第八章
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なつみの悩み事が気になった藍染は、あの日から3日後に稽古だったが、1日前倒しで隊首室に来るよう、なつみに伝えた。
「藍染隊長、木之本です」
「どうぞ。入って」
「はい」
緊張気味のなつみが入室。お茶が用意された机に着いて、怒り肩で正座した。
「そんなに深刻なことなの?」
「いえ、1個はそんなにですけど」
「なら、話してごらん」
言葉を選んできたはずだが、恥ずかしさが込み上げて、顔が真っ赤になる。
「ふーん…、一体何なんだろうね。京楽隊長とのこと?」
「違います。いえ、違わないですけど。あの…」
口がむにゅむにゅするも、言葉が出ない。
「木之本くん、教えてくれないと、助けてあげられないよ。辛いことなら、早く対処しないと、もっと辛くなるかもしれないし」
この言葉に、なつみはこくんと頷いた。時間を無駄にしては、藍染に失礼でもある。こんな思いからも、早く解放されたい。
「あの、く、涅隊長に、きいてくるように頼まれてて」
「何を?」
「あの、ずっと前に、涅隊長と志波副隊長と過去に戻ったときのことなんですけど」
「うん」
「出発前に病室で寝るとき、ぼくがすぐ眠れるようにって、涅隊長が持ってきてた、あの、おもちゃ……///」
そこでなつみは俯いてしまい、順調だった言葉が詰まってしまった。
「あ、あぁ、あれか。僕が取り上げて、病室に置いていくように言った。あれを返してくれってことかな?全く、木之本くんにこんなおつかいをさせるなんて。自分で来たら良いのに」
実際のところ、ブツがあるのか無いのか、確かめるようにおずおずと目線を藍染に合わせていく。
「彼には悪いが、もうあれは処分したよ。没収して、懐に入れたまま、返すのを忘れてうっかりここまで持って帰って来てしまったんだけど、僕には要らないものだし、捨ててしまったんだ。君に使わせるわけにもいかなかったし、それに、今の今まで返すように催促されなかったから、無くなっても良いものかと思っていたんだけど。違ったんだね。済まないが、欲しいなら新しいのを作るよう言ってやってくれ。
こんな伝言、僕だって嫌だけどね」
優しいいつもの笑顔に一安心したなつみ。
「あ、そうか。何も君に言わせなくても、今僕が言えば良いんだよね。涅隊長と話してくるから、少し席を外すよ」
伝令神機をなつみに見せてから、立ち上がった。
「はい。お願いします」
ぺこっと頭を下げる。
「稽古、始めてて。もうひとつの悩みは、戻ってきてから聞くよ」
藍染は部屋を出ていった。
数分後、彼は帰ってきた。何やら首を傾げている。
「済まない、木之本くん。かけてみたんだけど、涅隊長は出てくれなかったよ。というか、着信拒否をされているのかもしれない。困った人だ」
(あくまでぼくに報告させるつもりだな。でもこれで、藍染隊長からの着信履歴が残ったから、あれが失くなったことは証明されたわけだ)
ふひゅ〜と、やれやれな安堵のため息が出た。
「ひとつ目は解決したということで、良いのかな?」
「はい。なんとか(半分は)」
「うん。それなら良かった。それで、どうしよう。ふたつ目は、稽古の後が良いかな。それとも、すぐ片付けてしまう?」
「あ…、う…。んー…」
また伏せてしまう。
「さっきのより、話しづらい内容なんだよね。うん。また後にしようか」
ぽんぽんと頭を撫でてくれた。
「君は本当に、撫子だな。どうしても、放っておけなくなる。どうしても」
「キミを抱きたいと思わなかった男は、今の瀞霊廷に1人もいないよ」
「無条件で異性を惹きつける力があるみたいなんだ」
京楽の言葉が蘇る。
(みんながぼくの頭を撫でてくれるけど、もっと他のところも触りたいって思ってるのかな。…藍染隊長も)
思い悩むなつみ。モヤモヤする気持ちに埋もれてしまう。お尻の痛みを思い出せたときから、ずっと引っかかっているこの気持ち。
(春水さんのためにも)
はっきりさせなければならない。
膝の上で握っている手に力を入れて、意を決した。
「今、お話ししたいです。ずっと前のことで、忘れちゃってるかもしれませんが、本当のところを知りたいんです」
「いつのことかな」
唇をくっと噛んでから、勇気と正義で持ち上げるように語り始める。
「天ぷら屋さんに連れて行ってもらった日の、お稽古のときのことです」
藍染の静かな瞬き。疑問や驚きがひとつも浮かんでいない。
「ここでぼくは、居眠りをしてしまいました」
「そうだね。覚えているよ」
つまり、真実は藍染の胸の内に確かにあるということ。どう出るのか。
なつみはこれ以上進めたくないと、顔を歪めたが、行くしかない。
