ピリオドを飲み込んだ獏
ATTENTION!!!!
特殊設定すぎる夢主の話です。どうしてこうなった。
マジで何でも許せるぜ!って方だけ進んでください。
公式キャラクターの過去をかなり捏造してしまい、そんな設定ねぇから!!!みたいな状態になってしまったので非常に地雷度が高いです。また、死産やらの表現が出てきますが、死を美化したりする気は一切ありません。フィクション表現です。
ありとあらゆる要素があるせいで全部ダメかもしれない。
駄文供養。
まぁ夢小説の時点で「ない」ので。捏造200%です。
かなり強めの幻覚だと理解できた方だけ先にお進みください。
意識が浮上した、薄紫と、青が混じって、景色で例えるなら、柔らかな夜と言えるような、きらきらとした金平糖が天の川を作り、ところどころ、色々な色が混ざったゆえに真っ暗が落ちている、そんな曖昧な空間に、1人?いや、身体の輪郭が曖昧なことが、揺らめく意識ながらに理解した。
どのくらい時間が経ったのか、そもそも時間の概念があるのかもわからない、朝も昼も夜もなく、太陽も月もない、そして揺られるまま漂っていたが、ふと、意識を自分の内に向けると言うことが出来ると気づいたので、意識を集める。すると、この空間と一緒に漂っていた体が空間の中に「個」として、放り出された感覚を覚えた。
空間全てではなく、個になって思い出した。
こうなる前は確か、ヒトだった。わたしは、ヒト科のホモ・サピエンスだった。
故に今までの思考に色や時間、ものの概念があったらしい、何故知らないのに知っているんだと膨らむも萎む意識の中浮かぶ疑問に決着がついた。
しかし、個として空間を漂うことが出来るが、それだけである。いったいわたしは何になってしまったんだろう。
答えはそれから暫く漂っているうちに判明した。
どうやらわたしは、幻獣のようなものに変貌し、人々の集合意識が集まってこの世界に存在が定着してしまったらしい。
だから不安定ではあるが、ここの空間には存在しているのだと、漠然と理解した。
「…ゆめ?」
ふよりふより、いろんな景色が流れてはぱちりと消え、また歪んでは別の風景と人が絶え間なく映る雲のような塊。目の前に流れてきたそれを思わず口に含んだ。おいしい。
この状態になっても、おいしいという感覚があることに驚きながらも、夢中で咀嚼を繰り返す。そんなことはせずともよいカラダになったことはわかっているが、ヒトだった頃の噛めば噛むほど美味しいという感覚がそうさせた。
食べたのち、夢を食べた事を自覚した。
どうやら、幻獣にしては現実にも存在する動物ではあるが、現実に存在するバクではない方の「夢を食べる獏」になっていたようだった。
流れてきた夢を食べると、最初の頃は夢の内容しか分からなかったが、その夢を見たヒトがわかるようになってきた。
最近では、食べずとも雲を見ればそのヒトが見えるようになってきたし、いい夢なのか、辛い夢なのかも判断がつくようになってきた。どうやら夢の内容に関わらず、私を構成した思いが「悪夢を食べてくれる」を多く含んでいた為、それに都合が良いように内容に関わらずおいしく頂けるようだった。
夢を取捨して食べる事しかやる事がなく、前世がニンゲンの男で、一人称が私だった。それ以上のことは、なにも、齧り取られたように何も思い出せなかった。
まぁ苦しくもなく楽しくもなく、呑気に概念をやっていたが、なんとなくまんまるの白黒のバクの姿も飽きたので、ヒトの身体を形成するようになった。
前は、男だったが、万が一にも自分の姿がヒトの夢見に残ったら、全く知らない男が出てくるのも怖いし、嫌だろうと思う。
ただ、女体をイメージしてみたものの、うまくいかず、性別不明の何もついてない曖昧な胴体に、ぱっと見は女のような、髪も長い頭がついた不思議なヒトガタのなにかになってしまった。
まぁ、獏自体が象に似てるが短い鼻で、体型はサイに似てて、前足は4本指なのに後ろ足は3本指で、内臓もいろんな動物の特徴が見受けられる……挙げたらキリがないくらいに様々な動物の要素を持っているのだ。前世で聞いた知識によると、神様が最後に余った素材でツギハギして作った動物とまで言われてるから、逆に獏としては「らしい」と思うので、良いだろう。
──最近になって、すごい頻度で夢を運んでくる子がいる。本来いろんな人の夢が、現実では夜であろう時間帯に群れをなし、ふよふよと漂ってくるが、この子は眠れる時に眠っている、という感じで、ただそれにしては夢を見る頻度が高いようだった。
わたしのチャンネルが、彼の周波数とやたら合うという線もあるが…、実際のところはわからない。
───夢は満足したいことの現れ、とフロイトは言った。
そんなに満足したい欲求が強いのだろうか。しかしまぁ、流れてくる夢の内容は…勉強漬けだったり、訓練漬けだったり、殺されるかもしれない!と逃げ出してはとっ捕まって死んだり、なんというか、殆どが悪夢というに相応しい。しかしリアリティがある為におそらくそういう環境で生きている事は容易に想像できた。
あんまりにも悲しいので、毎晩のように彼の悪夢をたべた。
偶に見る、いい夢だけは食べずに。いつもより明るい色をした彼の雲を眺め、流れて行くのを見届けるようにした。
──────────
あぁ、嫌だな。でも死にたいわけじゃないから、必ず、やるしかない。
子供ながらに劣悪な環境でもがいて必死に生きる術を身につけ、目まぐるしく変わる環境に振り落とされまいと必死にしがみついて、気づいた時にはある組織に拾われていた。
その時身につけていたのは、ボロ切れのような服と、黒いピアスを両耳に一つずつ。
そこは、普通ではないが、子供には一から教育を施してくれる、その上で「道具」になれるように育てている場所だった。
大人たちはあちこちを飛び回ったり、あるいは、名前を変えて一箇所に留まったり、血の匂いと火薬の臭いと、この組織に入るまでも何度か嗅いだことはあるものの、そういうニオイが毎日毎日うんざりするほどに臭うので、鼻にこびりついた感覚がある。
週に一度、食事のマナーなどの躾、育ちが悪く見えると困る場合に備えた、言葉遣いや所作を叩き込まれる。おかげで用意される食事が質素な最低限で無く、豪華な食事であればあるほど億劫な気持ちになった。
豪華な食事を食べるのに鼻についたニオイは料理にそぐわず、食事も一挙一動監視されているせいで味がよくわからない。
間違えれば良くて体罰、最悪死地に向かう任務行きだ。マナー講師様は忙しいらしいので、俺たちの時間とマナー講師様の時間は同じではないのだとか。子供ながらに何となくそれはそうだろうと、ここでの常識を飲み込んだ。
また、子供は使い勝手がいいので、それ故に罰と関係なく簡単に死ぬような使い方をされた奴もいた。見知った顔が減っては新顔が増える。いろんな国籍といろんな性格のやつがいたが、中でも怯えてパパ!ママ!と泣き叫ぶような奴はすぐに消えていった。
一方俺は、今までの生活よりは、本当に物心付く前は良かったのだろうが、顔も思い出せない両親の手を離れてからは、よほどここの方がマシだと思えたから、黙ってやる事をやっている。
そのうち、コンピュータが世界の中心になっていくのだ、と言った大人たちは、突然子供達の目の前にPCを並べた。基本操作から何から叩き込まれた。目が痛い、目が乾く。頭もガンガンする。
大人の体にも過酷なそれは、子供の体にはより重く伸し掛かる。今までと違い、泥のように眠ることも増えたし、逆にコンピュータの光が目に張り付いたようで、中々眠れない日も続いた。
そうして、寝れる時に寝る、そんな状態を続けていたら夢見が悪くなった。
今まではそもそも夢もそんなに見なかったのに、悪夢の頻度が多くなった。寝ても覚めても勉強をしている感覚に陥り、休んだ気もしない。また、何でこんなことも覚えられないと銃を突きつけられたり、施設を抜けて必死に走って逃げるけど、捕まってしまう夢など、最悪なモノを見てしまう。
そして最近始まった体を使う訓練、夢でも訓練するのは復習にはなるが、朝起きた時に疲れる。疲れが取れないことには判断力も鈍る。教官に叩かれた痣が、たんこぶが、擦り傷が痛い。
このまま夢も現実も境目がなくなって、ちょっと前に死んだ奴らみたいに俺もこのまま死んでしまうのだろうか?と思っていた矢先、睡眠の質が異常に改善された。
悪夢は見なくなった。故に朝はしっかり起きられるし、悪夢の内容を引き摺らない。
そして、そもそも夢を見る頻度がかなり減った。偶に見る夢は成功したり、褒められたり、そんな夢ばかりだ。
まぁそれはそれで、手に入れたものが現実には存在しない虚無感を感じはするが、悪夢のあのモヤついた、全員に張り付く不快感と比べれば気にもならないことだ。
本当に突然その悪夢だらけの日々とサヨナラをし、殆ど見なくなったから、そんな夢見の悪い頃の事などすっかり忘れ、順調に日々を過ごし、子供たちの中でもキミは優秀だ!と大人から他の奴らとは違う目を向けられ始めた12歳くらいの頃に本が大量に貯蔵されてる部屋への立ち入りが許された。
子供にはまだ読めない、覚えきってない他国の言葉などの本などもあり、それを読むための好奇心が刺激された。
挿絵だけはわかるから、パラパラと捲りイラストだけを見てみたりした。その中にゾウのような鼻を持った、サイのような身体をした化け物がいた。
達筆の、その国特有のイラストは悪いものを食べているような表現をされていて、何かそれが身に覚えのあるような、ないような、不思議な感覚があった。
それから1年ほど経ち、アジア圏の言葉もある程度読めるようになった時にその本を改めて読むとその化け物は「バク」というらしかった。
悪夢を食べる。と簡素な説明だけが記載された存在。
「悪夢を…?」
どこかで見たような気がするが、悪夢を食べる光景を見たことあるなんてわけが無い。
少年は首を捻り、ただバクの名前はしっかり覚え、その本を棚に戻した。
──────────
「お、獏を調べるなんて、……悪夢食べ残しちゃったかな」
昨日の記憶をまとめる様な彼の夢に、獏の姿が映り、驚く。
悪夢ばかり見ていたあのちいこい少年は、悪夢を食べ始めてからも毎晩、変わらずの頻度で夢を見ている。悪夢を見なくなった事により勉強効率が増したのであれば、私の存在も役に立つというものだ。
ところで、ヒトの夢は悪夢であれ、そのヒトのものだと思うようになった。翌朝に何も覚えてない顔を見ると、良かったという安堵の気持ちの他に、少しだけ返してあげた方がよかったかな、という気持ちが湧く様になっていた。これは良い変化なのだろうか。
時間の感覚はここにはないが、いろんな人の夢に触れて、私の前世である人間らしい感覚がどんどん戻ってきてしまっている。人間らしい感情が芽生えてしまったせいで、それが夢を喰らう事への倫理観を説いてくる。
しかし問題はない。私は悪夢を食べる事を期待されているという事は、ここに存在するようになってから常に、自分を保つ為に必要な人々の集合意識から感じる。
