第十章
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京楽の指示通り、市丸は極秘に四番隊舎で安置されていた。
「返しますね、なつみ」
卯ノ花はマントを丁寧に畳んで、なつみに返してくれた。受け取って、改めて思う。
「血が染みちゃいましたね」
「あなたの術に影響があるといけないので、こちらでは洗いませんでした」
「……、そうですね。自分で洗います。市丸隊長のこと、ありがとうございます」
「後日、松本副隊長がお墓を立てるつもりだそうですよ、あなたのお兄さんのために」
柔らかく、卯ノ花は微笑んだ。なつみは軽く驚いたが、すぐにニコリとした。
「ぼくも手伝います❗️」
そんな風に気丈に振る舞うなつみを見て、空元気に違いないと京楽は思っていたが、慰めようと自宅に誘うことは躊躇われた。
「ぼく…、今日は美沙ちゃんのとこに帰りたいです」
「うん…。自分のお布団で、ゆっくりおやすみ」
「ごめんなさい。明日は、春水さんのところに」
きゅぅと抱きついてくれた。だから、それには抱きしめ返してあげられた。
「無理しなくて良いよ。ボクは待てるから」
綺麗に汚れを洗い流し、すっかり乾いたマントを夜風になびかせて、なつみは美沙と住んでいた我が家の屋根の上に上がっていた。
「帰ってきたんだ…」
やるべきことを一通り片付けて、ふっと一息つけた。
空には月が昇る。吹く風の中に、懐かしい人たちの気配がする。彼ら以外。
「藍染隊長、どうしたんだろう」
なつみの隣に、同じようにちょこんと座るムッちゃんが答える。
「まだあの場所だろう。四十六室が開かれるまでな。普通の牢では間に合わないから、仕方ないだろう」
「…」
手に顎を付けて、黙り込むなつみ。
「可哀想などと思うな。奴は尸魂界自体を敵に回したんだ。計画が破綻すれば、こうなることはわかりきっていた」
「わかってたなら、止められたじゃん…。全部」
ころんと後ろに寝転び、両手を頭の後ろにやる。
「そう言うならば、お前は、どこまで遡って間違いを指摘すれば、この現実を変え、お前の理想を叶えられると思う」
顎をちょっと引いて、横目でムッちゃんを見た。すぐに視線を空へ上げる。
「…わかんないよ」
下唇を内側で噛んだ。ムッちゃんには、なつみが自分にイラッときたのがわかっている。
「時間をかけて答えを導くと良い。何をするのも、お前の自由だからな、なつみ。市丸は、真の幸せを見つけられたようだし、焦ることはないだろう」
「え……」
なつみは何かを知っている口振りのムッちゃんに驚き、片方の肘をついて、パッと身体を起こした。
「顔を見ればわかる。そうだろ」
なんだ、そういうことかと、なつみは体勢を戻した。
「…、隊長、笑ってた」
「あいつはいつも笑っていた」
「鏡花水月を見ないようにね」
「そうじゃない。お前を見ているときの話だ」
そんな話になるものだから、なつみの目には、夜空に市丸の顔が浮かんで見えてきてしまった。
「隊長のバカ。絶対、なんとかできたのにッ」
あっという間に潤む瞳。
「『なんとか』な…。それでは、あいつの望みに負けてもしょうがないぞ」また知った風に言う。「市丸は、お前たちに会いたかったんだ。最も望ましい悲しみを迎えられるように」
もう流れてしまい、なつみは両目に手の甲を当てた。
「わかんないよッ…。ぼくだって、会いたいよ!市丸隊長!隊長!会いたいよーッ!」足をバタつかせて、声を上げた。「えぇーんっ‼︎」
ムッちゃんはそばにいてくれる。
「感情を表に出すことが大事。藍染は、良いことを教えてくれたな」
なつみには聞こえていない。
「悲しんでもらえることも、幸せのカタチだな。市丸は幸せだった」
これは聞こえた。
「ぼくは幸せなんかじゃないよ!市丸隊長も、東仙隊長も、破面のみんなも、いなくなっちゃった。生きてて欲しかったのに!みんな、良い人たちばっかりなのに‼︎」
「仕方ないんだ。戦争というものだからな」
「そんなことないよ‼︎‼︎」
「ならば、彼らを殺した者たちが悪いか?」
「それも違う‼︎みんながッ、良い人なの‼︎」
「なのに殺し合った。勝った方が正義。それがこの世界だ。死を迎えた者の姿が見えなくなるのも、現実。生き残れた者、特にお前のように、間で苦しめられた者や、争いが間違っていると思えた者が、戦いの後、火種となった真の原因を知り、どう未来を選ぶのか。正義と悪を決めたところで、時間は進められない。受け入れられないことを否定し続けても進まない。未来はいつもその先にある。そして、お前はそこにいかなければならない。それが彼らの望みだがらだ。なつみが彼らを想い、彼らの望んだ幸せな未来へ進んでいくことが、何よりの弔いになる。これからなんだ」
泣いて泣いて泣いているなつみに、ムッちゃんのスピーチは届いていただろうか。
「聞いてないな💧」
ムッちゃんは立ち上がり、左手を腰に、右手の人差し指を立てて、斜め上でクイクイ振った。
「任せておけ☝️」
私を誰だと思っている。なつみの相棒だぞと。
充分泣けたなつみに、ムッちゃんは魔法をかけた。
「歌え、なつみ。元気になる」
えんえん発していた口は、急に自由を奪われ、意思とは違う動きをし始める。曲は、倍賞千恵子『世界の約束』だった。原曲よりもゆっくりと、とつとつと歌い出す。
涙の奥にゆらぐほほえみは
時の始めからの世界の約束
いまは一人でも二人の昨日から
今日は生まれきらめく
初めて会った日のように
思い出のうちにあなたはいない
そよかぜとなって頬に触れてくる
木漏れ日の午後の別れのあとも
決して終わらない世界の約束
いまは一人でも明日は限りない
あなたが教えてくれた
夜にひそむやさしさ
思い出のうちにあなたはいない
せせらぎの歌にこの空の色に
花の香りにいつまでも生きて
ムッちゃんに慰めてもらっても、なつみはまた泣いてしまった。たくさんの思い出があったかく込み上げては巡り、そして市丸のいない世界を目にする。泣かずにはいられない。
「ンー…」
困ったムッちゃんは、鼻水がちゃんと流れて、苦しくならないようにと、なつみの背中を押して、起こしてあげた。
「明日、市丸の手紙を最後まで読んでやろう。これだけ泣いたんだ。涙が枯れているうちに読めば、あいつの言葉がしっかり受け止められるはずだからな」
まだまだ泣く。まるでひとりでいるように。
そうしていたら、不思議な一陣の風が吹いてきた。なつみの脇の下を通り、背中を下から上へ昇り、マントを巻き上げて、なつみの頭にすっぽり被せた。
「なにゃッ‼︎⁉︎」
驚いた途端、次の風が吹く。…?
