番外編
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「なんで俺の部屋に枕持って入ってきてんの、莫迦共」
俺は不快感を押し隠す事なく、「よっしゃ、遂にニートルーム突破ー!!」等と騒ぎながら雪崩れ込んできた連中を睨み付ける。
なんで押し入ってきた。マジふざけんな。ノックぐらいしろ。ノックしても入れないけど。
「だってお前1人部屋じゃん。お前1人にしか迷惑かかんないし、楽だろ」
何言ってんだ、と言いたげに灰崎が先導切ってズカズカ踏み込む。床に放っていたスマホを踏まれそうで慌てて回収した。ついでに時間を確認すれば現在9:30。……こいつら計画突撃かよ。
「不意打ちしないと大河君開けてくれないしね。如何わしい事してなくて安心したよ」
皇帝スマイルを浮かべながら、脇に枕を携え堂々と入室してくる野坂。入場するな。
そして今の発言、不健全性的行為なりなんなりに引っ掛かるんですけど。
稲森、灰崎、野坂、一星、ヒロト、アツヤ、西蔭。
おそらく西蔭はいつもの野坂護衛だろうが、成る程。かなりヤンチャな人達が多い。
目眩がしそうで、俺は死んだ目を面々に注ぎながら「……あのさ」と口を開く。既に疲弊状態だった。
「明日は一応形上オフだから騒ぎまくろうっわけ?他所でやって」
俺も莫迦じゃない。いや、皆が枕を抱えている時点で察した。
要するにこれは。よく移動教室、合宿諸々で騒ぎ明かすイベント。
“枕投げ”
やっていいのか悪いのか知った事じゃないけどなんで俺の部屋なんだ。完全に部外者。
それに騒がれると鬱陶しい。巫山戯るな、誰だよ俺の部屋でやろうって言った奴。
「他の1人部屋だと円堂さんと鏡花さんですけど。どちらも頼めないでしょ?」
一星からセンパイの名が溢れて顔には出さずにも、動揺する自分がいる。
……正直に問う。なんでここのメンバーは容易く名前で呼べるんだ。なんで呼べるんだ。
「だったら2人部屋で我慢しろよ、関係ない俺を巻き込まないで……」
そうキッパリ断言して追い返そうとした刹那、躊躇いがちにスライドドアが音を立てて開く。
開閉音に俺の訴訟は簡単に打ち消された。皆の視線がドア越しへと向く。
「あっ、あれ、み、みんなマジで水月君の部屋に突撃したの?」
口を半開きのまま膠着状態の人物の発言で、俺は全てを悟る。
センパイがこの連中を誘導したのか、成る程、覚えとけ。
大門 鏡花。イナズマジャパンの紅一点、として男性サポーターからの支持が凄い。
お人好しでお節介、と俺にとっては煩わしい人でしかない。
それでいてチラチラ俺の視界に割り込んでくるのだ。素直すぎて俺が対応に困ってたりする。
「鏡花もやるか、枕投げ」とアツヤに唆され、「え、いいの!?」と解りやすく顔を綻ばせるセンパイ。嘘だろ、おい。よく見れば髪縛ってるし、やる気満々じゃん。
「ってー事で。水月は普段、迷惑かけてるって自覚あんなら場所ぐらい設けろ」
とどめとばかりにヒロトが俺に決定打を打ち込む。反射的に「俺は迷惑なんかかけた事ないね」と言いかけたが面倒くさくなりそうで溜息だけついておく。
「枕を破壊した、とか言われても負担しねぇからな。負傷しても知らなねぇからな。家具とか壊したら代償させっから」
枕をベッドから引き摺り出して、偶々近くにいた稲森にぶん投げる。
バフッ、と息が詰まる音がした。……くそ、いい音してんじゃねーか。
「センパイやるなら枕持ってきたら。髪とか払ってきてよ」
「わ、解ってるって!潔癖症みたいなこと言うなぁ、水月君」
Uターンして自室に戻っていくセンパイ。
その間に何故かワイワイとチーム分け口論が繰り広げられている。声量とか全然考えてない。
「奇数になっちゃったけど西蔭=2人分の勢力だからいいよな」
「うん、いいんじゃない。ね、西蔭?」
西蔭はバケモンか。野坂護衛の為来たと解ってはいるが、異質感が凄い。
なんてボーっ、と静観してたら「水月と組みたい!」と稲森が俺の手を掴んで引き上げた。
え、な、なに。プール授業で人数確認として2人1組で手をあげる“バディ!!”の練習?