いつの世の人も、悪夢は嫌なのだろう。人々からの「悪夢を食べるバク」のイメージが途絶えた事はない。
存在し続けるにはありがたいが、人らしい感情が戻ってきてからは「いつまでここにいるのだろう」という気持ちもある。
そればかりに意識を傾けると非常に虚しいので、あの頃から今も悪夢が続く少年を観察する事を趣味とした。
少年は私から見ても俗にいう「悪い組織」で飼われている状態だ。悪夢の内容があぁなることも納得である。
前世で人間してた私には、多分馴染みがない生活だ。ひどいなぁ、と思うので多分そうであろう。事実は不明だが。
「多少なりとも悪夢が混じるなあ、体質なのかな、なんなんだろうねキミは」
すぅっと綺麗な雲の中にどろりと混ざる真黒の部分だけ、イメージで作ったストローを突き立て吸い上げる。獏の鼻はこういう時のためにあったのだろうなぁと思うが、ヒトガタがデフォルトとなってしまった今はこうしている。
いつかこの子の夢見が人並みに良くなれば成仏できないかなぁ、等と考えた。
──────────
「キミは本当に優秀だね、このまま行けば幹部も夢じゃないだろう」
「…ありがとうございます」
そう言って俺に笑いかけるこの老人は、幹部などではない只の末端構成員と言うことは知っている。
15歳になり、一般的なスクールに通い始めた。ホームステイ先は勿論組織の用意した家だ。アットホームに見えて一家全員が組織の構成員である。
組織による教育が終わったのち、今後外の任務でうまくやる為、社会勉強としてしっかりマトモな学校に突然通わせてくるとは思わなかった。
まぁ、ほとんど学生寮の所が多い中、ホームステイ先から通学のスクールを選んでいるあたり、やはり組織教育の一貫なんだろうとは思うが。
国は広大なアメリカで、ここで人心掌握や人の癖を見つけたり、人と衝突しない上手いやり方や、この大勢を欺けるかのテストを行う。
ただ、外見で舐められないようにコーンロウという髪型にした。なかなか気に入っている。派手な髪型は、顔の印象の撹乱になるという老人の入れ知恵でもある。
まだ首に当たるくらいまでの髪の長さしか無いので、髪はこのまま伸ばそうと思った。
しかし、一般人の倫理観や金銭感覚や、日常会話や「組織内の人間との会話」ではない気兼ねない会話、自然な会話をやれと言われても、素の自分ではなかなかに難しい。
しかも、孤児で組織に育てられ大抵の事は一通りできます、ではなく、海外の一般家庭で育ち、海外で勉強する為アメリカにホームステイしてる普通の子供をやれって言うのがより難しい。
クラスメートが躓く問題なんて全て組織ではとっくに叩き込まれたものだし、運動神経に関しても、スポーツの才能がある奴はいるが俺から見たら「生き残れない」という判断にしかならない。
また、子供の頃にマナー講師に叩き込まれた上品な仕草やテーブルマナーが染み付いているため、そうではない所作をしなければならなかった。崩した方が楽は楽だが、どうもマナー違反だという頭がある為、やっていてしっくりこない。
スクールに通い始める前に「組織内でしかほぼ動いてなかっただろうから、全力で任務にあたることしかわからないかもしれないけど、これからは逆に全力を出してはダメだ、うまい具合に手を抜く事を覚えなさい、注目を集めてはならないよ」と言われていた。
これが難しい、想定以上に手を抜かなければならない、そこの見極めも今はこの程度だが、また別の場所では違う手の抜き方をしないといけない。中々に頭を使う。
しかも本来はできる事なのに、やれないフリをしたら、こんなことも分からないのか?と揶揄われたりするのが中々にしんどい、本当は出来るんだ、本当の評価をして欲しい、でもそれをしたら組織に消されかねない。仕方のない事だが、そう言う周りのオトモダチにバカのフリをする一方で、俺のことなんか何も知らないくせに、と捻くれた気分にもなる。
半年も経てば演技だ、これは俺ではなく生き抜くための別の一時的な俺だと客観視出来るようになったので若干慣れ、安定してきたが、それでもやはり、周りの何ともない環境で素直に生きてる子供達を疎ましく思ってしまう。
…組織の教育を受けてきた身として驚いたのは、表に生きている子供なのに、こんなに狡賢い奴がいるのか、平気で嘘をついて平気で人のものも盗む奴もいれば、平気で人種差別によるいじめを流されるように軽いノリでやってしまう奴もいる。しかも器物破損や薬物所持が常のグループまである。案外、世の中というものは世間様が言うほど白くないらしい。何なら下手な嘘を吐いた途端死ぬかもしれない俺たちみたいな子供の方が素直かもしれない。
しかし中には、コミックやドラマの主人公のような本当に根っからのいいヤツも居る事も知って、とてもいい刺激になった。
普通の学生をしながら、家に帰れば組織の為の勉強も欠かさず、ホームステイ先の老人構成員は地下室で体術の稽古もつけてくれた。
組織教育上がりの子供を見る為の、ホームステイ先専用の構成員、というのがこの男女の老人たちだ。いろんな構成員がいすぎだろ、どんだけの規模なんだこの組織、と不思議に思うが下手に探れば死ぬので疑問を頭の片隅に押し込める。
この道15年だから幹部ではないにしても育てるくらいはできるよと微笑むジジイの体は、銃創や切り傷や火傷跡だらけで所々肉がえぐれてしまっている。それでいて筋肉がついており、それを普段はゆったりとした服で隠しメガネをして読書家のふりをしている。
ババアの方は情報処理に長けており、やはり体に銃創等の傷もあるがジジイに比べては少ない。ただ人前ではあんなにおっとりしているのに、人の見てないところでのタイピングの速さと、恐ろしい顔をして画面に齧り付く姿はとても同一人物とは思えなかった。
老夫婦の仮面を被り15年もここでホームステイ受け入れをしてる優しい夫婦、と周りでも評判のようで、近所のホームパーティにも呼ばれたりしている様子を目の当たりにして、幹部でない構成員ですらこんな事ができるのか、と素直に感心した。
「優秀な子供が優先的に我々の元に送られてくる、まぁ、私達もしっかりキミに教育しないと命がないのでね」
そう笑うジジイの組み手は本当に恐ろしかった。段々と、非力故の頭を使った戦い方を覚えてきたが、服で隠れる、他人から見えない場所だけをボコボコにする技術は本当に夢に見そうなほどに恐ろしい。
ババアもババアで、俺も子供の頃から叩き込まれたPC操作なのに全然追いつけない、手の大きさが足りないのだろうか?いやそれにしてもコーティングの速度がおかしい。キーボードを叩く音が鬼気迫りすぎてて夢に出てきそうだ。
まぁ、こんな生活をしていても悪夢は見ないのだが。
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「とんでもねえ組織じゃん…」
近頃、夢の内容のみならず、最近は少しだけ地上の様子まで観察できる様になってきた。もはやただのバクでは無く、バク神とでも名乗ろうか?と思う。
夢と現実が近くなったのだろうか、傍観しかできないのは変わらないが、見えるものが増えるというのは楽しみが増えたという事だと単純に喜んでいるが…。
やっぱりこの少年の所属してる組織、ろくでもないなぁ。単純明快にやってることがヤバくて、だからといってそこから逃げて!しても逃げた末に殺されるだけなのは容易に想像ができる。
結局、神でもないただのバクに出来ることは彼の睡眠の質を向上させるべく悪夢を貪る事くらいである。
彼はこの生活でより洗練されるだろうし、幹部になれるのも確実でしょうという感じだ。まぁ別に私は組織とやらに詳しくないし、彼の視点と、ちょっと周りの人間を見れるくらいなので勝手にそう思ってるだけだが。
幹部の情報も幹部がいる、酒のコードネーム程度で詳しい事は特に何も入ってこない。
老人が深夜に話してる相手との会話の中に一度、キュラソーという名前が出てきたくらいだ。後はよくわからない。
そして、最近は吸入麻酔薬をアレコレ試してるようだ。体格で敵わないなら小回りを効かせたり、手数を増やしたり、道具を使ったり、その中でも吸入麻酔薬は彼の気に入りになれそうだがすぐに相手が気絶しない事もあり改良を検討してるようで、お薬の勉強まで始めたみたいだ。
この様子では今日も寝るのが遅くなるだろう。
早く寝て、すくすくと育ちなよ…と、少年の励む姿を見て微笑んだ。
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その後、無事にスクールを卒業した俺は、この期間に出来た友人達には国に帰るよ!と卒業と同じタイミングで慌ただしく別れを済ませ、その間面倒を見てもらったホームステイ構成員の老人2人にも礼を言い、その老人から渡されたチケットで日本へ飛んだ。組織からの指示だそうだ。
組織以外の人間、一般人が殆どの空間での立ち回り方やコミュニュケーションを培ったし、知識がどれほど力になり得るか、また、それを隠し、自分だけが情報を握る事で得れるその場でのアドバンテージの強さも思い知った。二面性のある生活は組織でただ教育を受け続けるより刺激的で、退屈しなかった。
対人戦闘に関しても、組織での訓練を経て、今まで現場で戦っていた、今は引退した老人の組み手によりかなり機敏に動けるようになったし、また、プログラミング等も大人顔負けのレベルだろう。
本当に休む暇がないほど日々やる事づくしだったが、なんだかんだ楽しかったように思う。
スクール通いだった為、激減したものの、組織からの任務だって一度も失敗していない。
老人からはもしかしたら、こう言う教育があると言うことは、長期任務の可能性があるかもね、と言われていた。確かに、子供の頃見た構成員たちはそのままの姿で取引や、殺しなどをしていた記憶がある為、そうではない事をさせるなら潜入したり、俺が俺である事を悟られない事が大事なのかもしれない。
ホームステイ先を出る前に、老人の持つPCをハッキングした。もう老人たちに悟らせずに勝手にデータを抜く事くらいはできるようになっていた。
まぁ、バレたとしても俺の成長を感じるだろ、よかったじゃねえかと言うつもりだが…。
飛行機の中でデータを確認していると、幹部の名前がちらほら見受けられた。おいおい、不用心だなと思いつつジン、ラム、ピスコ…等と出てきて、顔も知らない幹部の存在が案外近いことに驚いた。
内容としては重要なものはなかったが、ラムからの命令だ、ジンがそちらの区域で任務をするから邪魔をするな、等の事務的なメールだが、それでも幹部のコードネームは酒、程度の事しか今までずっと知らなかった俺は、一歩先に進んだような気がした。
恐ろしいことにRAMはNo.2だ絶対に逆らうな等の文言を見つけ、少し背筋が伸びたが。
チケットで日本に飛んだ後、指示された場所に向かう。小さな事務所のような建物で、がらんとしておりロッカーが並ぶのみであとは机と椅子くらいなものだ。
日本に到着し、すぐにここに来た為キャリーケースをそばに置き、椅子に座って待つ。構成員か幹部でも来るのだろうか?
