第七章
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昼食を済ませ、宿舎に戻り、玄関に美沙の草鞋があるのを確認すると、ワクワクと軽い足取りで廊下を駆けていった。階段もトントンとリズミカルに登りきると、あらビックリ。
「何してんの‼️⁉️」
なつみと美沙の部屋の前に、なつみの私物が詰められた箱が出されていた。驚くなつみの声を聞き、部屋の中から美沙が現れる。変わり果てたなつみを見て、何とも言えない表情だ。
「それ、こっちのセリフ。あんた、何してんの」
「何って、帰ってきたの」
その返事に怒りが込み上げてくる。
「どうして、男の身体になってんのかって、きいてんの‼︎‼︎」
ドスドスと足踏み鳴らしてなつみに迫り、胸ぐら掴んで揺すりながら怒鳴り続ける。
「どうして、何も言わないで、勝手にこんなことしたの⁉︎あたしに嘘まで吐いて、隠れてさッ」
押し寄せる憤りに、涙声になっているような。
「だ、だって、驚かせようと思って…」
夢を叶えられて、良かったねと、一緒に喜んでくれると思っていたのに…。
美沙は、ドンとなつみを突き離して、もう顔も見たくないのか、俯いてしまった。
「あんたの荷物まとめたから、早くここから出てって」
「え⁉︎そんな。男になっただけじゃん。酷いこと言わないでよ。突然、困らせないでよ!」
「あたしが男と暮らすわけないでしょ‼︎‼︎文句言わずに、とっとと出てって‼︎‼︎そんで、元に戻るまで、あたしの前に現れないで‼︎‼︎」
「美沙ちゃん‼︎‼︎」
言い捨てると、美沙はなつみの横を通り過ぎ、振り返ることなく階段を降りていってしまった。
「美沙ちゃん……」
もういない姿を見つめていると、また1人、部屋から出てきた。
「木之本さん、本当だったのね」
服が詰められた箱を、既に出ている箱の上に載せる。
「雛森副隊長」
雛森は、なつみの姿を頭の先から爪先まで、すっと眺めた。
「言われてみると、全然違うね」
「あの、ほんとにぼく、追い出されちゃうんですか」
ふん、とため息混じりで、雛森が残念そうに教えてくれる。
「そうよ。ここは女子棟だもん。男子禁制。木之本さんは、男の子になっちゃったんでしょ?」
「はい…」
「なら、ここにいちゃいけないわ。それもわかってて、準備してるだろうから、勝手に荷物まとめても大丈夫って、美沙は言ってたけど、そうでもなさそうだね」
「おうち、無くなっちゃった」
「かわいそうだけど、男子をここに住まわせるわけにはいかないから、すぐにこれ全部持って、出て行ってね。忘れ物無いか、確認してくれる?」
雛森に手招きされて、なつみは自室に足を踏み入れた。息を呑むほど空っぽの部屋。仕事の物も趣味の物も服も、私物は全て片付けられ、あるのは家具だけ。もう次の住人を受け入れる準備万端といったところ。
「無い…」
机の引き出しを見ても、すっからかん。
「大丈夫そうね」
雛森の言葉が、嫌に響いた。
「あの、どうして気付かれたのでしょうか」
なつみには、この手回しの早さが疑問だった。
「美沙は、ずっとあなたのことを心配してたの。体調がなかなか良くならないみたいって。木之本さんは、アレルギーで鼻が詰まってるって言ってたでしょ?だから美沙は、ホコリのせいかもしれないと思って、あなたが今朝出かけた後に、この部屋を掃除してあげようとしたのよ。なのにそれで、見つけちゃったんだって」
「うぅ…」
なつみは握った両手を目元に当て、後悔した。
「男物の衣類」
まさか美沙がここに入ると思っていなかったため、なつみは洗濯物を部屋干ししていたのだ。特に下着を見て、それを確信したのだろう。サイズからして、他人の物と思えなかったはずだからだ。