「水月を本気にさせたらめちゃくちゃ頼りになりそうだし!」
「……ぜってー、本気にならねー」
嘘っていうかそーいう事は言わなくていいんだよ、莫迦。
呆れ返りながらも頼られている、と事実に少しだけ。ミクロ単位に頬が緩む。
「あ、グループ決めしちゃった?」
肩で呼吸しながらキュッ、と廊下に靴音を響かせてセンパイが戻ってくる。
全力疾走したの、この人。まじで??
「おっせーよ、早くまざれ」
「誰と組みてーとかあるか」
ヒロトと灰崎がホレホレ、と手を振る。それに応じるセンパイの背にふさふさの尻尾が一瞬チラつく。……俺の幻覚、いきなりやべぇな。従順な犬想起させちゃったんだけど。
✿
そんなもんなで2チームの実力をなんとか分けようと画策した結果。
稲森、一星、俺、ヒロト、アツヤ。
灰崎、野坂、西蔭、センパイに分断される。
見事ゴッデビを切り離した野坂、頭脳犯だと俺は心の中で乾いた拍手を送る。
競争心駆り立てるには充分すぎんな。
「西蔭君の安心感が凄い」
「鏡花に同意」
「そ、……そうか?」
何故かセンパイと灰崎が妙に気が抜けた表情をしている。
何方も戦闘に勝利した剣士みたいで、少し尺に触ったから隣にいたヒロトに枕を顔面ヒットさせた。くぐもった怒声が落ちるが聞こえないフリをする。
「それじゃあ、枕をキャッチ出来ず落としちゃった人はその場で座ってね。チーム戦だから集中狙い・計画攻撃は一応あり。日常の怨念はぶつけないようにね」
野坂が含み笑いで即席ルールを提示する。……日常の怨念。
野坂、今日発言が妙に危ないけど大丈夫?お前の国、安泰じゃないのか。
「よーい、スタート!」
稲森の一言により、稚拙で情熱的な合戦は幕を開けた。
計画性もなく相手陣地に放り込んだのは稲森、アツヤ、ヒロト。そして相手陣地から灰崎の枕が吹っ飛んできた。計画のけ、の字もない。
「鏡花ちゃんと西蔭は相手が枕を放った瞬間を狙って投げて!少なからず直後ならば捕投力は落ちているはず!」
頭脳犯は遊びでも頭脳犯なのかよ。そして西蔭とセンパイ、戦闘心に燃えた瞳で頷くな。
うちのチームの頭脳犯は、このいきなりハイレベルな枕投げにポカンと口を開けたまま。
仕方ないので一星が攻略を編むまで俺が護衛する事にする。
適当に誰、と決めないで枕をぶん投げれば意外と綺麗な弧を描いて吹っ飛んだ。
西蔭が両腕に枕を抱えているにも関わらず、足で蹴り返してきた。蹴鞠じゃねぇんだ、西蔭。
「俺のブリザードは止められねぇぜ!」
中には技名を狂ったように叫びながら枕を振り回している人もいる。(アツヤとかヒロトとか)
俺の想像を超えてこの枕投げ、ハイレベル。
いち早く脱落したのは呆気に取られ、若干棒立ちだった一星。思い切りセンパイに当てられて戦線離脱。「まだ分析途中だった」と悔しそうに腰を下ろす。成る程、時間の問題だった。
次いで離脱は稲森。飛んできた枕を避けた刹那、灰崎にせせら笑いで終わりを告げられていた。
ちょっと厨二病じみてて笑いそうになったとか死んでも言えない。
「俺らのチーム弱すぎじゃねぇか!?」
アツヤが息継ぎと共に喚き散らす。立て続けに2人も脱落した。……稲森は兎も角一星は完全に棒立ちだったぞ、あれ。
「このゴッドストライカー様が勝利に導いてやっからよぉ、安心しろ惰民共」
途端、俺とアツヤから集中攻撃をされるヒロト。ヒロトが悪い。
それから幾らかラリーが続き、試合状況が変わったのは灰崎の離脱だった。
普通に取り落として戦線離脱。ちなみにヒットさせたのは俺。うん、凄い気持ち良かった。
