第七章
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瞼を開くことができた。自分の見慣れた両手が見える。
(生きてる…)
失ってしまった呼吸の仕方を取り戻すように、深く吸い込むと、自然と息を吐き出せた。機能は正常に働いてくれている。
その息吹に安堵したのは、なつみだけではなかった。
「良かった。起きたね、なつみちゃん」
ベッドの布団の中で、横向きに寝ていたなつみ。その声は後ろから聞こえたので、身体の向きを変えなければいけなかった。だが、声と優しさでわかる。
「京楽隊長」
動けるなら、起き上がらねば。立場と礼儀がある。
「無理しなくて良いのに。大丈夫かい?」
「はい」
掠れた返事だった。
何故だろうか。京楽も目覚めたばかりの様子である。
「ふふ。キミの隣で寝ていたら、夢の中で会えるんじゃないかと思って、うたた寝してたよ。会えなかったけどね。身体はまだ冷えてるかな」
なつみの頬と首筋に、ぴた、ぴた、と触れた。
「お茶を淹れてあげるね」
ベッドに被さる仕様のテーブルをセットしてから、魔法瓶に入っているお茶をカップに注ごうとする京楽。
「あ、あの、自分でやります」
京楽の手を止めさせようと、手を伸ばしたが。
「ダメ。ボクにお世話させて」
聞いてもらえなかった。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます」
ことりと置かれた湯気の立つカップを手で包むと、ほんのりあったかい。自然と顔がほころぶ。
カップを握る手元から腕へ、そして格好を見ると、なつみは自宅にあるはずのパジャマを着ているのに気付く。
「はい、半纏」
クローゼットから取り出されたその半纏も、なつみの物だった。
「あの、市丸隊長はどちらに」
「着替えと今いるものをとりあえずここに持ってきて、あとは美沙ちゃんちに運びに行くって言ってた。女の子に戻ったら、お引越しするって決めてたんだってね」
「そう、ですけど」なつみは驚いた。「でも、こんな急に」ちらりと時計を見る。「日を改めたって良いのに…」
日付が変わっていなければ、事故から数時間経過しただけだった。
淹れてもらったお茶を、ふーふーしてからひと口飲んでみる。
「男の子だったから、住まわせてあげてただけだってさ。女の子と一緒には寝たくないから、今日中にって、頑なに言い張ってた。彼も相当頑固だよ」ふっと笑った。「今からちゃんと検査してもらわないといけないけど、卯ノ花隊長曰く、夜には帰れるって言ってたからさ。今晩から、また美沙ちゃんと2人で暮らせるよ。楽しみだね」
そう意見を煽がれたから。
「はい…」
と答えるしかない。
「どうする?すぐ帰りたいなら、もう卯ノ花隊長を呼んでくるけど」
それは断らなければ。
「いえ、もうちょっと。これを飲んでからでお願いします。その、お話聞きたくて。京楽隊長はお急ぎですか?」
「そんなわけないだろ?いつだってボクは、お急ぎから逃げ切ってるつもりだよ」
褒められることではない。
「顔を洗おうか」
洗面器に水を入れ、手拭いを湿らせる。
「目をつぶって、顔こっちに向けて」
自分でバシャバシャと水を被りたいが、京楽の親切を無下にするわけにもいかない。
「お願いします」
言われた通りに大人しく構えた。
京楽は柔らかな手付きで、目元を拭いていく。なつみの顎をもう片方の手でくっと上げながら。
(…///)
川で溺れ、一度は冷え切った身体だが、ポッポと熱くなってきた。
「あの、協会のみなさんは」
丁寧に肌を撫でる。
「キミがここに運ばれてすぐ、彼らは残って、あそこの後片付けを始めたよ。キミがいなきゃ、楽しくないからね」
「そんな…。せっかくの会を台無しにしちゃいましたね。申し訳ないです」
「そんなこと言っちゃダメ。みんな、キミが無事で何よりだって言うよ。ボクは会員じゃないから、片付けを手伝わなくて良いって言われちゃってね。お言葉に甘えて、キミに付き添うことにしたよ」
「すいません。お世話様です」
手拭いを口元へ移す。
(ヨダレたれてたかなっ///💦)
「涅隊長もあの場に駆けつけててね」
「そうなんですか!」
「うん。それで、ボク、彼に酷いことを言ってしまったんだ。殴っちゃったし…」
「えっ⁉︎」
驚きで顔を離してしまったが、ちょうど拭き終わったようだ。手拭いを洗面器に浸して濯ぐ。
