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クズ







ピンガから過去の恋愛対象について聞かれた時、六辻は内心焦っていた。

「本当に好きになられていたら気持ち悪くて無理です、一緒に仕事できません」の確認・申し出だと思ったからだ。そんなことを上の立場が思っていたら飛ぶのは確実に構成員側の首である。

実際全然その気は無いので、どうせ調べられている経歴を改めて認識させ、しかし女だけが好きと言うのも、更に詳しい経歴を調べられていた場合、好き放題やってたせいで嘘と判断されかねないので事実だけを話した。嘘ついたら幹部に粛清されるって上司が言ってた。

グレースだから、女役に必ずなってしまう所がネックなのだろうか?まぁ男として嫌だよなぁと言う気持ちはわからなくはない。六辻はやたら詳しく聞くなぁと思いつつもピンガの質問に答えた。

しかし妙な間はあったものの、そうかよ。と言われ、グレースと付き合う方向性は消えただけだった。
顔の見えない音声だけの会話の為、相手の表情が見えない故に恐ろしい、実際ネトゲ友達にも地雷発言かまして翌日ログインしたらブロックされていた過去がある六辻は、もしかしたら、ある日突然上司から「お前飛ばされるぞ」と言われかねない男だった。

毎日心にもない褒め言葉を任務とは言え言われ続けている、と本人が思ったら、そりゃあ気持ち悪いと思うだろうと六辻は思い、良かれと思ってピンガに相談せぬまま「押してダメなら引いてみろ」の態度に移ったのが良くなかったと、後悔しても遅かった。







「幹部で遊ぶたァ……いい度胸してるよな…」
「え!?マジで何の話ですか!?ていうか何これ何処ここ!?」

目が覚めると、手足を縛られ、仰向けに転がされた自分の腹の上に見知らぬコーンロウの男が腰掛けているではないか。まるで人のことをソファのようにして脚を組み座っているせいで痩せた尻の骨が腹に刺さってる、痛い痛い。こちらからは横顔しか見えないが、左耳の黒い2つのピアスに見覚えがあるような気がする。

見たことのない内装の部屋だと思ったが、間取りを見るにパシフィック・ブイのスタッフの部屋だろう。確か自分好みの部屋に自室を改造する前はこんな感じだった気がする。

というか、よく見ると見覚えのある顔で聞き覚えのある声だ。
ピンガさんかと思った瞬間、とりあえず知ってる人で安心した。警察側に拘束されてるよりは余程マシだ。

「ピンガさん痩せすぎですケツ刺さってますいててててて」
「黙れ」

ゴリゴリとケツで腹を抉らないでほしい。新手の拷問か?というか、知ってる人だと安心したら他の問題に気づいた。見慣れないスタッフの部屋で2人きりの状況ということは、まさか。

「…ここグレースさんの部屋!?ちょっ俺を持ち込むとこ見られてないですよね!?」
「……さぁ、どうだと思う?」

眉を上げ、にやりと口の端を上げた。タレ目の綺麗な瞳も、鼻の形も高さも、特徴的な唇も、グレースと全く同じ形をしているのに表情と、初めて見た眉毛と髪型でこうも印象が変わるのか。
素直に変装のうまさと、実際にピンガの顔と声が本人だと言うのが目の前で披露されたことで実感でき、本当に声も態度も変えて全く違う印象を植え付ける技術に感心する。

いや、感心してる場合じゃない。見られていたら音速で噂を流すスタッフへの言い訳を考えないといけないし、そもそも六辻の前にピンガの姿を晒したと言うのは、このタイミングで、どんな意味があるのだろうか?
もしや、始末されるような何かをやらかしたからもう姿を知られても良いというヤツだろうか。

「俺なんかヘマやりましたか?」
「………」
「そんな目で見られても…、え?本当に分かんないんですよせめて殺すなら教えてからでもよくないですか!?」

ピンガは六辻の腹の上に腰掛けたまま、六辻の顔を見下ろした。この状況で何を言っている?という顔だ。
ヘマでは、無い。じゃあなんと言うのが正解だろうか。









遡ること一ヶ月前。

もしかして言わなかっただけで、ずっと褒められたり口説かれたりするのストレスだったのか…!?じゃあお休み期間設けよう!と六辻が思い立ち、突然、グレースとすれ違っても「こんにちは」か「お疲れ様です」しか言わなくなった。
それどころか今までエンカウントできるようにメインスタッフがよく通る場所等、会える場所をわざわざ通っていたがそれもやめ、遭遇率自体が減った。

