真4・真4F
小さい頃、土に埋まったボールペンを見つけたことがある。
錆び付いて、ほとんどメッキの剥がれたそれに遺物としての価値は無かったけど、端についてるキラキラしたチャームが綺麗だったからアサヒにあげた。アサヒはこわれものを受け取るみたいに華奢な手でボールペンをそっと握って、「ありがとうナナシ、大切にするね」と満面の笑みを浮かべた。
だから俺は少し惜しくなった。そんなにイイものなら、アサヒになんてあげずに俺が持っていればよかった。自分だけのものにして、輝くガラスを眺めていればよかった。
蛆まみれの死体が転がっていた。這いつくばったままの学校で、左耳だったものが取れかかっていた。岩盤の下の東京は大穴の僅かな光だけが届くから、以前よりマシとはいえやはり寒い。そういう環境では死体の腐敗もゆっくり進む。 でも蠅は普通に生き残っていたから、死体が腐りきるまえに蛆まみれになって、あとは骨になる。地下街は狭いから誰かが死んでいたら大抵すぐにみんなに知れるし、ハンターだったら大抵は持ってるスマホの最終位置から死亡位置を特定して、死体を見つけた別のハンターが報告する。そうして大抵の死体は衛生面から火葬──野辺で焼いて灰と骨にされるだけだけど──にされる。そうはならず腐り落ちるのは、命知らずのハンターが辺鄙な場所で死んだか、地下街に居られない鼻摘み者。この死体は身なりからして後者だ。
一応商会に報告だけして、この場で焼いてしまおうか。
そう思ってカメラアプリを起動しようとしていたら、隣にいた男が死体のそばにかがみ込んで、蛆の塊に手を突っ込んだ。
「フリン?!」
意味不明な、というか完全な狂った行動に続く言葉を失って無駄に口を開いたり閉じたりしてしまう。
「見て、道反玉だ」
蛆を振り落として、死体に不相応な輝きの玉石を拾い上げる。
あまりのおぞましさに3歩と言わず20歩くらい勢いをつけて後退ってしまった。
「いらない、俺は絶対使いたくない」
「そう?」
この男は救世主と呼ばれているのだが、何故か躊躇いなく死体を漁る癖がある。
最近はハンターの流儀に則って、死体を見つけたら商会に報告するようになったみたいだけど、俺と二人の時はやはり死体を漁ってめぼしいものがあると懐に入れる。
最初の頃は咎めていたのだが、だんだん虚しくなって黙っているようになった。人前でやらなければいい。
「ケツアルカトル」
予備動作なくフリンが仲魔を呼んだ。
「燃やして」
ちょっと待て、まだ報告してないぞ。
「誰かを生き返らせたかったのかな?」
盛大に炎を上げて燃える死体…というか死体の周り一帯に視線を向けながらフリンが呑気に呟いた。
「ハンターでもないのに、道反玉だけ持ってて、あとはめぼしいものなんてなかった…」
「金目の物だから持ってたんじゃないのか?」
「さあ、もう誰にもわからないけどね」
俺の方を一瞥したフリンは白々しく肩をすくめて見せて、また燃え上がる炎に向き直る。
「ナナシは最後まで一つ持てるとしたら、何がいい?」
「最後までって…生玉とか?」
「うん、ナナシらしいね」
「どういう意味?」
「僕はね、安楽死の薬だよ。一度だけ東京で見たことがある…その時は捨ててしまったけど。もう二度と手に入らないけど、あの薬に今でも囚われてる。綺麗な硝子瓶に入った、白い錠剤」
どうして。
「今度死ぬ時も君の手を汚したくないから」
フリンはあの時みたいに綺麗に笑った。
そんなはずない。
あの時は…笑ってなんていなかった。
顔なんて見えなかった。
あの時って?
