第一章
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市丸と京楽と話をして仕事を中断していた分、残業しなければならなかったが、心は幾分清々しく、ずーっとにこにこしていた。
「ふへー、終わった!さてとっ、もういっちょ残業しますか」
なつみは机の引き出しの前で床にぺたっと座りこんだ。ずーっとにこにこしていたが、これを見るとため息。
「はぁ…、せっかく貼ったのに」
カリカリと『PRIVATE』のテープを剥がし始める。
「見るなって書いたるのを見るって、どういうことなの。あれだわ、あの2人はスカートめくりをしたことある系男子だわ。違うか」
カリカリ、ペリー。
「仕事場にこんなものを持ち込む自分が悪いのはわかってる。でもね、休憩時間には癒しが欲しいわけよ。そうでしょ?」
「フフフ…。癒しという言葉で合ってるのか?」
「にゃふにゃふするから、癒しだよ!てゆーか、まさか、ムッちゃんが導いたの?隊長たちにこの秘密を見せるように!」
「まさか、こんな面白い筋書き、私では書けないさ」
机の上にスマートにちょこんと座る影が一つ。なつみがテープをカリカリペリーする様子を眺めている。
「で、でも!こないだのアレはムッちゃんがやったでしょ!」
「ハハハッ、アレは傑作だった。我ながらファインプレーだったと自負しているよ。文句か?喜んでたくせに」
「もー‼︎ぼくの周りは意地悪な人ばっかりだ!」
「お前のことが大好きだからさ。そうでもなければ、お前をあんなに気にかけたり、秘密まで知ろうとはしない。そして私の行為は意地悪ではなく、親切だ」
なつみは睨む。ムッちゃんは小さな手で彼女のおでこを撫でた。
「ムッちゃん見てると自分がひよっこに思える」
「そのうち変わるさ」
「卍解か!」
「卍解だ」
「始解修得したばっかりなのに、気が早いぞ」
「お前次第だ」
「ムッちゃんもだって」
「まぁな」
ムッちゃんこと夢現天子の具象化した姿がこちら。身体は人、頭はヒヨコ、背中からは4つの翼が生えている。身長、今のところ30cm。
「それにしても、お前の想い人はいい奴だな。私も好きだ」
「そうでしょ!」
「お前のようにムラムラはしないが、気に入っている。京楽のおかげで、私は心置きなくお前のために働けるからな」
「市丸隊長だって良い人だよ」
「わかっている。だが、奴のやり方は窮屈だ」
「確かにね。ちょっと偏ってるよね。優秀だからさ、何でもひとりでできるって思ってるんだよ。ひとりでできなきゃいけないって考えもあるかもだし。市丸隊長には、相談相手とか愚痴を聞いてもらえる人っていないのかな。心配になっちゃうよね」
廊下に目をやる。
「…噂をすればだ」
ムッちゃんは立ち上がり、なつみは消えるムッちゃんの向こう側の扉に注目した。コンコンコンとノック。
「なつみちゃん、ボクやけど。入ってええ?」
「どーぞー」
扉が開き、市丸が部屋に入ってきた。なつみはカリカリペリー姿勢のまま首を伸ばして市丸の姿を視界に入れる。
「お疲れ様です、市丸隊長」
にっこり笑ってご挨拶。
「お疲れ、なつみちゃん」市丸もにっこり。「残業してたん?」
「はい。もう終わりました!バッチリです!」
「ごめんねー、邪魔してもうて」
「そんなそんな。とっても大事なお話だったので、邪魔だなんて思ってませんよ。それより、お片付けしていただいて、ありがとうございました」
「うん。かまへんよ」なつみの隣に来ると、膝に手を置いてしゃがんだ。「で、何してんの」
見りゃわかるでしょーの視線でお答えする。
「なつみちゃんは単純やな(笑)」
「あんな言われたら、剥がしますよ」
Vまで剥がしたなつみはAに取り掛かっている。しゃがんでいた市丸は腰を下ろした。
「ほんま、京楽さんのこと大好きなんやね」
どれのことを根拠に言ってるのか考えつつ答える。
「好きですよ」
