第六章
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2人に合流したマユリは、なつみの帰還を知らされる。特に怒ることも無く、成り行きを受け入れた。
「フン、予想通りだヨ。支障は無いネ」
夜になり、海燕は、五番隊宿舎へ行こうと部屋を出た。出たところですぐ、マユリと会った。それまで彼は、もう1人の自分と自室で過ごしていたのだが、なつみのところへ一緒に行こうと、海燕を迎えに来たのだ。
「行くヨ。ついてき給え」
「はい」
部屋の扉を閉めて、地上へ上がる階段の方へ向かおうとしたら、何故かマユリに止められた。
「そちらではないヨ。こっちだ」
「…、はい?」
ツカツカと進んでいくマユリの後ろを、首を傾げてついていった。
(どこに行くつもりだ?)
この通路は、全長何メートルあるのだろうか。いや、キロメートル単位だろうか。部屋が設られたエリアはとうに過ぎていた。今やただの地下通路である。明かりはあっても、窓は無い。どこを歩いているのか、全く把握できていない。十二番隊舎から離れたことは確かだが。
「あの、涅隊長。この通路はどこに続いているんですか。上に上がらないんですか」
「うるさい男だネェ、君は。もう着くヨ」
「えっ」
何度か角を曲がってきたので、目先にある突き当たりも、ただ通り過ぎるだけかと思っていたが、マユリはその壁に手を当てて、隠しスイッチを押した。鍵が開く音が響く。
「隠し扉っすか」
壁の一部が横に開かれた。
「君を信用して、ここの入室を許可するヨ。だが、明日になったら、綺麗に忘れてもらいたいものだネ」
秘密の研究所の更に秘密の部屋。そこに何があるかというと、恐ろしい実験器具がずらりと並んでいるという予想は外れ、部屋の中央に座り心地の良さそうなパーソナルチェアとオットマン、その脇にサイドテーブルがあるのみだった。海燕には、さっぱりだった。
「これに座り給え」
マユリは海燕にオットマンを貸し、自分はゆったりと椅子に座る。サイドテーブルの引き出しから、リモコンを取り出した。スイッチオン。
ウィーン…
2人の視線の先にある壁に、モニターが現れた。そういえば、背後の天井際に、スピーカーが付いている。シアタールーム?
マユリは別のボタンでスイッチオン。
「あかいめだまの さそり
ひろげた鷲の つばさ」
「⁉️」
画面に映ったのは、月明かりに照らされたなつみの後ろ姿。聞こえてきたのはなつみの歌声とウクレレの音色。
「良いネ。丁度歌い始めたところだヨ」
満足そうにマユリは言った。
「星めぐりの歌か。美しいネ」
宮沢賢治の詩を頼りに、なつみは星空を楽しそうに見上げている。
「何が映ってるんですか、これ⁉︎」
「何って、なつみじゃないか」
「わかってますよ、そんなの!どうやってってことっすよ!」
「ハァ……」
マユリは説明してくれなさそうなので、代わりにしておこう。これはライブ映像である。本日大活躍だったマイクくんだが、実は彼は音を拾うだけでなく、映像も伝えることができるのだ。しかし、そんなに遠くまで情報を届ける能力は無いため、そこから推察できることがある。
「ここ、あいつの部屋の真下ってことか」
現在地の真上、地上にあるのは五番隊宿舎であり、なつみが歌うステージは、五番隊宿舎の屋根の上。こんな立派なものが今日のためだけにある訳もないため。
「あんた、毎晩あいつを盗撮してんじゃねぇーだろうな‼︎⁉︎」
隣の客が喧しい。早くスタッフに退場させられないかと訴える横目の視線。
「私とて、研究で忙しい時もある。彼女だって、遠征で部屋を空けることがあるんだヨ」
「それ以外は見てるってことだろ!ハァッ、信じらんねぇ!」
と言いつつも、顔は画面に向けなければ。
「本当にうるさい男だヨ、君は。君に説教される筋合いは無いネ。これのおかげで、彼女に悟られること無く、就寝までの様子を見ることができるんだヨ。感謝し給え」
(するわけねぇだろ💢)
海燕は明日、必ず総隊長にこの部屋のことをチクると決めた。
