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愛しのグレース

キャプションは読まれましたか?


黒鉄の魚影の深刻なネタバレを含みます。まだ見てない方のクレームは受け付けません。劇場に走って、早く!











グレース。彼女は茶髪でふわふわとした髪質で前髪は切り揃えられており、赤色のフチの大きなメガネに、薄い色のグロスを好んでその厚くて特徴的な唇に乗せている。
目は垂れ目でブルーの瞳は海を感じさせる深さをがある。
彼女は頭脳明晰、聡明で頗る愛嬌もあり気も効く、スカートを履いているところは見たことがないが、パンツスタイルでも美しい脚のラインが出ており、スカーフやピアスなどの小物での女性らしさ、何よりその持ち前のお顔が美しく愛らしいので、モテた。



しかし頭のいい彼女は、まず馬鹿な男は嫌、プライベートを共にするのに知識がないせいでそれでこちらがイヤな思いをしたりするのは不快だし、パートナーは同じくらい頭の回転が早くなくちゃこっちが疲れる、と高校や中学の頃の彼氏の話を交えて一蹴した。

そして、身長が彼女のヒール姿より低い男も嫌、私は自分らしくいたいからパンツスタイルとヒールを止める気はない、相手に合わせて髪を伸ばせだコンタクトを入れろだ言われるのもうんざり、と実の両親にフワフワのスカートを嫌だと言っても履かされ、邪魔な髪を好き放題アレンジするために拘束されまくった幼少期の話を語り一蹴した。

身長に関しては過去にデカ女だのゴリラ女だの言われたのが嫌だったのと、親戚の兄的な人がいたらしいが、その自分より身長が高い男の人に優しくされた時のことを頬を染めながら話す彼女の姿を見たら絶対条件だ、と思った。

そして財力、やはり彼女は幼少期の両親の拘束具合とゆるふわロリータファッションをゴリゴリに着せたエピソードも踏まえて、かなり裕福な家に育ったのは間違いない。
大学入ってすぐあたりになんとなくで付き合った男があまりにも金にだらしなく、アパートの駐車場にはご自慢の旧車が停まっているのに家はボロボロのアパート、部屋に上がればカップ麺のゴミ、さらにはGの音がして即家の扉を閉めてメールで本当に無理ということを伝えて振ったという話をされた。
そりゃそうもなる。






つまり彼女と付き合いたいのなら、最低限

・ユーロポールに引き抜かれるほどの頭脳
・生まれ持っての身長の高さ
・彼女のQOLを落とさないどころか不自由させない頭の固くない実家と養えるだけの貯蓄
・彼女を不快にさせない整理整頓、潔癖さ

を兼ね備える必要性がある。
そしてこの俺、去年グレースに一目惚れをししかし大学が同じというくらいで接点はほぼなく、地道に彼女の噂を集めたり地道に友達になったり地道な努力を重ねてきて、条件が分かった今の俺は、最高に幸運だと、神に感謝した。

「全てを兼ね備えている…」

頭脳!実家が太いので英才教育を受けており大学内で上位の成績を収めている俺!

身長!中高バスケ部でよく食べよく眠る健康児の俺!グレースのヒール姿より見た感じ10cmは高いのでは?彼女くらい余裕でお姫様抱っこできる。なんなら背に乗せて腕立て伏せできる。

貯蓄!英才教育と実家の賜物、大学一年生の頃からFXやアプリ開発にも手を出しており、個人の貯蓄もかなりある。卒業後は親の老舗会社を継ぐので安泰だ。
ちなみに親は自分の人生歩めばいいのよ、と両親共に毒親持ちだったせいで反動のせいか俺にはめっちゃ甘い。し、幼少期のゴリゴリの教育のおかげであなたの選んだ子なら大丈夫!とまで言ってくれている。親戚とも縁を切っているようなので親周りのゴタゴタは皆無だろう。

整理整頓等も問題ない。子供の頃はあまり片付けが得意ではなかったが、流石に出来なすぎると思ったのか片付け出来ないものは全て捨てるという強行に出た。おかげでしまわないものは捨てられるトラウマになったが今は逆にモノを持たないミニマリストと化し、部屋はまるでモデルハウスだ。

最低限の条件は突破した、しかし、最低限の条件である。あとはグレースが俺の外見を気にいる…そこまで行かなくても声、態度が超無理!とか何かの逆鱗に触れない事を祈るばかりだ…。
そして何より彼女は多忙だ。しつこい男は嫌われるはもうお決まりなので詳しく聞いたことはないが、やはりそっとしておくが吉だろう。

とにかく俺は今日、遂に、グレースに告白をするのだ!!!意気込む俺に友人たちは爆死会の準備しとくよ、いくらおまえでも高嶺の花ってやつよ、と肩ポンをしてくるが、今を逃したら一生告白しない気がするので無視だ。
フラれるならちゃんとフラれたい!もう大学卒業しちゃうしそれで仕事に身が入らなかったら割とシャレにならん赤字出しそうで怖いし…。





気合い入れすぎかな?とは思ったが、ありのままの気持ちを伝えるのにこれ以上はないだろうという事でオーダーメイドのスーツを来て、プレゼントには赤い薔薇を12本包んでもらった。これは貸切にしたレストランに置いててもらってる。
…彼女は花言葉とか知ってるだろうか、いやそんな女々しい事を考えても仕方ない、好きだと伝えてそれに対してOKなのかゴメンナサイなのか、それだけだ。

夜景の見えるレストランに彼女をLINEで招待した。彼女からは普通の友達だと思われてるし、お互いパートナーもいないけど今後のビジネスシーンで必要になるかも…来年からは俺も若社長なので…もち全額コッチだからご飯食べにくる位の気持ちでいいよ!…という真面目な名目で誘ったら意外と簡単にOKもらえて俺はそれだけでも割と有頂天だ。
ジジ臭い感じがないようクラシックでありながらも内装は若者にもウケる、映える感じのオシャレなレストランだ。もちろん貸し切った。

