真1
※鈴木一朗 主人公
早川誠 ロウヒ
岩波真世 カオヒ
一朗がコックを捻ると、シャワーヘッドが異音を立て、冷たい水が目一杯降ってきた。一瞬身動ぐが、甘んじて水を全身に浴びる。
回復道場に併設されたシャワールームでのことだ。戦闘で負った自分の傷や、悪魔の返り血は野良の悪魔を呼び寄せる。保清の為のシャワーは荒廃した東京においては重要なライフラインだ。だからこそ有料になっている。
だが対価を払ったにしてはシャワールームの設備は上等とは言えない。剥き出しのコンクリートと剥がれたタイルに覆われた手狭な空間で、湯量と湯温の安定しないシャワーを浴びる。
崩壊する前の東京でたっぷりの湯を惜しげも無く浴びていた頃が懐かしい。あの頃はそれが最高の贅沢だなんて思わなかった。ただ手にこびりついた返り血や体液を取り憑かれたように擦り落とすのに必死だった。
今は生きる為に適切な行為としてシャワーを浴びる。水だろうが熱湯だろうが構わずに浴びる。
シャワールームから出ると、岩波がインスタントコーヒーのようなそうでないような、なんだかわからない湯気の立つ飲み物を啜っている。一朗を一瞥して、「早いな」とだけ呟いた。
「水!シャワー思いっきり水だったよ。火ある?寒いから温めてくれない?」
「燃やすぞ」
ふざけた一朗に岩波が素っ気なく返す。燃やすぞ、とは彼なりの親しさの表れだ。多分。恐らく。
岩波は敵意を持った相手には、
「消し炭にするぞ」
と告げるし、度を越した敵意を持つ相手には挨拶もなく炎を叩き込む。
今のところそんな扱いを受けたことはない。
「一朗くん、ちゃんと髪の毛を乾かさないと風邪をひきますよ」
早川がバスタオルを差し出してくれる。正直なところ髪の毛なんて自然乾燥で構わないと思っていたが、出されたものはありがたく受け取ることにした。
「はあ、風呂にゆっくり入りたいなあ」
「そうですね。こう緊張した日々が続くと、少し羽を伸ばしたい気がします」
「無茶だろ」
「無茶だよねぇ…」
ぼやく一朗と、早川の前にも湯気の立つカップが置かれた。
一息着いたらまた荒れ果てた東京を駆け抜けなければならない。
カップに口を付けると、少し湿気ったような苦味が口に広がった。張り詰めた神経の奥が、少しだけ紐解かれる。
「悪魔はコーヒーの匂いとか好きなのかな?」
「そんな情緒があるとも思えねえけどな」
コーヒーを飲み終えた岩波がカップを軽く濯いで武器の確認をする。
冷え切った指先が、ほんのり熱を持っていた。
早川誠 ロウヒ
岩波真世 カオヒ
一朗がコックを捻ると、シャワーヘッドが異音を立て、冷たい水が目一杯降ってきた。一瞬身動ぐが、甘んじて水を全身に浴びる。
回復道場に併設されたシャワールームでのことだ。戦闘で負った自分の傷や、悪魔の返り血は野良の悪魔を呼び寄せる。保清の為のシャワーは荒廃した東京においては重要なライフラインだ。だからこそ有料になっている。
だが対価を払ったにしてはシャワールームの設備は上等とは言えない。剥き出しのコンクリートと剥がれたタイルに覆われた手狭な空間で、湯量と湯温の安定しないシャワーを浴びる。
崩壊する前の東京でたっぷりの湯を惜しげも無く浴びていた頃が懐かしい。あの頃はそれが最高の贅沢だなんて思わなかった。ただ手にこびりついた返り血や体液を取り憑かれたように擦り落とすのに必死だった。
今は生きる為に適切な行為としてシャワーを浴びる。水だろうが熱湯だろうが構わずに浴びる。
シャワールームから出ると、岩波がインスタントコーヒーのようなそうでないような、なんだかわからない湯気の立つ飲み物を啜っている。一朗を一瞥して、「早いな」とだけ呟いた。
「水!シャワー思いっきり水だったよ。火ある?寒いから温めてくれない?」
「燃やすぞ」
ふざけた一朗に岩波が素っ気なく返す。燃やすぞ、とは彼なりの親しさの表れだ。多分。恐らく。
岩波は敵意を持った相手には、
「消し炭にするぞ」
と告げるし、度を越した敵意を持つ相手には挨拶もなく炎を叩き込む。
今のところそんな扱いを受けたことはない。
「一朗くん、ちゃんと髪の毛を乾かさないと風邪をひきますよ」
早川がバスタオルを差し出してくれる。正直なところ髪の毛なんて自然乾燥で構わないと思っていたが、出されたものはありがたく受け取ることにした。
「はあ、風呂にゆっくり入りたいなあ」
「そうですね。こう緊張した日々が続くと、少し羽を伸ばしたい気がします」
「無茶だろ」
「無茶だよねぇ…」
ぼやく一朗と、早川の前にも湯気の立つカップが置かれた。
一息着いたらまた荒れ果てた東京を駆け抜けなければならない。
カップに口を付けると、少し湿気ったような苦味が口に広がった。張り詰めた神経の奥が、少しだけ紐解かれる。
「悪魔はコーヒーの匂いとか好きなのかな?」
「そんな情緒があるとも思えねえけどな」
コーヒーを飲み終えた岩波がカップを軽く濯いで武器の確認をする。
冷え切った指先が、ほんのり熱を持っていた。