他版権
「リュカ、お前は可哀想な子どもだなぁ……。俺が飼ってやろうか?」
それも悪く、ないのかもしれない。
詮無い思考に意識を遊ばせながら、平坦な腹部に吐き出された精が流れ落ちるのを、ただ見つめる。体の奥は熱を持つが、投げ出した手足はひどく冷えて、力が入らない。震えそうになる奥歯を噛み締めて、うわごとのように汗ばんだ髪を撫でながら自分の名前を呼び続ける男に、媚びた声で金をねだった。
お金を持って、はやくおかあさんのところへかえらないと。
床に投げつけられた金貨一枚を這い蹲りながら拾って、これで明日まで食いつないでいけると安堵から笑みが浮かぶ。眼球の奥がひどく熱を持ち、視界が歪んだ。
きっと家に帰れば父さんは酒代を待っている。酒代を稼がなければ父さんはきっと怒る。父さんが怒ると殴られて痛いし、母さんも殴られて悲しむ。このところ父さんはまともに働いてないが、酒を飲むペースは早くて、二人ともろくなものを食べていない。久しぶりに温かいものを食べてほしい。せめてもの慰めになるかもしれない。
そうすれば父さんは母さんを殴らないかもしれかいし、母さんはお腹を空かせて自分のことを憮然とした目で見ることもないかもしれない。それにもしかしたら、自分にもすこしだけまともな食事を与えてもらえるかもしれない。
それなら偏執的に与えられる苦痛と嫌悪を、諦めて受け入れた意味がある。
家に帰るなり、父親がアモンの鞄を奪って金を取り上げた。
「今日は中々稼いだじゃないか。これならツケを払ってもまだ飲めるぞ」
爪先に視線を落として父親の言葉を聞きながら、アモンは震える声で抵抗する
「それ…飯代にって…」
父親の目が鋭くなり、腹部に拳がめり込む。
「ぐっ…!うう…は…」
「珍しくまともに親孝行したと思ったら一人前にメシの要求か。お前にはつくづく失望させられる。育ててくれる親への感謝の気持ちがねえのか!」
「違っ…俺じゃなくて…親父と…母さんの…!」
「口だけは達者だな!こんな端金でいっぱしの口を利くんじゃねえ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい…!」
蹲って殴打に耐えていたが、いつもより金額が多かったことに気分を良くしたのか、手酷くは殴られなかった。
父親が酒を買いに家を出た後、殴られずに済んだ母親がアモンを抱き起こした。
「ちゃんと稼ごうと思えば稼げるんじゃないか。私の為にも明日もしっかり働いてきておくれよ。あんたが頼りなんだからね」
母親の言葉でアモンはまた明日も「働く」ことが当然なのだと思い知らされた。ふらふらと立ち上がって部屋の隅で精一杯身体を丸めて目を閉じる。
何もかもおかしくなって乾いた笑いが溢れそうになり、血が滲むほど唇を噛み締めた。
昔の、夢を見ていた。
横たわる自分の身体を、かつての弱い自分が、泣き叫ぶリュカの面影が食いつぶしていくような感覚。
冷えていく思考で何かに縋ろうと手を伸ばす。
「アモン…?」
隣で眠っていたモラクスに指先が触れる。縺れる舌で小さくモラクス、と名前を呼んだ。
「眠れねえのか?アモン」
かすかに震える指を握り返して、モラクスが無邪気に笑いかける。指先に触れる確かな温もりから不安が溶け出していく。意識を食いつぶすリュカの影が薄らいで、悪い夢が覚めていく。
「もっと…」
「どうしたんだ、アモン?」
「名前を…呼んで。手を繋いでいてくれないか」
言ってしまってから気恥ずかしいと後悔するが、モラクスは両の手でアモンの手のひらを包み込んで、「アモン」と名前を呟いた。
モラクスの瞳を見つめると、揺らいでいた焦点が薄闇の中で徐々に鮮明になっていった。
「モラクス…」
「アモン、俺ここにいるから。アモンが眠れるまでいるから」
潜めた声で名前を呼ばれると、眦にじんわりと浮かぶものがあった。目を閉じて、意識が夜に溶けるまで、モラクスはじっとアモンの手を握っていた。
夜毎、夢に魘される。夢の中でアモン はリュカになる。微睡んでいると、アモンであった自分の方が夢でしかなく、何も持たない弱い子供のリュカこそが自分なのだと言う気がしてくる。
その度にモラクスは、アモンの名前を呼んで、手を握りしめてくれた掌に伝わる温度が、モラクスの声で呼ばれる名前が、この身体の輪郭を、リュカだったものからアモンにしてくれた。
リュカに意識を引っ張られたアモンが弱々しく泣きじゃくっていると、困ったように眉根を下げて傷だらけの指でゴシゴシと眦の涙を拭ってくれた。
「痛いからやめろよ」という己の声は笑みを含んでいて、モラクスの指を決して拒まずに受け入れていた。
ある夜もモラクスの掌が伝える温度に縋って眠ろうとした。だがその日に限って啜り泣き喘ぐリュカの声が、リュカの名をを呼んで辱める声が鼓膜に残っていた。肌と粘膜に脂ぎった太い指が撫でる感覚が貼り付いている。頰にとめどなく伝う感覚にしやくり上げる。