「異変に気付いた美沙は、藍染隊長に報告して、藍染隊長が涅隊長に確認したの。全て話してくれたそうよ」
恐らく、なつみが気絶している頃のことだ。
「木之本さんには悪いけど、美沙の意見を尊重して、あなたの退去を決定しました」
促すように、雛森が先に廊下へ出ていった。
「木之本さん、鍵を返してくれるかな」
「え…」
「もうここには帰って来られないから」
「う…」
その通りのことのため、渡さなければならない。
「どうぞ」
震える手で、部屋の鍵を差し出した。
「ありがとう」
それは難なく受け取られる。
「美沙ちゃんと、もう会えない…」
そう呟きながら、箱のひとつを持ち上げる。
「たぶん、隊舎の仕事部屋に行っちゃったと思う。行っても、籠って出てこないんじゃないかな。今日は、そっとしてあげた方が良いと思う」
「…はい」
なつみは大人しく頷いて、重い足取りで引っ越しに動き出した。
「台車、貸してあげるね」
雛森も箱をひとつ持って、ついていった。
今夜の寝床を確保しなければならないため、なつみは急いで荷物を三番隊舎の自室に、とりあえず運び込もうとした。時間をかけないように、瞬間移動で向かったが、途中で疲れてしまい、普通にえっちらおっちら歩くことにした。
三番隊舎正門前、白い羽織をふたつ確認。
「うぅ…」
恐らく、いや、確実に、なつみの到着を待ち構えている様子。
「来たな、なつみちゃん」
「やはり、落ち込んでいるね」
ガタガタとなる台車を止める。
「こんにちは。市丸隊長、藍染隊長」
これが楽なのだが。
「声、低っ」
想定よりも更に低かったらしい。
不安そうに、いつもの低い位置から、2人の隊長たちを見上げる。
「隊長、この荷物、ぼくの部屋にしばらく置いても大丈夫ですか」
「ええよ。持ってくの手伝ったるわ」
「ありがとうございます」
「運ぶついでに、君の部屋で話をしよう。伝えておきたいことがあるからね」
「はい…」
なつみの部屋にて。椅子に座って、今後について話していく3人。
「突然のことで、僕も市丸隊長も驚いたよ。と言っても、変わり始めたのは結構前のことなんだよね。どうして気付けなかったんだろう。わかっていれば、もっと早くから動いてあげられたんだけどな」
「うまいこと隠しとったんや。マスクして、声抑えて、体調悪いフリしてな。明日有給取ったんも、調子悪いせいかと思てたんに、ちゃうかったんやね」
マユリから、様子を見るために念のため、連休を作っておくように言われていたのだ。
「キミが有給取ると、ほんま、ただで済まんな。今度からは、休む理由はっきり書いてもらうで。ええね」
「はい。わかりました」
シュンと小さくなるなつみ。
「そう責めるなよ。彼女だって、悪気があったわけじゃ…、いや、彼か。すまない、やっぱり慣れないな」
その気遣いに、余計傷つく。
なつみは座って少し冷静になれたのか、理想との差が理解できて、また、心がざわついた。
「もう!なんで、どうして、みんな喜んでくれないんですか!ぼくは自分の夢を、ずっとみんなに話してきた夢を、叶えただけじゃないですか!誰にも迷惑かけてないです!男になっただけだもん!自分の身体を好きなように変えただけなのに、どうして嫌われたみたいに、いらないって、思われなきゃならないんですか!捨てられなきゃ、なんないんですか。性転換がいけないことだなんて、聞いたことありませんよ!騙すようなことしてたのは悪いと思いますけど、でも、こんな仕打ち、あんまりです!中は何も変わってないのに。ぼくは、ぼくなのに」
机の上に置いた腕の間に顔を埋めて、なつみは泣き出してしまった。困った隊長2人は顔を見合わせる。
「なつみちゃん、満足してるん?」
「おい、責めるなと言っただろう」
「ええんです。もう一気に言ったったら、ええねん。この子が撒いた種や」
