第七章
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翌日の午後、影が長く伸び始めた頃、尾田は八番隊舎の資料室にいた。
「えーっと…、あった」
上がってきた報告書と過去のデータを見比べるようだ。
「だとすると、次の出現はこの辺か?」
腕組みをして集中していた。
「合格祈願?」
急に隣から声がした。
「ドワッ‼️京楽隊長⁉️焦ったー。驚かさないでくださいよ」
慌てて振り返ると、京楽が尾田の鞘に付いたお守りを手に取って見ていた。
「こんなの付けてたっけ。何の試験受けるの?もしかして隊首試験目指し始めちゃったとか。気が早いね〜」
「違いますよ。…、それはそのうちですよ」
「ふ〜ん」
「これは、木之本が旅行のおみやげにって、みんなに配ったんです」
「…、ふーん」
「羨ましいすか?」
「バカ言え」
意外な強い語気に、尾田はビクリとした。
「キミ、さっきの一瞬で殺されてたと思うから、隊長にはまだまだなれないよ」
「わかってますよ…」
心配するなつみの顔を思い出してしまった。
「ボクなら影で気付いた。じゃあね」
京楽は資料室を出て行く。
その背中を尾田が呼び止めた。
「隊長!まだ新入隊士が来るの楽しみとか言うんですか!」
パタリと歩を止め、京楽は尾田に向き直った。
「当たり前だろ?楽しみで仕方ないよ。もう少ししたら、また良い子を探しに行かなきゃね」
「隊長は…、何を期待されてるんですか」
「何って?」
「いえ、その…、毎年隊長が推薦される女性隊士は、雰囲気がみんな似ているというか」
「何が言いたいの」
「優れた人たちが揃っていると思います。でも、どうしてか隊長が満足されているようには見えなくて。誰か特定の人でも探しているのかなという印象を……」
そう言われて、少し睨んできたような気がした。だが、尾田は怯まなかった。
「容姿や、ちょっと話したくらいじゃ、わからないことだってありますよ‼︎‼︎」
その口ぶりに、なつみのことも言いたいのだとわかった。
「フンッ…、キミが気にすることじゃないだろ。どっちもね」
こう言い残して去ってしまった。
ため息をこぼしながら、尾田は開いたままの資料に視線を戻した。
「何であんな都合良く考えてんだろ」
七緒には何があったかわからないが、京楽が隊首室には行かず、副官室に来て、机に向かって仕事に打ち込もうとしている彼女の顔を、その正面に椅子を持ってきて座り、ただジーッと見つめているのを大変不愉快に思っていた。
「隊長‼️用が無いのでしたら、自室にお戻り下さい‼️気が散ります‼️」
と一喝しても、京楽は動じなかった。ボーッとしているわけでもなく、七緒の顔に書かれている何かを読み取るように睨んでいる。
「うーん……」
唸った。
「何なんですか‼️まったく‼️😠」
「七緒ちゃんの顔見てたら、思い出せる気がしたんだけどなぁ〜」
「……❗️」七緒は睨み返した。「私が申し上げたことですか❗️上の空で聞き逃されたんですね❗️木之本さんとのことがあってから、ずっとそんな調子じゃありませんか。迷惑なので、早く何とかしてください❗️気持ちを切り替えるか、素直に謝られては」
そうガミガミ怒っていると、明らかに京楽の不機嫌がムッと湧いてきて、彼は俯いて七緒の説教に対し無関心である風を装ってしまった。
「隊長❗️聞いてます⁉️」
「春水さん、聞いてますか。大丈夫ですか」
ふと、七緒が発した言葉につられて、昔に聞いた声を思い出した。
(そうだ…。あの時、義姉さんが名前を言ってたんだ。『〜ちゃんをよろしく』って)
気が逸れてしまって、肝心の名前だけ聞きそびれていた。
(それからのことに集中してて、聞いてなかったけど、見てはいたんだっけ?)
彼女の唇の動きを。
「……」
七緒の唇を真剣に見つめた。面影から答えを導きたいのだろう。
「もう‼️何なんですか‼️変な気起こしたら、承知しませんよ‼️💢」
その文句を前に、京楽は目を見開いて片手で自身の口元を覆った。酷く驚いていた。
「そんな…」
そう呟くと、ザッと立ち上がり、副官室を飛び出して行ってしまった。呆気にとられる七緒。
「…、何なんですか、ホント」
何故か悪い事をしてしまった感じが漂う。不本意なので、フルフルッと首を横に振ってから、仕事に集中することにした。
大事な事を思い出せた京楽は、ただまっすぐにある場所へ向かった。『三』が掲げられているあの場所へ。
はやる気持ちが強すぎて、うまく瞬歩が使えない程だった。京楽には珍しく、騒々しい足音で、霊圧も抑えが甘くなっていた。自分が向かっていることを知ってもらいたいかのように。しかしそれは無意識で、頭の中が思い出で渦巻いて喧しかったために、気にすることができなかったのだ。忘れかけたあの日のことや、家族の願いや、知らずに過ごしたたわいの無い日々が、ただひとつに繋がっていることに気付けた。あの子との思い出が見えそうなほどに鮮明に。
門を過ぎ、来客用玄関から入り、階段を駆け上り、三番隊舎、第二十席の部屋の扉の前へ。ノブに手をかけ開けようとした時。
「おーそーい」
「えっ」
もう1階上から声がした。
「今日は美沙ちゃんの番や」
降りてきたのは市丸。
「お探しの『家出をした勇敢なる大冒険家ジョンスミス』はお留守です」
彼が指差した先には、「お留守」の札が。
「あ…、そう、みたいだね」
「珍しい。京楽さんのくせに、そんな周り見えんくなるん?」
市丸は京楽のもとに到着。
「恥ずかしいね」
扉から離れる。
「それより、キミからその名前を聞かされたくなかったよ」
「アホみたいに待ってる方が悪い」
「自分からきくなんて、違ってたら変人扱いされるだろ」
「ジョンスミスが探しててんはおじちゃんであって、京楽隊長やない。自分から名乗るわけ無いわ」
「全部知ってるみたいだね。…、そうか。尾田くんにまんまと連れてこられたのか」
「まーぬーけ〜」
「わかってるから、はっきり言わないでくれよ」
扉に寄りかかり、笠を下げて顔を隠した。
「もっと間抜けなん言い当てたろか?勢いだけで来てもうて、ジョンスミスに話したいこと何も考えてへん。『もう知らん』て嫌われてんのに、ノープランや。なつみちゃんにも謝る気無いんやろうし。アカンなぁ」
グッと顎が引いたような。
「今日やないわ」
姿勢をまっすぐに戻し、袖に差し込む腕組みをする。
「キミの言う通りだ。ボクは、間抜けだ」
「まとまってから、出直してください」