これで野坂チームが3人、俺のチームが3人。西蔭2人分説を入れると劣勢になってしまうが、個数の問題ならば一騎討ちできるようになった。真正面にいた野坂に変化球を投げながら素早く計算する。
「野坂さんに貴様の枕を投げるな!!」
野坂SECOM発動。西蔭が異常な速度で、睨み上げながら俺に枕を跳ね返してくる。
いや、ちょっと待て。誰の枕かもう解んないですけど?俺の枕か解んねぇじゃん。
そう、俺に構った事により不意を突かれた西蔭。「野坂さん、ごめんなさい」等遺言を遺している辺り、意味が分からない。当てたアツヤの表情筋が引き攣ってた。
センパイはヒロトと一騎討ちをしており、抗争の末勝利を収めていた。
いや、なんでセンパイまだ生き残ってんだよ、聞いてねぇ。俺とアツヤ、野坂とセンパイ。
終盤に熱戦は縺れ込む。
野坂とセンパイが異様に息があった連携で攻め込んでくる。
なんとか本能と直感で避けたりキャッチしてるけれど、ジワジワと追い詰められている気もする。野坂の声は聞こえているのに対処までの時間が足りない。
遂にアツヤが取り落として離脱。「頼んだぜ、ニート!!」と同チームの渇望が込められた視線をモロに食らい、脱力しかける。早々に離脱しておけば良かった。
自陣に転がる枕を取っては投げ、取っては投げ、を繰り返して敵に考える隙を与えない。
いや、これ1人で2人キツい。流石に息が切れる。
「頑張れ、ニート!!」「社蓄を経験しといた方がいいぞ、ニート」
「ニッ……水月頑張れ!!」「大河君、ファイトです!!!」
「煩せぇ!ヤジ飛ばすな!」
くそ、アツヤとヒロト。あとでビンタする、歯食いしばっとけ。
頭上スレスレに飛んできた枕を投げ返し、次の攻撃に備えていた時、鈍い音が部屋中に響いた。野坂の鳩尾にクリーンヒットした音。西蔭が絶叫に近いその声音で王の名を呼ぶ。
「鏡花ちゃん、大河君は左腹が枕に当たんないようにプレーしている!!そこだ!!」
「ありがとう皇帝、絶対に敵討ちするから!!」
なんでセンパイも野坂帝国の一員になってるんだよ!!突っ込みたいのは山々だったが、左腹を避けている事実に気づかれた。やっぱりあの観察眼は侮れない。
的確に正確にセンパイの意識した攻撃が舞い込む。それはサッカースタイルと非常に似ていた。
日頃は若干ガサツなのにパス回しとか位置取りが綺麗だし、抜け目がない。アレと同じだ。
まさか、ここまで勝ち残ると思っていなかったし、センパイも残ると思ってなかった。
………それなら俺は。俺が取るべき手段は1つしか無い。
「……センパイの顔が滅茶苦茶気迫篭りすぎて笑いそう、無理」
持っていた枕を投げ捨て、両腕を力無く上げた。
「「「「えっ」」」」と自陣から混乱の声が上がる。途中で戦闘放棄、と見做された俺の行動を納得した表情で頷いたのは野坂と一星だけだった。
「えっ、私の顔やばい!?いつもと変わらないと思うんだけど……やばい?」
当のセンパイは俺の言及に青白い顔でオロオロしていた。自分が不戦勝したのを解ってない。
息を長く吐いて呼吸を整えながら、自陣には「悪ぃな」と一言だけ謝辞を述べる。
府に落ちない顔つきで頷いた人もいれば、「テメェ、なんでそうやって」と怒る奴もいた。
……本気でこの勝負を続行しようとも思った。センパイの前では頑として負けたくない。
ましてやセンパイの球を取り落として負ける、なんてもってのほかで。
けれども、センパイと言えど流石に本気球を投げる訳にはいかない。
勢い余って負傷させたらどう責任も取れない。何も考えず拳を振るってたあの時とは違う。