「正直にお答えください。内容によっては、ぼくはもう、ここへは来られなくなりますが、お願いします。本当のことを教えてください」
立ち向かうように、藍染の顔をまともに見上げ、真実を受け止める準備はできていると示した。
「ぼくはあの時、藍染隊長とエッチしてしまったんですか」
沈黙が嫌に耳に刺さる。なつみは逃げたくて堪らなかった。馬鹿げた質問で隊長を困らせるなど、ただで済むわけがない。しかしなつみは白黒つけねば、この先をどう過ごせば良いのか想像できなかったのだ。馬鹿で終わるなら、それで良し。そうでなければ、過ちと折り合いをつけていく生き方を、探っていかなければならない。
逃げたいのは藍染も同じなのか、彼は目を覆うように眼鏡の縁に手を添える。
「君はおかしな夢を見たと言っていた。なのにそれが、夢じゃなかったかもしれないと、気付いてしまったんだね。どうしてかな」
答えになっていない。
「そうか…。異性を知ってしまったのか。京楽隊長に抱かれたんだね」
これも。
「疑い始めてしまったのに、よく、独りで来られたね。僕のこと、本当は怖いんじゃないのかな、木之本くん」
なっていないが、ほぼ見えてしまった。
「そう…」
手を膝に下ろして、藍染は述べた。
「君のいう通り、僕は悪者だ。嘘をついても仕方ないよね。僕は…、あの日、君を犯してしまった。黙っていて、済まない」
頭を下げてしまった。
「やめてください!謝ってほしいわけじゃないですから!顔を上げてください」
藍染の肩を持って、身体を起こさせようとする。
「寝ぼけていて、よくわかってなかったからですけど、藍染隊長にされていて、ぼくは拒絶しなかったんです。受け入れてしまっていたんです。藍染隊長は悪くありません。何も無かったように隠してたのも、ぼくたちの関係を壊さないようにするためで。藍染隊長はずっとツラいお気持ちでいたんじゃありませんか?本当のことが言えなくて…」
背筋を戻しても、視線は下方を向いてしまう。
「君は優しすぎるよ。ちゃんと、怒った方が良い。僕は眠る君を寝室に連れ込んで、自分の欲望のままに、君を抱いてしまったんだから。君の寝顔を見ていたら、どうしても、抑えきれなかったんだ。君が京楽隊長のことを想い続けてきたことを知っていたから、いけないことだとはわかっていたけど、止められなかった。情けないよ。
始め、起きた君に突き飛ばされるかと思っていたのに、君は僕に腕を回してくれたんだ。抱きついてくれて、とても嬉しかったよ。だから、そのまま進めてしまった。でも、段々と、君が僕のことを京楽隊長だと勘違いしているのに気付いて。それでも、もう僕は構わなかった。辞めてしまったら、二度と君に触れることはできないとわかっていたから。
僕は、木之本くん、君に恋しているんだ。報われることのない想いだから隠していた。だからって、この気持ちを伝える前に、君を犯してしまったのは、許されることじゃないんだけど。
ごめん…。僕は、君を困らせてばかりだね。鬼道の稽古だって、僕が教えてることはない。ただ僕が君といたいだけで来てもらってるんだ。もうここへ来ることは無いよ。こうして会うことは、終わりにしよう。もう、帰って、木之本くん。悩ませて、申し訳なかった」
また、藍染は頭を下げた。
告白を全て聞けたなつみは、進むべき道を見つけ出すことができた。立ち上がり、駆けていった先は。
「藍染隊長!」
出口ではなく、藍染の元。
「木之本くん。…ダメだよ。離れて」
「イヤです!」
帰るどころか、なつみは藍染に抱きついてしまい、彼を慰めることに一所懸命になっていた。
「藍染隊長ばっかり悪者になっちゃダメです!ぼくも間違ってましたから!そもそも寝ちゃったぼくが悪いんですから!ご自分を責め過ぎないでください。ぼくを追い出したり、しないでください!」
「でも、あの日の出来事が本当だとわかったら、僕と会うのを辞めるつもりだったんじゃ…」
「違いますよ」
腕の力を緩めて、なつみは少しだけ離れた。
「それは嘘をつかれたらの場合で。本当のことを話してもらえたら、いっしょにこの間違いと向き合って、寄り添っていかなきゃなって思ってたんです。藍染隊長が悪いって言うなら、ぼくも悪かったです。いっしょに反省しましょう。無かったことにはできませんから、間違えた過去をちゃんと受け止めて、同じ失敗をしないように、これからを過ごしていきましょう。正直に話していただいて、ありがとうございました。それから。
ぼくを好きになってくださったことも、ありがとうございます。仰る通り、ぼくはお気持ちに応えることはできませんが、とっても嬉しく思っています。ぼくだって、ぼくなりに藍染隊長のことが大好きですから、会いに来ないなんて選択、したくありませんよ。これからも、ぼくの鬼道の先生でいてください、藍染隊長」
