クズ
君が今度所属するパシフィック・ブイに幹部も潜入するので、いい感じにサポートしてね。ちなみに男幹部が女の変装してるので君のせいでバレることになりでもしたら…わかるね?
という
なんて事だ、ただでさえこの仕事をしながら一応組織に所属している為休みの存在が希薄になってきたのに。そもそもサポートなんて、あの組織の幹部に必要なんだろうか、基本サポートつけてもだいぶ仲良かったりしないと邪魔者扱いされるイメージしかないぞ。
俺がここに所属しながらも組織の構成員をやってるのは、迂闊にも趣味で借金をしてしまった頃に好条件で莫大な賃金が約束されてるよ〜のお誘いにホイホイついていってしまったからに他ならない。仕方ないだろマグロ漁船寸前だったんだから。
いくら今所属してる場所が素敵な正義感にあふれた所でも、借金地獄からは救ってくれなかったので仕方ないね。ていうか言ったら多分解雇されたと思うし……案外バレないもんだな。
とはいえ休みの日に組織の事務作業手伝って、元々所属してる職場の情報を横流しする程度なので、倫理観がなければ楽な仕事である。倫理観が借金生活でメチャクチャになってしまった俺には借金返済もできてお金も持てて仕事もやめなくて済むとても良い条件だった。一括現金手渡しほど信用できるものはない。
人間素直に生きるものだね。
メインエンジニアとして幹部が入り込むと聞いたが、俺みたいなスタッフがいる時点でこの施設、ザルかも!とは思ってたけど、めちゃくちゃ重要な情報いじれるメインエンジニアまでもが組織の人なの?あまりのザルさに乾いた笑いしか出ない。
事前に知ってると態度に出てしまうだろうと言う上司の気遣いにより、名前や顔は伏せられているが、メインエンジニアの時点でだいぶ絞り込めてしまう。
しかも女装が云々と言っているのを聞いた、となれば……フランス国籍のグレース、こいつに違いない。直美・アルジェントはアリバイがあまりにも表の人すぎるので絶対白。上司様のお気遣いを無碍にしてしまって申し訳ないなぁと思いつつ名簿をざっと読む。
それにしても、幹部クラスの変装スキルのレベル高すぎない?構成員だったら女装なんて1発でバレてしまうだろうに。
組織幹部と普通の仕事するの、割と気が重いのでは?と思っていたらあっという間にパシフィック・ブイで働く局長をはじめとした、メインエンジニアとスタッフ達の顔合わせの日である。
多忙でもあった為、時間の流れが本当に早くて困る。やれやれ、何の準備もしてないぞぉ!と思いながら凝り固まった肩や首を回しつつ、立食パーティーの会場に足を踏み入れた。
一応グレースにも挨拶しておかないと、と思い、広い会場をウロウロと歩き回る。
しかし、メインエンジニアは花形なので周りに人が集まりがちの為大体の見当がつく。男女のスタッフ数名に囲まれているグレースを発見したが………いや、でっか!?
囲まれててもすぐ見つけられてしまった程に頭ひとつ抜けている。写真で顔だけ見たときは気にもしなかったが、実物グレースでけえなオイ。なんで女装潜入にしちゃったの?どうしてヒール履いちゃったの?の気持ちを押し込め、そんな事言ってる場合ではないと、コンタクトを取る為に人をかき分けグレースの元に辿り着いた。
「すいません、メインエンジニアのグレースさんですよね?スタッフの
「ムツジね、よろしく」
グレースはこちらの事を知っているらしく、握手をする流れでそのまま手にメモを握らせてきた。おそらく連絡先のメモである。助かるなあ、流石幹部様と思いつつ、そのままポケットのハンカチを取りつつ、ポケットにメモをしまう。
「…ビビッときました!俺と付き合ってもらえませんか?グレースさん」
「え…?」
ざわ、会場がざわつく。グレースも驚いた、という顔を作りながら、背に般若のオーラを背負っている。どういうつもりだと瞳が訴えている。
「は、…初めて会いましたよね?私たち」
「そうです、ので、一目惚れって奴ですね」
「私、此処には仕事をしに来てるので、そういうのはちょっと困るわ……」
「そうですか、残念です、またアタックしますね」
2度とするな!?という圧を感じる。しかしまぁ、その圧には応える事はできない。