わしゃわしゃわしゃわしゃーっ‼︎
風に吹かれて押されて、マントがなつみの髪の毛をワシャワシャ撫で、ついでに目とほっぺにも触り、涙を拭き取った。
「うぐッ‼︎」
仕上げと言わんばかりに、おでこをツンと突かれて、後ろに押されてしまった。これは?
「 」
「んんんんんッ」
泣くことを許してもらえなくて、なつみは口をへの字にして星に願いをかけた。
「市丸隊長とぼくは、また会えるもん!それまで、ぼく、もっと凄くなって、隊長に褒めてもらうんだから!」
バッと立ち上がり、近所迷惑をする。
「見てろよ、お兄ぃちゃぁーんッ‼️‼️‼️」
翌朝、マユリから伝令神機に連絡があった。
「虚圏に⁉️是非❗️ついてきます❗️」
それからイヅルに手を合わせて拝んで、マユリと虚圏に出かける許可をもらいに行った。
虚圏にて、なつみはスタークとリリネットに再会した。
「リリネットちゃぁーんッ‼️‼️😭」
「なつみーッ‼️‼️」
ドカンッ、ガシッと熱く抱き合うふたり。
「「ぅわあぁぁーんッ‼️‼️」」
それを数歩離れたところから、スタークは見ていた。
「うるせぇよ」
まだ完治はしておらず、嬉しさで感情が動いたとき、ピキッと胸が痛んだように見えた。
「スタークさん」
リリネットから離れて、スタークのもとへ駆けていった。
「なつみ」
激しくはないが、リリネットと同じくらい熱い気持ちで彼に抱きついた。
「会いたかったよ」
「俺もだ」
なつみは正面から右にずれて、リリネットに来てと手招きした。微笑んで。
「やった」
きゅっとスタークに抱きつくなつみとリリネット。
「あたしたち3人、また揃ったね」
2人の頭をぽんぽん撫でると、スタークは満足そうに笑った。
「ああ。良かった」
スタークとリリネットのあたたかさが嬉しい。なつみの目頭が熱くなった。力を込めてくっついていくなつみに、スタークは寄り添ってくれる。
「辛い思いをさせて、悪かった」
「っ……」
「みんなのこと、助けてくれて、ありがとな」
「ありがと、なつみ」
リリネットはほっぺに、スタークは頭の上に、感謝の気持ちを込めてキスをしてくれた。
「お前のおかげで、みんな、心がいっぱいだ」
戦いから10日後のこと。一番隊舎で轟く元柳斎のお説教。
「ぶわっかもん‼︎‼︎」
青が澄んだ綺麗な空の下、良い年した3人の隊長が整列させられている。更木、白哉、そして京楽。
「隊長羽織を無くしたじゃと⁉︎破れたならともかく、無くしたとは何事じゃ‼︎それでよくおぬしら平気な顔をしておるな‼︎心配になるわい‼︎」
そんなに声を張らずとも、聞こえております、と白哉。
「…総隊長、心配めされるな。安物の羽織程度、私が建て替えておく故…」
「そういう心配をしとるんじゃないわ!それに安物でもないわ、馬鹿者‼︎」
それは存じ上げず。
「よいか‼︎戦いというものは、勝てば良いと言うものでは無い‼︎おぬしらは一体、隊長羽織を何じゃと思うとるんじゃ‼︎」
「邪魔😒」
「安物😒」
「お洒落?😆」
「💢」
テンポよく決まった。
「馬鹿もん共がっ‼︎!」
外の廊下では、そのお説教に耳を傾けている者たちがいた。浮竹、仙太郎、清音、という十三番隊がお揃いで。
「お元気そうっすね…総隊長」
「ああ。戦いから十日か…。左腕は失くされたが、体力は戻られたようで、安心したよ。あの人の代わりをつとめられる死神は、まだ尸魂界にはいないからな…」
浮竹は、安堵とも情けなさとも取れる表情で微笑んだ。
「こんにちは」
そこに1人加わった。
「木之本。お前もここ座るか?」
床をぽんぽん叩いて、浮竹がなつみを誘った。しかし。
「いえ、お構いなく。もうすぐ、終わります、よね?たぶん」
お説教の声がする方を見ながら、なつみは手を後ろで組んで、つま先立ちをすると、とんと踵を下ろした。
「これから、どうなるんだろうな」
浮竹がそう言うので、なつみは彼に視線を合わせた。
「三番隊に残してもらえると良いな。それとも、八番隊に移るつもりか?」
問われたが、なつみはただ静かに、目を伏せただけだった。
「そうだな…。総隊長の考えが、お前の意思に沿うよう、祈っていよう」
なつみは頭を下げた。
「ありがとうございます」
ぞろぞろと、羽織紛失3人組が退室してきた。
「お疲れ様でしたね🤭」
「なつみちゃぁん」
人目も憚らず、京楽がふんわりとなつみに抱きついた。
「///💦」
腕の中で困って固まる。
「山じいったら、ガミガミうるさいんだよ〜。ボクを慰めて〜、なつみちゃぁ〜ん」
気の利いた言葉は思いつかなかったので、とりあえずなつみは、京楽の頭に手を伸ばして撫でてあげた。
「ありがとう😚」
やれやれと、更木と白哉が横を通り過ぎて、それぞれの隊舎に帰っていった。
「京楽、木之本を放してやれ。これから、元柳斎先生と大事な話をするんだからな」
「わかってるよ」
と言っても、京楽は身体を起こすだけで、なつみを放さなかった。
「なつみちゃん」
なつみは瞬きをして、京楽を見上げた。
「キミは自由だ。そんなキミを、これからもボクは見ていたいよ」
ほっぺをぷにと摘んで、可愛がる。
「これからだって、春水さんを想ってます」
恥ずかしくて、京楽にしか届かない声で。
「ふふっ、ボクも。なつみちゃんを想うよ」
抱き合うふたりの決断が、運命の方角を示す。