数分待っていると、突然携帯に着信が入った。
驚きながらも出れば、変声期で加工された声でRAMと名乗った。なんて事だ、No.2の幹部から直々に声がかるなんて思いもしなかった俺は思わず椅子から立ち上がり、周りをキョロキョロと見回す。
しかし監視カメラらしきものも何もなく、RAMからも大きな音がしましたがなにかありました?と言われたので何でもないですと大人しく椅子に座り直した。
『あなたが私の名乗りに対して誰だと言ったなら不合格でしたが、私が誰か分かっているようで安心しましたよ』
話を聞けばヨーロッパ刑事警察機構、通称ユーロポールに長期間潜入する任務を任せたい、と言う内容だった。
受ければ今直ぐには無理だが近いうちに幹部にもなれるとの事で、即受けようと思ったが、相手は警察だ、まだこんなに若いのに潜入だなんて、勝機はあるのだろうか?と問えば「過去の貴方の経歴は把握済みです、スクールでの様子もね、それに能力も素晴らしいものがあります。これから貴方はこちらで用意した向こうの永住権のある身分に成り替わり、大学に入り、ユーロポールに所属してもらいます」と淡々と言われた。そして電話をしている途中にメールの着信音が鳴った。
開けなさい、と言われ、端末に送られてきた画像はその身分証であった。
しかし、身分が明らかにどうみたって女であることに驚く。性別間違ってねえか?
RAM曰く、思考の柔軟性、精神の二面性、若さ、顔立ちも良く見たところ女装でも何とかなるでしょう、そんなに若くして色々できると言うのに、自信がないのですか?知ってますよ何にでもなろうとする貪欲なところ、こう言うことも想定してたのでしょう?
との事だ。
実際、スクールに通い始めて2年目くらいには余裕が出てきて、他のなりすましを想定した変装、女装だけではなくより男らしい体付に見えるような工夫をしてみたり、声の出し方を変えてみたり、テーブルマナーや所作もいろんな人間のものを真似してみたりした。
振られる任務を円滑に行う為に必要を感じたからだ。
思えば組織に入る前の子供の頃からその場をやり過ごす能力があったからこそ、組織に拾われるまで死なずにいられたわけで、そう言う才能でもあったのだろう。他人の皮を被るのは向いていた。
確かに、できなくはない。ただ期間が長ければ長いほどリスクが高い。
しかし今まで組織に育てられ、まだ構成員の中でも「賢い子供」程度の認識しかされなかった俺が、No.2のRAMの目に止まったのだ!
今までも同性とはいえ、本来の俺とは似ても似つかぬ子供を演じてきたんだ、騙す相手が変に勘の鋭い子供から大人に変わるだけ、大丈夫、俺ならやれる。
「わかりました、任務、受けます」
『君ならそう言うと思ったよ、2ヶ月の大学の入学はもうすでに決まってる存在だ、それまで彼女と仲良くなるといい』
彼女、メールに添付された画像ファイルに写る身分証の、自分によく似た顔つきの女と目が合う。
Grace、フランス人の女、全くありふれた名前ではあるが、この組織に染まった真っ黒な男が成り替わるには綺麗すぎる名前に鼻で笑ってしまう。
アメリカで過ごした頃に、近くの教会からよく聴こえて来たAmazing graceを思い出した。素晴らしき神の恩寵の意味をしたその讃美歌は、あまりにも有名な曲で、向こうにいれば歌えて損はないまである為に好きで聴いていたわけではないがよく覚えている。
彼女は、俺にとってのGrace になるだろうか。
──────────
「めっちゃ認められててよかったね……!私まで嬉しい…こんなお偉いさんから…いやでも結構任務やばいけどそれはそうとして今日はめでたい日だ!」
少年の学校生活編は面白かった、本当に普通の無難な成績も可もなく不可もなく、運動もまぁちょっと動けるけど、センスがめちゃくちゃあってチア部からキャアキャア言われる感じではないそこらへんの普通の男の子なのに、家に帰るなり学校に行ってた時の顔つきとは変わり一気に大人びる、そして難問の数々をスラスラと解き、宿題はわざとニアミスする回答をスラスラと書くようになっている。
そして地下室で行われる老人から教わる体術やハッキングやプログラミング操作やら…、任務が舞い込めば変装してターゲットを殺して隠蔽してしまう様はあまりにもドラマや映画のソレで完全に視聴者の気持ちになってしまうことが多々あった。
しかしその能力は表に出してはならない、まぁ組織ってそう言うものだからね。長年見てると本当にそう思うよ。
しかしその表に出してはいけない能力の高さをちゃんと組織のNo.2が評価してくれたのだ!ちゃんと上が下の事把握してて偉い!
そういえば、彼の薬の方は色々試して、やっぱり初心者でも扱いやすいエーテルを基礎にした方が安定すると言うか、多忙だしそんな一瞬使う薬に細かい調整やってる場合ではないとなったらしくエーテル軸で色々とオリジナル調合をする方向に定まったらしい。
まぁそりゃ、その方が効率いいもんな、賢い。変にマイナーなやつとかで作り始めると場所によっては手に入りづらかったりするから、割と何処でも使われているような物の方がいいのだ。
しかし、組織のNo.2のRAMか、組織に幹部がいる事は知ってたが突然No.2の幹部が出てくるなんて思いもしなかった。
まぁ、少年が組織の英才教育を受けてて絶対に裏切らないNOCではないという強い信頼と、また、学校生活をやらせてみて適性があるのを見て、こちらから警察側にスパイを送り込むのは普通に理解できるので、丁度良い人材だったと言えばそれまでだが。
彼は殺しも出来るしIT系も強いので本当に一箇所でだけ使うのが勿体無いのはわかるので、RAMは仕事の斡旋がうまいなあと勝手に思う。
しかし、大学入学が確定してる女の身分が既に揃ってるの怖すぎる。組織ってマジでなんなん?地味にタレ目なところとか唇もかなり似てるので彼の顔をベースに作った女なんだろうけど、めちゃくちゃ似てる女を探して殺してたりするのだろうか。怖いな、彼周りしか見てなかったから名前しか知らんRAMとか Graceの事は本当にわからないのでチョット怖い。
今日も今日とて記憶整理が激しく、伝えられた任務の重積を感じて黒くなってしまった雲を吸い上げる。
他の人の悪夢も食べるが、やはり彼の悪夢は何となく違う味に感じる。
大まかに味らしきものも感じず、おいしいと言う感情になるだけで腹の足しになる感じもしない、夢喰いの装置でしかないが、彼の夢だけは少し違う。
人の頃の習性だろうが、慣れ親しんだ味というか、同じ人間の悪夢をこんな頻度で食べることがないのである意味母親の味付けのように感じてしまってるのかもしれない。
なんじゃそりゃ、と自分ですら感じるが、まぁ、それだけ彼が私から見て特別と言うことだ。
どうやら日本の観光を数日楽しんで良いらしいので、数日日本のあちこちを歩き回り、女装に必要なものも買い込んだらしい。
指定された大学はアメリカにあったため蜻蛉返りしていった。せっかく来たのに、忙しいなぁと思いつつ日本のご飯食べて美味いじゃん…になってる彼を見てそうだろうそうだろう、の気持ちになったので、おそらくわたしの前世は日本人という可能性が出てきた。
確かに今まで見た街並みの中では1番見覚えがある、もしかしたら、観光案内もできたかもね!と考えて、でも彼はわたしのこと知らないしな…彼と知り合うことなど夢物語だと自分の夢も雲にしてたべた。
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メイクをするようになった、ウィッグをかぶるようになった、スカートを履くようになった、声も使い分けるようになった、しかし、あまり生活は変わらなかった。
そりゃあ女子トイレに入ることを最初の頃は躊躇したり、着替えなどの問題もあったが、全員合同授業みたいなものはほぼないので、よかった。
しかし、今からユーロポールで仕事をすることを見据えた動きをしなければならない。大学生の頃の不祥事が発覚して内定取り消しみたいな事がないとも限らない、いや、そんなことがあればそもそも入れないだろうが。
だから、見本になるような女を目指した。
誰から見ても信用の置ける、デキるし優しい、しっかりした芯がありそうな大人の女性、そういう女だ。
幸い、グレースの見た目は派手ではないし、大人しそうというのが第一印象になるだろう。この見た目にちゃんとした頭が備われば才女になるのは間違いなかった。
「おはよ〜!グレース!」
「おはよう。ふふ、朝から元気ね」
法律部や政経学部にはやはり正しいものを担う側になりたい人間が多く、そういう心情の参考になる。
過去にうんたらであーだったから警察になりたいの!過去に何々があってこう思ったから弁護士になりたいの!だの熱心な事だ。今までも正義に燃える奴はいたが、やっぱり明確な目標を持ってきている奴らは違うなと改めて思う。
実際、トイレに入るのを躊躇ってる時にどうしたの?と言われ、咄嗟に「子供の頃の話なんだけど、女子トイレに不審な男が待ち構えていた時があって…」とウソをつけば、泣きそうな、それでいて怒ったような顔をした後に笑顔に戻り、それは怖かったね、私も一緒に入るよ!と手を引いてくれた。気を遣って横の個室に入るでもなく、女子トイレ内で待っていてくれたあたり、こう言うところを目指す女ってこう言う事だよなぁ…と個室内で思った。
「あれ、リップの色変えたの?かわいい〜!」
「気づいた?折角だから色んな色を試してみたくて」
「グレースは魅力的な唇してるから赤もピンクもオレンジもベージュも大体似合うよねぇ、羨ましい〜」
「アラ、あなただってきっと似合うわよ!今度一緒に選びましょ?」
