真4・真4F
頭上に夜が広がっている。
天井ができる前のことを知る大人達の中には、岩盤によって光の届かない東京のことを、「明けない夜」と表現する者もいた。
ナナシやアサヒ達の様な若い世代には、昼と夜とは時計の時間と悪魔の活動によって推し測る物でしか無かった。
それも、救済を説く魔神が呼んだ大蛇によって、天井に大穴が開く以前の話だ。
今日の空には月が無い。いくつかの星が見えるが、岩盤が東京の街灯りによって照らされていた頃に比べ、底なしの穴が空いた様に暗い。
ミカド国の出身者には星空が心休まる物に思えるらしいが、ナナシには馴染みの無い夜空がひどく薄ら寒く思える。
頼りない星明かりから視線を落とし、地上に犇めく影を見る。
足音を消して、物陰から躍り出た。
「百鬼夜行の討伐」
新月の夜に現れる百鬼夜行を倒して欲しい。
シンプルな討伐クエストだった。だが裏腹に妙に要求されるハンターランクとレベルは高い。
人間としての肉体を取り戻し、ダグザと行動を別にするようになったナナシには以前ほどの無茶は不可能だ。
訝しんで追記を見ると、本部より「多数の高ランクハンターが戦闘不能となっている。注意してくれ」とコメントされている。フジワラの注意喚起だろう。いつものように警戒心を少しと、なるようになるという楽観を胸に、無造作にクエストを受注した。
幽鬼や外道の類いが多く目撃されていたようだ。破魔の光や炎を操ることに長けた仲魔を揃え、自らは槍と銃を駆り、有象無象の影を切り捨てていく。
苦戦こそしないが、不規則な間合いから飛んでくる攻撃を躱し、流しながらくるくると動くことで息が上がってくる。胃が重い。
「ここに来る前に食い過ぎたな…失敗した」
破魔の力の依代である小石を無造作に投げつけながら、平坦な声で呟く。耳障りな声を上げて、影の一部が溶けるように掻き消えた。
少しの隙に息を整え、痩躯に不釣り合いな機関銃を構え直す。
と、従えていたヤタガラスが牙を剥きながら唸った。
『ナナシ、後ろです』
短く注意を促し、間合いを図る。背後に目をやると、影の一部が連なり、意思を持ったように異常に盛り上がっていた。
「あれを止めろ!!」
境界を曖昧にする影の集合体に銃弾を撃ち込みながら吠える。仲魔達も各々
に魔法で加勢するが、影は無頓着に
一つの形を取った。
「畜生!」 思わず悪態が口をつく。
ナナシの眼の前で、夜を切り取ったような漆黒の人影が出来上がった。
背格好も、身に纏うものも、そうそうはいない髪型も。
間違いなく、鏡でよく見知った自分の姿を映し出している。その肌も服も塗り潰したような黒色であること、口元に歪んだ笑みを浮かべ、眼を爛々と金色に光らせていることを除けば。
乱暴に槍を地面に突き立て、背負っていた小刀をすらりと抜く。抑えた予備動作で喉元に喰らいかかる。
「ひとごろし!」
ひび割れた声で影が叫ぶ。
構わずに小刀を振り下ろそうとした。
「人殺し!お前は救世主なんかじゃない、ただの薄汚れた人殺しだ。あの魔神だって都合のいい傀儡にした。人間のことなんてどうでもいい、ただの快楽殺人者だ」
ひび割れた声は断続的に叫び続ける。ナナシの小刀は影に届くが、致命傷を与えるに至らない。そのまま影が歪に形を変えてナナシを張り飛ばす。
「お前は偽りの救世主だ。人々を導くに値しない。だから僕が君の代わりになるべきなんだ。そうだろ?」
体勢を崩したナナシに影が覆い被さる。ナナシは声を上げられずに金色の瞳をじっと睨んでいた。
唐突に影が姿を歪ませる。黒い影がまだらに揺れ、金色の瞳が憤怒に彩られる。背後を振り返った影の顔面を剣が貫いた。影は最早人の姿を保つこともなく崩れ去り、姿を保てない外道と成り果てた。割れたアスファルトの四方に影が伸びようとするのを、青年の仲魔と魔法が許さない。
「ねえ」
剣を影に突き刺す青年が、穏やかな瞳をナナシに向けて声をかける。
「夜更かしは身体に毒だよ」
軽やかな剣戟で影を滅多打ちにしていく。外道は跡形もなく姿を消した。
「身長も伸びなくなるし」
「好きでこんな時間にうろついてるわけじゃない」
「そう?」
剣を納めてフリンはナナシに魔石をいくつか押し当てた。淡い光がナナシの傷を包んで、石は砕け散る。
「苦戦してたね、ドッペルゲンガー。シャドウとも言うか」
「ドッペルゲンガー?」
フリンの手を借りて立ち上がったナナシが、訝しげにフリンに尋ねる。
「そうだよ。同じ眼に同じ眼を、写してはならぬ」
「俺の目つきはあんなに悪くないし、金色に光るなんて常識外れなことにはなってないよ」
ナナシが疲れたように告げた。実際依頼を受けてからこのところ仮眠こそとっていたが、しっかり休めていない。今日はぐっすり眠れそうだ。
「…そうだね。所詮はドッペルゲンガー、ニセモノだからね」
フリンが曖昧に頷いたことには、そっと目を逸らすことにした。
