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軽快に流れるリズム。伴奏は明るくポップで、椅子に寄りかかる隣の男は暗がりの部屋で画面を見つめ、曲の始まりを今か今かと待ち構えている。
放課後デート
ホームルームが終わり、やっと1日が終わったと友達駄べりながら廊下を歩く。帰ろうとする生徒や、これから部活に向かう人たちがそれぞれに行き交い、私たちもそれに混じる。下駄箱から靴を放り出して、今日はどこに寄り道するかとか、新しいカフェのクリームソーダが可愛いだとか、何気ないことを話していれば、その時私の携帯が小さくポケットで震えた。
遠慮することなく会話の途中で画面を開けば「部活終わりまで待ってろ」と、なんとも身勝手な要求がそこにはあった。
なんだこれは。怪訝な表情をしつつも、部活終わり待っていろだなんて滅多にない要求に少しだけ期待で瞳を揺らせば「彼氏?」と少しにやけた顔つきの彼女は言って、返事をする間もなく「んじゃお先~」と、何の構いもなく手をひらりと振ってひとり校門へと進んでいく。
察しがいいのはありがたいことだけれど、私まだ何も言ってない。宍戸にも、あんたにも。
前髪をかきわけながらため息をついて、ま、そういうとこが楽で好きなんだけど。と、来た道を後戻りして教室へと向かった。
氷帝学園のテニス部には、それはもうたくさんのファンがいて練習を見るだけでもちょっとした根気が要る。本当は突然呼び出された仕返しに、必死に部活動に励む宍戸を面白おかしく揶揄してやりつつ、ついでに応援するのも一興かとも考えたが、何せギャラリーがとんでもない量でテニスコートを覆っているものだから、部活中の宍戸を揶揄うのも容易なことではない。
つまり、私が部活終わりを待つ時にはいつも教室で、ぼんやり音楽を聴いたり、雑誌を読んだりして暇を潰すしか他はないのだ。
「おい」
頬杖をついたままうたた寝をしていたようで、がくりと頭をそこから落とせば、薄暗い教室に似合わず、やたらときつい制汗剤の匂いを漂わせて宍戸がそこに立っていた。
「……寝てたわ」
「見りゃわかる。……ったく、身体痛めんぞ。」
こうなる事は大方予想がつくくせに、呆れてため息を吐く顔をまだ眠気で回らない頭でぼんやりと見上げた。散々私を待たせておきながら、宍戸の方が待ちくたびれた態度で私の手を引くと「行くぞ」と声をかける。
突然掴まれたせいで片手は使えず、仕方なく残った手であわてて机に散らばった私物を鞄に詰め込み椅子を立つ。
肩にかけた鞄に気を取られて、脱ぎかけた上履きでつまずけば、「どんくせーな」と眉間に皺を寄せて宍戸がこちらを見た。うるせーな。
「にしたって、急くない?なに」
「うるせーな……用がなきゃ会えねー仲でもねぇだろ」
珍しく歯切れの悪い返答に思考を巡らせながら、夕日に照らされてほんのり染まった耳を私は見逃さなかった。
すぐにでも指摘してやって慌てた宍戸を見てやりたいところだったけれど、どうせ下駄箱で離されてしまう手を、もう少しだけ繋いでいたくて口を噤んだ。
どこに行くのか分からないまま、他愛ない話を重ねて宍戸の隣をついていく。予想していたスポーツショップも、小腹が減ったのかとファーストフードも通りすぎた。
行きたい場所を濁すことなんて今までなかったのに。しかし私の考えとは裏腹に宍戸は上機嫌で隣を歩き、なんだか口笛でも吹きそうな雰囲気を醸し出す。
ご機嫌ならいいけどさ。なんて、少し早い歩幅に着いていきながら、気付かれないように小さく笑みを零す。
「ここ、入るぞ」
駅前あたりまで歩いて来ると、ふと立ち止まって宍戸がこちらを向く。
「か、カラオケ……?」
「たまにはいいだろ」
想像にはなかった選択肢。驚きながら声をあげれば、宍戸は私を置いて一足先に自動ドアをくぐり抜けていく。ぽかん、としている間に置いてけぼりにされて、慌ててその背中を追いかけた。
早速フロントで手続をしようとする宍戸は、ぎこちなく何度か店員とやりとりをして部屋を決めた。
「306だってよー」
受け取った伝票をこちらに見せながら先を進む宍戸は、エレベーターをスルーしてその奥の階段へと向かう。
「ベーターのんないの?」
「あ?乗らねぇよ、3階だろ?すぐだよ」
「乗りたいよ〜」
「お前には体力が足りねえ。こんくらいで弱音吐くな」
謎のスパルタを受けながら仕方なく階段を登って、ようやく3階にたどり着く。体力がないだなんて言われた手前、息なんて切れてませんよ。とかいう素振りをしたかったけれど、運動部の男が階段を登るペースを着いていくのは、さすがに楽では無い。彼女に少しは気を遣え!と小突きたくなる気持ちをグッとこらえながら、伝票に書かれた部屋番号を探していく。
扉についたナンバーを見回して部屋をみつけると、がちゃり、音を立てて扉を開いた。こじんまりとした手狭な部屋と、大きな液晶画面。そこが私たちの部屋だった。