「本当?グレースに選んでもらったら間違いないね」
しかしそんな正義まっしぐらな女たちでも驚くほどグレースが男だとは気づかない、それどころか懐きまでするのでお前ら全員警察向いてねーよ、と鼻で笑ってしまう。
まぁ俺の女装がかなり自然に溶け込んでるという事なので、ヨシとしよう。
女のコミュニティは男と違ってダルいお気持ちコミュニティなところはあるが、それゆえに八方美人ではなく、それぞれに寄り添ってちゃんと話を聞いて共感してやれば面白いくらい簡単に信用してくる、付き合いもほどほどにしても、ヌルい大学ではなくちゃんとそういうやる気のある奴が来てる大学なので変な誘いをして来ないし、忙しいといえば理解を示してくれるから楽だ。
ある程度頭がいい人間が揃ってる場所に身を置くと言うのは、バカのふりをするより俺に向いている。
グレースで過ごす日々は悪くなく、かつらをとって黒いスーツを着れば全くイメージが繋がらない為、これはこれで便利だった。
やはりコーンロウにしておいて正解だった、別にゴテゴテの化粧をしているわけでもないのに、勝手に髪型を見て別人だと判断してくれる。それに、コーンロウを結いさえすればウィッグネット要らずてかつらを被れる。これが地味に楽なのだ。
「グレースは将来ユーロポールで働きたいのよね、きっとなれるわ、だってこんなに優秀で、なおかつカワイイもの」
「あら、ありがとう。貴女も立派な保安官になって、お母様みたいになれるわ、もちろんキュートだし」
賢い学友と切磋琢磨する日々は、ピンガとしては何やってんだの賢者タイムになることもあったが、まぁ、今までの人生の中でいちばんと言っていいほど楽しかったのだ。
ピンガに姿を変えた途端、あまり学友達に興味がなくなるが、グレースの皮を被った途端、学友達にかなり親近感を感じられる程度にそれぞれの姿をコントロールできるようになっていた。
大学に通い始め一年が経ったところで、RAMから幹部に昇格です。コードネームはピンガと名乗りなさい。とメールが来ていた。
メール一通であっさり幹部になれてしまい、幹部たちへの顔見せ諸々はまだいいのか?と思うもこれで晴れて幹部入りだ。と嬉しくなった。
それから1週間後の夜に、一部の幹部たちと指定されたバーで顔合わせをした。
みんな酒の名前をしており、変な気分だった。他人の名前と同じ酒は注文しづらいだろうな、と思う。
それにしても、幹部の中にクリス・ヴィンヤードがいたことに驚きだ。ベルモットと名乗っていたが、どうみたってクリスの顔をしている。
「なぁに、ジロジロと不躾ね」
「…クリス・ヴィンヤードがこんな組織にいたら、誰だって驚く」
「ふ、クリスね…。ここではベルモットと呼んでちょうだい」
「…ホントに本人なのか?」
俄かに信じられず、つい聞いてしまった。それを聞いたベルモットは人差し指を立て「A secret makes a woman woman」と呟き、この場を出て行ってしまった。
ぽかんとしていると他の幹部から「ベルモットはボスのお気に入りで、秘密主義だ。あんまり深く考えなくていいぜ、お目にかかれただけ幸運だ」と言われた。A secret makes a woman woman 、か…。グレースにも少しミステリアスな感じを出した方がいいのだろうか。
まぁ幹部になったからといって、すぐに何かが変わるわけでもなく、RAMからの命令が最優先のため基本俺への指令はRAMを通ってから来る。
ただ、近場で応援が欲しい時の呼びかけや、データのハッキングや改竄程度の事は普通に振られる。まぁ俺は長期任務の下準備期間だし、派手にドンパチやるタイプでもないので妥当な任務だ。
ある日から、ジンがアメリカに来たぞ、と幹部内で噂になっていた。老人構成員のPCで見かけた名前だ、名前しか知らないので、ジンって?と聞けば、ボスから直接命令が下る大幹部だと言う。No.2はラムじゃないのか?と言えばNo.2はRAMだし、別格だがジンも別格だと返された。よくわからねえ。
しかしまぁ、この銀髪の大男のジンと腰巾着でサングラスをかけた大柄な男のウォッカ、こいつらがアメリカに来てから殺しの数が異常に増えた。
疑わしきは罰せよがポリシーだか何なんだか知らねえが、何でもかんでも撃ちやがって、監視カメラのハッキングと映像差し替えを今週だけで何度やったことか!
しかし嗅覚や勘は確かなようで、ジンが幹部を殺したと聞いた時は「仲間殺しまで許されてるのか!?」驚いたが、何と全員スパイだったらしい。恐ろしいほどあちこちの国からスパイを差し向けられてるこの組織って、マジで何なんだよ。だからRAMはユーロポールに入れって言ったのか、と逆説的に理解する。
暫くは学生やりながら組織の仕事もいつもより少し多いというか、突発的な殺しが多すぎて急に証拠隠滅依頼が舞い込むようになったから本当にムカつく。何でお前は俺たちと違って勝手な行動が許されるんだ。幹部ってのは同じ立場じゃねぇのか。
今まで組織の人間に教わった立回りや、型に嵌まらない動きをする、カメラにばっちり写ってしまってる銀髪を睨む。
そうは言っても、適材適所なのだろう。
仮に自分の目の前に組織幹部を複数人置かれ、NOCは誰でしょう、すぐに拳銃で頭を撃って殺してください!と言われても難しい。一旦全部洗わせろと、データを集めさせて欲しいと思う。
しかし奴であれば、恐らくその場で寸分狂わずNOCのみを撃ち抜くか、もしくは全員殺して終いだろう。恐らく後者だが。
殺しの数は多いしやってる事もかなり証拠隠滅のこと考えてくれ…と思う事が多々あるがそれでも、それは天性の才能ってヤツだ、逆立ちしたって手に入らない。
この組織に子供の頃から居て、疑わしいならば死ぬ…、そもそも疑わしくなくても殺される事だってあるのだ。それは重々承知しているが、やけに目立つ、あの銀髪が気に食わない。
雨の降る深夜、水を切らしていたことに気づき、仕方がないので近所のコンビニでミネラルウォーターを何本か購入した帰り道のこと。
突然バシャバシャバシャ!とこちらに走って来る音に驚いて、そちらに顔を向けると見知った顔だ。
水溜まりが跳ね返り、ドレスをぐちゃぐちゃにしてしまうのも厭わず、綺麗にセットされてただろう髪を振り乱し、顔面蒼白になった学友達の中でも、とくに良くしてくれてた、グレースの親友が、何かから逃げていた。
目を疑った、今はピンガの姿をしているので、駆け寄ったり、匿ってやるわけにもいかないが、確か警察のお偉方も集まる父親主催のパーティに出ることを話してた彼女が、どうして逃げる事になっている?
パシュン!
サイレンサー付きの銃の音が耳に届く。雨に紛れてほぼ聞こえなかったが、俺には馴染みがあったから、理解できた。彼女に凶弾が迫る。
ばちゃん!と大きな音がして、彼女が目の前に倒れた。
撃たれた!いてもたってもいられず、彼女に駆け寄る。水たまりはみるみる血溜まりになり、顔は絶望そのものに歪んでいる。
「おい…!」
「はぁ、……っう!ひっ!………ぐ、ぐれぇす?」
彼女が痛みに耐えながらも、駆け寄った俺の顔を見上げる。一瞬怯えたかと思えば、困惑し、最後に呟いた名前を掻き消すように、2発目の銃声。
それは彼女の脳天をしっかり貫いていた。2度ともの言わなくなった彼女を目の前にして、いま、グレースと言ったか?と混乱する。最後の最後に気づいたのだ。彼女は。
「オイ、テメェ」
「…は」
頭の側でガチャリと音がする。銃を突きつけられている。
思わず顔を上げれば、モニター越しやカメラ越しにしか見た事がない、例の幹部、ジンが目の前にいた。
奴の眼光は今まで見たことがないほど冷たく、恐ろしく、俺は震え上がってしまった。死を、覚悟した。
「あ、アニキ!そいつは始末する必要ないですぜ!確かベルモットから送られて来てた…新しい幹部の…ピンガ!」
「………フン」
ウォッカが慌てて間に入り、ジンは何を考えてるのか悟らせない、無表情で銃を下ろした。とりあえず殺されずに済んだようだ。しかし、何故彼女を追いかけていたんだ。組織と彼女は何ら関係がなかった筈。
「ピンガ、悪ィが証拠隠滅手伝え。俺はここを片付けるから周りのカメラ、頼むぜ」
「お前がウォッカか…、わかった。ルートだけ教えろ」
ウォッカがこちらと話している間に、ジンはどこかへ行ってしまった。その後ウォッカも遺体をシートで包んでどこかへ行ってしまった。深夜でここらは夜に人通りが少ないとは言え、やはりやる事が堂々としすぎている。
そして証拠隠滅のために部屋に戻ってから、PCを立ち上げ、付近のカメラをハッキングしその時間帯のものの改竄に着手する。まぁこの時間帯ならループ映像差し替えでいいだろう。
カチカチとマウスを動かし、キーを叩き、グレースの親友が殺されるシーンを切り取った。
そこで、ふつふつと怒りが湧いてきた。
そもそも彼女が殺されないといけない理由が、ジンとウォッカの警察との闇取引を見られた、というなんとも粗末な理由だからだ。
しかも、ジンのあの様子を見るに、幹部だろうが新顔なんか知らない、という態度を通り越して、本当にこちらの生命に興味がないまであった。今でもウォッカが止めてなかったら死んでいたと手が震える。近年で一番死に近かった瞬間かもしれねえ。
ジンにとっちゃ、いつも手前の尻拭いをさせてる幹部や末端なんざ覚えるに値しない、つまり認められてないということだった。
「あんなのが、RAMと同格の大幹部だと!」
ダン!机を殴りつける。
プライドもズタズタにされ、同時にグレースの親友も失った。
どうしようもない感情が渦を巻き、嵐の夜の真黒な荒れ狂う海のようだ。
メンタルコントロールは完璧にできていたはずなのに、こんな事で!こんな…!
