ピリオドを飲み込んだ獏
「…ジンとウォッカ!?ベルモットもそうだわ…え〜〜〜……」
名前で見たとき何でピンと来なかったんだろうか、どうやら私が夢を喰らってる世界は例の見た目は子供頭脳は大人な世界らしい。
ぜーんぜん内容知らないんだけどね!しかし、日本に見覚えがあったのも納得だ。日本で人気だった漫画で、アニメもやっていた。
しかし、ピンガなんて名前の幹部いただろうか。
ベルモットはいた記憶がある。クリスじゃなくてシャロンじゃないっけ?…だめだ、あんまり覚えてない。覚えてたとして向こうに干渉できない獏なので、覚えてようがいまいがあまり関係ないが。
それにしても、ジン、極悪である。思ったよりデカくて思ったより怖かった。
確かにジンと、結構しっかりしてる感じの印象を受けるラムが同格!と言われると、自分を見つけてくれたラムと一緒にするな!になるかもしれないが、しかしこれ、多分メタの話をすると宿敵補正チートなんじゃないか。
だからと言って、ピンガに宿敵補正チートあるからジンに突っかかると多分死ぬぞ!と吹き込める訳がないし多分ピンガはそんなメタ視点の話聞いてもよくわからないだろう。
う〜ん、記憶は薄いがなんか、ジンはありとあらゆる幹部殺してるイメージしかないし、ピスコなんてあのお方に長年仕えてたのに殺してたからマジで突っかからないで欲しい、せっかくここまで大きく育ったのに…でも矜持の為なら仕方ない。いっそぶちかませ!の気持ちもある。
ここがどんな世界であれ、悪夢を喰って、世界をピンガ付近で観測するしかできない獏はやる事は変わらんのだ。
今日の悪夢は、いつもよりどろどろしている。雲ってかもはや汚泥じゃんって感じ。
そりゃあ、姿が違うとはいえ自分の親友が目の前で殺されて冷静でなんかいられないだろう。
それに、早く結果を出すために作った友好関係のなかでも、かなりよくしてくれた子だ、グレースに細かく気を遣ってくれて、あなたのことが心配って、結構大人びたグレースを気にかけてくれてた、多分彼の人生の中で、1番彼に優しくしてくれた女の子なんじゃないか?
最後に彼女がピンガの顔を見て、グレースと呼んだのは、彼女を見下ろす彼の顔が、心配そうなグレースの顔になってしまっていたからだ。
ピンガ自身に自覚はないだろうが、あの時のピンガの顔が見えてたのは彼女とわたしくらいなものだろう。
──────────
ユーロポールに確実に入りたかったのもあり、ラムから「悪い所やハッキングは見せず、悟らせなければ全力を出していいですよ」と許可は出ていたので大学では着実に結果を残し、知的美人と噂されるまでになった。
大学を無事に卒業し、ユーロポールには勿論採用され、その後、ドイツにあるユーロポール防犯カメラネットワークセンターに移り働き始めた。拠点は変わるがやる事は変わらない。しかし、大学の頃より仕事という点で以前より気が抜けない。防犯カメラをチェックする側だからこそ、細心の注意を払わねば。
それからすぐに、アメリカの大学に面白い事をやろうとしてる女がいる事に気づいた。どうやら人類学やら統計学やら、色々使ったAIによって過去に撮った子供の写真から、現在どのような姿になっているかを予測するシステムを作っているらしい。
ユーロポールが既にそれに目をつけており、それを全国の防犯カメラで使えば行方不明者などの捜索に役立つ筈だと、防犯カメラへの応用、組み込みを検討しているらしかった。
便利だな、応用すれば或いは、と考えグレースの姿で近付いておくかとも思ったが、結構大事になりそうな予感もした為、勝手に動くべきでもないか、とRAMに連絡をとったところ「是非とも手に入れたいですねぇ、組織として」と返事が来た為、ピンガとしてそのシステムを開発した直美・アルジェントにコンタクトを取った。
大学内で利用されたメールアドレスを抜き取ることなんざ、朝飯前だ。