「小熊のひたいの うへは
そらのめぐりの めあて」
「あの子は美しい。自然を愛し、自然に愛されている。この世界の全てのものから加護を受けているようだヨ。彼女の清らかで真っ直ぐな心に誰もが惹かれる。…、なつみの何もかもを知り尽くしたいと思うのは、当然のことだと思わんかネ」
「思ったとしても、ここまでしませんよ‼︎‼︎」
「ンー、やはりひとりで来るべきだったかネ。君のせいで歌が聴こえんヨ」
何も知らないなつみは、気持ち良さそうに、頭から戻って歌い出していた。地震がもう起きないように、大地に子守唄を歌ってあげているみたいだ。
「あかいめだまの さそり
ひろげた鷲の つばさ
あをいめだまの 小いぬ、
ひかりのへびの とぐろ。
オリオンは高く うたひ
つゆとしもとを おとす、
アンドロメダの くもは
さかなのくちの かたち。
大ぐまのあしを きたに
五つのばした ところ。
小熊のひたいの うへは
そらのめぐりの めあて。」
星たちはキラキラと拍手のように瞬いていた。
「今夜も星がキレイに見えるね。地震の被害、そんなに大きくなくて良かったよ。余震も無さそうだし。一安心だね」
「そうだな」
「夜が来てくれたのが、こんなに嬉しいなんて、なんだか珍しい日だね。不思議。どうしてだろう」
「さぁな。明日になれば、わかるんじゃないか?」
「ムッちゃん、冷たい」
「そろそろ寝よう」
「ほーい。あ、そうだ!涅隊長が言ってたの、イメトレしながら寝よーっと。メタスタシアって虚を昇華して、ぼくが志波副隊長を助けるの!仮面の子供って、虚だよね。他の子にできて、ぼくにできないはずないさ」
「悪夢にならなきゃ良いがな😏」
「もー!イジワル言わないでよ!」
なつみは屋根から降りようと踏み出したが、何かを思い出した。
「危ない危ない。忘れるとこだった」
ウクレレを小脇に抱えて、月を見上げる。月の次に明るい星はどこにある?
「あれかな」
両手を胸のところで握りしめて、お祈りをする。
「今日も良い日でした。明日も良い日になりますように」
ニンマリと、胸いっぱいに空気を吸い込む。
「よし!帰ろっ」
自室に戻ったなつみはウクレレを片付けてすぐ、ベッドに行くかと思われたが、本棚から何やら取り出して、机に広げ、眺め始めた。
「何見てんだ?」
画面には、ニヤニヤするなつみの顔しか見えない。カメラくんは窓の下枠から顔を覗かせているため、机の上の物は映らなかった。
「京楽の写真だヨ」
「は⁉︎」
「目障りだから、写させないようにしているんだヨ」
一度その光景を見たのと、彼女の表情からわかるのか、まさにその通りで、なつみはコレクションの京楽ブロマイドを楽しんでいた。
「歌が変わっていたから、この行為も辞めるかと期待したんだが、そうはいかなかったみたいだネ。不愉快だヨ」
なつみは「ふふ〜ん💕」と幸せそうだった。部屋の明かりは消してあり、机のスタンドライトにやんわりと照らされている。
「ん〜っ、かっきょいぃー💓」
広げたブロマイドの絨毯に顔を埋め、椅子に座って浮いた脚はバタバタ。
「にゃは〜💖」
「何か、市丸が言ってたっけな。毎晩している恥ずかしいことって💧」
ひとしきりキュンキュンすると、そのお宝を本棚に戻し、いよいよ消灯して寝る準備。
「ようやく寝るな」
なつみが布団に潜り込む。しかし、その入り方は不自然だった。
「全身被って寝るんすね。これじゃあ、いつ消えるか、わかりずれぇな」
「まだだヨ」
「?」
マユリにはわかっていた。この体勢の意図が。
カメラくんは窓辺に座り、ベッドの上にある布団の塊が、ごそごそと動いているのを見ていた。恐らく脚は伸ばした状態で寝ている。小刻みに揺れているように見えるが。
「やはりうつ伏せか」
マユリにとっては再放送であるのか、特にどうとも思っていない様子だが、方や海燕は、表情が強張っていた。
「まさかあいつ…」
揺れは激しくなり、身体がぴくんぴくんと動く。脚は伸びきっている。
「早いネェ」
ぴーんとして一瞬経つと、荒れた息が小さく聞こえてきそう。
