんのは、オレじゃねーのかよ」
「えっ?」
場地はチラッと視線を合わせてから、またスっと気まずそうに逸らした。
この表情は知っている。昔、見た事がある。自分の大事にしていたオモチャをマイキーに取られて喧嘩したけど、結局負けて拗ねていた時と同じ表情だ。
「私が一番分かってるのは、場地だよ」
今度は、逸らす事なく真っ直ぐ見つめて来た。場地の薄茶色の瞳がやけに透明に見える。目を逸らす事を拒むように彼の瞳はジッと私の瞳を捉えていた。
スっと右手が伸ばされ、私の頬に触れた。胸がドキドキして息苦しくなるが、それでも、瞳を逸らす事は出来ない。
「オマエの事を一番に分かってるのもオレだろ」
「ねぇ、それってどういう意味?」
自分のオモチャを取られた時と同じで自分のモノを取られたような気がしているだけなのか、それとも、幼馴染以上の感情がちゃんと場地の中にもあって、嫉妬しているのかが分からなくて聞いてみると、場地は我に返ったようにハッとして、少しの間沈黙が流れた。
そして、急に顔を真っ赤にさせて頬に添えていた手を勢いよく離してクルっと後ろを向いてしまった。
「今のナシ」
「えっ?ナシって何?」
「すっげぇキモイ事、言っちまった」
しゃがみ込んで顔を片手で多いながら、大きい溜息をつく背中を見ていると、何だか面白くなって来てしまい、クスクスと笑っていれば場地は顔だけをこっちに向けて睨み付けた。
「笑ってんじゃねーよ」
未だに真っ赤な顔をしている場地の隣に行って、同じようにしゃがみ込んで顔を見合わせて「場地に一番に分かってもらえて、私は嬉しいよ」と言えば、プイっとそっぽを向いて小さな声で「おう」と答えた。
もう一度、こっちを向いた時には表情は真剣なモノに戻っていて、力強い目で真っ直ぐに見つめていた。
「一虎の事はオレが何とかするから、オマエは余計な事すんなよ」
「うん、分かってる。お願いね」
心配な気持ちも少なからずあるので、その気持ちを汲み取ってくれたのか、私が顔に出してしまっているのかは分からないが、場地は「大丈夫だ」と言って、私の頭を乱暴に撫でた。
その乱暴さと大丈夫と言った優しい声音は全くの真逆で場地らしいなと思った。乱暴な癖に本当は優しい。
「つーか、腹減ったな」
「もう八時前だもんね。家で夕飯食べて行きなよ。何がいい?」
「ペヤング」
「私の家にはペヤングはありません」
「常備しとけよ。じゃあ、あれがいい。牛丼」
「えー、私は親子丼がいいなぁ」
「知るか。牛丼」
「はいはい、分かりましたよ!」
ちょっと重たくなってしまった空気をわざと変えようとして、お腹空いたとか言ってくれたのかな、なんて思ったりもしたけど、場地は本能のままに生きてるから、本当にお腹が空いただけかもしれない。
「場地、ありがと」
「あ?何が」
「色々と!」
「はぁ?意味わかんねぇ」
それでも、そんな場地の気まぐれにだって何度も救われて来たんだよ。不器用な優しさに幾度も救われて来た。だから、もし、場地が悲しい事や辛い事があった時は私が彼の力になってあげたいと思う。場地が私の光であるように、私も場地の光でありたい。
当然、自分の元へ来て「帰ろ!」と声を掛けて来るものだと思っていたが、彼女は自分の元ではなくて、何故か一虎の方へ歩みを進めていた。
ポッケに手を突っ込んで気怠そうに突っ立っている一虎の腕を掴んだ。そして、オレに向けられると思っていた「帰ろう」という言葉は、あろう事か一虎に向けて発した。
「オレ、場地じゃねーけど」
「何言ってんの?そんな事知ってるよ」
一虎も自分が何故声を掛けられたのか分からないようで、オレと明日香の顔を交互に見て困惑しているような表情を浮かべていた。