府に落ちない結果になったけれど後悔はしなかった。
散々になった自室を見渡して呆れの溜息が吐いて出る。もみくちゃ状態だな、おい。
特に物が壊れたりはしなかったものの、埃と枕カバーが凄い。
皆、放心したように座り込むばかりで微動だにしない。まもなく、睡魔がやってくるだろう。
「って事で、俺とセンパイが後片付けするから。はやく出てってくんない」
素っ気なく突き放す様な語調を強めて、軽く背中を押せば皆がよろよろと立ち上がる。
「え、私居残り!?」と素っ頓狂な声をあげるセンパイは無視しておく。
「枕と枕カバー無しで寝やがれ」と呟いて廊下に放り出した。立場逆転してるだろ、これ。
全てのエネルギーを費やしたのか殆どの者が電池切れ。……廃人だな、まじで。
勢いよく扉を閉め、センパイに向き直る。
枕と枕カバーを回収していたセンパイは「あ、追い出しくらってる」と軽く笑った。
「……お疲れ様、センパイ」
ベッドに腰掛け、何故か妙に浮き足だったセンパイに首を捻る。なんでソワソワしてんの。
「お疲れ、水月君。あ、あの」
言い難そうに、俺から視線をズラすセンパイ。まどろっこしくて擽ったい時間が不意に訪れた。時折、センパイとこうなる時がある。焦ったい、滅茶苦茶焦ったい。
「……最後、手、抜いてくれた?」
「!!」
なんで色恋1つも分からなそうな顔してそういう事に気づくんだ、莫迦女。
罵ろうとしたけれど、何故か心臓が変に律動していて諦めた。なんか自分、おかしい。
「ありがとう、水月君。部屋も嫌な顔して引き受けてくれてありがと。楽しかった」
「私も部屋提案したんだけど、色々な意味で駄目ですって即断られちゃって」と無邪気に語るセンパイ。色々な意味でアウトだから。女部屋とかゴミ部屋とか。特に後半。
「水月君って良く分からなかったんだけど。優しいんだね、人並みの言葉になっちゃうけど」
そう言って枕を山にするセンパイ。優しい、と言う金輪際関わりになりそうのなかった連語が。俺に向けられた事実に理解が遅れた。
「俺が優しいとか遂に可笑しくなった?そしたらセンパイみたいな阿呆な女は菩薩じゃん」
「え、何。顔の話?私、菩薩!?ねぇ、それ酷くない?」
納得がいかないのか少し頬を膨らませかけていたセンパイに俺は少し声量を落とし、一言。
自分でも驚くほどそれは柔らかい声音だった。春の陽だまりの様な、泣きたくなる様な声が。
「_________ 先輩、お節介って思ってたけど。ちょっと見直した」
途端にみるみる赤くなるセンパイの表情変化に小さく笑いながら、口角をあげる。
やっぱ色恋には疎いな、この人。
「と、年上を揶揄うな!!」と拳で殴られかけながら、俺はただ、和やかに笑い続けた。
_______________ 自覚した感情がきっと到底冷め止まない事に気づきながら。
※作中に出てきた“バディ”とは、『二人一組をつくり、互いに相手の安全を確かめさせる方法で、事故防止のみならず、学習効果を高めるために用いられる』プール授業に使用される点呼法です。作者が小学生時代にあったシステムなので現在、教育に用いられているかは定かでは無いです。なんとなく題材から小学生っぽかったのでついつい、童心に還り過ぎました。
俺は不快感を押し隠す事なく、「よっしゃ、遂にニートルーム突破ー!!」等と騒ぎながら雪崩れ込んできた連中を睨み付ける。
なんで押し入ってきた。マジふざけんな。ノックぐらいしろ。ノックしても入れないけど。
「だってお前1人部屋じゃん。お前1人にしか迷惑かかんないし、楽だろ」
