真Ⅴ
「250mって思ったより全然高いね」
寒い寒いと騒いで押し付けられた空色のマフラーを首に巻きながら、少年は脚をぶらつかせていた。東京タワーのトップデッキ、展望台。その上に、少年は命綱もなく座り込んでいた。
「その高い塔を俺に昇らせるな」
「俺のこと背負ってね。羽根のように軽かったでしょ?」
「飛べる悪魔に連れて来させればよかっただろう。セトあたりに」
「いやーなんか……セトにお願いしたら……東京タワー、赤くなっちゃいそうだし……」
「ここは元々赤いだろう」
「セタンタってさあ、音ゲーできる?」
「おとげーとはなんだ」
「セタンタってさあ、踊れる?」
「……音楽も無くか?」
「聞こえないの?街中から」
「雑音だろう。……下の音楽が聴こえるのか?人の身で?」
「やばい、靴どっか行った」
「馬鹿!」
見れば少年の脚先は靴下だけになっている。
展望台から身を乗り出しても、靴など名残も見えなかった。
「拾ってきて……」
「犬扱いするな!」
「あっ!」
「なんだよ」
「その前に立たせて……」
「……ああもう!」
子鹿のように脚を震わせる少年を立たせて、靴を取りに行こうと登ってきた鉄骨をまた降りる。少年の我儘さは今に始まったことではないが、近頃ひどくなっている。頼られるのを悪くないと思って甘やかしてしまう自分にも非があるかもしれない。
ふと、遠くの喧騒と風の音だけが叩いていた耳朶を、歌が掠めた。よく知った声で。先程まで、言葉を交わしていた。
目の前を落ちる塊がスローモーションに見えた。笑っていた。
歌は、止んでいた。
まるで人間のように身体が竦む。にわかに手を伸ばす。届かない。
落ちていく塊は──自らの主である少年は、地面に吸い込まれていくように落ちていき、落ち切る前に、白く走る稲妻にぶつかった。
アオガミが、少年を受け止めて着地した。
「何故!」
少年は眼を瞬かせ、次の瞬間震え出した。アオガミの首に縋りついて啜り泣き、やがてそれは嗚咽に変わる。
「何故、私が不在の間に、こんなにも危険な行動を取ったのか……」
嗚咽の合間、少年は譫言のようにごめんなさいと許してを繰り返し、その合間にぽつぽつと述べる。
「俺は、弱いのに。ただの人間なのに。俺にはどんな選択も重すぎて、誰かを守ろうとしても取りこぼしてしまうのに。俺は、その辺の礫より軽い、アオガミの知恵なんかにはそぐわない命なのに」
「アオガミの永遠になりたいと、望んでしまった」
自らの肩を抱いて身体を竦め泣く少年の背を、あやすように魔人はさすった。
「君に、君と出会えたことに、私は感謝している。同時に、私の存在が君を苦しめていることも、理解している。それでも、君に生きてほしい。人の身が脆く儚いと知っていても、君に、私の知恵であってほしい」
まだ息の整わない少年がアオガミの頬に触れ、微笑む。
「ありがとう。俺の生命はアオガミだけだよ。だからアオガミの知恵は、俺だけであってほしいな」
永遠に。
その言葉は、嗚咽の名残の中に消えた。
寒い寒いと騒いで押し付けられた空色のマフラーを首に巻きながら、少年は脚をぶらつかせていた。東京タワーのトップデッキ、展望台。その上に、少年は命綱もなく座り込んでいた。
「その高い塔を俺に昇らせるな」
「俺のこと背負ってね。羽根のように軽かったでしょ?」
「飛べる悪魔に連れて来させればよかっただろう。セトあたりに」
「いやーなんか……セトにお願いしたら……東京タワー、赤くなっちゃいそうだし……」
「ここは元々赤いだろう」
「セタンタってさあ、音ゲーできる?」
「おとげーとはなんだ」
「セタンタってさあ、踊れる?」
「……音楽も無くか?」
「聞こえないの?街中から」
「雑音だろう。……下の音楽が聴こえるのか?人の身で?」
「やばい、靴どっか行った」
「馬鹿!」
見れば少年の脚先は靴下だけになっている。
展望台から身を乗り出しても、靴など名残も見えなかった。
「拾ってきて……」
「犬扱いするな!」
「あっ!」
「なんだよ」
「その前に立たせて……」
「……ああもう!」
子鹿のように脚を震わせる少年を立たせて、靴を取りに行こうと登ってきた鉄骨をまた降りる。少年の我儘さは今に始まったことではないが、近頃ひどくなっている。頼られるのを悪くないと思って甘やかしてしまう自分にも非があるかもしれない。
ふと、遠くの喧騒と風の音だけが叩いていた耳朶を、歌が掠めた。よく知った声で。先程まで、言葉を交わしていた。
目の前を落ちる塊がスローモーションに見えた。笑っていた。
歌は、止んでいた。
まるで人間のように身体が竦む。にわかに手を伸ばす。届かない。
落ちていく塊は──自らの主である少年は、地面に吸い込まれていくように落ちていき、落ち切る前に、白く走る稲妻にぶつかった。
アオガミが、少年を受け止めて着地した。
「何故!」
少年は眼を瞬かせ、次の瞬間震え出した。アオガミの首に縋りついて啜り泣き、やがてそれは嗚咽に変わる。
「何故、私が不在の間に、こんなにも危険な行動を取ったのか……」
嗚咽の合間、少年は譫言のようにごめんなさいと許してを繰り返し、その合間にぽつぽつと述べる。
「俺は、弱いのに。ただの人間なのに。俺にはどんな選択も重すぎて、誰かを守ろうとしても取りこぼしてしまうのに。俺は、その辺の礫より軽い、アオガミの知恵なんかにはそぐわない命なのに」
「アオガミの永遠になりたいと、望んでしまった」
自らの肩を抱いて身体を竦め泣く少年の背を、あやすように魔人はさすった。
「君に、君と出会えたことに、私は感謝している。同時に、私の存在が君を苦しめていることも、理解している。それでも、君に生きてほしい。人の身が脆く儚いと知っていても、君に、私の知恵であってほしい」
まだ息の整わない少年がアオガミの頬に触れ、微笑む。
「ありがとう。俺の生命はアオガミだけだよ。だからアオガミの知恵は、俺だけであってほしいな」
永遠に。
その言葉は、嗚咽の名残の中に消えた。