「あんた…、知ってたんだよな」
海燕の声には怒りが。
「見給え、あの不満そうな顔を」
用事が済んだなつみは、布団から顔を出し、とろんとした表情でいたが、すぐにぷくっと頬を膨らませた。
「足りないなら、これを使うと良いんだがネ」
どっから出したのか、例のおもちゃがマユリの手にあった。
「あんた、マジで最低だなッ‼️💢」
無視だ。
「もうこのまま寝るだけだと思ってネ、昨日私はここで席を立ってしまったんだヨ。惜しいことをしたネ」
エンドロールの後に、おまけで上映されたワンシーンを見逃したようなもの。
(嫌なことに巻き込まれちまったな)
なつみはカメのように布団から顔を出していたが、もぞもぞと仰向けになり、眠りに落ちていく。
「むにゃむにゃむにゃ……」
恐らく、イメトレの呪文である。
すると、壁に掛けられているマントがふわりと浮いた。
「あの鳥の仕業だネ」
ムッちゃんが、姿を見せないでいたが、マントを持つのにバランスを探りながら浮遊しているのはわかった。そして良いところを見つけると、なつみのおへそ上から頭の方へ、ブワッとマントをなびかせて飛び立った。ベールが通り過ぎると、ベッドは空っぽになっていた。
「行ったネ」
マユリはチラと海燕の足元を見た。
「計画通りだヨ」
ふーんと、マユリが椅子の背にもたれた。
「せっかく君は明日、ここで見たことを忘れてしまうのだから、私の愚痴を聞いていってもらえないかネ?どうせ、あの子が戻るのを確認するために、ここに残りたいと言うのだろう。ならば、暇つぶしに聞いてくれ給えヨ」
(喋りたいだけなんだろ。つか、忘れねぇし)
「なつみはある頃から、ああして満たされない顔をするようになったんだヨ」
(俺に、この話を聞かないという拒否権は無ぇのか)
「それで私はこれを、彼女のために作ったんだヨ。渡す機会が無くて、残念だがネ。
私はあの子の相手になってやれない。彼女が求めているのは京楽だからネ。だが、なつみは奴を求めるのに、進展は望んでいないようなんだヨ。何故だろうネ。ひとりでいたいなら、私はそれはそれで安心だがネ。
ハァ…、使ってもらいたかったネェ。彼女の元まで、あと少しだったじゃないか」
(出すな、見せんな、眺めんな)
「しかしネェ、なつみにこれを渡せなかったのは、気にしていないんだヨ。そんなことよりも不愉快なことがあったからネ。
君も気になっただろう?あの藍染の吐いた発言だヨ……」
マユリの眉間に皺が寄った。
『そんなもの使ったら、眠るどころか、気絶してしまうよ』
「まるで彼女の身体を知っているみたいだネ。実に不愉快」
肘掛けについた右手が、込み上げる苛立ちを抑えるように、こめかみに添えられる。
「私はずっとこうして彼女の秘め事を見てきたが、想像することしかできていない。どこをどの強さでどんな動きで触れれば、なつみは絶頂に上り詰めるのか。私にはわからない。彼女の甘い声も、息づかいも、表情も。達した後の冷め始めしか知らないんだヨ。なのにあの男は、私のこれでは気絶させると言った。気に食わないネェ…」
「別に、あの人だって想像で言っただけじゃないすか?」
「ある頃からと言ったろう。実は、なつみが奴と食事に行った夜以降のことなんだヨ」
(へぇ…。って、何で知ってんだよ)
「他の男といるのは見たくもないからネ、さすがに覗いてはいないヨ。だが、その次の夜は見ていたヨ。前夜に何かがあったことは明らかだ。だというのに、彼らの振る舞いは変わらない。どうやら、奴は私よりも下衆らしいネ」
「陰口は良くないですよ」
「庇うのかネ、奴を。フンッ」
「みんなから慕われてるのが、羨ましいだけっすよ、それ。無理矢理何か欠点見つけて、揚げ足取ろうとしてるだけ。藍染隊長の株下げたって、木之本があんたを選ぶことにはならないと思いますけど」
「……。確かに、慕われていることは鼻につくネ。あの完璧さ、至って不自然だヨ」
マユリはおもちゃをしまった。
「市丸と京楽がなつみといるのは許容範囲だが、藍染は、外(ガイ)だネ」
(……、結局恋バナか、これ?)