やることはやったのでその場をそそくさと離れる。色んなスタッフにジロジロと見られたがへらへらと笑ってやり過ごした。
後はそれぞれのメインエンジニアたちにも挨拶をして、スタッフ同士挨拶をして、その時にあの告白マジ?と茶化されたりしたがマジマジ。めっちゃ好み、運命的に感じたと言いふらしまくった。
俺がグレースに初日から惚れて告白までかましたイカれ、という認識ができればとりあえずいい。
挨拶回りが終わり、元々話す仲の同僚が呆れ顔をしながら寄ってきた。おっす、と片手をあげればため息をつかれる。
「流石に引くって、アレは」
「いやぁ、人生いつ、いかなる時もワンチャンが発動したりしなかったりするからさぁ」
「クソゴミカス……。おめえパチスロだの競馬だのならまだしも、人に対しては迷惑すぎるからやめとけって」
「ハァ〜心外、いつだって全力で生きてるんですがこちとら?保守派共はいつまでもそうしてればいいぜ!」
「だからそれで人に迷惑かけんなっつーの」
ごすん!と脳天を殴られる。この同僚にはすった時にご飯をお恵み頂いた事があるので、甘んじて受け入れるしかない。
借金の原因が目に見えてきたとか言わないでくれ、これが俺の生きる糧なのだ。勉強したりする事も好きだし、ちゃんと結果が伴う事のが堅実なのも理解しているのだが、賭けや運による脳内麻薬が一番気持ちいいんだ。脳死全BET!!勝てば大金!!負ければそんとき考えろ!!
まぁ、それがなければ組織にも目をつけられていなかっただろうけど。スパイ生活的バレるかバレないかのドキドキはあんまり俺は楽しくないので金貰うだけ貰っていずれはパシフィック・ブイもやめてテキトーに生きたいもんだ。
パーティーが終わってから自室に戻り、メモを見ながらグレースの連絡先を登録して「構成員の六辻です!よろしくお願いします!」と送ったらお怒りの電話が来た。
「構成員如きが調子に乗りやがって、これは組織にとってもRAMにとってもデケェ任務だ。邪魔しに来たんなら殺す」
「邪魔なんてとんでもない。まぁ3日下さいよ、こっちもやる事やらないと別ルートから消されるんで」
「チッ、……あまりにも目につく様であれば、わかってるよなァ」
「もちろん」
「3日だからな」
「はい」
ブツッと通話が切れた。グレースの柔らかな女性の声とは似てもにつかぬ若い男の声で驚いた。いや〜めっちゃ怒っている〜。しかし死ぬ気は全然しないので今回の賭けも勝てる気がする。
──────
結果としては俺の勝ち!グレースさんこと、ピンガさんはまぁいいだろう…と溜飲を下げてくれたみたいだ。
友人評:クソゴミカスの悪運強めの俺が出来るサポートがマトモなわけないのだ。想定してたサポートと違ったらしいが、多分想定してたサポートなら俺が選ばれない筈である。
さて、そんな俺とグレースが今どんな状態かというと「グレースさんガチ恋勢厄介男の俺」が本気の牽制をしてくるので、スタッフがグレースに対し、プライベート詮索をしたりできる段階まで近づけない。また、俺の情熱の行きすぎ具合を見て、グレースを見ていいな…と思った男どもが一瞬で全員土俵から下りた。君もグレースさん狙い?わかるよ、と肩を掴めば幽霊でも見たような顔をして逃げていく。どうも俺が恋敵だと絶対無理だと思ってしまうようだ。
その為、グレースに今後無駄に絡むであろう輩の芽はもう既に摘み終えた。出る杭は出る前に消すに限る。
まぁ、流石にメインエンジニア達の中には立ち向かえないというか、部下の立場のスタッフ如きが上司に牽制とか、……流石に弁えているので、そこだけは仲良し、みたいな感じである。
一般女性スタッフ達があまり長々とグレース話せないように仕向けている故に、女友達として直美とよく一緒にいるグレースを見ても、まさか老若認証が目当てとは思わないだろう。
それどころか直美に対して、六辻からグレースを守れ、頼んだぞという感じまでしてきた。エドは俺を変な奴だけど面白いと思ってくれてるみたいだし、レオンハルトはマジのストーカーなら警察に突き出すって言って来る。マトモか?牧野局長も困った顔をするばかりで、全然ハッキリとは言ってこないので助かる。