「素直やね」少し驚きを含んでいた。「あの人がおってくれて良かったわ。ボクだけやったら、なつみちゃんの気持ち知らんと辛い思いさせるばっかりやった。あんな風に泣かせてしもて、ボク、隊長失格やね」
なつみは左手にめくったテープを握りながら正座をして、険しい顔で市丸と向き合った。
「そんなことないです。そんなこと言わないでください。市丸隊長はダメなんかじゃ」
「八番隊行き、なつみちゃん」
「え…」
自分の耳を疑う。
「どうしてですか」
視線がなつみを捉えていないような。
「八番隊に入れば、なつみちゃんは毎日京楽さんに会えるんよ。写真で我慢せんでよくなるやん。断るなんて、もったいないて。絶対行った方がええわ。ボクやと、キミを束縛してまう。そんなんなつみちゃんは望まんやろ?ボクとおるよりあの人とおる方が、なつみちゃんは幸せや。ほら…、ボクと一緒におると、そんな顔させてまうから…」
下唇を少し噛み、一言も聞き漏らさないように、涙に邪魔されないように堪えている。動揺から心拍数が上がり、呼吸はうまくできない。
「嫌です…、嫌ですよ、行きたくないです」
「京楽さんはキミのことようわかってくれてるやん。ボクではアカン。キミはここにおるべきやないわ。異動の話進めよ、ね?」
「また…、また、ぼくの意見無視してるじゃないですか」
市丸の悪いところが出ている。
「キミをボクのそばに置いとくのは良くないんよ」
「理由を教えてください」
「せやから、ボクとおるより、京楽さんとの方が」
「京楽隊長は関係無いです。市丸隊長じゃいけない理由です」
自分が寂しくて悲しい顔をしているのは知っている、それに、市丸が悲しそうなのも見えている。この人には秘密が多い。またこの人は、もっともなことで真逆の位置にある本当を見えなくしている。そう思えたなつみは膝立ちをして市丸を抱きしめた。
「なつみちゃん?」
そのままの姿勢で市丸の耳元で話す。
「隊長は嘘ついてます。どうして心にもないこと言うんですか」
「嘘なんか…、本心やで」
なつみの体を離そうとしたため、抱きしめる腕に力を入れた。
「ぼくは市丸隊長のそばにいたいです」
ついには無言の市丸。
「隊長のとこにいちゃいけない理由を教えてください。ぼくをここから追い出したいんですか?」
「追い出すやなんて…」
「ぼくが手に負えない厄介者だからですか?」
「ちゃうよ…」
「では、ぼくのこと嫌いになっちゃいましたか」
「そんなわけないやろ」市丸はそっとなつみを抱きしめ返した。「大好きや。大好きやから…」
なつみの肩に顔を埋めると、ほんわかした香りがして、彼女を手放すために携えてきた冷たさが溶かされていってしまう。
「やから、あかんの。隊長失格や…。こんな感情持ったらあかんねん」
なつみはするっと腕を下ろし、膝を横に崩して座り直した。市丸の腕の中で、その顔を見上げる。
「どんな感情ですか?」
「言われへんよ」
膨れないながらも、むぅっと口を尖らせるこの子。つい、いつもの雰囲気が戻ってきそうになる。
「あんね…、ボク、京楽さんがなつみちゃんがどうしたいか聞きに行きたい言うた時、わかってたんよ。あの人はキミを八番隊に誘うつもりやって。そんで、キミが喜んで京楽さんについてくんも想像できた。そやのに、キミは断ってしもた。ここに残りたい言うてくれて。ボクは予想が外れて驚いたし、嬉しかった。…、それで安心しとったら良かったのに、ひとりになってからな、ボク、アホやで、もしキミが八番隊に行く言うて、ここからおらんくなること考え始めてしもたんや。そしたらどんなこと考えた思う?」
首を傾げるなつみに教えてあげる。
「何もや。何も思いつかんかった」
なつみの瞬き。
「キミがおらん世界なんて、ボクにはもう考えられへんのよ。…どうしてやろ」
なつみの頭をなでなで。
「何でやろなぁって考えてみたらな、1個ボクの中で答えを見つけてしもたわ」
「何ですか?」
市丸は、両手でなつみのほっぺをぷにゅっと包み、おでこ同士をくっつけ、囁いた。