正直グレースがどういうものを好んでるのか、いまいちよくわからない。その時々により、彼女の目が奪われているモノがまばらすぎるので、観察してみたが彼女の好みが分からず終いだった。
ある時はグレースとは結びつかないような強めのファッションに目を奪われてるかと思えば、グレースがいつもしてるような、イメージ通りのスカーフやアクセサリーに目を奪われている。憧れとかなんだろうか。



この日のために買ったと言って過言ではない最新の外車でグレースを迎え、レストランにエスコートし、席に着き、その後こんなお店に来た事初めて、と好感触な会話をし、ちゃんと目的として伝えていたこういうシーンではこんな感じかな、みたいな相談も交えつつ、まぁ盛り上がったのではないかと思う。
グレースもこれからは今までの生活より上の場所で生活をするのだと意気込みつつ、自分も勉強になるという姿勢で一緒にアレコレ話してくれて、とても嬉しかった。

「美味しかったわ、あまりこういうお店来ないから勉強になったし、いい経験だったわ、ありがとう」
「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう、こんな事女の子に頼むのもどうかなとは思ったんだけど」
「勘違い、されちゃうかもしれないもんね」

ふふ、とほほ笑むグレース。垂れ目が細まって、口角が緩く上がる。グレースが片手にワインを持っているのと、今日のために着てくれたドレスがマッチして、とても美しい絵画を見ている気分になる。
首から胸元にかけてもしっかり隠れており、肩周りも全て黒いレースで肌色が見える訳ではないのにこの色気だ。一周回って格好良さすら感じた。


「勘違い……」
「え?」
「勘違いでもないよ」

隠していた薔薇の花束を持ち、グレースの席の横まで歩き、花束を差し出しながら跪く。

「まどろっこしいのは嫌いだからシンプルに言う。好きです。付き合ってください」

そして頭を下げた。
彼女の顔をみれない、今どんな顔をしている?わからない。
やはり即答は難しいだろうか、告白するタイミング悪かったかな、ドン引きされてたらどうしよう、やっちゃった、と次々と悪いイメージが頭を支配していく。
すると、花束からカサリと音がした

「オーケー、付き合ってあげる」

バッ!と顔を上げれば微笑んだグレースが花束から一本バラを取っていた。そのバラに口付けをした後、自分の胸元のポケットにその薔薇を差し込んだ。
つまり…ほんとにOKという事…。

「え?夢?」
「夢じゃないわよ、もしかして飲んでないのに酔ってるの?」
「酔ってない!車運転しないといけないから!……現実!」

自分の頬を抓ると、グレースは古典的!と笑った。レストランのスタッフさん達はニコニコとしてこちらを見つめていた。
どうやら本当に告白が成功したらしい。
まぁ今日のところは一旦帰りましょう、と食事もとっくに終わってたので確かに夜も遅いし女の人を夜まで付き合わせちゃって…という事で彼女の住んでるマンションまで送った。彼女は薔薇の花束を抱えて帰っていった。
その後自分のマンションまで帰り、車のガソリンのメーターを見るとちゃんと減ってるし、グレースからのラインを見れば「今日はありがとう、これからよろしく♡」という旨の内容が来ており、枕に顔を埋めてよっしゃああああああああ!!と今まで出た事ない声を出した。











side : grace/pinga


組織の男幹部ピンガとして、表の顔は女性のグレースとしての日々は、大変なんてもんじゃなかった。

しかし、今やラムの側近も目前、ジンを撃ち落とす事も夢ではなく現実味を帯びてきた、その事が素直に喜ばしい。
何より大学に通って、大学生を演っていたからこそ、直美・アルジェントの「老若認証」にいち早く気づけたのだ。外部から知るには老若認証がニュースになったり、その伝手から聞き出せたりと幸運が重ならないといけなかっただろう。

───ツイている。

二重生活は面倒だが、確実にやり切れば完全に表の顔として定着しアリバイになるであろう、そしてRAMに老若認証を報告し、好感触だったという事は今後必要になるであろう、インターポールへの関与や、いずれ完成し、老若認証を導入予定の海に浮かぶ施設…、そこに採用されるにもうってつけの姿、『グレース』はそれ故に気に入っている。
組織もある程度融通は利かせてくれるから、二重生活でぶっ倒れる事もなかった。

大学生活自体は問題なく授業受けたりなんだりと、単位さえとって今後の為の最低限の「ポーズ」をとっているのだと思えばなんとも思わなかった。

1番面倒だったのは男どもだ。
オレもピンガの際には女に横暴な態度を取ったりしていたが、まぁ腹立たしい。大して頭も良くなけりゃ金もない、挙句自分の事すらまともにできない男どもが、口説こうとする。自分の付加価値のためだけにこの『グレース』を。

許せる訳もない。グレースではなくピンガであれば全員殺していたがあくまでグレースとしての対応をする為に嘘の話をした。
両親にフリフリのロリータ強要された話も嘘、付き合った彼氏がいたのも嘘、デカ女も何も男なので全部嘘。親戚の兄的な存在もいないし、そもそもグレース自体フランスには存在してない、大学生からの経歴の存在なんざ、いくらでもトラウマを持ってる過去にしたっていい、理由を過去に作ればいい。オレの頭の中でブレなければいいのだ。
その噂が広がれば言い寄ってくる男はほぼ消えた。一部の気のいいヤツらが普通のお友達として関わってくるだけだ。