逆に、グレースから一般スタッフに情報諸々を聞きに行ったりする分には「いつも話しかけられないグレースさんから話しかけられた!」というある種の優越感に浸れるらしく、スタッフ達はグレースにとても従順だ。プライベートにはけして口を出さず、変に詮索もしてこないスタッフが、話しかけた時にだけ都合のいい人間として動くのだ。
しかも、グレースに惚れ込んで牽制して来るのは一目惚れだの運命だのほざいている俺のため、俺にしかヘイトが溜まらない。
誰もがグレースに対して、やましいことがあるのでは?秘密があるのでは?とは疑わない。
グレースがプライベートの一部を隠したり、誤魔化したりしないといけない段階の前に俺が全部撃ち落とせばいい。
だからと言って、ここまで好きに動いているものの、俺自体はグレースから好かれてもなければ嫌われてもない。
初日の「ここには仕事をしに来た」という本人の言葉の通り、仕事の話はするし、仕事ができないわけでも無いので、俺への扱いはただの同僚、と言うところか。
もしここでグレースさんが俺を贔屓しようもよなら更なるヘイトを買っただろうが、贔屓もしなければ、異常に嫌がりもしなかったのでもう既に「大人なグレースがそうしているなら、私達も受け入れる」という図が出来上がっていた。
「詮索されな過ぎてメチャクチャ動きやすい」
「それは何より」
「まぁあまりに酷いと、お前が追い出されるかもしれねえが」
「まぁそれは大丈夫ですよ。一般スタッフの中でも有能の自負ありますし」
「……確かに、なんだかんだお前の名前が出て来ること多いな…」
実際、運ブッパ気持ちいい!!をやるためにはまず遊ぶ為の資金が必要なので仕事はできるのだ。勉強もやればやるだけ身につくタイプである。う〜ん我ながら中の上くらいのスペック。
まぁ賭け事には学習能力が働かないんだけどな。
パシフィック・ブイ内の自室には監視カメラがないのをいいことに、組織のリモートワークがし放題だ。
なんならピンガさんから着信がある時はそのまま作業通話と化す。ちなみに通話端末は組織特別性の支給品だ。便利な事に盗聴されない仕組みらしい。どう言う技術?
まぁ作業通話とはいえほぼ無言だが、急に話しかけて来るピンガさんとの短い会話は悪くないし、何かあればその時聞けばいいので楽だ。お互い組織の仕事をしているとはいえ、PC作業で済む俺とは違いピンガさんは週末に地上に出ることも多い。
幹部って大変だな…、と思いながらドライデッキの開け閉めをしたり、痕跡をできるだけ消したり(メインエンジニアしか触れないところはピンガさんが帰ってきてから処理する)1人でやるには効率が悪いことも、六辻がいて助かると言われれば、組織のせいで休日返上なのもまぁいいだろうと思える。なんせ組織の人間から労いの言葉をかけられることが初めてなのだ。
ピンガさんのコードネームと声は知っているが、グレースの顔でしか会った事はない。ピンガさんも絶対にグレースの顔の時はグレースの態度を崩すこともない。
そもそも絡みはするが深くは喋らない。
ピンガとしての顔をカメラのある場所で晒すのは確かに得策では無いので、特に思う事はないし、顔を知らない人とのやり取りはネットゲームやらで慣れたもんだ。
もし、顔を見せる必要があるなら向こうから見せてくるだろうしね。
─────────
「賭け事しないと死ぬのでPBメンバー募ってギャンブルやってもいいですか!?」
「いい訳ないだろう………、六辻、そのギャンブル癖はなんとかならないのか?」
「なったらお願いしてないんですよ」
牧野局長に頭を抱えられてしまった。だって考えても見て欲しい、賭け事に行くにも暇がないのだ、欲求不満である。脳内麻薬が切れてきてしまった。
じゃあスロ台でも買って部屋に置けよと言われるかもしれないが、スロ台のうるささを舐めるな。あれはパチ屋に置いてるから気にならないだけで、部屋に置こうものならリールの回転音ですらかなりデカい。しかもスロ台を買うとかなり飽きる。台はガチる人以外買っちゃダメである。これはここに来る前一度よく考えずに台をノリで買ってしまった俺の実体験だ。
というか対人間とちゃんとモノを賭けるギャンブルがやりたい。