「ボク、キミを愛してしもてる…って」ゆっくり体を離してあげた。「あかん隊長やろ?」
触れられたほっぺは紅潮し、目は潤んでいる。
「1人の部下をこんなに特別に想てるなんて、悪いことや。みんな平等に大事にするんが隊長やのに。ボクはキミを離したない。でもそんなん、ただのボクのわがままやから、ボクが我慢したらええねん。楽しそうに笑てるなつみちゃんと会えんくなるの嫌やけど、ボクのとこにおったまま悲しい思いさせてまう方がもっと嫌やから、ボクはなつみちゃんに他の隊へ行って欲しい思うねん。京楽さんのこと好きなんやったら、あの人のそばにおり?」
なつみは、今や俯いてぷるぷる震えていた。そして噴火。
「ぅるっさーいッ‼︎‼︎‼︎」
(ギョッ⁉︎)
両拳をドカーンと上に伸ばし、声を張り上げたなつみ。上げた拳をぎゅっと胸の位置に下ろして、訴える。視線はバッチリ市丸をロックオン。
「隊長は全ッ然あかんくないっス!もしその考えがあかんのだったら、ナイショにしちゃいましょう!だって、ぼくも隊長と同じ気持ちで」ぐっと背筋を伸ばしてのけぞった市丸に顔を近づける。「隊長のこと、愛してますから‼︎」
「えぇー…(笑)」
「んもぅ!真面目に話聴いてバカでした」
ぷいっと引き出しに向き直り、テープを再び剥がし始めたなつみ。
「え〜…😅」
あまりの展開に、さすがの市丸もついていけない。
(普通、「両想いや」わかったら、甘い雰囲気になって、抱き合って、チューして、イチャイチャして、ってなるもんやないの?なんでや。なんでこの子はこんな態度なん?さすがなつみちゃん、常識の外側におるわぁ)
「隊長がそんなにぼくを大事に想ってくれてるなら、どうして一緒にいたいってだけ言ってくれないんですか!いたくないなんて、嘘ですよね!大体何なんすか、ぼくを悲しませることって。何を知ってるか知らないスけど、実際それがあったら、オレが鼻かんで捨てる程度のことかもしれないじゃないすか!心配性もええ加減にしてくッサイよ!良いですか?隊長が何と言おうと、ぼくは三番隊に残ります。八番隊にも他の隊にも行きません。京楽隊長にもお話ししましたが、ぼくは市丸隊長のそばにいたいから、お誘いを断ったんです」
「どうして?どうしてボクなん?なつみちゃんは京楽さんに恋してるんやろ?」
「むぅー!京楽隊長のことはどうでも良いじゃないですか!そうですよ、恋してますよ!でも、憧れてるだけですから、一ファンとして心惹かれてるだけですから!それだけですよ。そこから先なんてひとっつも望んでませんから。考えてもみてくださいよ、あんなカッコいい人のとこ入隊したら、毎日鼻血出して、大量出血で、それはもう大変ですよ!耐えられない。無理っす、ムリ!ムリムリムリ!」
全て剥がし終えたテープを両手でグリグリ丸めながら、まだ文句は続く。
「市丸隊長はちょっと難しいことがあるとひとりで抱え込んで、他人のことなのに自分で勝手に進めて、そういうの良くないですよ。それが隊長の性格だから、なかなか治ることはないんでしょうね。だったら、誰かが隊長をひとりにさせないように、そばにいなきゃいけないじゃないですか。ぼくは気づいてるんですからね、隊長が隠し事して辛くなってるときの表情がどんなのか。みんなは気にしてないみたいですけど、ぼくはもう気になっちゃってしょうがないですから!ぼくが隊長のお悩みを解決することはできないでしょうけど、隣にいて、お話を聴いてあげることはできますよ、さっきみたいに。家族のように、兄のようにお慕い申し上げている人が困っているのは耐えられませんから。だからぼくは、市丸隊長が突き放そうとしても、絶対離れませんからね!」
「…そっちの愛なんやね😅」
なつみは立ち上がり、部屋の隅にあるゴミ箱へ向かった。
「そっち?…他に何があるって言うんですか。隊長も同じように想っていただけて嬉しいですが、まさか、兄弟愛がいけないものとは、気づきませんでした。でもいけないことなら、2人だけの秘密にしましょう」