「キミの処置は自分がするから、技術開発局に連れて行くって言ってね。それ聞いて、頭に血が昇っちゃったんだ。なつみちゃんを男の子にして、挙句、溺れ死ぬ寸前までにした原因は彼にあるじゃないか。だから、思わずね。手が出ちゃった。これ以上、なつみちゃんを危険な目に遭わせるかって」
京楽がそこまでするなど、想像もつかないが。
「もちろん、涅隊長を怒らせちゃったよ。だってそうだよね。彼は全部、キミのためにって動いてきたんだもん。自分で助けたいはずだよ」
「それで、どうされたんですか」
その時の画が浮かんできた間があってから。
「市丸隊長が間に入ってきて、ボクらを叱ったよ」
息を呑むほどの驚きだった。
「隊長までいらしたんですか」
「うん。『隊長同士でケンカするな』『みっともない』『なつみちゃんの隊長は自分だ』『自分の指示に従ってもらう』ボクらに『とやかく言う資格は無い』ってさ。ごもっともだよ」
面目ないといった様子で、洗面器を水差しの置いてあるテーブルに戻しに行った。
「卯ノ花隊長が直々に現場に来てくれるって言うから、それを待つことにした。で、今キミはここにいる。涅隊長は大人しく帰ってくれたよ。ま、蟲をキミにつけてはいったけど」
主人の指示を仰がず、勝手に行動したケーソクくんは、あの場でマユリに踏み潰される覚悟でいたが、新たな任務を与えられ、生きながらえていた。ほっとしたのか、なつみが目覚めたのにも気付かず、ベッドの上、なつみが伸ばす足の方でまだぐっすり眠っていた。ちょいちょいとつま先で揺すると、パッと飛び上がった。
「ふふふっ」
慌ててなつみが構える左手首に止まり、寝ぼけ眼で計測を開始する。
「きみとは今日でお別れかな。さみしいけど」小さな頭を人差し指の先で撫でてあげる。「よく観てくれて、ありがとね」
お返事に、プンと羽音を鳴らしてくれた。
なつみは京楽へ視線を移す。彼はベッド横に置かれた椅子にいた。
「京楽隊長」
「何だい」
「その…、ぼくを川から引き上げてくれたのって、どなたでしょうか」
大事な質問だ。命の恩人ならば、あそこにいた全員を指すのだが、あの冷たい川に飛び込んでくれたのが誰なのかは、特別知りたいところ。何せ、自身の裸を晒してしまったのだから、謝らなければ。
京楽は申し訳なさそうに笑って答えた。
「ボクだよ」
肩をビクリとさせて驚いた。
「そ、そうでしたか。ありがとうございました///」
「良いよ、そんなの」
「あと、お見苦しいものを見せてしまいましたよね。すいません///」
胸を押さえつつ。
「ボクなんかより、市丸隊長の方が良かったよね」
「そんなことはっ」
「彼の方がずっと冷静だった。ボクはなりふり構わず飛び込んだだけさ。安心して。助けるのに必死で、全然見てなかったから」
もう少し居座っていたかったが、ケーソクくんは役目を終えて、飛び立った。京楽が開けてくれる窓から、プーンと去っていく。
「キミが無事で、本当に良かった」
窓を閉めて元の席に戻る。
「市丸隊長は、こんなに早く戻っちゃったのが、ボクのせいでもあるって言ってたけど、本当?だったら、ごめんね。押しかけなきゃ良かったな。こんなことになっちゃうなら…」
「それは違いますよ。こうなることは、誰にもわかりませんでした。涅隊長に前もってお伝えしていれば、避けられたかもしれませんが。だから、まぁ、ぼくが全部悪いです。全部…ぼくのせい」口に出したくは無いが。「死にかけたのも…、男になろうとしたからの、結果です」
こんなとき、迷わずなつみの頭を撫でてやり、慰めてやるのが常だが、その手は膝の上から動かなかった。
「ぼく…、ずっと前に京楽隊長がぼくに出した宿題のこと、考えてました。ぼくが気付いていない大事なことについて」
話題が飛んで、京楽は2、3瞬きをした。
「覚えててくれたんだ」
「もちろんです。でも見つけられなくて、お伝えできませんでした。それで考えて、ぼくがずっとなりたがってた男になれば、何かわかるかと思ったんですよね。
で、なってみて、藍染隊長がおっしゃったように、いろんな人からいろんな意見をいただいて、ぼくっていうひとりの存在が、どんなふうに求められていたのか、ちょっと見えた感じがしたんです。ぼくが変わった発言したり、変なことやったりしても、みんなそんなに嫌がっていなかったのに、男になったら、嫌に思われるの多いような気がして、女のままで良かったのかなって思えて…。環境に恵まれてるのに、わがまま過ぎたんじゃないかって、見えました。