「アモン!」
夜中であることを厭わずモラクスが声を上げてアモンを呼ぶ。
「モラクス、」
耐えられなくなったアモンは目の前にただ一つ残された確かな温度に縋った。
「触って…」
あまりにか細い慈悲を乞う声だった。
「触るって、こうか?」
モラクスが慈しむ手つきで髪を掻き回して、顔の輪郭をなぞった。きっと自分ならどう触れられたいのか考えて、いつもソロモンが触れてくれるのをなぞっているのだ。その手に顔を擦り寄せて哀願する。
「抱きしめてくれないか…?」
「ああ、いいぜアモン」
モラクスに抱きしめられ、その匂いに満たされる。求めていた温もりをもっと強く感じたくて、縋るようにその背に腕を回す。モラクスが抱きしめる強さを増すと、胸に温かさが広がる。
すぐ目の前にある頬にそっと唇を寄せた。モラクスがたっぷりと固まって、それからアモンの頬へ口づけを返した。
溢れそうになる笑みを殺して、自らの唇を指で指し示す。モラクスがこくりと唾を飲んで、その唇を食んだ。
触れ合う舌先から痺れて、溶けていく感覚が爪先まで抜けていく。
抱きしめ合いながら拙く舌を絡めていると、腹の底に情欲がもたげる。
「モラクス、頼む。もっと触ってくれ…」
一度身を離して肌着を捲る。
白い腹と胸が夜気に晒された。
モラクスの手が恐る恐る腹と胸を撫でる。肌に沁み通る少し骨ばった指の感覚が、膜を張るような悪夢を剥ぎ取っていく。拙く愛おしい愛撫に、腹の奥が一層重くなるようだった。
「なあアモン、これ、嫌じゃないんだよな…」
「ああ、嫌なんかじゃないぜ。お前も脱げよ。触り合うんなら変じゃないだろ」
そう言ってアモンは下の着衣をも寛げ、下肢を晒した。モラクスももたつきながら衣服を脱ぎ去る。
ゆるりと反応している自らの性器に指を這わせながら、モラクスの性器にも触れる。
「アモン、これ変じゃないんだよな?嫌じゃ、無いんだよな?」
モラクスが目を伏せながら微かに身体を捩る。
「変なんかじゃない、すごくいい、モラクスは嫌か?」
先走りを塗り込めながら性器を扱き上げて問いかける。
「嫌じゃねえけど、って言うかすごく…いいけど。アモンとこういうことするの、変じゃないか?」
「変じゃない。お前に触れるのが俺にとって正常なんだ。嫌じゃなければお前にも…触ってほしい」
そういってモラクスの手を取って性器に導き、上から手を添わせて触れる。大斧を振り回す小さいが武骨な手が性器に触れると、はしたなく腰が緩慢に動く。
「モラクス、いいっ…もっと、もっとして…!名前も呼んでくれ…!」
「もっとって、なんだ?」
急く息を宥めて深く息を吐いたアモンが、モラクスの手を離して背を向ける。
「俺の足の間でチンコ扱いてくれ。大丈夫、手を使うのも足を使うのも一緒だから」
アモンが閉じた太腿を晒して、モラクスの性器を懇願する。
「アモン、じゃあ、行くからな」
締まった太腿の間をモラクスの性器が行き来する。
薄く肉のついた下腿が滑る性器を挟み込んで、性急な律動を甘受する。
亀頭がアモンの陰部にも触れ、快感を与える。
「あっ、あっ、いいっ、モラクス、きもちいっ…」
「アモン、アモン、なあなんかこれ、交尾みたいだっ」
肌のぶつかる音と先走りに滑る水音の間に、嬌声が響く。
「アモン、なんか、イきそうっ…」
「あー、いい…!来て、モラクス、来て…!」
モラクスが身を震わせて吐精すると、アモンも前を弄って達した。
アモンの下肢が互いの精に塗れてドロドロになる。
「わりい、アモン、汚しちまった」
モラクスが慌てて手近な布でアモンの下肢を拭おうとすると、向き直ったアモンが首に手を回してきた。
「悪い、モラクス…こんなことに付き合わせて」
アモンの眦は震えていた。眦だけではない、身体は寄る辺なく力を失っている。
簡単にアモンの下肢を拭って、モラクスはアモンを抱きしめ返した。
「俺、正直アモンに触ってほしいって言われて嬉しかったんだ。アモンが嫌じゃ無ければ、アモンに『触りたい』んだけど」
辿々しく、だがはっきりと言葉にする。
「あっでもこういうのってだけじゃなくて!今までみたいに手ぇ繋いだりとか、こうやってギュってして寝たりとか…ダメか?」
アモンはシュンとしてこちらの顔色を伺うモラクスに軽く笑みを浮かべて、少し尖らした唇に口付けた。
「ダメも何も、俺も…そうしたい。いいだろ?」
その言葉に顔を輝かせたモラクスが、強くアモンを抱きしめた。
「おいよせよ、苦しいって…」
「だってなんか、嬉しいんだよ!なんか分かんねえけど!」
「わかったから、今日は服着て寝るぞ」
「おう!」
もう夢を見ない。
隣に眠る温かい存在だけが、微睡みの中に満ちている。
1/4ページ