経歴なども向こうでいい思い出がないと言えばあまり根掘り葉掘り聞く奴はいない、グレースも気づけば高嶺の花になったものだ。自分の事だがそれが誇らしくもある。






同じ大学に通っている男生徒に良物件がいる。経歴をちょっと調べただけでまぁ女が寄ってくるのは想像に難くない程だ。
そいつは『グレース』のアクセサリーとして良いな、と思った。というか、使える。

まず、金を持っており最新の外車をポンと買い、自分の親が持つマンションでセキュリティも上々な家に住んでる。自宅の様子は彼と仲のいい友人が酒の席で奴の家はモデルハウスのモデルルームだぜ!と言いながら写真を見せていたが、本当に人が住んでるのかってくらいモデルルームだった。
外見も悪くない、グレースはやはり俺だけあって身長もあるし、ヒールを履きたいのでまぁまぁな身長だ。グレースの横に小さめの男に立たれるより大きな男が立った方が「サマになる」から、その方がいい。なにより女らしいだろう。

頭の回転も早く、性格も悪くない、だからと言って正義漢でもないし、奴が他人に意見を強要している所は見たことがなかった。
何より相手の希望は叶えたいタイプらしいので、これも便利だろう。
奴が不労所得としてFXやアプリ開発をしているのも知っている、複数出してるアプリも使ってみたがまあ便利で、組織の任務の時にも使えるものが数個あった。

ワンチャン言い寄って来ないかななんて思っていたが奴は配慮が出来すぎており、グレースに告白してくるまでほぼ一年くらいやけやがった!
なんて奥手!お前なら即日勢いに任せた告白でもOKしただろうに!何故なら『グレース』にとって使えるからだ。

女の姿をしているが気軽な男友達的に接してくれた1年間も悪くなかった。が、やっと『いうことを聞いてもらえる』立場になったわけだ。
身体の関係を迫られることもあるだろうがエーテルを常備しているし行為の前に酒でも飲ませておけばいいだろう。
明日も帰りたくないから、運転なんて気にしなくていいのよと囁けば男なんてもんはちょろい。

今後有効活用して、よりグレースの価値を高めてやる、と意気込んだ。





……しかし、駆け引きだとか、騙してちょっとギスギスしたりとか、そういう事も想定していたピンガはあまりの難関の無さ、それどころか甘えてみたり等慣れない行動も覚悟していた為、拍子抜けすることとなった。

「先日は告白を受け入れてくれてありがとう、一応心配だから言っておくと、本当に無理しなくていいから」
「無理?」
「俺、告白する前からグレースの外見だけ好きなんじゃないか、考えて考えて、そうじゃないな、全部好きだなって思ったから告白してるんだ、だからグレースが付き合ってくれることは本当に心から嬉しいんだけど、君の、君の……なんというか、実家みたくなりたいとおもってて」
「????」

この男、本当に『グレース』にゾッコンな事だけはわかった。いつも女性との会話もスマートにこなしてたし、付き合う前はグレースに対してこんなよくわからない簡潔ではない物言いはしなかった筈である。
グレースがこんなにも評価されていて嬉しいのと、今まで完璧に見えていた男の崩れた面を見れてなんとなく可笑しかったのと、そんな気持ちが混じり合ってふふふっと吹き出してしまった。
それを見てバカにされた?という顔をするでもなく、初めてその笑い方見た!と言うようにまた顔を赤くして目をキラキラさせる男の顔を見て、変な奴だけど、本当にコイツが実家になりそうな予感もした。

最終的にグレースが大好きだけど性的なことはガツガツする気はないよ!と宣言されたのだった。非常にありがたい申し出である。流石に野郎の相手するのは普通に嫌なので。
しかも貢ぎたがりだから、超頻繁にプレゼントしたい。でもそういう立場ではなかったから、惚れた一年前からずっと色々貢ぎたかった故に「グレース用口座」があるとまで言われた。流石に引いた。養いたい欲があるのでお願いお願い〜と無理やりその口座のキャッシュカードを渡された。

私結構お金持ってると思っちゃうとガンガン使っちゃうしこのグロスだってブランドものよ?はしたない女って思われちゃうかも…
と困ったような仕草を見せれば、グレースは世界で一番最高の女なので、そのような心配は皆無。むしろ使われる為に存在してるお金は使ってもらったほうが嬉しい。と熱弁された。

「あと…君がいつも身につけてるモノと全然系統が違うアクセサリーとか、興味あるんだよね?違ったらゴメン……。でも、グレースが全然違う趣味のモノを買いたがってるなら、それをノーリスクで買ってみてほしいって思っちゃうんだ。…あっ、俺の金使ったからって無理に買ったモノ身につけて俺に見せるとか、そう言うのしなくていいよ!ただ、グレースが、好きなものを、君を周が見る雰囲気と違うからって理由で我慢して欲しくないというか、グレース、本当に綺麗だから、何でも似合うと思ってる。いずれ俺にも見せてくれる気持ちが出来たら、見せてくれると嬉しいし」

…案外人のこと観察してるじゃねぇか。まさかピンガの時に身につけるアクセ等を見てる事まで勘づいてるとは、やっぱ危険か?と思ったが単純にグレース狂なだけっぽいのでとりあえず保留だ。
バレたらバレたでその時、ピンガなら迷いなく殺せる自信がある。

奴を財布として使いつつ、彼氏がいるから女性としてよりそれらしいという、非常に良いものを手に入れたという満足感がある。
ジンの奴がグレースとして使うブランド品の経費を認めなかった事があるので、財布事情はコレで万事解決だ。
それにしても、哀れな男だ。今はこうしてグレースの彼氏という立場で幸せだろうが、いずれ俺の正体に気づくか、俺が邪魔になって捨てるか、この男と円満な家庭を築くという将来設計は俺の中にはない。
存在しない女に、どれだけ搾り取られるんだと、これからの事を思って口角が釣り上がった。








