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真1



荒れ果てた地平に陽の光が差し掛かっている。
間も無く日も暮れるだろう中、武装した少女が少年の後を追従していた。
少年は全身の傷を最低限止血し、風下を警戒しながら黙々と足を品川の街に向けている。纏う防具はそこここが変色していた。
2人は傷を癒し、休息を取れる安全で清潔な場所を求めていた。

品川に着く頃には西日も絶え、宵の口の薄明かりが広がっていた。
少年が立ち止まり、壁に凭れるのを認め、少女は肩を貸そうとするものの、少年はそのままずるずると壁を背にして座り込んでしまった。
「少し休んで行くよ、先に行ってて。心配ならパスカルを連れてけばいい」
屈み込んで様子を窺う少女に、先に行くように促す。
「私が心配なのはあなたよ。肩を貸すわ。魔石もまだあるんだから使いましょうよ、命あっての物種でしょう?」
少女は少し眦を吊り上げながら、
「どこまでも付いてくって言ったでしょ。一緒に行く。」と捲し立て、手を差し伸べた。

少年は少女の手を一瞥するが、顔を伏せて蹲る。
「じゃあ僕が死ぬって言ったら君は一緒に死ぬのか。」
感情の読み取れない声で、ボソボソと少年が呟いた。
口数こそ少ないとはいえ、堂々と悪魔を相手取り交渉を行う普段の姿からは想像出来ない姿だった。
「そんな趣味ないわよ。第一あなたのことを死なせはしないわ。それがあなたの目的じゃないって分かってるもの。」
少女は見えない視線を見透かすように少年を見詰めながら、はっきりとその言葉を否定した。
少年が面をあげる。言葉の力強さとは裏腹に、戸惑ったような表情の少女を捉えた。
「じゃあ、僕が死ねって言ったら死ぬのか。」

淡々と口にしたつもりが、強く詰るように吐き捨てていた。
ひゅっと息を飲む声が聞こえた気がする。
少女の当惑が全身に広がり、次の瞬間、表情の全てが消え失せていた。

ただでさえ静謐な暮らしの元、人の気配が希薄な品川の街角から、全ての色や音が消えて行くように感じられた。
あるいは最初からそんなものはなく、無色の世界を歩き回りながら脳内で都合よく着色していたのでは無いか。
取り留めの無い思考に耽る少年の頬に、少女が手を伸ばす。白く細い指は、武器を取るために、戦うために、生きるために荒れていた。
それが答えで、それだけで充分だった。

自分の肩に凭れた少年の呼吸が乱れ、啜り泣くようになり、やがて穏やかになっていくまで、首筋に熱い頬と湿った息を感じながら少女は身じろぎもせずにただ黙っている。
すでに涙も流せないほどに疲れ切った少年を酷く憐れみ、同時にかける言葉を持たない自分を嘆いてもいた。
2度もメシアと呼ばれ、人々に渇望されながら、彼を戦いの中から救うことが出来ない。
彼の魂が戦いを由とせずとも、彼の由とするところが修羅の道であることは分かっていた。

呼吸が落ち着くのを待って、少女から身を離す。
無表情ではあるが、眼差しは穏やかで、真摯だ。
唇が仄かに緩み、言葉を落とす。
「死ぬわ。そしてあなたを守るためにまた生まれてくる。何度でも。」
それが疑いようもなく少女の本心からの望みだと、分かることが悲しかった。
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