オレと一虎を間違えて声を掛けたのでなければ、どういう事なのだろうかと疑問だけが頭の中を占めていた。
「家に寄って行って」
「はぁ?オマエん家とオレん家距離あんじゃん。めんどくせぇ。用があんなら、場地に頼めよ」
「一虎じゃないとダメ!」
心底面倒くさそうな顔をしている一虎の腕を引っ張って、半ば引き摺るようにして「またね!」と笑顔を見せながら手を振って、二人は喫茶店を出て行った。
ドアが閉められ、揺れているドアベルが悲しく鳴っているように聞こえた。
モヤモヤする胸とゴチャゴチャとする頭の中を振り払うように舌打ちをした。
「マイキー、ドラケン、帰ろーぜ」
家の方向が一緒の二人を誘って帰ろうとするが二人からの返事は無く、無性にイラついた。振り返って「聞こえてんのかよ」と言いながら睨み付けると、ドラケンが一歩、オレに近寄った。
「いいのか?」
「何が」
「振られてやんの!」
ププっと吹き出しながら、指差しで笑ってくるマイキーにイラッとして一発ぶん殴ってやろうかと一歩踏み出せば、ドラケンがマイキーの頭を軽く叩いて「からかうんじゃねーよ」と言ったせいで、握り締めた拳はなんとなく振り上げ辛くなってしまい、拳の力を緩めた。
「今なら追い掛ければ、間に合うんじゃないか?」
「追い掛けてどーすんだよ」
「どうって…。オマエがいいなら、別にいいけどさ」
三ツ谷は困ったように眉を下げて、こめかみ辺りを人差し指で搔いていた。その後「場地は、素直じゃねーからな」と余計な一言を残して、パーと一緒に喫茶店を出て行った。
何となく、一人で帰りたい気分になってしまったので、マイキーとドラケンに「先帰るわ」とだけ言い残して、喫茶店を出た。
夕空は鮮やかなオレンジ色から深い赤色になっていた。真っ赤な空をぼんやりと眺めながら、重い足取りで歩く。隣が居ないだけで、妙に寂しく感じた。
本当は、アイツらの言ってる事が全く分からない訳では無い。漠然と理解は出来るけれど、決定的なモノは分かっていない。好きだとかそう言う感情がどんなモノなのかとか、自分の中にフとした瞬間に生まれる感情がそうなのかもハッキリとは分からない。
考えれば考える程、モヤモヤとしてムカついて来てしまったので、近くにあったゴミ箱を蹴飛ばしてみた。ゴミ箱の陰に隠れていて見えなかったが、近くに黒猫が居て、攻撃されたと思ったようでフーフーと息を荒くしながら黄色い目をランランと鋭く光らせてオレを威嚇していた。
「…悪りぃ。オマエに危害加えるつもりはねぇんだよ」
しゃがみ込んで手を伸ばして、猫と仲直りしようと試みたが猫はプイッとそっぽを向いて早足に暗い路地裏へと消えていってしまった。
いつもは動物に好かれて、すぐに仲良く出来るのに今日は何もかもが上手くいかない。
「あー、ウゼェ」
ぽっかりと空いてしまったような感じがする胸が気分悪くて、イライラして仕方なかった。両手で頭をぐしゃぐしゃと掻き乱して、アスファルトの地面を見つめながら重い溜息を零した。
*
「めんどくせぇ」と軽く抵抗する一虎の腕を無理矢理、引っ張って歩く。途中で諦めも付いたのか、抵抗する力を緩めたので、腕を離して家までの道のりを歩いた。
家に着き、部屋に上がらせて少しだけ待つように伝えて、リビングで必要な物を持って、自室へと戻った。
中に入ると、一虎は物珍しそうに辺りをキョロキョロしていた。私が「お待たせ」と声を掛けると、視線は真っ直ぐに私の方へと向けられた。
「で、オレに用事って何?」
「あぁ。怪我の手当しようと思って」
「は?」
「顔とか腕に深い傷が見えたから」
「放っておけば治るって」
「化膿したら良くないよ。いいから、腕出して」