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「パシフィック・ブイに採用されてからめっちゃ忙しくて会えないし連絡もすごく時間差あるけど、俺の用意した口座からちゃんと引き落とされててすごく幸せ…俺の金でグレースが生活してる…」
「おまえらまだ付き合ってたん?」

仕事の帰りに大学の同級生だった奴とたまたま会い、グレースとはどうよ!と言われたので飲み屋に入ることになった。聞いてきておきながら付き合ってたん?とは何事だ。

確かに、付き合った当初はなんでお前が高嶺の花射止めてんだよ!でもわからなくねぇわ!末長く爆発しやがれチクショー!と散々言われたが、卒業する頃には落ち着いて、卒業後は全員がほぼバラバラの就職先の為に中々お互いのことを知り合う暇もなかった。

俺は若社長なのでより暇がないし、グレースもとんでもなく重要な情報を扱う職場で住み込みで働くらしいので卒業してから全然会ってない。
自撮り付きでLINE送ってきたり、全然会えないけど、頑張ってるよ!あなたも頑張って!という励ましの言葉が送られてくるだけでhappyなので本当に会えないのは辛いんだけど今はそういう時期だと思ってる。

「で?グレースってどうだったんよ」
「え?なんの話」
「夜の話」
「下世話すぎるだろ。してないよまだ、清い関係のままだ」

ガッチャーン!!片手に持ってたジョッキを料理の上にぶちまけた。個室でよかった、結構な音の大きさだ。
あーあーと言いながら店員を呼び、片付けをする。それが一通り終わって、さてなんの話してたっけなと思いつつ無事だった焼き鳥を食べる。

「え?ていうかあり得なくね?」
「………あぁ?いや、求めるほどいい男だとまだ思ってもらえてないだけだろう。それに俺もグレースの裸なんて想像しただけで鼻血吹いて倒れる未来しか見えないから逆に助かってる。心の準備に時間はいくらあってもいい。でもいずれ抱きたい」
「えっ、えぇー………?」

本当に男かよお前、気味悪いと言いつつまたビールジョッキを頼む男はドン引きと言った様子だった。

「じゃあ逆に聞くが普通ってなんだ」
「というか大学の頃に知り合っておいて大学期間に色々終わってねえのが信じらんねえわ。俺たち若いよな?EDなの?」
「めちゃくちゃ大事にしたいだけだ。俺は体格が良過ぎるから結構昔は女の子に怯えられてな、高校の頃付き合った彼女にも受け入れられませんと脱いだ後にお断りされた」
「それは………御愁傷様」

確かに、普通の彼氏は彼女用銀行口座なんて持ってないし財布だけ預けるなんてすることは無い事も知っている。でも俺の立場も、グレースも、普通では無い。
彼女の過去の話を聞いて、可哀想だけど自分の欲もあるからと、強要する事は絶対にできなかった。

大学の頃、好きになってからずっと見ていたんだ、グレースのことを、真面目に授業に取り組む綺麗な横顔も、困った顔も、怒った顔も、かわいく笑う顔も、全部全部愛しくて仕方ないのだ。それを失うのは、世界的な損失だと思うほどに、グレースの全てが好きだった。

じゃあ、俺の金で不自由なく明るく、笑って、あの美しい顔が歪まないように生活してくれてた方が、俺のそばに無理にいるより何百倍もいい。グレースがいい状態を保ってる事が俺の幸せだ。





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「なぁベルモット」
「なァに」

ピンガはグレース用のスマホを見て、そのスマホケースに挟んでる奴からのキャッシュカードごとぎりりと握った。なんなんだアイツ、何故会おうとか全然言って来ないんだ。助かるけど。

「俺のグレースって魅力ないか?」
「好みによるんじゃないかしら……え?何?恋バナ!?」
「………」

ベルモットは化粧してた手を止め、こちらをバッと振り返る。任務に動くまでの待機がまぁまぁ時間があり、暇で話題もないから何となく聞いてみたが、とんでもねえ察知能力だ。
恋バナ…、恋バナなんだろうか。

「グレースの姿で大学から付き合ってる奴がいる。男。別に好きじゃねぇが金持っててグレースに不自由させないから付き合った、まぁ、便利なATMって所」
「ワォ、キャッシュカードまで預けるなんて熱烈だけど、女心がわかってないんじゃなーい?」
「それなんだよ。コイツ、マジで全然求めて来ねえ。応じる気はねえからいいが、本当は俺の方がアクセサリーって事か!?許せねえ!」
「ストップ」

落ち着きなさいよ、とベルモットに宥められる。もっと詳しく、と言われ、まぁグレースの情報渡したところで問題ねえだろと、大学の頃のデートの様子や、卒業後は連絡だけにとどめられ、金をガンガン使う事にも何も言わず、ただただ気を遣ったLINEだけど下手くそな自撮り付きで送ってくるのを現物を見せながら話した。
全然本当に手を出されないのは、男のピンガとしては助かるが、女のグレースをバカにしてんじゃ無いのか!?という憤りすらここ最近は感じる。

「大事にされてるのねぇ、あなた。…ここまでゾッコンで手を出さないの、本当に凄いわ、初めて見るレベルで重症ね」
「……どういう事だ」
「このカレ、貴方が幸せでいてくれればなんでもいいのよ。自分が飽きられて捨てられても、何というか、…最早信仰されてるんじゃないの、貴方の『グレース』。何がきっかけでここまで酷いのかはわからないけど、きっと貴方が彼をこっ酷く振っても、貴方のせいで彼の事業が潰れても、大損被っても、……最悪の事態になって殺されてもきっと『あぁ、グレースは無事なのか、よかった』っていうタイプよ」

