番外編
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『春休み、そっち行く』
絵文字も、顔文字も。飾り気のない素っ気のない一文。
普段と変わりない彼のメッセージ文体。……だった筈なのだが。
「そっち……春やす、み……?」
寝起き一番、寝癖を適当に手櫛で梳かしていた私は、彼のメッセージの意味を汲み取るのに2分近く要してしまった。『そっち』。その指示語が指し示すもの。
メッセージ受信時間は2:47。とんでも真夜中だ。
まぁ、よくもこんな時間に……と思いながら急に我に返る。
思わず動揺のあまり携帯を再起動させてしまう。端末機種が煌々と光る液晶に浮かぶのを遠目に、寝起きの脳内を彼のメッセージ内容が循環しまくる。
__________ そして。
「………水月君がこっち に来るぅぅぅ!!?」
まだ充分に発声しきれていない声で絶叫してしまったもので。肺の許容量を圧迫してしまう。
そうして唐突に、私は3年越しに想い人との逢瀬を果たす事になったのだった。
✿
ちょくちょくお互いの空いた時間を縫って不慣れな電話や、SNSで連絡も取り合っていた。
だからはっきり言ってしまうならそれほど懐かしい再会というわけではないのだけれど。
(しっ、心臓の動悸がす、凄い………)
あの衝撃的なメールから2週間ちょっと。10日ほどの春休みを迎えた私達、学生達。
とんとん拍子に話は進み、心の整理も準備もつかないままとうとう当日を迎えてしまった始末。
ある道内の空港に恐る恐る足を踏み入れながら腕元の時計を見つめる。
それは彼の空港到着時間ジャスト。待ち合わせには大体はやく行く派なのだけれど緊張して、慣れた道すら間違える地元民としては如何な事をやらかしてしまった。
(さ、3年って結構経ってるよね。私、もう高2だし……)
声はこの数年、何度か聞いてるけれど実際顔を合わせるのは格段と勇気を要する。
久方振りにかつてのチームメイト達が脳裏に過り、束の間ほんわかした気持ちになる。
彼等はとても情が厚い。そして優しいのだ、纏う雰囲気が。
いつの日かの光君が述べていたような『お布団に包まれている様な感覚』。
正に彼等は日だまりの中で陽の光を浴びたふかふかの_____________ 。
思考回路を遮断するように鳴り響く電話の着信音。
深すぎる息を吐きながら、慌てて携帯をポケットから取り出した。
「………ふ、ふう……」
ドッドッドッ、と漫画の効果音よろしい心臓の律動音を聞きながら通話ボタンをタップした。
微かな雑音と共に聴き馴染みのある声が鼓膜を柔く揺らす。
『……あー、あー、あ。聞こ、える?』
電波確認かマイクテストか。スマホ越しで彼が軽くこちらに問いかけた。
電話越しで聴く水月君の声は少し高い。それが少し可愛いだなんて思ってる私は煩悩が過ぎてしまう。
「聞こえるよ、水月君。外線コール、同じの聞こえた」
「………相変わらず“水月君”なんだ?」
「……はぇっ」
一瞬、彼が何を言っているのかが分からずにキョトンと首を傾げ _________ 思い切り吃った。
「えっ、やっ、やっ、だって、今更呼び方変えるの、す、凄い抵抗感が……」
「はいはい、うるさい」