お説教で酷使した喉を、お茶で潤す元柳斎のもとに、なつみは近づいていった。
「ご苦労様です、総隊長」
湯呑みをことりと床に置く。
「春水に言うておけ。今度やったら、拳骨じゃとな」
外の景色がよく見える床張りの上に、元柳斎と並んで腰掛けるなつみ。
「了解です。ふふふっ」
「お前が言う方が聞くじゃろう」
「そうですかね。一緒じゃないですか?」
「全く…。いつまでも童じゃ」
軽く下を向いて笑っていると、風がふっと吹き抜けた。元柳斎の左袖がはたとなびく。
「腕、治されないんですか」
「うむ……」
治せないわけではない。織姫にも、なつみにも、卯ノ花にも、頼めばできることだった。だが、そうしない理由があるのだろう。
「もっと、できることがあったと思うか…」
元柳斎の視線は遠く空を見ている。
「思うなら、既にやっておるか」
自分に対して、そしてなつみに対してともとれる言い方だった。
「いつでもおっしゃってくださいね。お助けしますから」
そう言ったなつみに視線を移し、静かにその子の頭に手を乗せた。
「お前も、変わらんな、なつみ。いつも思いやりに満ちておる。誰に対してもじゃ」
撫でてもらっている手の下で、なつみも元柳斎の優しさを感じていた。
「みんなのこと、好きですから」
少し、憂いも帯びた微笑みをふっと一瞬溢し、元柳斎は手を膝に下ろした。
「本題に移るかの」
「はい」
正座をしたまま、すっと左に回って座り直し、元柳斎を正面に見た。
元柳斎もなつみと向き合う。
「三番隊、第二十席、木之本なつみ。お前に辞令を言い渡す」
膝の上に拳を握り締め、背筋を伸ばす。
「一番隊への異動を命ずる」
「!」
意外な展開に、思わず言葉を失って、口と目がぽかっと開いてしまった。
「席官には就かせてやれん。済まんの」
「いえっ」
我に帰ったように、さっと頭を下げた。
「三番隊に残してやることも、八番隊にやることも考えたが、周りの視線が気になると思うての。儂のもとにおれば、皆も文句を言うまい」
顔を上げるも、なつみは口をへの字にする。
「藍染のそばにおってしまった。ただそれだけなんじゃがな。お前を信じきれぬ者も、中にはおる」
「ぼ、ぼく…」
なつみが発するとすぐに、元柳斎は頷いた。
「異動して早々にはなるが、単独で長期の任務に当たらせるつもりじゃよ」
三角に開くなつみの口は、元柳斎の細くなった眼差しを見て、にっこり横に広がった。
「虚圏の虚夜宮にて、破面たちと共に生活し、尸魂界との間で再び争いが起こらぬよう、彼らを導いてくれんかの。お前にしか頼めん大役じゃ。やってくれるな、なつみ」
鼻から大きく息を吸って、キラキラした目でなつみは元気に返事をした。
「はいッ‼️」
(ってことなんで、ぼく、あっちに行くことになったんです。たまには遊びに帰ってくるつもりですけど、そのときしかおしゃべりできませんよ)
そう心の中で呟くなつみは、新しく配属された一番隊舎の屋根の上に座っていた。時間は夜。とても静かな暗がりだ。
(そうか。寂しいけど、我慢しよう。君以外が赴任したら、私たちが築いた城をめちゃくちゃにされてしまうかもしれないからね。行っておいで)
それを知ったのは、ついさっきのこと。
(なつみ…)
元柳斎との話を終え、三番隊舎へ行こうと廊下を歩いていたとき、微かな声で名前を呼ばれた。
「ん❓」
驚いて、ピタリと足が止まるなつみ。
「どうした」
振り向く雀部。
「今、呼びました❓」
「いや?私は何も言っていないぞ」
「空耳❓🤔」
ふーんと首を傾げながらも、再び歩き出すが。
(気のせいではないよ。私だ)
「👀⁉️」
びっくりしすぎて声が出ない。足は動き続ける。無視したいから。
(それが良い。また戻っておいで。ふたりきりで話そう)
(なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで⁉️ムシムシムシムシムシムシムシムシ‼️‼️💦💨)
投獄されたと聞く藍染の声が響いてきたのだ。しかも自分にしか聞こえていないらしい。どんなトリックを使ったのかは聞いておきたく、なつみはこっそり夜な夜な戻ってきたというわけ。
(まさか、そんな前から仕掛けられていたなんて…💧)
こわっ!と思うトリックだった。
(ザエルアポロは優秀な科学者だ。うまくいくと信じていたよ)
藍染様の言うことにゃ。
(天挺空羅を少し捻ればできる)
とのこと。
(回線を私となつみの間だけに繋いだんだ)
それは。
(君がうさぎになって、眠ってしまっていたときに、手早く施しておいたよ)
何故、こんなことを。
(計画が失敗すれば、要とギンを必ず失うとわかっていた。だが君は、結果がどうなろうと生き残り、連中にとって手に余る私も殺されやしないと思っていた。退屈しのぎに、ふたりでお喋りでもしよう。君を出し抜いて、どうこうしようだなんて思っていないから、安心してくれないかな)
なつみはウゲェ…と顔を歪めた。
(2万年も独りで、こうしていなければならないんだよ。どうかしてしまうよ……)
ちったぁ反省しろっつーの、と思った。
(聞こえているよ😌)
「😩」
(君の導きがあれば、更生できるかも)
「😑」