まぁ今迄も忙しいと同じ施設にいるとはいえ、2~3日顔を合わせない事もあったが、忙しく無いのにそれが続いた。

挙句、六辻とピンガの夜の作業通話。これも今まで上司命令だからと一度も断らなかったのに、お疲れでしょうから今日はやめておきましょうとやんわりと断ったのだ。
六辻には、作業通話で喋らずとも、とりあえず繋いでいるあの「良さ」がピンガにも生じているとは思っていなかった故の余計なお世話というものであった。

しかし、他のスタッフとは今まで通り接しているし、スタッフにはグレースの良さの話をするようだ。
ピンガは困惑した、何故なら押してダメなら引いてみろ、を実際にやる奴を見た事ないし、実際に自分に実践されると思ってないからだ。心の拠り所となっていた褒めもなくなり、作業通話まで断られるこの状況。

今まであんだけ口説いておいて、付き合うのはナシだと言った途端コレである。

ピンガは激怒した、必ず、かの邪智暴虐のクズを除かねばならぬと決意した。ピンガにはクズの本意がわからぬ。ピンガは任務にあたっては女装して潜入をするほどに細かく設定を決めたり、予め計画を練っておくタイプだった。けれどもクズの突発的行動には理解できないながらも人一倍敏感であった。

つまるところ、ストレスが発散できず行き場をなくしていた。
可哀想なピンガ、六辻とかいうクズに事前に計画を伝えたりする脳味噌があれば苦しまずに済むどころか、キッチリ役割を遂行できたであろうに。
しかしこのクズは初対面で初日に告白をかますタイプのクズであった。

一ヶ月、突飛なクズの行動を我慢したのだ、もういいだろう。

清掃員とカート、後はみんなお分かりの手法で運ばれ、行き先がグレースの部屋というだけなので、六辻が思っているようなスタッフにお持ち帰りを目撃される等という心配事は何もない。
今後使う手が実際にPB内で使える事までついでに立証するピンガは間違いなく有能である。

───で、今に至っている。




ピンガからすればヘマも何も、お前が…と言う気持ちだ。
六辻からすればちゃんと仕事して気も遣ってたというのにどうしてこんな事に…と言う気持ちである。

「お前が急にグレースを避けるどころか…俺まで避けるようになったのが悪い」
「えっ、押してダメなら引いてみろ作戦ダメですか?」
「…………は?」
「あんまり毎日のように褒められるのもキショいかなと思って、引いてみろ期間はピンガさんに俺のこと気にせず動けるようにとォアア゛ア゛ア゛!?」

ナイフが六辻の顔の横を掠めベットに突き刺さった。六辻がひん剥いた目で視線を横に向けると、ナイフを握るピンガの手はグレースからは連想できぬほどに男の手をしている事に気付いた。

汚い悲鳴を上げ震え上がる六辻に座っていたピンガは体勢を馬乗りに変え、恐ろしいほどに怒っている顔を向けた。こめかみには青筋が浮かんでおり、目もグレースの時の輝きを完全に失っている。
それを見て六辻はマジで死んだ、殺されると思い、ピンガとの賭けに負けた気分になった。

──何を賭けてた?
命だ。
組織の危険を孕む任務には毎回、勝手に命を賭けているのだ、このクズは。
死んでも生きても、快感を得られるように。

ばちりと視線が交錯し、命を奪われるんだ、と思った瞬間、六辻は顔を真っ青にしながら、怯えた顔をしながらも、口角を吊り上げて笑った。
それを見たピンガは、やっぱり俺をからかってるんだと思い込み、カッと頭に血が上る感覚を覚える。

しかし、ここで殺すのはまずいと冷静な幹部としてのピンガが許さなかった。
ならば、と六辻のシャツをぐいと引っ張り、獣の如く肩口に噛みついた。





─────────



「ストレスと欲求不満と、何から何まで俺で発散できたようでようござんした………」
「事前告知もできねえヤツが俺に文句つけれると思ってんのかふざけやがって」
「それは申し訳ございませんでした…」

結局縛られたまま、めちゃくちゃ目立たない所噛み散らかされた。肩とか腕とか腹とかあちこち痛え。場所によっては血も出た。温泉入れないなこれじゃあ。
などと思いつつ、それでもしっかりシャツを着れば絶対見えない場所にしか噛み痕が付いてないのは流石幹部の判断能力というべきか。

俺が死ぬ、負けた!でうっかり命の危機で息子を勃たせてしまい、そのまま噛まれまくって普通にそれにも興奮したのも悪いが、それに気づいたピンガもピンガで俺に対する暴力的ストレス発散と、性欲の方もぶちまけてしまった。
結局「でけえ声出したらばれちまうぞ」だの「グレースの部屋から男の喘ぎ声が聞こえちゃあダメだよなあ」だのと脅されながら擦りあってフィニッシュときたもんだ。