下で控えていた藍染の手が、なつみの背に回り、ぐっと引き寄せてしまった。
「こんな僕を許してくれるんだね。そんな言葉をかけられたら、益々君のことを好きになってしまうよ」
抗えない、あたたかい誘惑に導かれ、藍染はなつみの髪に顔を擦り寄せて、囁いた。
「なつみ…」
「ッ…///」
藍染の首に伸ばした手を下ろしていなかったために、そんなつもりは無くとも、なつみは彼にしがみついている姿勢でいた。
「あの時も、ぼくのこと、下の名前で呼ばれましたね。本当は、ぼくのこと、そうやって呼びたいんですか?」
「うん…。大切にしたい人のことは、下の名前で呼びたいんだ。その方が、家柄とか出身ではなく、その人、本人のことを想ってるって伝えられる気がするからね」
「すてきな理由ですね」
「もっと素敵なのは、君の心さ」
覚えのある抱擁の感触。違和感は綺麗に溶けて、支えてあげたい気持ちに入れ替わった。
「藍染隊長が望むなら、そっちの名前で呼んでいただいて構いませんよ」
「本当に?」
「はい。ぼくも、惣右介さんって呼んじゃおっかな。なんちゃって😊」
「良いよ。そうして」
「え…///」
「今や下の名前で呼んでくれるの、京楽隊長だけだから。たまには違う人の口から聞きたいんだ」
藍染から見えない角度にあるなつみの表情というと、口がへの字に結ばれていた。
「たまにで良いよ。僕も、君にとっての大切な存在になりたいんだ」
何故かなつみには、甘えたいという響きに聞こえ。
(隊長って職は、相当のストレスなんだな。ぼくなんかに癒しを求めるなんて)
と、思ってしまった。
そこで、藍染の髪を優しく撫でてやりながら、内緒話をする声量で呼んであげた。
「惣右介さん」
そんなやり方は求めていなかったので、藍染は笑えてしまった。
「フフッ、慰めてくれて、ありがとう、なつみ」
「はぁ〜い😊」
なつみを帰した後の部屋。藍染は何かを握っていた。
「何故だろうな」
それは、捨てたと言ったはずのおもちゃだった。
「私の考えを台無しにしてくれる」
苛立ちを込めて、破道でそれを粉砕し、残骸をゴミ箱に入れた。
藍染の目論みは、以下の通りだった。真実を知ったなつみが怒り、部屋を出て行こうとするのを藍染が止め、無理矢理抱き、隠し持っていたおもちゃをなつみに当て、「これを欲しがったのはお前だな」と告げて、失神させるまで性行為をするというもの。自分ではなく京楽を選んだ罰と、自身の裏の顔や、鏡花水月の能力を悟られないように、そのままどこかへ連れ去るつもりでいた。だったのだが。
「許してしまうなんて」
なつみとくっついていた胸が、ぽかぽかとあたたかい。
「お前だけだ」
家の玄関に着いて、なつみははたと気付いた。
(あれ…?あれあれ?)
焦ったなつみは力一杯玄関の戸を開け、その場から美沙に声をかけた。
「美沙ちゃーんッ‼︎」
「おかえりー。どーしたのー?」
美沙も居る場所から動こうとしない。
「京楽隊長にすごく会いたくなっちゃったの‼︎今からすぐに会いに行きたいの‼︎」
こんなに素直に言うということは、緊急事態に違いない。
美沙は簡単に荷造りをしてやり、玄関で返事を待つなつみに投げつけた。
「なつみ!いってらっしゃい!」
「ありがとう!おやすみ、美沙ちゃん!」
再び出かけていくなつみ。
道に出ると抜刀し、唱える。
「叶え、夢現天道子。お願い。春水さんのとこに連れてって」
ほろ酔いの足取りで帰路に着く京楽。星空を見上げて願うことは。
「なつみちゃんに会いたいな〜」
仕事で疲れた身体を癒すものは、やはり愛する恋人である。あの笑顔を一目見れたなら、明日も幸せが訪れると約束されるような感覚に…。
「春水さんッ‼︎‼︎」
「へ?なつみちゃん⁉︎」
後方から突然呼び止められ、さっと振り返ると、会いたいと願ったあの子が、何故か刀を抜いて立っていた。
「どうしたの」
完全に方向転換した京楽の胸に、なつみは飛び込んでいった。斬魄刀を収め、彼に抱きついた。
「会いたくなったんです」
そんなことを言われては、デレッとしてしまうもので。
「ボクもだよ〜。嬉しいな〜。通じ合っちゃったね」
ぎゅ〜っと抱きしめ返してあげるのだが、腕の中から伝わる震えに気付いた。
「あれ、なつみちゃん、泣いてるの?」
「うぅぅぅぅ…」
ひっくひっくとしゃくるなつみ。
「何かあったんだね。話して、なつみちゃん」
京楽はなだめるようになつみの頭を撫でてやる。
「ぼく、うわ、浮気、しちゃい、ました」
「何だって」
「うぅぅ、ごめん、なさい。ごめんな、さい。あぁぁ」
京楽に縋るなつみの頬を落ちて行く大粒の涙。笑顔など、望めやしないこの非常事態。