市丸に背を向け、ポコンとテープの玉をゴミ箱に投げ入れた。すると、少し動きが止まる。
「げっ⁉︎愛って、そっちっスか⁉︎///」
クルッと振り向いた。
(あ、気づいた)
「無い!ナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイ!あり得ない‼︎絶対無い‼︎」
首をふりふり拒否反応。
(そこまで否定されるとショックやねんけど)
「だって」ビシッと指をさして言い切るなつみ。「隊長には松本副隊長がいるじゃないスか‼︎目を覚ましてください、隊長は寝ぼけてますー‼︎お疲れですぅー‼︎」
ゆっさゆっさと市丸の肩を持って揺する。
「わ〜、目ぇ回る〜🌀🌀」
解放。
「よーく思い返してください。松本副隊長を大事に想う気持ちと、ぼくを想う気持ちは違うはずです」
「ん〜」と2人を比べてみる市丸。乱菊の顔を思い浮かべてから、目の前で鼻息荒く一生懸命自分を見上げてくるなつみを見た。
「…、フッ、せやね。なつみちゃんの言う通りかもしれへん。確かに、キミのことはかわいい妹として大事に想てるわ」
「弟っす」
「…はいはい」
「😠」
「キョーダイ」
「きょーだい!」
にひひひっと笑い合う2人。
「はぁ、ほんまおもろいななつみちゃんは」
頬杖をついてまじまじ見て思う。
「三番隊から出てけって、まだ思ってます?」
「思てへん。最初から思てへんよ。ただボクは、キミを幸せにしてあげる自信が無いねん。せやから、キミから逃げようとしてたんかな。ごめん」
「勝手に幸せになってやりますから、近くにいさせてください。心配ご無用っすよ。ちょっと良いですか?」なつみは市丸の両手を包んで優しく握り、胸の前に持ち上げた。「恋人にはかっこいいところしか見せたくないのが男のサガっすよね。でも家族の前では弱音を吐いても良いんじゃないですか?ぼくを信じてください。隊長がぼくに飽きるまでずっとそばにいて、隊長の助けになりますから。だから、一緒にいさせてください。お願いします」
そう言ってなつみは、自らのおでこを握っている市丸の手にくっつけた。
「なつみちゃんのお願い叶えたろ。ボクもずっとキミとおりたい。大好きや」市丸はなつみの頭のてっぺんにキスをした。「こないにかわいらしい妹、ボクにはもったいないけどね」
「弟っす」
「はいはい」
手を下ろす。
「なぁ、なつみちゃん、もっかいぎゅってしてええ?」
「はい!もちろんです!」
なつみは立ち上がって、部屋の広いところにトントントンと行き、両腕を大きく横に広げた。
「どうぞ!」
「わーい😊」
市丸がなつみの前まで移動し、その小さな体を抱きしめた。
「なつみちゃん、柔らかくてあったかいわ。落ち着く」
「ぼく、本で読んだことあります!ハグはストレス解消に効果的って。こんなことで隊長のためになるなら、いくらでもハグハグしますよ!むぎゅー」
「ありがとう」
こうして、市丸の心配事はひとつ解決へ導かれた。なつみは三番隊で、変わらず元気に死神として活動する。他にも気になることはいくつもあるが、とりあえずこのまま、いつも通りの日々を過ごしていこう。京楽の言う通り、なつみの前ではどんな問題も収まるところに収まってしまいそうだから。市丸の好意をはっきりと定義できたように。
(大丈夫な気、してきたわ)
なつみの頭を撫でてやった。
すると。
ぎゅるる〜…
「わかった。離れるわ。もー、なつみちゃんの体は正直やなー」
「だって、そりゃ、お腹空きますよ‼︎///」
「ごめんごめん。ほな、帰ろか、なつみちゃん」
「はい!」
部屋の明かりを消して、プレートを「お留守」に変えて、ようやく長い1日が終わろうとしていた。
「市丸隊長、兄弟盃やりましょう!」
「お酒飲めへん子が何言うてんの」
「明日休みなんで、二日酔いしたって良いんすよ!」
「もー、しゃーないなぁ。こないだ行った店でええ?」
「はい!やった😆」
ここに新たなカップル、もとい、兄弟が誕生した。