「狭いね」
「……だな」
入口で突っ立つ宍戸をよそに先に部屋へ入り込むと、ベンチシートに腰を下ろす。慣れた手つきでドリンクメニューを早速手に取り、「宍戸何飲む?」と顔をあげれば、私の隣に座ろうとすると男と目が合った。
「ちょっ……なんでこっちくんの!」
「俺だってこっちがいんだよ!」
確かに。私の座るベンチシートの他にはキャスター付きのスツールがあるだけで、こちらの方が居心地がいいのは考えるまでもない。
しかしながら、ただでさえ狭い部屋に隣合って座るだなんて、こいつは下心でもあるのか?と、ありもしないことをつい想像してしまう。
「あーっ、と……俺はアイスティーで」
「はいよ」
騒ぎながらも結局は隣に落ち着いてしまうのは、私たちが付き合っているからなんだろうか。肩をぶつけあいながらドリンクメニューを2人で覗き込み、宍戸が呟く。
短く返事をして、入口側のくせに注文をしない彼にかわり少しだけ腰をあげ壁掛けの受話器を手に取った。すこし大きめの音量がプルルルル、と小気味良い呼び出し音を響かせると、それはすぐにフロントへと繋がる。
「……あ、アイスティーと、メロンソーダお願いします。」
注文が終わると、受話器を元の位置へと返しながら伸びた身体を宍戸の上から退ける。邪魔にならないようにと壁に背をつける姿がやけに面白くなって、わざとらしく膝の上に身体を乗せてみた。
「ぅお、」
「突然呼び出して、こんな密室に連れ込んでさ〜……スケベなことでも考えてた?」
短く驚いた声ににたりと笑みを浮かべれば、質問に目を見開いた宍戸は、これ以上下がることなど出来ないというのに更に壁に張り付く。その姿に更に悪戯心がくすぐられ、にやにやと口端をあげ下から覗き込んで挑発してやると、頬が染まるのにそう時間は掛からない。
「なっ……は、はぁ?!ば、バカじゃねーのか?!」
動揺して荒くなる声が狭い密室に響いて、予想通りの反応に笑いながら隣に座り直す。宍戸を揶揄うのは楽しいなー、なんて思いながら、なんの曲を入れようかとデンモクを手に取った。
隣では悔しそうに舌打ちが聞こえてきて、目の前の機械を操作しながら追い討ちをかけるように話す。
「よくいるじゃーん、カラオケでやっちゃう子」
「お、俺はなぁ……そういうことは……」
再び声を荒らげながら反論するも、言葉を遮るノック音。開いた扉と同時に「失礼します」と店員がやってきて、先程注文したアイスティーとメロンソーダを運んでくる。机にふたつグラスを並べると、またすぐに扉は閉まった。
無駄に登らされた階段のせいで乾いた喉を潤そうとストローを手に取り、鮮やかに色づいた弾ける泡に差し込んだ。
「……だから、その。そういうのは、ちゃんとした所で……したいからよ……」
途切れたと思っていた話を続ける声は徐々に小さくなっていって、あまりにも真っ直ぐに、顔を赤くしながら話すものだから。横目で見た表情に吹き出しそうになりつつも、まだドリンクを口にする前でよかった、と安堵する。
「何、言っ……」
宍戸が赤くなりすぎるものだから、私にもそれが伝染した。冗談でからかってやっただけなのに、何でこうもこいつはストレートに生きているんだろう。
笑い飛ばしてしまえ、と照れ隠しに声をあげてみれば、もう一度舌打ちが聞こえて、こいつのそんな所が好きだな、と素直に思った。
「……キスくらいなら、いいかもよ?」
ず、と身を乗り出して色付いた頬に触れると、僅かに宍戸は身を逸らしながら硬直する。
付き合ってからそれなりに経ったというのに、まだ数えるほどしか唇を重ねていない私たちには、これだけでもう充分な刺激だった。
薄暗い部屋で2人きり、意識してみれば、シャツを変えてもふわりと漂う宍戸の汗のにおいが色っぽさすら醸し出しているようで。
こんな時に男らしくしてくれればいいのに。もう少しだけ、私が勇気を出さなきゃいけないことにじれったさを感じながら、瞼を閉じて触れた頬からその首へ腕を回した。
重なった唇は、ちゅ、と小さく鳴いて、すぐに離れていく。瞼をあければ押し返される肩と、視線を逸らして眉間に皺を寄せる宍戸。
こんなことで照れている私たちに、それ以上はまだ早すぎる。
「早く……曲入れろよ」
「はぁい」
にやける頬を隠さず、にぃと笑って返事をして、私も宍戸と同じように、きっと頬まで赤くなっているのだろうと想像した。
暗がりの中で光るデンモクにそれが映し出されていなければいいと、流行りの曲名を眺めては、まだ曲を決めるどころではないと無駄に画面を眺め続けた。
*
「結局今日って何だったの?」
「……たまには、ちゃんと……デートっぽいことしたかったんだよ」
「それだけ?」
「ワリーかよ」
「……ふぅん。てか宍戸ってジャイアンだね」
「……えっ?」
「マイク離さないってことね」