「あぁ。そうするよ」
階段へ歩き出す。しかし、すぐに立ち止まった。
「そう言えば、キミはなつみちゃんが男になっても、『なつみちゃん』って呼んであげてるんだね」
市丸はなつみの部屋の方を見つめて答える。
「なつみちゃんは、なつみちゃんやもん」
京楽も、その部屋の中を想像するように振り向いた。
「外見が変わったかて、好きなもんは好きなんよ。やる事は相変わらずかわいらしくて、おもろいし。妹が弟になっても、呼び方変えないかん程、知らん誰かになったわけやない。あんたの好きとボクの好きはちゃうんよ。一緒にせんとって。って、なつみちゃんに前言われてへんかった?」
「言われたよ」
斜め後ろから見える市丸の姿へ。
「…やっぱりキミの方が良いと思う」
「それはちゃう」
鋭い音に聞こえた。
「それはちゃう。ボクではアカン。ボクはお兄ちゃんやから。ボクはあの子に相応しくないねん。今の京楽さんもアカンけど」
「そう…」向き直り、再び下りの階段へ歩いていく。「ありがとう」
「感謝される筋合い無いわ」
京楽が三番隊舎に駆けつけるその少し前、仕事を早めに片付けたなつみは五番隊舎の門前に来ていた。
「ふぅ。寒いかな」
尾田から住所を教えてもらったが、その通りにしたら負けなような気がして、なつみはあえて五番隊舎に来ることにした。
「これくらい我慢だ」
防寒対策はしてきたつもりだが、身体が縮こまる。
「いつ終わるかな」
こんなひとりで待つ退屈な時間は、おしゃべりをして過ごしたいものだが、ムッちゃんもあえてここは控える。
塀の側でしゃがみ込み、精神統一を試みる。
「すぅー……」
霊圧探知に意識を集中させる。
「うん…」
確かに美沙は隊舎の中にいるらしい。動いていないのは、書類作業のためだろうか。
「まだかかるのかも…」
なつみの背は男になっても変わらず小さい。そして、冷たい風に晒されないよう、しゃがんでさらに、膝を抱えた腕に顔を埋めていた。そんな低い姿勢では、大概の人は気付かず通り過ぎてしまう。なのに。
ぽん……
頭の上に何かが乗せられた感覚がした。
「ん…?」
顔を上げたら、その乗っていたのが優しい手の温もりだと知った。
「藍染隊長。こんにちは」
「こんにちは、木之本くん」
藍染もしゃがんでいて、視線の高さが合っている。なつみの頭を撫でた。
「寒いんじゃないかな。中に入るかい?」
「いえ。ここで待ちます。ぼくは余所者ですから」
鼻が赤い。
「そう」吐く息は白い。「あの日から随分経ったね。ここに来たということは、これからの過ごし方を決められたと思って良いのかな」
「はい」
意志のこもった瞳が自信に煌めく。
「わかった」藍染は確認すると、立ち上がった。「僕は彼女から聞くことにしよう」
なつみはその動きを頭だけで追った。
「ぼく、練習ちゃんとしてます。藍染隊長から教わったこと、忘れないように」
「市丸隊長から聞いてるよ。君は変わらず強さを求めて努力してるってね。僕と会わなくても、もう大丈夫みたいに」
「そんなことは」
「僕は…、最近冬の寒さを思い出してしまったかな」
そんな例えではピンと来ないが、笑顔が切ない。なつみはトキンとした。
「もう少しで来ると思うよ」
藍染は隊舎へ戻ろうとした。
「藍染隊長!」
立ち上がるなつみに風が当たり、頬も赤くなった。
「勇気ください!」
「え…?」
こっちもそんな例えを使うものだから、困ってしまう。
「うまくいくように!お願いします!」
なつみは両手を伸ばして、藍染に握手を求めたのだ。
「ふふ、そんな心配要らないよ?」
とは言いつつ、要求に応じてあげる藍染。
久しぶりに伝わるなつみの温かさ。
「変わらないな」
「美沙ちゃんのぷんぷんに負けないように、がんばれ!って気を送ってください」
「良いよ」
なつみには勇気を、藍染には暖かさを。それぞれが願いを込めて贈り合う。
「ありがとうございます、藍染隊長」
「こちらこそ」
そして手を離す。
「またね、木之本くん」
「はい。お疲れ様です」
なつみは、藍染の背中に一礼した。
「ごめんね。追い返せなかった」
「はぁ…、違いますよね。隊長は、追い返『さ』なかったんです」
「そんなに怒ってあげないで」
「嫌です!本日もお疲れ様でした。お先に失礼します!」
「いってらっしゃい」
ちぐはぐな挨拶で拍子抜けする。
「隊長ぉ…」
「このモヤモヤを解決できるのは君だし、チャンスは今しかないと思うよ。でも僕が気にしてるのは仲直りじゃなく、2人が風邪をひかないかどうかだな」
「市丸隊長にご迷惑はかけられません。とっととウチに連れてきます」
「よろしく」
いざ出陣。
なつみは察知して、待ち構える姿勢をとった。
「こんばんは!美沙ちゃん!」
「……」
すぐに横を通り過ぎられてしまったが、なつみは視線が一度でも合っただけで嬉しかった。あとを追って、言おうと考えていた言葉を発し始める。
「美沙ちゃん、ぼくの話、聞いてほしいんだ」
すたすたと歩く美沙。
「言ったよね、元の姿に戻るまで、会いに来ないでって」
「言われたけど、約束はしてないから…」
ムッとして、一旦美沙の足がピタッと止まったが、苛立ったため息をひとつして再び歩き出した。
「話があるならウチで待ちなさいよ。尾田くんに場所教えたでしょ。あんなとこで待たれたら、迷惑よ!」
「ごめん……」
「そういうことではすぐ謝るのね。男になったことにはこれっぽっちもって感じなのに」
「男になったのは悪いことじゃないもん!」
「じゃあ、何話しに来たの⁉︎反省して、謝りに来たんじゃないの⁉︎」
「そうだよ!ぼくが間違ってたこと、謝りに来た!それで許してほしいんだ」
振り返って「何、その態度‼︎‼︎」と怒ってやりたかったが、騒々しくするのがはばかられるのと、寒いのとで、やめておくことにする。
「わかった。ウチで話聞く。もうそこだから」
「ありがとう、美沙ちゃん」
部屋に通され、ダイニングテーブルの椅子にちょこんと座らされるなつみ。美沙はお茶を淹れるためコンロの前に立っている。なつみが手伝うと言っても断られてしまったため、彼は大人しく座っているのだ。
ヤカンに注いだ水が沸騰するのを見ながら待っている美沙。なつみと向き合いたくないらしい。しかし気付いた、棚から取り出した2つのマグカップの1つ、それは。
「これ、あんた忘れてったの。持って帰る?」
「つ、捨てられたかと思った。取っておいてくれたんだね、ありがとう。邪魔だよね。持って帰るよ」