何か良くないことになっているらしく、涙を一旦止めようと、勇気を振り絞って起き上がるなつみ。
「キミが碌に準備せんと、こないなでっかいことするで、問題になるんよ。周りはそんなすぐ、キミの良いように対応したりせえへん。誰も、キミが本当に男になるってこと、望んでへんからな」
「でも…」
「でもやない。現実見てみ。美沙ちゃんを怒らせて、部屋を追い出された。五番隊にキミの居場所は無い。美沙ちゃんと仲直りできれば、帰れるとでも思ってるかもしれへんけど、そんな甘くないらしいで。美沙ちゃんも、これを機にあの部屋を出るそうや」
「そんな⁉︎」
藍染は頷いた。
「そうなんだ。彼女も入隊から随分経って、もう少し良い部屋に住んでも良い地位にいる。君といたいから、宿舎にこだわっていただけで、その必要が無いなら、引っ越すのは当然だと言われたよ。まだこれから部屋探しをするんだけど、決まったとしても、君に場所を教えるつもりは無いんだそうだ」
こんなことになるなんて。
「キミは三番隊の隊士や。ウチの子や。せやから、こっちの宿舎に入れたる」
市丸に視線を向ける。しかし。
「なんて思たか?甘い。甘いで。空きがあるのは、女子棟だけ。男子棟は満室や。イヅルが言うには、ついこないだまでは空きが1つあったんやけど、2人部屋の子らが、空いてるなら1人ずつ使いたい言うて、片っぽが移動したらしいんよ。タイミング悪かったな」
下唇を無意識に噛んでしまう。
「みんなキミが女の子なん知ってるから、女子棟でも良いかもしれへんけど、身体がそれやで、キミも他の子も居心地悪いやろうな」
「じゃ、じゃあ、…、あいつらにきいてみます」
伝令神機に手を伸ばす。
「急すぎるで、断られるんとちゃう?今夜は良くても、住むとなるとみんな遠いし。他所の隊やからアカンいうのもあるやろな」
伸ばした手を引っ込めなければならない。
「どうしたら…」
「どうすんの?」
「この部屋は…」
「仕事部屋やろ?お布団無い」
「ど、どこか、今から探してきますッ!どこか、ありますよ!そうだ、涅隊長なら」
勢いよく立ち上がり、伝令神機の操作を。
「待ち」
発信ボタンを押す寸前の手に、市丸が自身の手を置いた。
「何ですか!他に頼れる人がいないんですよ!」
「ボクは!」
「えッ…」
市丸の手に力が入る。
「何でボクを頼ってくれへんの!目の前におるやん!何でボクに助けを求めんの!」
「だっ、だって、…、ここはダメだって。隊長だって、ぼくのこと」
逆に力が抜けたなつみの手から伝令神機を取り上げ、机に置いてやった。そして、彼の両手を握って、市丸は声色を落ち着かせ、語りかけた。
「望んでへん。キミのこと大好きやから、こんなに変わってまったの、すごく腹立たしい。けどな、大好きやから、放っておかれへんのよ。ボクはキミの隊長で、お兄ちゃんやで?何があっても、キミの味方やん。そうやろ?なってまったんはしゃーない。せやから、1回『ごめんなさい』言うてくれたら、許したるわ。そんで、キミに手ぇ貸したる。どうや?」
いつもの優しい市丸の手が、なつみの頭を撫でる。変わらないその瞳が、市丸を信じたいと訴える。
「ご、ごめんなさぃいぃっ。勝手に、男になって、ごめんなさいぃいっ。隠し事してて、ごめんなさいいっ。おうち探すの、手伝ってくださいぃいっ。ごめんなさいぃぃぃっ」
涙を流しながら、何度も何度も謝っていた。
「1回で良え言うたやん。もう良えて」
流れを止めさせるように、市丸はなつみを抱きしめてやった。
喜んでもらえるはずが、そうじゃなくて、嫌われてしまったのかと思ったら、そうでもないらしく、なつみはすがるように市丸に腕を伸ばした。
「お兄ちゃぁぁあんっ!」
「声低いー(笑)」
思わず笑ってしまう。
「よし。木之本君、もう落ち着いてくれるかな?」
