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STORY 1 千里の道を一歩目からすっ転ぶ

「____________ あんたもあの女もとんだ馬鹿だな」

建物を倒壊させるが如く、相手の体を勢いよく叩きつけたのはシルバーピアスを片耳に揺らす、今大路さんだった。嫌な打撲音と共に男の体が一瞬浮いた後ズルズルと脱力していく。
アクション映画さながらの光景だった。

武力行使。頭の中でバラバラその4文字が反響して崩れていく。
虫すら殺さなそうな表情を浮かべながらその所作はクレージーな程に鋭い。
冷や汗がシャツの中で縮こまる。

(……み、見なかった事に……出来ないかな……)

そろそろ後退りながら俺は心拍音が加速していくのを覚える。
蠱惑的で思わずドキリとしたあの笑みが今大路さんの素だということはもはや瞭然だった。
だとしたら俺に残された手段は逃亡他ない。

「そんなにあの女が大事なんだったらせいぜい企業秘密をぽろっとばらさない事だな」
「きっ……さまぁっ……ぐっ」

臓腑が緊張の極地で捻れそうになる。深く息を吐きながら音を立てずに過去最速でエントランスに逃げる。
あれはやばい。あれが修羅場。表向きの笑顔でニッコリ笑い合いながら仕事を押し付けてくる上司と同じだ。リアル修羅場。

ついでに言うなら今大路さんはあれだ。
上司から受け渡された仕事を清い笑顔で受け取ってその裏で部下に腹黒い笑顔でやらせるような……なんていうか裏表があるというか。とにかくあの人、やばい。

久々の日付前帰宅晩餐は生還祝い晩餐になりそうだ。
おぞましい会話内容を出来るだけ耳に入れない様に我が命を賭けた撤退をしていたその時。

まるで終わりを告げる様に彼は現れた。

「あ、若宮さんお疲れ様で……
「わーーーっ!!?」
ど、どうしましたか」

同階の大野さんに肩を叩かれその場で跳ね上がる。ていうか飛んだ。地上から跳躍した。
人の良い顔を困惑で染めながら大野さんは首を傾げる。同じく一人暮らしの大野さんの手にはコンビニ袋が掲げられていた。

「……い、いやっ!!なんでもないです、ちょっと驚いただけで、お疲れ様です、行きましょう!!」
「? は、はい……」

首元に何やらエグいほどに鋭利な視線を感じ喉がヒリヒリする。殺気の類他ない。
視界の端でそろーーっと振り返れば視線だけをこちりに向け、硬直する今大路さんの姿。
おそらく誰もいないと思っていたのに目撃者がいた、……おそらくそんなだろう。

………だめだ、ばれてない??

あまりにも睡魔が強豪すぎて書類確認を怠った事がバレた時の様な。
決してバレるはずがないと踏んだ事実が明るみに出た様な気分だ。

大野さんとたわいない話をしながらも内心は今大路さんへの対応で埋め尽くされ。
断定ではあったが、きっとあれは今大路さんの『見られてはいけない』秘密。
だとしたらこのまま今大路さんが放っておいてくれるはずが……

「じゃあ若宮さん、おやすみなさい」
「あ、お疲れ様でしたおやすみなさい、良い夢を」

エレベーターの手前に住む大野さんを見送り扉が閉まった瞬間。
俺は隅の自分の部屋まで全力疾走を始める。2つあるエレベーターのうち1つがここの階に来ようとしていたから。これが何の意味か。まだまともに思考する頭が残されていた俺は身に染みて理解していた。

(管理人さんによれば今大路さんは同室……名札貼ってないけど部屋がバレてるって事だろ…いや、でもこれは逃げないと)

駆け込み乗車でもするかのようにホーム、いや廊下を速度緩めずに走る俺の背中越しで、皮肉もエレベーターの到着音が鳴り響く。

(俺は鍵を探して、それを嵌めて回すっていうハンデがある……いや、これ俺詰んでない?)

だらだら冷や汗が再び吹き出し、恐怖心から俺は背後を振り返ってしまう。
そこには鬼神迫る勢いで俺の元へ大股でやってくる魔王、もとい今大路さんの姿だった。
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