馬鹿みたいに青く晴れた空を背にするフリンを見ると叫びそうになるのは何故だろう。
「やっぱ俺、その道反玉いる」
フリンの所持品から勝手に道反玉を奪い取る。
「今度は俺の目の黒いうちは勝手に死なせないからな」
フリンの目が一瞬瞠られて、また笑みが深くなる。
だってこの男は未だに取り憑かれたようにファンドで悪魔から金を毟るし、クエストの報酬はきっちり受け取るし、時々死体を漁ってる。こんなに生に執着している。それなら俺は全力で生かす。みんなを救ってくれる救世主様を救えるのは、多分同じ救世主だけだ。
「ナナシ、長生きしてね」
「当たり前だろ」
フリンが先に往きそうな時は道反玉でも、新たなダグザの力でも何でも使う。
だけどこの汚れた道反玉だけは使うことがない。もしもそんな時が来たら、俺は躊躇いなくフリンと共に往く。
今度は宝物を、誰にも知られずに自分だけの物にしておきたいから。
錆び付いて、ほとんどメッキの剥がれたそれに遺物としての価値は無かったけど、端についてるキラキラしたチャームが綺麗だったからアサヒにあげた。アサヒはこわれものを受け取るみたいに華奢な手でボールペンをそっと握って、「ありがとうナナシ、大切にするね」と満面の笑みを浮かべた。
だから俺は少し惜しくなった。そんなにイイものなら、アサヒになんてあげずに俺が持っていればよかった。自分だけのものにして、輝くガラスを眺めていればよかった。
蛆まみれの死体が転がっていた。這いつくばったままの学校で、左耳だったものが取れかかっていた。岩盤の下の東京は大穴の僅かな光だけが届くから、以前よりマシとはいえやはり寒い。そういう環境では死体の腐敗もゆっくり進む。 でも蠅は普通に生き残っていたから、死体が腐りきるまえに蛆まみれになって、あとは骨になる。地下街は狭いから誰かが死んでいたら大抵すぐにみんなに知れるし、ハンターだったら大抵は持ってるスマホの最終位置から死亡位置を特定して、死体を見つけた別のハンターが報告する。そうして大抵の死体は衛生面から火葬──野辺で焼いて灰と骨にされるだけだけど──にされる。そうはならず腐り落ちるのは、命知らずのハンターが辺鄙な場所で死んだか、地下街に居られない鼻摘み者。この死体は身なりからして後者だ。
一応商会に報告だけして、この場で焼いてしまおうか。
そう思ってカメラアプリを起動しようとしていたら、隣にいた男が死体のそばにかがみ込んで、蛆の塊に手を突っ込んだ。
「フリン?!」
意味不明な、というか完全な狂った行動に続く言葉を失って無駄に口を開いたり閉じたりしてしまう。
「見て、道反玉だ」
蛆を振り落として、死体に不相応な輝きの玉石を拾い上げる。
あまりのおぞましさに3歩と言わず20歩くらい勢いをつけて後退ってしまった。
「いらない、俺は絶対使いたくない」
「そう?」
この男は救世主と呼ばれているのだが、何故か躊躇いなく死体を漁る癖がある。
最近はハンターの流儀に則って、死体を見つけたら商会に報告するようになったみたいだけど、俺と二人の時はやはり死体を漁ってめぼしいものがあると懐に入れる。
最初の頃は咎めていたのだが、だんだん虚しくなって黙っているようになった。人前でやらなければいい。
「ケツアルカトル」
予備動作なくフリンが仲魔を呼んだ。
「燃やして」
ちょっと待て、まだ報告してないぞ。
「誰かを生き返らせたかったのかな?」
盛大に炎を上げて燃える死体…というか死体の周り一帯に視線を向けながらフリンが呑気に呟いた。
「ハンターでもないのに、道反玉だけ持ってて、あとはめぼしいものなんてなかった…」
「金目の物だから持ってたんじゃないのか?」
「さあ、もう誰にもわからないけどね」
俺の方を一瞥したフリンは白々しく肩をすくめて見せて、また燃え上がる炎に向き直る。
「ナナシは最後まで一つ持てるとしたら、何がいい?」
「最後までって…生玉とか?」
「うん、ナナシらしいね」
「どういう意味?」
「僕はね、安楽死の薬だよ。一度だけ東京で見たことがある…その時は捨ててしまったけど。もう二度と手に入らないけど、あの薬に今でも囚われてる。綺麗な硝子瓶に入った、白い錠剤」
どうして。
「今度死ぬ時も君の手を汚したくないから」
フリンはあの時みたいに綺麗に笑った。
そんなはずない。
あの時は…笑ってなんていなかった。
顔なんて見えなかった。
あの時って?
馬鹿みたいに青く晴れた空を背にするフリンを見ると叫びそうになるのは何故だろう。
「やっぱ俺、その道反玉いる」
フリンの所持品から勝手に道反玉を奪い取る。
「今度は俺の目の黒いうちは勝手に死なせないからな」
フリンの目が一瞬瞠られて、また笑みが深くなる。
だってこの男は未だに取り憑かれたようにファンドで悪魔から金を毟るし、クエストの報酬はきっちり受け取るし、時々死体を漁ってる。こんなに生に執着している。それなら俺は全力で生かす。みんなを救ってくれる救世主様を救えるのは、多分同じ救世主だけだ。
「ナナシ、長生きしてね」
「当たり前だろ」
フリンが先に往きそうな時は道反玉でも、新たなダグザの力でも何でも使う。
だけどこの汚れた道反玉だけは使うことがない。もしもそんな時が来たら、俺は躊躇いなくフリンと共に往く。
今度は宝物を、誰にも知られずに自分だけの物にしておきたいから。