笑みを必死に押し殺しすような声が聞こえて揶揄われた事に気付く。
……前言撤回。相変わらず可愛さの欠片もなかった。
「……と、ところで水月君。携帯使えるって事は、飛行機降りたって事だよね?今、何処周辺だか分かる?」
咳払い1つを落として私は携帯を構え直す。ごった返すように人の群れが行き交う中、私は次に彼の姿を探さないといけない。
「1番近いゲート出口は4だと思う。先輩は?」
「あ、近い。私6番だからすぐ着くよ」
「先輩方向音痴じゃなかった?」
「失礼な。たまに進行方角間違えるだけだって」
確かに方向音痴は否定出来ない。
そう思いながら看板表示を仰ぎ、広い空港内を闊歩する。
「……北海道、寒くね?酸素薄くね?そりゃ蜚蠊もいないでしょ」
「あはは、懐かしい。退治してもらったもんね」
「笑う所じゃないって」
呆れながらもその声は柔らかく口元の筋肉を酷使していないと緩んでしまう。
このちょっと速い会話のテンポも、水月君相手だからこそ為せるものだった。
「空港めっちゃ人多いんだけど……めんどくせー、先輩何処だ……」
出不精癖はなおも健在のようで、繋がった電話越しに目まぐるしく往来する利用者に脱力している彼が窺えた。
ふふ、と思わず笑みを溢してしまう。相変わらずらしいその様が微笑ましいと思ってしまうので、実はもうかなりの手遅れかもしれない。
「どっちが先にお互いを見つけられるか勝負しない?私、勝 ……………ぇ 」
「は?なんでそんなこ、………」
ふと、向こうの端末から聞こえたのはちょっと変な声音の……それでも確かな自分の声。
聞き間違いかと強く端末を抑えると『私、勝……』の後に間抜け過ぎる『え』が聞こえた。
疑念が確信に瞬く間に変わる。それが意味する事を理解するよりはやく足は、本能は。
たった今自分の横を通り過ぎ、去ろうとしていた人の顔を仰ぎ見る。
視線を感じたのか、必然か。その人がゆっくりと振り返った。
______________ 黒髪が静かに揺れる。
「………みず、……」
言いかけた言葉の続きは声に出る事は無かった。
こんなすれ違い様に出逢うなんて想定外過ぎて言葉が喉で潰れる。
面と面で、逢う事が大前提すぎて咄嗟に言葉が、出なかった。
「………は」
数回瞬きしてキツくキャリーケースを握り潰した水月君……が私を頭から爪先まで凝視した。
多分自覚していないけれど、私も似たような動作を3、4回はしてる。
髪、中学の時よりも前髪伸びてるとか。身長また伸びてるじゃん、とか。私服見るの新鮮すぎて直視出来ない、とか。
(うっ、わ………本物(?)じゃん……)
彼のドッペルゲンガーじゃないか、とかある種の幻覚とか、影武者とか考えてしまうぐらいにはかつての彼の像とはかけ離れ過ぎていて惚け顔を戻せない。
「冗談きついんだけど……心構えとか色々あるだろ……」
はぁーーーー、と長過ぎる溜息を吐いて彼が視線を逸らす。
その仕草に懐かしさと愛おしさが込み上げて心がもう既にいっぱいいっぱいだった。
「し、しにそ……う……」
「……もう、ほんと、そーゆーとこ……」
久しぶりに再会するカップルはこうなるのだろうか。
互いに気恥ずかしいやら、照れるやらで会話がちっとも成立しない。
実際に彼の声を聞いただけで泣きそうなのに、私今までよく遠距離で過ごせたな……?