そういうもんなのか?と思いつつも、あまりにもそう言って死にゆく奴の姿が容易に想像できて、バカらしくなってしまった。
それと同時に、こんな事でイライラしてた自分は、まるで、まるで本当に奴のことが好きみたいじゃ無いか───。
ハッとした時にはすでに遅く、ベルモットが形のいい、美しい顔を本当に楽しそうに笑みに変える。

「このコ、ちょっかいかけるわね」
「ハ!?」
「なぁに?問題あるの?卒業後半年以上会わずに貴方からもアプローチはなし、それにさっき自分でATMって言ってたじゃ無い」
「…ッ!」

コイツ………!!!!!!とカッと頭に血に昇ったところでラムからインカムを通して通信が入った。くそっ、こんな話魔女になんかするんじゃなかった!後悔しても既に遅く、俺はこれからしばらくはパシフィック・ブイと組織の往復で本当に自由な時間がない、まぁあの男の為に時間を取らなくていいと思い、自分で組んだのし上がる為の予定だが、その間に絶対この女は寝取るだろう。グレースの彼氏を。
ふざけるな、グレースのモノは、俺のモノだ。







と、意気込んだ割には本当〜に巧妙に邪魔をされてベルモットと奴の接触は阻止できなかった。それどころかLINEを送ってもいつも通りで、電話もあまり、かけて来ないし、かけないからかけるのが憚られた。便利に金だけ使って最低限の連絡にしてた弊害がこんな所で出るのは想定外だ。

組織の命令で集められた際、ベルモットの顔もあり反射的に顔を逸らした。
しかし、ベルモットはわざわざ俺の横まで歩み寄ってきた。
もう何も聞きたく無い。わざわざ俺に、お前はフラれたぞと、奴の口からではなく、女の口から聞かせられるなんて、悪い魔女だ。
だからと言ってこの場から逃げられるはずもなく、俯くしかできない。

「フラれたわ」
「…………は?」
「文章でしか相手してくれない女のどこがそんなにいいのかしらね、目の前に世界の大女優がいるっていうのに、全然靡かなかったわ」
「は…」
「挙句、世界一可愛い彼女を幸せにしたいのでって宣言されたわ、良かったわね」

ベルモットは片眉を上げながら、ほら言った通りだろうと言うように笑った。
それを聞いた俺は居ても立っても居られず、その場から駆け出した。キャンティとコルンの足音を聞いたがそれどころではなかった。

「あれ、ピンガは?」
「御手洗に行ったわよ、あなた達が来るの遅くて」
「トイレなら仕方ない」







「〜〜〜ハッ、」
洗面台に手をつき、目の前の鏡を見ると、顔は紅潮し、口角がひくひくと上がるのを手で押さえるものの、どうしようもなくだらしのない、自分でも見たことのない顔になっていた。
しかし、鏡に映る自分は、コーンロウに髪を巻き上げ、眉毛も吊り上がり、服装も黒ずくめだ、これは、『グレース』ではない。
そんな事は一番わかってる。
まるで両思いみたいな言い方をするベルモットを思い出して片手で顔を覆った。

「自分がいちばんの恋敵かよ………」






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自分から奴に連絡を取った。会わない?と、
返事は素直に会いたい!!!と来たもんだ。そりゃ半年以上会えなかったんだ、即答だろうなと自嘲気味に笑う。
どこが良い?行きたいところある?住み込みだもんね行きたいところ合わせるよ!と健気を通り越して病的なレスを、嬉しいだなんて思ってしまうのがどうしようもなく辛かった。初めて抱く感情で、胸が痛い。

『 グレース』を被り、デートに向かった。この姿はピンガにとっちゃトロフィーのように自慢だったのに、奴はグレースがいる限り、ピンガには見向きもしないだろう、何より同性で、奴はグレースと付き合ってるからノーマルだ、その覆せない事実が、性差が恋愛に与えるハードルの高さが憎くて仕方がない。

「グレース!」

俺を視界に入れるなり、奴が笑顔で駆け寄ってきた。奴の撮るど下手くそな自撮りではよくわからなかったが、若社長も慣れてきたのだろうか、顔つきが前よりしっかりしており、カッコよく感じた。
久しぶり、会いたかった、と恋人のように振る舞えば喜ぶと思ったが、すぐに体調悪い?と確認された、ドキリとした。体調が悪かったら来てないと言えば、じゃあ無理してない?と返された。

半年会ってないのに、何でわかるんだよ。

予定は変わってお家デートというやつになった。奴のマンションに来るのは久々だった。突然家に招いても家の中が問題ないというか、あの頃から全く変わっておらず、変わったのは壁掛けカレンダーくらいで安心する。
ソファで待ってて、辛かったら横になってて良いよ、とブランケットまで寄越してちょっと待っててね、と別部屋に行ってしまった。

耳を立てればどうやら今日行く予定だったところにキャンセルの電話をしているらしかった、突然のキャンセル申し訳ない、料金は払う、迷惑かけて申し訳ないと一件一件謝っていた。
社長という立場なのにグレースのためなら頭を下げる事も簡単に行う男に、頭痛がする。
しかし、こんな気分で明るい場所に行っても無理をするのは明白、家に連れ込まれたが万一にはエーテルもあるし、こっちの方が気が楽だった。



「お待たせ、ホットミルクでよかった?」
「えぇ、ありがとう…それから、ごめんなさい」
「謝らなくていいよ!パシフィック・ブイに篭りっきりで久々の地上なんでしょ?仕方ないよ、すごく忙しかっただろうし」

