第三章
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まだその日の話は終わらなかった。一番隊舎の最上階にある元柳斎の部屋。彼は露台に出て、夜風に髭をなびかせていた。星たちとお話しをしているのだろうか。
その部屋の入り口で、ノックが聞こえてきた。
「入るが良い」
扉を開けて踏み入れてきたのは、笠を被ったこの男。
「山じい、何してんの?そんなとこにいたら、体冷えちゃうんじゃない?」
「お前こそ何しに来た、春水。忘れ物でもしたんか」
「まぁ、そんなとこ」
京楽は、元柳斎のいるところまで進んでいった。
「良い眺めだね。一緒に見る相手が女の子なら、もっと良いんだけど」
「喧しいわい。なつみの連絡先なら教えんぞ」
「それは後できく!」
音楽室で、なつみが隊長たちにお願いした頼み事とは、彼らの伝令神機の連絡先を教えてもらうことだった。
「急に伺うのは失礼かと思って」
そうして今、なつみの伝令神機には、あの場にいた13人の連絡先が登録されている。1人を除いて。
アドレスを交換する流れになった時、その人も何故か自分の伝令神機を取り出していた。ご覧の通り、京楽である。
連絡先も知らないのに、『恋仲だ』と断言した彼に対して、日番谷、砕蜂、卯ノ花が軽蔑の言葉を投げかけた直後、「恋仲ってどういうことですか⁉︎」のなつみの一言でトドメを刺された京楽。浮竹に泣きついた。
何故知らなかったのかというと、京楽の方は特に思い付かなかったが、なつみ曰く、「交換したら、仕事が手につかなくなるから」という理由で控えていたらしい。それを恥ずかしそうに言うものだから、京楽は見事に復活した。「ボクもだよ〜😚💖」
しかし、「お前はいつでも仕事が手についておらんから、このまま知らんで良し」という総隊長命令が出されてしまい、またシュンとなってしまった。
「そんな〜、教えてよー😫」
「総隊長命令なので…」
「ええやん、京楽さんとなつみちゃんは心で繋がってるんやから」
「「市丸隊長🥺🥺」」
「繋がってるから何やねんって話やけど😄」
「ぉおいッ💦」
「ま、ボクはなつみちゃんと、心もコッチもずっと繋がってますけどね😏」
「何この意地悪ぅ😭」
ってなわけで、なつみの連絡先を教えて欲しいと自分に頼みに来た、というのが元柳斎の予想だったが、どうやら別件らしい。
「なつみちゃんのことには変わりないけどね」
「ふむ…、婿探しのことか」
「それもまた今度‼️ったく…、その件だってね、山じいがとやかく言うことじゃないだろ?」
「はぁ…、あの態度で市丸ではないと言い張る…。おなごはようわからんのぉ」
「山じいに恋心がわかるもんか」
ちょっと待てよ、また本題から逸れてる。
「そうじゃなくて。…ほら、これ持ってきたんだよ。中入って、2人で飲まない?」
ひょいと掲げて見せたのは酒瓶。その返事は、あまり乗り気とは言えそうもなかったが。
「お前とじゃと?むさ苦しい。…まぁ、たまには付き合うてやるのも悪くないかの。ついてこい」
いちいち小言を挟まないと気が済まないのだろうか。素直に良いよって言えば良いのに。
通されたのは、総隊長にしてはこぢんまりとした書院造の部屋だった。
「どうしてここなの?」
「これから突拍子も無い話をするのじゃろう。他の者に聞かれては、恥ずかしいからのぉ」
「別に、そんな変な話じゃ…」
来る途中でぐい呑みを2つ取ってきていた。京楽は持ってきた酒瓶を元柳斎の方に差し出す。
「はい、どうぞ」
「うむ」
元柳斎は自分のぐい呑みを構えた。そこに透き通った日本酒が注がれていく。
「最近気に入って飲んでるやつなんだ」
「そうか」
京楽も自分のぐい呑みに注ぎ、それからクイッと軽くかざした。
「乾杯」
「ん」
2人は同時に一口目を味わった。
「どう?感想は?」
「悪ない」
「じゃあ、すごくおいしいってことだね」
京楽は満足そうに笑った。こうしていると、本当に親子のように見える2人。
「酔っ払っちゃう前に本題に行くよ」
「酔っ払いの戯言の方が気になるのではないか」
元柳斎ともあろう人が、自分の意見に自信が無いのだろうか。
「とりあえず聞かせてくれない?山じいは、なつみちゃんにどんなことを望んでるの?隊首会で話した以外のことも、ひょっとして考えているんじゃないの?」
「例えば何じゃ」
「例えば、なつみちゃんを上に連れて行く、とか…?」
「上…」一口酒を飲む元柳斎。「はっきり言うてみ」
酔っ払いの戯言か…。
「零番隊に入れる、または、霊王の身代わりにする」
京楽も一口飲み進めた。
「ほれみろ、突拍子も無い」