____________ 私、水月君の事……
「すごい好き、だったんだなぁ……って」
「……過去形なの癪なんだけど」
ふふ、と淡く泣き笑いの様に微笑めば、気に食わなかったのか彼に軽く小突かれる。
それは紛れもなく中学生水月君で。グッと気圧されるものがあった。
「さ、醒めたとかじゃなくてその、離れていた間も好きだったんだなって再確認したといいますか、その、気づかされというか、」
「………」
「な、なにその眉間にしわ寄せた顔……」
見るからに一目で分かる程、機嫌の悪い顔で水月君は上から視線を寄越す。
…………なにか地雷を踏み抜いてしまっただろうか……
「莫迦」
「ばか……っ!?しっ、心外なんですけど」
「はー、もうほんとやだ……」
ぶつくさ呟いて私の頭を真上から押し込む。ぐぇ、と潰れた悲鳴が溢れた。い、いたい。
「そーゆーことはさぁ……ムードとか流れとかあんじゃん……」
「す、すいません、感情が先走りました……」
「……別にいいけど……はー、もうほんとずるい」
口が悪いくせにその声音は柔らかいあまり、悪口を叩かれてるのかが分からなくなってくる。
水月君に会っただけで此処まで脳内にお花が舞い散るのって相当不味いんじゃ……ないだろうか。そう思いながら躊躇いがちに顔を上げると水月君とバッチリ目が合った。
瞬間、目を逸らされ……たその数秒後。ゆるゆると視線が戻ってくる。
そして軽く口元を歪め、水月君が口籠った。
「先輩、久しぶり。………その、会いたかった」
あいたかった。その6文字が漢字変換され認識するのに約15秒。
ジワジワと顔に熱が集まって思わず音を立てて倒れ込みそうになった。物凄い勢いで顔を覆う。
(あまりに、ふ、不意打ちでは……っ!?)
私も会いたかった、と言おうとしてもあまりの甘発言に全てが消えてしまう。
ドッドッドッ、と再会前よりも心臓の音が素晴らしく速い。それはもう痛いぐらいに。
「………水月君の『先輩』生は破壊力強過ぎる……」
「………ねぇ、そこ??」
「あっ、あっ、あいた……もう、なんでそんな事言えちゃうの……無理だって……」
もう駄目だ。完全にばかになってしまってる。
恋は此処まで人を盲目にしてしまう事を私は改めて知る事になった。
✿
「まさかな……水月君とこうなるって、その、思わなかった」
「……?」
蕾をつけ始めた桜の下をゆっくりと歩きながら、私はしみじみと空を見上げた。
つられる様に水月君が隣で顔を上げる。横から見える顔つきは見覚えはあるけれども、すっかり“大人”へと成長している水月君だった。
「今だから言えるけど、私結構水月君の初印象良くなくて」
「……え、初耳なんだけど」
「言ったことないしね」
コートはいらないけれども、ほんの少し肌寒い。パーカーの裾を軽く握りしめて私は笑う。
人が他人に受ける印象は常に変わる様なものだ。初対面から印象が変わらないケースの方がきっと珍しい。
「水月君の事、誤解したまま終わらなくてよかったって。ちゃんと向き合えて、よかった」
本当は人一倍繊細で、人一倍敏感で。人一倍自分への純粋たる好意・誠意に気づかなくて。
口悪いし、容赦ないし、嫌に強運持ちだし。
私だけいつまでも皮肉が込められた『センパイ』呼びだし。
恩を仇で返す様な事するし。「めんどくさい」「怠い」で全部一蹴するし。負担増えるし。
一定の距離を取って接するべきだ、と思って、た。
「水月君の良いところ知ることが出来てよかった。好きになってよかった、って」
(好きになってよかった。想いを告げるか悩んで、よかった。……泣いて、よかった)
あの時、正解か否か迷い抜いて進んだ道に、隣に水月君がいるんだから。
「ありがとう、ほんとに。好きになってくれて、ありがとう……」
「…………」
ぽかん、と。何を言っているのかわからないと言った顔つきで、彼がこちらを振り返った。
ふと、大通りで大告白をしていた事に気付いて途端に恥ずかしくなる。
幸い、人通りは少なかったけれど声の調節何一つもしていなかったのだ。筒抜けだろう。
ジワジワ頬に熱が集まるのを感じながら私は慌てて必死に両手を振りながら弁解した。
「あっ、あっ、あの、ちが、」
「………はーーーーー…………」
過去1番長い溜息をつかれた気がして罪悪感から思わず一歩退いた。ガクリ足を滑られて歩道から落ちそうになり、寸前のところを水月君に救い上げられる。その力強い腕と温かい体温。
ちょっと乱暴で一見分かりにくい優しさの表示。
(まって、色々な感情がないまぜになって、泣きそう)
1人で泣きそうになっていると不意にパーカーのフードを乱暴に被せられる。
その衝撃でせりあがりかけてた涙が音を立てて引っ込んだ。
「ちょっと来て、黙って俺についてきて」
「えっ、ええっ、あ、ちょっ!?」
支えられていた腕を解かれた直後、当たり前のように手を握られ、仄かに強く引っ張られる。
何が起こったか咄嗟に頭がついていけず変な声が飛び出た。
「水月君ここら辺の地域分かるの!?」と訊ねようとするものの、それよりはやく握る手を強められる。まるで質問する隙など挟まない、ように。その乱雑な動作に少し心臓が跳ねた。
半分引き摺られる様に大通りを闊歩していく高校生の2人を周りはバカップルを見るような生温い、それでも優しい笑みを浮かべて見送っていた事に彼等は気付く事なく。
「……ごめん、手、つい」
「う、ううん。大丈夫」
なぜ、高台に設えてある展望台に迷わず土地勘が無いはずの水月君が……?
