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真4・真4F

「ここから見る東京って揺りかごみたいだ」
ナナシが足元を眺めながら呟いた。スカイタワー展望台の眼下に湧く星空のようなビルの明かりに、天井の大穴からの光が注いでいる。いつだったか、ガストンとナバールが天使の梯子のようだと口にしていた。天使にはあまりいいイメージがない。梯子があるのなら外してしまった方がいいとさえ思う。

フロリダのマッチを1本擦って、タバコに火を着ける。ナナシが口元に咥えて弄んでいるタバコに自分のそれの火を移してやる。
「臭い」
「リーダーのなんか甘ったるい」
お互いに形だけの文句を言う。しばらくはお互いが喫煙する音だけが響いた。
「フリンは」
唐突にナナシが口を開いた。ハレルヤは何も言わずに先を促す。
「フリンとかイザボーさんは、最初に東京に来た時に、お墓みたいだって思ったんだって」
初耳だった。しかし東のミカド国の光に満ちた環境に慣れていれば、東京は暗く冷たい地下の墓場に見えても仕方がない気がする。
「俺はここで育ったから、いまさらここが墓場みたいなんて思わないけど、別にあったかい場所だと思ったこともない」
「まあ、一歩外に出れば死体がゴロゴロしてるようなとこじゃな…」
「でもハレルヤといると、悪くない」
「…えっ?」
「かもしれない」

すっかり灰になったタバコをもみ消して、手摺にもたれてながらナナシは呟いた。
「暖かい、揺りかごみたいだってことか」
「いや。冷たくないだけ」
「それは」
今まで冷たい場所にいたってことなのか。今は、今いる場所は冷たくないのか。聞きたい言葉が、喉の奥で縺れて出てこない。手を伸ばす。上腕に微かに触れる。僅かな身動ぎが伝わってくる。
ナナシがゆっくりと瞬きをして振り返る。
「居心地は悪い。だけどここにいたい。ハレルヤがいるから」
「ライターがわりに?」
「別に俺にも火くらいつけれるよ」
そう言ってナナシは指先に一瞬炎を燻らして、また搔き消した。
「何かの代わりじゃないよ。ハレルヤだから側にいてほしいだけ」
「それはえっーと、プロポーズ?」
「願望」
「…ああ、多分叶えられるよ」
ハレルヤもまた殆ど吸ってはいないタバコを灰にした。
ナナシの唇に指を触れ、舌先を触れさせた。
「甘ったるい」
「そうでもないとおもうけどなあ」
2人は密やかに笑いながら、エレベーターへと向かっていった。
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