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STORY 1 千里の道を一歩目からすっ転ぶ

「先輩、今日俺、外回りなのでこっち顔出せそうにないですが大丈夫ですか」
「はーー?若宮昨日、会社出たの日付超えてからじゃなかったか?スタミナ化物?」
「そんな事言ったって、先輩俺と年齢2つしか違わないですよね??」

既に精神的老化が始まっている先輩に資料を手渡しながらデスクを軽く片付ける。
俺の会社はブラックだ。いや、ブラック…と感じさせないブラック会社なのだ。
ブラック会社の特徴として挙げられる極端な長時間労働や過剰なノルマ、残業代・給与等の賃金不払、ハラスメント行為というものは一切ない。では何がブラックか。

仕事の量がおかしいのだ。
上司部下関わらず馬鹿みたいな量が常にデスクに積み上がっている。紙イズタワーだ。
午前中でその半分以上をやっつけないと定時帰りはおろか日付前帰宅など夢のまた夢。
新人の頃は今1日でこなしている量を2日半かかった。

そして最近困っているのは上司達がずぼらすぎる事。
先見の明を乱用し、どうせ期日までに終わるから、と自分の仕事を中々片付けてくれない。出来上がった資料にチェックしてくれない。悪意ない。もう一度言ってもいいと思う。悪意はない、と思う。

人は皆良く、馴染みやすい環境下ではある。
しょっちゅう宴会に誘ってくれるし、出張お土産もくれる。
ちなみに宴会なんかに行くとしょっちゅうフーハラに遭う。
辞める人も同期もちらほらいるけど、給料はまぁまぁだし、残業代は一応下るので転職するよりかはちょっと特殊ではあるけれどこの職場に居続けたいと個人的には願う。

まぁ、ブラックなんだがな。

そう思いながら頬を軽く掻いていると、先輩が俺の方へと視線を向けて……硬直した。

「……若宮、おまえ……」
「えっと、なんでしょう。仕事は引き受けられませんよ」
「ついにおまえ童貞卒業したのか……」
「部下の貞操事情を大声で言う最低上司はここです、今日大型ゴミの日ですよね」

清掃員に突き飛ばそうとした俺に合わてて手を合わせ平謝りした上司は体を前のめりに俺の手元を見つめてくる。嬉しくない。

「いや、だって、その手傷。絆創膏で処置するだなんてお前出来ないだろう?」

……すごい失礼なことを言われている。先輩の中で俺はどれほど不器用でだらしがないのだろう。

「だからってどうして彼女が出来たって発想になるんですか??」
「男がやるとでも?いや、若宮顔は悪くないとは思っていたが堕ちる奴もいたもんだな……」

……すっごい失礼なことを言われている。そして俺は顔だけか。

「残念ですけど男ですよ。じゃ、失礼します」

絆創膏を貼っていただけでこうまで言われてしまうほど俺は廃れているようだ。些か、心外。
存在すら気にしていなかった絆創膏を一目見、午後からの任務にグレーになりながら事務所を後にした。

⭐︎

(……22:48……、日付越えるより前に帰れるだなんて奇蹟……)

それは久しぶりに晩酌でもしようか、と気持ちが少し高揚していた時だった。
人は気が散漫になっていた頃に大事故を引き寄せる。

マンション近辺まで戻ってきた時、この時間帯では珍しい誰かの話し声が聞こえた。
しかし、俺は対して気にも留めずに通り過ぎようとして _________ 聞き覚えのある声に思わず立ち止まる。

(今のって、今大路さんじゃなかったか?)

僅かに立ち話しただけではあるが、どうにも印象的な男性が脳裏に過り少し首を捻る。
相槌を打っている相手はどうやら男のようだ。金切り声を上げながら今大路さんに何かを訴えている。状況や事態が把握できない俺にとってはどちらが悪か善かわかるはずもなかった。

盗み聞きをしようと、思い立ったわけではないけれどもどうも気になってしまい俺はその場に立ち尽くした。近づかずともだんだん声量は少しずつ増していき、この距離でも充分に聞こえるようになっていた。

「 _________ 、俺の女に自白剤使っただろ!?汚ぇ真似しやがって!!」
「 _____________________ 」
「ふっ、ざけんなよ、顔に合わず真っ黒だな!!」

俺は思わず顔を顰める。今大路さんの返答は今ひとつ聞こえない。
けれども、何やら好き勝手言われてしまっているらしい。医療関係者かとは思っていたけれど、自白剤なんてものを扱えるのは医者しかいないのではないだろうか。

(手術に失敗した患者の彼氏が逆上した、感じか……?)

咄嗟に今大路さんを庇おうと、一歩踏み出そうとした、その時。

ダンッ と壁に何かが激しく打つかる音がした。

衝撃波がここまで飛んできたような錯覚を覚え、軽く目眩を覚える。
慌てて目を瞬かせながら何があったのか凝らしてみて。


_____________________ 俺は久方ぶりに己の目を疑った。
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