その疑問が脳裏をひしめくものの、結局口にする事は叶わず、離れた温もりに切なさを感じながら柵に身を乗り出した。
暖色をパレットに垂れ流したような決して一色だけで完結していない空模様。
うっすらと覆う雲は点々としており、広大な空がひたすら頭上に広がっていた。
「……先輩……、いや、鏡花」
「はっ、はっ、はいっ!!」
隣で無言で柵の下に見える街並みを一瞥してた水月君が、ふとこちらに向き直った。
今までに聞いた事のない剣呑な声音と、いつになく堅い彼の顔面に緊張が増して行く。
そして、何より声が裏返ったのが名前呼び。
「センパイ」でも「先輩」でもなく。
(名前……覚えてたんだ……)
「そう言えば“言わなかった”なって思ったから。ちゃんと言わせて欲しい」
一瞬、何を……、と思い、直後に血の気が引いていく。ま、まさか。
別れてほしい、とかそういう……
思わず顔を硬らせて固まってしまった私に水月君が言いにくそうに目を背ける。
これ、空港で……と、既視感を感じた直後、水月君が見た事ない優しい瞳をしていた。
ドキリ、と心臓が跳ね上がるよりもはやく彼が口を開く。
「……、俺は。鏡花が思ってるよりもずっと、鏡花が好きだよ。」
一縷の風が緩やかに後髪を舞い上げる。頬を撫でる北風と共に飛び込んできたのはまさかの。
____________ 彼から明言とした『告白』 ____________。
思わず絶句して声も発せずにいる私に困った様に彼が笑う。
「まさかのノーリアクション?……勘弁してくんない、ノーリアクションは考えてなかったんだけど」
「う、うそ、………」
「莫迦言わないで。こんな阿保みたいな事あんた以外言わないから」
今度は、我慢出来なかった。頬の輪郭に沿って涙がゆっくりと伝う。
……無理に決まってる。こんなの、あんまりすぎる。
涙でぼやけはじめた彼に思わず抱きつくと少し躊躇いがちに背中に腕を回された。
「好き。そうやって欲しい言葉かけてくれるし、結局優しすぎるし、………大好き」
「ねぇ、俺の立場考えて言ってよ……出会えてよかっただなんて俺が言いたいんだけど。全部鏡花が持ってっちゃったからさぁ」
「ご、ごめんなさ、………」
「あー、もう良いから。感極まっちゃってるの可愛いからやめて」
「えっ……水月君……今、なんて」
「……鏡花、俺は名前呼びしたんだけど?」
「……………たっ、……たっ、大河……君……」
「(無言)」
「てっ、照れてる?」
「……抱き潰されたい?」
……ああ、このテンポ感。
やっぱりみず………大河君と2人で為せるべきなんだなと。
年下男子の名をもう一度愛しさを込めて呼ぶと珍しく裏返った返答が入ったので、私はこの上なく幸せだ。
絵文字も、顔文字も。飾り気のない素っ気のない一文。
普段と変わりない彼のメッセージ文体。……だった筈なのだが。
「そっち……春やす、み……?」
寝起き一番、寝癖を適当に手櫛で梳かしていた私は、彼のメッセージの意味を汲み取るのに2分近く要してしまった。『そっち』。その指示語が指し示すもの。