「うぅ…、まぁ、そうだけど。実際どうなんだよ。そういうこと考えてるんじゃないの?なつみちゃんの能力は、あんまりにも何でもできる。世界の消失だってやりかけたなら、逆のことだってできるかもしれないんだよ。それは、霊王様の力に匹敵するくらい凄いことだ。何かに備えるって、そういうことも含まれてるってことじゃないの?」
元柳斎はぐい呑みを差し出した。自分のを脇に置き、京楽はお代わりを注いでやる。
「それでお前は、あの子のことを儂に黙っておったんじゃな」
「そうだよ…」
なつみの能力を知った日、彼女の秘密の引き出しを見てしまったあの日、あの時はまだ夢現天子の力を一部しか把握していないと感じていたため、報告は控えていた。市丸の態度が気になっていたのもあり。
「あの斬魄刀について知れば知るほど、そう思っていったんだよ。山じいに見つかったら、上に差し出せるよう、なつみちゃんをどうにかするんじゃないかって」
「昇進とは、誇りに思うべきことではないのか」
酔っ払う気あるのかよ。
「ボクは、七緒ちゃんのことがあるから、瀞霊廷から離れるわけにいかないんだ。それに、なつみちゃんのことが大好きでたまらないから、あの子とも離れたくない。上に連れて行ったりしないでよ、山じい」
「まるで子供の言い分じゃな」
否定できなかった。だが、これは譲れない思いだった。なのに。
「お前のそれは恋ではないぞ」
信じられない言葉だった。どういうつもりなのか。
「100歩譲って、あの子がお前に恋心を抱いておるとしても、お前は違う」
「何でだよ、何でそんなこと言うのさ。ボクだって本気だよ!」
「では何故あんなにも誰彼構わず好かれておるのか」
「それはっ、ちっちゃくてかわいいし、良い子だから。モテすぎてて、ひやひやするけど」
京楽はぐい呑みをぎゅっと握りながら、ブーブー言った。
対する元柳斎は、あぐらをかいた膝の上で、柔らかくぐい呑みを両手で包んでいた。
「そろそろ回ってきたのぉ。酔った老ぼれが戯言をボヤく番じゃ…」
視線は、手元でキラキラ輝く小さな丸い水面に落ちていた。らしくない態度。そして発せられる突拍子も無い話。
「あの子は、過去を改変するために現れたんじゃなかろうか」
その瞬間、どうしたら良いのかわからなくなり、京楽は、酒を口に運ぼうとした手を静かに下げていった。
(冗談だよな…、山じい)
常識から考えればすぐにでも否定できる、おかしな話である。しかし、事はなつみについてであり、彼女はいくつもの非常識を携えている。元柳斎は、どんな返事を待っているのだろうか。冗談として、笑い飛ばしてもらいたがっているのだろうか。
「そんな、どこかの看板の後ろに、空飛ぶガルウィングの車が隠されてるとか言うの?最高にヘビーな話だけどさ、さすがにそれは無いよ(笑)」
「フフッ」
(あ、笑った)
顔を少し上げるが、京楽と目を合わせることはない。
「零番隊はあの5人で、充分事足りておる。わざわざあの子を入れるまでもない。霊王についても然り、何かが起きようと、既に対策は備え済みじゃ。どのようにとは言うまいが」
聞きながら、京楽は言葉が溢れないように、膝の上に立てた右手に口元を当てた。
「なつみの役目は他にあるんじゃよ。心配せんでも、儂とて上に送ろうとは、思うとらん。あやつらに目をつけられて、要請が来てしまうと、話は変わってくるがな。だが、十中八九それは起きん。長年変わらぬ体制でやってこれたんじゃ、今更新しい力は不要じゃろう」
「その言葉、信じて良いの」
「良い。もうひとつ載せておこうかの。なつみはな、霊王とは関係の無いところに由来するように見えるんじゃ」
どんどんと話は飛躍の一途を辿る。
「あの子は誰とも違っておる。尸魂界で生まれたにしては、余りにも不似合いな思想をしておるじゃろ」
「未来から来たから、そうだって言うの?」
元柳斎はそこで、天井越しに広がる宇宙を見上げる素振りを見せた。
「未来には、星の数ほどの可能性が無数に散らばっておると想像できんか?その中から、ひとつの可能性を選び出す今があり、そうした毎日の連続で過去が作られていく。もしもじゃ、仮に、それぞれの選択肢がそれぞれの運命に繋がっているとして、その選択の度に平行した世界が生まれておるとするならば、一足先に儂らのとある未来を見た者が、そこで起きたことを受け入れられず、別の運命へ導くために、木之本なつみという存在を生み出し、ここへもたらしたとしたら、儂には全てがすんなりと納得できるんじゃよ」
酒が進んでいるせいか、もっともらしい内容なのに、うまく聞き取れない。
「SFすぎやしないかい…?😅」
「言うたじゃろう。忘れてはいかん。今しておるのは、誰にも聞かれたくはない、突拍子も無い、酔っ払いの戯言じゃよ」
クイッと一口飲む元柳斎。
