優しいことだけで満たして
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船上は波が寄せる度にゆらりと揺れた。薄暗い部屋に押し込まれた鉄格子はびくともせず、施錠された鍵は開かない。
扉の外では誰かが見張りをしているようで、忙しなく足音がしては去っていく。
私は誰かのものになるのだろうか。
そう考えるだけで胃液が上がってくるようで、何度も嘔吐くのを止められなかった。
涙は枯れず流れ続け、乾いた喉がうっすらとはりついていた。暗がりに揺られていれば、ぐらりと一際大きく船が揺らいで、檻の隣に積んであった箱がいくつか倒れて崩れる。
大きな音に肩を震わせていると、鉄格子の外に、ころりと転がった果実を目にした。
恐らく積まれた箱から転がり出てきたのだろう。
「悪魔の、実……」
思わず声にしたそれに、咄嗟に手を伸ばす。この実があれば、私はジンベエの力になれるのかもしれない。この実があれば、ここから抜け出せるのかもしれない。
崩れた積荷を確認するため船員がこの部屋に来るのは時間の問題だと思った。めいいっぱい伸ばした指先で一瞬触れるも、それは無情に部屋の奥へと転がっていく。
「っく……」
鉄格子に頬を寄せ奥歯を噛み締めると、もうひと波。海が私の味方をした。ゆらりと揺れた船に転がり、檻にぶつかる実をそっと拾い上げる。
薄暗い部屋のせいでそれが何なのか、本当に悪魔の実なのかすらわからなかったけれど、すがる思いで手にした果実にかぶりつく。
瞬間、言葉にはし難い強烈な舌触りに驚くも、はりついた喉の乾きまで潤してくれるそれに僅かな希望で命乞いをした。
「……全部、たべちゃった……」
全てを食べ尽くしたと言うのに異変は何も起こりはしない。意識的に何かをするべきなのか、どうしたらいいかもわからないまま、呟きながらいつもと変わらない手のひらを見つめた。
結局あの後船員が部屋に来ることはなく、そのまま船が波止場に着いたことは、扉の外の声から察した。
外の様子に聞き耳を立てていると、突然扉が開き部屋に光が差す。靴音がしなかったのは、扉の前の監視役がその役割をしたからなのだろう。
慎重に運ばれる檻の中、私を運搬する男たちを見回す。魚人島にいる島民と、大して変わらない姿をしているというのに。
「この檻は捕獲用だから、こっちに移せ」
先頭にいた男の声で目の前へ視線を移すと、檻の前には大きな水槽が用意されていた。「絶対に逃がすなよ。」という言いつけを守るため、慎重に作業する残りのニンゲンが、私を閉じこめる鉄格子の扉を静かに開く。
「……ほら、こっちに来い!」
突然の大きな声に怯んでいれば、二の腕を捕まれその身はいとも簡単に檻の外へ引きずり出されてしまう。
「乱暴にするな!値が落ちるだろ!」
それを見て声を荒げた指示役に、男の力が弱まった瞬間。意を決して私は海へ飛び込む。
何かが起きたのか、背後で大きな悲鳴が上がり、それが私の能力だったのかはわからないけれど。何か力ができたのなら、今すぐジンベエのもとへ行きたい、と希望すら抱いて波をわけた。
けれど身体は重たく、いくら尾鰭を動かしても前に進むことができない。
私は人魚だったから。海で暮らすことに慣れすぎていたから。大切なことを、忘れてしまっていた。
悪魔の実を食べたものは、海に嫌われる。ということを。
呼吸すらできないまま沈んでいく身体はすでに自由が効かず、沈みゆく中歪む視界で煌めく水面を見つめていた。
失恋した人魚姫は泡になって消えるのだと、昔の童話できいたことがある。
私は、姫ですらなかったから。泡になることすら出来ず、ひたすらに暗い海の底へと沈み続けるのだろう。
ジンベエがあの日綺麗だと言った景色。想い出の彼を抱きながら、私はそっと目を瞑った。
せめてあなただけは、あの日のままの
正しい僕だけを見ていて
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