メッセージ受信時間は2:47。とんでも真夜中だ。
まぁ、よくもこんな時間に……と思いながら急に我に返る。
思わず動揺のあまり携帯を再起動させてしまう。端末機種が煌々と光る液晶に浮かぶのを遠目に、寝起きの脳内を彼のメッセージ内容が循環しまくる。
__________ そして。
「………水月君が
まだ充分に発声しきれていない声で絶叫してしまったもので。肺の許容量を圧迫してしまう。
そうして唐突に、私は3年越しに想い人との逢瀬を果たす事になったのだった。
✿
ちょくちょくお互いの空いた時間を縫って不慣れな電話や、SNSで連絡も取り合っていた。
だからはっきり言ってしまうならそれほど懐かしい再会というわけではないのだけれど。
(しっ、心臓の動悸がす、凄い………)
あの衝撃的なメールから2週間ちょっと。10日ほどの春休みを迎えた私達、学生達。
とんとん拍子に話は進み、心の整理も準備もつかないままとうとう当日を迎えてしまった始末。
ある道内の空港に恐る恐る足を踏み入れながら腕元の時計を見つめる。
それは彼の空港到着時間ジャスト。待ち合わせには大体はやく行く派なのだけれど緊張して、慣れた道すら間違える地元民としては如何な事をやらかしてしまった。
(さ、3年って結構経ってるよね。私、もう高2だし……)
声はこの数年、何度か聞いてるけれど実際顔を合わせるのは格段と勇気を要する。
久方振りにかつてのチームメイト達が脳裏に過り、束の間ほんわかした気持ちになる。
彼等はとても情が厚い。そして優しいのだ、纏う雰囲気が。
いつの日かの光君が述べていたような『お布団に包まれている様な感覚』。
正に彼等は日だまりの中で陽の光を浴びたふかふかの_____________ 。
思考回路を遮断するように鳴り響く電話の着信音。
深すぎる息を吐きながら、慌てて携帯をポケットから取り出した。
「………ふ、ふう……」
ドッドッドッ、と漫画の効果音よろしい心臓の律動音を聞きながら通話ボタンをタップした。
微かな雑音と共に聴き馴染みのある声が鼓膜を柔く揺らす。
『……あー、あー、あ。聞こ、える?』
電波確認かマイクテストか。スマホ越しで彼が軽くこちらに問いかけた。
電話越しで聴く水月君の声は少し高い。それが少し可愛いだなんて思ってる私は煩悩が過ぎてしまう。
「聞こえるよ、水月君。外線コール、同じの聞こえた」
「………相変わらず“水月君”なんだ?」
「……はぇっ」
一瞬、彼が何を言っているのかが分からずにキョトンと首を傾げ _________ 思い切り吃った。
「えっ、やっ、やっ、だって、今更呼び方変えるの、す、凄い抵抗感が……」
「はいはい、うるさい」
笑みを必死に押し殺しすような声が聞こえて揶揄われた事に気付く。
……前言撤回。相変わらず可愛さの欠片もなかった。
「……と、ところで水月君。携帯使えるって事は、飛行機降りたって事だよね?今、何処周辺だか分かる?」