「ん〜ー…」頭をぽりぽり、がんばってついていこうとする京楽。「なつみちゃんを送り込んだ人がいて、その人は霊王とは関係無い存在。無関係なのに、凄い力の持ち主ってことになるね」
「居場所こそわからんが、確かにどこかにおるんじゃろう。世界とは、平行にもあれば、内側にも外側にもあるやもしれんからな。それにのぉ、霊王とて、突然現れた特別な存在じゃ。また新たなる特別な力が、突然現れても、何ら不思議ではない。あの子は恐らく、その者にとっても、儂らにとっても、全く新しい可能性なんじゃ。新たな世界への希望を託されて、儂らの前に現れた、…のかもしれん」
「さすがの山じいも明言は避けたいわけだ」
そこで、ようやく京楽と視線を合わせた。
「儂の頭がいよいよボケ始めたかと思われては、今後の暮らしに支障をきたすからのぉ。こんな話は、お前にしかできんよ、春水」
そう聞かされて、何と返せば良いのやら。頼られてるってことにしておけば良いんですか?そうしておきましょうか、とりあえず。そうしましょう。はい😌
それはそうと。
「なつみちゃんがモテる理由も、それで説明できるのかい?」
「そうじゃ。あれだけの能力を持っとるということは、それ相応の事が起こり得るんじゃろう。その上、あの子は自らの強さを求めておる。その時までに、環境を整えておきたいはずじゃ。そのために、できる限り多くの味方をつけようと、半ば強制的に知り合うた者を片っ端から、なつみに好意を抱かせていっておる。そうすれば、快く協力してやれるからの。力の強い者に惹かれる性も利用しておるかもしれんな。どうじゃ、なかなか筋が通っておるじゃろ」
何だよ、そのドヤ顔。酔ってんなぁ…。こんな気持ち良さそうに饒舌になっているこの人を見るのは、いつぶりだろう、と思いつつ、京楽は別のことも考えていた。
「確かに、浮竹の反応を見れば、山じいの仮説は絶対違うとは言えないよ。でもさ、ボクのはちゃんと恋だから。みんなのと一緒にしないでほしいね」
そう文句を言うと、何故か静寂が流れた。何かを確認しようと思い出しているのか、京楽に気付かれないほど微かに指を折りながら数えていく。
「お前はな、なつみと初めて会うた時に心を掴まれ、好きかもしれないと思わされた。お前の好みではないにも関わらずじゃ。そして気付けば、皆があの子を欲しがるもんじゃから、自分も欲しいと思うようになってしもうた。ただそれだけの話よ」
「なっ⁉︎んー💦それもあるかもしれないけど」
「それだけじゃ。長年お前の恋路を嫌でも視界に入れてしもうてきたが、長く続いた相手がおったかの。儂にゃ覚えがないわい。お前は手に入れてしまえば、それで満足し、すぐに相手に飽きてしまう。最低な男じゃよ。儂なら絶対に付き合おうなんぞ思わん」
「山じいとだったら、ボクだってお断りだよ。気色悪い😑」
シゲ子とお花畑で追いかけっこするキラキラスローモーションなシーンを一瞬でも想像してしまい、急いで酒でその場面を洗い流し、浮かんだ画をパタパタ払った。
「なつみに、あの者たちと同じ悲しみを味わわせたくはない。あの子が夢みる真実の愛とやらを、お前が与え、受け止めてやれるとは思えん。所詮、お前が恋と呼ぶものは、遊びでしかないんじゃよ。あの子を、いつものように弄んで、捨て去り、泣かせてしまうのなら、すぐに手を引け」
「それは…、なつみちゃんの心が不安定になると、災いを引き起こすかもしれないから?」
「そんなものは結果に過ぎん。純粋にあの子のためじゃ」
「山じいはなつみちゃんにメロメロなんだね」
また一口運ぶ。
「自分でも驚いとる。じゃが、悪い気はせん。あの子を好いておることに、喜びを感じておるのかもな」
柔らかく微笑んだ元柳斎。こんな表情も持ち合わせているんだと思いつつ、京楽は自分の気持ちはどうだろうと思い返してみた。
いつもなつみは、京楽の前だとはにかんで笑っていて、密かに好き好きビームを向けられているのがわかるから、本当は会う度に抱きしめたい衝動に駆られている。ふわふわさらさらした髪の毛、ちらりと見える小さな耳、ぷにぷにしたほっぺ、ちゅんとした唇、簡単にすっぽり包めてしまうかわいい手、どこもかしこも触りたくなる。この日はふっくらした胸を知ってしまったし…。彼女はどんな声で鳴いてくれるんだろうか。
「おい、春水。何を考えとる」
淫らななつみの声を想像していたのに、元柳斎の冷めた声に邪魔された。シゲ子め。
「別に」
現実に引き戻されて、考えを改める。自分はなつみの体にしか興味が無いのだろうか。…、いや、そんなことはない。彼女のそばにいるときに感じる、陽だまりのような温かさ。必ずと言って良いほど起きる楽しいハプニング。それに気付いているのに、飽きるだって?