何言ってんだ、と言いたげに灰崎が先導切ってズカズカ踏み込む。床に放っていたスマホを踏まれそうで慌てて回収した。ついでに時間を確認すれば現在9:30。……こいつら計画突撃かよ。
「不意打ちしないと大河君開けてくれないしね。如何わしい事してなくて安心したよ」
皇帝スマイルを浮かべながら、脇に枕を携え堂々と入室してくる野坂。入場するな。
そして今の発言、不健全性的行為なりなんなりに引っ掛かるんですけど。
稲森、灰崎、野坂、一星、ヒロト、アツヤ、西蔭。
おそらく西蔭はいつもの野坂護衛だろうが、成る程。かなりヤンチャな人達が多い。
目眩がしそうで、俺は死んだ目を面々に注ぎながら「……あのさ」と口を開く。既に疲弊状態だった。
「明日は一応形上オフだから騒ぎまくろうっわけ?他所でやって」
俺も莫迦じゃない。いや、皆が枕を抱えている時点で察した。
要するにこれは。よく移動教室、合宿諸々で騒ぎ明かすイベント。
“枕投げ”
やっていいのか悪いのか知った事じゃないけどなんで俺の部屋なんだ。完全に部外者。
それに騒がれると鬱陶しい。巫山戯るな、誰だよ俺の部屋でやろうって言った奴。
「他の1人部屋だと円堂さんと鏡花さんですけど。どちらも頼めないでしょ?」
一星からセンパイの名が溢れて顔には出さずにも、動揺する自分がいる。
……正直に問う。なんでここのメンバーは容易く名前で呼べるんだ。なんで呼べるんだ。
「だったら2人部屋で我慢しろよ、関係ない俺を巻き込まないで……」
そうキッパリ断言して追い返そうとした刹那、躊躇いがちにスライドドアが音を立てて開く。
開閉音に俺の訴訟は簡単に打ち消された。皆の視線がドア越しへと向く。
「あっ、あれ、み、みんなマジで水月君の部屋に突撃したの?」
口を半開きのまま膠着状態の人物の発言で、俺は全てを悟る。
センパイがこの連中を誘導したのか、成る程、覚えとけ。
大門 鏡花。イナズマジャパンの紅一点、として男性サポーターからの支持が凄い。
お人好しでお節介、と俺にとっては煩わしい人でしかない。
それでいてチラチラ俺の視界に割り込んでくるのだ。素直すぎて俺が対応に困ってたりする。
「鏡花もやるか、枕投げ」とアツヤに唆され、「え、いいの!?」と解りやすく顔を綻ばせるセンパイ。嘘だろ、おい。よく見れば髪縛ってるし、やる気満々じゃん。
「ってー事で。水月は普段、迷惑かけてるって自覚あんなら場所ぐらい設けろ」
とどめとばかりにヒロトが俺に決定打を打ち込む。反射的に「俺は迷惑なんかかけた事ないね」と言いかけたが面倒くさくなりそうで溜息だけついておく。
「枕を破壊した、とか言われても負担しねぇからな。負傷しても知らなねぇからな。家具とか壊したら代償させっから」
枕をベッドから引き摺り出して、偶々近くにいた稲森にぶん投げる。
バフッ、と息が詰まる音がした。……くそ、いい音してんじゃねーか。
「センパイやるなら枕持ってきたら。髪とか払ってきてよ」
「わ、解ってるって!潔癖症みたいなこと言うなぁ、水月君」
Uターンして自室に戻っていくセンパイ。
その間に何故かワイワイとチーム分け口論が繰り広げられている。声量とか全然考えてない。
「奇数になっちゃったけど西蔭=2人分の勢力だからいいよな」
「うん、いいんじゃない。ね、西蔭?」
西蔭はバケモンか。野坂護衛の為来たと解ってはいるが、異質感が凄い。
なんてボーっ、と静観してたら「水月と組みたい!」と稲森が俺の手を掴んで引き上げた。
え、な、なに。プール授業で人数確認として2人1組で手をあげる“バディ!!”の練習?