……お互い…悲しい事故でしたね…。



賢者タイムにお互い何やってんだ…と冷静になり、ぽつぽつとそれぞれ説明をした。誤解は解けたが本当に俺たち何やってんだ過ぎる。成人男性の姿か…これが…?
シャワー備え付けの部屋でよかったよ…。

ナイフで裂いたシーツどうすんだ…と思ったものの「なんか聞かれたら生理で汚してしまったからそれを捨てるために鋏で切ったって言えばそれ以上追求してこねえよ」と言われて賢い…、女装とかいうレベルじゃない発想だ…となった。
ただ刻んであるよりは余程自然だ。よくわからん薬品と化粧品で血糊の代わりを即作ったピンガを見て「幹部って凄い通り越してヤバい」と改めて思った。

「俺と付き合えよ、お前」
「え?はい」
「……上司命令じゃなくてちゃんと考えろよ?ほんとにいいんだな?」
「そりゃ、もうやることやってますし。…それに、そんな可愛いこと言われたらねぇ」
「殺すぞ」

毎日好き好き言われてたら気になり始めてなんだかんだお前がいてほしいってそんな…、そんな告白でしかない事言われたら、可愛いじゃん…となるのだ。
何ならさっき死んだと思ったから負けたと思ったのに、もしかしなくても勝ってる?となり最高に気分がいい。ぞくぞくする。

「ていうか俺どうやってこの部屋から出れば…?」
「清掃用カートに入ってもらう」
「エッ…」





─────────


六辻に対するグレースの態度が何となく軟化した、というか、普通に友達と言えるやりとりになっている。
上司部下の関係より上になったぞ。という噂は、一瞬にしてPB内を駆け巡り、押してダメなら引いてみろはマジだった!のタイトルで号外の如く扱われた。

「グレース、六辻とは付き合うの?」
「さぁ…、どうかしらね」
「付き合う気もないのに受け入れちゃったの?」
「直美はあぁいうのと突然付き合うの?私はある程度知ってから判断したいと思ってるけど……」
「あぁ、ゴメンなさいグレース、貴女の言う通りだわ」

グレースは微笑みながらも断固として言った。その様子を見て、直美は今までの六辻の行動がフラッシュバックし、深く頷く。
六辻応援組は、応援組だというのに嘘だろ!?の反応をする勢と、お友達すっ飛ばして即落ちじゃないのか〜!勢に分かれたように思う。
直美は後者であった。ちなみにレオンハルトは前者であり、エドは第三勢力の仲良くなれたならよかった勢だ。
ちなみに牧野局長は何だか分からんけど仲良しならヨシ!ちゃんと仕事してね!ユーロポールの威信にかけて!派である。


そんな中、六辻はそわそわしていた。グレース自体のプライベートへのツッコミより、六辻の事本当はどう思ってるの?な質問攻が多すぎる、自分自身にもかなりグレースにどんな手を…!?と来るので、全く捌き切れない。
これでは当初の予定が!ピンガさんごめんなさい!の気持ちでいっぱいであるが、当のピンガはこの状況を楽しんでいた。

こちらを好きなくせに、申し訳なさそうな顔をしている顔がちらちらと見え隠れするヤツの珍しい顔が見られてご満悦な所と、六辻はもうとっくにグレースではなく、ピンガのものという点でご機嫌である。

まぁいずれは様子を見てグレースの方でも付き合ってしまった方が効率がいいという事で、今後の予定は決まっている。
グレースより先にピンガとして六辻を手に入れられた点でソレにも異論ない。
故に、今の状況を楽しもうと思った次第である。

「なに」
「前より楽しそうね、グレース」
「直美も、システムエラーが減ってきて明るくなったわ」
「えぇ、順調で嬉しいわ。本当に……」

この連日のエラー続きを思い出させるグレースの発言に、直美はその時のことを思い出し、困難の先にある喜びを噛み締める。ようやく安定してきたシステムの挙動を思い出すと、世のため人のためになる日も近いと、笑みが溢れた。
みんな疲れている故に、面白そうなニュースにはすぐ食いついて、すぐ飽きた。3日もせず質問攻めのような事はされなくなり、普通に接し始めた。
六辻は質問攻めから解放され、改めて牽制できるぞ!と気合を入れ直したが、逆に応援されるばかりであった。






─────────




それから2ヶ月ほど置いて、ついにグレースと出掛ける約束を六辻がとりつけたぞ。という『予定』をこなす。
この日にグレースと付き合い始めるのはもう決定済みなのだが、本人たちよりどきどきそわそわしたスタッフ共に見送られてグレースと2人で地上に出た週末、浮つく事なくしっかりと組織の仕事に追われている。

