番外編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
走る。走る。走る。
「……ね、ねぇ後ろどうなってる……!?」
「……はぁっ、知らない、けど振り返る余裕あると思う……っ?」
「絶対、ないと、思、うっ」
でしょ、と言わんばかりに手首を掴むその力は力強く、その乱暴さが可愛いとさえ思ってしまう。なんて愛しさが過ぎったのは束の間で、さっきあんなに息切れしていたとは思えない速度で彼はまた走り出した。よろけるようにして私も慌てて彼に続く。
中途半端に開けっ放しのジャージがはためく。靡いた髪が揺れる。一歩踏み出す事にクラクラと酔いが回るかのようにふらついた。一体どれくらいの逃避行をしているのだろう。彼の、大河くんの足が止まることはない。嘘でしょ、いつもあんなに省エネ、だとかフルで体力保たないとか言ってるのに、なのになんでこんなに体力有り余ってるの。
背中ばかりを追いかけていた私は手を引かれるまま、ふと周りをチラリと見れば全くもって見覚えのない恐らく中心街からかなり離れた所まで来ていた。私は先程とは違う不安を覚えて掴まれた手首に少しだけ力を込めて速度を落とすように促した。肩を並べて私は彼を見上げる。
「ま、待って大河くんっ、ここまで来れば、大丈夫だと思うっ、ここどこっ!?」
「……しらないけど……」
「えっ、?」
予想外の返答に私は思わず今までずっと走ってた事をド忘れして立ち尽くしてしまった。運命共同体……否、私と一緒に走っていた大河くんは勢いを余らせて前方へつんのめる。お互い足が震えていたせいか体の軸が凄い速さで斜めっていく。
河川敷のような所にいたのも悪かった。
「ちょ、危な、」
「待って、落ちる落ちる落ち、ぅわっ!?」
縺れた足を滑らせて草原の方へと二人で落ちていく。コンクリートに身体をぶつけるならば草原に転がってしまおう、と咄嗟に考えたのは同じだったみたいで。手首を掴み、掴まれたまま寸前に彼の腕に抱き込まれて急な斜面を落ちていく。
落ちていく速度は、やけに速くて少し怖くて。
それなのに触れ合った体温や間近で感じる彼の息遣いで何故か大丈夫だと思ってしまう自分もいて。草の匂いと彼の匂いとどっちかの、いや、きっとお互いの汗ばんだ匂いを一斉に吸い込みながら形容しがたい音を立てて転がり落ちていく。
目をキツく閉じる。彼の腕にしがみつく。瞼の向こう側で星が瞬いた。背中を強く打ち付けながら、全身擦りむきながらもようやく減速したのを感じて薄目を開ける。夕陽が柔く視界に射し込む。
「……いっ、た……、センパイ大丈……
「だ、大丈夫、大河くんこそだいじょ……ばない」
だいじょばない、だいじょばない。私はギョッとして全身を硬くする。や、や、やばい。
身を起こした私の下には大丈夫の「ぶ」を言いかけて止まったままの大河くんがいた。少し重めの前髪が乱れ、普段見る事のない額をさらけ出していた。淡黄色の綺麗な瞳が少しだけ揺れて微かに赤らむ。……端的に言うと私が思い切り大河くんを押し倒していた。
「ご、ご、ごめ、どく、どきま、わぁっ」
慌てて離そうとした私は腕にしがみついていた事をまたもド忘れして離れるどころか益々距離を縮めてしまう。かつてないほどの距離感に頭がエラーを吐いて真っ白になっていく。鈍っていた五感が徐々に感覚を取り戻していき、私だけを置き去りにして行く。ど、どうしよう、思考が追い付かない、そう焦燥感を急速に募らせて一人でパニックになってた時、ふと、頬に細ばった指が伸びた。
「……かつてないほど慌ててるの、カワイ」
「……えっ」
スリ、と指の腹で撫でられ、ぶわりと熱が灯る。きっと困ってるだろうなって。そう、思ってたのに。大河くんは身体に回していた手でそっと私に触れた。
「めっちゃボロボロ。これ血ィ出るよ」