(尸魂界は私を閉じ込めることしか考えなかった。これで解決したと思っている。だが、君はそうは思わないだろう。不都合の抹消を選択した進路の先に、本当の平和があるなんて、君は思わない。私を救わなければ、気が済まないんじゃないかな。それが私の知るなつみだ)
「😮💨」
立てた膝の上に腕を伸ばして置き、その間にガックリと頭を垂らす。
「長い独り言だなぁ〜」
(顔も見られるようにしておけば良かった…)
「髭ボーボーになってしまえ‼️‼️」
そして元柳斎と話した内容を報告して、そろそろお暇しようかと立ち上がった。
(じゃ、帰りますから)
(ああ。明日には発つんだね)
(そうっす)
(みんなに宜しく)
(ハリベルさんには嫌われてますよ)
(わかっている。謝りに行けるものなら、行きたいよ)
(ケッ)
(済まなかった、なつみ)
嘘八百の男から出た言葉に、なつみは目を閉じた。
(ザエルアポロたちの昇華をしに過去に飛んだら、また報告します)
マユリはブースカ文句を呟いていた。貴重な検体として、破面の遺体を技術開発局に持ち帰ろうと考えていたのに、あの日倒れた十刃たちの身体が、全て消えていたから。東仙も含め。自分が彼らの最期を見届けていたんだと、今のなつみには想像ができた。周りの理解と協力を得られ次第、すぐに戻ると決めていた。
(君のようにやり直せたらな…)
(言っときますけど、ぼくのはやり直しじゃなくて、前進するためにやるんですよ)
(そうか。それは軽率なことを言ってしまったね)
こんこんと、右足のつま先で屋根を蹴ってなつみは最後の言葉を残した。
(あなたがしたことは絶対に間違ってると思います。でも)
ふっと鼻先を空に向ける。
(あなたの勇気を、尊敬します、藍染隊長)
藍染には、なつみの足音が聞こえなかった。心の声の届かない先に行ってしまったかどうか、いつもなら確かめただろうに。この時藍染の配慮は、感情に先を越され、はるか昔に零して以来のあたたかさが頬を伝った。
(おやすみ…、なつみ)
なつみが向かったのは京楽の家。もうなつみの異動は知らされているはずだが、直接伝えなければ。
「春水さん、またしばらく会えなくなります」
「んー…、そうかな」
久しぶりに乗っかる、おっきなベッドの上。
「こっそり抜けてくるつもりですか」
「理由は何だって良いだろう?」
「怒られますよ」
「構わないよ」
肩をすくめる。
「キミと会えて」
なつみを抱き寄せる。
「こうしてくっついて、キミの照れた顔が見れるなら」
赤く染まった小さな耳元に囁く。
「何にも怖くないよ」
身体を離して、ウインクをする。
「山じいも、七緒ちゃんもね」
なつみはクスッと笑って、京楽の首に跳んで抱きついた。
「悪い人っ」
「フフッ」
京楽は思い出して笑った。
「仕方ないだろ。ボクは『きょーあくちゅんちゅん』なんだから」
「もーっ。いつまでぶり返すつもりですか❗️」
「ずっとだよ」
なつみの後ろ髪を包むように右手を置いて、京楽は声色を少し変えた。手からこぼれ落ち、壊してしまうのを心配しているように。
「無理してるなら、ボクはしないよ。このままでも、幸せだからね」
その答えに、なつみは首を振った。
「嘘つき…。ぼくは我慢の限界ですよ」
小さな声だったが、京楽の心を掴むには充分だった。頭をすぐに動かして、彼女の唇を奪いにいきたかった。
「ッ…」
いきたかったのだが、できなかった。
「プッ、ククククク…」
気付くと笑いが込み上げてきた。
「そんなに恥ずかしがるなら、言わなきゃいいのに」
なつみは自分の大胆な発言に後悔して、それはもう力強く京楽にしがみついていたのだ。焦った冷や汗がぴょぴょぴょぴょっと出ているのが見えそうなほど。
京楽の欲情に、優しい愛情が追いついて、なつみに回す手を腰のところまで下ろした。
「良かった、なつみちゃんが変わってなくて」
「///💦💦💦」
固まるなつみに、にこりと目を細める。
「おかえり、なつみちゃん」
そしてそっと心の中で呟く。
(ボクのところに)
とは言え京楽も相変わらず。だから、悪戯な愛撫でなつみを突いて、やっと戻ったふたりの夜をリードした。
「チュッ。なつみちゃんのほっぺ、だぁい好き😚❤️」
「んんんんーッ💓💦」
「返しますね、なつみ」
卯ノ花はマントを丁寧に畳んで、なつみに返してくれた。受け取って、改めて思う。
「血が染みちゃいましたね」
「あなたの術に影響があるといけないので、こちらでは洗いませんでした」
「……、そうですね。自分で洗います。市丸隊長のこと、ありがとうございます」
「後日、松本副隊長がお墓を立てるつもりだそうですよ、あなたのお兄さんのために」
柔らかく、卯ノ花は微笑んだ。なつみは軽く驚いたが、すぐにニコリとした。
「ぼくも手伝います❗️」
そんな風に気丈に振る舞うなつみを見て、空元気に違いないと京楽は思っていたが、慰めようと自宅に誘うことは躊躇われた。
「ぼく…、今日は美沙ちゃんのとこに帰りたいです」
「うん…。自分のお布団で、ゆっくりおやすみ」
「ごめんなさい。明日は、春水さんのところに」
きゅぅと抱きついてくれた。だから、それには抱きしめ返してあげられた。
「無理しなくて良いよ。ボクは待てるから」
綺麗に汚れを洗い流し、すっかり乾いたマントを夜風になびかせて、なつみは美沙と住んでいた我が家の屋根の上に上がっていた。