「とにかく、ボクの家に行こう」
抱え上げて、なつみを連れて行くことにした。
誰にも邪魔されない寝室へ入ると、なつみをベッドに座らせて、事情を聞き出した京楽。以前、藍染に抱かれてしまったかもしれないことが、本当の出来事であったこと。それを許してあげたこと。落ち込む藍染を慰めたくて、彼を抱きしめてあげたこと。
「なつみちゃんは悪くないよ。困ってる人に寄り添ったり、すぐ抱きつきに行っちゃうのは、キミの癖じゃないか。優しいからしちゃうんだよ。そんなことで、ボクは怒ったりしないからね。だから、もう泣くことないよ。キミは浮気してない。ボクのところに、こうして来てくれたし」
「でも、でもぼくだったら、春水さんが、他の人と、仲良さそうにくっついてるの知ったら、嫌に思います」
「そうなの?そっか。なら、しないようにしなきゃ。もし、そんなことがあっても、キミがいちばんなのに変わりないけどね」
「ぼくもです」
「わかってる」
「じゃあ、さっきしちゃったこと、許してもらえるんですか」
「うん。そーだ!良いこと思いついたよ。今夜は浮気の線引きをしようか!」
「せんびき?」
「うん!こうしたら浮気っていうのを決めよう。そしたら安心だろ?何をしたらいけないのかわかれば、もうこうして悩むことも無くなるからね」
うんうんと頷いた。
「はい」
「よし。じゃぁー、始める前に、顔洗おっか。ね」
「お風呂、まだです」
「ふふ、なら、一緒に入ろう。バスローブ出してあげるね(笑)」
荷造りしてもらった鞄の中身は、使えたものが入っていなかった。セクシーランジェリー…。
(今日じゃねぇ‼︎‼︎)
翌日、八番隊舎。
「藍染隊長!どうされましたか、急に」
対応した七緒は突然の訪問に驚いていた。
「京楽隊長に話したいことがあって」
「やぁ、こんにちは、惣右介くん。こっち来て」
「はい」
事情を把握しているらしい京楽の態度にも驚く七緒。
「お茶をお持ちします」
機転を効かせて、そう動こうとしたのだが。
「いいよ。それより、みんなの見回りしてきてくれるかい?」
「わかりました…」
しばらく2人きりにさせろということ。
(どうしたのかしら)
応接室に入る京楽と藍染。京楽が先にソファに座った。
「そっちにどうぞ」
と、藍染に示すも、座ろうとしなかった。
「京楽隊長、今日伺ったのは」
「わかってる。なつみちゃんから聞いたよ。全部ね」
「済みません。彼女に対して僕は、してはいけないことをしてしまいました。本当に、済みませんでした」
深々と頭を下げる藍染。
脚を組み、もたれかかって座る京楽は、真摯なその姿を静かに見つめた。そして納得をする。
「頭を上げて。ボクが謝られても、しょうがないよ。嫌な思いをしたのは彼女だ」
言葉をいただけたため、身体を起こす藍染だが、立ったままだ。
「なつみちゃんに、キミのしたことを怒らないで欲しいと言われたよ。許してあげたし、過去のことだから、もうそっとしておきたいんだってさ。あの子の頼みだから、どんなに腹立たしくても、ボクは惣右介くんを責めたりしないよ。こうして、わざわざ直接会いに来てくれて、頭を下げてくれたわけだし」
「済みません」
「もういいって。座りなよ」
大人しく、向かいの席に腰掛ける。
「ただ、今度また同じことをしたら、わかってるね」
「承知してます。木之本くんは、あなたと付き合っているんです。しませんよ」
「なら、ボクは満足だよ」
「できるだけ、彼女から離れるようにも、努力します」
「そのことなんだけど」
京楽は脚を解いて、前のめりに座り直した。
「なつみちゃんとの恋は諦めて欲しいけど、だからといって、好きの気持ちを捨てたりはしないで欲しいんだ。みんなにも、同じように思ってる。今までと変わらず、あの子を大切にしてあげて。なつみちゃんにとって、みんなと仲良しでいられることが幸せだからね。変に避けようなんて、思わないであげて。寂しがるから。けど、あんまり近づき過ぎても困るかな。昨日の夜、大泣きされちゃったから。浮気したんじゃないかって、謝ってきたんだ。もう、あんな思いはさせたくない。程々に、親しくしてあげてよ」
「京楽隊長は、それで良いんですか」
「穏やかじゃないけど、あの子の笑顔のためだもん。言ったって、ついやっちゃうんだろ?なつみちゃんも、キミたちも。すーぐハグしちゃうんだから」
「そこで止められたら良いんですけど」
「なつみちゃんのかわいさに負けちゃうって言うんだろ?仕方ないよ。そうなった場合でも、ちゃんと対処できるように、昨日なつみちゃんに教えておいたから。キミらが変に手を出しても、大丈夫さ。お断りを覚えてくれたはずだからね」
「それは、頼もしいですね」