「水月を本気にさせたらめちゃくちゃ頼りになりそうだし!」
「……ぜってー、本気にならねー」
嘘っていうかそーいう事は言わなくていいんだよ、莫迦。
呆れ返りながらも頼られている、と事実に少しだけ。ミクロ単位に頬が緩む。
「あ、グループ決めしちゃった?」
肩で呼吸しながらキュッ、と廊下に靴音を響かせてセンパイが戻ってくる。
全力疾走したの、この人。まじで??
「おっせーよ、早くまざれ」
「誰と組みてーとかあるか」
ヒロトと灰崎がホレホレ、と手を振る。それに応じるセンパイの背にふさふさの尻尾が一瞬チラつく。……俺の幻覚、いきなりやべぇな。従順な犬想起させちゃったんだけど。
✿
そんなもんなで2チームの実力をなんとか分けようと画策した結果。
稲森、一星、俺、ヒロト、アツヤ。
灰崎、野坂、西蔭、センパイに分断される。
見事ゴッデビを切り離した野坂、頭脳犯だと俺は心の中で乾いた拍手を送る。
競争心駆り立てるには充分すぎんな。
「西蔭君の安心感が凄い」
「鏡花に同意」
「そ、……そうか?」
何故かセンパイと灰崎が妙に気が抜けた表情をしている。
何方も戦闘に勝利した剣士みたいで、少し尺に触ったから隣にいたヒロトに枕を顔面ヒットさせた。くぐもった怒声が落ちるが聞こえないフリをする。
「それじゃあ、枕をキャッチ出来ず落としちゃった人はその場で座ってね。チーム戦だから集中狙い・計画攻撃は一応あり。日常の怨念はぶつけないようにね」
野坂が含み笑いで即席ルールを提示する。……日常の怨念。
野坂、今日発言が妙に危ないけど大丈夫?お前の国、安泰じゃないのか。
「よーい、スタート!」
稲森の一言により、稚拙で情熱的な合戦は幕を開けた。
計画性もなく相手陣地に放り込んだのは稲森、アツヤ、ヒロト。そして相手陣地から灰崎の枕が吹っ飛んできた。計画のけ、の字もない。
「鏡花ちゃんと西蔭は相手が枕を放った瞬間を狙って投げて!少なからず直後ならば捕投力は落ちているはず!」
頭脳犯は遊びでも頭脳犯なのかよ。そして西蔭とセンパイ、戦闘心に燃えた瞳で頷くな。
うちのチームの頭脳犯は、このいきなりハイレベルな枕投げにポカンと口を開けたまま。
仕方ないので一星が攻略を編むまで俺が護衛する事にする。
適当に誰、と決めないで枕をぶん投げれば意外と綺麗な弧を描いて吹っ飛んだ。
西蔭が両腕に枕を抱えているにも関わらず、足で蹴り返してきた。蹴鞠じゃねぇんだ、西蔭。
「俺のブリザードは止められねぇぜ!」
中には技名を狂ったように叫びながら枕を振り回している人もいる。(アツヤとかヒロトとか)
俺の想像を超えてこの枕投げ、ハイレベル。
いち早く脱落したのは呆気に取られ、若干棒立ちだった一星。思い切りセンパイに当てられて戦線離脱。「まだ分析途中だった」と悔しそうに腰を下ろす。成る程、時間の問題だった。
次いで離脱は稲森。飛んできた枕を避けた刹那、灰崎にせせら笑いで終わりを告げられていた。
ちょっと厨二病じみてて笑いそうになったとか死んでも言えない。
「俺らのチーム弱すぎじゃねぇか!?」
アツヤが息継ぎと共に喚き散らす。立て続けに2人も脱落した。……稲森は兎も角一星は完全に棒立ちだったぞ、あれ。
「このゴッドストライカー様が勝利に導いてやっからよぉ、安心しろ惰民共」
途端、俺とアツヤから集中攻撃をされるヒロト。ヒロトが悪い。
それから幾らかラリーが続き、試合状況が変わったのは灰崎の離脱だった。