「帰ってきたんだ…」
やるべきことを一通り片付けて、ふっと一息つけた。
空には月が昇る。吹く風の中に、懐かしい人たちの気配がする。彼ら以外。
「藍染隊長、どうしたんだろう」
なつみの隣に、同じようにちょこんと座るムッちゃんが答える。
「まだあの場所だろう。四十六室が開かれるまでな。普通の牢では間に合わないから、仕方ないだろう」
「…」
手に顎を付けて、黙り込むなつみ。
「可哀想などと思うな。奴は尸魂界自体を敵に回したんだ。計画が破綻すれば、こうなることはわかりきっていた」
「わかってたなら、止められたじゃん…。全部」
ころんと後ろに寝転び、両手を頭の後ろにやる。
「そう言うならば、お前は、どこまで遡って間違いを指摘すれば、この現実を変え、お前の理想を叶えられると思う」
顎をちょっと引いて、横目でムッちゃんを見た。すぐに視線を空へ上げる。
「…わかんないよ」
下唇を内側で噛んだ。ムッちゃんには、なつみが自分にイラッときたのがわかっている。
「時間をかけて答えを導くと良い。何をするのも、お前の自由だからな、なつみ。市丸は、真の幸せを見つけられたようだし、焦ることはないだろう」
「え……」
なつみは何かを知っている口振りのムッちゃんに驚き、片方の肘をついて、パッと身体を起こした。
「顔を見ればわかる。そうだろ」
なんだ、そういうことかと、なつみは体勢を戻した。
「…、隊長、笑ってた」
「あいつはいつも笑っていた」
「鏡花水月を見ないようにね」
「そうじゃない。お前を見ているときの話だ」
そんな話になるものだから、なつみの目には、夜空に市丸の顔が浮かんで見えてきてしまった。
「隊長のバカ。絶対、なんとかできたのにッ」
あっという間に潤む瞳。
「『なんとか』な…。それでは、あいつの望みに負けてもしょうがないぞ」また知った風に言う。「市丸は、お前たちに会いたかったんだ。最も望ましい悲しみを迎えられるように」
もう流れてしまい、なつみは両目に手の甲を当てた。
「わかんないよッ…。ぼくだって、会いたいよ!市丸隊長!隊長!会いたいよーッ!」足をバタつかせて、声を上げた。「えぇーんっ‼︎」
ムッちゃんはそばにいてくれる。
「感情を表に出すことが大事。藍染は、良いことを教えてくれたな」
なつみには聞こえていない。
「悲しんでもらえることも、幸せのカタチだな。市丸は幸せだった」
これは聞こえた。
「ぼくは幸せなんかじゃないよ!市丸隊長も、東仙隊長も、破面のみんなも、いなくなっちゃった。生きてて欲しかったのに!みんな、良い人たちばっかりなのに‼︎」
「仕方ないんだ。戦争というものだからな」
「そんなことないよ‼︎‼︎」
「ならば、彼らを殺した者たちが悪いか?」
「それも違う‼︎みんながッ、良い人なの‼︎」
「なのに殺し合った。勝った方が正義。それがこの世界だ。死を迎えた者の姿が見えなくなるのも、現実。生き残れた者、特にお前のように、間で苦しめられた者や、争いが間違っていると思えた者が、戦いの後、火種となった真の原因を知り、どう未来を選ぶのか。正義と悪を決めたところで、時間は進められない。受け入れられないことを否定し続けても進まない。未来はいつもその先にある。そして、お前はそこにいかなければならない。それが彼らの望みだがらだ。なつみが彼らを想い、彼らの望んだ幸せな未来へ進んでいくことが、何よりの弔いになる。これからなんだ」
泣いて泣いて泣いているなつみに、ムッちゃんのスピーチは届いていただろうか。
「聞いてないな💧」
ムッちゃんは立ち上がり、左手を腰に、右手の人差し指を立てて、斜め上でクイクイ振った。
「任せておけ☝️」
私を誰だと思っている。なつみの相棒だぞと。
充分泣けたなつみに、ムッちゃんは魔法をかけた。
「歌え、なつみ。元気になる」
えんえん発していた口は、急に自由を奪われ、意思とは違う動きをし始める。曲は、倍賞千恵子『世界の約束』だった。原曲よりもゆっくりと、とつとつと歌い出す。
涙の奥にゆらぐほほえみは
時の始めからの世界の約束
いまは一人でも二人の昨日から
今日は生まれきらめく
初めて会った日のように
思い出のうちにあなたはいない
そよかぜとなって頬に触れてくる
木漏れ日の午後の別れのあとも
決して終わらない世界の約束
いまは一人でも明日は限りない
あなたが教えてくれた
夜にひそむやさしさ
思い出のうちにあなたはいない
せせらぎの歌にこの空の色に
花の香りにいつまでも生きて
ムッちゃんに慰めてもらっても、なつみはまた泣いてしまった。たくさんの思い出があったかく込み上げては巡り、そして市丸のいない世界を目にする。泣かずにはいられない。
「ンー…」
困ったムッちゃんは、鼻水がちゃんと流れて、苦しくならないようにと、なつみの背中を押して、起こしてあげた。
「明日、市丸の手紙を最後まで読んでやろう。これだけ泣いたんだ。涙が枯れているうちに読めば、あいつの言葉がしっかり受け止められるはずだからな」
まだまだ泣く。まるでひとりでいるように。
そうしていたら、不思議な一陣の風が吹いてきた。なつみの脇の下を通り、背中を下から上へ昇り、マントを巻き上げて、なつみの頭にすっぽり被せた。
「なにゃッ‼︎⁉︎」
驚いた途端、次の風が吹く。…?