普通に組織のアレコレと、後は六辻は上司に、ピンガはRAMに指示された事であちこち走り回るのがほとんどだった。
週末休みとはいえ辺鄙な地から移動となるとバタバタして休んだり遊んだりしている場合ではない。
スタッフたちから聞き出された時の「告白からの付き合うに至るまでの口裏合わせ」はとっくの昔に済んでおり、それらしい事は何もせず仕事をして週末が潰れた。

PBに明日には戻らねば、とホテルで同じ部屋をとった際に、六辻は本当に出不精なせいで夜には疲労により眠気がすごかった。
ピンガがシャワーを浴びている間に半分くらい寝ていたが、ピンガがシャワーから戻った時ほぼ寝ている六辻を見て、マジで寝る気がお前!?せっかく外出てここホテルなのに!?と叩き起こしてきた。
普通に眠いのでやめて欲しいと思い、過去に女の部屋に転がり込んでた時の常套句の「一緒に寝てくれたら幸せでいい夢見られる、愛してるよ…」…等と相手も気持ちよくなるだろう言葉を並べながら、布団の中に招きつつライトキスをしてやれば基本そのままおやすみ、……となるのだが、このクズまたやらかした。
なんと昔の女の名前を出しやがったのだ。

可哀想なピンガ、これには激怒。眠いからってこの俺を適当に扱いやがって!銃を六辻の手のひらの労宮にゴリゴリと食い込ませながら俺が満足するまで寝させるかと叩き、いや、殴り起こした。
眠気覚ましのツボを銃でゴリゴリされると、ツボとかじゃなくて恐怖で普通に目が覚める事を六辻は思い知った。命の危機である。

その後銃を頭に突きつけられたまま腸内洗浄させられたし無理矢理犯された六辻はもう2度と過去の女の名前を出すまいと心に誓った。自業自得である。


そんなことがあったのを知らないPBスタッフはその翌日、2人が帰ってきて早々、ワクワクとした期待を寄せてきたので「俺たち付き合いま〜す」の報告を明るくせざるを得なかった。複雑な心境である。

それを聞くなりスタッフたちは、グレースをやっと射止められてよかったじゃん!末長く爆発しろ!グレース本当に…!?まぁ幸せそうならいいわよ!おめでとう!とめちゃくちゃ祝ってくれた。
グレースは幸せにしてもらうわ。ウフフ♡とご機嫌だし、六辻は夢心地のようだった。

実際ただただ眠くてウトウトしてただけである。



─────────



グレースと六辻が付き合ってから、変わったことと言えば褒めてんだか貶してんだから分からない言葉を六辻が吐かなくなった事だろう。
もう手に入ったからか、安定したようで何よりだと何だかんだ仲間思いのレオンハルトは思った。
レオンハルトは外見からは想像出来ない程に生真面目なやつではあるが、癖が強いせいで中々他人と仲良しこよしはしないタチである。
故に、人とわざわざ喋らないが人をよく見ている。


六辻がグレースに対して、恋人だからこそなのだろうか?困った表情をすることがある。それは決まってグレースに自分の話題が向きそうな時だ。

あんなに牽制しまくっておいたくせ、どう言うことなんだ、むしろ喜びそうなものだと思っていたが、一応奴も仕事とプライベートは弁えているらしく、それの一環らしい事に気づいた。

ヤツは一般スタッフで、グレースがメインスタッフだから、やはりやれる仕事量にも差があるし手を出せる業務も違う。
やはり女の方が男より有能だと少し情けない気分にもなるのだろうか、ヘラヘラした男だとは思っていたが案外そう言うところがあるんだな、とレオンハルトは誰にも言わずそう思った。

職場内で見せつけるようにイチャイチャする男女より余程良い、仕事はしっかり遂行する職場内恋愛であれば好きにしろと思いつつ、グレースと六辻が2人分ずつのコーヒーを持ってくるのを見て、いや、これはむしろ正式なパシリなのでは…?と思いもした。

メインエンジニア4人分のコーヒーなので、六辻はそのままとぼとぼ帰って行った。グレース、そう言うところあるよな。



─────────





「あれ?むっつー?」
「何しに来たこのクズ金は貸さねーぞ」
「金返しに来たんだよ」

ピンガは単独任務の為、六辻は珍しく休日に1人で外に出た。
昔、金を貸して貰ってまだ返却していなかった女の部屋にきていた。扉のチェーンは付けたまま、隙間から覗く女と、その妹がこちらを見上げている。妹のむっつー呼びに懐かしさを感じているとじろりと女に睨まれた。

基本やべーところから借りた金以外は返さないが、この女には随分世話になったのと、女にはまだ学生の妹がいると言う点でちゃんと返さないとなぁと思い立った故だった。
玄関口で「ちゃんと稼いだ金だから心配すんな」と茶封筒を渡せば、ちゃんと中身を目の前で確認された。

