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学生達の賑わう声も過ぎた時間。そう、遅刻ギリギリの登校。さっきまで走りすぎたせいで、もう歩くのすらだるかった。
そもそもあいつが電話しないからだ。なんて理不尽なことを考え責任をあいつに押し付けながら、多分間に合うと踏んだ私は足取り重くローファーのかかとをならした。
朝の弱い私は、いつも朝練のため早起きしている宍戸に起こしてもらっていた。自分でちゃんと起きれるようになれ、とぶつくさ文句を言いながらも、頼んだ日からは1日たりとも忘れることなく、宍戸はその任務を全うしつづけてくれていた。たまに祝日にも起こされたりしたけど。
今日はその、つけがまわってきたんだろう。それでも頭のなかでは宍戸のせいにすることをやめることなく、今日会ったら文句でも言ってやろうと決心してみたりした。
ここ最近はずっと宍戸に会えていなかった。私はテニスのことはあんまりわからないけれど、それでもテニス部に情熱を傾け熱心に部活に励む宍戸が好きだ。
氷帝学園には、俺様何様跡部様というとてつもないイケメンがいて、追っかけの女の子も多かったので、部活時にはテニスコートは人だかりになり、行き場を失ったギャラリーは教室の窓辺にまで広がる始末だった。なので、私は宍戸がテニスする姿をほとんど見たことがないけれど、それでも、宍戸のたまの休みには部活の話をきいたり、スポーツショップの買い物に付き合うだけで満足していた。
というか、テニスコートまで見に行かなくても、モーニングコールからはじまり、お昼の時間も帰宅後の電話もしていたし、私にはそれで充分だったのだ。
それなのに、だ。ここ最近、それもほとんどしていない。それに加え、今日はとうとうモーニングコールさえなくなった。すこし前から夜もテニスの練習するから、という宍戸の気持ちを優先したかったし、私もそれを邪魔するほど嫌な女のつもりでもない。
だけど、でも、でも!彼女ほっときすぎだろ!と、ちょっと、つまらない気持ちがないわけでもなかった。
なんとかギリギリセーフで自分の席につくと、めずらしく遅かったことを前の席の友達に笑われた。
すぐにバッグから鏡を取り出し、走った際に乱れた髪を整えながら、もう片手で携帯を見た。連絡なし。
手早く宍戸に、昼休み屋上。と短い文を送信して、マナーモードになっていることを確認してからバッグにしまった。
宍戸とはクラスが違うので、昼休みにはいつもランチを一緒に食べるのだけど。最近は練習に付き合ってもらってるから、と、テニス部の後輩とランチをすることが増えてきたし。一応、今日はさすがに予約をいれておいた。
私が携帯をしまうと同時に担任が教室に入ってきて、間もなくしてホームルームは始まる。
朗らかな陽気に、朝の疲れが今更になって私を眠らせようとするころ、授業終了のチャイムがなり響く。あぁ、もうそんな時間か。
んーっと大きく伸びをして、授業の始まりから大して書き込みの変わらないノートを閉じた。
前の席から「今日は?」と振り返りながら声が聞こえて、もう昼休みになったことを思い出す。
「あー、今日宍戸に会うかも」
「まじ?久々じゃん」
「やー、わかんない」
「どっちよ」
学食に行くのかいかないのか、と、足を組みながら半身だけ振り返る友達に「まってー」と間抜けた声をだしながらバッグの中から携帯を探す。
連絡、あり!
よかった、なんて安堵したせいか無意識に和らぐ表情を見落とさなかった彼女は、すかさず「にやけんな!」と前から突っ込む。そんなにやけてましたかね。
受信した内容をみると、「おう」と短い返事がそこにはあった。素っ気な!