「さてと。私は帰るとするヨ。いろいろとまとめておきたいからネ」
マユリは立ち上がった。
「なつみが戻ったら、伝令神機に連絡をよこしてくれるかネ。あと、そこの時計で経過時間を測ってくれ給え。何か欲しい物はあるかネ?ネムに持って来させるが」
「いえ、今んところ大丈夫っす」
「そうかネ。では、よろしく頼むヨ」
「フン、予想通りだヨ。支障は無いネ」
夜になり、海燕は、五番隊宿舎へ行こうと部屋を出た。出たところですぐ、マユリと会った。それまで彼は、もう1人の自分と自室で過ごしていたのだが、なつみのところへ一緒に行こうと、海燕を迎えに来たのだ。
「行くヨ。ついてき給え」
「はい」
部屋の扉を閉めて、地上へ上がる階段の方へ向かおうとしたら、何故かマユリに止められた。
「そちらではないヨ。こっちだ」
「…、はい?」
ツカツカと進んでいくマユリの後ろを、首を傾げてついていった。
(どこに行くつもりだ?)
この通路は、全長何メートルあるのだろうか。いや、キロメートル単位だろうか。部屋が設られたエリアはとうに過ぎていた。今やただの地下通路である。明かりはあっても、窓は無い。どこを歩いているのか、全く把握できていない。十二番隊舎から離れたことは確かだが。
「あの、涅隊長。この通路はどこに続いているんですか。上に上がらないんですか」
「うるさい男だネェ、君は。もう着くヨ」
「えっ」
何度か角を曲がってきたので、目先にある突き当たりも、ただ通り過ぎるだけかと思っていたが、マユリはその壁に手を当てて、隠しスイッチを押した。鍵が開く音が響く。
「隠し扉っすか」
壁の一部が横に開かれた。
「君を信用して、ここの入室を許可するヨ。だが、明日になったら、綺麗に忘れてもらいたいものだネ」
秘密の研究所の更に秘密の部屋。そこに何があるかというと、恐ろしい実験器具がずらりと並んでいるという予想は外れ、部屋の中央に座り心地の良さそうなパーソナルチェアとオットマン、その脇にサイドテーブルがあるのみだった。海燕には、さっぱりだった。
「これに座り給え」
マユリは海燕にオットマンを貸し、自分はゆったりと椅子に座る。サイドテーブルの引き出しから、リモコンを取り出した。スイッチオン。
ウィーン…
2人の視線の先にある壁に、モニターが現れた。そういえば、背後の天井際に、スピーカーが付いている。シアタールーム?
マユリは別のボタンでスイッチオン。
「あかいめだまの さそり
ひろげた鷲の つばさ」
「⁉️」
画面に映ったのは、月明かりに照らされたなつみの後ろ姿。聞こえてきたのはなつみの歌声とウクレレの音色。
「良いネ。丁度歌い始めたところだヨ」
満足そうにマユリは言った。
「星めぐりの歌か。美しいネ」
宮沢賢治の詩を頼りに、なつみは星空を楽しそうに見上げている。
「何が映ってるんですか、これ⁉︎」
「何って、なつみじゃないか」
「わかってますよ、そんなの!どうやってってことっすよ!」
「ハァ……」
マユリは説明してくれなさそうなので、代わりにしておこう。これはライブ映像である。本日大活躍だったマイクくんだが、実は彼は音を拾うだけでなく、映像も伝えることができるのだ。しかし、そんなに遠くまで情報を届ける能力は無いため、そこから推察できることがある。
「ここ、あいつの部屋の真下ってことか」
現在地の真上、地上にあるのは五番隊宿舎であり、なつみが歌うステージは、五番隊宿舎の屋根の上。こんな立派なものが今日のためだけにある訳もないため。
「あんた、毎晩あいつを盗撮してんじゃねぇーだろうな‼︎⁉︎」
隣の客が喧しい。早くスタッフに退場させられないかと訴える横目の視線。
「私とて、研究で忙しい時もある。彼女だって、遠征で部屋を空けることがあるんだヨ」
「それ以外は見てるってことだろ!ハァッ、信じらんねぇ!」
と言いつつも、顔は画面に向けなければ。
「本当にうるさい男だヨ、君は。君に説教される筋合いは無いネ。これのおかげで、彼女に悟られること無く、就寝までの様子を見ることができるんだヨ。感謝し給え」
(するわけねぇだろ💢)
海燕は明日、必ず総隊長にこの部屋のことをチクると決めた。
「小熊のひたいの うへは
そらのめぐりの めあて」