普通に取り落として戦線離脱。ちなみにヒットさせたのは俺。うん、凄い気持ち良かった。
これで野坂チームが3人、俺のチームが3人。西蔭2人分説を入れると劣勢になってしまうが、個数の問題ならば一騎討ちできるようになった。真正面にいた野坂に変化球を投げながら素早く計算する。
「野坂さんに貴様の枕を投げるな!!」
野坂SECOM発動。西蔭が異常な速度で、睨み上げながら俺に枕を跳ね返してくる。
いや、ちょっと待て。誰の枕かもう解んないですけど?俺の枕か解んねぇじゃん。
そう、俺に構った事により不意を突かれた西蔭。「野坂さん、ごめんなさい」等遺言を遺している辺り、意味が分からない。当てたアツヤの表情筋が引き攣ってた。
センパイはヒロトと一騎討ちをしており、抗争の末勝利を収めていた。
いや、なんでセンパイまだ生き残ってんだよ、聞いてねぇ。俺とアツヤ、野坂とセンパイ。
終盤に熱戦は縺れ込む。
野坂とセンパイが異様に息があった連携で攻め込んでくる。
なんとか本能と直感で避けたりキャッチしてるけれど、ジワジワと追い詰められている気もする。野坂の声は聞こえているのに対処までの時間が足りない。
遂にアツヤが取り落として離脱。「頼んだぜ、ニート!!」と同チームの渇望が込められた視線をモロに食らい、脱力しかける。早々に離脱しておけば良かった。
自陣に転がる枕を取っては投げ、取っては投げ、を繰り返して敵に考える隙を与えない。
いや、これ1人で2人キツい。流石に息が切れる。
「頑張れ、ニート!!」「社蓄を経験しといた方がいいぞ、ニート」
「ニッ……水月頑張れ!!」「大河君、ファイトです!!!」
「煩せぇ!ヤジ飛ばすな!」
くそ、アツヤとヒロト。あとでビンタする、歯食いしばっとけ。
頭上スレスレに飛んできた枕を投げ返し、次の攻撃に備えていた時、鈍い音が部屋中に響いた。野坂の鳩尾にクリーンヒットした音。西蔭が絶叫に近いその声音で王の名を呼ぶ。
「鏡花ちゃん、大河君は左腹が枕に当たんないようにプレーしている!!そこだ!!」
「ありがとう皇帝、絶対に敵討ちするから!!」
なんでセンパイも野坂帝国の一員になってるんだよ!!突っ込みたいのは山々だったが、左腹を避けている事実に気づかれた。やっぱりあの観察眼は侮れない。
的確に正確にセンパイの意識した攻撃が舞い込む。それはサッカースタイルと非常に似ていた。
日頃は若干ガサツなのにパス回しとか位置取りが綺麗だし、抜け目がない。アレと同じだ。
まさか、ここまで勝ち残ると思っていなかったし、センパイも残ると思ってなかった。
………それなら俺は。俺が取るべき手段は1つしか無い。
「……センパイの顔が滅茶苦茶気迫篭りすぎて笑いそう、無理」
持っていた枕を投げ捨て、両腕を力無く上げた。
「「「「えっ」」」」と自陣から混乱の声が上がる。途中で戦闘放棄、と見做された俺の行動を納得した表情で頷いたのは野坂と一星だけだった。
「えっ、私の顔やばい!?いつもと変わらないと思うんだけど……やばい?」
当のセンパイは俺の言及に青白い顔でオロオロしていた。自分が不戦勝したのを解ってない。
息を長く吐いて呼吸を整えながら、自陣には「悪ぃな」と一言だけ謝辞を述べる。
府に落ちない顔つきで頷いた人もいれば、「テメェ、なんでそうやって」と怒る奴もいた。
……本気でこの勝負を続行しようとも思った。センパイの前では頑として負けたくない。