システムの改良と独占を打診、RAMにこれくらいだったら現段階で出しますよと提示されてた巨額を伝えたが、回答はNOだった。
まぁ、経歴をざっと調べたが“如何にも”な女だったので、簡単には頷かないだろうなとRAMに改めて連絡をした。
意外にも想定内だったようで「では、暫くそのまま放置していていいです」と言われた。
お咎め無しか、と思ったが俺はいずれユーロポールに入るし、そうなれば俺が扱える立場にさえなっておけばとりあえずは独占と言わずとも問題ないのかと納得した。あのシステムを手に入れるチャンスはまだある。
まさか、世界中の警察が持つ防犯カメラを繋ぐための海洋施設『パシフィック・ブイ』なんて大掛かりな施設を作ってまで運用するとは思わなかったが。
パシフィック・ブイはやはり重要情報の塊だけあって、組織としては必ず潜り込みたい所だ。まぁ、ユーロポールの中でもエンジニアとして一つ頭抜けている自信があるので大丈夫だろう、と思っていたらなんとメインエンジニアの立場を拝命した。
八丈島近海にぽつんと浮かぶ施設だ、これでは単独で動くのがかなり難しくなる。嬉しいが複雑な気持ちにもなる。ただでさえ殺しの仕事がエンジニア業が多忙ゆえに減ってきたのだ。身体が鈍りそうだ。
『しかし入ってもらわなくては困ります』
「そうだろうな」
『分かっているでしょう、あなた1人でどれだけの素晴らしい情報を組織に横流しできているか』
「フン、そりゃあな」
『外での任務は暫く無くします。こちらにはキュラソーもいますし、大丈夫でしょう。貴方はパシフィック・ブイでの動きに合わせるように。組織の仕事を優先して今から疑われたのでは、貴方の何年にも及ぶ努力が水の泡ですから』
「俺は人魚姫になるつもりはねーぜ。今から玉手箱を持った天女様に、取り入らないといけねえしな」
パシフィック・ブイの防犯カメラに「老若認証」と名付けられた、直美・アルジェントの開発したシステムが投入されるらしい。
俺から見れば、鴨が葱を背負って来るようなもんだ。警察の防犯カメラは前に比べて随分弄りやすくなるだろう、まぁ人目があるからそう容易にはできないだろうが。まず最初は様子見だ。
世間にはまだパシフィック・ブイの建設を公表しないうちに、さまざまな立ち上げのためのテストや、試しの運用、この海の中での施設での衣食住は精神的に問題がないかと言う事を計算上では問題ないとされているが、実際どうなのかをまずスタッフ全員が入り試す段階だ。そもそも公表すべきではないのでは?とすら思うが、公表はいずれ必ずしなくてはならないのだとのことだった。
局長の牧野洋輔、そしてメインスタッフは、老若認証の開発者として直美・アルジェント、俺ことグレース、世界的IT企業から突然パシフィック・ブイに採用されたエド、何故か警察とゴタゴタがあったらしいが採用されてるレオンハルト。
後はエンジニアの職員や清掃員やカフェの運営を任された人達がたくさん。
まだ18の直美に、前職が警察と何ら関係ないエドに、警察と揉め事があったレオンハルト、こう並ぶとユーロポールでも技術職をやっていたグレースの信用度が高いな。と安心する。
しかしエドは悪気なく自分本位な事を言うし、レオンハルトは癖が強く怒りっぽい。直美も若さゆえかその癖の強いところに噛みつきがちだ。まさか、潤滑油が俺しかいないなんて想定してなかった。
しかしこのポジションは中々に美味い。何かあった時に全くと言っていいほど白羽の矢が立たない。グレースはいいやつなんだからそんな事はやらないという信頼を感じる。
さて、俺にしかやれない仕事をやってやるか。
──────────
ぐわん!と空間が歪み、雲が一気に吹き飛ばされ、不思議空間に風穴が開いてしまった。あまりにも突然の出来事で、こんなこと今まで一度もなかった為に驚いて吹っ飛んでしまった。
「あ、穴空いちゃった、どうしよう」