咳払い1つを落として私は携帯を構え直す。ごった返すように人の群れが行き交う中、私は次に彼の姿を探さないといけない。
「1番近いゲート出口は4だと思う。先輩は?」
「あ、近い。私6番だからすぐ着くよ」
「先輩方向音痴じゃなかった?」
「失礼な。たまに進行方角間違えるだけだって」
確かに方向音痴は否定出来ない。
そう思いながら看板表示を仰ぎ、広い空港内を闊歩する。
「……北海道、寒くね?酸素薄くね?そりゃ蜚蠊もいないでしょ」
「あはは、懐かしい。退治してもらったもんね」
「笑う所じゃないって」
呆れながらもその声は柔らかく口元の筋肉を酷使していないと緩んでしまう。
このちょっと速い会話のテンポも、水月君相手だからこそ為せるものだった。
「空港めっちゃ人多いんだけど……めんどくせー、先輩何処だ……」
出不精癖はなおも健在のようで、繋がった電話越しに目まぐるしく往来する利用者に脱力している彼が窺えた。
ふふ、と思わず笑みを溢してしまう。相変わらずらしいその様が微笑ましいと思ってしまうので、実はもうかなりの手遅れかもしれない。
「どっちが先にお互いを見つけられるか勝負しない?私、勝 ……………ぇ 」
「は?なんでそんなこ、………」
ふと、向こうの端末から聞こえたのはちょっと変な声音の……それでも確かな自分の声。
聞き間違いかと強く端末を抑えると『私、勝……』の後に間抜け過ぎる『え』が聞こえた。
疑念が確信に瞬く間に変わる。それが意味する事を理解するよりはやく足は、本能は。
たった今自分の横を通り過ぎ、去ろうとしていた人の顔を仰ぎ見る。
視線を感じたのか、必然か。その人がゆっくりと振り返った。
______________ 黒髪が静かに揺れる。
「………みず、……」
言いかけた言葉の続きは声に出る事は無かった。
こんなすれ違い様に出逢うなんて想定外過ぎて言葉が喉で潰れる。
面と面で、逢う事が大前提すぎて咄嗟に言葉が、出なかった。
「………は」
数回瞬きしてキツくキャリーケースを握り潰した水月君……が私を頭から爪先まで凝視した。
多分自覚していないけれど、私も似たような動作を3、4回はしてる。
髪、中学の時よりも前髪伸びてるとか。身長また伸びてるじゃん、とか。私服見るの新鮮すぎて直視出来ない、とか。
(うっ、わ………本物(?)じゃん……)
彼のドッペルゲンガーじゃないか、とかある種の幻覚とか、影武者とか考えてしまうぐらいにはかつての彼の像とはかけ離れ過ぎていて惚け顔を戻せない。
「冗談きついんだけど……心構えとか色々あるだろ……」
はぁーーーー、と長過ぎる溜息を吐いて彼が視線を逸らす。
その仕草に懐かしさと愛おしさが込み上げて心がもう既にいっぱいいっぱいだった。
「し、しにそ……う……」
「……もう、ほんと、そーゆーとこ……」
久しぶりに再会するカップルはこうなるのだろうか。
互いに気恥ずかしいやら、照れるやらで会話がちっとも成立しない。
実際に彼の声を聞いただけで泣きそうなのに、私今までよく遠距離で過ごせたな……?
