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真4・真4F

「先輩、なんですかその鉢植え」
僕の部屋に上がり込んでミルクを入れたぬるいインスタントコーヒーをすすっていたアキラは、窓際の薄緑色の鉢に植わった植物に興味を示した。
「何って、薔薇だけど」
「薔薇?誰かにもらったんですか?」
「拾った」
「待ってください、花屋の前からとかじゃないですよね?」
「閉店してたよ」
「結果論じゃないですか…それにしてもこの薔薇全然見る影もないですね」
確かに鉢植えはもらった時のような真紅の花に彩られていなかったし、葉も小ぶりで艶がない。僕は園芸というか植物にはなんの興味も無かったから、切り花だったら枯れれば捨てていたと思う。
今まで枯らさなかったのはただ単にこの鉢植えが窓際に置いておいて
水をやりさえすれば枯れなかったというだけだ。
「別にいいよ。花を愛でる趣味なんかないし」

14:25、交戦、排除。敵生体については別記レポートを参照。消耗部品の補充要請。今日の報告を書き上げてデータベースに送信する。
反映された記録を見たアキラが、「短っ」とぼやくのはいつものことだ。

「全然よくないですよ。せっかくだから先輩もっと慈しみの心とか育んだ方がいいですよ」
コーヒーを飲み干してデータベースを見終わったアキラが突然前のめりになった。
「僕って慈しみの心に溢れてると思うんだけど。じゃなきゃ君を部屋に上げて勝手に寛がせないよ」
「勝手じゃないですよちゃんと上がりますって言ったじゃないですか」
「まあそうだけどさ」
「それよりこの鉢植え、僕がもらっちゃいけないですか?」
突然の提案につい胡乱な眼差しをむけてしまう。
「何に使うの、儀式?アルラウネとか呼ぶの?」
「ちがいますよ!ただちゃんと世話してやればもう一度花をつけると思うんです」
そう言ってアキラは返事も待たずに鉢植えを持ち去る。
「花が咲いたら先輩にあげますよ!」
「えっなんで?」
「先輩には花を愛でたりする情緒が必要なんですって。俗物的な刹那主義に染まりすぎなんですよ」
「この状況で花を愛でる方がまともじゃないと思うけどなあ」
返事を聞かずにアキラは部屋を去った。窓辺が少し寂しくなった部屋に、アキラが真っ赤な薔薇を持ってくるのを想像しておかしくなった。それなら花瓶を買わなければな、とあれこれ考えを巡らせた。

「先輩、だから花とか愛でた方がいいっていったじゃないですか」
そう言ってアキラは銀座四丁目交差点の岩山の前に枯れた薔薇の株を供えた。
岩盤が空を覆い、陽の光が差さなくなった東京で、薔薇の鉢は花をつけることなく枯れた。
「でも別に情緒を育てなくたってよかったんですね。あなたは充分優しくて、残酷だった」
春の風など吹かない東京で、アキラは墓標もなく逝った人に背を向けた。
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