過去を振り返れば、確かに今までは、初めから終わりが見えるような付き合いしかしてこなかった。京楽に言い寄ってくる女性たちは、彼のことをアクセサリーとして見ている者ばかりだったから。金、地位、身体が目当て。彼の隣で歩く自分を見てもらい、周りから羨ましがられ、優越感に浸りたい。美貌と「好き」の言葉を捧げるだけで、それらが簡単に手に入ると思い込んでいる。そんな娘たちには飽きるさ。
ちょっと気になって、振り向かせたいと思うような女の子たちもいた。初めはその気も無かったのに、京楽に根気強くアタックされると、最終的には必ず折れてくれる。そうして過ごす間は楽しい。どうしようかと考えるのが楽しいのだ。ただ、付き合い始めて、何度か夜を過ごすと、当たり前のように京楽のことが好きだと表現してくれることがつまらなくなり、別れてしまう。「何だか、思ってたのと違ったんだ」と言って。ビンタを喰らって。終わり。
なつみがどちらのパターンに当てはまるのか。考えてみるが、そんな必要は無いはず。何故なら彼女に常識は通じないから。
「ねぇ、山じい。なつみちゃんを悲しませないって約束したら、彼女と一緒にいること許してくれない?」
そう提案してみた。
「儂はな、お前たちにとって総隊長でしかない。連絡先を交換させんのは、仕事を理由にしておるから、命令として下せるんじゃ。会うな、しゃべるなは、頼み事にしかならん。許すも何も無いわ。そもそもあの子が決めにゃ、進展はないぞ」
「わかってるよ」
「わかっとらんな。あの子を見てれば、儂にゃわかる。なつみは、お前では嫌じゃと思うておるんじゃよ。お前のことを信じておらん」
「言っとくけど、なつみちゃんと出会ってから、誰とも付き合ってないからね」
「それが何だと言うんじゃ」
ごもっとも。
「チッ」
なつみに宿題を言い渡しておきながら、自分にも課題があったとは。
「ボクは彼女を愛してるよ」
何故だろう、あっさり言えてしまった。とても大事な言葉なのに。だからなのか、元柳斎は首を横に振っていた。
「都合良く見ているだけで、それを言うてやるなよ。あの子はお前が思うような者ではない」
「未来人でも、宇宙人でも、異世界人でも気にしないよ。なつみちゃんがかわいくて仕方ないんだ」
そう聞いても、やはり首を横に振る。
「どんな命も、特別な存在として生まれてくる。あの子が特別なのは、特別なことではないかもしれん。そう言う見方もできる。何であれ、とにかくなつみはなつみじゃ。それを無視する限り、儂もあの子もお前を認めんじゃろうな」
「山じい…」うらめしがる京楽が、僅かに刃向かってみる。「それでよく、『お前はなつみちゃんの父親か』的なことを市丸隊長に言ったね。山じいだって、彼女のことを勘違いしてるかもしれないだろ」
「だからこうして、お前と酒を飲んで、酔っておるんじゃろうが」
酔って忘れても、今後に影響は無い今夜の話。ひよこくんの狙い通りである。
「気になるおなごの掌の上で踊らされるというのも、悪くないの」
この辺りで、不思議と酔いが被さってくる感覚に襲われ、元柳斎はそろそろ寝ると言って、京楽を帰した。
「そう難しく考えるな。なつみは、儂らと過ごす楽しい毎日を夢見ておるだけなんじゃ。素直に、望むままに、あの子の幸せを想って生きてみよ。そうすれば、あの子も応えてくれるじゃろう。あの子の宿命は、皆を笑顔にすることじゃろうからな」
帰り際に元柳斎がそう言っていた。だがきっと、朝になったら忘れているのだろう。
覚えなくても覚えていられる、大事で大したことのない話。なつみが特別であることは、決して特別ではない。誰しもが特別だから。
ややこしくて、どうでもよくなって、京楽はフッと笑った。
その部屋の入り口で、ノックが聞こえてきた。
「入るが良い」
扉を開けて踏み入れてきたのは、笠を被ったこの男。
「山じい、何してんの?そんなとこにいたら、体冷えちゃうんじゃない?」
「お前こそ何しに来た、春水。忘れ物でもしたんか」
「まぁ、そんなとこ」
京楽は、元柳斎のいるところまで進んでいった。
「良い眺めだね。一緒に見る相手が女の子なら、もっと良いんだけど」
「喧しいわい。なつみの連絡先なら教えんぞ」
「それは後できく!」
音楽室で、なつみが隊長たちにお願いした頼み事とは、彼らの伝令神機の連絡先を教えてもらうことだった。
「急に伺うのは失礼かと思って」