____________ 私、水月君の事……
「すごい好き、だったんだなぁ……って」
「……過去形なの癪なんだけど」
ふふ、と淡く泣き笑いの様に微笑めば、気に食わなかったのか彼に軽く小突かれる。
それは紛れもなく中学生水月君で。グッと気圧されるものがあった。
「さ、醒めたとかじゃなくてその、離れていた間も好きだったんだなって再確認したといいますか、その、気づかされというか、」
「………」
「な、なにその眉間にしわ寄せた顔……」
見るからに一目で分かる程、機嫌の悪い顔で水月君は上から視線を寄越す。
…………なにか地雷を踏み抜いてしまっただろうか……
「莫迦」
「ばか……っ!?しっ、心外なんですけど」
「はー、もうほんとやだ……」
ぶつくさ呟いて私の頭を真上から押し込む。ぐぇ、と潰れた悲鳴が溢れた。い、いたい。
「そーゆーことはさぁ……ムードとか流れとかあんじゃん……」
「す、すいません、感情が先走りました……」
「……別にいいけど……はー、もうほんとずるい」
口が悪いくせにその声音は柔らかいあまり、悪口を叩かれてるのかが分からなくなってくる。
水月君に会っただけで此処まで脳内にお花が舞い散るのって相当不味いんじゃ……ないだろうか。そう思いながら躊躇いがちに顔を上げると水月君とバッチリ目が合った。
瞬間、目を逸らされ……たその数秒後。ゆるゆると視線が戻ってくる。
そして軽く口元を歪め、水月君が口籠った。
「先輩、久しぶり。………その、会いたかった」
あいたかった。その6文字が漢字変換され認識するのに約15秒。
ジワジワと顔に熱が集まって思わず音を立てて倒れ込みそうになった。物凄い勢いで顔を覆う。
(あまりに、ふ、不意打ちでは……っ!?)
私も会いたかった、と言おうとしてもあまりの甘発言に全てが消えてしまう。
ドッドッドッ、と再会前よりも心臓の音が素晴らしく速い。それはもう痛いぐらいに。
「………水月君の『先輩』生は破壊力強過ぎる……」
「………ねぇ、そこ??」
「あっ、あっ、あいた……もう、なんでそんな事言えちゃうの……無理だって……」
もう駄目だ。完全にばかになってしまってる。
恋は此処まで人を盲目にしてしまう事を私は改めて知る事になった。
✿
「まさかな……水月君とこうなるって、その、思わなかった」
「……?」
蕾をつけ始めた桜の下をゆっくりと歩きながら、私はしみじみと空を見上げた。
つられる様に水月君が隣で顔を上げる。横から見える顔つきは見覚えはあるけれども、すっかり“大人”へと成長している水月君だった。
「今だから言えるけど、私結構水月君の初印象良くなくて」
「……え、初耳なんだけど」
「言ったことないしね」
コートはいらないけれども、ほんの少し肌寒い。パーカーの裾を軽く握りしめて私は笑う。
人が他人に受ける印象は常に変わる様なものだ。初対面から印象が変わらないケースの方がきっと珍しい。
「水月君の事、誤解したまま終わらなくてよかったって。ちゃんと向き合えて、よかった」
本当は人一倍繊細で、人一倍敏感で。人一倍自分への純粋たる好意・誠意に気づかなくて。
口悪いし、容赦ないし、嫌に強運持ちだし。
私だけいつまでも皮肉が込められた『センパイ』呼びだし。
恩を仇で返す様な事するし。「めんどくさい」「怠い」で全部一蹴するし。負担増えるし。
一定の距離を取って接するべきだ、と思って、た。
「水月君の良いところ知ることが出来てよかった。好きになってよかった、って」
(好きになってよかった。想いを告げるか悩んで、よかった。……泣いて、よかった)
あの時、正解か否か迷い抜いて進んだ道に、隣に水月君がいるんだから。
「ありがとう、ほんとに。好きになってくれて、ありがとう……」
「…………」
ぽかん、と。何を言っているのかわからないと言った顔つきで、彼がこちらを振り返った。
ふと、大通りで大告白をしていた事に気付いて途端に恥ずかしくなる。
幸い、人通りは少なかったけれど声の調節何一つもしていなかったのだ。筒抜けだろう。
ジワジワ頬に熱が集まるのを感じながら私は慌てて必死に両手を振りながら弁解した。
「あっ、あっ、あの、ちが、」
「………はーーーーー…………」
過去1番長い溜息をつかれた気がして罪悪感から思わず一歩退いた。ガクリ足を滑られて歩道から落ちそうになり、寸前のところを水月君に救い上げられる。その力強い腕と温かい体温。
ちょっと乱暴で一見分かりにくい優しさの表示。
(まって、色々な感情がないまぜになって、泣きそう)
1人で泣きそうになっていると不意にパーカーのフードを乱暴に被せられる。
その衝撃でせりあがりかけてた涙が音を立てて引っ込んだ。
「ちょっと来て、黙って俺についてきて」
「えっ、ええっ、あ、ちょっ!?」
支えられていた腕を解かれた直後、当たり前のように手を握られ、仄かに強く引っ張られる。
何が起こったか咄嗟に頭がついていけず変な声が飛び出た。
「水月君ここら辺の地域分かるの!?」と訊ねようとするものの、それよりはやく握る手を強められる。まるで質問する隙など挟まない、ように。その乱雑な動作に少し心臓が跳ねた。
半分引き摺られる様に大通りを闊歩していく高校生の2人を周りはバカップルを見るような生温い、それでも優しい笑みを浮かべて見送っていた事に彼等は気付く事なく。
「……ごめん、手、つい」
「う、ううん。大丈夫」
なぜ、高台に設えてある展望台に迷わず土地勘が無いはずの水月君が……?
