真4・真4F
寒い、と言ってナナシは一日中自室に籠もっていた。
今朝からべた雪が降っている。
常なら動きやすい軽装でいる彼が、ツナギの上に更に1枚着込んでいる。
寒気が温められることのない東京の冷え込みは深刻で、余剰電力は殆ど暖房に費やされていた。
救世主業は常に開店休業だし、ハンターの仕事は冬季臨時休業、商会に呼ばれたら少し手伝えばいいだろう。しかし呼ばれてはいない。つまりフリーだ。
ミカド国の友人が丁寧に淹れ方を教えてくれた紅茶を、沸いた湯にそのままぶち込んで漉すという贈り主が見たら卒倒しそうな方法で淹れて飲用する。
いつも以上に静かな自室に、空調の作動音と電子機器の立てるモーター音が満ちていた。
上では少し気温が高い、と感じたが、東京の地下街は空調の追いつかない底冷えを感じる。
ノックをしても部屋の主からは返事がないが、入るなとも言われていないし、とドアノブに手をかけた。
ベッドで毛布に包まり、巨大な毛玉のようになっているナナシに声をかける。
「おはよう」
「午後だけど」
毛玉から間髪入れずくぐもった声が聞こえてくる。
横着もここまでくると腹が立たなかった。
「こんにちは、メッセージ、見てくれた?」
「あー、今日寒くて指が動かないんだよ」
「久しぶりに会って話でもって、約束してたよね」
がばりと毛布が跳ね上がり、ナナシが顔を出した。寝癖が酷い。
「今日?!」
「今日だろ」
「嘘だよね…嘘…うわ…」
嘘つき呼ばわりとは人聞きが悪い。
誰の為に交渉に交渉を重ね(殆ど無言の抵抗と実力行使とイザボーへの泣き言だったが)、忙しい仕事に穴を開けたのだと思っているのか。
スマホをいじって予定を確認したらしいナナシが、気落ちしたように語尾を小さくしていく。
「…ごめん」とひどく落ち込んで殊勝に謝る姿を見て、溜飲が下がった。
そもそも普段は自分がナナシを待たせている。
大抵はナナシがとんでもない時間に呼び出してくれるからだが、自分が誘って待ち合わせてもナナシが後から来た試しがない。
そして目的が済むとナナシはとっとと帰る。
酷い時は顔をみて、「あ、生きてた」
とだけ告げて帰って言ったこともある。
「待ってたんだけど」
「…」
「雪、降ってて、寒かったな」
「…ごめん」
不遜に「どっか屋内にいれば良かっただろ」とでも返して来ると思って身構えていたフリンは肩透かしを食らって思わずナナシの顔を覗き込んだ。
見たこともない暗い表情で落ち込んでいるのを見とめると、待たされた身でありながら胸が痛む気がした。
「散々待たされたんだから今日は僕の言うことを聞いてくれる?」
「マッカはそんなにない…」
「…いつも僕が置いてかれてるんだし、今日は僕が気がすむまで一緒に居てくれないか」
「それで良いのか?」
「普段碌々話も聞いてくれない癖に何言ってるんだい」
反射的に皮肉で返すと再びナナシの纏う雰囲気が澱んだ。やりづらいことこの上ない。
「…とにかく、身支度くらい整えて。東京の雪を見てみたいんだ」
口から出任せを言ってナナシの手を引いたが、妙案だと思った。
天蓋の穴から、東京の街に降りしきる雪はどんなものだろうか。
無二の存在と眺める情景を思い浮かべて、微笑んだ。
今朝からべた雪が降っている。
常なら動きやすい軽装でいる彼が、ツナギの上に更に1枚着込んでいる。
寒気が温められることのない東京の冷え込みは深刻で、余剰電力は殆ど暖房に費やされていた。
救世主業は常に開店休業だし、ハンターの仕事は冬季臨時休業、商会に呼ばれたら少し手伝えばいいだろう。しかし呼ばれてはいない。つまりフリーだ。
ミカド国の友人が丁寧に淹れ方を教えてくれた紅茶を、沸いた湯にそのままぶち込んで漉すという贈り主が見たら卒倒しそうな方法で淹れて飲用する。
いつも以上に静かな自室に、空調の作動音と電子機器の立てるモーター音が満ちていた。
上では少し気温が高い、と感じたが、東京の地下街は空調の追いつかない底冷えを感じる。
ノックをしても部屋の主からは返事がないが、入るなとも言われていないし、とドアノブに手をかけた。
ベッドで毛布に包まり、巨大な毛玉のようになっているナナシに声をかける。
「おはよう」
「午後だけど」
毛玉から間髪入れずくぐもった声が聞こえてくる。
横着もここまでくると腹が立たなかった。
「こんにちは、メッセージ、見てくれた?」
「あー、今日寒くて指が動かないんだよ」
「久しぶりに会って話でもって、約束してたよね」
がばりと毛布が跳ね上がり、ナナシが顔を出した。寝癖が酷い。
「今日?!」
「今日だろ」
「嘘だよね…嘘…うわ…」
嘘つき呼ばわりとは人聞きが悪い。
誰の為に交渉に交渉を重ね(殆ど無言の抵抗と実力行使とイザボーへの泣き言だったが)、忙しい仕事に穴を開けたのだと思っているのか。
スマホをいじって予定を確認したらしいナナシが、気落ちしたように語尾を小さくしていく。
「…ごめん」とひどく落ち込んで殊勝に謝る姿を見て、溜飲が下がった。
そもそも普段は自分がナナシを待たせている。
大抵はナナシがとんでもない時間に呼び出してくれるからだが、自分が誘って待ち合わせてもナナシが後から来た試しがない。
そして目的が済むとナナシはとっとと帰る。
酷い時は顔をみて、「あ、生きてた」
とだけ告げて帰って言ったこともある。
「待ってたんだけど」
「…」
「雪、降ってて、寒かったな」
「…ごめん」
不遜に「どっか屋内にいれば良かっただろ」とでも返して来ると思って身構えていたフリンは肩透かしを食らって思わずナナシの顔を覗き込んだ。
見たこともない暗い表情で落ち込んでいるのを見とめると、待たされた身でありながら胸が痛む気がした。
「散々待たされたんだから今日は僕の言うことを聞いてくれる?」
「マッカはそんなにない…」
「…いつも僕が置いてかれてるんだし、今日は僕が気がすむまで一緒に居てくれないか」
「それで良いのか?」
「普段碌々話も聞いてくれない癖に何言ってるんだい」
反射的に皮肉で返すと再びナナシの纏う雰囲気が澱んだ。やりづらいことこの上ない。
「…とにかく、身支度くらい整えて。東京の雪を見てみたいんだ」
口から出任せを言ってナナシの手を引いたが、妙案だと思った。
天蓋の穴から、東京の街に降りしきる雪はどんなものだろうか。
無二の存在と眺める情景を思い浮かべて、微笑んだ。