そうして今、なつみの伝令神機には、あの場にいた13人の連絡先が登録されている。1人を除いて。
アドレスを交換する流れになった時、その人も何故か自分の伝令神機を取り出していた。ご覧の通り、京楽である。
連絡先も知らないのに、『恋仲だ』と断言した彼に対して、日番谷、砕蜂、卯ノ花が軽蔑の言葉を投げかけた直後、「恋仲ってどういうことですか⁉︎」のなつみの一言でトドメを刺された京楽。浮竹に泣きついた。
何故知らなかったのかというと、京楽の方は特に思い付かなかったが、なつみ曰く、「交換したら、仕事が手につかなくなるから」という理由で控えていたらしい。それを恥ずかしそうに言うものだから、京楽は見事に復活した。「ボクもだよ〜😚💖」
しかし、「お前はいつでも仕事が手についておらんから、このまま知らんで良し」という総隊長命令が出されてしまい、またシュンとなってしまった。
「そんな〜、教えてよー😫」
「総隊長命令なので…」
「ええやん、京楽さんとなつみちゃんは心で繋がってるんやから」
「「市丸隊長🥺🥺」」
「繋がってるから何やねんって話やけど😄」
「ぉおいッ💦」
「ま、ボクはなつみちゃんと、心もコッチもずっと繋がってますけどね😏」
「何この意地悪ぅ😭」
ってなわけで、なつみの連絡先を教えて欲しいと自分に頼みに来た、というのが元柳斎の予想だったが、どうやら別件らしい。
「なつみちゃんのことには変わりないけどね」
「ふむ…、婿探しのことか」
「それもまた今度‼️ったく…、その件だってね、山じいがとやかく言うことじゃないだろ?」
「はぁ…、あの態度で市丸ではないと言い張る…。おなごはようわからんのぉ」
「山じいに恋心がわかるもんか」
ちょっと待てよ、また本題から逸れてる。
「そうじゃなくて。…ほら、これ持ってきたんだよ。中入って、2人で飲まない?」
ひょいと掲げて見せたのは酒瓶。その返事は、あまり乗り気とは言えそうもなかったが。
「お前とじゃと?むさ苦しい。…まぁ、たまには付き合うてやるのも悪くないかの。ついてこい」
いちいち小言を挟まないと気が済まないのだろうか。素直に良いよって言えば良いのに。
通されたのは、総隊長にしてはこぢんまりとした書院造の部屋だった。
「どうしてここなの?」
「これから突拍子も無い話をするのじゃろう。他の者に聞かれては、恥ずかしいからのぉ」
「別に、そんな変な話じゃ…」
来る途中でぐい呑みを2つ取ってきていた。京楽は持ってきた酒瓶を元柳斎の方に差し出す。
「はい、どうぞ」
「うむ」
元柳斎は自分のぐい呑みを構えた。そこに透き通った日本酒が注がれていく。
「最近気に入って飲んでるやつなんだ」
「そうか」
京楽も自分のぐい呑みに注ぎ、それからクイッと軽くかざした。
「乾杯」
「ん」
2人は同時に一口目を味わった。
「どう?感想は?」
「悪ない」
「じゃあ、すごくおいしいってことだね」
京楽は満足そうに笑った。こうしていると、本当に親子のように見える2人。
「酔っ払っちゃう前に本題に行くよ」
「酔っ払いの戯言の方が気になるのではないか」
元柳斎ともあろう人が、自分の意見に自信が無いのだろうか。
「とりあえず聞かせてくれない?山じいは、なつみちゃんにどんなことを望んでるの?隊首会で話した以外のことも、ひょっとして考えているんじゃないの?」
「例えば何じゃ」
「例えば、なつみちゃんを上に連れて行く、とか…?」
「上…」一口酒を飲む元柳斎。「はっきり言うてみ」
酔っ払いの戯言か…。
「零番隊に入れる、または、霊王の身代わりにする」
京楽も一口飲み進めた。
「ほれみろ、突拍子も無い」
「うぅ…、まぁ、そうだけど。実際どうなんだよ。そういうこと考えてるんじゃないの?なつみちゃんの能力は、あんまりにも何でもできる。世界の消失だってやりかけたなら、逆のことだってできるかもしれないんだよ。それは、霊王様の力に匹敵するくらい凄いことだ。何かに備えるって、そういうことも含まれてるってことじゃないの?」
元柳斎はぐい呑みを差し出した。自分のを脇に置き、京楽はお代わりを注いでやる。
「それでお前は、あの子のことを儂に黙っておったんじゃな」
「そうだよ…」
なつみの能力を知った日、彼女の秘密の引き出しを見てしまったあの日、あの時はまだ夢現天子の力を一部しか把握していないと感じていたため、報告は控えていた。市丸の態度が気になっていたのもあり。