「賭け事は無理だが………うぅん、そうだな」
牧野局長は顎に手を添え、思案したのち、後ろを向いてポケットを漁り出した。そして、こっちを向いたかと思えば両手を握り拳にしてこちらに突き出す。
「どっちだ」
「んん…?こっち?」
左手の方が何となく膨らんでいたので、そちらを指差すと牧野局長は両手を開き、左手の方に飴が入っていた。
「あたりだね、この飴はあげよう」
「きょ!局長〜〜〜!!」
あんたそういうところだぞ!と思いながらありがたく飴を受け取る。あんなバレバレなのギャンブルではない!という気持ちと、局長なりに考えて、こんな事を局長がやってくれたのが嬉しい気持ちと。
心なしか周りに居たスタッフ達のオメーまたかというジト目も、牧野パワーによりあらあらウフフに早変わりだ。
まあ、飴が黒飴なのは何と言うか、もうちょいなんかなかったんすか?感はあるが、文句を言える立場ではないのでその場でありがたく剥いて食べた。ばあちゃんちの味…。
ギャンブル欲はその後カフェで4人くらいでババ抜きして、負けた奴が全奢りルールである程度満足した。なんだよ皆んな言えばやってくれるいいやつじゃん…。
──────
「グレースさん、今日も顔がいいですね〜」
「ありがとう、付き合わないわよ」
グレースさんと俺のすれ違い様の会話である。もはや日常風景と化した。長い脚でスタスタとそのまま通り過ぎていくグレースの残り香を嗅ぐ、う〜ん、女みてえな匂い。
その俺の様子を見て呆れるやらドン引きやら気にしてないやらのそれぞれの反応を見せるスタッフ達の系統も
「もう諦めればいいのに」と「ワンチャンあればおもしろいよな」と「いつものノリで別になんとも思ってない」の3つに分かれてきたように思う。
スタッフ達とグレースの、仕事の話やら、楽しく談笑程度は全然スルーするが、プライベートの詮索やら遊びに行こうやらの気配を察知すると「俺はこんなにグレースが好きなのにそこまででもないお前がグレースの時間を独占しようとしているのか」という圧をかける。そいつの視界の端に映って、じっと見つめるだけでいい簡単なお仕事だ。
みんな思慮深いせいで勝手にこちらの言いたいことを捏造してグレースには近づかなくなる。
最近に至っては、なんだかんだ良い奴が多いせいで、健気な俺を応援してくれる奴等が、抜け駆けでグレースと仲良くなろうとする者が現れるとあんだけアタックしては玉砕を繰り返してる六辻が可哀想とは思わんのか?六辻がショックのあまり倒れたら回らなくはならないけど、面倒なことになる!と牽制してくれるようになった。俺がいない場所でも芽を摘んでくれるのは助かる。
仕事で有能だと多少プライベートイかれてても、仕事に支障出ないように庇ってもらえるからいいよね。
「セッティングしてやるから他に女探せよもう」
「は?グレースさんより知的でデカくないとヤダ」
「前はちっちゃい女の方が好きだったよな?」
「若かったからな〜!今はもうデカい方がお得って感じ…」
そこで、女性スタッフ達に首根っこ掴まれてリンチされた。とはいえインテリ共なのでそんなに本気のやつではない。
このパシフィック・ブイ内部において最大の重傷は、コーヒーによる火傷、もしくは紙で指をスパッとやる程度だ。
デリカシー無いお得ってなんだ女を何だと思ってんだマジでいい加減にしろと、ぎゃあぎゃあうるさい事である。
でもお前らだって男は180センチ超えじゃないと〜とか言うじゃん!同じ同じ!と言えば子供じゃねーんだから屁理屈言うな!価値観アプデしろ!と言われた。それはそう。
「グレースさん、変な男に好かれて可哀想…」
「女心わかって無さすぎる…」
「はぁ〜?こんなに一途なのに?またグレースさんの最高さを語る会開くべき?俺がどんなに好きかをよォ!」
本当に可哀想だという顔をする女スタッフに食ってかかる。ちなみに、グレースさんの素晴らしさを語る会とは、たまに仕事の合間の休憩時間に、不定期で開催している。見よこの美しいコードを、見よこの素晴らしい筆跡とわかりやすい表記を、と言った具合に褒め散らかす。
「ハイハイ、そこまで!」