(今、『詰め忘れたの、そっちじゃん』って言いかけた。瞬時に回避したな)
ポットに茶葉を入れ、沸いたお湯を注ぐ。どれだけ振り向かず、時間を稼げるのか。
「美沙ちゃん、こっち向いてくれないね。ぼくのこと視界に入れたくないの?名前も前みたいに呼んでくれないし」
「決まってるでしょ。あたしはあたしの知ってるなつみに帰ってきてほしいの。あんたは、なつみじゃない」
ショックを受けて、スッと息を吸う音が後ろからした。椅子を引く音、足音…。でもその影は視野に侵入してこなかった。
「何…」
「ごめん!」
美沙の横で、なつみは深く頭を下げていた。
「何に」
「ぼくは、ぼくらはずっと仲良しのお友だちでいた。何でも話す親友だった。なのにぼくは、性転換なんて大きなことを、ひとりで勝手に決めて、やっちゃった。
ただ驚かせたかっただけなんだ。それは本当だった。
だけど、ぼくは美沙ちゃんがぼくの考えてることわかってくれてて、受け入れてくれてるって、思い違いをしてたんだ。だから、喜んでくれると思い込んでた。バカだった。ぼくは、美沙ちゃんと、ちゃんと話しておくべきだったんだ。ごめんなさい!」
美沙はポットから少し注ぎ、お茶の色を確認した。充分だとして、カップに2杯注いでいく。正直に謝ったなつみをそのままにして、そのカップを両手に持ち、机に運ぶ。
「こっち来な」
上体を起こすなつみ。
「美沙ちゃん…」
「座んなっつったの!寒かったんだから、飲んであったまんな、なつみ」
「‼︎…、美沙ちゃんっ」
「泣くな!気持ち悪い!男子の泣くとこなんか見たくないんだから!」
「うぅぅっ、うん!いただきます!」
急いで席に着いて、なつみはお茶を啜った。
「あちっ😣」
「ばーか」
そう言われてなつみは上目遣いで美沙を見たが、美沙は視線を下げてフーフーしてからひと口飲んだ。
「ちゃんと、あたしのこと考えてくれたのね。あたしが何に怒ってたのか」
「ぼくだったらって考えた。ぼくが美沙ちゃんに望んでない大きなことを、美沙ちゃんがひとりで決めちゃったら、どう思うかなって」
「例えば?」
「何百人って被害者を出してるような虚退治に、ひとりで志願しちゃうとか」
「ダメなの?」
指がピクリと動いた。
「心配だもん。美沙ちゃんが強いの知ってても、万が一のことがあるかもしれないから、行ってほしくない。どうしても行くなら、ぼくも一緒が良い。止められたって、内緒でもついてくよ!でも、前もって相談されなかったら、ついてくことできないし、万が一が知らないうちに起きて、…、想像もしたくないよ、その先なんて」
「死神なんだから、戦いに出るのは当然だけどね」
「そう。一昨日、あいつらと風呂に入って、びっくりしたんだ。あいつら、少しズレてたら命を落としてたかもしれないような傷を、みんな付けてた。
死神だから、そういうお別れは日常茶飯事だ。でもどこか、ぼくが仲良くしてる人たちは大丈夫なんて、思い込んでるとこがあったんだ。大変な仕事したって、ちゃんと帰ってくるのが当たり前って。
でもさ、そんなことないって、あいつらの身体見て思った。美沙ちゃんもこうなっちゃうかもしれないんだって。
毎日を大切に過ごさなきゃいけないって思った。大好きな人とケンカ別れなんてしたくない。後悔したくないよ。反省する。これからは、大きなことをする前に、大切にしたい人の気持ちを確認してから決めるようにするよ。そうしなきゃ、相手がすごく辛い思いをする結果に繋がることがあるから」
「なつみにとっての大切な人って誰…」
なつみは、マグカップを握る美沙の手をそっと包んであげた。
「美沙ちゃんだよ。ごめんね、信頼を裏切るようなことをして。性転換があるなら、他のこともって思っちゃったよね」
なつみの温もりは、淹れたばかりのお茶よりもずっと、美沙の心身を温めてくれる。
「あんたが男になりたがってたのは知ってた。別に、なるならなっても良いと思ってた」
「うん…」
「でも、そうなるなら、相談があると思ってた。だって、いろいろ準備とかいるでしょ?周りの理解とかも必要だし。あたしが手伝ってあげなきゃならないことがあると思ってた。なのに」
「ごめん」
「親友だと思ってた。助け合うのが当たり前だって。でも裏切られたみたいになったから、あんたが案の定苦しい思いをしても、見離すことにした。嫌な思いをしたから、嫌がらせをしてやり返したかったの。
でも、辛かった…。だって、あんたを嫌いになれなかったから。それに、自分が嫌な奴になってるのも、ムカついた。ごめんね、なつみ」
「ううん、美沙ちゃんは悪くないよ。ぼくが全部招いたんだ。ぼくが悪いよ」
そこで、美沙は力強くグシャグシャとなつみの頭を撫でた。
「わあーッ💦」
「おりゃりゃりゃりゃー‼️」
「もー!何すんの⁉︎」
ぽやんぽやんのヘアスタイルになってしまった。
「アハハハハッ」
笑う美沙にムスッとしながら、髪を整え直すなつみ。
「あんた、あたしの好みな顔になったから、クッソムカつく😁」
「それって、良いの?悪いの?」
「さぁね」
「え〜😅」
「あたしね、実は、なつみに男になってほしいって、ずっと思ってたの」
「え…」
「なつみのことが好きだから、なつみの願いが叶ってほしかったんだ」
「美沙ちゃん…。ぼくも美沙ちゃんのこと好き!大好き!ぼくも美沙ちゃんの夢叶ってほしいって思う!」
「ありがとう。…、あんたが男になったら、あたし絶対、真っ先に、恋人になってほしいって告ろうと思ってた。実際は怒ってそんなことできなかったけど」
「ん、なんか、照れちゃうな///」
「他の女に獲られたくないもん。あんたモテるし。恋人になれたら、長く一緒にいられるでしょ。だから。あんたに会えない世界、本当に退屈だもんね」
「ひひっ、うれしい」
そのタイミングで思い付いた。渡すなら今だと。
「そうだ!おみやげ!」
なつみは懐から小袋を取り出した。
「おみやげ?」
「うん。昨日用意した。ぼくの実家のお守りだよ。美沙ちゃんにあげる」
美沙は受け取ると、早速お守りを出してみる。
「は?『恋愛成就』?」
「えへっ」
それは桃色のお守り。
「じゃあ、あんたのそれも恋愛成就?」
なつみのお守りを指した。
「違うよ。これは交通安全」
「何で?💦」
「8人バラバラのご利益なんだよ。ぼくは緑が良かったから、これになっちゃったけど、美沙ちゃんにはピンクを渡したかったから、それになった」
「あたしが女子だからピンク?」
「違うよ。そんなんで選ばない。ぼくは美沙ちゃんのことが好きなんだ。ピンクは『好き』を伝える色なの。だから😊」