「あの子は美しい。自然を愛し、自然に愛されている。この世界の全てのものから加護を受けているようだヨ。彼女の清らかで真っ直ぐな心に誰もが惹かれる。…、なつみの何もかもを知り尽くしたいと思うのは、当然のことだと思わんかネ」
「思ったとしても、ここまでしませんよ‼︎‼︎」
「ンー、やはりひとりで来るべきだったかネ。君のせいで歌が聴こえんヨ」
何も知らないなつみは、気持ち良さそうに、頭から戻って歌い出していた。地震がもう起きないように、大地に子守唄を歌ってあげているみたいだ。
「あかいめだまの さそり
ひろげた鷲の つばさ
あをいめだまの 小いぬ、
ひかりのへびの とぐろ。
オリオンは高く うたひ
つゆとしもとを おとす、
アンドロメダの くもは
さかなのくちの かたち。
大ぐまのあしを きたに
五つのばした ところ。
小熊のひたいの うへは
そらのめぐりの めあて。」
星たちはキラキラと拍手のように瞬いていた。
「今夜も星がキレイに見えるね。地震の被害、そんなに大きくなくて良かったよ。余震も無さそうだし。一安心だね」
「そうだな」
「夜が来てくれたのが、こんなに嬉しいなんて、なんだか珍しい日だね。不思議。どうしてだろう」
「さぁな。明日になれば、わかるんじゃないか?」
「ムッちゃん、冷たい」
「そろそろ寝よう」
「ほーい。あ、そうだ!涅隊長が言ってたの、イメトレしながら寝よーっと。メタスタシアって虚を昇華して、ぼくが志波副隊長を助けるの!仮面の子供って、虚だよね。他の子にできて、ぼくにできないはずないさ」
「悪夢にならなきゃ良いがな😏」
「もー!イジワル言わないでよ!」
なつみは屋根から降りようと踏み出したが、何かを思い出した。
「危ない危ない。忘れるとこだった」
ウクレレを小脇に抱えて、月を見上げる。月の次に明るい星はどこにある?
「あれかな」
両手を胸のところで握りしめて、お祈りをする。
「今日も良い日でした。明日も良い日になりますように」
ニンマリと、胸いっぱいに空気を吸い込む。
「よし!帰ろっ」
自室に戻ったなつみはウクレレを片付けてすぐ、ベッドに行くかと思われたが、本棚から何やら取り出して、机に広げ、眺め始めた。
「何見てんだ?」
画面には、ニヤニヤするなつみの顔しか見えない。カメラくんは窓の下枠から顔を覗かせているため、机の上の物は映らなかった。
「京楽の写真だヨ」
「は⁉︎」
「目障りだから、写させないようにしているんだヨ」
一度その光景を見たのと、彼女の表情からわかるのか、まさにその通りで、なつみはコレクションの京楽ブロマイドを楽しんでいた。
「歌が変わっていたから、この行為も辞めるかと期待したんだが、そうはいかなかったみたいだネ。不愉快だヨ」
なつみは「ふふ〜ん💕」と幸せそうだった。部屋の明かりは消してあり、机のスタンドライトにやんわりと照らされている。
「ん〜っ、かっきょいぃー💓」
広げたブロマイドの絨毯に顔を埋め、椅子に座って浮いた脚はバタバタ。
「にゃは〜💖」
「何か、市丸が言ってたっけな。毎晩している恥ずかしいことって💧」
ひとしきりキュンキュンすると、そのお宝を本棚に戻し、いよいよ消灯して寝る準備。
「ようやく寝るな」
なつみが布団に潜り込む。しかし、その入り方は不自然だった。
「全身被って寝るんすね。これじゃあ、いつ消えるか、わかりずれぇな」
「まだだヨ」
「?」
マユリにはわかっていた。この体勢の意図が。
カメラくんは窓辺に座り、ベッドの上にある布団の塊が、ごそごそと動いているのを見ていた。恐らく脚は伸ばした状態で寝ている。小刻みに揺れているように見えるが。
「やはりうつ伏せか」
マユリにとっては再放送であるのか、特にどうとも思っていない様子だが、方や海燕は、表情が強張っていた。
「まさかあいつ…」
揺れは激しくなり、身体がぴくんぴくんと動く。脚は伸びきっている。
「早いネェ」
ぴーんとして一瞬経つと、荒れた息が小さく聞こえてきそう。
「あんた…、知ってたんだよな」
海燕の声には怒りが。
「見給え、あの不満そうな顔を」
用事が済んだなつみは、布団から顔を出し、とろんとした表情でいたが、すぐにぷくっと頬を膨らませた。