本当に何とも思ってないという顔をして明るく言う。眩しさすら感じる。

「うーん、とは言え、うちは本当に何もないんだよなあ……サブスク登録はしてるから映画でも見る?」
「そうね、お願いしても良い?」
「勿論!」

お互い最近の映画なんてよくわからないので、評価の良さそうなトップ画面に映し出された恋愛映画を再生した。
2人がけのソファに寄り添って座る。付き合ってから手を繋いだりした事はあるが、ここまで密着して映画の時間ほど居るのは初めてだった。本当に付き合ってから恋人らしい距離でなかったのだと思い知る、確かに食事でも向かい合って座るし、アレコレ理由をつけて俺が予定をぎゅうぎゅうにしてるからゆっくりする事もあまりなく、前は男同士なんてありえねーと思ってたから、キスだって軽いものしかしてなかった。本当に最低限の恋人だった。

身体、男の硬さだって思われてないよな、匂い大丈夫だよな?仕草はちゃんと女らしいか?この角度は奴からどう見える?そんなことばかりが頭を占める。
ちらっと奴の方を見やれば、画面に集中しているようだった。


「さっきの映画、悲しかったなあ」
「割と良い終わり方じゃなかったかしら…」
「いや、途中まであんなに好きあってたのに、性別が勘違いだったからって、もう1人のぽっと出の正ヒロインとくっつくのって…俺は良いとは思えなかったなあ…」

なんと映画の内容が、学生の頃女装癖のある男子生徒と主人公が勘違いしたまま恋愛してたが、大人になっても大好きだよ!と言ったのに性別が明らかになった途端、盛大に裏切られた!と悲しむ主人公に正ヒロインが根気よく慰め、トラウマを払拭し、友達としてその女装癖のある友達と和解し、主人公はヒロインと結婚して、友達も結婚式に来てハッピーエンドという内容だった。
実際、正ヒロインが出てきてからの尺の方が圧倒的に多く、女装癖の男は映画の話題を呼ぶためとか、設定盛るためだけにいたのでは?と思うほどだった。

難しい顔をしながらう〜ん、とコーヒーを飲む奴に、「酷い男だ、お前は主人公側の人間だぞ」と思いながら暖かさの消えた、冷え切ったただのミルクを飲み干した。

もう一本なんかみる?しんどかったらお昼寝する?とお茶目にいうもんだから、寝ても良いかもしれないと思ったが、良いわけないだろとすぐに思い直し次はコメディ系の方が良いわね、と言った。

「本当に大丈夫?送ってくよ」
「いいわ、もうすっかり気分もいいし」
「まぁ、今の職場は情報厳しいから、着いてくのも良くないのはわかるけど、心配だ…」

送らなくていい、わざわざ自宅から出ることないしちゃんと帰れる、と彼を家に押し込めて、そのまま帰ろうとしてるが、玄関で心配だからついて行かせてほしいと言うもののグレースの言うことも尊重したい、で揺れてるのだろう、本当に全く、寄り添って肩や腕が振れるくらいで触って来ないのに、本当に心配なのかと思うくらい手を出さなかったくせに。

「ホント、そういうところ」
「え?」

手を出されなかった事も悔しいし、やっぱり自分の事をめちゃくちゃ大事にしてくれてる事もわかって、もう気持ちがめちゃくちゃだ。ただどうしても、悔しくて、奴の腕を引っ張って自分の顔の位置まで崩し、両手で顔を包んで、キスしてやった。

奴は慣れていないようで、おぼつかない舌の動かし方だったが、驚きと困惑を見せながらも、幸せそうに目を瞑って受け入れやがった。何だよ、お前からしてくれればいいじゃねえか、そんなに嬉しそうにするなら。


「ッハ、……、じゃ、帰るから、追いかけてきたらダメだからね」
「……ッ、グ、グレース!」
「またね」

バタン!ドアを閉めて持ち前の運動神経で即座に退散した。バカなことをしたとは思うが、本当にバカなことをしたと思うが、やってやった!という気持ちと、あそこまで間抜けヅラの奴を見たことがなかったから、気分は良かった。
しかし、もうピンガに勝ち目も無くなってしまった気がした。













━━━━━━━━━━














検索履歴「女 喉仏」「女 喉仏 目立つ」「女喉仏 病気」 etc………












昨日、グレースと思わぬ形でお家デートとなってしまったが、具合の良くなさそうな彼女に無理はさせられまいと映画を見てちょっとしたお話をして解散となってしまった。

しかし別れ際、熱烈な、舌を入れる方のキッスを頂いてしまった!

あまりにもパニックになりすぎて、でも死ぬほど嬉しくて、逆に冷静になった時、彼女が息を吸う時に、スカーフの隙間からチラリと見えてしまったのだ、動く喉仏が。

何を言ってるかわからねーだろうが俺も何を言ってるかわからん。
幻覚にしては網膜に焼き付いてるし、あの喉仏もグレースの身体の一部で間違いないだろうと俺のグレース観察眼が訴えている。
その場で追求する事もできず、もし男だったなら、まぁ昨日見た映画的に俺は全然正ヒロインじゃなくて女装男を選ぶなと確信したので別に男でも、なんか、今どきはトランス的なあれこれがあるんだろう、と思って俺はあんまり気にしていない。むしろ男で親にロリータやヘアアレンジ強要されてた故のトラウマとかあったらどうしよう…。

逆に女の人で喉仏がある場合、病気とかかもしれないという恐ろしい検索結果がじゃんじゃん出てきて泣いた。俺のグレースを病気が蝕んでるなんて耐えられない。

早いうちにもう一度会わなきゃいけない、キッスされた途端また会おうって言ってくる男気持ち悪!と思われるかもしれないがグレースの身体の危機かもしれないのだ!!!
本当に病気なのか、それともトランス的な所なのか、どのみちデリケートな話だし、ラインで聞いたら急に接触の一切を絶たれそうな予感がしたので、やっぱり久しぶりに会ったらしばらく会わないの耐えられないかも、もう一回でいいから近いうちに会えない?と強引めのお願いを送った。