「利子付きじゃん、なんだ、今はマトモに生きてんだね」
「なんなら恋人できちゃったから今後は本当に来ないよって言う挨拶も兼ねてきた」
「あんたに!?……へ〜、えらい物好きがいたもんね…、よかったじゃない」
「うん」

ま、2度とくるなよ。と張り付けた笑顔のまま、そのまま扉を閉められた。信用のなさがすごい。
まぁ今までがどうであれ、とりあえずケジメをつけたし、俺がスッキリすれば良いのだと晴れやかな気持ちで女の部屋を後にした。





そして気づいたら見知らぬホテルに拉致られていた。ねぇこれ2回目なんだけど。

「女に会いに行ってたなテメェ」
「昔お世話になってた人から借りてたお金を返しただけです」
「他にもいるだろ、どうしてあの女にはわざわざ?なんか理由があんだろ」

ピンガはベットで寛ぎながら、椅子に縛りつけた俺に拳銃をむけている。
毎度毎度気付いたら意識飛ばされて拘束されるたびに、組織の幹部と付き合ってるなぁと実感させられる。そんな実感の仕方嫌だ。

「他の女より多額に頂いており…、3人で寝てる時にムラッときてうっかり手出しちゃってな…やってたら…妹が目覚まして目撃された後ろめたさ……その後金借りたままトンズラこいて…」
「待て?お前本当に終わりすぎてねえか?組織入る前に死んでねえの不思議で仕方ねえよ」

とにかく説明だ!と思ったがすぐにピンガに手を突き出されストップを喰らった。顔にはドン引きと書いている。

「若かったから…」
「若さは免罪符にならねえだろ」
「でも合意の上だったし…」
「相手の妹いる場所で普通やんねーよ倫理観どうなってんだ」

拳銃の持ち手で頭をガツンと殴られた。でも妹ちゃんも寝ぼけてて夢だと思ったらしいしトラウマになってないからセーフだ!ちなみに女はそれまで普通に流されて気持ちよくなっていたが、妹が起きたことに気づいてからはさめざめと泣いていた。
あの場を納める力は俺にはねえ!あばよ!と翌朝蒸発して、それきりだったのだ。流石にクズもアレはよくなかったなぁと思い、せめて金だけでも今は持ってるし返しとくかの良心が珍しく働いた。


「どうして俺はこんなのと付き合ったんだっけな…」
「俺しかピンガさんのことちゃんと褒めてあげないからじゃないですか」
「…マジで殺す」

殺すと言いつつ、もう準備してたらしいピンガは拳銃をベットの上にぽいと投げ、椅子に括り付けられた俺の股間を足で踏み潰すように刺激し、普通にテクニシャンなピンガの足に無惨に敗北した俺の息子をそのまま棒にして楽しみ始めた。

恋人の姿か…、これが…?

ちなみにどっちが上だろうが下だろうが別に今更拘りはないし、気持ちよければ何だっていいけど、基本ピンガの気分でどっちなのかが決まる。だいたい銃が同伴しているので俺に選択権はない。

まぁお互いのこと好きでSEXしてるんだし文句はない。なんならこう言う状況でピンガが好きに動いて、俺が固定されてる時に何となくここ擦られるの好きなんだろうなぁ、とかはわかるので、そう言うところも可愛いじゃん…と思う。
疲れてくると、くたくたになりながら「お前が動けよ」と逆ギレしつつ拘束を解こうとして、中々うまくできなくて結局ナイフ持ち出すとことかも可愛いじゃん…。

…俺を解放したということは抱き潰される気が今日はあるということだろう。お眠になるまで付き合ってやろう。









「…て言うか、何でわかったの」
「GPS埋めてるからな…」
「どこに!?」
「ふん、ひみつだ…」

眠たそうな目をそのまま細め、イタズラっぽく笑って、そのまま眠ったピンガに布団をかけてやる。
イタズラってレベルじゃないけどまぁ幹部様だし、やりかねん。というかマジでいつ付けられたんだろう。つけたって言うか埋めたって言ったあたり、身につけるものじゃなくて絶対体内である。信用がなさすぎる。

人には寝るなと言う癖、自分は先に寝るピンガの寝顔を眺めながら、可愛い顔してやってる事ほんとヤバいなと思う。
きっとピンガでなくてもお前のほうがやばいよ、と言うに違いない事を六辻は考えながらスマホでアラームをかけてから眠った。





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憎まれっ子世に憚るとはよく言うもんで、いろんな奴からヘイトを買っている俺は今日もしぶとくへらへらと生きている。
グレースも完璧な女性なんてしなくたって、もっと崩してもいいのにと、ピンガの姿と、その魅力を知っている俺は気軽に言ってしまう。
しかしピンガからしてみればグレースはグレースだから、混じる気は無いと、それに、より完璧で居れるのはお前のせいでもあると言われればそっかとしか言えない。