「あの斬魄刀について知れば知るほど、そう思っていったんだよ。山じいに見つかったら、上に差し出せるよう、なつみちゃんをどうにかするんじゃないかって」
「昇進とは、誇りに思うべきことではないのか」
酔っ払う気あるのかよ。
「ボクは、七緒ちゃんのことがあるから、瀞霊廷から離れるわけにいかないんだ。それに、なつみちゃんのことが大好きでたまらないから、あの子とも離れたくない。上に連れて行ったりしないでよ、山じい」
「まるで子供の言い分じゃな」
否定できなかった。だが、これは譲れない思いだった。なのに。
「お前のそれは恋ではないぞ」
信じられない言葉だった。どういうつもりなのか。
「100歩譲って、あの子がお前に恋心を抱いておるとしても、お前は違う」
「何でだよ、何でそんなこと言うのさ。ボクだって本気だよ!」
「では何故あんなにも誰彼構わず好かれておるのか」
「それはっ、ちっちゃくてかわいいし、良い子だから。モテすぎてて、ひやひやするけど」
京楽はぐい呑みをぎゅっと握りながら、ブーブー言った。
対する元柳斎は、あぐらをかいた膝の上で、柔らかくぐい呑みを両手で包んでいた。
「そろそろ回ってきたのぉ。酔った老ぼれが戯言をボヤく番じゃ…」
視線は、手元でキラキラ輝く小さな丸い水面に落ちていた。らしくない態度。そして発せられる突拍子も無い話。
「あの子は、過去を改変するために現れたんじゃなかろうか」
その瞬間、どうしたら良いのかわからなくなり、京楽は、酒を口に運ぼうとした手を静かに下げていった。
(冗談だよな…、山じい)
常識から考えればすぐにでも否定できる、おかしな話である。しかし、事はなつみについてであり、彼女はいくつもの非常識を携えている。元柳斎は、どんな返事を待っているのだろうか。冗談として、笑い飛ばしてもらいたがっているのだろうか。
「そんな、どこかの看板の後ろに、空飛ぶガルウィングの車が隠されてるとか言うの?最高にヘビーな話だけどさ、さすがにそれは無いよ(笑)」
「フフッ」
(あ、笑った)
顔を少し上げるが、京楽と目を合わせることはない。
「零番隊はあの5人で、充分事足りておる。わざわざあの子を入れるまでもない。霊王についても然り、何かが起きようと、既に対策は備え済みじゃ。どのようにとは言うまいが」
聞きながら、京楽は言葉が溢れないように、膝の上に立てた右手に口元を当てた。
「なつみの役目は他にあるんじゃよ。心配せんでも、儂とて上に送ろうとは、思うとらん。あやつらに目をつけられて、要請が来てしまうと、話は変わってくるがな。だが、十中八九それは起きん。長年変わらぬ体制でやってこれたんじゃ、今更新しい力は不要じゃろう」
「その言葉、信じて良いの」
「良い。もうひとつ載せておこうかの。なつみはな、霊王とは関係の無いところに由来するように見えるんじゃ」
どんどんと話は飛躍の一途を辿る。
「あの子は誰とも違っておる。尸魂界で生まれたにしては、余りにも不似合いな思想をしておるじゃろ」
「未来から来たから、そうだって言うの?」
元柳斎はそこで、天井越しに広がる宇宙を見上げる素振りを見せた。
「未来には、星の数ほどの可能性が無数に散らばっておると想像できんか?その中から、ひとつの可能性を選び出す今があり、そうした毎日の連続で過去が作られていく。もしもじゃ、仮に、それぞれの選択肢がそれぞれの運命に繋がっているとして、その選択の度に平行した世界が生まれておるとするならば、一足先に儂らのとある未来を見た者が、そこで起きたことを受け入れられず、別の運命へ導くために、木之本なつみという存在を生み出し、ここへもたらしたとしたら、儂には全てがすんなりと納得できるんじゃよ」
酒が進んでいるせいか、もっともらしい内容なのに、うまく聞き取れない。
「SFすぎやしないかい…?😅」
「言うたじゃろう。忘れてはいかん。今しておるのは、誰にも聞かれたくはない、突拍子も無い、酔っ払いの戯言じゃよ」
クイッと一口飲む元柳斎。
「ん〜ー…」頭をぽりぽり、がんばってついていこうとする京楽。「なつみちゃんを送り込んだ人がいて、その人は霊王とは関係無い存在。無関係なのに、凄い力の持ち主ってことになるね」