「足りないなら、これを使うと良いんだがネ」
どっから出したのか、例のおもちゃがマユリの手にあった。
「あんた、マジで最低だなッ‼️💢」
無視だ。
「もうこのまま寝るだけだと思ってネ、昨日私はここで席を立ってしまったんだヨ。惜しいことをしたネ」
エンドロールの後に、おまけで上映されたワンシーンを見逃したようなもの。
(嫌なことに巻き込まれちまったな)
なつみはカメのように布団から顔を出していたが、もぞもぞと仰向けになり、眠りに落ちていく。
「むにゃむにゃむにゃ……」
恐らく、イメトレの呪文である。
すると、壁に掛けられているマントがふわりと浮いた。
「あの鳥の仕業だネ」
ムッちゃんが、姿を見せないでいたが、マントを持つのにバランスを探りながら浮遊しているのはわかった。そして良いところを見つけると、なつみのおへそ上から頭の方へ、ブワッとマントをなびかせて飛び立った。ベールが通り過ぎると、ベッドは空っぽになっていた。
「行ったネ」
マユリはチラと海燕の足元を見た。
「計画通りだヨ」
ふーんと、マユリが椅子の背にもたれた。
「せっかく君は明日、ここで見たことを忘れてしまうのだから、私の愚痴を聞いていってもらえないかネ?どうせ、あの子が戻るのを確認するために、ここに残りたいと言うのだろう。ならば、暇つぶしに聞いてくれ給えヨ」
(喋りたいだけなんだろ。つか、忘れねぇし)
「なつみはある頃から、ああして満たされない顔をするようになったんだヨ」
(俺に、この話を聞かないという拒否権は無ぇのか)
「それで私はこれを、彼女のために作ったんだヨ。渡す機会が無くて、残念だがネ。
私はあの子の相手になってやれない。彼女が求めているのは京楽だからネ。だが、なつみは奴を求めるのに、進展は望んでいないようなんだヨ。何故だろうネ。ひとりでいたいなら、私はそれはそれで安心だがネ。
ハァ…、使ってもらいたかったネェ。彼女の元まで、あと少しだったじゃないか」
(出すな、見せんな、眺めんな)
「しかしネェ、なつみにこれを渡せなかったのは、気にしていないんだヨ。そんなことよりも不愉快なことがあったからネ。
君も気になっただろう?あの藍染の吐いた発言だヨ……」
マユリの眉間に皺が寄った。
『そんなもの使ったら、眠るどころか、気絶してしまうよ』
「まるで彼女の身体を知っているみたいだネ。実に不愉快」
肘掛けについた右手が、込み上げる苛立ちを抑えるように、こめかみに添えられる。
「私はずっとこうして彼女の秘め事を見てきたが、想像することしかできていない。どこをどの強さでどんな動きで触れれば、なつみは絶頂に上り詰めるのか。私にはわからない。彼女の甘い声も、息づかいも、表情も。達した後の冷め始めしか知らないんだヨ。なのにあの男は、私のこれでは気絶させると言った。気に食わないネェ…」
「別に、あの人だって想像で言っただけじゃないすか?」
「ある頃からと言ったろう。実は、なつみが奴と食事に行った夜以降のことなんだヨ」
(へぇ…。って、何で知ってんだよ)
「他の男といるのは見たくもないからネ、さすがに覗いてはいないヨ。だが、その次の夜は見ていたヨ。前夜に何かがあったことは明らかだ。だというのに、彼らの振る舞いは変わらない。どうやら、奴は私よりも下衆らしいネ」
「陰口は良くないですよ」
「庇うのかネ、奴を。フンッ」
「みんなから慕われてるのが、羨ましいだけっすよ、それ。無理矢理何か欠点見つけて、揚げ足取ろうとしてるだけ。藍染隊長の株下げたって、木之本があんたを選ぶことにはならないと思いますけど」
「……。確かに、慕われていることは鼻につくネ。あの完璧さ、至って不自然だヨ」
マユリはおもちゃをしまった。
「市丸と京楽がなつみといるのは許容範囲だが、藍染は、外(ガイ)だネ」
(……、結局恋バナか、これ?)
「さてと。私は帰るとするヨ。いろいろとまとめておきたいからネ」
マユリは立ち上がった。
「なつみが戻ったら、伝令神機に連絡をよこしてくれるかネ。あと、そこの時計で経過時間を測ってくれ給え。何か欲しい物はあるかネ?ネムに持って来させるが」
「いえ、今んところ大丈夫っす」
「そうかネ。では、よろしく頼むヨ」