「はいぃ😭」
藍染の言葉で、なつみと市丸はそれぞれの席に着き直す。
「これで、君の置かれた状況を確認できたと思う。問題は、これからどこで暮らすかだ。涅隊長に、君が元の姿に戻れるのかきいたんだけど、『夢を叶えたばかりのこの子に、そんなこと言えるか』と、話を一方的に切られてしまってね。ここの女子棟に入れるようになるまで、どれくらいかかるかわからないんだ」
「そんなん待ってられへんし、今日からずっとってなったら、なんとか無理矢理できるとこやんな。そんなとこ、なかなか無いけど、藍染隊長と話し合って、捻り出したったわ」
きょろ、きょろとその答えを2人の顔から見つけ出そうとするなつみ。どこだろう。
「せっかく引っ越せるんだ。職場に近いところが好ましいだろう?」
「はい。でも、え、三番地区に空きがあるんですか?ぼくのお給料で借りれるところですよ?」
「お金は心配せんでええよ」
「?」
まだわからないのだが、その笑みが怪しくヒントをチラつかせていて、ちょっと背筋が自然と凍るのは何故だろう。
市丸は藍染に目配せし、それからなつみへと前屈みに姿勢を変え、ついに核心を突いた。
「ボクと暮らすで、なつみちゃん」
「あ……」
「ボクんとこ、おいで。今いちばん確かなことや。わかるやろ」
「……」
考えたが、自分に断る権利が無い。断った先の選択が見たくなかった。でも、ちょっと気になるこれは何。
息を吸って、差し伸べられた答えを掴みに行く。
「わかりました。ありがとうございます、市丸隊長。と、とりあえず今晩、よろしくお願いします。お世話になります」
「何言うてんの。同棲やって」
「💦」
「まぁええわ。とりあえず、今日な」
「はい」
藍染は口を挟まず、満足そうにしている。
「しっかり反省できるように、かわいがったるから」
(それだぁ…😣💦)
嫌な予感の正体。だが、耐えなければ前に進めないだろう試練だ。
「了解です」
なつみは大人しく頭を下げた。
「良かった。これで一安心だね」
軌道修正が無事、遂行された模様。
「何してんの‼️⁉️」
なつみと美沙の部屋の前に、なつみの私物が詰められた箱が出されていた。驚くなつみの声を聞き、部屋の中から美沙が現れる。変わり果てたなつみを見て、何とも言えない表情だ。
「それ、こっちのセリフ。あんた、何してんの」
「何って、帰ってきたの」
その返事に怒りが込み上げてくる。
「どうして、男の身体になってんのかって、きいてんの‼︎‼︎」
ドスドスと足踏み鳴らしてなつみに迫り、胸ぐら掴んで揺すりながら怒鳴り続ける。
「どうして、何も言わないで、勝手にこんなことしたの⁉︎あたしに嘘まで吐いて、隠れてさッ」
押し寄せる憤りに、涙声になっているような。
「だ、だって、驚かせようと思って…」
夢を叶えられて、良かったねと、一緒に喜んでくれると思っていたのに…。
美沙は、ドンとなつみを突き離して、もう顔も見たくないのか、俯いてしまった。
「あんたの荷物まとめたから、早くここから出てって」
「え⁉︎そんな。男になっただけじゃん。酷いこと言わないでよ。突然、困らせないでよ!」
「あたしが男と暮らすわけないでしょ‼︎‼︎文句言わずに、とっとと出てって‼︎‼︎そんで、元に戻るまで、あたしの前に現れないで‼︎‼︎」
「美沙ちゃん‼︎‼︎」
言い捨てると、美沙はなつみの横を通り過ぎ、振り返ることなく階段を降りていってしまった。
「美沙ちゃん……」
もういない姿を見つめていると、また1人、部屋から出てきた。
「木之本さん、本当だったのね」
服が詰められた箱を、既に出ている箱の上に載せる。
「雛森副隊長」
雛森は、なつみの姿を頭の先から爪先まで、すっと眺めた。
「言われてみると、全然違うね」
「あの、ほんとにぼく、追い出されちゃうんですか」