やっとピンガがグレースとして社会人編が始まり、あの直美・アルジェントも加わり、どう見たってヤバいあのシステムをどう乗っ取るんだとワクワクしてたらあまりにも突然の自分の存在してる空間の損傷だ。
外的要因か?いや、もしかして獏が不要になったとか、いやでも集合意識は私の体にまだ流れ込んでいる。本当に何が何だかわからない。
穴の部分にそろりそろりと近寄り、見てみると、現世に楔が打ち込まれているように見える。
この空間というより、現世への干渉…?と現世を見た途端、今はない食道を胃液がせり上がるような感覚を覚える。吐き気をこの体になってから感じるとは思わなかった。
しかし、原因がわかった。
現世が今まで見ていたリアルな世界ではなく、まるで漫画のような、アニメのような、パッチワークに変貌していた。そして、時間の動きも変だ。今までは再生しかなかったのに、ひとりでに止まったり、とんでもなくスローになったり、進んだと思ったら進んだ分戻ったり。メチャクチャだ。
「………工藤新一がコナンになった?」
あり得る。確かあれだけ連載しておきながら本編軸が半年程度しか時間が進んでないみたいな話を聞いたことがある。多分それだ。
だからと言って一年が365日より増えるわけでも1週間が7日より増えるわけでも1日が24時間より増えるわけでもないのであれば、ありとあらゆる辻褄を合わせる為にメチャクチャな力が働いていてもおかしくない。
とりあえず、存在しているという事は
まだ彼の悪夢を喰えるみたいだ。安心した。
彼の悪夢を、わたしが食べなかったらと思うと恐ろしい。20年ほど彼には悪夢を一度も見せてない自信があるから。
「……いつ消えるか心配してたが、ピンガが生きてるうちは、消えられないなあ」
空間は歪になってしまったが、まだここに居れることに安堵する。そう、ここに運ばれてくる悪夢は、善人だろうが悪人だろうがなんだろうが、全員の悪夢を喰っている私だが、ピンガの悪夢の特異さに対抗できるのは、恐らく私が食べるくらいしか手段がない。
おかしいと思ったんだよ毎晩毎晩、劣悪な環境にいるといったって、そんな高頻度で悪夢を見るなんておかしいのだ。
そしてある日気付いた。ある種の生贄なのではないか、彼は。
悪夢を食べてあげると偉そうにしていながら、彼の夢を蝕んでいたのは私自身だったのだ。
獏がいい夢を食べてばかりで悪夢を喰わなくなると困る、餓死しても困る、じゃあ、世界のみんなが悪夢を見なくなった時はどうする?簡単だ、悪夢を見続ける個体がいればいいのだ。
「いや、私が消えた方が逆にいいのかもしれないが…わからないな………わからない」
何が「悪夢を食べて欲しい人々」ではなく「ピンガ」にとって最良なのだろう。
モザイクアートやパッチワークのような背景と人物が動き、キャラクターとしか認識できない中で、まだリアルな「ピンガ」を見て、確信を得ている。何故彼なのかはわからないが、この夢喰い獏とただ周波数が合うだけではない、なにか、もっと根幹に関係がある筈だ。
──────────
「…グレース、すごくいい匂いね…シャンプー?」
「えぇ、住み込みとはいえ楽しみは必要でしょ?直美も小さな楽しみを持ち込んでみたら?」
「おいグレース、いつまでやってんだ。そろそろ定時だぞ」
「レオンハルト?今日のエラーの見直しをしてたのよ、明日に持ち越したくないから…」
「世界的IT企業にもグレースほど出来る女の子はあんまり見なかったな。グレースとは喋ってて楽しいよ」
「エドもね、流石の腕前だわ」
「グレース、この特定と原因を…」
「Mr.牧野、わかりました」
順調も順調。最近では休日に外に出て好きに動けている。とはいえ任務はない日なので、身体が鈍らないよう八丈島で軽い変装をしてランニングをしたりする程度だが。