ぼくが、そのままのぼく自身を、ひとりで嫌に思ってただけだったんですよね。女の子たちがすることを一緒にするのが、自分には似合わない、自分がやったら気持ち悪いって。そう思うなら、自分は女じゃない、男だって。そんな考え方をしていたから、こんなふうに間違っちゃったんですよね。男の身体になっても、似合わないことばっかりでした。
この姿を受け入れること。これに気付くことが、ぼくの宿題だったんですね。…違いますか?」
不安そうに京楽を見つめつつ、お茶をすする。一気に話したので、喉が乾いてしまった。
「うん…、そうだな…。正直、ボクが待ってたこととは違うけど、キミがそれが大事なことなんだって感じられたことは、すごく良いことだと思うよ」
カップをテーブルに置くと同時に、ため息が漏れた。
「そっか…。他にも大事なことで、気付いていないことが、ぼくの中にあるんですね。また考えなきゃ。何だろうなぁ…」
両手で包んだカップをくるくると回して、お茶が動くのを見ながら、なつみはまた話題を変えた。
「ずっと前からわかってて、あえてお伝えしてこなかったことなら、ありますけどね」
少し座る姿勢を変え、京楽は続きを聞こうとしたのだが、なつみはカップの手を止めて、チラチラと見えないことを聞いて探り、盗み聞きする者がいないかを確認した。
「大丈夫だよ。ボクらは2人きりだ」
その言葉にハッとして、頬を赤らめることでわかる。京楽が待ち望んでいた言葉を聞かせてくれるのだろう。だが、素直に喜べる自信は無かった。あの頃とは、まるで心情が変わってしまっていたから。
「ぼく、さっきまで眠っていたんですよね。ただの夢を、見てたんですよね。てっきり死んじゃったと思ってて、夢の中でいっぱい、今までのこと振り返って、やらなかったことを後悔してました。
ぼくが元の身体に戻ったとき、美沙ちゃんがどんな顔するか見たかったなとか。昇華の約束してた子たちを置いてっちゃうの申し訳ないなとか。アイツらが昇進して自慢してくるの見たかったなとか。市丸隊長がぼくといて良かったって、思ってもらえてるか知りたかったなとか。いろいろと…。こんなことで死んじゃうなら、性転換なんてしなきゃ良かったとか。ダサ過ぎる…。もっと楽しいことしたり、世界にある嫌なことをちょっとでも無くせるような生き方したかったのにって。
その中でも、京楽隊長に対して後悔したのは、ずっと嘘をつき続けてきたことです」
「嘘…?どんな嘘だい」
カップから離れた手は、不安そうにお腹のところで握られた。
「初めてお会いした…、いえ、違いましたね。ぼくが入隊してすぐにお会いした、あの時からずっと、ぼくは京楽隊長に恋していました…。ずっと」恥ずかしくて目を伏せてしまう。下唇をちゅっと噛んでから、次の言葉を紡ぎ出す。「あ、憧れていたのも本当で。きっと、おじちゃんと似ていると感じたのがきっかけで、京楽隊長に惹かれたんだと思いますが、でもそれはきっかけです。あくまで、きっかけ。京楽隊長のこと、どうしても目で追ったり、いろんなこと知りたいって思ったり。話しかけてもらったり、親切にしていただいたら、もうドキドキして、嬉しくて。ときめいてました。恋してました。
でも、京楽隊長のこと知ると、現実を見てしまうんですよね。京楽隊長がお好きなのは、大人な女性だって。ぼくにはなれないタイプの。それに、身分だって全然違う。ぼくはお姫様の道を捨てましたから。こんな下っ端の隊士に、隊長が本気になってくれるわけがないって、わかってました。だから傷がつきすぎないように、嘘の気持ちをお伝えして、誤魔化して、自分からは近づき過ぎないように距離を取っていたんです。京楽隊長はぼくのことをからかって遊んでるだけだから、かわいがってくれたり、触ってくれたりするからって、本気にしたら馬鹿を見るぞって言い聞かせてました」
勘違いも甚だしいと思いつつも、京楽はこの告白を最後まで静かに聴き続けようと決めた。
「でも、デートに連れてっていただいたときに、ぼくはそんな考え方を変えたくなったんです。ぼくの手を引いていく、京楽隊長の優しい想いを、まるっと信じてみたくなったんです。
だけどぼくは、世間一般の女性像からは離れた存在なので、疑っている部分もありました。京楽隊長が見るぼくと、ぼくの中のぼくは違います。なので、本当のぼくを見てもらって、その京楽隊長の反応を確認してから、アタックしようって決めたんです。
そしたら、まぁ、案の定ですけど、淡い期待は打ち砕かれて、予想通り嫌われてしまいまして。『女だから』という動機が、確固たるものになりました。