ふん、とため息混じりで、雛森が残念そうに教えてくれる。
「そうよ。ここは女子棟だもん。男子禁制。木之本さんは、男の子になっちゃったんでしょ?」
「はい…」
「なら、ここにいちゃいけないわ。それもわかってて、準備してるだろうから、勝手に荷物まとめても大丈夫って、美沙は言ってたけど、そうでもなさそうだね」
「おうち、無くなっちゃった」
「かわいそうだけど、男子をここに住まわせるわけにはいかないから、すぐにこれ全部持って、出て行ってね。忘れ物無いか、確認してくれる?」
雛森に手招きされて、なつみは自室に足を踏み入れた。息を呑むほど空っぽの部屋。仕事の物も趣味の物も服も、私物は全て片付けられ、あるのは家具だけ。もう次の住人を受け入れる準備万端といったところ。
「無い…」
机の引き出しを見ても、すっからかん。
「大丈夫そうね」
雛森の言葉が、嫌に響いた。
「あの、どうして気付かれたのでしょうか」
なつみには、この手回しの早さが疑問だった。
「美沙は、ずっとあなたのことを心配してたの。体調がなかなか良くならないみたいって。木之本さんは、アレルギーで鼻が詰まってるって言ってたでしょ?だから美沙は、ホコリのせいかもしれないと思って、あなたが今朝出かけた後に、この部屋を掃除してあげようとしたのよ。なのにそれで、見つけちゃったんだって」
「うぅ…」
なつみは握った両手を目元に当て、後悔した。
「男物の衣類」
まさか美沙がここに入ると思っていなかったため、なつみは洗濯物を部屋干ししていたのだ。特に下着を見て、それを確信したのだろう。サイズからして、他人の物と思えなかったはずだからだ。
「異変に気付いた美沙は、藍染隊長に報告して、藍染隊長が涅隊長に確認したの。全て話してくれたそうよ」
恐らく、なつみが気絶している頃のことだ。
「木之本さんには悪いけど、美沙の意見を尊重して、あなたの退去を決定しました」
促すように、雛森が先に廊下へ出ていった。
「木之本さん、鍵を返してくれるかな」
「え…」
「もうここには帰って来られないから」
「う…」
その通りのことのため、渡さなければならない。
「どうぞ」
震える手で、部屋の鍵を差し出した。
「ありがとう」
それは難なく受け取られる。
「美沙ちゃんと、もう会えない…」
そう呟きながら、箱のひとつを持ち上げる。
「たぶん、隊舎の仕事部屋に行っちゃったと思う。行っても、籠って出てこないんじゃないかな。今日は、そっとしてあげた方が良いと思う」
「…はい」
なつみは大人しく頷いて、重い足取りで引っ越しに動き出した。
「台車、貸してあげるね」
雛森も箱をひとつ持って、ついていった。
今夜の寝床を確保しなければならないため、なつみは急いで荷物を三番隊舎の自室に、とりあえず運び込もうとした。時間をかけないように、瞬間移動で向かったが、途中で疲れてしまい、普通にえっちらおっちら歩くことにした。
三番隊舎正門前、白い羽織をふたつ確認。
「うぅ…」
恐らく、いや、確実に、なつみの到着を待ち構えている様子。
「来たな、なつみちゃん」
「やはり、落ち込んでいるね」
ガタガタとなる台車を止める。
「こんにちは。市丸隊長、藍染隊長」
これが楽なのだが。
「声、低っ」
想定よりも更に低かったらしい。
不安そうに、いつもの低い位置から、2人の隊長たちを見上げる。
「隊長、この荷物、ぼくの部屋にしばらく置いても大丈夫ですか」
「ええよ。持ってくの手伝ったるわ」
「ありがとうございます」
「運ぶついでに、君の部屋で話をしよう。伝えておきたいことがあるからね」
「はい…」
なつみの部屋にて。椅子に座って、今後について話していく3人。