未だに「いいよ、別に」と言っている一虎の腕を掴んで袖を捲る。腕には擦り傷や切り傷が浅い物から深い物まで沢山あって、顔には治りかけなのか黄色い痣や、まだ新しい青痣が無数にあったり、唇の端が切れて血が滲んでいた。
「どうしたの、これ」
「…別に」
「言いたくないならいいけど、私も場地もみんな、一虎の味方だからね」
そう言えば、一虎は少し目を見開いて私を見た。そんな彼に「それだけは、忘れないで」と目を見て伝えると、スっと目を逸らされてしまった。暫く、無言で傷の手当をしていたが、時折、消毒液が染みるのか小さく呻く声だけが聞こえていた。
消毒液が染み込んだコットンを唇の端に当てている時に、一虎はポツリポツリと小さな声で話を始めた。
「黒龍って知ってるか?」
「うん、名前は聞いた事あるよ」
「暴走族のチームなんだけどさ、最近ちょっと揉めてて」
一虎の口から語られた事は、黒龍と言うチームが一虎の地元で幅を利かせているらしい。今までは特に絡まれた事はなかったのに最近になって急に向こうからハッパかけて来る為、しょっちゅう、その黒龍と揉めているらしい。だから、生傷が絶えないと言った。
「その事、みんなに言わないの?」
「言えねぇよ。だって、カッコ悪ぃじゃん。マイキーとかドラケンなら一人で一個のチーム潰しちゃうのによ」
「変な意地張らないでよ。一虎に何かあったら、みんな悲しむよ」
「アイツらが悲しむ?何で?」
「何でって、そりゃ、みんな一虎が大切だからに決まってるでしょ」
怪訝そうな視線を向けて来る一虎にそう言っても、彼は納得出来ないようで唇を尖らせて視線をさ迷わせていた。あえて、雑にコットンをグリグリと押し付けてやれば、一虎は痛てぇと小さく悲鳴を上げた。
「一虎だって、みんなに何かあったら嫌でしょ」
「…うん」
「それと一緒」
もう一度笑いかけると今度は視線を逸らされる事はなく、彼も私と同じように口角を上げて安心した子供のように笑った。
手当も終わり、救急箱を閉じて立ち上がって部屋の壁に掛けてある時計を見ると、針は七時前を指していた。
「あ、もうこんな時間だ。夕飯食べてく?」
「場地に悪ぃから帰るわ」
「何で場地?」
「あーあ、場地も苦労してんなぁ」
「苦労してるのは、私の方では?」
「オレからすれば、どっちもどっち」
深い溜息を吐きながら、謎な発言を残して一虎は帰って行った。
一人になった部屋でベッドに腰掛けて、さっきの話を思い返す。
暴走族の事は詳しくない私でも聞いた事はあるチームという事は、それなりに大きなチームなのだろう。そんな大きなチームを一人でどうにかしようなんて無理だ。
折角、話してくれたのに私がどうこう出来る問題ではないので、何も出来ない事が凄くもどかしい。
場地だけでも話しておこうかと思った瞬間にドアがカラカラと音を立てて、いきなり開き、黒い影がヌッと入ってきた。
変質者かと思って身構えたが、よく見ればその黒い影は今、考えていた人物だった。
「窓から入って来るのやめてよ。泥棒とかかと思って怖かったんだから」
「インターフォン鳴らしてんのに出て来ねぇから、何かあったかと思ったんだよ」
「あ、ごめん。考え事してて、聞こえなかったのかも」
「一虎は?」
「もう帰ったよ」
「オマエら何してたんだぁ?」
一虎には悪いが、勝手に話してごめんと心の中で謝って場地に先程聞いた話を説明した。話している途中、彼の表情はどんどん険しくなり、眉間にシワが深く刻まれていく。そして、小さくため息ついて「アイツ、なんで何も言わねーんだよ」と拗ねたように呟いた。
「この話聞く為にわざわざ家に呼んだのか?」