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パシフィック・ブイ  カフェ


その日のうちには連絡が来ず、翌朝昨日は本当に嬉しかったよありがとうと言う旨のLINEで中々拝めない長文を頂いたのち、やっぱ今まで我慢してたから近いうちにもう一回会って欲しい、耐えられない、デートじゃなくてお家で。
とのお誘いに「キタ!」と思わずコーヒー入りの紙コップを握りしめてしまった。中身は半分以下だったので手がコーヒーに濡れてしまった位で済んだが、これはよくない。

「珍しいね、グレースがびっくりしてるの」
「そう?」
「でも嬉しそうじゃん、何?彼氏?」
「…えぇ、こないだ会ったばかりなのにまた会いたいって言われたの」
「へぇー!ラブラブじゃん!」

近くにいたエドが常設されてる紙ナプキンを持ってきてくれた。それで手を拭きつつ服にかかってないかチェックする。
エドは仕事が恋人という様なタイプで、今までもかなりすごいエンジニアだったみたいだが、やりがいを求めてパシフィック・ブイにやってきたようだった。いいなぁと言いながらも恋人を作るつもりはさらさら無いようだ。

「あ、昼休憩時間終わるね、ミスター牧野には言っておくから手洗ってきなよ」
「お言葉に甘えさせてもらうわ、ありがとエド」

カフェから出ていくエドを見送って、お手洗いに移動し、手を洗って、それから奴に「喜んで」とLINEを返した。




それがどうしてこうなるんだ。

「グレース、俺と病院に行ってくれないか」
「へ?」

キスで赤ちゃんが出来ると思うタイプだったっけ、コイツ、と思いながら本当に身に覚えが無すぎる提案にハテナが止まらない。
それとも奴の癌とかなんか重大な病気の診断結果を聞きにいくって事だろうか。そんな話は聞いてないが、
そして2人がけのソファで隣同士にあの日みたいに座ってるわけだが、どんだけロマンチックな展開がきても俺の手を握ったりしなかったくせに、今は両手で俺の両手を取っている。
まるで逃がさないと言いたげだ。

「グレース、病気なんじゃないか?でも忙しくて行けてないなら、俺と一緒に今行こう」
「ちょ、ちょっと待って、意味がわからない。何で?何かあったの?」

本当に深刻そうな顔をして言ってくるもんだから此方も混乱するしかない。自分が気づいてないだけで何か重大な病気を抱えてるんじゃないかと不安にるからやめて欲しい。まずワケを話して欲しい。
奴は口を一文字に結んだ後、重たい口を開き、深刻そうに言った



「君の喉、喉仏あるだろ」



…耳を疑った。俺の、喉?見せたことがないはず、いつ?いつだ?このタイミングで言うことか?あぁ、俺が、キスした時か、

理解した瞬間、ヒュッ、と自分の喉が鳴った。逃げようにも、いつのまにか両手をしっかり握られていて逃げられない。無理やり逃げても、蹴り飛ばしてやってもいいが、それで…どうする。
体温が急激に下がる感覚に襲われ、目を合わせる事もできず、バッと俯いた。ガチガチと歯が鳴り、震えが止まらない。
バレた。

様子のおかしい俺に気づいてすぐ、奴は両手を離し、その両腕で俺を抱きしめた。
逃げられない様にする為か?と思ったが背中をさすられ、ぽんぽんと優しく叩かれてる様だった。わけがわからない。

「ごめん、女の人で喉仏があると、病気のサインらしいから、それで行って欲しかったんだけど……、様子を見るにグレースは男の子だったのかな」

墓穴を掘った。やっちまった。
こんな反応したら男であることを隠してる女のフリした奴でしかない。

「急にこんなこと言われて嫌だったよね、ゴメン、でも、」
「い、嫌だっ!」

振られるのが嫌だ、もう男だってバレた、グレースじゃないってバレた、なぜ謝る?それ以上何も言わないでくれ。
何とかここから逃げたくて、その言葉の先を聞きたくなくて暴れるが、相手は自分より体格も良く身長も高い男だ。
自分の方が色々やってる筈なのに、体格差でこうも何ともならないものか、いや、単純に殺す選択肢を奪われてしまってるから、逃げられない事に気づいて、どうしようもなく絶望した。

俺にはこいつが殺せないのか?

なんて事だ、惚れた方が負けなんて言うが、本当に負けてるじゃないか。
暴れる事をやめ、本当に終わった、と思うと涙が出てきた。



「…あのさ……俺、グレースが男でも好きだよ」
「っえ、」
「グレースは俺のこと嫌い?秘密を暴く様な男だから、嫌かもしれない…」
「……嫌いじゃない」


秘密を暴かれた、と言う気はしない。寧ろ、いつも知りたいであろう事を全部押し込めてグレースの幸せを願ってきたのだろうと言うことは、知ってる。
今回の事は、自分の落ち度だ。
このまま関係を続けてもいいが、もうバレた以上は一緒にいない方がいいんだろうな、と漠然と思う。コイツがいくらグレースを好きでも、俺がもうコイツの前でグレースを演れる気がしない。

「ちょっと、離して、逃げないから」
「え、はい」

言われればすぐに腕から解放した。本当に何でも言う事を聞く男だ。
涙を拭い、メガネを取る。スカーフも外す。
組織のメンバーにもこんな中途半端な姿は見せたことがない。

「はぁ、マジビビるわ」
「声……、凄いな、今までのが裏声?だったのか」
「本当の俺の声はこんなだ。幻滅したか?…あー、金はいずれ戻すからキャッシュカードはまだ預かってていいか?」
「え?しない。ていうかキャッシュカードは使うために渡したから戻せないようにしてる」
「ハ!?」

この期に及んでなんて事を言うのだろうか。真顔でオカネ、イラナイと平手を突き出し首を振る、挙句まだ使わせる気なのか?正気を疑う。せめて金を返して口封じすればいいかと思ったがそうもいかないのか?