ましてやセンパイの球を取り落として負ける、なんてもってのほかで。
けれども、センパイと言えど流石に本気球を投げる訳にはいかない。
勢い余って負傷させたらどう責任も取れない。何も考えず拳を振るってたあの時とは違う。
府に落ちない結果になったけれど後悔はしなかった。
散々になった自室を見渡して呆れの溜息が吐いて出る。もみくちゃ状態だな、おい。
特に物が壊れたりはしなかったものの、埃と枕カバーが凄い。
皆、放心したように座り込むばかりで微動だにしない。まもなく、睡魔がやってくるだろう。
「って事で、俺とセンパイが後片付けするから。はやく出てってくんない」
素っ気なく突き放す様な語調を強めて、軽く背中を押せば皆がよろよろと立ち上がる。
「え、私居残り!?」と素っ頓狂な声をあげるセンパイは無視しておく。
「枕と枕カバー無しで寝やがれ」と呟いて廊下に放り出した。立場逆転してるだろ、これ。
全てのエネルギーを費やしたのか殆どの者が電池切れ。……廃人だな、まじで。
勢いよく扉を閉め、センパイに向き直る。
枕と枕カバーを回収していたセンパイは「あ、追い出しくらってる」と軽く笑った。
「……お疲れ様、センパイ」
ベッドに腰掛け、何故か妙に浮き足だったセンパイに首を捻る。なんでソワソワしてんの。
「お疲れ、水月君。あ、あの」
言い難そうに、俺から視線をズラすセンパイ。まどろっこしくて擽ったい時間が不意に訪れた。時折、センパイとこうなる時がある。焦ったい、滅茶苦茶焦ったい。
「……最後、手、抜いてくれた?」
「!!」
なんで色恋1つも分からなそうな顔してそういう事に気づくんだ、莫迦女。
罵ろうとしたけれど、何故か心臓が変に律動していて諦めた。なんか自分、おかしい。
「ありがとう、水月君。部屋も嫌な顔して引き受けてくれてありがと。楽しかった」
「私も部屋提案したんだけど、色々な意味で駄目ですって即断られちゃって」と無邪気に語るセンパイ。色々な意味でアウトだから。女部屋とかゴミ部屋とか。特に後半。
「水月君って良く分からなかったんだけど。優しいんだね、人並みの言葉になっちゃうけど」
そう言って枕を山にするセンパイ。優しい、と言う金輪際関わりになりそうのなかった連語が。俺に向けられた事実に理解が遅れた。
「俺が優しいとか遂に可笑しくなった?そしたらセンパイみたいな阿呆な女は菩薩じゃん」
「え、何。顔の話?私、菩薩!?ねぇ、それ酷くない?」
納得がいかないのか少し頬を膨らませかけていたセンパイに俺は少し声量を落とし、一言。
自分でも驚くほどそれは柔らかい声音だった。春の陽だまりの様な、泣きたくなる様な声が。
「_________ 先輩、お節介って思ってたけど。ちょっと見直した」
途端にみるみる赤くなるセンパイの表情変化に小さく笑いながら、口角をあげる。
やっぱ色恋には疎いな、この人。
「と、年上を揶揄うな!!」と拳で殴られかけながら、俺はただ、和やかに笑い続けた。
_______________ 自覚した感情がきっと到底冷め止まない事に気づきながら。
※作中に出てきた“バディ”とは、『二人一組をつくり、互いに相手の安全を確かめさせる方法で、事故防止のみならず、学習効果を高めるために用いられる』プール授業に使用される点呼法です。作者が小学生時代にあったシステムなので現在、教育に用いられているかは定かでは無いです。なんとなく題材から小学生っぽかったのでついつい、童心に還り過ぎました。