第十章
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断界を走行中、なつみはサンタに乗せられたまま、李空による這縄で手と腹を結ばれ、拘束されていた。脚は自由にジタバタ。
「放せー❗️」
「ダメだ」
「ケチッ❗️」
「だったら何だ。あんまうるせぇと、口も縛るぞ」
「やだーッ❗️」
無視してうるさくする。今、大人しく、尸魂界に帰るわけにはいかないのだ。
「戻ってよ❗️戦いを止めなきゃ❗️」
「戦いなら、すぐに終わる。仕留めるのは、あと2人だけだからな」
癇に障る言い方に、かなりムカついた。
「それがダメって言ってんの❗️処刑なんて、間違ってる❗️」
ムカつくのは李空も同じ。
「間違ったことしてきたのは、アイツらの方なんだよ‼︎‼︎100年以上かけて、何人殺してきたと思ってんだ‼︎‼︎お前に優しくするからってだけで、善人扱いするな‼︎‼︎アイツらのせいで、瀞霊廷はめちゃくちゃにされたんだぞ‼︎‼︎」
李空に怒鳴られても、見てきたものとまるで違う世界にいるようで、なつみは心の中で否定し続けた。
「お前は何も知らねぇ。だからこうして無事に帰れんだ」
尸魂界にはまだ帰れない。なのにこのままでは帰れてしまう。なつみは俯いて、とにかく静かに変化を待ちつつ、考えることにした。
大事にしているが故か、彼らは怖いことは何も教えず、平和な一面だけを見せて、重大なことからなつみを遠ざけてきた。そのせいで、何も知らず、目の前で繰り広げられる争いに飛び込んでも、目障りとされて、追い出されてしまった。何も知らないせいで、蚊帳の外に出されてしまうのだ。戦うこと自体を否定することしかできないから。辞めさせるには、戦う本当の理由を知らなければならないのだろう。
「ねぇ、教えて」
だったら、教えてもらおう。そしてもう一度戻って、止めに行こう。
「春水さんにあげたストールを、どうしてサンタがしてるの」
手がかりは必ずある。遠回りでも、確実に変化を辿れるように、まずはここから。
自分のことは自分でわかる。隊長と慕っていたあの3人の正体を知った上で、未来から来た自分は、彼らのことを悪く言わなかった。自分に頼んできたのは戦いを止めることであって、3人をやっつけることではなかった。待ってみたが、助けに来る気配は無い。李空に捕まったのに放ったらかしにされているのは、この状況を狙っていたからなのだろう。どうしても、見つけなければいけない事実がどこかにある。
(信じる。見てきたことの中にある本当を)
瀞霊廷の見張りを命じられていた6人だが、沖牙や七緒ら、上官たちから許しを得て、李空とサンタがなつみを連れてやって来るだろう穿界門の前で待っていた。技術開発局の報告により、なつみが空座町のレプリカ上空に現れたことを知らされていたため、そろそろだと、みんな緊張していた。
そして、サンタの頭から境界を越えてきて、なつみと李空も現れた。現れた途端、なつみが自ら落馬ならぬ落牛する。ドテッ。
「ふべッ」
「なつみ‼︎」「木之本‼︎」
「何してんだ、アホ」
「モ💦」
うつ伏せで倒れるなつみに、みんな駆け寄った。
「李空❗️これ解け❗️」
「やだ」
美沙がなつみの前でしゃがみ、なつみが立つのを手伝ってやった。
「なつみ、大丈夫?」
服についた砂も払う。
「うん。大丈夫だよ、美沙ちゃん」
元の姿に戻っているなつみと再会でき、美沙は嬉しくて抱きついた。
「なつみー、おかえりー!😣」
「☹️💦」
気兼ねなくハグできてしまう女子同士という関係が羨ましい野郎供5人も、なつみが帰ってきたことに安堵した。
「木之本、おかえり。いろいろ大変だったろ」
「総隊長が帰還されるまで、一番隊舎で待つように言われてるんだ」
「行って、ゆっくり休憩してろよ」
「なぁ李空、木之本放してやれよ。逃げたりしねぇって」
「いや、逃げる」
「……」
口々に言葉をかける中、クーちゃんだけは無口だった。
「クーちゃん?」
腕を広げて近寄ってきたので、美沙は一歩下がり、クーちゃんはなつみを抱きしめた。
「なつみ、ごめん」
顔を埋めており、声がこもる。
「助けに行ってやれなかった…。俺が、弱いせいで」
相当悔しかったのだろう。