実際、一番近い八丈小島でも五キロ以上先になるので、ラムは慎重を期してあまり外で動く任務をやらせたくない様子だ。パシフィック・ブイでの仕事が始まってからは、土日の組織の仕事といえばハッキングやらデータ上の証拠隠滅や、とにかく部屋の中できるものばかりだ。
まぁ立地が立地なので本当に長期休暇でも取らないと海外任務や、日本での任務も中々難しいだろう。
そもそもメインエンジニアにほぼ休みはねえ。なんだかんだパシフィック・ブイ内の自室で休んでいれば「グレース、いる〜?」とノックされて結局仕事が始まる。あまりにも頻度が高く、こっちはこっちで仕事してんだよ!と寝たふりばっかしてやり過ごしてたら寝溜めするイメージを持たれたが、それで動きやすくなるなら願ったり叶ったりだ。
ならば八丈島まで出て体を動かした方がマシだ。子供の頃に叩き込まれた、せっかくの財産だ。使う時まで鈍らせては勿体無い。
「ン…?」
視線を感じる。が、空から?いや、まさかな。そんなわけがあるはずがない。
ここら辺の監視カメラの位置は把握している。それに、飛行機だってドローンだっていないのだから。
──────────
ばちり、サングラス越しに、目が合った。
え?と思ったのも束の間、すぐに何もなかったように首を傾げたピンガは水分補給をし、ボトルをトレイルランニング用のザックに戻し、また走り始めた。
そのキャップ似合ってるね、ランニングウェアもかっこいい!シューズもおしゃれ!とはしゃいでる場合ではない。
彼の目を真正面から見るのは初めてであったが、まるで自分の目のようだと、自分の姿を映さない、ブルーの瞳を見てなんとなく思った。
は?そんなわけがない。この体を形成したのは、幼かったピンガを知る前だ。
だったら、何故。
──────────
「あら、どうしたの直美」
カフェで頭を抱えながらタブレットを見る直美は、コーヒーを楽しんでる様には見えない。何か悩みか、もしくはシステムの不具合か。
面倒事に首を突っ込む趣味はないが、直美の作る老若認証に詳しくて損は無いし、恩を売っても損は無いし、直美に勘付かれない事がなにより大事だ、その為の布石として仲良くしておいて損は無い。
「グレース!えっと、……グレースの友達で子供を産んだ子とか、いる?」
「えっ?…うーん、結婚報告の後は疎遠になることが多くって…」
「そっか〜、まぁ、そうよね」
「本当にどうしたの?そんな事聞くなんて」
実は…と、小声で話し始めた内容は、友達が去年妊娠してたが、双子だったのに、片割れが消えてしまったという事でヒステリックを起こしてしまったそうで、その友達の旦那からの相談らしかった。
いや、そんな相談を直美に送る事自体おかしく無いか、直美は独身で最新鋭のエンジニアなのに。
「まぁ、無理に相談に乗る事ないと思うわ、友達より、それは専門のカウンセラーに相談するべきよ」
「そ、そうよね…」
「そうよ、私達はエンジニアなのよ?精神科にココのエンジニアをさせないのと同じよ」
「そう、そうよね…!」
うんうん、と直美は頷いて、慰めの文と、まだ独身だから気持ちをわかってあげられないどころか傷つけてしまうかもという旨を送り断った。よくよく聞けばクラスにいる若くしてデキ婚!みたいなタイプだったらしく、直美自身そんなに仲が良かった記憶はないとのこと。そんな奴ブロックしておけよ…とは思うが「災難だったわね、元気出して!」と言うに留めた。
「直美、こういう施設で働くわけだし連絡先は整理しておいたほうがいいんじゃないかしら、ほら、俳優もよくやるじゃない?」
「そうね…、中途半端に相談に乗るのも悪いし、何より私はメインエンジニアだもの、仕事以外の事で悩んでる暇はないわ!」
「そうそう、その意気よ!」
その後2人ともメインルームに戻り、仕事をする。しかし、すっきりした直美とは別に、俺は双子の片割れが消える…?と引っかかっていた。死産では無いのであれば、オカルトか?