パンパン!と直美が手を叩く。それを聞いて俺は拳を納め、すぐそばの椅子に座った。
直美はため息をつきながら解散解散〜と場を散らせば、俺をもみくちゃにしてたスタッフは俺から離れ、それぞれメインルームやカフェの方向へと向かって散っていった。直美は若いがスタッフからの信頼が厚く、基本みんな言うことを素直に聞く。直美の素直さが成せる技だろう。
直美もみんなが散るのと一緒にメインルームに戻ると思っていたが、意外にも横の椅子にかけた。おや、いつもは適当に場を納めた後すぐに仕事に戻るのにどんな風の吹き回しだろう。
「なに?」
「グレースの事が好きなのはわかったけど、今のは良くないわ」
「…あぁ、でかい方がって?」
「それもだけど、ずっとよ、貴方の言葉は何というか、そうじゃない表現を知っているのにわざと悪い方を選んでるみたいで……聞いてて不思議に思ってたのよ」
「…へぇ?」
差別やら何やらに敏感な直美であれば、そのうち糾弾してきてグレースのいい味方になってくれると思っていたが、敏感だからこそ違和感を感じているようだった。
確かに、小さくて愛らしいではなく、背筋を伸ばして綺麗に立つ姿は美しく、身長に見合ってカッコよくて素晴らしい大人の見本のような女性だ、みたいな言い回しだって出来る。しかし、あまりにも外見やらに丁寧に言及するならば、グレースを本当にそうか?と見る奴が出るだろう。
雑なsageには失礼な奴め!そんな事ないだろ!と対象をよく観察せずとも擁護をするが、丁寧なageには本当にそうだろうか?と妙に引っかかって対象を観察しがちな傾向を感じる。
実際グレースさんってデカくていいよなって言った時は別にデカくはねーだろとしか返されてない。お前らちゃんとグレース見たことある?結構デカいよ?
ので、一応ピンガに有利に働くようにと思って選んでいる言葉だ。それで直美がキレて私はグレースの味方だから!になってくれる予定だったが、そうならないなら予定を変更するべきか…。
「意外かも知れないけど、俺って結構子供っぽいから好きな子にいじわるしちゃう系なのかも」
「意外でもないし、それとは違う気がする…」
「ま、冗談はさておき。俺がグレースさんのことよく言ってさ、その良いところを知らなかった奴がグレースさんのことを好きになったりしたら嫌なんだよね、俺がきっかけでだぜ?本当に嫌じゃんそんなん」
「…本当に嫉妬深いのね、あなた」
「普通だよ、一目惚れする程グレースさんは魅力が溢れてたのに、それに最初から気づかない人間が俺と同じ土俵に立てると思わないで欲しいね」
これ以上長話をしてもどうしようもないので椅子から立ち上がり、その場を後にする。
振り返りはしなかったので直美の様子は知らないが、まぁ今後ともあんまり俺と関わるんではなく、グレースと仲良くしてもらいたいものだ。
──────
「六辻って、グレースのこと本当に好きなのか不思議だったんだけど、ビックリするほどグレースのこと好きだって今日やっとわかったわ」
「え?あんなにわかりやすいのに?なんで不思議だったのさ」
直美はメインルームに戻った後、コーヒーを両手で持ちながら言った、それを聞いたエドが不思議そうに首を捻る。レオンハルトは無言で自分の椅子に座ったままだが、耳を立てているようだ。
グレースはお手洗いに行ったようで、メインルームには今この3人しかいない。
「なんか、好きなのに打算的、みたいな感じがしてて…、でも今日六辻本人から聞いたら納得しちゃった」
「本人から!?…で、何て言ってたの」
「一目惚れする程魅力的なのに、そんな事にすら周りの人間は最初に気づかなかった。それなのに六辻がグレースを褒めると、その良さに自分が気づいたかのように他人がグレースを好きになるのが嫌なんだって。確かに、言われてみればよくある話だわって思って」
「…だからあんな褒めてんだか貶してんだかよくわからねぇコト言ってんのか」
その言動に心当たりがあるレオンハルトが同意する。それって本当に褒めてるつもりで言ってるのだろうか、まぁ本人が褒めてるつもりなら褒めてるんだろうな、みたいな事をつらつらと喋るので、男子トイレでバッタリ会った時に「グレースがその言葉をどう捉えるか、好かれたいなら多少は考えろ」と直接言ってやったことがあるほどだ。