「ウルキオラと戦ったんだってね。聞いたよ。クーちゃんは弱くないって。アイツが強すぎなんだよ。ぼくだって、何回おでこを突っつかれたり、ほっぺ引っ張られたりしたことか」
トレーニングとして、鬼ごっこをした時の思い出。
だが、おっと。こんなことをしている場合ではない。なつみはクーちゃんを肩で突っぱた。
「って、クーちゃんのメソメソに付き合ってる暇は無いよ❗️」
蹴りもお見舞いした。
「ていッ❗️」
「痛っ」
李空に向き直るなつみ。
「早く、これ解いてって❗️時間無いの‼️」
「ダメなもんは、ダメだ。聞いたろ。お前は一番隊舎で待機だ。余計なことすんな!」
「あーもうッ、わからずや‼️💢」
なつみは指先から、李空の這縄を相殺する鬼道を放ち、追いつかれないよう、瞬間移動で逃げ去った。本当は、到着した時点で、いつでもできたことだった。
「あ⁉︎」李空はキレた。「あの野郎💢」
尾田が李空の肩を掴んで、問いただした。
「どういうことだよ!アイツ、どこ行ったんだ!」
断界で李空と話していたこと。
「李空が三番隊帰ってきたのいつ。ぼくの手紙が届いた後?前?」
「前だ。藍染たちの謀反から1週間後。その日、お前の秘密を守るように京楽隊長に言われて、異動してすぐ、俺がお前の部屋を使うことにした。三席なのに二十席の狭いところでな」
なつみの蹴りが飛んでくる。
「お前の私物は食い物以外、ほとんど持ち出されてねぇ。例の引き出しは、開けたくもねぇから、テープでガチガチに封をしてやった。開けられた痕跡は無いから、お前の秘密は守られてるはずだ。安心しろ」
なつみは思考を巡らせ、結論を出した。
「李空!着いたらすぐに、ぼくの部屋行かせて!」
「あ?何のためだ。そんなに心配かよ」
「違うって!あの引き出しの中にたぶん」
みんなも三番隊舎のなつみの部屋に駆けつけると、中で、テープがちぎられて開いている引き出しと、床に置かれたぬいぐるみとアルバムと小説、座り込むなつみを見つけた。彼女は大事そうに何かを握って、身体を丸めていた。その封筒には、こう書かれている。
ボクのかわいいなつみちゃんへ
「あった…、隊長の遺言」
ゆっくり身体を起こし、封筒の中から便箋を取り出した。
なつみは机の上に、それを広げて並べた。みんなも囲んで読む。
「なつみちゃん、これを読んでるいうことは、ボクは死んでもうたんやね。泣かせてしもたかな。ごめんな」
と始まり、続いて藍染の下で瀞霊廷に対し、反乱を起こしたことについて謝っていた。
その後に綴られている内容が、全く知らないものだった。
「何でや、って思うたやろ。キミだけに教えたるな。なつみちゃんはボクの妹やから、かっこわるいけど、甘えさせてや」
それは、市丸の人生を始まりの頃まで遡ってしまう。彼の産声が響いたのは、現世でのことだった。
親の都合により、出身地の関西から引越し、ある田舎の村に暮らしていた。その村には、現代では信じられない風習があり、少年市丸ギンにも受け止められない習わしであった。
ごく稀に誕生する霊感の強い子供たち。彼らは特別な能力が備わっているとされ、神の使いに相応しいといわれていた。しかし、その能力が強すぎると、災いを招く元凶にもなるという。虚に襲われやすくなるということだったが、それを村人たちは知らない。村に危機が訪れる前に神の元へ捧げ、皆が平穏な日々を送り続けられるようにと、儀式を行う。事情を理解できない余所者には、正義感に訴える異常事態にしか見えなかった。
越してきてから初めての儀式当日、贄として捧げられる女の子と、市丸はほんの少しだけ話すことができた。その日までは、ごく普通に友達として仲良く遊んでいた、松本乱菊という女の子。喜びの笑顔で神と会えるようにと、お面を着けて待っていた。
「なぁ、乱菊。神様んとこって、どうやって行くん?」
「死ぬんだって」
「⁉︎」
「でも、怖くないわ。みんながそう言ってるもん」
そう言って笑っているお面の下は、何を思っていたのだろう。市丸は自分なりに考え、きっと乱菊はこうなることを嫌がってるんだと思えた。
なので、儀式が始まった神社に火をつけ、火事の騒ぎに紛れて、乱菊を連れ出すことに成功した。彼女の手を引き、走りに走った。
「ギン、ダメよ!戻らなきゃ!」
