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ベンチに鞄を置いたまま立ち上がる宍戸は「便所」と気だるそうに呟いて足早に校内へ戻る。
高い空はどこまでも青く、雲ひとつない。澄んだ空気に、気付けばじんわりとした暑さがなくなっていて、季節は秋に移り変わっていく。
相変わらず屋上のベンチで昼食をとりながら、くだらない日常報告をしている私たちの関係は、まだ続いていた。
会える時間はそう多くないものの、なんだかんだ、宍戸といる気楽さが心地よかった。
宍戸のまるまった背中を見届ると、ベンチに座り直し携帯をながめる。とっくにお弁当は食べ終わっているというのに、まだ何か口寂しさを感じてしまうのは食欲の秋といったところか。自分の鞄を漁り始めるも、当然めぼしいものは入っていない。
「はぁ」
ため息を吐き出しながらふと目に入ったのは、置き去りにされた宍戸の鞄だった。
なんの気なしに遠慮もなくそれを鷲掴みにすれば、次に漁るのは当然その中身で。ははーん。宍戸のやつテニスの雑誌なんか持ち歩いて。テニスに対して向上心旺盛な姿勢に、想像通りとでも言おうか、笑いを零していればその下ににちょこんと銀の包み紙を発見した。
見たところそう古くはなさそうで、荷物にもみくちゃにされたわけでもないそれは、私の憶測だと今朝買ったものだと断定できる。多分。
さっと取り出してぺらり、と中身を確認すべく包み紙をめくりあげると、茶色い姿がチラリとお目見えした。
「へへ」
宍戸、頂いたぜ。彼の口調を心の中で真似ながらぱくりと口に含むと、甘いチョコレートが咥内でゆるりと溶けていく。
口寂しさを埋めることに成功さた私は満足気に鞄を所定の位置へ戻したところで、舌先の違和感に気付き眉間に皺を寄せた。
「……ゲ。ミントチョコ……?」
「……おい」
いつの間に戻ってきていたのか、背後で低く唸る声にびくりと肩を震わせ振り向けば、じとりとこちらを睨みつける宍戸が、まるで漫画でいうところの怒りマークを表情ににじませながら立っていた。
足早に隣に腰掛けると、「勝手に漁ってんなよ」と宍戸は鞄を自身の奥へと避難させ呟く。
その間にも舌先で溶けだすミント味は強烈で、溶けだすチョコレートをどうすべきか考えながら私はミントチョコが苦手だということを再認識していた。
「ししろ、わたしミントチョコ苦手なんだけろ」
「……あ?!勝手に食うなよ……つーか、それは俺のお気に入りの……」
「……ひゃあ、これたべう?」
「っ、あぁ?!?!」
ごたごたと文句を言い始めたかとおもえば、全世界に届くほどの大絶叫。次第に赤くなっていく耳が、私の言葉の意味を私自身に伝えてくれた。ちがう。そんな、そんな破廉恥な意味では、断じてない!
「お、おま、だ、ど、どうやっ、いや、く、くえよ!食ったんだから!食えよ!」
わかりやすい動揺に、私までつられてめいいっぱい頷き返す。手元のペットボトルを手に取り、慌てて流し込むミントチョコはコーラの味で上書きされていく。
飲み干したあと思わず小さなゲップが出てしまって、恥じらいから口元を抑えるも、宍戸はそんなこと気にもせずに未だ動揺し続けていた。
「……食ったのか?!」
「うん、たべた!」
あ、のくちをして見せつけると、大きなため息をついて宍戸はうなだれる。心做しか先程より暑いのは、お互い口移しを連想したからなんだろう。
本当に、そんなつもりではなかったけれど。
「……て、いうか。なに考えてんの……」
「お前が先にッ……食ってる……チョ、だぁっ、しらねえ!」
そっぽを向いた宍戸は足を組んで後ろ姿で髪をかきあげる。
考えてもみないことにつられて恥ずかしくなったのだけれど、同じことを考えたのだから、お互い口移しに不快があったわけではないと思うと口端があがるのを抑えられなかった。
「……まだ味するか、あじみしてみる……?」
悪戯に問いかけてみても宍戸はこたえることはなくて、そりゃそうなんだけれど、私もこんなところで、そんなことはできないのだけれど。
からかいがいのある彼氏のおかげで一足先に平常心を取り戻しながら、もしもここが、前のカラオケルームのように2人きりの場所だったら。と想像して、少しだけ悔しくなったりした。
*
「チッ、財布は……多分見てねぇよな」
彼女と別れたあと空き教室に駆け込むと、鞄に手をつっこみ財布を手にする。開かれた小さなポケットの中、女々しいと思いながらも、嫌々に2人で撮ったプリクラを見直して頬を緩ませた。
あんなに嫌がったというのに、それを大切に持ち歩いているだなんて。彼女だけには知られたくない。
指先で小さなそれを中にしまいなおすと、口笛を吹いて教室へと足を向けた。