「へ〜、まぁ古参ファン心情みたいなものかな?」
「そんな感じかも、私ならグレースが好きなら、みんなと良いところを共有して、グレースとみんなが仲良くなれれば一番良いって思っちゃう」
「それは女だからだろ」
エドが幼い頃、マイナーなバンドに1人でハマっていた時。そのバンドを勧めた友人がどハマりしてくれて、それ自体は嬉しかったし、周りのみんなにも広めてくれたが、その時まるで自分が最初に見つけたのだというような言い方をしていた。
それに引っかかりつつもまぁ、みんなが気に入ってくれるならと思っていたが、エドの言っていた感想をコピペしたような感想をそいつが周りに語っていたことを思い出した。
確かに嫌な気分になる。
それ以来あまり周りの空気を読みすぎると自分を蔑ろにされるから、多少自分本位になってもいいやと思ったのだった。
その後、直美とレオンハルトがお互い珍しくまぁわからんでもない、という感じの会話をしていたが、グレースが戻ってきた途端話が終わった。流石に本人の前でする話でもない。
さて、仕事仕事。
──────
気づいたらメインエンジニア3人が微妙に六辻応援側に回っていて、何しやがったんだ、アイツ…とピンガは青筋を立てた。
別にグレースとして六辻と付き合う気はさらさら無いので、六辻も意外と良い奴だというスタッフからの援護射撃を受けても、全く心が動かない。それどころか迷惑だ。
だというのに直美はまっすぐな、ワンチャンを期待している瞳を向けてくるし、あの自分本位なエドすら生ぬるい視線を向けてくるし、あのレオンハルトすらまぁ悪い奴じゃないだろみたいな態度をしてくる、まだレオンハルトはグレースの意思を尊重してくれるが前者2人から謎の期待を感じる、期待されても何もないが?
グレースの自室で作業をするついでに、六辻に電話をかければ、直ぐに出た。
「オイ、お前アイツらに何吹き込んだ」
「なにも?」
「アイツらが突然お前の恋路を応援し始めたんだぞ、なにもない事ないだろ」
「グレースの前でする話でもないって3人で一緒にいた時に謎に話がまとまったんじゃないです?」
「………あの時か」
確かに、まぁまぁ話が盛り上がっていたらしいのにグレースがメインルームにもどった途端お互いがそっぽを向いたことがある。あの時だろう。
「ま、最悪俺がここを辞めるか、いっそ付き合っちゃうのもアリっすね」
「は?ナシだろ、思い上がるなよてめえ」
「付き合ったら休みに2人で地上に上がっても不思議に思われませんし、堂々とやりとり出来るし、この牽制にも正当性が出るんですけどねえ」
実際、メールで送るわけにいかないデータを地上に持っていかないといけない際に、ピンガが六辻の分の仕事のUSBも持っていってくれたりしている。組織の人間として、2人同時に地上に出れればいいなぁと思う事は何度かあったが、全く同じタイミングで2人で出ると万が一の芋蔓式が怖い。
それにグレースとのやり取り自体は少ない、メインエンジニアとスタッフの会話なんか仕事で必要な時かすれ違いの時くらいだ、合法的に人前で会えたらもうちょっと現物受け渡しが楽になる。
また、今の牽制に関しては六辻が付き合ってもない好きな女の周りを排除しようとするイカれ行為なので、グレースが気にしてないなら…と一部の人間には気に食わないながらも許されているが、付き合ってしまえばその一部の人間ももう受け入れざるをえまい。
「それはそうだが…お前とォ?」
「俺以外と付き合ってもメリットないでしょう」
「お前も女装男と付き合うなんて任務でもゴメンだろ」
「いや別に、仕事ですし。まぁそんなに嫌ならやめましょこの話」
仕事なら付き合うと宣う六辻にピンガは引いた。コイツ、いくら組織から金出してもらったんだ。
一応、組織に借金地獄から救われたた恩があるので組織からの指示には必ず従う構成員だと先に知ってはいたが、構成員なんて人を欺く能力も低ければあんまり頭も良くない足手纏いという印象だった為に、六辻は初対面からだいぶ特殊な奴だと思っていた。
「お前って恋愛対象女だよな?」