結局、気になってその日の夜自室に戻ってから調べた。
結論から言うと、オカルトではない。現実にある話だ。バニシングツイン、という現象で、名前の通りツインの片割れが消失する事だ。
実際、妊娠初期に亡くなった胎児が子宮に吸収され、消失したように見えるらしい。
胎児のことなんざ自分で調べることはほぼないので、そんなことが起こるのか、と思ったが、何か、引っ掛かる。
組織に入る前、それはあった。
組織に入る前の記憶なんか、ないと思っていた。しかし、今、今調べたこの現象をその頃に…、そうだ、両親の子供は俺1人しかいないのに、2人分の名前を呼んでいた。
産まれる前に消えてしまったから、透明になってるだけで、あなたの『双子』のきょうだいはいるのよ、と、母親が言っていた。
その光景を今、鮮明に思い出した。
シャワーを浴びたばかりだと言うのに、嫌な汗がじっとりと肌を湿らす。心臓が生きているとドクドクと脈を打って知らせる。
その頃の名前なんか、とうの昔に忘れた。しかし。
「…………にいちゃん」
一度も見たことがないが、一度も声を聞いたことがないが、一度も触れ合った事はないが、俺には兄がいたのだ。
いない人をいると扱う親を見て、俺も同じようににいちゃん、にいちゃんと呼んでいた。
でも、当時は何だったか分からなかったが、今思えば紛争に巻き込まれ、両親も死に1人でなんとか逃げて、なんとか生き延びて、そうするうちに兄がいた事など、何の腹の足しにならなければ、守ってもくれず、縋れもしない存在のことは早々に忘却したのだった。
はぁあああ、と大きなため息をついてそのままベッドにダイブする。
今まで忘れてたのも仕方ないほど激動というか、普通でない生活だったという自覚はあるし、あのころに何かに縋る気持ちのまま、自分で何とか死に物狂いで生き抜くにスイッチできてなかったら普通に死んでたと思うし、その後も思い出すタイミングなんてなかった。なんせ周りの友達の兄弟は肉体があった。
もしかしてこの前の空からの視線は、兄だったのかもしれない。なんて考えた。
昔のことを今更思い出すなんて思いもしなかったが、なんとなく欠けていたパーツを取り戻したような気持ちだ。
直美には、玉手箱を貰うために「良い仲間」としてのグレースを見せてきたが、まさか玉手箱以外に、偶然とは言え思い出の鍵まで貰っちまうとは、年下だから仕方ないとは言えど、ガキ臭い割に頑固で、下手したらエドやレオンハルトより扱いづらいと思っていたが、まぁ、良いとしよう。
変に汗をかいてしまったのでまたシャワーを浴びるか、汗臭いグレースは嫌だからな。
──────────
「…………だからグレースの外見に既視感あったのか」
先日の目があった日を思い出す。ピンガの目と、自分の目が同じに見えたのは双子故に同じような造形だから。ピンガを知る前に、成長したピンガに似たような顔を作り、女っぽい方がいいかなぁとすればグレースに寄るのも確かに納得がいく。体が性別不明な、曖昧なものしか作り上げられなかったのも、生まれる前に死んでしまったからと言うわけだ。
まとめると
前世は名探偵コナンが作品である世界で日本人男、おそらく大人になってから死亡している。大人になってから死亡、と言うのは子供では知り得ない知識も獏になった時点で知っていたからだ。
その次に獏になったと思っていたが、獏になる前に、この世界に転生した。
しかし転生したとはいえ、産まれる前に死んでしまったと言うわけだ。また、その死から獏になるまで数年の期間がある。
異常に悪夢を見る少年として、組織に入ってからのピンガを認知したからだ。
ややこしい経歴になってしまったな…。ただ、この世界に元々の俺の魂が馴染まなかったんだろう。
転生後、両親やピンガが透明人間として俺を扱っていたみたいなので、魂は地上に一定期間残留したのだろう。生きる人間の意思は死者の魂を繋ぎ止めてしまうほど強い。
そしてその頃の記憶が、ピンガが思い出してくれたおかげか薄らと自分の中にある。…というか5歳くらいまでの記憶なんて忘れてても仕方ないのによく思い出せたな。流石は賢い子だけある、記憶力が抜群だ。