「ぼく、お酒飲んだことないんですよね。酔っ払うと大暴れしちゃったりして😏」
「全く…、お兄ちゃんがお酒の飲み方教えたるわ」
「ふへー、終わった!さてとっ、もういっちょ残業しますか」
なつみは机の引き出しの前で床にぺたっと座りこんだ。ずーっとにこにこしていたが、これを見るとため息。
「はぁ…、せっかく貼ったのに」
カリカリと『PRIVATE』のテープを剥がし始める。
「見るなって書いたるのを見るって、どういうことなの。あれだわ、あの2人はスカートめくりをしたことある系男子だわ。違うか」
カリカリ、ペリー。
「仕事場にこんなものを持ち込む自分が悪いのはわかってる。でもね、休憩時間には癒しが欲しいわけよ。そうでしょ?」
「フフフ…。癒しという言葉で合ってるのか?」
「にゃふにゃふするから、癒しだよ!てゆーか、まさか、ムッちゃんが導いたの?隊長たちにこの秘密を見せるように!」
「まさか、こんな面白い筋書き、私では書けないさ」
机の上にスマートにちょこんと座る影が一つ。なつみがテープをカリカリペリーする様子を眺めている。
「で、でも!こないだのアレはムッちゃんがやったでしょ!」
「ハハハッ、アレは傑作だった。我ながらファインプレーだったと自負しているよ。文句か?喜んでたくせに」
「もー‼︎ぼくの周りは意地悪な人ばっかりだ!」
「お前のことが大好きだからさ。そうでもなければ、お前をあんなに気にかけたり、秘密まで知ろうとはしない。そして私の行為は意地悪ではなく、親切だ」
なつみは睨む。ムッちゃんは小さな手で彼女のおでこを撫でた。
「ムッちゃん見てると自分がひよっこに思える」
「そのうち変わるさ」
「卍解か!」
「卍解だ」
「始解修得したばっかりなのに、気が早いぞ」
「お前次第だ」
「ムッちゃんもだって」
「まぁな」
ムッちゃんこと夢現天子の具象化した姿がこちら。身体は人、頭はヒヨコ、背中からは4つの翼が生えている。身長、今のところ30cm。
「それにしても、お前の想い人はいい奴だな。私も好きだ」
「そうでしょ!」
「お前のようにムラムラはしないが、気に入っている。京楽のおかげで、私は心置きなくお前のために働けるからな」
「市丸隊長だって良い人だよ」
「わかっている。だが、奴のやり方は窮屈だ」
「確かにね。ちょっと偏ってるよね。優秀だからさ、何でもひとりでできるって思ってるんだよ。ひとりでできなきゃいけないって考えもあるかもだし。市丸隊長には、相談相手とか愚痴を聞いてもらえる人っていないのかな。心配になっちゃうよね」
廊下に目をやる。
「…噂をすればだ」
ムッちゃんは立ち上がり、なつみは消えるムッちゃんの向こう側の扉に注目した。コンコンコンとノック。
「なつみちゃん、ボクやけど。入ってええ?」
「どーぞー」
扉が開き、市丸が部屋に入ってきた。なつみはカリカリペリー姿勢のまま首を伸ばして市丸の姿を視界に入れる。
「お疲れ様です、市丸隊長」
にっこり笑ってご挨拶。
「お疲れ、なつみちゃん」市丸もにっこり。「残業してたん?」
「はい。もう終わりました!バッチリです!」
「ごめんねー、邪魔してもうて」
「そんなそんな。とっても大事なお話だったので、邪魔だなんて思ってませんよ。それより、お片付けしていただいて、ありがとうございました」
「うん。かまへんよ」なつみの隣に来ると、膝に手を置いてしゃがんだ。「で、何してんの」
見りゃわかるでしょーの視線でお答えする。
「なつみちゃんは単純やな(笑)」
「あんな言われたら、剥がしますよ」
Vまで剥がしたなつみはAに取り掛かっている。しゃがんでいた市丸は腰を下ろした。
「ほんま、京楽さんのこと大好きなんやね」
どれのことを根拠に言ってるのか考えつつ答える。
「好きですよ」
「素直やね」少し驚きを含んでいた。「あの人がおってくれて良かったわ。ボクだけやったら、なつみちゃんの気持ち知らんと辛い思いさせるばっかりやった。あんな風に泣かせてしもて、ボク、隊長失格やね」
