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真Ⅴ

赤い。
目に刺さるほどに。
赤い。
目を覆うほどに。
絶え間なく赤い光が降り注ぎ、濃い影を作り出す。その中を、光る影のように幽世を泳ぎ渡ることを決めた魂と肉体が、かつて弟の知恵だった少年が、私と合一した身体で駆けていく。
アオガミ、そして私と神格を上げた少年が通りがなると、悪魔たちは悲鳴をあげてほうぼうに逃げていく。少年は一匹たりとも見逃さず、殺す。時に命乞いをして足下に縋る悪魔に微笑む。その笑みを悪魔は知ることがない。彼の表情の半分は黒い装甲で覆われており、そして僅かに表された目元が慈悲深い微笑みの形を描くことを知る前に、刃が悪魔の身体を貫く。あるいは切り裂く。断末魔と赤く黒く滴るマガツヒを浴びながら、少年は悪魔の顔を踏み躙る。跡形もなく、入念に。
『惨い』
思わず言葉を上げた。少年の意識へと。
少年はふと瞬きし、合一を解く。
「少年、安全が確保されていない状況での合一解除は危険が大きい」
合一を解いた少年はやおら足下に転がる悪魔の頭部を掴みあげて満面の意味を浮かべる。マガツヒで構成された血の匂い。人型として感じる嫌悪感と不快感の奥底に、蠱惑的なマガツヒの味を求めて舌舐めずりをする魔性としての自分がいる。
「少年、ここ一帯の悪魔は戦闘経験を積むには不適だと思うのだが」
ごくり、と喉が動いてしまいそうになる。努めて平静に、越水は少年を諭した。

「だってハヤオさん、笑っているでしょう」
心当たりのない言動を訝しむと、少年はケタケタと笑った。
「好きでしょう 叩き割って、切り捨てて、もぎ砕いて、引き裂いて、刺し抜いて、燃やして凍てつかせて感電させて切り刻んで光で消し去って闇で呪い殺して、ミナゴロシにするの。この手に届く肉と骨を歪に断つ感覚。肉と脂と血とマガツヒの匂い」

「ねえ、ツクヨミ型」

平坦に。全ての表情が流れ落ちたように、少年は自分の型番を呼んで、啜ったマガツヒを口移しで与えた。見下す目の奥に嗜虐の悦びが薄く瞬く。喉の奥を零度の氷が滑り落ちていくように。冷たく、熱く。質の悪いアルコールのように、半ば暴力的に。甘美なマガツヒが腹の奥底へ蕩けて落ちていく。
赤い鉄錆の潮が渇いた身体を潤す。
ああ。望んでいた。焦がれていた。
羨んでいた。
妬んでいた?
この感情はアオガミ型に付随していたデータなのか?
彼等の絶望と苦痛の中にこの嗜虐の悦びと被虐の甘美は含まれていたのか?
この耐え難いノイズは。
あるいは、これは。私の本能なのだろうか。
幽世の生命としての神造魔人、ツクヨミの魔性は。
知らなかった、蹂躙がこんなにも作られた臓腑を充していくのだと。少年を守ることが、今の自分の使命ではないのか。
「ツクヨミの悦びは、俺の悦びだから」
悦んでなどいない。
うっそりと笑む少年への言葉が、舌先から落ちることはどうしても、なかった。
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