顔も身体も頭脳も一級品のピンガの演るグレースも、そりゃ確かに一級品になるのは当たり前と言われれば当たり前だし。
それにRAMからの仕事をやってると思えば完璧になるのも理解はできる。


今までクズなりに女の人と付き合いもそこそこあった六辻は、自分に甲斐性がなくたって金がなくたって、心の支えとして自分を置いてくれる人が多かったことは理解してる。

たとえば、親父が居ない家庭で育ち、ファザーコンプレックスを持った年下の女
たとえば、本命彼氏はDV野郎の女
たとえば、両親が早くに亡くなった為1人で妹を養いながら暮らす女
たとえば、自己肯定感が低い故に自分より下の男がいないと安心できない女
たとえば…たとえば…

自分よりクズな男が、金と住む所を多少提供してくれて、寄っていけば偉いね可愛いねと耳障りの良い言葉を並べてくれる。
それは彼女たちにとって都合が良かったから短い期間であれ、なんにせよ続いた関係性だ。

ピンガも、1人での任務環境に心細さを感じてしまったから、六辻が毒のように効いてしまったと言えばそれまでである。

きっとこの任務がある程度成し遂げられ、ピンガがちゃんと組織から好待遇を受けるようになればこの関係も終わるだろう事は予測しており、その時グレースとまだ付き合っていたんじゃあ都合が悪いので、グレースの事がめちゃくちゃ好きで射止められたラッキーボーイでも、いつでも捨てられておかしくない要素を持つべきだと考えた。




一方で、ピンガの方は全然六辻を手放す気はなかった。なんだかんだ仕事は出来るし、今後立場が上がったとして、ラムがキュラソーを右腕としたように、ジンに常にウォッカが付き添うように、ピンガもそう言う存在が欲しかった。
地位が上がってから引き抜けばいいと思っていたが、自分ほどでは無いにせよIT系も強く、話を理解するのが早くて、構成員のくせに割と人の命を奪うことに躊躇がないし、ギャンブル癖と過去のやらかしはちょっと扱いにくくはあるが、それにしても数年後には幹部クラスになれるポテンシャルはあるとピンガは踏んだ。

なにより六辻は本当に都合のいい男であった。ピンガの欲しがる言葉をかけてくれるし、人間が何を気持ちよく感じるか把握している。
過去の女がチラつくどころか口に出したり会いに行ったのは不快だが、まぁ自分もやることはやってきたしと憂さ晴らし程度で済ませてやっている。

そもそもあの男に心の隙間が埋められてしまった時点で清くて純粋な付き合いなどは夢物語である。しかし、それすら組織で育ったピンガに都合がいい。

身体に関しても相性は良く、タチネコに拘る男ではない。というかどっちでもいいから任せるの態度が出過ぎである、とピンガは思ってるが、一番最初に擦りあった時も、SEXした時も、六辻は縛られていたり銃を突きつけられて選択権はなかったのでそれのせいである。
それに六辻は同じ職場にいるだけあって予定に合わせた行為のレベルに落としてくれる。明日早いけど、な時は本当にすぐヤッてすぐ寝るし、お互い貪るような性欲爆発!は明日2人とも休みで呼び出しも喰らう確率ほぼないぞ!な時くらいだ。

何にせよ、常時側にいないのは別に今だってそうだし、いたとしても不快じゃないし、むしろ居心地がいいのだ。単独任務中に良い拾い物を出来た。ならその拾い物は更に俺好みにすりゃいい。


2人の本心はすれ違うばかりだ。




─────────




パシフィック・ブイで世界中のカメラを繋いで老若認証も導入するとかいうイカれた事を出来るのが、なんと直美の親父さんのマリオ議員がいたからと言う話はPBに所属していれば誰だって知っている。
恐ろしいなこの親子。差別云々とは言ってるが結局親の権力…等と言うとまた拗れるので何も言うまい。

表に出すにあたり、牧野局長は元々あちこちに顔の広い人だったのでここを留守にすることもあったが、今日はTVに出るので居ないらしい。直美も一緒に行くとの事で不在だ。

こんな恐ろしいシステム、TVで世間に公表していいのか?せめて場所は秘匿しろよと思う。
物騒な組織に所属してからはいつどこから狙われて死ぬかもわからんと言う頭がある。
もしかして施設ごと爆破されて死ぬかもな!などと思っているが、まぁ一応デコイとかも装備してあるらしいので、せめて俺が辞めるまでは使う事がない事を願う。