「うん。みんなの前じゃ絶対に話してくれないと思ったから。後、傷の手当もしたかったし」
「一虎の事、一番に分かってる感じでなんかムカつく」
誰も気が付かなった事を私が一番に気が付いた事が気に食わなかったのだろうか。確かに、一虎と一番仲が良いのは場地だ。親友の変化に一番最初に気が付きたかったのだろう。
唇を尖らせて拗ねている様子は子供の頃から変わらない。ムスッとした表情で私を見て来るので「別にそんなんじゃないよ」と言っても、表情は変わらない。
「明日香が一番分かってんのは、オレじゃねーのかよ」
「えっ?」
場地はチラッと視線を合わせてから、またスっと気まずそうに逸らした。
この表情は知っている。昔、見た事がある。自分の大事にしていたオモチャをマイキーに取られて喧嘩したけど、結局負けて拗ねていた時と同じ表情だ。
「私が一番分かってるのは、場地だよ」
今度は、逸らす事なく真っ直ぐ見つめて来た。場地の薄茶色の瞳がやけに透明に見える。目を逸らす事を拒むように彼の瞳はジッと私の瞳を捉えていた。
スっと右手が伸ばされ、私の頬に触れた。胸がドキドキして息苦しくなるが、それでも、瞳を逸らす事は出来ない。
「オマエの事を一番に分かってるのもオレだろ」
「ねぇ、それってどういう意味?」
自分のオモチャを取られた時と同じで自分のモノを取られたような気がしているだけなのか、それとも、幼馴染以上の感情がちゃんと場地の中にもあって、嫉妬しているのかが分からなくて聞いてみると、場地は我に返ったようにハッとして、少しの間沈黙が流れた。
そして、急に顔を真っ赤にさせて頬に添えていた手を勢いよく離してクルっと後ろを向いてしまった。
「今のナシ」
「えっ?ナシって何?」
「すっげぇキモイ事、言っちまった」
しゃがみ込んで顔を片手で多いながら、大きい溜息をつく背中を見ていると、何だか面白くなって来てしまい、クスクスと笑っていれば場地は顔だけをこっちに向けて睨み付けた。
「笑ってんじゃねーよ」
未だに真っ赤な顔をしている場地の隣に行って、同じようにしゃがみ込んで顔を見合わせて「場地に一番に分かってもらえて、私は嬉しいよ」と言えば、プイっとそっぽを向いて小さな声で「おう」と答えた。
もう一度、こっちを向いた時には表情は真剣なモノに戻っていて、力強い目で真っ直ぐに見つめていた。
「一虎の事はオレが何とかするから、オマエは余計な事すんなよ」
「うん、分かってる。お願いね」
心配な気持ちも少なからずあるので、その気持ちを汲み取ってくれたのか、私が顔に出してしまっているのかは分からないが、場地は「大丈夫だ」と言って、私の頭を乱暴に撫でた。
その乱暴さと大丈夫と言った優しい声音は全くの真逆で場地らしいなと思った。乱暴な癖に本当は優しい。
「つーか、腹減ったな」
「もう八時前だもんね。家で夕飯食べて行きなよ。何がいい?」
「ペヤング」
「私の家にはペヤングはありません」
「常備しとけよ。じゃあ、あれがいい。牛丼」
「えー、私は親子丼がいいなぁ」
「知るか。牛丼」
「はいはい、分かりましたよ!」
ちょっと重たくなってしまった空気をわざと変えようとして、お腹空いたとか言ってくれたのかな、なんて思ったりもしたけど、場地は本能のままに生きてるから、本当にお腹が空いただけかもしれない。
「場地、ありがと」
「あ?何が」
「色々と!」
「はぁ?意味わかんねぇ」
それでも、そんな場地の気まぐれにだって何度も救われて来たんだよ。不器用な優しさに幾度も救われて来た。だから、もし、場地が悲しい事や辛い事があった時は私が彼の力になってあげたいと思う。場地が私の光であるように、私も場地の光でありたい。