組織に入ってから理不尽にも耐え、子供の未熟な心で溜まったフラストレーションも表に出さず、今まで上手くやってきたし、周りの人間が死ぬのも当たり前だったし、自分で近いて殺す事も何度もやっている。
しかし、しかしだ、グレースの親友の彼女は俺が計画的に近づき、親が警察たちとのパイプを持っているから仲良くしていればよりRAMの計画に有利だったから、休みの日も一緒に遊びに行ったりとコツコツと積み上げてきたのに、それをパァにしやがった。
この日以来、いずれジンよりも上の幹部になってやるという野心が芽生えた。
まずは、確実にこの潜入任務をやりきるんだ、それからだ。組織の中でデカいツラを出来るのは今だけだ、そう呟き、拳を握った。
特殊設定すぎる夢主の話です。どうしてこうなった。
マジで何でも許せるぜ!って方だけ進んでください。
公式キャラクターの過去をかなり捏造してしまい、そんな設定ねぇから!!!みたいな状態になってしまったので非常に地雷度が高いです。また、死産やらの表現が出てきますが、死を美化したりする気は一切ありません。フィクション表現です。
ありとあらゆる要素があるせいで全部ダメかもしれない。
駄文供養。
まぁ夢小説の時点で「ない」ので。捏造200%です。
かなり強めの幻覚だと理解できた方だけ先にお進みください。
意識が浮上した、薄紫と、青が混じって、景色で例えるなら、柔らかな夜と言えるような、きらきらとした金平糖が天の川を作り、ところどころ、色々な色が混ざったゆえに真っ暗が落ちている、そんな曖昧な空間に、1人?いや、身体の輪郭が曖昧なことが、揺らめく意識ながらに理解した。
どのくらい時間が経ったのか、そもそも時間の概念があるのかもわからない、朝も昼も夜もなく、太陽も月もない、そして揺られるまま漂っていたが、ふと、意識を自分の内に向けると言うことが出来ると気づいたので、意識を集める。すると、この空間と一緒に漂っていた体が空間の中に「個」として、放り出された感覚を覚えた。
空間全てではなく、個になって思い出した。
こうなる前は確か、ヒトだった。わたしは、ヒト科のホモ・サピエンスだった。
故に今までの思考に色や時間、ものの概念があったらしい、何故知らないのに知っているんだと膨らむも萎む意識の中浮かぶ疑問に決着がついた。
しかし、個として空間を漂うことが出来るが、それだけである。いったいわたしは何になってしまったんだろう。
答えはそれから暫く漂っているうちに判明した。
どうやらわたしは、幻獣のようなものに変貌し、人々の集合意識が集まってこの世界に存在が定着してしまったらしい。
だから不安定ではあるが、ここの空間には存在しているのだと、漠然と理解した。
「…ゆめ?」
ふよりふより、いろんな景色が流れてはぱちりと消え、また歪んでは別の風景と人が絶え間なく映る雲のような塊。目の前に流れてきたそれを思わず口に含んだ。おいしい。
この状態になっても、おいしいという感覚があることに驚きながらも、夢中で咀嚼を繰り返す。そんなことはせずともよいカラダになったことはわかっているが、ヒトだった頃の噛めば噛むほど美味しいという感覚がそうさせた。
食べたのち、夢を食べた事を自覚した。
どうやら、幻獣にしては現実にも存在する動物ではあるが、現実に存在するバクではない方の「夢を食べる獏」になっていたようだった。
流れてきた夢を食べると、最初の頃は夢の内容しか分からなかったが、その夢を見たヒトがわかるようになってきた。
最近では、食べずとも雲を見ればそのヒトが見えるようになってきたし、いい夢なのか、辛い夢なのかも判断がつくようになってきた。どうやら夢の内容に関わらず、私を構成した思いが「悪夢を食べてくれる」を多く含んでいた為、それに都合が良いように内容に関わらずおいしく頂けるようだった。
夢を取捨して食べる事しかやる事がなく、前世がニンゲンの男で、一人称が私だった。それ以上のことは、なにも、齧り取られたように何も思い出せなかった。
まぁ苦しくもなく楽しくもなく、呑気に概念をやっていたが、なんとなくまんまるの白黒のバクの姿も飽きたので、ヒトの身体を形成するようになった。
前は、男だったが、万が一にも自分の姿がヒトの夢見に残ったら、全く知らない男が出てくるのも怖いし、嫌だろうと思う。
ただ、女体をイメージしてみたものの、うまくいかず、性別不明の何もついてない曖昧な胴体に、ぱっと見は女のような、髪も長い頭がついた不思議なヒトガタのなにかになってしまった。
まぁ、獏自体が象に似てるが短い鼻で、体型はサイに似てて、前足は4本指なのに後ろ足は3本指で、内臓もいろんな動物の特徴が見受けられる……挙げたらキリがないくらいに様々な動物の要素を持っているのだ。前世で聞いた知識によると、神様が最後に余った素材でツギハギして作った動物とまで言われてるから、逆に獏としては「らしい」と思うので、良いだろう。
──最近になって、すごい頻度で夢を運んでくる子がいる。本来いろんな人の夢が、現実では夜であろう時間帯に群れをなし、ふよふよと漂ってくるが、この子は眠れる時に眠っている、という感じで、ただそれにしては夢を見る頻度が高いようだった。
わたしのチャンネルが、彼の周波数とやたら合うという線もあるが…、実際のところはわからない。
───夢は満足したいことの現れ、とフロイトは言った。
そんなに満足したい欲求が強いのだろうか。しかしまぁ、流れてくる夢の内容は…勉強漬けだったり、訓練漬けだったり、殺されるかもしれない!と逃げ出してはとっ捕まって死んだり、なんというか、殆どが悪夢というに相応しい。しかしリアリティがある為におそらくそういう環境で生きている事は容易に想像できた。
あんまりにも悲しいので、毎晩のように彼の悪夢をたべた。
偶に見る、いい夢だけは食べずに。いつもより明るい色をした彼の雲を眺め、流れて行くのを見届けるようにした。
──────────
あぁ、嫌だな。でも死にたいわけじゃないから、必ず、やるしかない。
子供ながらに劣悪な環境でもがいて必死に生きる術を身につけ、目まぐるしく変わる環境に振り落とされまいと必死にしがみついて、気づいた時にはある組織に拾われていた。
その時身につけていたのは、ボロ切れのような服と、黒いピアスを両耳に一つずつ。
そこは、普通ではないが、子供には一から教育を施してくれる、その上で「道具」になれるように育てている場所だった。
大人たちはあちこちを飛び回ったり、あるいは、名前を変えて一箇所に留まったり、血の匂いと火薬の臭いと、この組織に入るまでも何度か嗅いだことはあるものの、そういうニオイが毎日毎日うんざりするほどに臭うので、鼻にこびりついた感覚がある。
週に一度、食事のマナーなどの躾、育ちが悪く見えると困る場合に備えた、言葉遣いや所作を叩き込まれる。おかげで用意される食事が質素な最低限で無く、豪華な食事であればあるほど億劫な気持ちになった。
豪華な食事を食べるのに鼻についたニオイは料理にそぐわず、食事も一挙一動監視されているせいで味がよくわからない。
間違えれば良くて体罰、最悪死地に向かう任務行きだ。マナー講師様は忙しいらしいので、俺たちの時間とマナー講師様の時間は同じではないのだとか。子供ながらに何となくそれはそうだろうと、ここでの常識を飲み込んだ。
また、子供は使い勝手がいいので、それ故に罰と関係なく簡単に死ぬような使い方をされた奴もいた。見知った顔が減っては新顔が増える。いろんな国籍といろんな性格のやつがいたが、中でも怯えてパパ!ママ!と泣き叫ぶような奴はすぐに消えていった。
一方俺は、今までの生活よりは、本当に物心付く前は良かったのだろうが、顔も思い出せない両親の手を離れてからは、よほどここの方がマシだと思えたから、黙ってやる事をやっている。
そのうち、コンピュータが世界の中心になっていくのだ、と言った大人たちは、突然子供達の目の前にPCを並べた。基本操作から何から叩き込まれた。目が痛い、目が乾く。頭もガンガンする。
大人の体にも過酷なそれは、子供の体にはより重く伸し掛かる。今までと違い、泥のように眠ることも増えたし、逆にコンピュータの光が目に張り付いたようで、中々眠れない日も続いた。
そうして、寝れる時に寝る、そんな状態を続けていたら夢見が悪くなった。
今まではそもそも夢もそんなに見なかったのに、悪夢の頻度が多くなった。寝ても覚めても勉強をしている感覚に陥り、休んだ気もしない。また、何でこんなことも覚えられないと銃を突きつけられたり、施設を抜けて必死に走って逃げるけど、捕まってしまう夢など、最悪なモノを見てしまう。
そして最近始まった体を使う訓練、夢でも訓練するのは復習にはなるが、朝起きた時に疲れる。疲れが取れないことには判断力も鈍る。教官に叩かれた痣が、たんこぶが、擦り傷が痛い。
このまま夢も現実も境目がなくなって、ちょっと前に死んだ奴らみたいに俺もこのまま死んでしまうのだろうか?と思っていた矢先、睡眠の質が異常に改善された。
悪夢は見なくなった。故に朝はしっかり起きられるし、悪夢の内容を引き摺らない。
そして、そもそも夢を見る頻度がかなり減った。偶に見る夢は成功したり、褒められたり、そんな夢ばかりだ。
まぁそれはそれで、手に入れたものが現実には存在しない虚無感を感じはするが、悪夢のあのモヤついた、全員に張り付く不快感と比べれば気にもならないことだ。
本当に突然その悪夢だらけの日々とサヨナラをし、殆ど見なくなったから、そんな夢見の悪い頃の事などすっかり忘れ、順調に日々を過ごし、子供たちの中でもキミは優秀だ!と大人から他の奴らとは違う目を向けられ始めた12歳くらいの頃に本が大量に貯蔵されてる部屋への立ち入りが許された。
子供にはまだ読めない、覚えきってない他国の言葉などの本などもあり、それを読むための好奇心が刺激された。
挿絵だけはわかるから、パラパラと捲りイラストだけを見てみたりした。その中にゾウのような鼻を持った、サイのような身体をした化け物がいた。
達筆の、その国特有のイラストは悪いものを食べているような表現をされていて、何かそれが身に覚えのあるような、ないような、不思議な感覚があった。
それから1年ほど経ち、アジア圏の言葉もある程度読めるようになった時にその本を改めて読むとその化け物は「バク」というらしかった。
悪夢を食べる。と簡素な説明だけが記載された存在。
「悪夢を…?」
どこかで見たような気がするが、悪夢を食べる光景を見たことあるなんてわけが無い。
少年は首を捻り、ただバクの名前はしっかり覚え、その本を棚に戻した。
──────────
「お、獏を調べるなんて、……悪夢食べ残しちゃったかな」
昨日の記憶をまとめる様な彼の夢に、獏の姿が映り、驚く。
悪夢ばかり見ていたあのちいこい少年は、悪夢を食べ始めてからも毎晩、変わらずの頻度で夢を見ている。悪夢を見なくなった事により勉強効率が増したのであれば、私の存在も役に立つというものだ。
ところで、ヒトの夢は悪夢であれ、そのヒトのものだと思うようになった。翌朝に何も覚えてない顔を見ると、良かったという安堵の気持ちの他に、少しだけ返してあげた方がよかったかな、という気持ちが湧く様になっていた。これは良い変化なのだろうか。