「あ、始まったよパシフィック・ブイ特集!」

スタッフ達みんな集まってTVの設置されてる部屋で画面に釘付けだ。知り合いがTVに出るとそうなるよね。
画面をニコニコと眺めるグレースはいつも通りコーヒーを飲み、口をつけた後必ず飲み口を指で拭う。
マジでコレがあの銃突きつけてくる本物イケメンの男とは思えない。女過ぎっていうか、ほんと大人の女性のお手本だよ。
本当すげえやと思いながら見つめていればこちらの視線に気づいたらしく、TV画面の方を指さした。はいはい、ちゃんと見ますよ。


「直美とMr.牧野、堂々としてて全然緊張とかしてないの凄いな」
「そら色々人の前に立って喋る人だからね2人とも」
「防犯カメラとか言ってる人たちがキョドッてたらユーロポールの威信に関わるでしょ」
「でた威信」

信用じゃなくて威信って言葉を使うあたりほんと局長は牧野さんにしかできないと思う。まぁ後ろ盾もそうだけど精神構造が、若干上に立つには頼りないところもあるんだけど、ユーロポールも彼を選ぶでしょうねと納得せざるを得ない。
ちなみに最近は引っかけを覚えたらしく、黒飴とハッカ飴をそれぞれ両手に握っていた。ひっかけ…?両手に入れる事でわかりにくいだろうと言ってた。
別に苦手じゃないのでどのみち嬉しいが、牧野局長の中では黒飴が当たりの認識らしい。ふっ、おもしれー男。
などと思っていたら特集終わった。早いな?この短時間のために…TV局に…。組織の仕事すら丸一日とか使うからまだしもこのためだけか。まぁ向こうで鰻でも2人で食って帰ってくれば良い。普通にまっすぐ帰ってきそうなのでお土産でもねだっておくか?

「ていうかドイツのネットワークセンター入られたから日本警察ここに来るらしいね?」
「あー明日だっけ?本当にくるの?」
「まぁなんもやましいもんなんてある訳ないし、最新技術見にくるだけになりそう」

急に始まる身近な話に気付かぬふりをしながら、TVの空いてる部屋を出てカフェの方へ向かう。グレースのアリバイは完璧だし、俺も俺でその間はグレースのアリバイを立証するべく動いた。何の問題もない。

「ムツジ」
「グレースさん…おかわりですか?俺淹れますよ」
「お願いね、メインルームに居るから」

ゴミになったカップを渡され、そのままカフェに進む。カップの淵に爪でつけた傷が3つ、まぁ暗号みたいなもんだ。
そうだとは思ったが面倒だと思わざるを得ない。もう組織の潜水艦が近くにいる?ソナー周り弄るか?と思ったが普通にリスクが高すぎて即バレてアウトだろう。
組織って派手好きな奴が絶対にいるよな…とカフェにあるゴミ箱にカップを捨て新しいコーヒーを作ってメインルームに向かった。

「グレースのぶんだけ?」
「そろそろコーヒーくらい自分で持ってきてくださいよ…グレースさんにはさっき頼まれたから持って来たんです」

グレースにコーヒーを届けると、エドに絡まれた。本当にコンソール大好き野郎である。
マジで休憩時間もほぼコンソールの前から離れない。流石にご飯とかお手洗いの時とか就寝とかは離れるが、コーヒー取りに行くのを渋るのは基本コンソールの前から離れたくないからだ。

「もうペットボトルコーヒー2L足元にたくさん置いておくとかの方が」
「アレ美味しくないじゃん」
「わがまま〜!」
「六辻に言われると流石にちょっと待ってと言う気持ちになるなぁ」

ちぇ、と言いながら自分で取りに行った。最初からそうしてくれ。ていうか俺に言われるとってなんだ。その様子を見てたグレースが鼻で笑ったの見逃してないからな。

「今晩部屋行きます?」
「来なくて良いわよ」
「テメェら俺がいる前でそう言う話すんのわざとか?」
「レオンハルトさんなら聞き流してくれると思って!信頼っすよ!?」
「信頼にしてはタチ悪ィ、2度とすんな」
「ちぇ」

先ほどのエドと同じようにしてメインルームを出て行った。それ見てグレースがンフフと笑ってるのわかってるからな。



─────────






組織の痕跡消すって本来の仕事だけの筈が、直美協力取付のためにベルモットとバーボンとか言う幹部が侵入して直美を掻っ攫ったのと、警察とガキの社会科見学が被り、無駄に事情聴取とかされて疲れた。

その後ジンとかいう幹部の無茶振りで仕事が増えて、ウォッカとか言う幹部とピンガさんが拉致の為にPB出て行ったと思ったら首あたりに痣こさえて戻ってきた。
応急処置は俺の部屋にある救急箱で行ったが、数日は残るだろう。グレースがスカーフ常につけてる女でよかったよ。
お疲れのピンガさんには悪いが、夜遅くまで悪かったなと言われてそのまま寝てヨシと言われたので寝てしまった。欲求に素直なので…。


