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真4・真4F

いつか青い空を見れるように。
あたしの名前は、そんなオヤジと顔を見たことのないお母さんの願いから付けられた。
だからあたしはピンクより空色が好きだった。本や画像でしか見たことのない色。オヤジが店で出してるカクテルにもそんな色がある。着るのはいつも空色の服。ナナシが青を着ると真似しないでと泣いていたから、ナナシは緑を選ぶことが多くなった。
「本物の空ってやつは、こんな小さなグラスに収まるようなもんじゃない。澄み渡るような深い青だぜ」
オヤジはいつもそう言っていた。空の話をすると、オヤジはいつもお酒を沢山飲んで酔っ払う。そうするとあたしとナナシといつもの店員さんでお店の手伝いをしないと行けないから、だんだんあたしたちは空の話をしなくなった。
オヤジだけじゃない。大人たちは空を見たいと言うけれど、天井の上の話をするとみんな険しい顔をする。
あたしたちの背が少し伸びてカウンターを追い越した頃、ハンター見習いとしてマナブと一緒にニッカリさんに師事して、色んなことを学んだ。
かつて天井の上にたどり着いた人がいたこと。天井の上には天使達の国があり、東京の人々は天使達に追い返されたこと。天使に寝返って東京の人々を裏切り、とうとう帰ってこなかった人がいたこと…
「天井の上ってそんなにいいところだったのかな?」
ニッカリさんが話終えた後、なんとなくあたしはそう言った。
「そりゃアサヒ、天井の上には悪魔の肉や合成物じゃない、本物の食い物があるんだぜ?缶詰じゃないパンを毎日食えるんだ、いつか尽きることなんて心配しないで……」
マナブがしみじみと語る。そう言われるとお腹が空いてきた。オヤジの作るご飯はおいしいけど、「ほんもの」の食べ物がどんなに美味しいのか、想像は尽きない。
「確かにそれもあると思う。だけど私は、上に行った人々は空に囚われてしまったのではないかと思うんだよ」
ニッカリさんがそう言って微笑んだ。
「愛する人や場所を置いてでも、空の下で暮らしたかったのかもしれない。天井の下で生きてきた私たちには、理由なんてそれだけでも充分なんだ……」
ニッカリさんがどこか遠くを見つめてそう言った。なんだか難しい気がして隣を見ると、マナブはうんうんとうなづいていたしナナシは目を瞑って腕を組んでうーんと唸っていた。これは半分寝てる時のナナシの癖だ。
ニッカリさんが怒るかと思って思わず前を向き直ると、ニッカリさんは苦笑して「居住区に戻ろう」と立ち上がった。
「ナナシ、起きて〜。帰るよー」
ナナシを揺さぶると目を開けて少しキョロキョロして、罰が悪そうな顔をした。マナブが肩をすくめている。
「お前ら、そんなんじゃ何年たっても正式なハンターになれないぜ」
「あたしはちゃんと聞いてたもん!ナナシもちゃんと聞いてないとあたし一人でハンターになっちゃうよ」
「聞いてたよ…」
そんなことを言い合いながら居住区への道を歩く。そんな道すがら。
「好きな人が、空を好きだったのかもしれない」
そうナナシがポツリと呟いたから、思わず振り返った。
「なんでもない」
誤魔化すようにナナシが歩幅を広げたから、あたしは少し駆け足でその後を追いかけた。

今日もあたしはピンクじゃなくて空色のワンピースを着る。好きな色だし、あたしに1番似合う色だと思うから。真っ赤な太陽の色のピアスを着ける。きっとこれは、なくてはならないものだから。
そうしてワンピースを翻すあたしの名前を呼ぶ時、オヤジは少し眩しい顔をする。
「アサヒ」
空の1番始まりの顔、それがあたしの名前。
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