「大丈夫や!遠くに引っ越せば、幸せに暮らせるんやで!」
ここだから殺されてしまうのなら、別のところでなら、乱菊が生きていられると考えた。生贄などという恐ろしい習慣が無いところへ。
子供なりに、かなり遠くまで来られたと思った市丸は、夜の森の暗がりの中、乱菊と大きな木の根元で眠ることにした。
翌朝、乱菊が隣りにいないことに気付き、近くを流れる川まで探しに下りていった。そこで彼は、冷え切って全く動かない乱菊の姿を目にしてしまった。叫んでも、抱きしめても、どんなに大事に思っても、大人が決めた運命を変えることができなかった。
乱菊の身体を負ぶって、結局村まで戻った市丸は、怒り狂う村人たちの罵声を浴びた後、妙に静かな村長と宮司に連れられ、焼け残った祠の前に座らされた。
「お前は罪を犯したが、それは、あの子を想ってのことだった」
「赦してやろう。さぁ、これをお飲み。喉が渇いているだろう」
差し出された器を呆然と受け取り、言われるままに口に含んだ。そして市丸も倒れ、その日に息を引き取った。
彼は魂葬され、尸魂界に向かう途中、死神とは別の声を聞いた。
「お前の勇気は素晴らしかったが、間違いを犯してしまったな」
「乱菊を助けたかったんやもん。もっと一緒におりたかったんや。遊びたかったんや!」
「それがお前の望みか?」
「そうや」
「それがお前の幸せか?」
「そうや」
「そうか。ならば、もう一度やり直すことだ。松本乱菊のそばに送ってやろう」
「ほんま⁉︎乱菊とまた会えるん?」
「あの子は特別なもの身体に宿している。世界の希望だ。それを守るための能力を、お前に渡そう。お前は決して無力ではない」
「…ありがとう」
「あの子を幸せに導くことが、お前の贖罪だ。必ずやり遂げなさい」
「はい」
「お前の愛情は、私の宝になるだろう。その正義を信じ、育んで欲しい。真の幸せも、見つけておくれ」
市丸は喜んでいた。
(神様て、良え人や)
「再びお前は目覚める」
声の通り、市丸は乱菊に見つけられた。
「ギン⁉︎あんたまで死んじゃったの⁉︎」
乱菊は正式な儀式を済ませずに魂葬されてしまったため、本来、瀞霊廷内で貴族の家に転生するはずだったが、通常のルートを辿ることになり、遠く離れた流魂街に送られてしまっていた。市丸も、不思議な力に導かれて、同じ土地に流れ着いたのだった。
それからふたりは仲睦まじく暮らしていた。市丸が望んだ生活だった。だがある日、市丸が薪を拾いに出かけた際、ひとりにしていた乱菊が家から連れ去られ、道端で倒れていたことがあった。近くで怪しげな男たちが何人も集まっていた。彼らは筒に何かを入れた。市丸にはそれが、乱菊の中にあった「世界の希望」だとわかった。そしてそのグループのリーダーが誰であるかも、わかった。
(こいつや。こいつが親玉や。ボクが、こいつを……)
乱菊は一命を取り留めはしたが、悲しいことに、強すぎる特別な能力と、大切に築いたふたりの思い出が、大きく削り取られてしまっていた。市丸は、またもや乱菊を守れなかったことと、彼女を怯えさせてしまったことを悔い、決意した。
「決めたんや。ボク、死神になる。死神になって変えたる。乱菊が、泣かんでも済むようにしたる」
乱菊から奪われたものは、乱菊を襲う災いを確かに引き寄せるものだった。しかし彼女にとって、無くてはならない一部でもあるはず。市丸は、死神になることで己を鍛え、乱菊を守れるように強くなろうと考えた。そして、藍染の下に付き、奪われたものを全て取り返すことを決めた。
彼の思惑は、努力の成果もあり、ほぼ順調に進めることができた。ただ、藍染の鏡花水月の能力から逃れる方法が、なかなか聞き出せなかっただけ。その他はあっさりと話してもらえた。崩玉というもののために、数多の有能な魂魄から魂を削り取ってきたこと。その崩玉を使い、世界を創り変えようとしていること。後に護廷十三隊を見捨てるからと、隊士たちと馴れ合わないことも勧められた。
仮面の軍勢の一件、ホワイトの一件など、あの日乱菊が付けていた面のような笑顔を貼り付けて見ていた。日に日に、その笑顔が分厚くなっている気がしたが、乱菊と瀞霊廷で会えると、ふっとそれが和らいだ。この幸せのための犠牲なら仕方がないだろうと、心の奥に押し込める。気にしすぎることはない。どうせみんな生き延びている。浦原喜助がいれば、何とかなっているのだと。