「突然のことで、僕も市丸隊長も驚いたよ。と言っても、変わり始めたのは結構前のことなんだよね。どうして気付けなかったんだろう。わかっていれば、もっと早くから動いてあげられたんだけどな」
「うまいこと隠しとったんや。マスクして、声抑えて、体調悪いフリしてな。明日有給取ったんも、調子悪いせいかと思てたんに、ちゃうかったんやね」
マユリから、様子を見るために念のため、連休を作っておくように言われていたのだ。
「キミが有給取ると、ほんま、ただで済まんな。今度からは、休む理由はっきり書いてもらうで。ええね」
「はい。わかりました」
シュンと小さくなるなつみ。
「そう責めるなよ。彼女だって、悪気があったわけじゃ…、いや、彼か。すまない、やっぱり慣れないな」
その気遣いに、余計傷つく。
なつみは座って少し冷静になれたのか、理想との差が理解できて、また、心がざわついた。
「もう!なんで、どうして、みんな喜んでくれないんですか!ぼくは自分の夢を、ずっとみんなに話してきた夢を、叶えただけじゃないですか!誰にも迷惑かけてないです!男になっただけだもん!自分の身体を好きなように変えただけなのに、どうして嫌われたみたいに、いらないって、思われなきゃならないんですか!捨てられなきゃ、なんないんですか。性転換がいけないことだなんて、聞いたことありませんよ!騙すようなことしてたのは悪いと思いますけど、でも、こんな仕打ち、あんまりです!中は何も変わってないのに。ぼくは、ぼくなのに」
机の上に置いた腕の間に顔を埋めて、なつみは泣き出してしまった。困った隊長2人は顔を見合わせる。
「なつみちゃん、満足してるん?」
「おい、責めるなと言っただろう」
「ええんです。もう一気に言ったったら、ええねん。この子が撒いた種や」
何か良くないことになっているらしく、涙を一旦止めようと、勇気を振り絞って起き上がるなつみ。
「キミが碌に準備せんと、こないなでっかいことするで、問題になるんよ。周りはそんなすぐ、キミの良いように対応したりせえへん。誰も、キミが本当に男になるってこと、望んでへんからな」
「でも…」
「でもやない。現実見てみ。美沙ちゃんを怒らせて、部屋を追い出された。五番隊にキミの居場所は無い。美沙ちゃんと仲直りできれば、帰れるとでも思ってるかもしれへんけど、そんな甘くないらしいで。美沙ちゃんも、これを機にあの部屋を出るそうや」
「そんな⁉︎」
藍染は頷いた。
「そうなんだ。彼女も入隊から随分経って、もう少し良い部屋に住んでも良い地位にいる。君といたいから、宿舎にこだわっていただけで、その必要が無いなら、引っ越すのは当然だと言われたよ。まだこれから部屋探しをするんだけど、決まったとしても、君に場所を教えるつもりは無いんだそうだ」
こんなことになるなんて。
「キミは三番隊の隊士や。ウチの子や。せやから、こっちの宿舎に入れたる」
市丸に視線を向ける。しかし。
「なんて思たか?甘い。甘いで。空きがあるのは、女子棟だけ。男子棟は満室や。イヅルが言うには、ついこないだまでは空きが1つあったんやけど、2人部屋の子らが、空いてるなら1人ずつ使いたい言うて、片っぽが移動したらしいんよ。タイミング悪かったな」
下唇を無意識に噛んでしまう。
「みんなキミが女の子なん知ってるから、女子棟でも良いかもしれへんけど、身体がそれやで、キミも他の子も居心地悪いやろうな」
「じゃ、じゃあ、…、あいつらにきいてみます」
伝令神機に手を伸ばす。
「急すぎるで、断られるんとちゃう?今夜は良くても、住むとなるとみんな遠いし。他所の隊やからアカンいうのもあるやろな」
伸ばした手を引っ込めなければならない。
「どうしたら…」
「どうすんの?」
「この部屋は…」
「仕事部屋やろ?お布団無い」
「ど、どこか、今から探してきますッ!どこか、ありますよ!そうだ、涅隊長なら」
