zzz
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夕焼けに揺れたのは宍戸の長い髪だった。艶やかなそれはいつでも手入れが行き届いていて、部活後だとしても絡んでいるのを見た事がない。
黄金色に照らされた頬は涼し気な表情を妖艶に映して、私の心拍数を僅かに上昇させた。
あの日の夢を今になっても何度も見て、そのたび私は飛び起きて学園のテニスコートへ走る。登園時間には少し早い、運動部が朝練をする、宍戸のいるテニスコートへ。
「……お、来てたのかよ」
少し汗ばんだ首筋、ラケットを肩に乗せ、コートをギリギリ観戦できるくらい端に立っていた私を目ざとく見つけると宍戸は僅かに表情を和らげながらこちらへ歩み寄ってくる。
毎日練習を見に行くわけではないのに。いつでもすぐに私を見つけるこいつは、ちゃんと部活動に励んでいるのだろうか。
なんて疑問を抱きながら小さく手を挙げると、言葉を交わす間もなく集合がかかり宍戸は踵を返し走っていく。
夢を見たから会いに来た、なんて。寂しがり屋にもほどがあるだろ。と自分を嘲笑した。
相も変わらずあの帽子を被る宍戸を見つめながら。
*
「あんたさ、すぐ私見つけるのなに?暇なの?」
「……ブッ」
飲みかけていたお茶を吹き出し器官にでも入ったのか咽せる背中を、購買のたまごサンドをかじりながら片手で数回さすってやった。
苦しそうに一息ついた宍戸は、じろりと私を睨みつけて「うるせえ」と恨めしそうに呟く。
「……お前、いつも見に来る時あそこに立ってっから……」
続けてそう言いかけると、ハッとした顔をして宍戸はそっぽを向く。わかりやすすぎるくらい照れることが天才なこの男は、一体どれくらい自分が可愛いことを言っているのか理解しているのだろうか。
「……はーん、毎日チェックしてたわけね」
にやりと声色を変えて問いただせば、赤くなる耳で返答するのはいつものことで。頬が緩むのを我慢することができない。
本意でないにしろ、宍戸があまりに素直すぎるから。私も少しだけ、素直になってみたくなった。
「……なんていうか、さ。今日あんたが夢にでてきたんだよね」
「……あ?」
振り向いた表情は未だ血色が良さそうで、嬉しそうにピクリと片眉をあげた姿に「わかりやすすぎ」と思わず突っ込みをいれる。
図星をつかれたせいか、一瞬目を見開くと何も言わずに食べかけのチーズサンドを宍戸は貪った。
「髪がながーーーーいころの、ししどのゆめ!」
照れ隠しに声を張って言い切ると、空を仰ぐ。白い雲が風に押されていくのを目で追いながら、ゆっくりと夢の話を続けていく。
「……宍戸が先に歩いててさ、なんか夕方くらいで……長かったじゃん、髪。風にぶわーってなって。綺麗なわけよ。」
「……説明下手かよ。」
いつの間にかチーズサンドを食べ終えた宍戸は、再びお茶のペットボトルを手にして小さく笑った。
伏せた瞼から伸びるまつ毛はあまり長くなくて、髪の長い頃はもっと妖艶に見えていたはずなのに、とぼんやり思った。
「もう髪伸ばさないの?」
「……どうだろうな」
曖昧な返事をする横顔を眺めていれば、宍戸は手にしたお茶を喉に流していく。どくり、と喉仏が震えるのを見つめながら、今度は咽せることのないようペットボトルとキスが終わるのを見届ける。
そして、うなじを隠す帽子の鍔から控えめに伸びた短い毛を、指先でそっとなぞった。
「ゥッ、ヒア!」
途端、くすぐったさに肩を竦め声を上げると、ガシガシとそこをさすってもう一度宍戸は私を睨みつける。
不愉快そうにする表情がなんだか面白くて笑いを堪えていると、続けて「くすぐってえだろうが!」と声を荒らげる。
「短いなあ、とおもって」
想像以上に仰け反るものだから、仕方なく伸ばした指先を引きながら呟くと、不機嫌そうに「今のところ伸ばす予定はねぇ!」と宍戸はベンチを立つ。
そして、サンドイッチのゴミを適当にまとめあげると、顎で早くしろと私を急かした。
「……お前小テストやばそうだから教えろって言ってただろうが。昼休み終わんぞ。」
「あーい」
思い出された憂鬱なイベントに気分を下げながら、ベンチの脇に投げていた鞄を肩にかけ私も重い腰をあげる。
あの夢と同じように宍戸は私の前を歩くけれど、その姿にもう綺麗になびく長髪はなくて。恋しいわけではないのだけれど、私があの日好きになったのは紛れもないあの宍戸で、でも今の宍戸のことがもっと好きなのは、明確で。
考えても宍戸は髪を伸ばさないのだから、考えるのはやめよう。
大きな伸びをしながら、既に階段を下る後ろ姿を走ることなく追いかけた。