そうして、三番隊隊長にまでなっていた。こんなに時間がかかるとは思っていなかった。それに、思いもよらない出来事は、他にも起きてしまった。なつみとの出会いだ。乱菊に生涯を捧げるように、彼女のためにと送ってきた日々に、突然その子は現れた。どんなことにも懸命に取り組み、よく笑い、よく泣き、目が離せない元気で小さなおかしな子。いずれ捨てる隊の部下を、本気でかわいがってはいけない。イヅルにさえ距離を置いて接しているのに、たかが平隊士を特別視するなど。そう思っても、どうしても目が追う。だって、後で笑い話になるような小さな奇跡的ハプニングを何度も起こすものだから。乱菊といる時とは、また違った幸福感を自分にもたらしてくれる特別な子。ここにも、愛を見つけてしまった気になった。
なつみは、困惑する市丸に、ふたりの位置をしっかり示してくれた。兄妹(弟)だと。そのおかげで彼の振る舞い方は徐々に定まり、新たに加わった、なつみも幸せにしてあげる、という目標も胸に、藍染に挑んでいくことにした。
しかし、はたと気付いて意気込みが一旦停止した。計画が成功したとして、自分は果たして生きていられるかどうか。振り返ると、とうの昔にポイントオブノーリターンを過ぎていた。瀞霊廷という組織が壊滅しなければ、彼は処刑されてしまう。計画が失敗しようと、成功しようと、市丸の生涯に終わりが近づいていることは明らかだった。それでももう、このまま進む他なかった。市丸は、乱菊となつみ、このふたりを心の支えにし、立ち向かっていくことにした。特別な能力を持った彼女たちにとって、最大の脅威であるのは藍染のはず。ならば、命をかけて不安を取り除いてやるのが、男として、また兄としての務めではないだろうか。その先で、ふたりは幸せになれる。例え、自分が居なくなったとしても。その答えに導いたのは、市丸の中で成長した、愛と正義だった。もうそれでも良い。血に染まりすぎたそれらを、清く眩しい彼女たちに向けてはならないから。
そう、独りで戦うと決めつつ、なつみには全てを伝えておこうとも思った。万が一、達成前に自分が死ぬようなことがあれば、藍染を止める後任には、なつみしか考えられなかったためだ。そしてこの手紙となる。
「藍染惣右介を殺せるのはボクだけや。今まで騙してて、ごめんな。けど、ボクがアイツを消すから、もうすぐ幸せになれるで、許して欲しいわ。藍染が死ぬまで、ボクがキミを守ったる。それが済んだら、京楽さんにバトンタッチや。そしたら、ボクは安心して」
なつみはバンッと机を両手で叩き、読むのをやめた。
「ピンチのときは、みんなで一緒に戦いに行こうって、約束したのに、あのカッコつけ」
窓を開けて、枠に足をかけた。
「木之本、どこ行くつもりだ‼︎」
尾田の手が間に合った。
「隊長のとこに決まってるじゃん‼︎助けに行かなきゃ」
グッと踏み込んだが、また引っ張られた。
「待て。俺も行く」
「俺もだ」
「俺も」
「あぁ、行こうぜ」
「木之本がいる俺たちなら、この事実さえあれば、どうにかできるよな」
「みんな…」
「クソが…」李空が呟いた。「市丸隊長を救いに行くぞ!俺たちで援護すりゃ、絶対ぇ勝てる‼︎‼︎」
仲間たちの心が、ようやくひとつにまとまった。
「ねぇ、みんな」
美沙が呼びかけた。
「何?美沙ちゃん」
足を下ろして、なつみは美沙に駆け寄った。
「あたしたちは今日、尸魂界の守護を命じられてるの。現世に行くのは命令違反になる。だからここは、転送された空座町に先回りして、市丸隊長たちが来るのを待とうよ」
「でもそれじゃあ、手遅れになっちゃわない?」
焦るなつみ。
「仕方ねぇんだ。そもそも俺たちが頼んでも、穿界門を開けてもらえねぇからな。行けるのは空座町だけだ」
「そんな!」
不安で仕方なくなる。
「慌てないの、なつみ!落ち着いて」
美沙がなつみの肩を掴んだ。
「あんたが目一杯祈るの!そしたら叶うでしょ!もう誰も殺させないって!運はこっちに巡ってくるしかなくなるんだから!」
「う、うん、うん、うん、うん」となつみは頷いた。
「そうだよ、美沙ちゃん!ぼく、祈るよ!ムッちゃん、届けて!」
胸に手を当てた。