なつみは左手にめくったテープを握りながら正座をして、険しい顔で市丸と向き合った。
「そんなことないです。そんなこと言わないでください。市丸隊長はダメなんかじゃ」
「八番隊行き、なつみちゃん」
「え…」
自分の耳を疑う。
「どうしてですか」
視線がなつみを捉えていないような。
「八番隊に入れば、なつみちゃんは毎日京楽さんに会えるんよ。写真で我慢せんでよくなるやん。断るなんて、もったいないて。絶対行った方がええわ。ボクやと、キミを束縛してまう。そんなんなつみちゃんは望まんやろ?ボクとおるよりあの人とおる方が、なつみちゃんは幸せや。ほら…、ボクと一緒におると、そんな顔させてまうから…」
下唇を少し噛み、一言も聞き漏らさないように、涙に邪魔されないように堪えている。動揺から心拍数が上がり、呼吸はうまくできない。
「嫌です…、嫌ですよ、行きたくないです」
「京楽さんはキミのことようわかってくれてるやん。ボクではアカン。キミはここにおるべきやないわ。異動の話進めよ、ね?」
「また…、また、ぼくの意見無視してるじゃないですか」
市丸の悪いところが出ている。
「キミをボクのそばに置いとくのは良くないんよ」
「理由を教えてください」
「せやから、ボクとおるより、京楽さんとの方が」
「京楽隊長は関係無いです。市丸隊長じゃいけない理由です」
自分が寂しくて悲しい顔をしているのは知っている、それに、市丸が悲しそうなのも見えている。この人には秘密が多い。またこの人は、もっともなことで真逆の位置にある本当を見えなくしている。そう思えたなつみは膝立ちをして市丸を抱きしめた。
「なつみちゃん?」
そのままの姿勢で市丸の耳元で話す。
「隊長は嘘ついてます。どうして心にもないこと言うんですか」
「嘘なんか…、本心やで」
なつみの体を離そうとしたため、抱きしめる腕に力を入れた。
「ぼくは市丸隊長のそばにいたいです」
ついには無言の市丸。
「隊長のとこにいちゃいけない理由を教えてください。ぼくをここから追い出したいんですか?」
「追い出すやなんて…」
「ぼくが手に負えない厄介者だからですか?」
「ちゃうよ…」
「では、ぼくのこと嫌いになっちゃいましたか」
「そんなわけないやろ」市丸はそっとなつみを抱きしめ返した。「大好きや。大好きやから…」
なつみの肩に顔を埋めると、ほんわかした香りがして、彼女を手放すために携えてきた冷たさが溶かされていってしまう。
「やから、あかんの。隊長失格や…。こんな感情持ったらあかんねん」
なつみはするっと腕を下ろし、膝を横に崩して座り直した。市丸の腕の中で、その顔を見上げる。
「どんな感情ですか?」
「言われへんよ」
膨れないながらも、むぅっと口を尖らせるこの子。つい、いつもの雰囲気が戻ってきそうになる。
「あんね…、ボク、京楽さんがなつみちゃんがどうしたいか聞きに行きたい言うた時、わかってたんよ。あの人はキミを八番隊に誘うつもりやって。そんで、キミが喜んで京楽さんについてくんも想像できた。そやのに、キミは断ってしもた。ここに残りたい言うてくれて。ボクは予想が外れて驚いたし、嬉しかった。…、それで安心しとったら良かったのに、ひとりになってからな、ボク、アホやで、もしキミが八番隊に行く言うて、ここからおらんくなること考え始めてしもたんや。そしたらどんなこと考えた思う?」
首を傾げるなつみに教えてあげる。
「何もや。何も思いつかんかった」
なつみの瞬き。
「キミがおらん世界なんて、ボクにはもう考えられへんのよ。…どうしてやろ」
なつみの頭をなでなで。
「何でやろなぁって考えてみたらな、1個ボクの中で答えを見つけてしもたわ」
「何ですか?」
市丸は、両手でなつみのほっぺをぷにゅっと包み、おでこ同士をくっつけ、囁いた。
「ボク、キミを愛してしもてる…って」ゆっくり体を離してあげた。「あかん隊長やろ?」
触れられたほっぺは紅潮し、目は潤んでいる。