さすられた箇所は確かにひりつくようで。空気に晒されてピリピリする。どうしよっかなこれ、と大河くんは小さく呟いた。
「た、多分舐めれば治る」
「……センパイそこ舐めれないよ、多分」
完全に気が動転した私に大河くんは呆れ笑いを零した。な、なんでだからそんなに落ち着き払ってるの。
大河くんの位置からじゃ、顔が真っ赤なのも、心臓の音も絶対バレてしまう。
「俺が、舐めてあげよっか」
「………えっ」
彼の言葉を理解するより早くぐるりと視界が入れ替わる。言葉が漏れるよりはやく彼が近付いた。
「まっ、まって、たい、」
「……顔に傷作ったら俺が責任とらなきゃいけないでしょ」
頬を手で包まれてそっと傷口に口付けられる。気だるげな瞳を縁取る睫毛がサラリと揺れた。柔らかい感触に一瞬世界が口を噤む。
「……あんな悪質なファンに鏡花怪我させたのバレたら俺どっかの海に沈められかねないし」
ま、そんなことさせないけど、と年相応にほんの少しおどけた大河くんだって、自分だってボロボロのくせして。思わず涙を零しそうになりながら私は顔を覆う。
「や、やだ……もう……」
「え、泣く要素どこかにあった」
「なんで自分だってボロッボロのくせして大河くんだけカッコイイんだバカ、一人だけ平気な顔して」
キッと意味の分からない罵倒を並べて大河くんの手に自分の手を添える。言いたくない、絶対に言いたくない。そんな乱れた格好でそんなカッコイイこと言うから。傷だらけの大河くんがカッコイイだなんて思ってしまう。
「……鏡花さぁ……」
大河くんは愛おしげに笑いながらも途中で言葉を飲んでしまった。
「まぁいつも恋愛においては勝手に先行かれてるから、たまには……ね。仕返し」
そう言って少しだけ意地悪に笑った大河くんに涙が引っ込む。やっぱり、私この憎たらしい笑顔が好きだった。
「大河くんの傷口に塩塗ってやる」
「怖」
少しだけ、堕ちるのは怖いけど。
堕ちた先にはこんなどうしようもなく狂おしい程の彼への、彼からの恋情が待っていた。
「……ね、ねぇ後ろどうなってる……!?」
「……はぁっ、知らない、けど振り返る余裕あると思う……っ?」
「絶対、ないと、思、うっ」
でしょ、と言わんばかりに手首を掴むその力は力強く、その乱暴さが可愛いとさえ思ってしまう。なんて愛しさが過ぎったのは束の間で、さっきあんなに息切れしていたとは思えない速度で彼はまた走り出した。よろけるようにして私も慌てて彼に続く。
中途半端に開けっ放しのジャージがはためく。靡いた髪が揺れる。一歩踏み出す事にクラクラと酔いが回るかのようにふらついた。一体どれくらいの逃避行をしているのだろう。彼の、大河くんの足が止まることはない。嘘でしょ、いつもあんなに省エネ、だとかフルで体力保たないとか言ってるのに、なのになんでこんなに体力有り余ってるの。
背中ばかりを追いかけていた私は手を引かれるまま、ふと周りをチラリと見れば全くもって見覚えのない恐らく中心街からかなり離れた所まで来ていた。私は先程とは違う不安を覚えて掴まれた手首に少しだけ力を込めて速度を落とすように促した。肩を並べて私は彼を見上げる。
「ま、待って大河くんっ、ここまで来れば、大丈夫だと思うっ、ここどこっ!?」
「……しらないけど……」
「えっ、?」
予想外の返答に私は思わず今までずっと走ってた事をド忘れして立ち尽くしてしまった。運命共同体……否、私と一緒に走っていた大河くんは勢いを余らせて前方へつんのめる。お互い足が震えていたせいか体の軸が凄い速さで斜めっていく。
河川敷のような所にいたのも悪かった。
「ちょ、危な、」
「待って、落ちる落ちる落ち、ぅわっ!?」
縺れた足を滑らせて草原の方へと二人で落ちていく。コンクリートに身体をぶつけるならば草原に転がってしまおう、と咄嗟に考えたのは同じだったみたいで。手首を掴み、掴まれたまま寸前に彼の腕に抱き込まれて急な斜面を落ちていく。