「届く。信じろ」
心の中で、そう返事が返ってきた。
「みんな!」視線を窓の外に、まっすぐ戻した。「空座町に案内して!」
「放せー❗️」
「ダメだ」
「ケチッ❗️」
「だったら何だ。あんまうるせぇと、口も縛るぞ」
「やだーッ❗️」
無視してうるさくする。今、大人しく、尸魂界に帰るわけにはいかないのだ。
「戻ってよ❗️戦いを止めなきゃ❗️」
「戦いなら、すぐに終わる。仕留めるのは、あと2人だけだからな」
癇に障る言い方に、かなりムカついた。
「それがダメって言ってんの❗️処刑なんて、間違ってる❗️」
ムカつくのは李空も同じ。
「間違ったことしてきたのは、アイツらの方なんだよ‼︎‼︎100年以上かけて、何人殺してきたと思ってんだ‼︎‼︎お前に優しくするからってだけで、善人扱いするな‼︎‼︎アイツらのせいで、瀞霊廷はめちゃくちゃにされたんだぞ‼︎‼︎」
李空に怒鳴られても、見てきたものとまるで違う世界にいるようで、なつみは心の中で否定し続けた。
「お前は何も知らねぇ。だからこうして無事に帰れんだ」
尸魂界にはまだ帰れない。なのにこのままでは帰れてしまう。なつみは俯いて、とにかく静かに変化を待ちつつ、考えることにした。
大事にしているが故か、彼らは怖いことは何も教えず、平和な一面だけを見せて、重大なことからなつみを遠ざけてきた。そのせいで、何も知らず、目の前で繰り広げられる争いに飛び込んでも、目障りとされて、追い出されてしまった。何も知らないせいで、蚊帳の外に出されてしまうのだ。戦うこと自体を否定することしかできないから。辞めさせるには、戦う本当の理由を知らなければならないのだろう。
「ねぇ、教えて」
だったら、教えてもらおう。そしてもう一度戻って、止めに行こう。
「春水さんにあげたストールを、どうしてサンタがしてるの」
手がかりは必ずある。遠回りでも、確実に変化を辿れるように、まずはここから。
自分のことは自分でわかる。隊長と慕っていたあの3人の正体を知った上で、未来から来た自分は、彼らのことを悪く言わなかった。自分に頼んできたのは戦いを止めることであって、3人をやっつけることではなかった。待ってみたが、助けに来る気配は無い。李空に捕まったのに放ったらかしにされているのは、この状況を狙っていたからなのだろう。どうしても、見つけなければいけない事実がどこかにある。
(信じる。見てきたことの中にある本当を)
瀞霊廷の見張りを命じられていた6人だが、沖牙や七緒ら、上官たちから許しを得て、李空とサンタがなつみを連れてやって来るだろう穿界門の前で待っていた。技術開発局の報告により、なつみが空座町のレプリカ上空に現れたことを知らされていたため、そろそろだと、みんな緊張していた。
そして、サンタの頭から境界を越えてきて、なつみと李空も現れた。現れた途端、なつみが自ら落馬ならぬ落牛する。ドテッ。
「ふべッ」
「なつみ‼︎」「木之本‼︎」
「何してんだ、アホ」
「モ💦」
うつ伏せで倒れるなつみに、みんな駆け寄った。
「李空❗️これ解け❗️」
「やだ」
美沙がなつみの前でしゃがみ、なつみが立つのを手伝ってやった。
「なつみ、大丈夫?」
服についた砂も払う。
「うん。大丈夫だよ、美沙ちゃん」
元の姿に戻っているなつみと再会でき、美沙は嬉しくて抱きついた。
「なつみー、おかえりー!😣」
「☹️💦」
気兼ねなくハグできてしまう女子同士という関係が羨ましい野郎供5人も、なつみが帰ってきたことに安堵した。
「木之本、おかえり。いろいろ大変だったろ」
「総隊長が帰還されるまで、一番隊舎で待つように言われてるんだ」
「行って、ゆっくり休憩してろよ」
「なぁ李空、木之本放してやれよ。逃げたりしねぇって」
「いや、逃げる」
「……」
口々に言葉をかける中、クーちゃんだけは無口だった。
「クーちゃん?」
腕を広げて近寄ってきたので、美沙は一歩下がり、クーちゃんはなつみを抱きしめた。
「なつみ、ごめん」
顔を埋めており、声がこもる。
「助けに行ってやれなかった…。俺が、弱いせいで」
相当悔しかったのだろう。
「ウルキオラと戦ったんだってね。聞いたよ。クーちゃんは弱くないって。アイツが強すぎなんだよ。ぼくだって、何回おでこを突っつかれたり、ほっぺ引っ張られたりしたことか」