「過去経歴知ってるならその通りですよ、でも女が好きって言われると微妙、好きじゃない女もいるし」
「男とは?」
「過去にはないですね、でも友達にはフツーに男男も女女もいますからあんまり性別で拘る気はないっす」
本当に何ともない話をする口調で六辻は言う。それが当たり前だったんだろう。
しかしピンガの見てきた恋愛というものは男が女を支配するようなものばかりだった。故に、女であるグレースが男である六辻と付き合うというイメージができなかった。
そうではない対等な恋愛もあるということは知識として知っているが、身近ではなかった。
「グレースと付き合った場合お前の態度はどうなる?」
「そんなに変わらないつもりです。ただ、こっちがしつこくしたのに対してグレースがしょうがないとお情けくれた、みたいな図になると思うのでどちらかというと尻に敷かれるつもりですね」
「リードは?」
「場によってはしますけど、常日頃は一応上司と部下でしょう。普通に」
「そういうもんか」
「そういうもんでしょ、新入社員の女が役職おっさんと付き合って露骨におっさんが新入社員女にデレデレしてたり、女の方が役職に失礼な態度とってたらその会社おしまいって感じしません?」
「…なるほどな、パシフィック・ブイはちゃんとした場所だからプライベート以外は仕事の方が関係性として強いってワケか」
「そんなとこです。というか、ここでも組織でも立場上のピンガさんに、そんなバカ男みたいな態度、付き合ってもとるわけ無いじゃないですか。俺だって命が惜しいんですから」
六辻はどこまでも仕事人間であった。ピンガも仕事人間ではあったが、毎日毎日毎日毎日顔を合わせるたびに、100%の確率でものすごい褒めの言葉をかけられたり、口説かれたり、仕事の話の時は流石にそういうことはないが、何も言わずとも熱烈な視線を受けてみてほしい。本当に好きなんでは?という錯覚に陥ってくる。
そう、六辻の褒めてんだか貶してんだかわからない言葉はけしてグレースの前で披露されず、グレースのいない場所でしか使われていなかった。
グレースの目の前ではど直球ストレートな褒めしか言っておらず、その使い分けをしていることは六辻しか知らない。
それに、地味に心の支えとなっていた。1人で女装して1人で淡々と組織の為に警察組織にスパイとして潜り込み、1人で何年も潜入するのが最初の予定ではあったが、本当にそうだったらだいぶきつかった気がする。
組織の幹部としての自分を知ってる人間が居ると言うのは気の引き締めにもなったし、作業通話を繋ぐのも組織の仕事とここの潜入をしてるのが俺1人ではないという孤独感の和らげと、ピンガの本来の声で話せると言う点でストレスの解消の時間となっていた。
お前がいてよかった、これはピンガの本心であった。
故に付き合っちゃうのもアリっすね発言に勝手にドギマギしていた。
グレースとして付き合う事の方にメリットがあるとして、六辻と付き合うこと自体はピンガがしたい事なのだが、自覚はまだ、ない。
・──────
六辻
人生の中で一番ギャンブル楽しい!ギャンブルする為には金が必要なのでちゃんと稼ぐか〜!と今までうまいことやってたはずなのにちょっとやばい賭場でちょっとやばい負け方してマグロ漁船が現実味を帯びてきたところ組織に借金肩代わりしてもらってhappy!
ピンガの事は組織の上司より立場が上の幹部と思っているので別に恋愛感情とかはなく、ただ自分の考えつくやり方がアレだっただけである。過去に色んな女にヒモとして部屋に転がり込ませて頂いており、女に対する褒めやら媚びやらのボギャブラリーがすごい。最低。
ピンガ
なんなんだこの構成員…と思ったが仕事できるし、思ったのと全然違う方法でグレースの周りを嗅ぎ回らないサポートをして来たので本当に知らんタイプの人種…となっている。
組織ではジンが目立っててこんなに俺は仕事ができるのにの精神状態に毎日毎日褒めと口説きを喰らい自己承認欲求が満ちてきている。
六辻がグレースに対しては事実褒めしかしないのが悪い。
無意識に六辻の事気に入ってしまう。
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