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スピンオフ

「明日は四月一日。エイプリルフールですね。一年の中で唯一、『嘘』を吐いても許されると云われている…………」

ボーッと付けっぱなしのテレビを何気なく見ていた俺と、仕事用のスマホで何か連絡していたいまおーじさんは揃って顔を合わせる。

「………………」
「………………」

「いまおーじさんの其れはアホくさいっていう沈黙ですけど俺は嘘を吐こうがなんだろうが社畜は変わらないんだなって溜息です」
「どーでもいい」
「待てよ、嘘吐いてもいいのか、会社が労働基準監督署の立入調査対象になった!」
「願望モロ出てんぞ」

お互いどこか声に張合いがない。犯罪や社畜にはイベントも祝日もくそもないのだ。寧ろ犯罪に至っては増えてるのではないか。疲労に顔を歪ませているのはよく見るが彼はあまり仕事の事は俺には話さない。いや一般人には話せない事案的なのを扱ってるんだろうけど。この間玲さん伝いにいまおーじさんが単独で半年にも渡る狂気さえ感じる張り込みの結果、それが功を為してデカい案件を解決したのは聞いたけど。その翌日三十六時間寝てたけど。

「俺帰っていいですか、明日普通に出勤で」

もう四月なんだな、という気持ちよりも滲み出てしまうのは明日への倦怠感だ。なーにが嘘を吐く日だ。どうせなら上司の愚痴言っても許される日とか、なんかそういう実用性がある日が。と、思っていたらカチリと時計の針が日付をまた一つ書き換えた。俺は慌てて荷物を纏め始める。久々に早帰り出来てちょっと飲み過ぎた。て言っても部屋隣の隣とかだけど。そう思っていたらいまおーじさんが珍しく律儀に玄関まで送ってくれ、

「ゴミ出しにいくんだよ」
「嫌いだわほんとに、玲さんはもっと良い奴を見つけるべき」
「すぐに玲に離縁持ち掛けてんじゃねーよ」

玄関先で掴み合いをしながら靴を履き替える。
でもやっぱりお互いそんなおふざけに消費できる体力は残っていなかった。


翌日。連日の雨の影響で儚く散り始めた桜へ視線を見遣ることも、心の安らぎにすることも無く桜並木をスタスタと歩きながら駅へ向かう。新入社員の頃は桜を眺めながらシャカリキ出退勤出来る精神力があったはずなのに今じゃ風情すら楽しめない。ビールのラベルと体感気温でこの間ようやく春を悟ったぐらいだ。お花見とか、…………いいな…………。
ハラハラと散る桜を軽く払い除けながら改札を潜る。
それと奇しくも同タイミングか。スマホが少し震えた。ロック画面に浮かぶ通知を見る。

『今日、お前の部屋な』

内容は簡素かつ彼の人物像を知らない人が見ればホラー味も強い。次はお前だ、みたいな。今日も飲み会すんのか……と思ったものの、ここ数ヶ月出来てなかった事を思い出しまぁ、と妥協してしまう。俺も飲みたい。ただ、料理を作る事が今からだととてもじゃないけど出来ない。仕込み何もしてないし。デリバリーしてもらわないと厳しい。そんな旨を伝えるといまおーじさんには珍しくはやく既読がついた。

『いい。昨日もしてんだから今日はそれなりにはやく解散するだろ』
『はいはい、何時頃厚労省出れそうですか?』
『もう少し。玲も時間合えば来る』

時たま思うんだがこの(バ)カップル、いつデートしてんだろう。心配になってしまう。俺普通に邪魔じゃないか。了解です、と送り俺はちょうどやってきた電車に乗り込む。車内は少し冷え込んでいた。



「は?」
「おかえりなさい、若宮くん」
「おせー」

あれ?なんでこの二人の方が早く俺の部屋いるんだ。あ、鍵は出会った当初からとっくに合鍵作られているので問題外。厚労省にまだいるんじゃ。目を白黒する俺にいまおーじさんは悪態吐きながら性格の悪さが滲み出る悪人面をした。むかつく。
鼻腔を擽るいい匂いに、二人のエプロン姿。その他いっぱい。五感で感じる非日常な光景に俺はハテナマークを出現させる。

「俺、誕生日じゃないですよ」
「…………」
「峻さんのその『バカなのか』の顔十八番になりつつありますね」
「人が折角イベントの一つも穏やかに過ごせない社畜を名乗ってゼェゼェ言ってるやつにサプライズ企画考えてやったのにリアクションすらしないんだな」
「驚いてるんですけど、めちゃくちゃ」

「……はぁ、今日エイプリルフールだろ。厚労省にいるメールしたのは嘘。今日は俺も玲も休み。ついでに言うなら昨日ゴミ出し行く言ったのも嘘。夜間スーパーへの買い出し。いつもいちおー世話になってる礼」
「峻さん端折らないでくださいよ、提案したの峻さんなのに」
「?」

考案がいま、今大路さん?地球今ひっくりかえった?

「二人尽力を尽くしても若宮くんの料理には敵わなかったんだけど誰かに食事を出して貰う日もいいかなって思って」
「これ以上言うとこいつ泣くから」
「いまおーじ、外出ろ。家の敷居跨ぐな」

頭を小突かれて躊躇無くいまおーじは殴り返す。こう、人の心を温める為に吐く嘘は優しくて陽だまりのようだ。ほんとに涙、出るかもしれない。人の手料理なんていつぶりなのだろう。必要だった嘘を吐いて生きていた今大路さんと。何よりの真っ直ぐなその瞳に一欠片の濁りを感じさせない玲さんと。そんな二人と並んで一緒にいるのは少し躊躇いがあるけど。

まぁ二人の関係が深くなるまではもう少しだけ近くにいても許されるかもしれない。
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