「ボクを想う気持ちが、何よりも勝ってくれるって信じてる。ボクがそうだから」
「…、羨ましい限りですね」
「藍染隊長、木之本です」
「どうぞ。入って」
「はい」
緊張気味のなつみが入室。お茶が用意された机に着いて、怒り肩で正座した。
「そんなに深刻なことなの?」
「いえ、1個はそんなにですけど」
「なら、話してごらん」
言葉を選んできたはずだが、恥ずかしさが込み上げて、顔が真っ赤になる。
「ふーん…、一体何なんだろうね。京楽隊長とのこと?」
「違います。いえ、違わないですけど。あの…」
口がむにゅむにゅするも、言葉が出ない。
「木之本くん、教えてくれないと、助けてあげられないよ。辛いことなら、早く対処しないと、もっと辛くなるかもしれないし」
この言葉に、なつみはこくんと頷いた。時間を無駄にしては、藍染に失礼でもある。こんな思いからも、早く解放されたい。
「あの、く、涅隊長に、きいてくるように頼まれてて」
「何を?」
「あの、ずっと前に、涅隊長と志波副隊長と過去に戻ったときのことなんですけど」
「うん」
「出発前に病室で寝るとき、ぼくがすぐ眠れるようにって、涅隊長が持ってきてた、あの、おもちゃ……///」
そこでなつみは俯いてしまい、順調だった言葉が詰まってしまった。
「あ、あぁ、あれか。僕が取り上げて、病室に置いていくように言った。あれを返してくれってことかな?全く、木之本くんにこんなおつかいをさせるなんて。自分で来たら良いのに」
実際のところ、ブツがあるのか無いのか、確かめるようにおずおずと目線を藍染に合わせていく。
「彼には悪いが、もうあれは処分したよ。没収して、懐に入れたまま、返すのを忘れてうっかりここまで持って帰って来てしまったんだけど、僕には要らないものだし、捨ててしまったんだ。君に使わせるわけにもいかなかったし、それに、今の今まで返すように催促されなかったから、無くなっても良いものかと思っていたんだけど。違ったんだね。済まないが、欲しいなら新しいのを作るよう言ってやってくれ。
こんな伝言、僕だって嫌だけどね」
優しいいつもの笑顔に一安心したなつみ。
「あ、そうか。何も君に言わせなくても、今僕が言えば良いんだよね。涅隊長と話してくるから、少し席を外すよ」
伝令神機をなつみに見せてから、立ち上がった。
「はい。お願いします」
ぺこっと頭を下げる。
「稽古、始めてて。もうひとつの悩みは、戻ってきてから聞くよ」
藍染は部屋を出ていった。
数分後、彼は帰ってきた。何やら首を傾げている。
「済まない、木之本くん。かけてみたんだけど、涅隊長は出てくれなかったよ。というか、着信拒否をされているのかもしれない。困った人だ」
(あくまでぼくに報告させるつもりだな。でもこれで、藍染隊長からの着信履歴が残ったから、あれが失くなったことは証明されたわけだ)
ふひゅ〜と、やれやれな安堵のため息が出た。
「ひとつ目は解決したということで、良いのかな?」
「はい。なんとか(半分は)」
「うん。それなら良かった。それで、どうしよう。ふたつ目は、稽古の後が良いかな。それとも、すぐ片付けてしまう?」
「あ…、う…。んー…」
また伏せてしまう。
「さっきのより、話しづらい内容なんだよね。うん。また後にしようか」
ぽんぽんと頭を撫でてくれた。
「君は本当に、撫子だな。どうしても、放っておけなくなる。どうしても」
「キミを抱きたいと思わなかった男は、今の瀞霊廷に1人もいないよ」
「無条件で異性を惹きつける力があるみたいなんだ」
京楽の言葉が蘇る。
(みんながぼくの頭を撫でてくれるけど、もっと他のところも触りたいって思ってるのかな。…藍染隊長も)
思い悩むなつみ。モヤモヤする気持ちに埋もれてしまう。お尻の痛みを思い出せたときから、ずっと引っかかっているこの気持ち。
(春水さんのためにも)
はっきりさせなければならない。
膝の上で握っている手に力を入れて、意を決した。
「今、お話ししたいです。ずっと前のことで、忘れちゃってるかもしれませんが、本当のところを知りたいんです」
「いつのことかな」
唇をくっと噛んでから、勇気と正義で持ち上げるように語り始める。
「天ぷら屋さんに連れて行ってもらった日の、お稽古のときのことです」
藍染の静かな瞬き。疑問や驚きがひとつも浮かんでいない。
「ここでぼくは、居眠りをしてしまいました」
「そうだね。覚えているよ」
つまり、真実は藍染の胸の内に確かにあるということ。どう出るのか。
なつみはこれ以上進めたくないと、顔を歪めたが、行くしかない。
「正直にお答えください。内容によっては、ぼくはもう、ここへは来られなくなりますが、お願いします。本当のことを教えてください」