「1人の部下をこんなに特別に想てるなんて、悪いことや。みんな平等に大事にするんが隊長やのに。ボクはキミを離したない。でもそんなん、ただのボクのわがままやから、ボクが我慢したらええねん。楽しそうに笑てるなつみちゃんと会えんくなるの嫌やけど、ボクのとこにおったまま悲しい思いさせてまう方がもっと嫌やから、ボクはなつみちゃんに他の隊へ行って欲しい思うねん。京楽さんのこと好きなんやったら、あの人のそばにおり?」
なつみは、今や俯いてぷるぷる震えていた。そして噴火。
「ぅるっさーいッ‼︎‼︎‼︎」
(ギョッ⁉︎)
両拳をドカーンと上に伸ばし、声を張り上げたなつみ。上げた拳をぎゅっと胸の位置に下ろして、訴える。視線はバッチリ市丸をロックオン。
「隊長は全ッ然あかんくないっス!もしその考えがあかんのだったら、ナイショにしちゃいましょう!だって、ぼくも隊長と同じ気持ちで」ぐっと背筋を伸ばしてのけぞった市丸に顔を近づける。「隊長のこと、愛してますから‼︎」
「えぇー…(笑)」
「んもぅ!真面目に話聴いてバカでした」
ぷいっと引き出しに向き直り、テープを再び剥がし始めたなつみ。
「え〜…😅」
あまりの展開に、さすがの市丸もついていけない。
(普通、「両想いや」わかったら、甘い雰囲気になって、抱き合って、チューして、イチャイチャして、ってなるもんやないの?なんでや。なんでこの子はこんな態度なん?さすがなつみちゃん、常識の外側におるわぁ)
「隊長がそんなにぼくを大事に想ってくれてるなら、どうして一緒にいたいってだけ言ってくれないんですか!いたくないなんて、嘘ですよね!大体何なんすか、ぼくを悲しませることって。何を知ってるか知らないスけど、実際それがあったら、オレが鼻かんで捨てる程度のことかもしれないじゃないすか!心配性もええ加減にしてくッサイよ!良いですか?隊長が何と言おうと、ぼくは三番隊に残ります。八番隊にも他の隊にも行きません。京楽隊長にもお話ししましたが、ぼくは市丸隊長のそばにいたいから、お誘いを断ったんです」
「どうして?どうしてボクなん?なつみちゃんは京楽さんに恋してるんやろ?」
「むぅー!京楽隊長のことはどうでも良いじゃないですか!そうですよ、恋してますよ!でも、憧れてるだけですから、一ファンとして心惹かれてるだけですから!それだけですよ。そこから先なんてひとっつも望んでませんから。考えてもみてくださいよ、あんなカッコいい人のとこ入隊したら、毎日鼻血出して、大量出血で、それはもう大変ですよ!耐えられない。無理っす、ムリ!ムリムリムリ!」
全て剥がし終えたテープを両手でグリグリ丸めながら、まだ文句は続く。
「市丸隊長はちょっと難しいことがあるとひとりで抱え込んで、他人のことなのに自分で勝手に進めて、そういうの良くないですよ。それが隊長の性格だから、なかなか治ることはないんでしょうね。だったら、誰かが隊長をひとりにさせないように、そばにいなきゃいけないじゃないですか。ぼくは気づいてるんですからね、隊長が隠し事して辛くなってるときの表情がどんなのか。みんなは気にしてないみたいですけど、ぼくはもう気になっちゃってしょうがないですから!ぼくが隊長のお悩みを解決することはできないでしょうけど、隣にいて、お話を聴いてあげることはできますよ、さっきみたいに。家族のように、兄のようにお慕い申し上げている人が困っているのは耐えられませんから。だからぼくは、市丸隊長が突き放そうとしても、絶対離れませんからね!」
「…そっちの愛なんやね😅」
なつみは立ち上がり、部屋の隅にあるゴミ箱へ向かった。
「そっち?…他に何があるって言うんですか。隊長も同じように想っていただけて嬉しいですが、まさか、兄弟愛がいけないものとは、気づきませんでした。でもいけないことなら、2人だけの秘密にしましょう」
市丸に背を向け、ポコンとテープの玉をゴミ箱に投げ入れた。すると、少し動きが止まる。
「げっ⁉︎愛って、そっちっスか⁉︎///」