わしゃわしゃわしゃわしゃーっ‼︎
風に吹かれて押されて、マントがなつみの髪の毛をワシャワシャ撫で、ついでに目とほっぺにも触り、涙を拭き取った。
「うぐッ‼︎」
仕上げと言わんばかりに、おでこをツンと突かれて、後ろに押されてしまった。これは?
「 」
「んんんんんッ」
泣くことを許してもらえなくて、なつみは口をへの字にして星に願いをかけた。
「市丸隊長とぼくは、また会えるもん!それまで、ぼく、もっと凄くなって、隊長に褒めてもらうんだから!」
バッと立ち上がり、近所迷惑をする。
「見てろよ、お兄ぃちゃぁーんッ‼️‼️‼️」
翌朝、マユリから伝令神機に連絡があった。
「虚圏に⁉️是非❗️ついてきます❗️」
それからイヅルに手を合わせて拝んで、マユリと虚圏に出かける許可をもらいに行った。
虚圏にて、なつみはスタークとリリネットに再会した。
「リリネットちゃぁーんッ‼️‼️😭」
「なつみーッ‼️‼️」
ドカンッ、ガシッと熱く抱き合うふたり。
「「ぅわあぁぁーんッ‼️‼️」」
それを数歩離れたところから、スタークは見ていた。
「うるせぇよ」
まだ完治はしておらず、嬉しさで感情が動いたとき、ピキッと胸が痛んだように見えた。
「スタークさん」
リリネットから離れて、スタークのもとへ駆けていった。
「なつみ」
激しくはないが、リリネットと同じくらい熱い気持ちで彼に抱きついた。
「会いたかったよ」
「俺もだ」
なつみは正面から右にずれて、リリネットに来てと手招きした。微笑んで。
「やった」
きゅっとスタークに抱きつくなつみとリリネット。
「あたしたち3人、また揃ったね」
2人の頭をぽんぽん撫でると、スタークは満足そうに笑った。
「ああ。良かった」
スタークとリリネットのあたたかさが嬉しい。なつみの目頭が熱くなった。力を込めてくっついていくなつみに、スタークは寄り添ってくれる。
「辛い思いをさせて、悪かった」
「っ……」
「みんなのこと、助けてくれて、ありがとな」
「ありがと、なつみ」
リリネットはほっぺに、スタークは頭の上に、感謝の気持ちを込めてキスをしてくれた。
「お前のおかげで、みんな、心がいっぱいだ」
戦いから10日後のこと。一番隊舎で轟く元柳斎のお説教。
「ぶわっかもん‼︎‼︎」
青が澄んだ綺麗な空の下、良い年した3人の隊長が整列させられている。更木、白哉、そして京楽。
「隊長羽織を無くしたじゃと⁉︎破れたならともかく、無くしたとは何事じゃ‼︎それでよくおぬしら平気な顔をしておるな‼︎心配になるわい‼︎」
そんなに声を張らずとも、聞こえております、と白哉。
「…総隊長、心配めされるな。安物の羽織程度、私が建て替えておく故…」
「そういう心配をしとるんじゃないわ!それに安物でもないわ、馬鹿者‼︎」
それは存じ上げず。
「よいか‼︎戦いというものは、勝てば良いと言うものでは無い‼︎おぬしらは一体、隊長羽織を何じゃと思うとるんじゃ‼︎」
「邪魔😒」
「安物😒」
「お洒落?😆」
「💢」
テンポよく決まった。
「馬鹿もん共がっ‼︎!」
外の廊下では、そのお説教に耳を傾けている者たちがいた。浮竹、仙太郎、清音、という十三番隊がお揃いで。
「お元気そうっすね…総隊長」
「ああ。戦いから十日か…。左腕は失くされたが、体力は戻られたようで、安心したよ。あの人の代わりをつとめられる死神は、まだ尸魂界にはいないからな…」
浮竹は、安堵とも情けなさとも取れる表情で微笑んだ。
「こんにちは」
そこに1人加わった。
「木之本。お前もここ座るか?」
床をぽんぽん叩いて、浮竹がなつみを誘った。しかし。
「いえ、お構いなく。もうすぐ、終わります、よね?たぶん」
お説教の声がする方を見ながら、なつみは手を後ろで組んで、つま先立ちをすると、とんと踵を下ろした。
「これから、どうなるんだろうな」
浮竹がそう言うので、なつみは彼に視線を合わせた。
「三番隊に残してもらえると良いな。それとも、八番隊に移るつもりか?」
問われたが、なつみはただ静かに、目を伏せただけだった。
「そうだな…。総隊長の考えが、お前の意思に沿うよう、祈っていよう」
なつみは頭を下げた。
「ありがとうございます」
ぞろぞろと、羽織紛失3人組が退室してきた。
「お疲れ様でしたね🤭」
「なつみちゃぁん」
人目も憚らず、京楽がふんわりとなつみに抱きついた。
「///💦」
腕の中で困って固まる。
「山じいったら、ガミガミうるさいんだよ〜。ボクを慰めて〜、なつみちゃぁ〜ん」
気の利いた言葉は思いつかなかったので、とりあえずなつみは、京楽の頭に手を伸ばして撫でてあげた。
「ありがとう😚」
やれやれと、更木と白哉が横を通り過ぎて、それぞれの隊舎に帰っていった。
「京楽、木之本を放してやれ。これから、元柳斎先生と大事な話をするんだからな」
「わかってるよ」
と言っても、京楽は身体を起こすだけで、なつみを放さなかった。
「なつみちゃん」
