「……やられた」

ボンヤリと揺らぐ視界を、顳顬付近を抑えながら鏡花は疲労で色濃い表情を浮かべる。

（……酷すぎる、あのまま放置とか。掛け布団掛けて放置とかどんな神経してるの…）

心の中で散々に後輩の事を愚痴りながら食堂へと小走りで向かう。
食堂にはもう殆どの人が食事を摂り始めており、その中にはちゃっかりと水月の姿もある。怨念の眼力を飛ばしても一向に気づく気配もない。

「あっ、鏡花ちゃん！！」

ブンブンとお玉を持ちながらこちらに気づいた大谷 つくしの姿があった。今日の朝食は和食なのかほんのり味噌の香りが鼻をつく。

「つくしちゃん…っ！ごめんなさい、遅くなっちゃって」

「水月君が“センパイ遅れるから”って言ってたから大丈夫！……え、お腹痛い？」

身を屈めるようにして近づいてきた鏡花につくしは心配そうに声を掛ける。

「……一体今日は何をされたんですか…？」

神門 杏奈がつくしの後ろから控えめに、声を掛けた。手には鏡花の分の食事プレートがある。予想通りの和食メニューに思わず頰が綻んだが直ぐに強張る。

「変化球腹パン……しかも、無自覚」

「えっ」「えっ！？」

2人は絶叫して怖々と水月の方を振り返った。隣の坂野上に話しかけられていた水月はなおも気付かない。恐る恐る、と言ったようにつくしが口を開く。

「水月君顔色１つも変えずに殴りそう…」

流石、マネージャー……と鏡花は張りのない声音で杏奈からトレーを受け取って食席に向かう。

「うわ、死人」

開口1番、左隣の吹雪 アツヤが焼き魚を口に頬張らせながら鏡花を一目言い放つ。

「……そんなに荒んでる？」

鏡花は未だに疼く腹部に顔を歪ませながらおはよ、と返答する。

「鏡花、中学生と思えない顔してっぞ」

焼き魚の尾の部分を飲み込んだアツヤは鏡花の前でおーい、と軽く手を振る。やめてやめて、と鏡花は目を瞑って視線を逸らした。変に風が顔に当たって気持ち悪い。

「私、本当に50歳以内に死ぬ可能性大いにあるから優しく看取って…」

味噌汁を一飲み、そう言い放った鏡花には？、と面食らうアツヤ。

「おい、本当に大丈夫か？生きる屍になってるけど」

「ダメかもしれない……このままだと。ねぇ、アツヤ。水月君の目覚まし当番代わってくれない？」

心配げに見つめてたアツヤに鏡花はここぞとばかりに自分の世話係を解任されようと媚び(?)を売る。

「え、ぜってぇやだ。水月とは絶対分かり合えない」

即座に否定されたアツヤに憎悪をはらんだ瞳を向け、呪う…と一言吐き捨てた。

「私だって絶対分かり合えないから、水月君となんて。てか、朝起こし始めて1週間なのにこっちにも全然馴染もうとしてくれないし……」

段々と小声になる鏡花。はやくも限界らしいと悟ったアツヤは心の中で手を合わせた。…俺はこんな精神疲労で死にたくねぇ。

「……まぁ、明日は俺も一緒に手伝ってやるよ。同時期に追加参戦となったよしみ」

ぶっきらぼうにそう提案したアツヤに鏡花は救世主、と両手を組んだ。途端にいつもの鏡花へと変貌を遂げる。



「アツヤ、その“よしみ”毎日使う事って無理なの？」
「……嫌だ、絶対」