クルッと振り向いた。
(あ、気づいた)
「無い!ナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイ!あり得ない‼︎絶対無い‼︎」
首をふりふり拒否反応。
(そこまで否定されるとショックやねんけど)
「だって」ビシッと指をさして言い切るなつみ。「隊長には松本副隊長がいるじゃないスか‼︎目を覚ましてください、隊長は寝ぼけてますー‼︎お疲れですぅー‼︎」
ゆっさゆっさと市丸の肩を持って揺する。
「わ〜、目ぇ回る〜🌀🌀」
解放。
「よーく思い返してください。松本副隊長を大事に想う気持ちと、ぼくを想う気持ちは違うはずです」
「ん〜」と2人を比べてみる市丸。乱菊の顔を思い浮かべてから、目の前で鼻息荒く一生懸命自分を見上げてくるなつみを見た。
「…、フッ、せやね。なつみちゃんの言う通りかもしれへん。確かに、キミのことはかわいい妹として大事に想てるわ」
「弟っす」
「…はいはい」
「😠」
「キョーダイ」
「きょーだい!」
にひひひっと笑い合う2人。
「はぁ、ほんまおもろいななつみちゃんは」
頬杖をついてまじまじ見て思う。
「三番隊から出てけって、まだ思ってます?」
「思てへん。最初から思てへんよ。ただボクは、キミを幸せにしてあげる自信が無いねん。せやから、キミから逃げようとしてたんかな。ごめん」
「勝手に幸せになってやりますから、近くにいさせてください。心配ご無用っすよ。ちょっと良いですか?」なつみは市丸の両手を包んで優しく握り、胸の前に持ち上げた。「恋人にはかっこいいところしか見せたくないのが男のサガっすよね。でも家族の前では弱音を吐いても良いんじゃないですか?ぼくを信じてください。隊長がぼくに飽きるまでずっとそばにいて、隊長の助けになりますから。だから、一緒にいさせてください。お願いします」
そう言ってなつみは、自らのおでこを握っている市丸の手にくっつけた。
「なつみちゃんのお願い叶えたろ。ボクもずっとキミとおりたい。大好きや」市丸はなつみの頭のてっぺんにキスをした。「こないにかわいらしい妹、ボクにはもったいないけどね」
「弟っす」
「はいはい」
手を下ろす。
「なぁ、なつみちゃん、もっかいぎゅってしてええ?」
「はい!もちろんです!」
なつみは立ち上がって、部屋の広いところにトントントンと行き、両腕を大きく横に広げた。
「どうぞ!」
「わーい😊」
市丸がなつみの前まで移動し、その小さな体を抱きしめた。
「なつみちゃん、柔らかくてあったかいわ。落ち着く」
「ぼく、本で読んだことあります!ハグはストレス解消に効果的って。こんなことで隊長のためになるなら、いくらでもハグハグしますよ!むぎゅー」
「ありがとう」
こうして、市丸の心配事はひとつ解決へ導かれた。なつみは三番隊で、変わらず元気に死神として活動する。他にも気になることはいくつもあるが、とりあえずこのまま、いつも通りの日々を過ごしていこう。京楽の言う通り、なつみの前ではどんな問題も収まるところに収まってしまいそうだから。市丸の好意をはっきりと定義できたように。
(大丈夫な気、してきたわ)
なつみの頭を撫でてやった。
すると。
ぎゅるる〜…
「わかった。離れるわ。もー、なつみちゃんの体は正直やなー」
「だって、そりゃ、お腹空きますよ‼︎///」
「ごめんごめん。ほな、帰ろか、なつみちゃん」
「はい!」
部屋の明かりを消して、プレートを「お留守」に変えて、ようやく長い1日が終わろうとしていた。
「市丸隊長、兄弟盃やりましょう!」
「お酒飲めへん子が何言うてんの」
「明日休みなんで、二日酔いしたって良いんすよ!」
「もー、しゃーないなぁ。こないだ行った店でええ?」
「はい!やった😆」
ここに新たなカップル、もとい、兄弟が誕生した。
「ぼく、お酒飲んだことないんですよね。酔っ払うと大暴れしちゃったりして😏」
「全く…、お兄ちゃんがお酒の飲み方教えたるわ」