このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

真4・真4F

寝起きの悪さからナナシはアラームを止めたスマホを持ったまま上体を起こし、閉眼している。舟は漕いでいないからいつもより寝覚めは良い方だろう。フリンはアサヒに使い方を教わったコーヒーメーカーをセットする。香りに誘われたのかナナシがずるずると起き出してきた。
ナナシはソファーにもたれてぼーっと殺風景な天井を見つめていたが、しばらくするとスマホをいじりだした。クエストの達成報告を確認しているらしい。コーヒーを入れてナナシに渡す。「パンはないの?」と聞いて来るから、「君こそ缶入りのパンは持っていないのか」と問うと機嫌を損ねたようで押し黙ってコーヒーを啜り出した。ミカド国で焼きたてのパンの味を知ったナナシは缶入りのパンはあまり好きではない。
ミカド国にはパン屋はいくらでもある。頼めば分けてもらうことはそう難しいことではない。
それでもフリンがナナシに食べさせたいパンはただ一つだったし、それはもう永久に手に入らないものになってしまったから渡せない。またナナシに食べてもらいたいと思えるパンが見つかれば良いと思う。そういったことに詳しい友人がいなくなってしまったから、難しいとは思うが。

フリンはコーヒーを飲んでいるナナシを眺めながら、「君の腹を切りたいんだけど」と言った。ナナシは黙ってコーヒーを飲み干した後、ツナギの上をはだけてフリンに腹を晒した。
ナナシの部屋に上がった時に、入り口付近に置きっ放しにしていたチェーンソーを手に取る。ナナシが露骨に嫌な顔をした。
「それ、飛び散るだろ」
「だけど僕はチェーンソーで君の胴体を切りたいんだ」
「剣ならそう汚さずに綺麗に切れる癖に」
チェーンソーを使うことにだけ、ナナシは難色を示した。腹を裂かれることも胴体を真っ二つにされることにも何の抵抗も示さなかった。
「君はおかしいね」
フリンが少し俯いてチェーンソーを下ろす。
「死んじゃうんだよ。前みたいに黄泉帰ることはできない。怖くないの」
「怖いよ、フリンを1人にするのは」
どこまでも自分がない答えを返すナナシに恐怖する。それは15歳の少年が抱いて良い思考では、感情ではない。
それ以上に1人にしないと言われたことにどこかで歓喜した自分が恐ろしい。ナナシは間違いなくこの世でたった1人自分と同じ物を背負う人間だ。その彼に1人にしないと言われただけで、狂おしいほどにナナシの胴体を分断したいと思っていた感情は治っていった。
チェーンソーを片付けるフリンを見て、ナナシは身支度を整える。喉元までファスナーを上げ切らず、フリンに声をかける。
「あ、首は撥ねなくていいの?」
フリンは何を言っているのか分からず困惑する。
「自分でやるくらいだから好きなのかと思ったんだけど」
それは僕じゃない、とフリンは心の内で慟哭した。ナナシはどこまでも死に無関心だった。或いは無関心を装っているのかもしれなかった。
31/37ページ