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真4・真4F

「道具に罪はない」と、養父はしばしば呟いていた。
地上でも地下街でも、人間による人殺しは稀にあった。金銭や物を巡った諍いや、感情の行き違いや、悪魔に操られた人間が人を殺めたりだとか。そんな話は商会の至る所で聞かれる。
あの男の死体の裂傷は素人が刃物を使ったんだろうとか、上野で頭を精確に1発撃ち抜かれた女の死体が見つかったとか、そんな話題をどこか遠くのことのように聞いていた。
だがアサヒは違った。物心つくかつかないか程の歳の頃より、人外ハンターになると言って憚らなかった少女は、ハンター見習いになる前からハンター達や、当時ニッカリに師事するハンター見習いだったナナシの同室者であるマナブの話を飽かず熱心に聞いていた。
そうしてナナシと共に、モデルガンに部屋の壁の一部を占拠されているナナシとマナブ以上に、刃物や銃や弾薬の種類、それがもたらす損傷、重量、精度や威力などについての知識を蓄えていった。

かつて死体の話を耳にする度に、アサヒは顔を青ざめさせていた。それでもその場で堪えるようにじっと座り込み、話が終わると長く息を吐いて、「怖かったね」とナナシの方を振り返った。
養父はいつも仕事場に勝手に出入りするアサヒとナナシを咎めながら、「道具に罪はない」と諭していた。
「銃や剣が悪いわけじゃねえ。道具が自分からどいつが気に入らねえから殺すっていうわけじゃないからな。持ってる人間がなってねえんだよ。1人を殺す弾丸で1人を救う使い方だって出来るんだ」

微睡むように伏せた瞼を開いた。頭上には塗り込めた闇に星が湧く天球が広がっている。あらゆる輝きが自分にとってかけがえのない愛おしい魂の残滓を宿している。
白い花が地を覆って群れ咲く中、目測20メートル程離れた場所に神殺しの青い外套が見える。控えていろ、という指示に従っていたらしい。
「来い」
不意に神殺しを呼びつける。即座に身を翻して、青年の姿をした剣が傍に膝を付いた。
「お呼びですか」
まじまじと端正な顔貌を眺める。かつてフリンと呼ばれていた人間の肉体にはいまだ紛うことなく魂が固着している。それはかつてナナシに自らの悲願を託した魔神によって作られた状態だ。
神殺しは人間としての観測の力と生きる意志を備えている。その上で、主である自分の為に身を賭すことを厭わない。
「道具に罪はない」
玉座に座す創造主は、自らの剣を手入れするように、注意深くいたわしげに青年の頰を撫で上げた。
「感情を、意志を持っていたとしても、お前は俺の剣だ」
青年は眉根一つ動かさず、「はい」とだけ答えた。
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