天井ができる前のことを知る大人達の中には、岩盤によって光の届かない東京のことを、「明けない夜」と表現する者もいた。
ナナシやアサヒ達の様な若い世代には、昼と夜とは時計の時間と悪魔の活動によって推し測る物でしか無かった。
それも、救済を説く魔神が呼んだ大蛇によって、天井に大穴が開く以前の話だ。
今日の空には月が無い。いくつかの星が見えるが、岩盤が東京の街灯りによって照らされていた頃に比べ、底なしの穴が空いた様に暗い。
ミカド国の出身者には星空が心休まる物に思えるらしいが、ナナシには馴染みの無い夜空がひどく薄ら寒く思える。
頼りない星明かりから視線を落とし、地上に犇めく影を見る。
足音を消して、物陰から躍り出た。
「百鬼夜行の討伐」
新月の夜に現れる百鬼夜行を倒して欲しい。
シンプルな討伐クエストだった。だが裏腹に妙に要求されるハンターランクとレベルは高い。
人間としての肉体を取り戻し、ダグザと行動を別にするようになったナナシには以前ほどの無茶は不可能だ。
訝しんで追記を見ると、本部より「多数の高ランクハンターが戦闘不能となっている。注意してくれ」とコメントされている。フジワラの注意喚起だろう。いつものように警戒心を少しと、なるようになるという楽観を胸に、無造作にクエストを受注した。
幽鬼や外道の類いが多く目撃されていたようだ。破魔の光や炎を操ることに長けた仲魔を揃え、自らは槍と銃を駆り、有象無象の影を切り捨てていく。
苦戦こそしないが、不規則な間合いから飛んでくる攻撃を躱し、流しながらくるくると動くことで息が上がってくる。胃が重い。
「ここに来る前に食い過ぎたな…失敗した」
破魔の力の依代である小石を無造作に投げつけながら、平坦な声で呟く。耳障りな声を上げて、影の一部が溶けるように掻き消えた。
少しの隙に息を整え、痩躯に不釣り合いな機関銃を構え直す。
と、従えていたヤタガラスが牙を剥きながら唸った。
『ナナシ、後ろです』
短く注意を促し、間合いを図る。背後に目をやると、影の一部が連なり、意思を持ったように異常に盛り上がっていた。
「あれを止めろ!!」
境界を曖昧にする影の集合体に銃弾を撃ち込みながら吠える。仲魔達も各々
に魔法で加勢するが、影は無頓着に
一つの形を取った。
「畜生!」 思わず悪態が口をつく。
ナナシの眼の前で、夜を切り取ったような漆黒の人影が出来上がった。
背格好も、身に纏うものも、そうそうはいない髪型も。
間違いなく、鏡でよく見知った自分の姿を映し出している。その肌も服も塗り潰したような黒色であること、口元に歪んだ笑みを浮かべ、眼を爛々と金色に光らせていることを除けば。
乱暴に槍を地面に突き立て、背負っていた小刀をすらりと抜く。抑えた予備動作で喉元に喰らいかかる。
「ひとごろし!」
ひび割れた声で影が叫ぶ。
構わずに小刀を振り下ろそうとした。
「人殺し!お前は救世主なんかじゃない、ただの薄汚れた人殺しだ。あの魔神だって都合のいい傀儡にした。人間のことなんてどうでもいい、ただの快楽殺人者だ」
ひび割れた声は断続的に叫び続ける。ナナシの小刀は影に届くが、致命傷を与えるに至らない。そのまま影が歪に形を変えてナナシを張り飛ばす。
「お前は偽りの救世主だ。人々を導くに値しない。だから僕が君の代わりになるべきなんだ。そうだろ?」
体勢を崩したナナシに影が覆い被さる。ナナシは声を上げられずに金色の瞳をじっと睨んでいた。
唐突に影が姿を歪ませる。黒い影がまだらに揺れ、金色の瞳が憤怒に彩られる。背後を振り返った影の顔面を剣が貫いた。影は最早人の姿を保つこともなく崩れ去り、姿を保てない外道と成り果てた。割れたアスファルトの四方に影が伸びようとするのを、青年の仲魔と魔法が許さない。
「ねえ」
剣を影に突き刺す青年が、穏やかな瞳をナナシに向けて声をかける。
「夜更かしは身体に毒だよ」
軽やかな剣戟で影を滅多打ちにしていく。外道は跡形もなく姿を消した。
「身長も伸びなくなるし」
「好きでこんな時間にうろついてるわけじゃない」
「そう?」
剣を納めてフリンはナナシに魔石をいくつか押し当てた。淡い光がナナシの傷を包んで、石は砕け散る。
「苦戦してたね、ドッペルゲンガー。シャドウとも言うか」
「ドッペルゲンガー?」
フリンの手を借りて立ち上がったナナシが、訝しげにフリンに尋ねる。
「そうだよ。同じ眼に同じ眼を、写してはならぬ」
「俺の目つきはあんなに悪くないし、金色に光るなんて常識外れなことにはなってないよ」
ナナシが疲れたように告げた。実際依頼を受けてからこのところ仮眠こそとっていたが、しっかり休めていない。今日はぐっすり眠れそうだ。
「…そうだね。所詮はドッペルゲンガー、ニセモノだからね」
フリンが曖昧に頷いたことには、そっと目を逸らすことにした。