立ち向かうように、藍染の顔をまともに見上げ、真実を受け止める準備はできていると示した。
「ぼくはあの時、藍染隊長とエッチしてしまったんですか」
沈黙が嫌に耳に刺さる。なつみは逃げたくて堪らなかった。馬鹿げた質問で隊長を困らせるなど、ただで済むわけがない。しかしなつみは白黒つけねば、この先をどう過ごせば良いのか想像できなかったのだ。馬鹿で終わるなら、それで良し。そうでなければ、過ちと折り合いをつけていく生き方を、探っていかなければならない。
逃げたいのは藍染も同じなのか、彼は目を覆うように眼鏡の縁に手を添える。
「君はおかしな夢を見たと言っていた。なのにそれが、夢じゃなかったかもしれないと、気付いてしまったんだね。どうしてかな」
答えになっていない。
「そうか…。異性を知ってしまったのか。京楽隊長に抱かれたんだね」
これも。
「疑い始めてしまったのに、よく、独りで来られたね。僕のこと、本当は怖いんじゃないのかな、木之本くん」
なっていないが、ほぼ見えてしまった。
「そう…」
手を膝に下ろして、藍染は述べた。
「君のいう通り、僕は悪者だ。嘘をついても仕方ないよね。僕は…、あの日、君を犯してしまった。黙っていて、済まない」
頭を下げてしまった。
「やめてください!謝ってほしいわけじゃないですから!顔を上げてください」
藍染の肩を持って、身体を起こさせようとする。
「寝ぼけていて、よくわかってなかったからですけど、藍染隊長にされていて、ぼくは拒絶しなかったんです。受け入れてしまっていたんです。藍染隊長は悪くありません。何も無かったように隠してたのも、ぼくたちの関係を壊さないようにするためで。藍染隊長はずっとツラいお気持ちでいたんじゃありませんか?本当のことが言えなくて…」
背筋を戻しても、視線は下方を向いてしまう。
「君は優しすぎるよ。ちゃんと、怒った方が良い。僕は眠る君を寝室に連れ込んで、自分の欲望のままに、君を抱いてしまったんだから。君の寝顔を見ていたら、どうしても、抑えきれなかったんだ。君が京楽隊長のことを想い続けてきたことを知っていたから、いけないことだとはわかっていたけど、止められなかった。情けないよ。
始め、起きた君に突き飛ばされるかと思っていたのに、君は僕に腕を回してくれたんだ。抱きついてくれて、とても嬉しかったよ。だから、そのまま進めてしまった。でも、段々と、君が僕のことを京楽隊長だと勘違いしているのに気付いて。それでも、もう僕は構わなかった。辞めてしまったら、二度と君に触れることはできないとわかっていたから。
僕は、木之本くん、君に恋しているんだ。報われることのない想いだから隠していた。だからって、この気持ちを伝える前に、君を犯してしまったのは、許されることじゃないんだけど。
ごめん…。僕は、君を困らせてばかりだね。鬼道の稽古だって、僕が教えてることはない。ただ僕が君といたいだけで来てもらってるんだ。もうここへ来ることは無いよ。こうして会うことは、終わりにしよう。もう、帰って、木之本くん。悩ませて、申し訳なかった」
また、藍染は頭を下げた。
告白を全て聞けたなつみは、進むべき道を見つけ出すことができた。立ち上がり、駆けていった先は。
「藍染隊長!」
出口ではなく、藍染の元。
「木之本くん。…ダメだよ。離れて」
「イヤです!」
帰るどころか、なつみは藍染に抱きついてしまい、彼を慰めることに一所懸命になっていた。
「藍染隊長ばっかり悪者になっちゃダメです!ぼくも間違ってましたから!そもそも寝ちゃったぼくが悪いんですから!ご自分を責め過ぎないでください。ぼくを追い出したり、しないでください!」
「でも、あの日の出来事が本当だとわかったら、僕と会うのを辞めるつもりだったんじゃ…」
「違いますよ」
腕の力を緩めて、なつみは少しだけ離れた。
「それは嘘をつかれたらの場合で。本当のことを話してもらえたら、いっしょにこの間違いと向き合って、寄り添っていかなきゃなって思ってたんです。藍染隊長が悪いって言うなら、ぼくも悪かったです。いっしょに反省しましょう。無かったことにはできませんから、間違えた過去をちゃんと受け止めて、同じ失敗をしないように、これからを過ごしていきましょう。正直に話していただいて、ありがとうございました。それから。
ぼくを好きになってくださったことも、ありがとうございます。仰る通り、ぼくはお気持ちに応えることはできませんが、とっても嬉しく思っています。ぼくだって、ぼくなりに藍染隊長のことが大好きですから、会いに来ないなんて選択、したくありませんよ。これからも、ぼくの鬼道の先生でいてください、藍染隊長」