トレーニングとして、鬼ごっこをした時の思い出。
だが、おっと。こんなことをしている場合ではない。なつみはクーちゃんを肩で突っぱた。
「って、クーちゃんのメソメソに付き合ってる暇は無いよ❗️」
蹴りもお見舞いした。
「ていッ❗️」
「痛っ」
李空に向き直るなつみ。
「早く、これ解いてって❗️時間無いの‼️」
「ダメなもんは、ダメだ。聞いたろ。お前は一番隊舎で待機だ。余計なことすんな!」
「あーもうッ、わからずや‼️💢」
なつみは指先から、李空の這縄を相殺する鬼道を放ち、追いつかれないよう、瞬間移動で逃げ去った。本当は、到着した時点で、いつでもできたことだった。
「あ⁉︎」李空はキレた。「あの野郎💢」
尾田が李空の肩を掴んで、問いただした。
「どういうことだよ!アイツ、どこ行ったんだ!」
断界で李空と話していたこと。
「李空が三番隊帰ってきたのいつ。ぼくの手紙が届いた後?前?」
「前だ。藍染たちの謀反から1週間後。その日、お前の秘密を守るように京楽隊長に言われて、異動してすぐ、俺がお前の部屋を使うことにした。三席なのに二十席の狭いところでな」
なつみの蹴りが飛んでくる。
「お前の私物は食い物以外、ほとんど持ち出されてねぇ。例の引き出しは、開けたくもねぇから、テープでガチガチに封をしてやった。開けられた痕跡は無いから、お前の秘密は守られてるはずだ。安心しろ」
なつみは思考を巡らせ、結論を出した。
「李空!着いたらすぐに、ぼくの部屋行かせて!」
「あ?何のためだ。そんなに心配かよ」
「違うって!あの引き出しの中にたぶん」
みんなも三番隊舎のなつみの部屋に駆けつけると、中で、テープがちぎられて開いている引き出しと、床に置かれたぬいぐるみとアルバムと小説、座り込むなつみを見つけた。彼女は大事そうに何かを握って、身体を丸めていた。その封筒には、こう書かれている。
ボクのかわいいなつみちゃんへ
「あった…、隊長の遺言」
ゆっくり身体を起こし、封筒の中から便箋を取り出した。
なつみは机の上に、それを広げて並べた。みんなも囲んで読む。
「なつみちゃん、これを読んでるいうことは、ボクは死んでもうたんやね。泣かせてしもたかな。ごめんな」
と始まり、続いて藍染の下で瀞霊廷に対し、反乱を起こしたことについて謝っていた。
その後に綴られている内容が、全く知らないものだった。
「何でや、って思うたやろ。キミだけに教えたるな。なつみちゃんはボクの妹やから、かっこわるいけど、甘えさせてや」
それは、市丸の人生を始まりの頃まで遡ってしまう。彼の産声が響いたのは、現世でのことだった。
親の都合により、出身地の関西から引越し、ある田舎の村に暮らしていた。その村には、現代では信じられない風習があり、少年市丸ギンにも受け止められない習わしであった。
ごく稀に誕生する霊感の強い子供たち。彼らは特別な能力が備わっているとされ、神の使いに相応しいといわれていた。しかし、その能力が強すぎると、災いを招く元凶にもなるという。虚に襲われやすくなるということだったが、それを村人たちは知らない。村に危機が訪れる前に神の元へ捧げ、皆が平穏な日々を送り続けられるようにと、儀式を行う。事情を理解できない余所者には、正義感に訴える異常事態にしか見えなかった。
越してきてから初めての儀式当日、贄として捧げられる女の子と、市丸はほんの少しだけ話すことができた。その日までは、ごく普通に友達として仲良く遊んでいた、松本乱菊という女の子。喜びの笑顔で神と会えるようにと、お面を着けて待っていた。
「なぁ、乱菊。神様んとこって、どうやって行くん?」
「死ぬんだって」
「⁉︎」
「でも、怖くないわ。みんながそう言ってるもん」
そう言って笑っているお面の下は、何を思っていたのだろう。市丸は自分なりに考え、きっと乱菊はこうなることを嫌がってるんだと思えた。
なので、儀式が始まった神社に火をつけ、火事の騒ぎに紛れて、乱菊を連れ出すことに成功した。彼女の手を引き、走りに走った。
「ギン、ダメよ!戻らなきゃ!」
「大丈夫や!遠くに引っ越せば、幸せに暮らせるんやで!」
ここだから殺されてしまうのなら、別のところでなら、乱菊が生きていられると考えた。生贄などという恐ろしい習慣が無いところへ。