「そう…。ありがとう。なつみと同じとこ付けていい?」
「もちろんだよ!みんなとお揃いにしよう!」
「…、そういうとこは女子っぽいんだ」
「誰が?ぼくが?」
「違う。あの人たち」
「あー。尾田にここの住所教えたの、チクるの期待してたからだよね。最終そうなったけど、言ったのは一昨日だもん」
「遅い。もっと早く言えっつーの」
「一斉送信で『〜らしいぜ』なんて、陰でこそこそやんないから。あいつらが勝手に仲直り大作戦練ること考えたでしょ。ないない!男はそんなことしないって」
「外したなぁ」
「尾田が特別に教えてもらっただけってことになってるから、あいつら、美沙ちゃんが尾田に惚れてると思い込んでるぜ」
「はぁ⁉︎勘弁してよ⁉︎あり得ないから‼︎」
「だよね」
「男ってホントわかんない。意味不明」
それに引き換え、なつみはどちらの気持ちも今は見えているらしかった。
「早く仲直りしたい美沙ちゃんの気持ちに気付いてあげられなくて、ごめんね。遅くなっちゃった」
「ううん。この件に関しては、尾田くんのせいにしとこ。鈍すぎでしょ」
「そんなことないよ。アイツなりに気ぃ遣った結果だから😌」
「そおですか」
「そおですよ」
クスクス2人で笑ってしまった。
「飲む?」
「うん、ありがとう」
なつみは新たに注がれたお茶の水面を見下ろす。取り戻せた雰囲気の中、新たな決心の下。
「ねぇ、美沙ちゃん。ぼく、女の身体に戻るよ」
美沙は口に運んだカップを、すぐに下ろした。
「んっ、良いの?」
「うん。男になったらやりたいこと、もうほとんどできちゃったからさ。ぼくが憧れてたのって、こんなもんか〜って思えてきたんだよね。男じゃなきゃヤダって思ってくれてる人がいないことも知ったし。望んでないし、望まれてないし、何よりぼくは以前の状態ですごく恵まれてたことに気付けたからさ」
「どんなふうに?」
「ぼくは心と身体がチグハグだけど、それでも変だって言われず、みんな仲良くしてくれていたんだ。そんな優しい環境に、ぼくはちゃんと満足しなきゃならなかった。なのに、無理矢理突き進んだ。自分の好奇心のままに。ぼくにとっては失敗だった。ぼくが男になること、大反対する人がいるのもわかったし。自分自身が、この身体でいるのに無理してるのがヤだし」
「無理してんの?」
「薬で男になってるんだもん。負担だよ。それに、まだ『かわいい』って言われる。『かっこいい』ってなかなか言われないの。かっこいい演出しないと言われないの。めんどくさいよ、もう。溢れ出るかっこよさをさぁ、汲み取ってくれないんだよな〜」
「そういうところ、溢れ出てんのは『かわいさ』だからね」
鼻にクシャッと皺を寄せて、不満を表現するなつみ。
「ぼくが特別何にもしないで、そのままで自然でいることに、それが普通で、気にならないことだって思ってもらえる世界に、感謝してる。自分と違うことをする人がいてもさ、嫌がらせとかそういうの受けなければ、別に、やめろとか、隠せとか、”気持ち悪い”とか、わざわざ言わなくても良いよね。もしも引いちゃったら、『わぁー…💧』って思って、そのまま離れていけば良いだけの話だし。いろんなことを思って、する人が、全員だって思ってたら、何があっても普通の感覚でいられる。そうなれば、ぼくは、他の誰とも違ってるけど、他の特別の中に入れて、普通になれるから。特に瀞霊廷はキャラ強い人たちばっかりだもんね。そりゃ、ぼくなんか気にならないさ。変でいても良いって思えた。こんな変てこと仲良くしてくれる人がいっぱいいるから、その人たちの気分を悪くさせること、もうしたくないんだ。だから、もう戻る。筋肉付いて、できること増えたけど、無くてもなんとかなりそうだし」
「そう…。あんたがそうしたいなら、したら?」
「おっきなことだから、ちゃんと話したよ」
「うん」
「なのに、結局そういうこと言うんだ」
「止めてほしいの?」
「イーッだ😬」
「なにそれ(笑)」
「ふふん。でもまぁ、今思い付いて話しただけだから、これからみんなに伝えなきゃ。市丸隊長にはすぐにね」
「誰も止めないと思う」
「それも寂しいけどさ〜😩」
「なんなのよ😅」
「女に戻ったら、美沙ちゃんとまた暮らしたい。ダメ?」
「ダメじゃない。今すぐだって良いくらい。あんたがいなきゃ、静かで退屈なんだもん。早く帰ってきてほしい」
「美沙ちゃん…🥺」
「そのカップ、洗ってしまっとくね」
「うん🥲」
「泣くな。気持ち悪い」
「うぅぅっ😖💦」
「市丸隊長が、あんたを手放してくれたらの話になるだろうけどね」
「そぉんなの、一緒に住めないよ。男同士じゃなくなるんだからさ。『ふ〜ん、戻るんや。ほな、出てってや〜』って言うよ」
「そうかな」
「そうだよ😤」
「毎日お風呂一緒に入って、毎日一緒のベッドで寝てるって聞いたけど。何にも無いの?あんたたち」
「な❗️何でそんなこときくだよ⁉️💦」
「そんな仲良くて、綺麗さっぱり別れれるのかなって。あんたたち見てると、男女の垣根とか無視してるみたいだからさ」
「うむむむむッ…」
なつみは秘密が苦手である。思い当たる節があれば、すぐに顔に出る。でも口は硬い。そこが救いである。しかし読める。
「はぁ…。そりゃ、無いわけないか」
「変なことしてないもん‼️お、男の嗜みを、教えてもらったことあるだけだもん‼️」
「は〜ん😏」
「ゴムの着け方とか‼️」
「言わんでええ‼️💢」
「😣💦💦」
「まぁとにかく、要相談ね。今度は自分勝手にいろいろ決めて進めないこと」
「はい‼️ちゃんと相談する‼️」
「よし!じゃあ、あんたはもう帰りな。市丸隊長がお風呂待ってるかもしれないから」
「えー、ご飯行こうよー」
「行ーかーなーい。あたしはこれからあんたとまた過ごせるんでしょ?だったら今は、市丸隊長と過ごす時間を大切にしな」
「んー…、わかった。美沙ちゃんがそう言うなら」
残りのお茶を飲み干して、席を立つなつみ。カップを流しに運ぶ。
「いいよ。洗っとくから。帰りな」
「そう。ありがとう」
「ねぇ、なつみ。ハグしたい」
「🙂?いいよ」
なつみはあっさりと美沙に腕を回して抱きついた。美沙も来てくれたなつみを抱きしめる。
「謝ってくれて、ありがとう、なつみ。大好き」
「ぼくも美沙ちゃん大好き。許してくれて、ありがとう」
ちょっと身体を離してから、おでこをくっつけ合う。
「マジであんたの顔イケメン。ちょームカつく」
「そうでしょ😁」