落ちていく速度は、やけに速くて少し怖くて。
それなのに触れ合った体温や間近で感じる彼の息遣いで何故か大丈夫だと思ってしまう自分もいて。草の匂いと彼の匂いとどっちかの、いや、きっとお互いの汗ばんだ匂いを一斉に吸い込みながら形容しがたい音を立てて転がり落ちていく。
目をキツく閉じる。彼の腕にしがみつく。瞼の向こう側で星が瞬いた。背中を強く打ち付けながら、全身擦りむきながらもようやく減速したのを感じて薄目を開ける。夕陽が柔く視界に射し込む。
「……いっ、た……、センパイ大丈……
「だ、大丈夫、大河くんこそだいじょ……ばない」
だいじょばない、だいじょばない。私はギョッとして全身を硬くする。や、や、やばい。
身を起こした私の下には大丈夫の「ぶ」を言いかけて止まったままの大河くんがいた。少し重めの前髪が乱れ、普段見る事のない額をさらけ出していた。淡黄色の綺麗な瞳が少しだけ揺れて微かに赤らむ。……端的に言うと私が思い切り大河くんを押し倒していた。
「ご、ご、ごめ、どく、どきま、わぁっ」
慌てて離そうとした私は腕にしがみついていた事をまたもド忘れして離れるどころか益々距離を縮めてしまう。かつてないほどの距離感に頭がエラーを吐いて真っ白になっていく。鈍っていた五感が徐々に感覚を取り戻していき、私だけを置き去りにして行く。ど、どうしよう、思考が追い付かない、そう焦燥感を急速に募らせて一人でパニックになってた時、ふと、頬に細ばった指が伸びた。
「……かつてないほど慌ててるの、カワイ」
「……えっ」
スリ、と指の腹で撫でられ、ぶわりと熱が灯る。きっと困ってるだろうなって。そう、思ってたのに。大河くんは身体に回していた手でそっと私に触れた。
「めっちゃボロボロ。これ血ィ出るよ」
さすられた箇所は確かにひりつくようで。空気に晒されてピリピリする。どうしよっかなこれ、と大河くんは小さく呟いた。
「た、多分舐めれば治る」
「……センパイそこ舐めれないよ、多分」
完全に気が動転した私に大河くんは呆れ笑いを零した。な、なんでだからそんなに落ち着き払ってるの。
大河くんの位置からじゃ、顔が真っ赤なのも、心臓の音も絶対バレてしまう。
「俺が、舐めてあげよっか」
「………えっ」
彼の言葉を理解するより早くぐるりと視界が入れ替わる。言葉が漏れるよりはやく彼が近付いた。
「まっ、まって、たい、」
「……顔に傷作ったら俺が責任とらなきゃいけないでしょ」
頬を手で包まれてそっと傷口に口付けられる。気だるげな瞳を縁取る睫毛がサラリと揺れた。柔らかい感触に一瞬世界が口を噤む。
「……あんな悪質なファンに鏡花怪我させたのバレたら俺どっかの海に沈められかねないし」
ま、そんなことさせないけど、と年相応にほんの少しおどけた大河くんだって、自分だってボロボロのくせして。思わず涙を零しそうになりながら私は顔を覆う。
「や、やだ……もう……」
「え、泣く要素どこかにあった」
「なんで自分だってボロッボロのくせして大河くんだけカッコイイんだバカ、一人だけ平気な顔して」
キッと意味の分からない罵倒を並べて大河くんの手に自分の手を添える。言いたくない、絶対に言いたくない。そんな乱れた格好でそんなカッコイイこと言うから。傷だらけの大河くんがカッコイイだなんて思ってしまう。
「……鏡花さぁ……」
大河くんは愛おしげに笑いながらも途中で言葉を飲んでしまった。
「まぁいつも恋愛においては勝手に先行かれてるから、たまには……ね。仕返し」
そう言って少しだけ意地悪に笑った大河くんに涙が引っ込む。やっぱり、私この憎たらしい笑顔が好きだった。
「大河くんの傷口に塩塗ってやる」
「怖」
少しだけ、堕ちるのは怖いけど。
堕ちた先にはこんなどうしようもなく狂おしい程の彼への、彼からの恋情が待っていた。