時間の感覚はここにはないが、いろんな人の夢に触れて、私の前世である人間らしい感覚がどんどん戻ってきてしまっている。人間らしい感情が芽生えてしまったせいで、それが夢を喰らう事への倫理観を説いてくる。
しかし問題はない。私は悪夢を食べる事を期待されているという事は、ここに存在するようになってから常に、自分を保つ為に必要な人々の集合意識から感じる。
いつの世の人も、悪夢は嫌なのだろう。人々からの「悪夢を食べるバク」のイメージが途絶えた事はない。
存在し続けるにはありがたいが、人らしい感情が戻ってきてからは「いつまでここにいるのだろう」という気持ちもある。
そればかりに意識を傾けると非常に虚しいので、あの頃から今も悪夢が続く少年を観察する事を趣味とした。
少年は私から見ても俗にいう「悪い組織」で飼われている状態だ。悪夢の内容があぁなることも納得である。
前世で人間してた私には、多分馴染みがない生活だ。ひどいなぁ、と思うので多分そうであろう。事実は不明だが。
「多少なりとも悪夢が混じるなあ、体質なのかな、なんなんだろうねキミは」
すぅっと綺麗な雲の中にどろりと混ざる真黒の部分だけ、イメージで作ったストローを突き立て吸い上げる。獏の鼻はこういう時のためにあったのだろうなぁと思うが、ヒトガタがデフォルトとなってしまった今はこうしている。
いつかこの子の夢見が人並みに良くなれば成仏できないかなぁ、等と考えた。
──────────
「キミは本当に優秀だね、このまま行けば幹部も夢じゃないだろう」
「…ありがとうございます」
そう言って俺に笑いかけるこの老人は、幹部などではない只の末端構成員と言うことは知っている。
15歳になり、一般的なスクールに通い始めた。ホームステイ先は勿論組織の用意した家だ。アットホームに見えて一家全員が組織の構成員である。
組織による教育が終わったのち、今後外の任務でうまくやる為、社会勉強としてしっかりマトモな学校に突然通わせてくるとは思わなかった。
まぁ、ほとんど学生寮の所が多い中、ホームステイ先から通学のスクールを選んでいるあたり、やはり組織教育の一貫なんだろうとは思うが。
国は広大なアメリカで、ここで人心掌握や人の癖を見つけたり、人と衝突しない上手いやり方や、この大勢を欺けるかのテストを行う。
ただ、外見で舐められないようにコーンロウという髪型にした。なかなか気に入っている。派手な髪型は、顔の印象の撹乱になるという老人の入れ知恵でもある。
まだ首に当たるくらいまでの髪の長さしか無いので、髪はこのまま伸ばそうと思った。
しかし、一般人の倫理観や金銭感覚や、日常会話や「組織内の人間との会話」ではない気兼ねない会話、自然な会話をやれと言われても、素の自分ではなかなかに難しい。
しかも、孤児で組織に育てられ大抵の事は一通りできます、ではなく、海外の一般家庭で育ち、海外で勉強する為アメリカにホームステイしてる普通の子供をやれって言うのがより難しい。
クラスメートが躓く問題なんて全て組織ではとっくに叩き込まれたものだし、運動神経に関しても、スポーツの才能がある奴はいるが俺から見たら「生き残れない」という判断にしかならない。
また、子供の頃にマナー講師に叩き込まれた上品な仕草やテーブルマナーが染み付いているため、そうではない所作をしなければならなかった。崩した方が楽は楽だが、どうもマナー違反だという頭がある為、やっていてしっくりこない。
スクールに通い始める前に「組織内でしかほぼ動いてなかっただろうから、全力で任務にあたることしかわからないかもしれないけど、これからは逆に全力を出してはダメだ、うまい具合に手を抜く事を覚えなさい、注目を集めてはならないよ」と言われていた。
これが難しい、想定以上に手を抜かなければならない、そこの見極めも今はこの程度だが、また別の場所では違う手の抜き方をしないといけない。中々に頭を使う。
しかも本来はできる事なのに、やれないフリをしたら、こんなことも分からないのか?と揶揄われたりするのが中々にしんどい、本当は出来るんだ、本当の評価をして欲しい、でもそれをしたら組織に消されかねない。仕方のない事だが、そう言う周りのオトモダチにバカのフリをする一方で、俺のことなんか何も知らないくせに、と捻くれた気分にもなる。
半年も経てば演技だ、これは俺ではなく生き抜くための別の一時的な俺だと客観視出来るようになったので若干慣れ、安定してきたが、それでもやはり、周りの何ともない環境で素直に生きてる子供達を疎ましく思ってしまう。
…組織の教育を受けてきた身として驚いたのは、表に生きている子供なのに、こんなに狡賢い奴がいるのか、平気で嘘をついて平気で人のものも盗む奴もいれば、平気で人種差別によるいじめを流されるように軽いノリでやってしまう奴もいる。しかも器物破損や薬物所持が常のグループまである。案外、世の中というものは世間様が言うほど白くないらしい。何なら下手な嘘を吐いた途端死ぬかもしれない俺たちみたいな子供の方が素直かもしれない。
しかし中には、コミックやドラマの主人公のような本当に根っからのいいヤツも居る事も知って、とてもいい刺激になった。
普通の学生をしながら、家に帰れば組織の為の勉強も欠かさず、ホームステイ先の老人構成員は地下室で体術の稽古もつけてくれた。
組織教育上がりの子供を見る為の、ホームステイ先専用の構成員、というのがこの男女の老人たちだ。いろんな構成員がいすぎだろ、どんだけの規模なんだこの組織、と不思議に思うが下手に探れば死ぬので疑問を頭の片隅に押し込める。
この道15年だから幹部ではないにしても育てるくらいはできるよと微笑むジジイの体は、銃創や切り傷や火傷跡だらけで所々肉がえぐれてしまっている。それでいて筋肉がついており、それを普段はゆったりとした服で隠しメガネをして読書家のふりをしている。
ババアの方は情報処理に長けており、やはり体に銃創等の傷もあるがジジイに比べては少ない。ただ人前ではあんなにおっとりしているのに、人の見てないところでのタイピングの速さと、恐ろしい顔をして画面に齧り付く姿はとても同一人物とは思えなかった。
老夫婦の仮面を被り15年もここでホームステイ受け入れをしてる優しい夫婦、と周りでも評判のようで、近所のホームパーティにも呼ばれたりしている様子を目の当たりにして、幹部でない構成員ですらこんな事ができるのか、と素直に感心した。
「優秀な子供が優先的に我々の元に送られてくる、まぁ、私達もしっかりキミに教育しないと命がないのでね」
そう笑うジジイの組み手は本当に恐ろしかった。段々と、非力故の頭を使った戦い方を覚えてきたが、服で隠れる、他人から見えない場所だけをボコボコにする技術は本当に夢に見そうなほどに恐ろしい。
ババアもババアで、俺も子供の頃から叩き込まれたPC操作なのに全然追いつけない、手の大きさが足りないのだろうか?いやそれにしてもコーティングの速度がおかしい。キーボードを叩く音が鬼気迫りすぎてて夢に出てきそうだ。
まぁ、こんな生活をしていても悪夢は見ないのだが。
──────────
「とんでもねえ組織じゃん…」
近頃、夢の内容のみならず、最近は少しだけ地上の様子まで観察できる様になってきた。もはやただのバクでは無く、バク神とでも名乗ろうか?と思う。
夢と現実が近くなったのだろうか、傍観しかできないのは変わらないが、見えるものが増えるというのは楽しみが増えたという事だと単純に喜んでいるが…。
やっぱりこの少年の所属してる組織、ろくでもないなぁ。単純明快にやってることがヤバくて、だからといってそこから逃げて!しても逃げた末に殺されるだけなのは容易に想像ができる。
結局、神でもないただのバクに出来ることは彼の睡眠の質を向上させるべく悪夢を貪る事くらいである。
彼はこの生活でより洗練されるだろうし、幹部になれるのも確実でしょうという感じだ。まぁ別に私は組織とやらに詳しくないし、彼の視点と、ちょっと周りの人間を見れるくらいなので勝手にそう思ってるだけだが。
幹部の情報も幹部がいる、酒のコードネーム程度で詳しい事は特に何も入ってこない。
老人が深夜に話してる相手との会話の中に一度、キュラソーという名前が出てきたくらいだ。後はよくわからない。
そして、最近は吸入麻酔薬をアレコレ試してるようだ。体格で敵わないなら小回りを効かせたり、手数を増やしたり、道具を使ったり、その中でも吸入麻酔薬は彼の気に入りになれそうだがすぐに相手が気絶しない事もあり改良を検討してるようで、お薬の勉強まで始めたみたいだ。
この様子では今日も寝るのが遅くなるだろう。
早く寝て、すくすくと育ちなよ…と、少年の励む姿を見て微笑んだ。
──────────
その後、無事にスクールを卒業した俺は、この期間に出来た友人達には国に帰るよ!と卒業と同じタイミングで慌ただしく別れを済ませ、その間面倒を見てもらったホームステイ構成員の老人2人にも礼を言い、その老人から渡されたチケットで日本へ飛んだ。組織からの指示だそうだ。
組織以外の人間、一般人が殆どの空間での立ち回り方やコミュニュケーションを培ったし、知識がどれほど力になり得るか、また、それを隠し、自分だけが情報を握る事で得れるその場でのアドバンテージの強さも思い知った。二面性のある生活は組織でただ教育を受け続けるより刺激的で、退屈しなかった。
対人戦闘に関しても、組織での訓練を経て、今まで現場で戦っていた、今は引退した老人の組み手によりかなり機敏に動けるようになったし、また、プログラミング等も大人顔負けのレベルだろう。
本当に休む暇がないほど日々やる事づくしだったが、なんだかんだ楽しかったように思う。
スクール通いだった為、激減したものの、組織からの任務だって一度も失敗していない。
老人からはもしかしたら、こう言う教育があると言うことは、長期任務の可能性があるかもね、と言われていた。確かに、子供の頃見た構成員たちはそのままの姿で取引や、殺しなどをしていた記憶がある為、そうではない事をさせるなら潜入したり、俺が俺である事を悟られない事が大事なのかもしれない。
ホームステイ先を出る前に、老人の持つPCをハッキングした。もう老人たちに悟らせずに勝手にデータを抜く事くらいはできるようになっていた。
まぁ、バレたとしても俺の成長を感じるだろ、よかったじゃねえかと言うつもりだが…。
飛行機の中でデータを確認していると、幹部の名前がちらほら見受けられた。おいおい、不用心だなと思いつつジン、ラム、ピスコ…等と出てきて、顔も知らない幹部の存在が案外近いことに驚いた。
内容としては重要なものはなかったが、ラムからの命令だ、ジンがそちらの区域で任務をするから邪魔をするな、等の事務的なメールだが、それでも幹部のコードネームは酒、程度の事しか今までずっと知らなかった俺は、一歩先に進んだような気がした。
恐ろしいことにRAMはNo.2だ絶対に逆らうな等の文言を見つけ、少し背筋が伸びたが。
チケットで日本に飛んだ後、指示された場所に向かう。小さな事務所のような建物で、がらんとしておりロッカーが並ぶのみであとは机と椅子くらいなものだ。
日本に到着し、すぐにここに来た為キャリーケースをそばに置き、椅子に座って待つ。構成員か幹部でも来るのだろうか?