もっとなんかあるでしょーとかまた考えつつ、まぁいつものことだし。とも思える自分もいて。学食から予定変更の私は、最後までにやけ面をからかわれながら売店へと急いだ。
どうも今日は出遅れる日なようで、売店には残り少ない、というか選択肢のないラインナップが並んでいた。いや、余っていた。
余り物には福来る。焼きそばパンとコロッケパン。ひとつじゃ足りないけど、ちょっとこの組み合わせはヘヴィじゃない?とか思いつつ、残ったのは宍戸にあげようかな。とパンのつまった袋を揺らす。
屋上扉の前で立ち止まると、なんとなく、ふと思い出したようにポケットからリップを取り出す。
なんとなく。久々に彼氏に会うんだし。久々ったって、別にそれほどじゃあ、ないんだけれど。
もう先に来てるかな、妙な期待で胸を高鳴らせながら屋上の扉をあけると、ふわりと風が吹き抜けた。
解放感の心地よさにすっかり眠気はさめて、軽く風で乱れた髪をなおしながら、いつもの場所に向かった。
屋上には他にも生徒がまばらにいて、楽しそうにおしゃべりしたりしながら、各々ランチを楽しんでいた。
扉の裏側、少し離れた場所にあるベンチが私達のいつもの場所。けれどそこには、宍戸の姿はなくて。別の生徒が先客として悠々と陣取っていた。
「ありゃ」
つい立ち止まり声をあげてしまう。いつもの感じなら、宍戸は絶対先にきてるはずなのに。どこにいったか、それとも、また後輩なのか。
即座にそう考えながら、少しだけ気が落ちた。そして周囲の他のベンチを見渡そうとすると、いつもの場所にいた、知らないはずの生徒が、ぱっと振り向いて私を呼ぶ。
「なまえ」
「……っえ、えっ?!」
まさに二度見。演技のお手本かと思うくらい綺麗な二度見をした私は、その生徒の姿を見て、思わず声が裏返ってしまった。
だって、誰って、宍戸だ。
宍戸は照れ臭そうに目線をそらしながら、驚きでその場からなかなか動けない私に、顎で早くしろと命令する。
「えっ、えっ、?え?!」
「うるせーな」
そそくさと隣に座ってみても、何度見ても、宍戸だった。だけど、だけど。
私のより断然綺麗で、艶やかで、どこの女よりも手入れされている、宍戸の、宍戸のロングヘアーがなくなっていた。
あれこれ文句を、とか、やっぱりちょっと可愛く、とか、さっきまで色々考えていたはずなのに、そんなことは綺麗さっぱり抜け落ちてしまって、ただ状況に頭が追いつかないでいる。
だって、なんたって、宍戸が、短髪好青年になってしまったのだ。ロン毛のナルシスト野郎から。いや、悪口ではない。これは事実だ。
「ど、どしたの……」
「イメチェンだよ」
やっと出てきた言葉は随分間抜けた声に乗ってしまった。
動揺し続ける私をよそに、恥じらいのなくなりつつある宍戸が笑いながら答える。
照れると髪を触る癖は抜けていないようで、前髪をかきあげたその手は、前に見た宍戸の姿のままだった。しかしその行為に髪の長さがそぐわずに、短くなった髪はすぐに掌を潜り抜けていく。
「イメチェンって……」
「あんま見んな」
見つめる、と言うには色気が足りなすぎるほどに唖然とする私に、また宍戸は少し照れながら、おもむろに売店の袋を奪い取る。
先程売店から救い出したコロッケパンをひとつ取り出して、「しけてんな」と手に取ったそれに視線を落とし、包まれたラップを爪先で剥いでいく。
「私のなんだけど……」
「どうせ食えって言うんだろ」
じとりと宍戸を睨みつけると、帰ってきた返答に口篭る。そうだけど。私が先だろ。
既に用済みとベンチに放り出された袋を拾い上げ、残りの焼きそばパンを取り出すと、隣では早速大きな口を開けて宍戸はパンを齧り出す。
きっと私の分はないと確信を得ながら、手にしたパンに私もかぶりついた。