「居場所こそわからんが、確かにどこかにおるんじゃろう。世界とは、平行にもあれば、内側にも外側にもあるやもしれんからな。それにのぉ、霊王とて、突然現れた特別な存在じゃ。また新たなる特別な力が、突然現れても、何ら不思議ではない。あの子は恐らく、その者にとっても、儂らにとっても、全く新しい可能性なんじゃ。新たな世界への希望を託されて、儂らの前に現れた、…のかもしれん」
「さすがの山じいも明言は避けたいわけだ」
そこで、ようやく京楽と視線を合わせた。
「儂の頭がいよいよボケ始めたかと思われては、今後の暮らしに支障をきたすからのぉ。こんな話は、お前にしかできんよ、春水」
そう聞かされて、何と返せば良いのやら。頼られてるってことにしておけば良いんですか?そうしておきましょうか、とりあえず。そうしましょう。はい😌
それはそうと。
「なつみちゃんがモテる理由も、それで説明できるのかい?」
「そうじゃ。あれだけの能力を持っとるということは、それ相応の事が起こり得るんじゃろう。その上、あの子は自らの強さを求めておる。その時までに、環境を整えておきたいはずじゃ。そのために、できる限り多くの味方をつけようと、半ば強制的に知り合うた者を片っ端から、なつみに好意を抱かせていっておる。そうすれば、快く協力してやれるからの。力の強い者に惹かれる性も利用しておるかもしれんな。どうじゃ、なかなか筋が通っておるじゃろ」
何だよ、そのドヤ顔。酔ってんなぁ…。こんな気持ち良さそうに饒舌になっているこの人を見るのは、いつぶりだろう、と思いつつ、京楽は別のことも考えていた。
「確かに、浮竹の反応を見れば、山じいの仮説は絶対違うとは言えないよ。でもさ、ボクのはちゃんと恋だから。みんなのと一緒にしないでほしいね」
そう文句を言うと、何故か静寂が流れた。何かを確認しようと思い出しているのか、京楽に気付かれないほど微かに指を折りながら数えていく。
「お前はな、なつみと初めて会うた時に心を掴まれ、好きかもしれないと思わされた。お前の好みではないにも関わらずじゃ。そして気付けば、皆があの子を欲しがるもんじゃから、自分も欲しいと思うようになってしもうた。ただそれだけの話よ」
「なっ⁉︎んー💦それもあるかもしれないけど」
「それだけじゃ。長年お前の恋路を嫌でも視界に入れてしもうてきたが、長く続いた相手がおったかの。儂にゃ覚えがないわい。お前は手に入れてしまえば、それで満足し、すぐに相手に飽きてしまう。最低な男じゃよ。儂なら絶対に付き合おうなんぞ思わん」
「山じいとだったら、ボクだってお断りだよ。気色悪い😑」
シゲ子とお花畑で追いかけっこするキラキラスローモーションなシーンを一瞬でも想像してしまい、急いで酒でその場面を洗い流し、浮かんだ画をパタパタ払った。
「なつみに、あの者たちと同じ悲しみを味わわせたくはない。あの子が夢みる真実の愛とやらを、お前が与え、受け止めてやれるとは思えん。所詮、お前が恋と呼ぶものは、遊びでしかないんじゃよ。あの子を、いつものように弄んで、捨て去り、泣かせてしまうのなら、すぐに手を引け」
「それは…、なつみちゃんの心が不安定になると、災いを引き起こすかもしれないから?」
「そんなものは結果に過ぎん。純粋にあの子のためじゃ」
「山じいはなつみちゃんにメロメロなんだね」
また一口運ぶ。
「自分でも驚いとる。じゃが、悪い気はせん。あの子を好いておることに、喜びを感じておるのかもな」
柔らかく微笑んだ元柳斎。こんな表情も持ち合わせているんだと思いつつ、京楽は自分の気持ちはどうだろうと思い返してみた。
いつもなつみは、京楽の前だとはにかんで笑っていて、密かに好き好きビームを向けられているのがわかるから、本当は会う度に抱きしめたい衝動に駆られている。ふわふわさらさらした髪の毛、ちらりと見える小さな耳、ぷにぷにしたほっぺ、ちゅんとした唇、簡単にすっぽり包めてしまうかわいい手、どこもかしこも触りたくなる。この日はふっくらした胸を知ってしまったし…。彼女はどんな声で鳴いてくれるんだろうか。
「おい、春水。何を考えとる」
淫らななつみの声を想像していたのに、元柳斎の冷めた声に邪魔された。シゲ子め。
「別に」
現実に引き戻されて、考えを改める。自分はなつみの体にしか興味が無いのだろうか。…、いや、そんなことはない。彼女のそばにいるときに感じる、陽だまりのような温かさ。必ずと言って良いほど起きる楽しいハプニング。それに気付いているのに、飽きるだって?