勢いよく立ち上がり、伝令神機の操作を。
「待ち」
発信ボタンを押す寸前の手に、市丸が自身の手を置いた。
「何ですか!他に頼れる人がいないんですよ!」
「ボクは!」
「えッ…」
市丸の手に力が入る。
「何でボクを頼ってくれへんの!目の前におるやん!何でボクに助けを求めんの!」
「だっ、だって、…、ここはダメだって。隊長だって、ぼくのこと」
逆に力が抜けたなつみの手から伝令神機を取り上げ、机に置いてやった。そして、彼の両手を握って、市丸は声色を落ち着かせ、語りかけた。
「望んでへん。キミのこと大好きやから、こんなに変わってまったの、すごく腹立たしい。けどな、大好きやから、放っておかれへんのよ。ボクはキミの隊長で、お兄ちゃんやで?何があっても、キミの味方やん。そうやろ?なってまったんはしゃーない。せやから、1回『ごめんなさい』言うてくれたら、許したるわ。そんで、キミに手ぇ貸したる。どうや?」
いつもの優しい市丸の手が、なつみの頭を撫でる。変わらないその瞳が、市丸を信じたいと訴える。
「ご、ごめんなさぃいぃっ。勝手に、男になって、ごめんなさいぃいっ。隠し事してて、ごめんなさいいっ。おうち探すの、手伝ってくださいぃいっ。ごめんなさいぃぃぃっ」
涙を流しながら、何度も何度も謝っていた。
「1回で良え言うたやん。もう良えて」
流れを止めさせるように、市丸はなつみを抱きしめてやった。
喜んでもらえるはずが、そうじゃなくて、嫌われてしまったのかと思ったら、そうでもないらしく、なつみはすがるように市丸に腕を伸ばした。
「お兄ちゃぁぁあんっ!」
「声低いー(笑)」
思わず笑ってしまう。
「よし。木之本君、もう落ち着いてくれるかな?」
「はいぃ😭」
藍染の言葉で、なつみと市丸はそれぞれの席に着き直す。
「これで、君の置かれた状況を確認できたと思う。問題は、これからどこで暮らすかだ。涅隊長に、君が元の姿に戻れるのかきいたんだけど、『夢を叶えたばかりのこの子に、そんなこと言えるか』と、話を一方的に切られてしまってね。ここの女子棟に入れるようになるまで、どれくらいかかるかわからないんだ」
「そんなん待ってられへんし、今日からずっとってなったら、なんとか無理矢理できるとこやんな。そんなとこ、なかなか無いけど、藍染隊長と話し合って、捻り出したったわ」
きょろ、きょろとその答えを2人の顔から見つけ出そうとするなつみ。どこだろう。
「せっかく引っ越せるんだ。職場に近いところが好ましいだろう?」
「はい。でも、え、三番地区に空きがあるんですか?ぼくのお給料で借りれるところですよ?」
「お金は心配せんでええよ」
「?」
まだわからないのだが、その笑みが怪しくヒントをチラつかせていて、ちょっと背筋が自然と凍るのは何故だろう。
市丸は藍染に目配せし、それからなつみへと前屈みに姿勢を変え、ついに核心を突いた。
「ボクと暮らすで、なつみちゃん」
「あ……」
「ボクんとこ、おいで。今いちばん確かなことや。わかるやろ」
「……」
考えたが、自分に断る権利が無い。断った先の選択が見たくなかった。でも、ちょっと気になるこれは何。
息を吸って、差し伸べられた答えを掴みに行く。
「わかりました。ありがとうございます、市丸隊長。と、とりあえず今晩、よろしくお願いします。お世話になります」
「何言うてんの。同棲やって」
「💦」
「まぁええわ。とりあえず、今日な」
「はい」
藍染は口を挟まず、満足そうにしている。
「しっかり反省できるように、かわいがったるから」
(それだぁ…😣💦)
嫌な予感の正体。だが、耐えなければ前に進めないだろう試練だ。
「了解です」
なつみは大人しく頭を下げた。
「良かった。これで一安心だね」
軌道修正が無事、遂行された模様。