子供なりに、かなり遠くまで来られたと思った市丸は、夜の森の暗がりの中、乱菊と大きな木の根元で眠ることにした。
翌朝、乱菊が隣りにいないことに気付き、近くを流れる川まで探しに下りていった。そこで彼は、冷え切って全く動かない乱菊の姿を目にしてしまった。叫んでも、抱きしめても、どんなに大事に思っても、大人が決めた運命を変えることができなかった。
乱菊の身体を負ぶって、結局村まで戻った市丸は、怒り狂う村人たちの罵声を浴びた後、妙に静かな村長と宮司に連れられ、焼け残った祠の前に座らされた。
「お前は罪を犯したが、それは、あの子を想ってのことだった」
「赦してやろう。さぁ、これをお飲み。喉が渇いているだろう」
差し出された器を呆然と受け取り、言われるままに口に含んだ。そして市丸も倒れ、その日に息を引き取った。
彼は魂葬され、尸魂界に向かう途中、死神とは別の声を聞いた。
「お前の勇気は素晴らしかったが、間違いを犯してしまったな」
「乱菊を助けたかったんやもん。もっと一緒におりたかったんや。遊びたかったんや!」
「それがお前の望みか?」
「そうや」
「それがお前の幸せか?」
「そうや」
「そうか。ならば、もう一度やり直すことだ。松本乱菊のそばに送ってやろう」
「ほんま⁉︎乱菊とまた会えるん?」
「あの子は特別なもの身体に宿している。世界の希望だ。それを守るための能力を、お前に渡そう。お前は決して無力ではない」
「…ありがとう」
「あの子を幸せに導くことが、お前の贖罪だ。必ずやり遂げなさい」
「はい」
「お前の愛情は、私の宝になるだろう。その正義を信じ、育んで欲しい。真の幸せも、見つけておくれ」
市丸は喜んでいた。
(神様て、良え人や)
「再びお前は目覚める」
声の通り、市丸は乱菊に見つけられた。
「ギン⁉︎あんたまで死んじゃったの⁉︎」
乱菊は正式な儀式を済ませずに魂葬されてしまったため、本来、瀞霊廷内で貴族の家に転生するはずだったが、通常のルートを辿ることになり、遠く離れた流魂街に送られてしまっていた。市丸も、不思議な力に導かれて、同じ土地に流れ着いたのだった。
それからふたりは仲睦まじく暮らしていた。市丸が望んだ生活だった。だがある日、市丸が薪を拾いに出かけた際、ひとりにしていた乱菊が家から連れ去られ、道端で倒れていたことがあった。近くで怪しげな男たちが何人も集まっていた。彼らは筒に何かを入れた。市丸にはそれが、乱菊の中にあった「世界の希望」だとわかった。そしてそのグループのリーダーが誰であるかも、わかった。
(こいつや。こいつが親玉や。ボクが、こいつを……)
乱菊は一命を取り留めはしたが、悲しいことに、強すぎる特別な能力と、大切に築いたふたりの思い出が、大きく削り取られてしまっていた。市丸は、またもや乱菊を守れなかったことと、彼女を怯えさせてしまったことを悔い、決意した。
「決めたんや。ボク、死神になる。死神になって変えたる。乱菊が、泣かんでも済むようにしたる」
乱菊から奪われたものは、乱菊を襲う災いを確かに引き寄せるものだった。しかし彼女にとって、無くてはならない一部でもあるはず。市丸は、死神になることで己を鍛え、乱菊を守れるように強くなろうと考えた。そして、藍染の下に付き、奪われたものを全て取り返すことを決めた。
彼の思惑は、努力の成果もあり、ほぼ順調に進めることができた。ただ、藍染の鏡花水月の能力から逃れる方法が、なかなか聞き出せなかっただけ。その他はあっさりと話してもらえた。崩玉というもののために、数多の有能な魂魄から魂を削り取ってきたこと。その崩玉を使い、世界を創り変えようとしていること。後に護廷十三隊を見捨てるからと、隊士たちと馴れ合わないことも勧められた。
仮面の軍勢の一件、ホワイトの一件など、あの日乱菊が付けていた面のような笑顔を貼り付けて見ていた。日に日に、その笑顔が分厚くなっている気がしたが、乱菊と瀞霊廷で会えると、ふっとそれが和らいだ。この幸せのための犠牲なら仕方がないだろうと、心の奥に押し込める。気にしすぎることはない。どうせみんな生き延びている。浦原喜助がいれば、何とかなっているのだと。