寝ずにちゃんと手伝えばよかったし、ピンガさんも手伝えと言えばよかったのに。

結局そこからまた予定が狂った。
レオンハルトに気づかれてそれを処分して、その間にレオンハルトのお手紙を作るくらいの事はしたが、俺がカートで運んで撮られる側から良かったのだろう。
後悔先に立たず、俺にはそう言う演技力もなければ、清掃カート拉致に関してはピンガの方が手慣れていた。
その映像をチェックした俺も、いつもの動作だと違和感を感じなかったのも悪かった。

結局グレースの正体は、眠りの小五郎…、いや、江戸川コナンと名乗る工藤新一が暴き、ピンガさんは脱兎の如く逃げて行った。

行き先は組織の潜水艦だろうし、まぁそうなるとここを魚雷で撃ってきそうなもんだから早くここから逃げるに限る。犯人もここには既にいないし。
しかし想定からここまで狂ったのは、何故だ?
考えても仕方ないし、この混乱に乗じて俺もドロンだ。
退避命令が出る前に、グレースに裏切られてショックな顔を作り、発狂したふりをしながらエレベータで地上に逃げる。

ラインを見れば泳ぎながら打ったであろう「そのうちむかえいく、ひそんでろ」とあった。まぁ確かに、このまま一般人のふりしてグレースとお付き合いしてたを理由に根掘り葉掘り事情聴取もゴメンである。
蒸発して適当に足の付かないところに逃げるか、警察たちもPBに釘付けで今なら動きやすいだろ。と思い小型船の影に隠していた改造したゴムボートに乗り込み都内の方へそのまま逃げた。

流石に目立つ船では逃げられないので、ゴムボート程度にしたが、逆側で起こった魚雷による爆発を見てちゃんとした船にした方がよかったな…とヒヤヒヤした。

「さて、組織構成員の六辻だな。話を聞かせて貰おうか」

ゴムボートを埠頭につけ、ゴムボートに積んでおいた銃で手っ取り早く沈めてしまうか、と思っていたが、突然声をかけられ振り返れば、色黒で金髪の男。見覚えがある、確か昨日カメラ越しに見た。

「バーボンとか言う幹部が何故ここに…」
「まぁ、まず上がってきてくださいよ」

おかしい、そんな予定はなかった。それに、奥の方で待機してるメガネの男、見覚えがある。
いつだったか、闇金のおじさんたちと追いかけっこしてた時に、闇金のおじさんも途中で誰かに追いかけられてて、俺は撒けたけどおじさんは捕まった、捕まった?あっ、警察か。そいつの顔とそっくりだ。
それが部下っぽい、となると、こいつ幹部だけどスパイか。

おいおい、ここまでの距離でオイルはもうないから逃げられないし、捕まったらやべーし、ケータイにはピンガさんとのやりとりが残ってる。やばい。殺すか?いや、難しいだろう、包囲されてる可能性だってある。

じゃあ、ピンガさんの指示は聞けないな。待ってるの無理っぽいですけど、まあ優秀な彼のことだから流石に音信不通となればこっちもバレたとわかってくれるだろう。これは信頼故の行動だ。

「…おい、何してる?」
「ひみつ!」
「おい待て!」

エンジンの上に携帯を置いて、携帯の真ん中に銃をしっかり突きつけてズガン!と撃ち抜いた。
オイルタンクにも穴が空いたであろうが、爆発はしなかったので仕方ねえなと思いながらライターの火をつけ、ぽいとそこに投げ込むのと同時に、自分の頭も銃で撃ち抜いた。









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「グレースが私やあの子を潜水艦に拉致した犯人で…六辻は行方不明…!?」
「きっと、一番ショックだったんだろう…」
「ショックというか、…共犯だったかもしれないよなぁ」
「何にせよ、もうレオンハルトも、グレースも、六辻も2度と戻らないだろう…」
「そんな…!」




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『すぐに逃げ出してきた組織の構成員の六辻は目の前で自害したよ。所持品の携帯の中のデータも、銃で撃たれた挙句爆発で再現不可能だった。…ちなみにピンガという組織のメンバーが帰還せずに消息を絶ったらしいけど……君は何か知ってるかい?』
「……さあ?」



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六辻の遺体からはGPSと思われるマイクロチップが見つかった。組織の手がかりになるとよかったが、どうやら特定できるほどの情報は何もなく、元々市販の別のGPSを改造して専用に作られたものらしい。

また、潜水艦の魚雷かと思われていた爆発は組織の潜水艦そのものだったらしく、ジンの言葉とキールの報告と照らし合わせても、ピンガの死亡は間違いないだろう。

今後も情報を集めていく───。
















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