こうして、2人の関係は無事に修復できた。次の人とも、うまく仲直りできるようにと願いながら。
「えーっと…、あった」
上がってきた報告書と過去のデータを見比べるようだ。
「だとすると、次の出現はこの辺か?」
腕組みをして集中していた。
「合格祈願?」
急に隣から声がした。
「ドワッ‼️京楽隊長⁉️焦ったー。驚かさないでくださいよ」
慌てて振り返ると、京楽が尾田の鞘に付いたお守りを手に取って見ていた。
「こんなの付けてたっけ。何の試験受けるの?もしかして隊首試験目指し始めちゃったとか。気が早いね〜」
「違いますよ。…、それはそのうちですよ」
「ふ〜ん」
「これは、木之本が旅行のおみやげにって、みんなに配ったんです」
「…、ふーん」
「羨ましいすか?」
「バカ言え」
意外な強い語気に、尾田はビクリとした。
「キミ、さっきの一瞬で殺されてたと思うから、隊長にはまだまだなれないよ」
「わかってますよ…」
心配するなつみの顔を思い出してしまった。
「ボクなら影で気付いた。じゃあね」
京楽は資料室を出て行く。
その背中を尾田が呼び止めた。
「隊長!まだ新入隊士が来るの楽しみとか言うんですか!」
パタリと歩を止め、京楽は尾田に向き直った。
「当たり前だろ?楽しみで仕方ないよ。もう少ししたら、また良い子を探しに行かなきゃね」
「隊長は…、何を期待されてるんですか」
「何って?」
「いえ、その…、毎年隊長が推薦される女性隊士は、雰囲気がみんな似ているというか」
「何が言いたいの」
「優れた人たちが揃っていると思います。でも、どうしてか隊長が満足されているようには見えなくて。誰か特定の人でも探しているのかなという印象を……」
そう言われて、少し睨んできたような気がした。だが、尾田は怯まなかった。
「容姿や、ちょっと話したくらいじゃ、わからないことだってありますよ‼︎‼︎」
その口ぶりに、なつみのことも言いたいのだとわかった。
「フンッ…、キミが気にすることじゃないだろ。どっちもね」
こう言い残して去ってしまった。
ため息をこぼしながら、尾田は開いたままの資料に視線を戻した。
「何であんな都合良く考えてんだろ」
七緒には何があったかわからないが、京楽が隊首室には行かず、副官室に来て、机に向かって仕事に打ち込もうとしている彼女の顔を、その正面に椅子を持ってきて座り、ただジーッと見つめているのを大変不愉快に思っていた。
「隊長‼️用が無いのでしたら、自室にお戻り下さい‼️気が散ります‼️」
と一喝しても、京楽は動じなかった。ボーッとしているわけでもなく、七緒の顔に書かれている何かを読み取るように睨んでいる。
「うーん……」
唸った。
「何なんですか‼️まったく‼️😠」
「七緒ちゃんの顔見てたら、思い出せる気がしたんだけどなぁ〜」
「……❗️」七緒は睨み返した。「私が申し上げたことですか❗️上の空で聞き逃されたんですね❗️木之本さんとのことがあってから、ずっとそんな調子じゃありませんか。迷惑なので、早く何とかしてください❗️気持ちを切り替えるか、素直に謝られては」
そうガミガミ怒っていると、明らかに京楽の不機嫌がムッと湧いてきて、彼は俯いて七緒の説教に対し無関心である風を装ってしまった。
「隊長❗️聞いてます⁉️」
「春水さん、聞いてますか。大丈夫ですか」
ふと、七緒が発した言葉につられて、昔に聞いた声を思い出した。
(そうだ…。あの時、義姉さんが名前を言ってたんだ。『〜ちゃんをよろしく』って)
気が逸れてしまって、肝心の名前だけ聞きそびれていた。
(それからのことに集中してて、聞いてなかったけど、見てはいたんだっけ?)
彼女の唇の動きを。
「……」
七緒の唇を真剣に見つめた。面影から答えを導きたいのだろう。
「もう‼️何なんですか‼️変な気起こしたら、承知しませんよ‼️💢」
その文句を前に、京楽は目を見開いて片手で自身の口元を覆った。酷く驚いていた。
「そんな…」
そう呟くと、ザッと立ち上がり、副官室を飛び出して行ってしまった。呆気にとられる七緒。
「…、何なんですか、ホント」
何故か悪い事をしてしまった感じが漂う。不本意なので、フルフルッと首を横に振ってから、仕事に集中することにした。
大事な事を思い出せた京楽は、ただまっすぐにある場所へ向かった。『三』が掲げられているあの場所へ。
はやる気持ちが強すぎて、うまく瞬歩が使えない程だった。京楽には珍しく、騒々しい足音で、霊圧も抑えが甘くなっていた。自分が向かっていることを知ってもらいたいかのように。しかしそれは無意識で、頭の中が思い出で渦巻いて喧しかったために、気にすることができなかったのだ。忘れかけたあの日のことや、家族の願いや、知らずに過ごしたたわいの無い日々が、ただひとつに繋がっていることに気付けた。あの子との思い出が見えそうなほどに鮮明に。
門を過ぎ、来客用玄関から入り、階段を駆け上り、三番隊舎、第二十席の部屋の扉の前へ。ノブに手をかけ開けようとした時。
「おーそーい」
「えっ」
もう1階上から声がした。
「今日は美沙ちゃんの番や」
降りてきたのは市丸。
「お探しの『家出をした勇敢なる大冒険家ジョンスミス』はお留守です」
彼が指差した先には、「お留守」の札が。
「あ…、そう、みたいだね」
「珍しい。京楽さんのくせに、そんな周り見えんくなるん?」
市丸は京楽のもとに到着。
「恥ずかしいね」
扉から離れる。
「それより、キミからその名前を聞かされたくなかったよ」
「アホみたいに待ってる方が悪い」
「自分からきくなんて、違ってたら変人扱いされるだろ」
「ジョンスミスが探しててんはおじちゃんであって、京楽隊長やない。自分から名乗るわけ無いわ」
「全部知ってるみたいだね。…、そうか。尾田くんにまんまと連れてこられたのか」
「まーぬーけ〜」
「わかってるから、はっきり言わないでくれよ」
扉に寄りかかり、笠を下げて顔を隠した。
「もっと間抜けなん言い当てたろか?勢いだけで来てもうて、ジョンスミスに話したいこと何も考えてへん。『もう知らん』て嫌われてんのに、ノープランや。なつみちゃんにも謝る気無いんやろうし。アカンなぁ」
グッと顎が引いたような。
「今日やないわ」
姿勢をまっすぐに戻し、袖に差し込む腕組みをする。
「キミの言う通りだ。ボクは、間抜けだ」
「まとまってから、出直してください」
「あぁ。そうするよ」
階段へ歩き出す。しかし、すぐに立ち止まった。