その疑問が脳裏をひしめくものの、結局口にする事は叶わず、離れた温もりに切なさを感じながら柵に身を乗り出した。
暖色をパレットに垂れ流したような決して一色だけで完結していない空模様。
うっすらと覆う雲は点々としており、広大な空がひたすら頭上に広がっていた。
「……先輩……、いや、鏡花」
「はっ、はっ、はいっ!!」
隣で無言で柵の下に見える街並みを一瞥してた水月君が、ふとこちらに向き直った。
今までに聞いた事のない剣呑な声音と、いつになく堅い彼の顔面に緊張が増して行く。
そして、何より声が裏返ったのが名前呼び。
「センパイ」でも「先輩」でもなく。
(名前……覚えてたんだ……)
「そう言えば“言わなかった”なって思ったから。ちゃんと言わせて欲しい」
一瞬、何を……、と思い、直後に血の気が引いていく。ま、まさか。
別れてほしい、とかそういう……
思わず顔を硬らせて固まってしまった私に水月君が言いにくそうに目を背ける。
これ、空港で……と、既視感を感じた直後、水月君が見た事ない優しい瞳をしていた。
ドキリ、と心臓が跳ね上がるよりもはやく彼が口を開く。
「……、俺は。鏡花が思ってるよりもずっと、鏡花が好きだよ。」
一縷の風が緩やかに後髪を舞い上げる。頬を撫でる北風と共に飛び込んできたのはまさかの。
____________ 彼から明言とした『告白』 ____________。
思わず絶句して声も発せずにいる私に困った様に彼が笑う。
「まさかのノーリアクション?……勘弁してくんない、ノーリアクションは考えてなかったんだけど」
「う、うそ、………」
「莫迦言わないで。こんな阿保みたいな事あんた以外言わないから」
今度は、我慢出来なかった。頬の輪郭に沿って涙がゆっくりと伝う。
……無理に決まってる。こんなの、あんまりすぎる。
涙でぼやけはじめた彼に思わず抱きつくと少し躊躇いがちに背中に腕を回された。
「好き。そうやって欲しい言葉かけてくれるし、結局優しすぎるし、………大好き」
「ねぇ、俺の立場考えて言ってよ……出会えてよかっただなんて俺が言いたいんだけど。全部鏡花が持ってっちゃったからさぁ」
「ご、ごめんなさ、………」
「あー、もう良いから。感極まっちゃってるの可愛いからやめて」
「えっ……水月君……今、なんて」
「……鏡花、俺は名前呼びしたんだけど?」
「……………たっ、……たっ、大河……君……」
「(無言)」
「てっ、照れてる?」
「……抱き潰されたい?」
……ああ、このテンポ感。
やっぱりみず………大河君と2人で為せるべきなんだなと。
年下男子の名をもう一度愛しさを込めて呼ぶと珍しく裏返った返答が入ったので、私はこの上なく幸せだ。