「いやいや…、いや、何か裏切られたーとかない訳?お前!」
「うわ〜凄く新鮮なグレース…これはこれで良い…」
「ちゃんと聞けや!」
「聞いてる、寧ろその様子を見るとグレース昔話から想像してた最悪のトラウマとか無さそうでちょっと安心してる」
「ハァ!?」

マジで話通じねえ。グレース狂だとは思ってたが中身が違ってもこうなのは流石に想定外だった。
一旦お前の考えてたグレース昔話とやらを聞かせてみろと言えば、まぁよく覚えてたなと思うほど俺のでっちあげたグレースの過去の話から想定した虐待めいたあれこれからのトラウマを話された。
確かにそれを想定してたらまだマシかも…と思ったがそう言う問題ではない。

「その過去経歴全部嘘だから」
「エッ」
「…もう面倒になってきたわ」

流石にグレースと似ても似つかぬこの姿を見れば流石に誰!?とか怖い!とかよくも騙したな!になるだろう、とかつらを取る。好いた相手に拒絶されるのは辛いが、その方が気持ち的にも始末しやすいだろう。
顔がバレると言うことは消した方がいいし、こいつを殺せたらまた一段と上に近づける筈だ、いろんな打算的思考を巡らせたが、こいつは怯えるでも怒るでもなく、口元に手を当て顔を赤くしていた。

「系統が違い過ぎてショックで声も出ねえか?まぁ今から本当に物言わぬ屍になってもらうが…」
「…カッコいい」
「あ?」
「…グレース、男の子でもあの姿だと思ってたけど、外見違うの!?!?2度お得!?かっっっ、かっこよ、えっなにこれみつあみ?丁寧〜」
「三つ編みじゃねえ!コーンロウだ!」
「コーンロウ…、あんま俺オシャレなのよくわかんないから知見だわ…へ〜!」

気が抜ける、そうじゃない、そうじゃないんだお前、お前のこと今から殺さないといけないんだぜ。俺は。

だと言うのに何だこの温度差は、最後くらいシリアスに終わってそう言う苦い思い出になってくれよ、何なんだお前。

と、複雑に思ってたら奴の鼻から血が流れてきた、は?殴ったっけ?

「あわわ、グレース情報過多で興奮し過ぎてゴメン…ほんとゴメンきもいよね…」
「…興奮………?」

ダサいけど血がつくと良くないからとティッシュをクルクル丸めて鼻に収めやがった。もう何なんだコイツ。

「お前さ、自分の彼女がこれでいいわけ?」
「え、グレースな事に変わりないじゃん、いいよ。俺は何と言うか、グレースの色んな顔みてきて、いいなぁって、その綺麗な顔歪ませたくないなぁって思ってる人間だし」

確かに顔はほぼ変わってないが、さらりととんでもねえ事をつらつらと言う、というか、グレースへの褒めが、今の俺の顔を見たとしても同じ様に言われるのであれば、俺は、ピンガは同じ様に評価されている事に気づいて今度はこっちが赤面してしまった。

「グレースが姿を変えてる理由は知らないし、男の姿と女の姿が結びつくと問題があるからそうしてるんでしょ。それでもこうやって見せてくれたのは嬉しいし、これのせいでホントに死んじゃっても、グレース本当の姿知れたから良いかなって」
「よくねぇよ…」
「グレースがよくみてたアクセサリー類、こっち系かあ」

呑気に嬉しそうにしてる男が本当に信じられない。
信じられないが、だからこそ、まだ続けられると思ったから、組織のことは話せなかったが、他言無用で、できれば何も聞かず、関係を続けることは可能か、こっちの姿で会ってもいいかと聞けばどこに問題があるんだ?と言う様な態度で帰ってきた。

「だから、何回も言った筈だけど、グレースが幸せならいいんだ。俺は。俺といて辛いなら別れてもいいけど、グレースも、……俺のことまだ好きでしょ」
「あぁ…………」
「じゃあそれで、詳しい事は聞かないし、言いたいなら言えばいいよ」

「……ピンガ」
「ん?」
「こっちの姿、ピンガって言うから今後はそう呼べ」
「ピンガ、名前教えてくれてありがとう。嬉しい、……ピンガ」
「何だ」
「できる限りは、幸せにするから、俺と付き合ってください」
「……いいぜ」

やったぁ!!!!と改めて俺に抱きついてくる。本当に嬉しそうにする、あの日の夜のロマンチックな告白とは大違いなのに、ピンガへの告白という点であの夜より嬉しくて、顔が赤くなるのを見られたくなくてハグを受け入れた。

なんて使い易くて、賢い筈なのにバカな男、今は生きながらえたが、今後はわからねえ。
組織では足を引っ張り合うために関係者になったら命の補償はできない。誰の命であろうと今までなら成り上がる為に殺してきた俺が思うにはお門違いな心配をするが、まぁ、追々考えていこう。
こいつなら、多分何を要求しても笑っていいよ!と言うのだろうから。

とりあえず他言無用、バレるような事したら家族の命もない誓約書を書かせたが、絶対しないから問題ないね〜と気軽にサインをしてくるあたり、本当にバカだと思う。
でもそんな所が、今となっては愛おしいと感じる。













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