そうして、三番隊隊長にまでなっていた。こんなに時間がかかるとは思っていなかった。それに、思いもよらない出来事は、他にも起きてしまった。なつみとの出会いだ。乱菊に生涯を捧げるように、彼女のためにと送ってきた日々に、突然その子は現れた。どんなことにも懸命に取り組み、よく笑い、よく泣き、目が離せない元気で小さなおかしな子。いずれ捨てる隊の部下を、本気でかわいがってはいけない。イヅルにさえ距離を置いて接しているのに、たかが平隊士を特別視するなど。そう思っても、どうしても目が追う。だって、後で笑い話になるような小さな奇跡的ハプニングを何度も起こすものだから。乱菊といる時とは、また違った幸福感を自分にもたらしてくれる特別な子。ここにも、愛を見つけてしまった気になった。
なつみは、困惑する市丸に、ふたりの位置をしっかり示してくれた。兄妹(弟)だと。そのおかげで彼の振る舞い方は徐々に定まり、新たに加わった、なつみも幸せにしてあげる、という目標も胸に、藍染に挑んでいくことにした。
しかし、はたと気付いて意気込みが一旦停止した。計画が成功したとして、自分は果たして生きていられるかどうか。振り返ると、とうの昔にポイントオブノーリターンを過ぎていた。瀞霊廷という組織が壊滅しなければ、彼は処刑されてしまう。計画が失敗しようと、成功しようと、市丸の生涯に終わりが近づいていることは明らかだった。それでももう、このまま進む他なかった。市丸は、乱菊となつみ、このふたりを心の支えにし、立ち向かっていくことにした。特別な能力を持った彼女たちにとって、最大の脅威であるのは藍染のはず。ならば、命をかけて不安を取り除いてやるのが、男として、また兄としての務めではないだろうか。その先で、ふたりは幸せになれる。例え、自分が居なくなったとしても。その答えに導いたのは、市丸の中で成長した、愛と正義だった。もうそれでも良い。血に染まりすぎたそれらを、清く眩しい彼女たちに向けてはならないから。
そう、独りで戦うと決めつつ、なつみには全てを伝えておこうとも思った。万が一、達成前に自分が死ぬようなことがあれば、藍染を止める後任には、なつみしか考えられなかったためだ。そしてこの手紙となる。
「藍染惣右介を殺せるのはボクだけや。今まで騙してて、ごめんな。けど、ボクがアイツを消すから、もうすぐ幸せになれるで、許して欲しいわ。藍染が死ぬまで、ボクがキミを守ったる。それが済んだら、京楽さんにバトンタッチや。そしたら、ボクは安心して」
なつみはバンッと机を両手で叩き、読むのをやめた。
「ピンチのときは、みんなで一緒に戦いに行こうって、約束したのに、あのカッコつけ」
窓を開けて、枠に足をかけた。
「木之本、どこ行くつもりだ‼︎」
尾田の手が間に合った。
「隊長のとこに決まってるじゃん‼︎助けに行かなきゃ」
グッと踏み込んだが、また引っ張られた。
「待て。俺も行く」
「俺もだ」
「俺も」
「あぁ、行こうぜ」
「木之本がいる俺たちなら、この事実さえあれば、どうにかできるよな」
「みんな…」
「クソが…」李空が呟いた。「市丸隊長を救いに行くぞ!俺たちで援護すりゃ、絶対ぇ勝てる‼︎‼︎」
仲間たちの心が、ようやくひとつにまとまった。
「ねぇ、みんな」
美沙が呼びかけた。
「何?美沙ちゃん」
足を下ろして、なつみは美沙に駆け寄った。
「あたしたちは今日、尸魂界の守護を命じられてるの。現世に行くのは命令違反になる。だからここは、転送された空座町に先回りして、市丸隊長たちが来るのを待とうよ」
「でもそれじゃあ、手遅れになっちゃわない?」
焦るなつみ。
「仕方ねぇんだ。そもそも俺たちが頼んでも、穿界門を開けてもらえねぇからな。行けるのは空座町だけだ」
「そんな!」
不安で仕方なくなる。
「慌てないの、なつみ!落ち着いて」
美沙がなつみの肩を掴んだ。
「あんたが目一杯祈るの!そしたら叶うでしょ!もう誰も殺させないって!運はこっちに巡ってくるしかなくなるんだから!」
「う、うん、うん、うん、うん」となつみは頷いた。
「そうだよ、美沙ちゃん!ぼく、祈るよ!ムッちゃん、届けて!」
胸に手を当てた。
「届く。信じろ」
心の中で、そう返事が返ってきた。
「みんな!」視線を窓の外に、まっすぐ戻した。「空座町に案内して!」