数分待っていると、突然携帯に着信が入った。
驚きながらも出れば、変声期で加工された声でRAMと名乗った。なんて事だ、No.2の幹部から直々に声がかるなんて思いもしなかった俺は思わず椅子から立ち上がり、周りをキョロキョロと見回す。
しかし監視カメラらしきものも何もなく、RAMからも大きな音がしましたがなにかありました?と言われたので何でもないですと大人しく椅子に座り直した。
『あなたが私の名乗りに対して誰だと言ったなら不合格でしたが、私が誰か分かっているようで安心しましたよ』
話を聞けばヨーロッパ刑事警察機構、通称ユーロポールに長期間潜入する任務を任せたい、と言う内容だった。
受ければ今直ぐには無理だが近いうちに幹部にもなれるとの事で、即受けようと思ったが、相手は警察だ、まだこんなに若いのに潜入だなんて、勝機はあるのだろうか?と問えば「過去の貴方の経歴は把握済みです、スクールでの様子もね、それに能力も素晴らしいものがあります。これから貴方はこちらで用意した向こうの永住権のある身分に成り替わり、大学に入り、ユーロポールに所属してもらいます」と淡々と言われた。そして電話をしている途中にメールの着信音が鳴った。
開けなさい、と言われ、端末に送られてきた画像はその身分証であった。
しかし、身分が明らかにどうみたって女であることに驚く。性別間違ってねえか?
RAM曰く、思考の柔軟性、精神の二面性、若さ、顔立ちも良く見たところ女装でも何とかなるでしょう、そんなに若くして色々できると言うのに、自信がないのですか?知ってますよ何にでもなろうとする貪欲なところ、こう言うことも想定してたのでしょう?
との事だ。
実際、スクールに通い始めて2年目くらいには余裕が出てきて、他のなりすましを想定した変装、女装だけではなくより男らしい体付に見えるような工夫をしてみたり、声の出し方を変えてみたり、テーブルマナーや所作もいろんな人間のものを真似してみたりした。
振られる任務を円滑に行う為に必要を感じたからだ。
思えば組織に入る前の子供の頃からその場をやり過ごす能力があったからこそ、組織に拾われるまで死なずにいられたわけで、そう言う才能でもあったのだろう。他人の皮を被るのは向いていた。
確かに、できなくはない。ただ期間が長ければ長いほどリスクが高い。
しかし今まで組織に育てられ、まだ構成員の中でも「賢い子供」程度の認識しかされなかった俺が、No.2のRAMの目に止まったのだ!
今までも同性とはいえ、本来の俺とは似ても似つかぬ子供を演じてきたんだ、騙す相手が変に勘の鋭い子供から大人に変わるだけ、大丈夫、俺ならやれる。
「わかりました、任務、受けます」
『君ならそう言うと思ったよ、2ヶ月の大学の入学はもうすでに決まってる存在だ、それまで彼女と仲良くなるといい』
彼女、メールに添付された画像ファイルに写る身分証の、自分によく似た顔つきの女と目が合う。
Grace、フランス人の女、全くありふれた名前ではあるが、この組織に染まった真っ黒な男が成り替わるには綺麗すぎる名前に鼻で笑ってしまう。
アメリカで過ごした頃に、近くの教会からよく聴こえて来たAmazing graceを思い出した。素晴らしき神の恩寵の意味をしたその讃美歌は、あまりにも有名な曲で、向こうにいれば歌えて損はないまである為に好きで聴いていたわけではないがよく覚えている。
彼女は、俺にとっての
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「めっちゃ認められててよかったね……!私まで嬉しい…こんなお偉いさんから…いやでも結構任務やばいけどそれはそうとして今日はめでたい日だ!」
少年の学校生活編は面白かった、本当に普通の無難な成績も可もなく不可もなく、運動もまぁちょっと動けるけど、センスがめちゃくちゃあってチア部からキャアキャア言われる感じではないそこらへんの普通の男の子なのに、家に帰るなり学校に行ってた時の顔つきとは変わり一気に大人びる、そして難問の数々をスラスラと解き、宿題はわざとニアミスする回答をスラスラと書くようになっている。
そして地下室で行われる老人から教わる体術やハッキングやプログラミング操作やら…、任務が舞い込めば変装してターゲットを殺して隠蔽してしまう様はあまりにもドラマや映画のソレで完全に視聴者の気持ちになってしまうことが多々あった。
しかしその能力は表に出してはならない、まぁ組織ってそう言うものだからね。長年見てると本当にそう思うよ。
しかしその表に出してはいけない能力の高さをちゃんと組織のNo.2が評価してくれたのだ!ちゃんと上が下の事把握してて偉い!
そういえば、彼の薬の方は色々試して、やっぱり初心者でも扱いやすいエーテルを基礎にした方が安定すると言うか、多忙だしそんな一瞬使う薬に細かい調整やってる場合ではないとなったらしくエーテル軸で色々とオリジナル調合をする方向に定まったらしい。
まぁそりゃ、その方が効率いいもんな、賢い。変にマイナーなやつとかで作り始めると場所によっては手に入りづらかったりするから、割と何処でも使われているような物の方がいいのだ。
しかし、組織のNo.2のRAMか、組織に幹部がいる事は知ってたが突然No.2の幹部が出てくるなんて思いもしなかった。
まぁ、少年が組織の英才教育を受けてて絶対に裏切らないNOCではないという強い信頼と、また、学校生活をやらせてみて適性があるのを見て、こちらから警察側にスパイを送り込むのは普通に理解できるので、丁度良い人材だったと言えばそれまでだが。
彼は殺しも出来るしIT系も強いので本当に一箇所でだけ使うのが勿体無いのはわかるので、RAMは仕事の斡旋がうまいなあと勝手に思う。
しかし、大学入学が確定してる女の身分が既に揃ってるの怖すぎる。組織ってマジでなんなん?地味にタレ目なところとか唇もかなり似てるので彼の顔をベースに作った女なんだろうけど、めちゃくちゃ似てる女を探して殺してたりするのだろうか。怖いな、彼周りしか見てなかったから名前しか知らんRAMとか Graceの事は本当にわからないのでチョット怖い。
今日も今日とて記憶整理が激しく、伝えられた任務の重積を感じて黒くなってしまった雲を吸い上げる。
他の人の悪夢も食べるが、やはり彼の悪夢は何となく違う味に感じる。
大まかに味らしきものも感じず、おいしいと言う感情になるだけで腹の足しになる感じもしない、夢喰いの装置でしかないが、彼の夢だけは少し違う。
人の頃の習性だろうが、慣れ親しんだ味というか、同じ人間の悪夢をこんな頻度で食べることがないのである意味母親の味付けのように感じてしまってるのかもしれない。
なんじゃそりゃ、と自分ですら感じるが、まぁ、それだけ彼が私から見て特別と言うことだ。
どうやら日本の観光を数日楽しんで良いらしいので、数日日本のあちこちを歩き回り、女装に必要なものも買い込んだらしい。
指定された大学はアメリカにあったため蜻蛉返りしていった。せっかく来たのに、忙しいなぁと思いつつ日本のご飯食べて美味いじゃん…になってる彼を見てそうだろうそうだろう、の気持ちになったので、おそらくわたしの前世は日本人という可能性が出てきた。
確かに今まで見た街並みの中では1番見覚えがある、もしかしたら、観光案内もできたかもね!と考えて、でも彼はわたしのこと知らないしな…彼と知り合うことなど夢物語だと自分の夢も雲にしてたべた。
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メイクをするようになった、ウィッグをかぶるようになった、スカートを履くようになった、声も使い分けるようになった、しかし、あまり生活は変わらなかった。
そりゃあ女子トイレに入ることを最初の頃は躊躇したり、着替えなどの問題もあったが、全員合同授業みたいなものはほぼないので、よかった。
しかし、今からユーロポールで仕事をすることを見据えた動きをしなければならない。大学生の頃の不祥事が発覚して内定取り消しみたいな事がないとも限らない、いや、そんなことがあればそもそも入れないだろうが。
だから、見本になるような女を目指した。
誰から見ても信用の置ける、デキるし優しい、しっかりした芯がありそうな大人の女性、そういう女だ。
幸い、グレースの見た目は派手ではないし、大人しそうというのが第一印象になるだろう。この見た目にちゃんとした頭が備われば才女になるのは間違いなかった。
「おはよ〜!グレース!」
「おはよう。ふふ、朝から元気ね」
法律部や政経学部にはやはり正しいものを担う側になりたい人間が多く、そういう心情の参考になる。
過去にうんたらであーだったから警察になりたいの!過去に何々があってこう思ったから弁護士になりたいの!だの熱心な事だ。今までも正義に燃える奴はいたが、やっぱり明確な目標を持ってきている奴らは違うなと改めて思う。
実際、トイレに入るのを躊躇ってる時にどうしたの?と言われ、咄嗟に「子供の頃の話なんだけど、女子トイレに不審な男が待ち構えていた時があって…」とウソをつけば、泣きそうな、それでいて怒ったような顔をした後に笑顔に戻り、それは怖かったね、私も一緒に入るよ!と手を引いてくれた。気を遣って横の個室に入るでもなく、女子トイレ内で待っていてくれたあたり、こう言うところを目指す女ってこう言う事だよなぁ…と個室内で思った。
「あれ、リップの色変えたの?かわいい〜!」
「気づいた?折角だから色んな色を試してみたくて」
「グレースは魅力的な唇してるから赤もピンクもオレンジもベージュも大体似合うよねぇ、羨ましい〜」
「アラ、あなただってきっと似合うわよ!今度一緒に選びましょ?」
「本当?グレースに選んでもらったら間違いないね」
しかしそんな正義まっしぐらな女たちでも驚くほどグレースが男だとは気づかない、それどころか懐きまでするのでお前ら全員警察向いてねーよ、と鼻で笑ってしまう。
まぁ俺の女装がかなり自然に溶け込んでるという事なので、ヨシとしよう。
