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スピンオフ

つい数週前に鍋パーティーしたいね、いいんじゃねの二つ返事で今大路さんと玲さんと鍋パーティーをすることが決まった。2人の目が言わずもがな、とこちらに向いたのを覚えてる。
上京してから自炊を始めたレベルで10人中10人が漢料理だと答えるほど漢料理なのだけれども2人は味音痴なのだろうか。
玲さんは初めて俺の家に訪れ肉じゃがを振舞った時、「くっううう、やばい、美味しい、若宮くんレシピ教えて」だなんて変な声をあげながら手帳を取り出したぐらいだ。
大体分量適当です、と言ったらすごい渋い顔をしてた。彼女がきっちり計量している事を聞いたのは後日。根っからの理系なんだろうな、と思う。算盤とかジャジャッと出来そうな感じだ。
まぁ、俺の所懐。

何も働かないで鍋を食べようとしてた今大路(働かない者に敬語などいらない)を蹴飛ばし買い出しに行かせる。面倒くさそうに財布を尻ポケットに突っ込み気怠そうに玄関を彼が出て行って数分のことだった。

「あの、若宮くんって」
「?」

しばらく「その、あの」と珍しく尻込みしているようで俺は小首を傾げる。
今大路さん関連の話かな。それとも俺とじゃ気まずいか……?
ちょっと俺自身が不安になってきた時、意を決したかのような神妙な顔つきで玲さんが俺に訊ねた。菖蒲色の綺麗な瞳が俺を映す。

「あの、若宮くんって結局のところ峻さんのことどう思ってるの?」
「………え?」

想定内のようで想定外だった。器具の準備をしていた俺は唖然とその場で固まってしまう。
あの今大路さんをどう思ってるか?
あの腹黒で口を開けば素っ頓狂な事を言い出したり、国宝のような顔しときながら自分で台無しにしてるあの今大路さん?
俺の沈黙を困惑と受け取った玲さんは「あのね、ずっと聞きたかったんだけど」と早口気味に付け加えた。

「峻さんに恋愛感情抱いてたりする?」
「あ゛?」

レンアイカンジョウ?

場にそぐわないワードに俺は3キロ近い大鍋を落としそうになる。
それに自分でも予想以上に低い声が出た。蓋は思い切り足の指に落下したけれど。
レンアイカンジョウが恋愛感情に変換するのに幾分と時間がかかった。
玲さんって頭いいけど時折走った発言するな……、話に聞く『ゆいさん』よりはマシな気がするけど。

「………俺の恋愛対象はちゃんと女性です。しかも彼女持ちの男なんて興味の“き”すらないっていうか」
「それを聞いて安心……いや、ごめん!すっごい変なこと言わせたね!?」
「皿洗いで手を打ちます」

それから玲さんは俺が今大路さんのSだと知る前の話をしてくれた。
今大路さんが俺の部屋に頻繁に行くのを目撃していた玲さんは、彼にはあっちの趣向があるかと思ったらしい。たしかにこれは今大路さんには言えない。
そして俺の事は恋愛においてのライバルかと思ったらしいようだ。思わずこれに声をあげて笑ってしまった。

「 若宮くんね、自覚ないと思うけど顔立ちが私よりも女性らしいっていうか、線が全体的に細くって。私の早とちりでその峻さんとの間に溝が生じちゃって……」

玲さんに初めて面と向かい合って会ったのは無事紆余曲折あった美女と野獣、もとい玲さんと今大路さんが付き合い始めた直後。初めて会った時「ごめんなさい!!」と土下座でもする勢いで平謝りしてきた理由が漸くわかった。てか細い玲さんに細い言われる俺はなんなんだ。

「俺は玲さんの話聞いてたんでてっきり今大路さんが俺の事言ってるのかと思ってました。秘密主義なところは今もやっぱり抜けてないんだな、あの人……」
「そうなんだよね、しかも職場で『峻さんは料理するんですか?』って聞かれたんだけど」

嫌な予感、というか確信する。これは今大路さん嘯いたな。

「なんて答えたんですかあの人……」
「『まぁ人並みに』」
「あれのどこが人並みなんだバッキャッロー!」

峻さんの声真似で玲さんは口を窄める。
一瞬玄関にチェーンを掛けようと思った俺は悪くないだろう。
思わず大声を上げた俺に玲さんが同感だったらしく「だよね……」と顳顬を抑えた。

「どの口で人並みだなんて言ってんだ毎回コンビニ弁当で?デリバリーで?外食で?あーーイライラしてきた。この鍋で顔面殴りてぇ……」
「わかる一回ぐらい軽くビンタしたい気もする」

意気投合。俺たちはがっしりと握手した。

「でも、さ。そういう自堕落な生活を送ってる峻さんが」
「俺たちは嫌えないんでしょうね……」

結局俺たちはなんだかんだ言いながらそんな今大路さんが嫌いではない。
きっと彼女への質問の解答をするなら“どうしようも無い駄目人間だけど、俺はそんな彼にアタッチメントを抱いてます”なのだろうな。

どこか遠くからバイクの音が聞こえる。
俺たちは笑い合って窓へと駆け寄った。
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