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力強い衝撃で視界が揺らぐ。何が起こったのか理解する前に、頬がじわりじわりとひりついて、今まで感じたことのない痛みが襲ってきた。鉄の味を噛み締めながら、咥内がきれたことを察する。
「おめーよ、他の男とチャラチャラ歩いてたらしいじゃねーかよ」
「え、なに……」
泣くつもりなんてないのに。滲む涙はぼたり、と雫になって足元に落ちる。涙って無意識でも出るんだ。
追いつかない思考の中、掛けられた言葉に咄嗟に反論をしようとするも、それはすぐに遮られ「言い訳すんの?モッパツいく?」と目の前に手のひらを翳された。
昨日、彼氏におつかいを頼まれた。たまに一緒に過ごす昼休み。昨日は急に呼び出されたものだから、学食に行くつもりだったしお弁当を持ってきていなかった。なので何か買いに購買に行くと言ったら、「ついでに俺のカフェオレも買ってきて」と言った彼に、パシリみたい。なんて不満を覚えながら、付き合って間もないせいもあり、何か少しでも彼のためになれることが嬉しくもあった。
購買につくと、手早くお昼ご飯を物色し手に取る。そして、問題はここからだ。彼の望んでいたカフェオレが、いつもある場所になく、棚の上の方に積まれていたのだ。恐らく理由は商品棚の在庫の売り切れ。昼食目的で来た生徒がそこにあったものを全て買ってしまったのだろう。困ったものだと周りを見渡せば、その上にストックとなったそれが積まれているのを奇跡的に見つけることができた。
しかしその時売店のおばちゃんはレジ対応をしており、他に人は見当たらない。どうしたものかとしばらく棚を見あげていると、後ろに気配を感じてからすぐ、それをヒョイと手渡してくれたのはクラスメイトの林田くんで。
たった少しのことだけれど、彼の元に戻る道すがら、お礼をした流れで少しだけ会話をして隣を歩いたのだ。
まさかそんな些細なことで頬を引っぱたかれるとは想像もしていなかった私は、完全に気が抜けていた。同時に、こんなに暴力的だった一面を知り、動揺とそれ以上の恐怖を覚える。
痛みで思考は未だに戻らず、目を見ることすらできずに立ち尽くしていれば、「なんか言えよ」と彼は追い討ちをかけてくる。
「え、えと……ごめんなさい、私、バカだから……」
「それだけ?」
振り上げられた平手。ぎゅっと目を瞑って衝撃に備えるけれど、いつまで経ってもそれはこない。怖々としながや薄目を開いて彼を見遣れば、ザリ、と隣で靴裏が砂利と擦れる音がした。ゆっくりと顔をあげてみると、その正体は林田くんだった。
「俺も、バカだからわかんねぇよ」
「あ?」
優しく私を引き寄せて、振り上げられた彼の手首を掴み啖呵を切る。その姿に呆然と立ち尽くしながら、どうしてだか安心してしまっている自分がいた。
でも、なんで彼がここに……。
「なんで殴ってんだよ」
「お前……俺の女に手だしたな?」
「手ェだしてんのはお前だろーが。」
怒りを含めた声色は低く、掴んだ手首を振りほどいた瞬間、それは拳へと代わり裏拳を彼の顔面へと叩き込む。
声にならない声を上げて尻もちをつく男を、その光景を、ただぼうっと見ていれば肩を抱かれて「俺の女に手だすな」とそのまま連行されてしまう。
わ、私、いつから林田くんの彼女に……?
疑問を抱えながら、肩を抱かれるまま着いていく。優しく私に触れる指先は、微かに震えている気がした。
「……ってか、悪い。手出てたから、手だすなっつって……そんで俺、手だしていいのは俺だけだって、いや、その手ってのは手じゃなくて……」
急に立ち止まり手を離すと、申し訳なさそうに彼は言う。先程まで真剣な顔をしていたかと思えば、しどろもどろに取り繕う彼が面白くて、緊張の糸が途切れたせいか、徐々に笑いが込み上げてくる。
「へへ、うん、わかるよ。ちゃんと。」
「……へへ」
少しだけ笑ったら、熱をもった頬がずきずきと傷んだ。もう腫れてきているのか、感覚がすこしおかしいそこにそっと手を添えた彼の指先は、やはり確かに震えていた。
「……許せなかったんだ。俺、なんつーか……お前のこと好きだったからよ。」
「え、」
不器用すぎる、というよりは突拍子もないというか。自分が介入してしまったことへの正当性を探すように、眉尻を垂らして話すそれは告白以外の何ものでもない。
初めて見る気弱な表情と話す内容に困惑しながら、林田くんが私を?という驚きから間抜けた声をあげてしまっても、彼は気にも留めず話を続ける。
「お前に手を出したあの男も、手を挙げたことも、そう、手を挙げた、だよな。な、……俺……余計なことしちまったなら、ゴメン」
徐々に項垂れていく林田くんは、おずおずと私の頬から手を離すと、やり場のなくなったそれを制服のポケットに突っ込んだ。
「……もしまたなんかされそうだったら、俺の傍にいろよ」
最後にはっきりとそう言うと、昼休み終了のチャイムと共に彼は私に背を向け歩き出す。教室、そっちじゃないよ。
私もまた、腫れた頬では教室に戻ることなどできるわけもなく。行き場を失った足先は、彼の後を追いその影を踏んだ。