なつみは瞬きをして、京楽を見上げた。
「キミは自由だ。そんなキミを、これからもボクは見ていたいよ」
ほっぺをぷにと摘んで、可愛がる。
「これからだって、春水さんを想ってます」
恥ずかしくて、京楽にしか届かない声で。
「ふふっ、ボクも。なつみちゃんを想うよ」
抱き合うふたりの決断が、運命の方角を示す。
お説教で酷使した喉を、お茶で潤す元柳斎のもとに、なつみは近づいていった。
「ご苦労様です、総隊長」
湯呑みをことりと床に置く。
「春水に言うておけ。今度やったら、拳骨じゃとな」
外の景色がよく見える床張りの上に、元柳斎と並んで腰掛けるなつみ。
「了解です。ふふふっ」
「お前が言う方が聞くじゃろう」
「そうですかね。一緒じゃないですか?」
「全く…。いつまでも童じゃ」
軽く下を向いて笑っていると、風がふっと吹き抜けた。元柳斎の左袖がはたとなびく。
「腕、治されないんですか」
「うむ……」
治せないわけではない。織姫にも、なつみにも、卯ノ花にも、頼めばできることだった。だが、そうしない理由があるのだろう。
「もっと、できることがあったと思うか…」
元柳斎の視線は遠く空を見ている。
「思うなら、既にやっておるか」
自分に対して、そしてなつみに対してともとれる言い方だった。
「いつでもおっしゃってくださいね。お助けしますから」
そう言ったなつみに視線を移し、静かにその子の頭に手を乗せた。
「お前も、変わらんな、なつみ。いつも思いやりに満ちておる。誰に対してもじゃ」
撫でてもらっている手の下で、なつみも元柳斎の優しさを感じていた。
「みんなのこと、好きですから」
少し、憂いも帯びた微笑みをふっと一瞬溢し、元柳斎は手を膝に下ろした。
「本題に移るかの」
「はい」
正座をしたまま、すっと左に回って座り直し、元柳斎を正面に見た。
元柳斎もなつみと向き合う。
「三番隊、第二十席、木之本なつみ。お前に辞令を言い渡す」
膝の上に拳を握り締め、背筋を伸ばす。
「一番隊への異動を命ずる」
「!」
意外な展開に、思わず言葉を失って、口と目がぽかっと開いてしまった。
「席官には就かせてやれん。済まんの」
「いえっ」
我に帰ったように、さっと頭を下げた。
「三番隊に残してやることも、八番隊にやることも考えたが、周りの視線が気になると思うての。儂のもとにおれば、皆も文句を言うまい」
顔を上げるも、なつみは口をへの字にする。
「藍染のそばにおってしまった。ただそれだけなんじゃがな。お前を信じきれぬ者も、中にはおる」
「ぼ、ぼく…」
なつみが発するとすぐに、元柳斎は頷いた。
「異動して早々にはなるが、単独で長期の任務に当たらせるつもりじゃよ」
三角に開くなつみの口は、元柳斎の細くなった眼差しを見て、にっこり横に広がった。
「虚圏の虚夜宮にて、破面たちと共に生活し、尸魂界との間で再び争いが起こらぬよう、彼らを導いてくれんかの。お前にしか頼めん大役じゃ。やってくれるな、なつみ」
鼻から大きく息を吸って、キラキラした目でなつみは元気に返事をした。
「はいッ‼️」
(ってことなんで、ぼく、あっちに行くことになったんです。たまには遊びに帰ってくるつもりですけど、そのときしかおしゃべりできませんよ)
そう心の中で呟くなつみは、新しく配属された一番隊舎の屋根の上に座っていた。時間は夜。とても静かな暗がりだ。
(そうか。寂しいけど、我慢しよう。君以外が赴任したら、私たちが築いた城をめちゃくちゃにされてしまうかもしれないからね。行っておいで)
それを知ったのは、ついさっきのこと。
(なつみ…)
元柳斎との話を終え、三番隊舎へ行こうと廊下を歩いていたとき、微かな声で名前を呼ばれた。
「ん❓」
驚いて、ピタリと足が止まるなつみ。
「どうした」
振り向く雀部。
「今、呼びました❓」
「いや?私は何も言っていないぞ」
「空耳❓🤔」
ふーんと首を傾げながらも、再び歩き出すが。
(気のせいではないよ。私だ)
「👀⁉️」
びっくりしすぎて声が出ない。足は動き続ける。無視したいから。
(それが良い。また戻っておいで。ふたりきりで話そう)
(なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで⁉️ムシムシムシムシムシムシムシムシ‼️‼️💦💨)
投獄されたと聞く藍染の声が響いてきたのだ。しかも自分にしか聞こえていないらしい。どんなトリックを使ったのかは聞いておきたく、なつみはこっそり夜な夜な戻ってきたというわけ。
(まさか、そんな前から仕掛けられていたなんて…💧)
こわっ!と思うトリックだった。
(ザエルアポロは優秀な科学者だ。うまくいくと信じていたよ)
藍染様の言うことにゃ。
(天挺空羅を少し捻ればできる)
とのこと。
(回線を私となつみの間だけに繋いだんだ)
それは。
(君がうさぎになって、眠ってしまっていたときに、手早く施しておいたよ)
何故、こんなことを。