話が逸れた、で、家族から思われる事が紛争により両親死亡ピンガだけ生き残ったがそれどころではない環境により、以来全くなくなって。じゃあ地上に魂を引き留める力がなくなったなら成仏できたか?というと、できなかったんだろう。
故に、魂だけになり、両親やピンガの気持ちでそこいにる、と存在を肯定され、置き去りになってしった私の魂と、そこに人々の願いとリンクしてしまい、獏になった。
一気に飛躍したけど、多分そうだろう。魂なんて目に見えないものは無駄にパワーはあるけど固定されてないから外部からの干渉でどうとでも変貌してしまうのだ。
なるほどなあ、不思議なこともあるもんだと自分の事ながら他人事のように思う。
冷静でいられるのは前世の記憶があって、なおかつ知ってる世界ではあるという所が大きいだろう。
「あ…」
自分を獏たらしめる、集合意識の中に、いる。
あの子を、お願い、お兄ちゃん。という両親の意識が。
全世界の「悪夢なんか食べてくれ」と言う意識の濁流の中に、とてもか細いけど、確かに。今だから分かる。
死してなお、親は子を想っているとは。
長い間気づけなくてごめん、と言う気持ちと、そして、俺とピンガを、体もない私のことも同じくらい愛してくれて、ありがとう。
獏になってから、ずっと1人だと思っていて、そう言う存在だから仕方ないと思って、
ピンガを拠り所にしていたが、初めて人に思われていた事を、今日やっと知ったのだ。
それはとても甘美な味で、嬉しかった。
「とはいえ、見守る事しかできないんだけとな」
私は万能の神でもなんでもないし、今までも何度か試してみたが、夢に介入したりだとか、現実の物事を動かすだとか、そう言うことは一切できなかった。
やれることといえば、変わらず悪夢を喰うこと位。
…あぁ、ピンガが私の悪夢供給の個体に選ばれてしまったのって、私との魂の繋がりがあるからか。それは…なんとも、私からは何もしてやれないのに、リスクを運命共同体として勝手に弟に背負わせるなよ、と、いるかも分からぬカミサマを恨んだ。
ずっと見ていた子がまさか双子の弟なんて思いもしなかったが、よく考えなくても数奇な運命を背負わせてばかりで、私といえば、そういうモノになってしまったから、夢を食うしかできない。
頭がジリジリと、焼けるような感覚を、不快を味わったのは、この体になってから初めてのことだった。何も出来ないことがこんなに歯痒くて、悪夢だけ食べていればいいと思っていたのに、それに対して何も感じなかったし、俯瞰して色々見れることは楽しさすらあったはずなのに、最初っから1人だけに肩入れしていた時点で平等ではなかったかもしれないが、唯一の生き残った家族に手を差し伸べることも出来ない、ただの獏でいる事がどうしようもなく、虚しかった。
━━━━━━━━━━━━
腹の立つことに、振られる組織からの仕事にはジンの姿がまぁまぁ映り込んでいる。またかよ、と舌打ちをし、どうしても不自然になるのでディープフェイクを作るしかねえとPCに向かう。あまりにも多すぎるが暇もないので、効率化のために潜入中にも関わらず、組織専用アプリ開発をする羽目になった。クソが。
ジンの一派が本当にやらかしすぎだ。人のこと疑う前に自分の行動を疑ってほしい。
ジン、ウォッカ、キャンティ、コルン、この4人は最悪だ。証拠隠滅は仕事だからやるがいい加減にしろと言いたくもなる。ベルモットとバーボンはまだ忍ぶ努力をしていると思うのでまだいい。
そういえばキールがアナウンサー業を暫くやめるとは思わなかったが、世間に顔が知られた上で上手くやるのも大変だろう、ベルモットのような変装もしない女だ。あの女がジンたちと組むようになったのは意外だったが、ボスにどう気に入られたのかをウォッカから聞き出したところ、妙に納得した。見かけによらず恐ろしい女だ。
「っと」
ぱち、と最後のキーを押して終いだ。我ながら有能である。もっと組織内での地位を上げて貰って構わない程だ。
ぐ、と伸びをしてPC内カレンダーを見る。有給・実家と記載された数日間の連休。実際に行くのはフランスなどではなく、ドイツのフランクフルトだ。ユーロポールの防犯カメラネットワークセンターに実際に侵入し、バックドアを仕掛ける。ついでにそこにしか無い情報も引っこ抜く。