下で控えていた藍染の手が、なつみの背に回り、ぐっと引き寄せてしまった。
「こんな僕を許してくれるんだね。そんな言葉をかけられたら、益々君のことを好きになってしまうよ」
抗えない、あたたかい誘惑に導かれ、藍染はなつみの髪に顔を擦り寄せて、囁いた。
「なつみ…」
「ッ…///」
藍染の首に伸ばした手を下ろしていなかったために、そんなつもりは無くとも、なつみは彼にしがみついている姿勢でいた。
「あの時も、ぼくのこと、下の名前で呼ばれましたね。本当は、ぼくのこと、そうやって呼びたいんですか?」
「うん…。大切にしたい人のことは、下の名前で呼びたいんだ。その方が、家柄とか出身ではなく、その人、本人のことを想ってるって伝えられる気がするからね」
「すてきな理由ですね」
「もっと素敵なのは、君の心さ」
覚えのある抱擁の感触。違和感は綺麗に溶けて、支えてあげたい気持ちに入れ替わった。
「藍染隊長が望むなら、そっちの名前で呼んでいただいて構いませんよ」
「本当に?」
「はい。ぼくも、惣右介さんって呼んじゃおっかな。なんちゃって😊」
「良いよ。そうして」
「え…///」
「今や下の名前で呼んでくれるの、京楽隊長だけだから。たまには違う人の口から聞きたいんだ」
藍染から見えない角度にあるなつみの表情というと、口がへの字に結ばれていた。
「たまにで良いよ。僕も、君にとっての大切な存在になりたいんだ」
何故かなつみには、甘えたいという響きに聞こえ。
(隊長って職は、相当のストレスなんだな。ぼくなんかに癒しを求めるなんて)
と、思ってしまった。
そこで、藍染の髪を優しく撫でてやりながら、内緒話をする声量で呼んであげた。
「惣右介さん」
そんなやり方は求めていなかったので、藍染は笑えてしまった。
「フフッ、慰めてくれて、ありがとう、なつみ」
「はぁ〜い😊」
なつみを帰した後の部屋。藍染は何かを握っていた。
「何故だろうな」
それは、捨てたと言ったはずのおもちゃだった。
「私の考えを台無しにしてくれる」
苛立ちを込めて、破道でそれを粉砕し、残骸をゴミ箱に入れた。
藍染の目論みは、以下の通りだった。真実を知ったなつみが怒り、部屋を出て行こうとするのを藍染が止め、無理矢理抱き、隠し持っていたおもちゃをなつみに当て、「これを欲しがったのはお前だな」と告げて、失神させるまで性行為をするというもの。自分ではなく京楽を選んだ罰と、自身の裏の顔や、鏡花水月の能力を悟られないように、そのままどこかへ連れ去るつもりでいた。だったのだが。
「許してしまうなんて」
なつみとくっついていた胸が、ぽかぽかとあたたかい。
「お前だけだ」
家の玄関に着いて、なつみははたと気付いた。
(あれ…?あれあれ?)
焦ったなつみは力一杯玄関の戸を開け、その場から美沙に声をかけた。
「美沙ちゃーんッ‼︎」
「おかえりー。どーしたのー?」
美沙も居る場所から動こうとしない。
「京楽隊長にすごく会いたくなっちゃったの‼︎今からすぐに会いに行きたいの‼︎」
こんなに素直に言うということは、緊急事態に違いない。
美沙は簡単に荷造りをしてやり、玄関で返事を待つなつみに投げつけた。
「なつみ!いってらっしゃい!」
「ありがとう!おやすみ、美沙ちゃん!」
再び出かけていくなつみ。
道に出ると抜刀し、唱える。
「叶え、夢現天道子。お願い。春水さんのとこに連れてって」
ほろ酔いの足取りで帰路に着く京楽。星空を見上げて願うことは。
「なつみちゃんに会いたいな〜」
仕事で疲れた身体を癒すものは、やはり愛する恋人である。あの笑顔を一目見れたなら、明日も幸せが訪れると約束されるような感覚に…。
「春水さんッ‼︎‼︎」
「へ?なつみちゃん⁉︎」
後方から突然呼び止められ、さっと振り返ると、会いたいと願ったあの子が、何故か刀を抜いて立っていた。
「どうしたの」
完全に方向転換した京楽の胸に、なつみは飛び込んでいった。斬魄刀を収め、彼に抱きついた。
「会いたくなったんです」
そんなことを言われては、デレッとしてしまうもので。
「ボクもだよ〜。嬉しいな〜。通じ合っちゃったね」
ぎゅ〜っと抱きしめ返してあげるのだが、腕の中から伝わる震えに気付いた。
「あれ、なつみちゃん、泣いてるの?」
「うぅぅぅぅ…」
ひっくひっくとしゃくるなつみ。
「何かあったんだね。話して、なつみちゃん」
京楽はなだめるようになつみの頭を撫でてやる。
「ぼく、うわ、浮気、しちゃい、ました」
「何だって」
「うぅぅ、ごめん、なさい。ごめんな、さい。あぁぁ」
京楽に縋るなつみの頬を落ちて行く大粒の涙。笑顔など、望めやしないこの非常事態。
「とにかく、ボクの家に行こう」
抱え上げて、なつみを連れて行くことにした。