女のコミュニティは男と違ってダルいお気持ちコミュニティなところはあるが、それゆえに八方美人ではなく、それぞれに寄り添ってちゃんと話を聞いて共感してやれば面白いくらい簡単に信用してくる、付き合いもほどほどにしても、ヌルい大学ではなくちゃんとそういうやる気のある奴が来てる大学なので変な誘いをして来ないし、忙しいといえば理解を示してくれるから楽だ。
ある程度頭がいい人間が揃ってる場所に身を置くと言うのは、バカのふりをするより俺に向いている。
グレースで過ごす日々は悪くなく、かつらをとって黒いスーツを着れば全くイメージが繋がらない為、これはこれで便利だった。
やはりコーンロウにしておいて正解だった、別にゴテゴテの化粧をしているわけでもないのに、勝手に髪型を見て別人だと判断してくれる。それに、コーンロウを結いさえすればウィッグネット要らずてかつらを被れる。これが地味に楽なのだ。
「グレースは将来ユーロポールで働きたいのよね、きっとなれるわ、だってこんなに優秀で、なおかつカワイイもの」
「あら、ありがとう。貴女も立派な保安官になって、お母様みたいになれるわ、もちろんキュートだし」
賢い学友と切磋琢磨する日々は、ピンガとしては何やってんだの賢者タイムになることもあったが、まぁ、今までの人生の中でいちばんと言っていいほど楽しかったのだ。
ピンガに姿を変えた途端、あまり学友達に興味がなくなるが、グレースの皮を被った途端、学友達にかなり親近感を感じられる程度にそれぞれの姿をコントロールできるようになっていた。
大学に通い始め一年が経ったところで、RAMから幹部に昇格です。コードネームはピンガと名乗りなさい。とメールが来ていた。
メール一通であっさり幹部になれてしまい、幹部たちへの顔見せ諸々はまだいいのか?と思うもこれで晴れて幹部入りだ。と嬉しくなった。
それから1週間後の夜に、一部の幹部たちと指定されたバーで顔合わせをした。
みんな酒の名前をしており、変な気分だった。他人の名前と同じ酒は注文しづらいだろうな、と思う。
それにしても、幹部の中にクリス・ヴィンヤードがいたことに驚きだ。ベルモットと名乗っていたが、どうみたってクリスの顔をしている。
「なぁに、ジロジロと不躾ね」
「…クリス・ヴィンヤードがこんな組織にいたら、誰だって驚く」
「ふ、クリスね…。ここではベルモットと呼んでちょうだい」
「…ホントに本人なのか?」
俄かに信じられず、つい聞いてしまった。それを聞いたベルモットは人差し指を立て「A secret makes a woman woman」と呟き、この場を出て行ってしまった。
ぽかんとしていると他の幹部から「ベルモットはボスのお気に入りで、秘密主義だ。あんまり深く考えなくていいぜ、お目にかかれただけ幸運だ」と言われた。
まぁ幹部になったからといって、すぐに何かが変わるわけでもなく、RAMからの命令が最優先のため基本俺への指令はRAMを通ってから来る。
ただ、近場で応援が欲しい時の呼びかけや、データのハッキングや改竄程度の事は普通に振られる。まぁ俺は長期任務の下準備期間だし、派手にドンパチやるタイプでもないので妥当な任務だ。
ある日から、ジンがアメリカに来たぞ、と幹部内で噂になっていた。老人構成員のPCで見かけた名前だ、名前しか知らないので、ジンって?と聞けば、ボスから直接命令が下る大幹部だと言う。No.2はラムじゃないのか?と言えばNo.2はRAMだし、別格だがジンも別格だと返された。よくわからねえ。
しかしまぁ、この銀髪の大男のジンと腰巾着でサングラスをかけた大柄な男のウォッカ、こいつらがアメリカに来てから殺しの数が異常に増えた。
疑わしきは罰せよがポリシーだか何なんだか知らねえが、何でもかんでも撃ちやがって、監視カメラのハッキングと映像差し替えを今週だけで何度やったことか!
しかし嗅覚や勘は確かなようで、ジンが幹部を殺したと聞いた時は「仲間殺しまで許されてるのか!?」驚いたが、何と全員スパイだったらしい。恐ろしいほどあちこちの国からスパイを差し向けられてるこの組織って、マジで何なんだよ。だからRAMはユーロポールに入れって言ったのか、と逆説的に理解する。
暫くは学生やりながら組織の仕事もいつもより少し多いというか、突発的な殺しが多すぎて急に証拠隠滅依頼が舞い込むようになったから本当にムカつく。何でお前は俺たちと違って勝手な行動が許されるんだ。幹部ってのは同じ立場じゃねぇのか。
今まで組織の人間に教わった立回りや、型に嵌まらない動きをする、カメラにばっちり写ってしまってる銀髪を睨む。
そうは言っても、適材適所なのだろう。
仮に自分の目の前に組織幹部を複数人置かれ、NOCは誰でしょう、すぐに拳銃で頭を撃って殺してください!と言われても難しい。一旦全部洗わせろと、データを集めさせて欲しいと思う。
しかし奴であれば、恐らくその場で寸分狂わずNOCのみを撃ち抜くか、もしくは全員殺して終いだろう。恐らく後者だが。
殺しの数は多いしやってる事もかなり証拠隠滅のこと考えてくれ…と思う事が多々あるがそれでも、それは天性の才能ってヤツだ、逆立ちしたって手に入らない。
この組織に子供の頃から居て、疑わしいならば死ぬ…、そもそも疑わしくなくても殺される事だってあるのだ。それは重々承知しているが、やけに目立つ、あの銀髪が気に食わない。
雨の降る深夜、水を切らしていたことに気づき、仕方がないので近所のコンビニでミネラルウォーターを何本か購入した帰り道のこと。
突然バシャバシャバシャ!とこちらに走って来る音に驚いて、そちらに顔を向けると見知った顔だ。
水溜まりが跳ね返り、ドレスをぐちゃぐちゃにしてしまうのも厭わず、綺麗にセットされてただろう髪を振り乱し、顔面蒼白になった学友達の中でも、とくに良くしてくれてた、グレースの親友が、何かから逃げていた。
目を疑った、今はピンガの姿をしているので、駆け寄ったり、匿ってやるわけにもいかないが、確か警察のお偉方も集まる父親主催のパーティに出ることを話してた彼女が、どうして逃げる事になっている?
パシュン!
サイレンサー付きの銃の音が耳に届く。雨に紛れてほぼ聞こえなかったが、俺には馴染みがあったから、理解できた。彼女に凶弾が迫る。
ばちゃん!と大きな音がして、彼女が目の前に倒れた。
撃たれた!いてもたってもいられず、彼女に駆け寄る。水たまりはみるみる血溜まりになり、顔は絶望そのものに歪んでいる。
「おい…!」
「はぁ、……っう!ひっ!………ぐ、ぐれぇす?」
彼女が痛みに耐えながらも、駆け寄った俺の顔を見上げる。一瞬怯えたかと思えば、困惑し、最後に呟いた名前を掻き消すように、2発目の銃声。
それは彼女の脳天をしっかり貫いていた。2度ともの言わなくなった彼女を目の前にして、いま、グレースと言ったか?と混乱する。最後の最後に気づいたのだ。彼女は。
「オイ、テメェ」
「…は」
頭の側でガチャリと音がする。銃を突きつけられている。
思わず顔を上げれば、モニター越しやカメラ越しにしか見た事がない、例の幹部、ジンが目の前にいた。
奴の眼光は今まで見たことがないほど冷たく、恐ろしく、俺は震え上がってしまった。死を、覚悟した。
「あ、アニキ!そいつは始末する必要ないですぜ!確かベルモットから送られて来てた…新しい幹部の…ピンガ!」
「………フン」
ウォッカが慌てて間に入り、ジンは何を考えてるのか悟らせない、無表情で銃を下ろした。とりあえず殺されずに済んだようだ。しかし、何故彼女を追いかけていたんだ。組織と彼女は何ら関係がなかった筈。
「ピンガ、悪ィが証拠隠滅手伝え。俺はここを片付けるから周りのカメラ、頼むぜ」
「お前がウォッカか…、わかった。ルートだけ教えろ」
ウォッカがこちらと話している間に、ジンはどこかへ行ってしまった。その後ウォッカも遺体をシートで包んでどこかへ行ってしまった。深夜でここらは夜に人通りが少ないとは言え、やはりやる事が堂々としすぎている。
そして証拠隠滅のために部屋に戻ってから、PCを立ち上げ、付近のカメラをハッキングしその時間帯のものの改竄に着手する。まぁこの時間帯ならループ映像差し替えでいいだろう。
カチカチとマウスを動かし、キーを叩き、グレースの親友が殺されるシーンを切り取った。
そこで、ふつふつと怒りが湧いてきた。
そもそも彼女が殺されないといけない理由が、ジンとウォッカの警察との闇取引を見られた、というなんとも粗末な理由だからだ。
しかも、ジンのあの様子を見るに、幹部だろうが新顔なんか知らない、という態度を通り越して、本当にこちらの生命に興味がないまであった。今でもウォッカが止めてなかったら死んでいたと手が震える。近年で一番死に近かった瞬間かもしれねえ。
ジンにとっちゃ、いつも手前の尻拭いをさせてる幹部や末端なんざ覚えるに値しない、つまり認められてないということだった。
「あんなのが、RAMと同格の大幹部だと!」
ダン!机を殴りつける。
プライドもズタズタにされ、同時にグレースの親友も失った。
どうしようもない感情が渦を巻き、嵐の夜の真黒な荒れ狂う海のようだ。
メンタルコントロールは完璧にできていたはずなのに、こんな事で!こんな…!
組織に入ってから理不尽にも耐え、子供の未熟な心で溜まったフラストレーションも表に出さず、今まで上手くやってきたし、周りの人間が死ぬのも当たり前だったし、自分で近いて殺す事も何度もやっている。
しかし、しかしだ、グレースの親友の彼女は俺が計画的に近づき、親が警察たちとのパイプを持っているから仲良くしていればよりRAMの計画に有利だったから、休みの日も一緒に遊びに行ったりとコツコツと積み上げてきたのに、それをパァにしやがった。
この日以来、いずれジンよりも上の幹部になってやるという野心が芽生えた。
まずは、確実にこの潜入任務をやりきるんだ、それからだ。組織の中でデカいツラを出来るのは今だけだ、そう呟き、拳を握った。
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