「そう言えば、キミはなつみちゃんが男になっても、『なつみちゃん』って呼んであげてるんだね」
市丸はなつみの部屋の方を見つめて答える。
「なつみちゃんは、なつみちゃんやもん」
京楽も、その部屋の中を想像するように振り向いた。
「外見が変わったかて、好きなもんは好きなんよ。やる事は相変わらずかわいらしくて、おもろいし。妹が弟になっても、呼び方変えないかん程、知らん誰かになったわけやない。あんたの好きとボクの好きはちゃうんよ。一緒にせんとって。って、なつみちゃんに前言われてへんかった?」
「言われたよ」
斜め後ろから見える市丸の姿へ。
「…やっぱりキミの方が良いと思う」
「それはちゃう」
鋭い音に聞こえた。
「それはちゃう。ボクではアカン。ボクはお兄ちゃんやから。ボクはあの子に相応しくないねん。今の京楽さんもアカンけど」
「そう…」向き直り、再び下りの階段へ歩いていく。「ありがとう」
「感謝される筋合い無いわ」
京楽が三番隊舎に駆けつけるその少し前、仕事を早めに片付けたなつみは五番隊舎の門前に来ていた。
「ふぅ。寒いかな」
尾田から住所を教えてもらったが、その通りにしたら負けなような気がして、なつみはあえて五番隊舎に来ることにした。
「これくらい我慢だ」
防寒対策はしてきたつもりだが、身体が縮こまる。
「いつ終わるかな」
こんなひとりで待つ退屈な時間は、おしゃべりをして過ごしたいものだが、ムッちゃんもあえてここは控える。
塀の側でしゃがみ込み、精神統一を試みる。
「すぅー……」
霊圧探知に意識を集中させる。
「うん…」
確かに美沙は隊舎の中にいるらしい。動いていないのは、書類作業のためだろうか。
「まだかかるのかも…」
なつみの背は男になっても変わらず小さい。そして、冷たい風に晒されないよう、しゃがんでさらに、膝を抱えた腕に顔を埋めていた。そんな低い姿勢では、大概の人は気付かず通り過ぎてしまう。なのに。
ぽん……
頭の上に何かが乗せられた感覚がした。
「ん…?」
顔を上げたら、その乗っていたのが優しい手の温もりだと知った。
「藍染隊長。こんにちは」
「こんにちは、木之本くん」
藍染もしゃがんでいて、視線の高さが合っている。なつみの頭を撫でた。
「寒いんじゃないかな。中に入るかい?」
「いえ。ここで待ちます。ぼくは余所者ですから」
鼻が赤い。
「そう」吐く息は白い。「あの日から随分経ったね。ここに来たということは、これからの過ごし方を決められたと思って良いのかな」
「はい」
意志のこもった瞳が自信に煌めく。
「わかった」藍染は確認すると、立ち上がった。「僕は彼女から聞くことにしよう」
なつみはその動きを頭だけで追った。
「ぼく、練習ちゃんとしてます。藍染隊長から教わったこと、忘れないように」
「市丸隊長から聞いてるよ。君は変わらず強さを求めて努力してるってね。僕と会わなくても、もう大丈夫みたいに」
「そんなことは」
「僕は…、最近冬の寒さを思い出してしまったかな」
そんな例えではピンと来ないが、笑顔が切ない。なつみはトキンとした。
「もう少しで来ると思うよ」
藍染は隊舎へ戻ろうとした。
「藍染隊長!」
立ち上がるなつみに風が当たり、頬も赤くなった。
「勇気ください!」
「え…?」
こっちもそんな例えを使うものだから、困ってしまう。
「うまくいくように!お願いします!」
なつみは両手を伸ばして、藍染に握手を求めたのだ。
「ふふ、そんな心配要らないよ?」
とは言いつつ、要求に応じてあげる藍染。
久しぶりに伝わるなつみの温かさ。
「変わらないな」
「美沙ちゃんのぷんぷんに負けないように、がんばれ!って気を送ってください」
「良いよ」
なつみには勇気を、藍染には暖かさを。それぞれが願いを込めて贈り合う。
「ありがとうございます、藍染隊長」
「こちらこそ」
そして手を離す。
「またね、木之本くん」
「はい。お疲れ様です」
なつみは、藍染の背中に一礼した。
「ごめんね。追い返せなかった」
「はぁ…、違いますよね。隊長は、追い返『さ』なかったんです」
「そんなに怒ってあげないで」
「嫌です!本日もお疲れ様でした。お先に失礼します!」
「いってらっしゃい」
ちぐはぐな挨拶で拍子抜けする。
「隊長ぉ…」
「このモヤモヤを解決できるのは君だし、チャンスは今しかないと思うよ。でも僕が気にしてるのは仲直りじゃなく、2人が風邪をひかないかどうかだな」
「市丸隊長にご迷惑はかけられません。とっととウチに連れてきます」
「よろしく」
いざ出陣。
なつみは察知して、待ち構える姿勢をとった。
「こんばんは!美沙ちゃん!」
「……」
すぐに横を通り過ぎられてしまったが、なつみは視線が一度でも合っただけで嬉しかった。あとを追って、言おうと考えていた言葉を発し始める。
「美沙ちゃん、ぼくの話、聞いてほしいんだ」
すたすたと歩く美沙。
「言ったよね、元の姿に戻るまで、会いに来ないでって」
「言われたけど、約束はしてないから…」
ムッとして、一旦美沙の足がピタッと止まったが、苛立ったため息をひとつして再び歩き出した。
「話があるならウチで待ちなさいよ。尾田くんに場所教えたでしょ。あんなとこで待たれたら、迷惑よ!」
「ごめん……」
「そういうことではすぐ謝るのね。男になったことにはこれっぽっちもって感じなのに」
「男になったのは悪いことじゃないもん!」
「じゃあ、何話しに来たの⁉︎反省して、謝りに来たんじゃないの⁉︎」
「そうだよ!ぼくが間違ってたこと、謝りに来た!それで許してほしいんだ」
振り返って「何、その態度‼︎‼︎」と怒ってやりたかったが、騒々しくするのがはばかられるのと、寒いのとで、やめておくことにする。
「わかった。ウチで話聞く。もうそこだから」
「ありがとう、美沙ちゃん」
部屋に通され、ダイニングテーブルの椅子にちょこんと座らされるなつみ。美沙はお茶を淹れるためコンロの前に立っている。なつみが手伝うと言っても断られてしまったため、彼は大人しく座っているのだ。
ヤカンに注いだ水が沸騰するのを見ながら待っている美沙。なつみと向き合いたくないらしい。しかし気付いた、棚から取り出した2つのマグカップの1つ、それは。
「これ、あんた忘れてったの。持って帰る?」
「つ、捨てられたかと思った。取っておいてくれたんだね、ありがとう。邪魔だよね。持って帰るよ」
(今、『詰め忘れたの、そっちじゃん』って言いかけた。瞬時に回避したな)
ポットに茶葉を入れ、沸いたお湯を注ぐ。どれだけ振り向かず、時間を稼げるのか。
