真4・真4F
いつになく真剣な眼をしたハレルヤが馬乗りになり、ツナギのファスナーを下ろす。滑らかな皮膚の一部に醜く攣れた紫斑が広がっている。
「誰がやった」
別人のように冷たい声が問いただす。「止めろよ…お前には関係ない」
「誰だよ」
哀願のように震える声に思わず瞼を伏せた。 声を出そうとしたが、喉が鳴っただけだった。眼を開けてハレルヤを見据えようとするが、視界が滲んでいく。
喉の奥に水が流れ落ち、身体が冷えていく感覚がした。堪らずに肩を抱く。「おい、ナナシっ、どうしたんだよ」
血相を変えたハレルヤが問う。
噛み殺し切れない嗚咽が溢れ、ナナシは呻くように声をあげて暫し泣いた。ハレルヤは少しの間狼狽したが、生来の人の良さからかナナシをあやすように黙って抱き締めていた。
やがて呼吸が落ち着くと、ナナシは口を開き、ぽつぽつと受傷の顛末を話し始めた。
「銀座に戻って、みんなと別れて…最初は何も言われなかった。期待の新星とか、2人の救世主とか、ピンとはこないけどみんな盛り上がってたし。曲がりなりにもおれはハンターだったし、フジワラさんやツギハギさんの庇護下にもあったから…」
「復興がある程度軌道に乗ってきて、地下街の人達も普通に過ごせるようになってきたかなって頃、上野の商会で声をかけられた。東京の象徴と言えるあなたにしかこなせない依頼があるって。なんとなく引っかかるとこはあったけど、クエストとして受領して、依頼者に着いてった」
「地下道の空き部屋に、7、8人の人がいた。フロリダで、おれのことを詰った人達。その賛同者。…シェーシャに親しい人を食われて、帰ってこなかった、ひと、とか」
淡々と話していたナナシが言い澱み、表情が曇る。其の後の顛末はある程度予測できたが、それでも吐き出させた方がいいと黙っていた。
「そこでずっと殴られてた。…誰かが、殺そうとして、『死んでくれ』って喚きながらハンマーかなんかで殴りかかってきたんだけど、そこにいた首領格みたいな奴が止めたんだ。『生きて償え』って。全部終わって錦糸町に戻ったのが、上野の商会出てから5時間後くらいだった。」
圧し殺した平坦な声で、ナナシは自らが受けた暴行について語り終えた。「死んでも良いって思ってた。それで、誰かの気がすむなら別にって。でもいざ誰かが殺そうと近づいてくるの見たら、怖くなった」
「そうか」
「…だけどそれ以上に、『生きて償え』って言われたのが…命の意味が贖罪に置き換えられた気がして」
「お前が生きててくれて良かったよ…」
ハレルヤは優しく微笑んでナナシの髪を梳いた。指先からナナシを気遣う温もりが伝わる。
「それで、」
居住まいを正し、ハレルヤは問うた。「何処の、どんな奴だったか、分かるのか」
微笑みながら穏やかに問う口振りと裏腹に、至極苛烈に瞳をギラつかせる。
ハレルヤは無闇に人を傷つける性質ではない。いつか、アサヒを詰ったガストンを殴り飛ばした時も、後々手を挙げたことに苦悩し、謝罪をしていたほどだ。
だからこそ自分も、背を預けて戦った。
そんな男が、自分の些事に拘って躊躇無く手を汚すのを見たく無かった。
そんな姿を見たら、その手を取ってしまったら、ハレルヤ以外の何も要らないと思ってしまいそうだった。
「…知らない」
口元に薄く笑みを張り付けて、しらばっくれた。
舌が、酷く重い。
「誰がやった」
別人のように冷たい声が問いただす。「止めろよ…お前には関係ない」
「誰だよ」
哀願のように震える声に思わず瞼を伏せた。 声を出そうとしたが、喉が鳴っただけだった。眼を開けてハレルヤを見据えようとするが、視界が滲んでいく。
喉の奥に水が流れ落ち、身体が冷えていく感覚がした。堪らずに肩を抱く。「おい、ナナシっ、どうしたんだよ」
血相を変えたハレルヤが問う。
噛み殺し切れない嗚咽が溢れ、ナナシは呻くように声をあげて暫し泣いた。ハレルヤは少しの間狼狽したが、生来の人の良さからかナナシをあやすように黙って抱き締めていた。
やがて呼吸が落ち着くと、ナナシは口を開き、ぽつぽつと受傷の顛末を話し始めた。
「銀座に戻って、みんなと別れて…最初は何も言われなかった。期待の新星とか、2人の救世主とか、ピンとはこないけどみんな盛り上がってたし。曲がりなりにもおれはハンターだったし、フジワラさんやツギハギさんの庇護下にもあったから…」
「復興がある程度軌道に乗ってきて、地下街の人達も普通に過ごせるようになってきたかなって頃、上野の商会で声をかけられた。東京の象徴と言えるあなたにしかこなせない依頼があるって。なんとなく引っかかるとこはあったけど、クエストとして受領して、依頼者に着いてった」
「地下道の空き部屋に、7、8人の人がいた。フロリダで、おれのことを詰った人達。その賛同者。…シェーシャに親しい人を食われて、帰ってこなかった、ひと、とか」
淡々と話していたナナシが言い澱み、表情が曇る。其の後の顛末はある程度予測できたが、それでも吐き出させた方がいいと黙っていた。
「そこでずっと殴られてた。…誰かが、殺そうとして、『死んでくれ』って喚きながらハンマーかなんかで殴りかかってきたんだけど、そこにいた首領格みたいな奴が止めたんだ。『生きて償え』って。全部終わって錦糸町に戻ったのが、上野の商会出てから5時間後くらいだった。」
圧し殺した平坦な声で、ナナシは自らが受けた暴行について語り終えた。「死んでも良いって思ってた。それで、誰かの気がすむなら別にって。でもいざ誰かが殺そうと近づいてくるの見たら、怖くなった」
「そうか」
「…だけどそれ以上に、『生きて償え』って言われたのが…命の意味が贖罪に置き換えられた気がして」
「お前が生きててくれて良かったよ…」
ハレルヤは優しく微笑んでナナシの髪を梳いた。指先からナナシを気遣う温もりが伝わる。
「それで、」
居住まいを正し、ハレルヤは問うた。「何処の、どんな奴だったか、分かるのか」
微笑みながら穏やかに問う口振りと裏腹に、至極苛烈に瞳をギラつかせる。
ハレルヤは無闇に人を傷つける性質ではない。いつか、アサヒを詰ったガストンを殴り飛ばした時も、後々手を挙げたことに苦悩し、謝罪をしていたほどだ。
だからこそ自分も、背を預けて戦った。
そんな男が、自分の些事に拘って躊躇無く手を汚すのを見たく無かった。
そんな姿を見たら、その手を取ってしまったら、ハレルヤ以外の何も要らないと思ってしまいそうだった。
「…知らない」
口元に薄く笑みを張り付けて、しらばっくれた。
舌が、酷く重い。