どうして今になって外に出る任務に、ピンガが動かないといけないかといえば、俺のグレースとしての肩書きはユーロポール職員だ。事実、組織にいる誰よりも内部にも詳しい。侵入に関しても、流石にグレースのIDを使うわけにはいかないので、侵入のためのIDも用意した。
流石に堂々とグレースの姿で入る訳にいかないので、組織としてピンガの姿で行くし、職員が全員帰ってからだ。
久々の外の任務だ。その後はそちらばかり警戒していて、パシフィック・ブイ自体の内部には目も向けないだろう。
そしたら、組織の痕跡も好きに消せるし、あちこちにバックドアも仕掛けてしまえば全世界の警察は組織に手をつけられない。
そうなってしまえばもう俺がいなければいけない、不動の立場になるだろう。ジンの野郎たちも、理解出来るはずだ、立場が変われば拙いのはお前たちの立ち回りだと。
「ふ、ははは…!」
楽しみだ。やっと、やっとだ。ここまで、長かった。
そういえば双子には優劣がつくこともあるらしい。俺がこんなに優秀なのも、兄という片割れが、代わりに出来ない事を引き受けてくれたからかもしれない。まぁ、妄想でしか無いが、こんなに優秀な人間がもう1人いたらと思うと恐ろしいので、まぁそういう事だと勝手に思っている。
答え合わせは死んでからだろうな。
しかし、現実は甘くなく、まず侵入を見られた。なんで間の悪い女だ。それをとっととキールが始末してくれれば良かったが結果からいえばジンが俺の尻拭いをした事になっている。肩ごと撃ち抜かれたキールに詰め寄ることは流石に出来なかったが、いつもいつもジンに尻拭いさせられてる裏方が、一回表に出たらその言いようはなんだ?納得がいかねえ。
更には直美の拉致、この際は妙なガキの一言のせいですぐに勘づかれ、レオンハルトの言う通り不公平な事に、その日は日本の警察がパシフィック・ブイに来ていた。事情聴取がされると聞いた時は経歴をしっかり作らせたRAMは流石だな、と思った。やはりRAMはジンより先を見据えている。
そして事情聴取も終わりそのまま過ごしていれば何とかなったであろうに、ジンが仕事を増やしてきやがった。どういうわけかRAMからも行けと言われたので、あの慎重で、今までパシフィック・ブイ内で出来る仕事しか振ってこなかったのにか?と思いつつも、深夜にわざわざ外に出てガキを拉致。その際関係者に勘づかれて追いかけられたので、その日は遅いし仮で処理した。あとで痕跡を消せば良いだろう。どうせピンポイントでそんな所を検索はしないはずだ。
あのガキが言及したせいでレオンハルトが痕跡に勘付いた。しかし奴は警察と色々あった割には、日本警察が贔屓に最新技術を見られる事が許せないほど真面目な奴だ。そのせいで、堂々と追求すれば俺は逃げられなかったが、わざわざ監視カメラも何も無い自室までノコノコとやってきた。グレースが脅しにでも遭ってると思ったのだろうか?傑作だ。
真面目でなんだかんだ仲間意識がある、しかも日本警察も同じように容疑者だろうと言う「良い奴」なせいで完全にオマエごと痕跡が消せるよ。勘付いたのがオマエで俺はラッキーだ。
そのあと証拠も消すついでに、老若認証にあのガキをかけてみたら、なんという幸運。最悪のガキだと思っていたが、最高だ!
ジンが消したはずの、あの工藤新一だ!
シェリーも直美も、拉致する迄は完璧だったのに、それをジンのせいで逃したジン一派共、雁首揃えて待ってろ。それに見合う、相応しい土産だ。
まさか、眠りの小五郎が工藤新一の推理ショーだったとは、目の前で見ていて誰も不思議に思わないので驚いた。何か変な力でも働いてるのか?と思うくらい誰もが毛利小五郎へ視線を釘付けにされ、エーテルの匂いを言及するガキを不思議にも思わねえ。
これも良いニュースになるだろう。
そしてしっかり追いかけてきた工藤新一、今一番ムカつく野郎の名前を出され、その挙句何も知らねえガキに罵られた事に感情を抑えられなくなり、思わずボコボコにしてしまったし逃してしまった。
まぁ、画像証拠はあるからいいだろう。
あとは帰還して、ジンを引き摺り下ろして、そしたら…!
そういう事かよ、ジン…!
