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スピンオフ

「いまおーじさん、どうですか。仕事終わりそうです?」
「いや、ちょっと目処立たねー。そっちもうできたのか」
「ま、一応ですけど。鍋って意外と楽なんですよ」

ヒョイと今大路さんの肩越しから出来心でパソコンを覗き込む。
潜入捜査から直帰だったらしく、仕事を持ち帰ってきた今大路さんがいつもの顰めっ面でキーボードを打ち込んでいた。いつも今大路さんの方が仕事が終わるのも帰るのも早かったので、彼の仕事姿を見るのは新鮮だ。
まぁ、予想はしていたが専門用語が羅列していて数秒で頭痛がした。ブルーライトが痛い。

「……キムチの匂いする」
「キムチ鍋ですから。追いキムチ要ります?」

スンスン俺の匂いを嗅いだ彼が抑揚ない声で「ん」と返事する。あ、これ空腹で限界の顔だ。
散らかった書類を無心で片付けながら俺は手を止めずに今大路さんに尋ねる。
この人、ほんと整理整頓下手くそだな。お道具箱とかロッカーとかぐっちゃぐちゃなタイプ。
ついでに言うなら置き勉するタイプだ。さらについでに言うなら学期終了時に溜め込んでいた荷物を全て持って帰るタイプだろう。目に見えてしまう。

時折、俺が料理を振る舞いに訪ねないとすぐにこの有様だ。
彼女でも作ってさっさっと世話焼かれてくれ。……いや、無理かな……。

「……お前なんか失礼なこと考えてたろ。弛んだ顔しやがって」
「ひてまふぇん、やめてくだはいかおつかんの(してません、やめてください顔掴むの)」
「あー、腹減った」

パソコンを乱暴に閉じ伸びをした今大路さんはソファに書類諸々をぶん投げ、立ち上がる。
まだ終わってないけどめんどくさくて切り上げたんだな……。そうぼんやり考えた俺の目の端で今大路さんは滅多に立ち入らないキッチンへと足を運んでいた。その意図が手に取るように分かり、慌てて俺は今大路さんのシャツを引っ張る。身長差相まって思い切り首を絞めてしまった。

「……おい、若宮」
「ちがいます。行動の綾です」
「しらねぇよ。そしてなんだよ」
「飲むな、絶対飲むな!!」

俺の首根っこを掴みかけた今大路さんの手を回避して冷蔵庫に先回りする。
漸くそこで俺の目的がわかったらしくわかりやすく眉を顰めた。
あ、この顔は「お前は馬鹿なのか」の顔……。

「んだよ、鍋なのになんでビールダメなんだよ」
「なんで俺が家にお邪魔した時毎度飲むんですか、俺の負担が増えるんでやめてください」
「知らねー」

素知らぬ顔で通せんぼする俺を抱き上げようと手を伸ばした今大路さんの手を渾身の平手で撃退する。……ほんと、ほんと、そう言うところだよ今大路さん……!!

「だから、俺を持ち上げるなって言ってるんですけど!?そういうのは到底出来ないであろう彼女にやってくだ、うわっ!?」
「はいはいうるせー」

ぎゃいぎゃい喚く俺をものともせずに抱き上げた今大路さんは邪魔な障害物を避けるように、俺を冷蔵庫の前から引き剥がす。負けじとして抵抗し、押し問答5分弱。
まぁ、体力的にも鍛体的にも俺があっさり敗北した。

結局今大路さんに負け、食卓にビールを並べ鍋パーティーは始まったのだが……。

「なんで俺がアラサー手前の生活無能力者の子守を……ヒクッ……勘弁しろって……」
「若宮飲んでないのになんで酔ってんだよ。飲み会で雰囲気酔いした新人よりタチ悪い」

ぶっちゃける、記憶が飛んだ。

⭐︎

「……でお前はどうなんだよ。どうせお前も彼女なんて到底出来ねーだろ」
「出来ると思いますか。出会いがないんです。あと、誰かの保護」

(目が完全に据わってるんだよな……)

今大路は、缶ビール3杯目を空けようとしている若宮瑞貴をやんわりと止める。お前吐くからやめろ。
若宮瑞貴が酒乱であることは酒を交わしたその日に知ってはいたが今日の酒乱ぶりはすごい。
クッションに顔を埋めてバタバタ足を動かしている。27歳がそんなことをするな。

「メシで女の胃袋掴めばいいだろ。お前料理はできんだから」
「これくらい普通です、いまおーじさんに言われてもちっとも安心できない、しちゃいけない」
「……」

若宮瑞貴の言う通り、彼は純粋に出会いがないのかもしれない。
どこか頼りなげに見えるが芯はしっかりしているし、女受けしそうな容姿だ。
清廉とまではいかないが欲が少ない男だ。酔ってる本人には言うつもりはないが学生時代はモテる部類だったはず。きっと本人が気づいてないだけで。

「料理しだしたのだって一人暮らし始めてからだし、うちの会社取引先とコンパとか全く無いですし、もう俺独身でいいかなって。いっそのこと動物飼いたい気分です」

ぐちぐち愚痴を吐き始めた若宮瑞貴は時折ゔえ、とえづく。やめろ吐くな。
ギュウウとクッションを握りしめ胡乱な目つきで天井を見上げてるあたり相当出来上がってる。

「___ この間中学の同窓会があって」

なんの脈略なく若宮がふと溢した。

「好きだった人と会ったんですよ」
「……聞いてねーけど」
「言ってないですし」

てか、好きだった人なんていたのか。初恋かは分からない。けれどそれを語る若宮の表情は優しい。恬淡にポツポツ喋りながら鍋の中をつつく。崩れた豆腐を掬いながら口を開いた。

「その子は昔から人気で、男女問わず人気者だったんです。誰に対しても朗らかで、優しかった。学生時とそんなに変わってないですけど、俺あんまり……なんだろ、会話とか得意じゃないんで、話振られても気の利いた言葉返せなくて。ずっと背中を追ってたんです。」

ああ。なんとなくわかる気がする。若宮瑞貴は自分の事をあまり話さない。
そして、天真爛漫だったのであろうその若宮の想い人の姿も。誰にも好かれるような人だったのだろう。過去形ではあるが中学時、その子が好きだった恋情が垣間覗く。

「『若宮君、表情が柔らかくなったね。恋人でも出来たの?』と聞かれて。困惑したんです。……その話を思い出しました」

今は銀行員としてバリバリ働いているそうです、と付け加えた若宮はソファの背凭れにもたれかかり溜息をついた。

「仕事に打ち込みたいから恋人は作らないんだって豪語してました。羨ましかったのかな。きっと」
「……いいやつだな」
「でしょ」

ふふと朗らかに笑う若宮瑞貴は少しの女々しさと同時に少しの哀韻。若宮らしいと思った。

「……それがどうして男2人で飲んでるのか……疑問だ……」
「結局話戻んのかよ……」

呆れながらも俺は缶ビールを飲み干し、少しだけ笑みを象る。
それに釣られるように若宮瑞貴は笑みを浮かべると思い切り毒を吐く。

「……まぁ、大丈夫だろ。女なんてたくさんいるんだから」
「はぁ、だから軽蔑されるんですよこの変態スケコマシ」
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