真1
大使に扮した雷神を倒し、東京にICBMが落ちた日のことを時折夢に見る。巻き戻したテープを再生するように、一挙手一投足をなぞっていると、自分の感覚が過去のそれとぴったり重なり、境界を失うような心持ちがした。
だが最後に地上の光を瞼に受け、轟音と灼熱に体を吹き飛ばされる感覚で、それが夢だと認識する。
実際には地上が消し飛ぶ前に、自分の肉体は不完全な魔法によって金剛神界に飛んでいた。だからこの苦痛は荒れ果てた東京のイメージと、隣で眠る少女の魂の奥底に眠る記憶が流れ込んで見せる幻覚に過ぎない。
実際の僕の30年前の東京の最後の記憶は、固く握っていた筈の柔らかな手がするり離れ、迷いのない眼差しが僕を貫き。
「あなただけでも、生き延びて!」と、尾を引くような彼女の最後の叫びと共に、眩い光に包まれた、それだけだ。
「雨に打たれるなんて、死にたいの?!」
東京には雨が降り続いていた。
死にたくなんかなかったがこの雨に溶けて消えてしまえればいいのにとどこかで思っていた気がする。
実際には濡れそぼった装備が重く纏わりつき、思った以上に僕の輪郭を再認識させられた。
正体をなくした少女が僕の腕を引いて廃ビルの中に押し込む。
「30年前とは違うのよ!この東京はどこにも有害物質が満ちていて、雨も当然汚染されているんだから…」
少女はボトルから水を注いでタオルを濡らし、着替えを用意してくれる。
ビルの中は砂埃が薄らと積もり、ところどころに天井か壁なのかわからない隙間から雨水が滴っていた。湿った埃の匂いが満ちている。
「ねえ君」
「なによ!」
「濡れちゃったね」
少女の額にまとわりつく濡れたブルネットを指先でかきあげる。少女は怪訝そうに少し目を細めた。
「誰のせいよ…」
「ごめん、考え事してて」
「…ねえ、」
いなくならないで。
雨音が掻き消える。視覚も、聴覚も、嗅覚も。胸の鼓動も。
少女の声だけが、感情だけが、こころに、精神の迷宮に届く。迷宮のずっと奥に、その願いをかつて叶えられなかった、あの日の少年がいる。
「着替えるからそっち向いてて」
「え、部屋を出てくから待って」
「いいよ。分散すると危険だろ。そっち向いてて」
「わかったわ…」
少女が背中を向けるのをみて、反対方向を向いて着替え始めた。
「生きるから」
そう呟いた時、言葉もなく少女がどんな表情をしていたのか。
僕には知る由がない。
だが最後に地上の光を瞼に受け、轟音と灼熱に体を吹き飛ばされる感覚で、それが夢だと認識する。
実際には地上が消し飛ぶ前に、自分の肉体は不完全な魔法によって金剛神界に飛んでいた。だからこの苦痛は荒れ果てた東京のイメージと、隣で眠る少女の魂の奥底に眠る記憶が流れ込んで見せる幻覚に過ぎない。
実際の僕の30年前の東京の最後の記憶は、固く握っていた筈の柔らかな手がするり離れ、迷いのない眼差しが僕を貫き。
「あなただけでも、生き延びて!」と、尾を引くような彼女の最後の叫びと共に、眩い光に包まれた、それだけだ。
「雨に打たれるなんて、死にたいの?!」
東京には雨が降り続いていた。
死にたくなんかなかったがこの雨に溶けて消えてしまえればいいのにとどこかで思っていた気がする。
実際には濡れそぼった装備が重く纏わりつき、思った以上に僕の輪郭を再認識させられた。
正体をなくした少女が僕の腕を引いて廃ビルの中に押し込む。
「30年前とは違うのよ!この東京はどこにも有害物質が満ちていて、雨も当然汚染されているんだから…」
少女はボトルから水を注いでタオルを濡らし、着替えを用意してくれる。
ビルの中は砂埃が薄らと積もり、ところどころに天井か壁なのかわからない隙間から雨水が滴っていた。湿った埃の匂いが満ちている。
「ねえ君」
「なによ!」
「濡れちゃったね」
少女の額にまとわりつく濡れたブルネットを指先でかきあげる。少女は怪訝そうに少し目を細めた。
「誰のせいよ…」
「ごめん、考え事してて」
「…ねえ、」
いなくならないで。
雨音が掻き消える。視覚も、聴覚も、嗅覚も。胸の鼓動も。
少女の声だけが、感情だけが、こころに、精神の迷宮に届く。迷宮のずっと奥に、その願いをかつて叶えられなかった、あの日の少年がいる。
「着替えるからそっち向いてて」
「え、部屋を出てくから待って」
「いいよ。分散すると危険だろ。そっち向いてて」
「わかったわ…」
少女が背中を向けるのをみて、反対方向を向いて着替え始めた。
「生きるから」
そう呟いた時、言葉もなく少女がどんな表情をしていたのか。
僕には知る由がない。
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