(計画が失敗すれば、要とギンを必ず失うとわかっていた。だが君は、結果がどうなろうと生き残り、連中にとって手に余る私も殺されやしないと思っていた。退屈しのぎに、ふたりでお喋りでもしよう。君を出し抜いて、どうこうしようだなんて思っていないから、安心してくれないかな)
なつみはウゲェ…と顔を歪めた。
(2万年も独りで、こうしていなければならないんだよ。どうかしてしまうよ……)
ちったぁ反省しろっつーの、と思った。
(聞こえているよ😌)
「😩」
(君の導きがあれば、更生できるかも)
「😑」
(尸魂界は私を閉じ込めることしか考えなかった。これで解決したと思っている。だが、君はそうは思わないだろう。不都合の抹消を選択した進路の先に、本当の平和があるなんて、君は思わない。私を救わなければ、気が済まないんじゃないかな。それが私の知るなつみだ)
「😮💨」
立てた膝の上に腕を伸ばして置き、その間にガックリと頭を垂らす。
「長い独り言だなぁ〜」
(顔も見られるようにしておけば良かった…)
「髭ボーボーになってしまえ‼️‼️」
そして元柳斎と話した内容を報告して、そろそろお暇しようかと立ち上がった。
(じゃ、帰りますから)
(ああ。明日には発つんだね)
(そうっす)
(みんなに宜しく)
(ハリベルさんには嫌われてますよ)
(わかっている。謝りに行けるものなら、行きたいよ)
(ケッ)
(済まなかった、なつみ)
嘘八百の男から出た言葉に、なつみは目を閉じた。
(ザエルアポロたちの昇華をしに過去に飛んだら、また報告します)
マユリはブースカ文句を呟いていた。貴重な検体として、破面の遺体を技術開発局に持ち帰ろうと考えていたのに、あの日倒れた十刃たちの身体が、全て消えていたから。東仙も含め。自分が彼らの最期を見届けていたんだと、今のなつみには想像ができた。周りの理解と協力を得られ次第、すぐに戻ると決めていた。
(君のようにやり直せたらな…)
(言っときますけど、ぼくのはやり直しじゃなくて、前進するためにやるんですよ)
(そうか。それは軽率なことを言ってしまったね)
こんこんと、右足のつま先で屋根を蹴ってなつみは最後の言葉を残した。
(あなたがしたことは絶対に間違ってると思います。でも)
ふっと鼻先を空に向ける。
(あなたの勇気を、尊敬します、藍染隊長)
藍染には、なつみの足音が聞こえなかった。心の声の届かない先に行ってしまったかどうか、いつもなら確かめただろうに。この時藍染の配慮は、感情に先を越され、はるか昔に零して以来のあたたかさが頬を伝った。
(おやすみ…、なつみ)
なつみが向かったのは京楽の家。もうなつみの異動は知らされているはずだが、直接伝えなければ。
「春水さん、またしばらく会えなくなります」
「んー…、そうかな」
久しぶりに乗っかる、おっきなベッドの上。
「こっそり抜けてくるつもりですか」
「理由は何だって良いだろう?」
「怒られますよ」
「構わないよ」
肩をすくめる。
「キミと会えて」
なつみを抱き寄せる。
「こうしてくっついて、キミの照れた顔が見れるなら」
赤く染まった小さな耳元に囁く。
「何にも怖くないよ」
身体を離して、ウインクをする。
「山じいも、七緒ちゃんもね」
なつみはクスッと笑って、京楽の首に跳んで抱きついた。
「悪い人っ」
「フフッ」
京楽は思い出して笑った。
「仕方ないだろ。ボクは『きょーあくちゅんちゅん』なんだから」
「もーっ。いつまでぶり返すつもりですか❗️」
「ずっとだよ」
なつみの後ろ髪を包むように右手を置いて、京楽は声色を少し変えた。手からこぼれ落ち、壊してしまうのを心配しているように。
「無理してるなら、ボクはしないよ。このままでも、幸せだからね」
その答えに、なつみは首を振った。
「嘘つき…。ぼくは我慢の限界ですよ」
小さな声だったが、京楽の心を掴むには充分だった。頭をすぐに動かして、彼女の唇を奪いにいきたかった。
「ッ…」
いきたかったのだが、できなかった。
「プッ、ククククク…」
気付くと笑いが込み上げてきた。
「そんなに恥ずかしがるなら、言わなきゃいいのに」
なつみは自分の大胆な発言に後悔して、それはもう力強く京楽にしがみついていたのだ。焦った冷や汗がぴょぴょぴょぴょっと出ているのが見えそうなほど。
京楽の欲情に、優しい愛情が追いついて、なつみに回す手を腰のところまで下ろした。
「良かった、なつみちゃんが変わってなくて」
「///💦💦💦」
固まるなつみに、にこりと目を細める。
「おかえり、なつみちゃん」
そしてそっと心の中で呟く。
(ボクのところに)
とは言え京楽も相変わらず。だから、悪戯な愛撫でなつみを突いて、やっと戻ったふたりの夜をリードした。
「チュッ。なつみちゃんのほっぺ、だぁい好き😚❤️」
「んんんんーッ💓💦」
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