過去を振り返れば、確かに今までは、初めから終わりが見えるような付き合いしかしてこなかった。京楽に言い寄ってくる女性たちは、彼のことをアクセサリーとして見ている者ばかりだったから。金、地位、身体が目当て。彼の隣で歩く自分を見てもらい、周りから羨ましがられ、優越感に浸りたい。美貌と「好き」の言葉を捧げるだけで、それらが簡単に手に入ると思い込んでいる。そんな娘たちには飽きるさ。
ちょっと気になって、振り向かせたいと思うような女の子たちもいた。初めはその気も無かったのに、京楽に根気強くアタックされると、最終的には必ず折れてくれる。そうして過ごす間は楽しい。どうしようかと考えるのが楽しいのだ。ただ、付き合い始めて、何度か夜を過ごすと、当たり前のように京楽のことが好きだと表現してくれることがつまらなくなり、別れてしまう。「何だか、思ってたのと違ったんだ」と言って。ビンタを喰らって。終わり。
なつみがどちらのパターンに当てはまるのか。考えてみるが、そんな必要は無いはず。何故なら彼女に常識は通じないから。
「ねぇ、山じい。なつみちゃんを悲しませないって約束したら、彼女と一緒にいること許してくれない?」
そう提案してみた。
「儂はな、お前たちにとって総隊長でしかない。連絡先を交換させんのは、仕事を理由にしておるから、命令として下せるんじゃ。会うな、しゃべるなは、頼み事にしかならん。許すも何も無いわ。そもそもあの子が決めにゃ、進展はないぞ」
「わかってるよ」
「わかっとらんな。あの子を見てれば、儂にゃわかる。なつみは、お前では嫌じゃと思うておるんじゃよ。お前のことを信じておらん」
「言っとくけど、なつみちゃんと出会ってから、誰とも付き合ってないからね」
「それが何だと言うんじゃ」
ごもっとも。
「チッ」
なつみに宿題を言い渡しておきながら、自分にも課題があったとは。
「ボクは彼女を愛してるよ」
何故だろう、あっさり言えてしまった。とても大事な言葉なのに。だからなのか、元柳斎は首を横に振っていた。
「都合良く見ているだけで、それを言うてやるなよ。あの子はお前が思うような者ではない」
「未来人でも、宇宙人でも、異世界人でも気にしないよ。なつみちゃんがかわいくて仕方ないんだ」
そう聞いても、やはり首を横に振る。
「どんな命も、特別な存在として生まれてくる。あの子が特別なのは、特別なことではないかもしれん。そう言う見方もできる。何であれ、とにかくなつみはなつみじゃ。それを無視する限り、儂もあの子もお前を認めんじゃろうな」
「山じい…」うらめしがる京楽が、僅かに刃向かってみる。「それでよく、『お前はなつみちゃんの父親か』的なことを市丸隊長に言ったね。山じいだって、彼女のことを勘違いしてるかもしれないだろ」
「だからこうして、お前と酒を飲んで、酔っておるんじゃろうが」
酔って忘れても、今後に影響は無い今夜の話。ひよこくんの狙い通りである。
「気になるおなごの掌の上で踊らされるというのも、悪くないの」
この辺りで、不思議と酔いが被さってくる感覚に襲われ、元柳斎はそろそろ寝ると言って、京楽を帰した。
「そう難しく考えるな。なつみは、儂らと過ごす楽しい毎日を夢見ておるだけなんじゃ。素直に、望むままに、あの子の幸せを想って生きてみよ。そうすれば、あの子も応えてくれるじゃろう。あの子の宿命は、皆を笑顔にすることじゃろうからな」
帰り際に元柳斎がそう言っていた。だがきっと、朝になったら忘れているのだろう。
覚えなくても覚えていられる、大事で大したことのない話。なつみが特別であることは、決して特別ではない。誰しもが特別だから。
ややこしくて、どうでもよくなって、京楽はフッと笑った。