誰にも邪魔されない寝室へ入ると、なつみをベッドに座らせて、事情を聞き出した京楽。以前、藍染に抱かれてしまったかもしれないことが、本当の出来事であったこと。それを許してあげたこと。落ち込む藍染を慰めたくて、彼を抱きしめてあげたこと。
「なつみちゃんは悪くないよ。困ってる人に寄り添ったり、すぐ抱きつきに行っちゃうのは、キミの癖じゃないか。優しいからしちゃうんだよ。そんなことで、ボクは怒ったりしないからね。だから、もう泣くことないよ。キミは浮気してない。ボクのところに、こうして来てくれたし」
「でも、でもぼくだったら、春水さんが、他の人と、仲良さそうにくっついてるの知ったら、嫌に思います」
「そうなの?そっか。なら、しないようにしなきゃ。もし、そんなことがあっても、キミがいちばんなのに変わりないけどね」
「ぼくもです」
「わかってる」
「じゃあ、さっきしちゃったこと、許してもらえるんですか」
「うん。そーだ!良いこと思いついたよ。今夜は浮気の線引きをしようか!」
「せんびき?」
「うん!こうしたら浮気っていうのを決めよう。そしたら安心だろ?何をしたらいけないのかわかれば、もうこうして悩むことも無くなるからね」
うんうんと頷いた。
「はい」
「よし。じゃぁー、始める前に、顔洗おっか。ね」
「お風呂、まだです」
「ふふ、なら、一緒に入ろう。バスローブ出してあげるね(笑)」
荷造りしてもらった鞄の中身は、使えたものが入っていなかった。セクシーランジェリー…。
(今日じゃねぇ‼︎‼︎)
翌日、八番隊舎。
「藍染隊長!どうされましたか、急に」
対応した七緒は突然の訪問に驚いていた。
「京楽隊長に話したいことがあって」
「やぁ、こんにちは、惣右介くん。こっち来て」
「はい」
事情を把握しているらしい京楽の態度にも驚く七緒。
「お茶をお持ちします」
機転を効かせて、そう動こうとしたのだが。
「いいよ。それより、みんなの見回りしてきてくれるかい?」
「わかりました…」
しばらく2人きりにさせろということ。
(どうしたのかしら)
応接室に入る京楽と藍染。京楽が先にソファに座った。
「そっちにどうぞ」
と、藍染に示すも、座ろうとしなかった。
「京楽隊長、今日伺ったのは」
「わかってる。なつみちゃんから聞いたよ。全部ね」
「済みません。彼女に対して僕は、してはいけないことをしてしまいました。本当に、済みませんでした」
深々と頭を下げる藍染。
脚を組み、もたれかかって座る京楽は、真摯なその姿を静かに見つめた。そして納得をする。
「頭を上げて。ボクが謝られても、しょうがないよ。嫌な思いをしたのは彼女だ」
言葉をいただけたため、身体を起こす藍染だが、立ったままだ。
「なつみちゃんに、キミのしたことを怒らないで欲しいと言われたよ。許してあげたし、過去のことだから、もうそっとしておきたいんだってさ。あの子の頼みだから、どんなに腹立たしくても、ボクは惣右介くんを責めたりしないよ。こうして、わざわざ直接会いに来てくれて、頭を下げてくれたわけだし」
「済みません」
「もういいって。座りなよ」
大人しく、向かいの席に腰掛ける。
「ただ、今度また同じことをしたら、わかってるね」
「承知してます。木之本くんは、あなたと付き合っているんです。しませんよ」
「なら、ボクは満足だよ」
「できるだけ、彼女から離れるようにも、努力します」
「そのことなんだけど」
京楽は脚を解いて、前のめりに座り直した。
「なつみちゃんとの恋は諦めて欲しいけど、だからといって、好きの気持ちを捨てたりはしないで欲しいんだ。みんなにも、同じように思ってる。今までと変わらず、あの子を大切にしてあげて。なつみちゃんにとって、みんなと仲良しでいられることが幸せだからね。変に避けようなんて、思わないであげて。寂しがるから。けど、あんまり近づき過ぎても困るかな。昨日の夜、大泣きされちゃったから。浮気したんじゃないかって、謝ってきたんだ。もう、あんな思いはさせたくない。程々に、親しくしてあげてよ」
「京楽隊長は、それで良いんですか」
「穏やかじゃないけど、あの子の笑顔のためだもん。言ったって、ついやっちゃうんだろ?なつみちゃんも、キミたちも。すーぐハグしちゃうんだから」
「そこで止められたら良いんですけど」
「なつみちゃんのかわいさに負けちゃうって言うんだろ?仕方ないよ。そうなった場合でも、ちゃんと対処できるように、昨日なつみちゃんに教えておいたから。キミらが変に手を出しても、大丈夫さ。お断りを覚えてくれたはずだからね」
「それは、頼もしいですね」
「ボクを想う気持ちが、何よりも勝ってくれるって信じてる。ボクがそうだから」
「…、羨ましい限りですね」