「美沙ちゃん、こっち向いてくれないね。ぼくのこと視界に入れたくないの?名前も前みたいに呼んでくれないし」
「決まってるでしょ。あたしはあたしの知ってるなつみに帰ってきてほしいの。あんたは、なつみじゃない」
ショックを受けて、スッと息を吸う音が後ろからした。椅子を引く音、足音…。でもその影は視野に侵入してこなかった。
「何…」
「ごめん!」
美沙の横で、なつみは深く頭を下げていた。
「何に」
「ぼくは、ぼくらはずっと仲良しのお友だちでいた。何でも話す親友だった。なのにぼくは、性転換なんて大きなことを、ひとりで勝手に決めて、やっちゃった。
ただ驚かせたかっただけなんだ。それは本当だった。
だけど、ぼくは美沙ちゃんがぼくの考えてることわかってくれてて、受け入れてくれてるって、思い違いをしてたんだ。だから、喜んでくれると思い込んでた。バカだった。ぼくは、美沙ちゃんと、ちゃんと話しておくべきだったんだ。ごめんなさい!」
美沙はポットから少し注ぎ、お茶の色を確認した。充分だとして、カップに2杯注いでいく。正直に謝ったなつみをそのままにして、そのカップを両手に持ち、机に運ぶ。
「こっち来な」
上体を起こすなつみ。
「美沙ちゃん…」
「座んなっつったの!寒かったんだから、飲んであったまんな、なつみ」
「‼︎…、美沙ちゃんっ」
「泣くな!気持ち悪い!男子の泣くとこなんか見たくないんだから!」
「うぅぅっ、うん!いただきます!」
急いで席に着いて、なつみはお茶を啜った。
「あちっ😣」
「ばーか」
そう言われてなつみは上目遣いで美沙を見たが、美沙は視線を下げてフーフーしてからひと口飲んだ。
「ちゃんと、あたしのこと考えてくれたのね。あたしが何に怒ってたのか」
「ぼくだったらって考えた。ぼくが美沙ちゃんに望んでない大きなことを、美沙ちゃんがひとりで決めちゃったら、どう思うかなって」
「例えば?」
「何百人って被害者を出してるような虚退治に、ひとりで志願しちゃうとか」
「ダメなの?」
指がピクリと動いた。
「心配だもん。美沙ちゃんが強いの知ってても、万が一のことがあるかもしれないから、行ってほしくない。どうしても行くなら、ぼくも一緒が良い。止められたって、内緒でもついてくよ!でも、前もって相談されなかったら、ついてくことできないし、万が一が知らないうちに起きて、…、想像もしたくないよ、その先なんて」
「死神なんだから、戦いに出るのは当然だけどね」
「そう。一昨日、あいつらと風呂に入って、びっくりしたんだ。あいつら、少しズレてたら命を落としてたかもしれないような傷を、みんな付けてた。
死神だから、そういうお別れは日常茶飯事だ。でもどこか、ぼくが仲良くしてる人たちは大丈夫なんて、思い込んでるとこがあったんだ。大変な仕事したって、ちゃんと帰ってくるのが当たり前って。
でもさ、そんなことないって、あいつらの身体見て思った。美沙ちゃんもこうなっちゃうかもしれないんだって。
毎日を大切に過ごさなきゃいけないって思った。大好きな人とケンカ別れなんてしたくない。後悔したくないよ。反省する。これからは、大きなことをする前に、大切にしたい人の気持ちを確認してから決めるようにするよ。そうしなきゃ、相手がすごく辛い思いをする結果に繋がることがあるから」
「なつみにとっての大切な人って誰…」
なつみは、マグカップを握る美沙の手をそっと包んであげた。
「美沙ちゃんだよ。ごめんね、信頼を裏切るようなことをして。性転換があるなら、他のこともって思っちゃったよね」
なつみの温もりは、淹れたばかりのお茶よりもずっと、美沙の心身を温めてくれる。
「あんたが男になりたがってたのは知ってた。別に、なるならなっても良いと思ってた」
「うん…」
「でも、そうなるなら、相談があると思ってた。だって、いろいろ準備とかいるでしょ?周りの理解とかも必要だし。あたしが手伝ってあげなきゃならないことがあると思ってた。なのに」
「ごめん」
「親友だと思ってた。助け合うのが当たり前だって。でも裏切られたみたいになったから、あんたが案の定苦しい思いをしても、見離すことにした。嫌な思いをしたから、嫌がらせをしてやり返したかったの。
でも、辛かった…。だって、あんたを嫌いになれなかったから。それに、自分が嫌な奴になってるのも、ムカついた。ごめんね、なつみ」
「ううん、美沙ちゃんは悪くないよ。ぼくが全部招いたんだ。ぼくが悪いよ」
そこで、美沙は力強くグシャグシャとなつみの頭を撫でた。
「わあーッ💦」
「おりゃりゃりゃりゃー‼️」
「もー!何すんの⁉︎」
ぽやんぽやんのヘアスタイルになってしまった。
「アハハハハッ」
笑う美沙にムスッとしながら、髪を整え直すなつみ。
「あんた、あたしの好みな顔になったから、クッソムカつく😁」
「それって、良いの?悪いの?」
「さぁね」
「え〜😅」
「あたしね、実は、なつみに男になってほしいって、ずっと思ってたの」
「え…」
「なつみのことが好きだから、なつみの願いが叶ってほしかったんだ」
「美沙ちゃん…。ぼくも美沙ちゃんのこと好き!大好き!ぼくも美沙ちゃんの夢叶ってほしいって思う!」
「ありがとう。…、あんたが男になったら、あたし絶対、真っ先に、恋人になってほしいって告ろうと思ってた。実際は怒ってそんなことできなかったけど」
「ん、なんか、照れちゃうな///」
「他の女に獲られたくないもん。あんたモテるし。恋人になれたら、長く一緒にいられるでしょ。だから。あんたに会えない世界、本当に退屈だもんね」
「ひひっ、うれしい」
そのタイミングで思い付いた。渡すなら今だと。
「そうだ!おみやげ!」
なつみは懐から小袋を取り出した。
「おみやげ?」
「うん。昨日用意した。ぼくの実家のお守りだよ。美沙ちゃんにあげる」
美沙は受け取ると、早速お守りを出してみる。
「は?『恋愛成就』?」
「えへっ」
それは桃色のお守り。
「じゃあ、あんたのそれも恋愛成就?」
なつみのお守りを指した。
「違うよ。これは交通安全」
「何で?💦」
「8人バラバラのご利益なんだよ。ぼくは緑が良かったから、これになっちゃったけど、美沙ちゃんにはピンクを渡したかったから、それになった」
「あたしが女子だからピンク?」
「違うよ。そんなんで選ばない。ぼくは美沙ちゃんのことが好きなんだ。ピンクは『好き』を伝える色なの。だから😊」
「そう…。ありがとう。なつみと同じとこ付けていい?」