━━━━━━━━━━━━
「だめ、だめだ…そんな結末…」
ピンガが爆流に呑まれ、消えた。うそだ、と思っても、現実に触れることなど出来ない私の腕は空間の壁を叩くことしかできない。
壊れろ、壊れろ、こんな壁、壊れろ!
見ているだけで!何も出来ない!?そんな事が許されるのか!?
既に空間に開いてしまっている穴を広げようと、もっと壊れろと殴る蹴るを続けるが一向に広がらない。
向こうに撃ち込まれている楔を見て、ふと前世の私の声が脳裏を掠める。
あの現世は、フィクションの世界だぞ。
悲しむ必要なんて、ないんじゃないか。
きつい、私がそんなことを言うな。だとして、そうだとして、フィクションだからなんて、馬鹿みたいなことを言うな。
ふざけるなよ。
あまりの怒りに、肉体が裂けそうだ。
こんな、こんなことを思うのか私が。なんてクズ!そりゃあこんなところで1人で牢獄のようなところに閉じ込められてて仕方がない程。
「じゃあ、私が死ねよ!!!!」
叫び、ぶつり、と何かが切れた。すると、怒りが急に収まり、なんだか視界がクリアだ。
「おまえ、やっと生まれたんだな」
「!?」
この空間には自分1人のはずなのに、背後から声がして驚き、振り返れば前世の頃の、私の愛用していたくたびれたスーツを着た獏がいた。
一方の私は、今までと変わらずロングヘアのグレースのような顔をしているが、身体はチグハグではない、しっかりとした男性型に変わっていた。
まるで、獏としての私と、双子としての私が別れたような────。
「私もお前も同一だが、あまりにも世界に魂が馴染まなかったんで、こちらの世界用の私の別の魂を作って、分裂させたって訳よ」
「え、え?」
「…前世寄りの私がココで獏をするので、双子の兄寄りの君は出ていって良いよ、中々分裂するきっかけがなかったけど、怒りの力ってのはすごいねえ」
「………いいのか?」
「私は名探偵コナンを全体的に俯瞰して見たいから。前世で亡くなる前に完結してなかったからね」
「そうか………」
あまりの急展開に脳処理が追いつかないが、自分の身体のことなので理解ができた。カミサマを恨み始めたあたりから、おそらく分裂は始まっていた、集合意識に必要されている概念に、強すぎる私情は邪魔だと判断されたんだろう。
つまり、ピンガも悪夢から解放されたのだ。皮肉な事に、やはり私が原因だったらしい。
「じゃあ、あとは頼む」
「うん、今度こそはちゃんと生まれてきなよ、見ててやるからさ」
「コナン世界にちゃんと生まれるの、だいぶ嫌だな…」
自分とはいえ、もう他人のようだ。それほど私はもう獏からはかけ離れて、人間になってしまったのだろう。
獏の自分を撫でたのち、空間から放り出された。おいおい雑だな。
とにかく、自由になれたんだ。今はピンガの魂を探さねば。あの様子じゃ、深海に取り残されて下手したらすぐ成仏できないかもしれない。
身体という器から解き放たれた魂は自由ではあるが、自分がそうだったように、自分の魂より強い他人の意思などに絡め取られると簡単には抜け出せなくなってしまう。ピンガにはそうなってほしくないなあ、変な概念になるくらいなら、早く次の生に向かっていってほしい。それほどに君は力があるし、気持ちも強い。
スピリチュアルな話、ピンガは信じなさそうだよなぁと思いつつ探せば、案外簡単に見つかった。
遺体はどうしようもないので、申し訳ないが置いていく。肉体は器なので早めに壊れることを祈る。
さて、兄としてしてやれる事がこれだけというのも悲しいところだが、来世では数奇な感じではなく、ジンのようなあと一歩のところで邪魔を入れてくるような奴にも出会わず、ちゃんと、やってることを表で評価されて、それから、それから、たくさん幸せになるようにと、願いを込めて、魂を送り出す。
獏だった頃、散々「こうあれ」と願われ続けてきた私の特大の願いだ。効かない筈がない。
宝くじ一等くらいは三回くらい当たっていいぞ!来世でな!と天に昇る魂を見届けて、自分の魂も満足したらしく、消えていくようだ。
来世、私にはあるのかな。