「もちろんだよ!みんなとお揃いにしよう!」
「…、そういうとこは女子っぽいんだ」
「誰が?ぼくが?」
「違う。あの人たち」
「あー。尾田にここの住所教えたの、チクるの期待してたからだよね。最終そうなったけど、言ったのは一昨日だもん」
「遅い。もっと早く言えっつーの」
「一斉送信で『〜らしいぜ』なんて、陰でこそこそやんないから。あいつらが勝手に仲直り大作戦練ること考えたでしょ。ないない!男はそんなことしないって」
「外したなぁ」
「尾田が特別に教えてもらっただけってことになってるから、あいつら、美沙ちゃんが尾田に惚れてると思い込んでるぜ」
「はぁ⁉︎勘弁してよ⁉︎あり得ないから‼︎」
「だよね」
「男ってホントわかんない。意味不明」
それに引き換え、なつみはどちらの気持ちも今は見えているらしかった。
「早く仲直りしたい美沙ちゃんの気持ちに気付いてあげられなくて、ごめんね。遅くなっちゃった」
「ううん。この件に関しては、尾田くんのせいにしとこ。鈍すぎでしょ」
「そんなことないよ。アイツなりに気ぃ遣った結果だから😌」
「そおですか」
「そおですよ」
クスクス2人で笑ってしまった。
「飲む?」
「うん、ありがとう」
なつみは新たに注がれたお茶の水面を見下ろす。取り戻せた雰囲気の中、新たな決心の下。
「ねぇ、美沙ちゃん。ぼく、女の身体に戻るよ」
美沙は口に運んだカップを、すぐに下ろした。
「んっ、良いの?」
「うん。男になったらやりたいこと、もうほとんどできちゃったからさ。ぼくが憧れてたのって、こんなもんか〜って思えてきたんだよね。男じゃなきゃヤダって思ってくれてる人がいないことも知ったし。望んでないし、望まれてないし、何よりぼくは以前の状態ですごく恵まれてたことに気付けたからさ」
「どんなふうに?」
「ぼくは心と身体がチグハグだけど、それでも変だって言われず、みんな仲良くしてくれていたんだ。そんな優しい環境に、ぼくはちゃんと満足しなきゃならなかった。なのに、無理矢理突き進んだ。自分の好奇心のままに。ぼくにとっては失敗だった。ぼくが男になること、大反対する人がいるのもわかったし。自分自身が、この身体でいるのに無理してるのがヤだし」
「無理してんの?」
「薬で男になってるんだもん。負担だよ。それに、まだ『かわいい』って言われる。『かっこいい』ってなかなか言われないの。かっこいい演出しないと言われないの。めんどくさいよ、もう。溢れ出るかっこよさをさぁ、汲み取ってくれないんだよな〜」
「そういうところ、溢れ出てんのは『かわいさ』だからね」
鼻にクシャッと皺を寄せて、不満を表現するなつみ。
「ぼくが特別何にもしないで、そのままで自然でいることに、それが普通で、気にならないことだって思ってもらえる世界に、感謝してる。自分と違うことをする人がいてもさ、嫌がらせとかそういうの受けなければ、別に、やめろとか、隠せとか、”気持ち悪い”とか、わざわざ言わなくても良いよね。もしも引いちゃったら、『わぁー…💧』って思って、そのまま離れていけば良いだけの話だし。いろんなことを思って、する人が、全員だって思ってたら、何があっても普通の感覚でいられる。そうなれば、ぼくは、他の誰とも違ってるけど、他の特別の中に入れて、普通になれるから。特に瀞霊廷はキャラ強い人たちばっかりだもんね。そりゃ、ぼくなんか気にならないさ。変でいても良いって思えた。こんな変てこと仲良くしてくれる人がいっぱいいるから、その人たちの気分を悪くさせること、もうしたくないんだ。だから、もう戻る。筋肉付いて、できること増えたけど、無くてもなんとかなりそうだし」
「そう…。あんたがそうしたいなら、したら?」
「おっきなことだから、ちゃんと話したよ」
「うん」
「なのに、結局そういうこと言うんだ」
「止めてほしいの?」
「イーッだ😬」
「なにそれ(笑)」
「ふふん。でもまぁ、今思い付いて話しただけだから、これからみんなに伝えなきゃ。市丸隊長にはすぐにね」
「誰も止めないと思う」
「それも寂しいけどさ〜😩」
「なんなのよ😅」
「女に戻ったら、美沙ちゃんとまた暮らしたい。ダメ?」
「ダメじゃない。今すぐだって良いくらい。あんたがいなきゃ、静かで退屈なんだもん。早く帰ってきてほしい」
「美沙ちゃん…🥺」
「そのカップ、洗ってしまっとくね」
「うん🥲」
「泣くな。気持ち悪い」
「うぅぅっ😖💦」
「市丸隊長が、あんたを手放してくれたらの話になるだろうけどね」
「そぉんなの、一緒に住めないよ。男同士じゃなくなるんだからさ。『ふ〜ん、戻るんや。ほな、出てってや〜』って言うよ」
「そうかな」
「そうだよ😤」
「毎日お風呂一緒に入って、毎日一緒のベッドで寝てるって聞いたけど。何にも無いの?あんたたち」
「な❗️何でそんなこときくだよ⁉️💦」
「そんな仲良くて、綺麗さっぱり別れれるのかなって。あんたたち見てると、男女の垣根とか無視してるみたいだからさ」
「うむむむむッ…」
なつみは秘密が苦手である。思い当たる節があれば、すぐに顔に出る。でも口は硬い。そこが救いである。しかし読める。
「はぁ…。そりゃ、無いわけないか」
「変なことしてないもん‼️お、男の嗜みを、教えてもらったことあるだけだもん‼️」
「は〜ん😏」
「ゴムの着け方とか‼️」
「言わんでええ‼️💢」
「😣💦💦」
「まぁとにかく、要相談ね。今度は自分勝手にいろいろ決めて進めないこと」
「はい‼️ちゃんと相談する‼️」
「よし!じゃあ、あんたはもう帰りな。市丸隊長がお風呂待ってるかもしれないから」
「えー、ご飯行こうよー」
「行ーかーなーい。あたしはこれからあんたとまた過ごせるんでしょ?だったら今は、市丸隊長と過ごす時間を大切にしな」
「んー…、わかった。美沙ちゃんがそう言うなら」
残りのお茶を飲み干して、席を立つなつみ。カップを流しに運ぶ。
「いいよ。洗っとくから。帰りな」
「そう。ありがとう」
「ねぇ、なつみ。ハグしたい」
「🙂?いいよ」
なつみはあっさりと美沙に腕を回して抱きついた。美沙も来てくれたなつみを抱きしめる。
「謝ってくれて、ありがとう、なつみ。大好き」
「ぼくも美沙ちゃん大好き。許してくれて、ありがとう」
ちょっと身体を離してから、おでこをくっつけ合う。
「マジであんたの顔イケメン。ちょームカつく」
「そうでしょ😁」
こうして、2人の関係は無事に修復できた。次の人とも、うまく仲直りできるようにと願いながら。