もう諦めちゃおうって、してましたけど、結局、目で追うことはやめられず、もう知らないって念じてないと、無視できないほどでした。見事に嫌われてしまったので、この恋心は秘めて、終わらせてしまおうと思ってました。
けど、京楽隊長がおじちゃんの弟さんで、死神ごっこに付き合ってくれた…お、兄さん、だったことを知って、嫌いなままで終わらせたくなくなりました。そう思っていたら仲直りできて、安心して。
そしたら、しまっておいた恋心だったのに、また大っきくなっちゃって。どうしても、気持ちだけは伝えたくなりました。
京楽隊長の恋愛対象が女性とおっしゃっていたので、こっちの身体に戻ってから言いに行こうと思ってました。少しでも気分を害したくなかったので。京楽隊長にちょっとでも好きになってもらえるように、この性で産まれたなら、それならそれで良いかと思えるようになりましたし。なのに……」
お茶であたたまってきた身体だったが、その時の感情を思い出すと、冷えが戻ってきた。
「戻ってからなんて悠長なこと言ってたら、一生言えなくなるところでした。すごく、嫌でした…」
正直に自分の気持ちを打ち明けるには、顔は無い方が良い。それまでずっと俯いていたのだが、ここから先は彼を見て、まっすぐに伝えたい。なつみは静かに息を吸って、心を整えた。
「助けていただいて、ありがとうございました。ぼくに気持ちを伝えるチャンスをくださって、ありがとうございます」
きゅっと一度目をつむってから、ぱっと顔を上げる。
そこに見えたのは、全てを容易に受け止めてくれそうな微笑みだった。
「っ///」
やっぱり好き。
少し照れた間を置いてしまったが、突き進むつもりだ。充分遠回りをして、結論を導き出す経験は回収できているはず。生き返ったこの命、絶対無駄にしない。絶対後悔したくない!大丈夫。今の京楽の瞳は信じられそうだ。仲違いをする前の、彼の瞳がそこにある。
「好きです、京楽隊長!ずっとずっと、大好きでした!他の誰よりも。ぼくは京楽隊長に恋してます!ぼくにとってのいちばんは、京楽隊長です!京楽隊長に嫌われても、誰かがぼくの考えをバカにしても、ぼくは絶対、京楽隊長をお慕いします!大好きです!」
紅潮すらできるなつみの身体。潤んだ大きな目は懸命に京楽の返事を待つ。
「なつみちゃん…」
待つのだが…、彼の表情ときたら、何だかちょっと笑ってる?
席を立ち、テーブルをベッドから離していく。
「京楽隊長…?」
何も思ってくれなかったのか?
「なつみちゃん、キミ、どんな格好してるか、忘れちゃってるよね」
「えっ…」
パジャマ、半纏。
(ほッ⁉️💦///)
お昼寝から起きて、した身支度としては、顔を拭くとお茶を飲んだだけ。おそらく…。京楽が人差し指をなつみに向けて、くる〜っと不思議な動きをさせた。つまり、寝癖がぴょんぴょん。
「あわッ😣⁉️」
あちゃーと縮こまる。
身だしなみ、姿勢、場所、全てを落ち着いて振り返ると、およそ愛の告白には相応しくない、ロマンチックとは程遠いこの状況。
「ククッ、こんな飾らない素直な告白、初めてされたよ(笑)」
「うぅぅ、すいません。もう忘れてください!無かったことにしてください!」
布団に潜ってダンゴムシになり、現実逃避といこう。
「こーら。逃げないの。絶対忘れたりなんかしないよ。ボクの返事を聞いてよ、なつみちゃん」
布団はあっさりと捲られてしまい、ダンゴムシはもじもじと正座に座り直した。京楽は椅子ではなく、ベッドに座る。しゅんと俯くなつみ。
「ありがとう、なつみちゃん。キミの想い、伝わったよ。ボクがずっと聞きたかった言葉だった。やっと言ってくれたね」
京楽が撫でたところで、ぴょんと跳ね返る寝癖。
「え…、宿題って、もしかして」
「そうだよ。これだよ」
上がった視線に寄り添うように、京楽の手はなつみの頬を包み、そしてふたりの唇が重なった。
「愛の告白、よくできました。ボクもキミが大好きだよ。恋しくてたまらなかった」
「あ、あの、ぅ…、んん…」
こんな展開は予想していなかったため、言葉を失い、肩をすくめてちいちゃくなっていくなつみ。
(ちゅ、ちゅーしちゃったぁ…💦///)
むきゃぁーっ💖と心の中では大騒ぎのなつみは、顔を手で覆い隠し、感情の乱舞を抑え込むことに必死だった。
「えっと、なつみちゃん、大丈夫?ごめん。やりすぎたかな💧」
ブンブンブンッと身体を横に振りまくり、大丈夫アピールをした。
「そ、そう…?」
ブンブンッと今度は縦に振った。そしてピタリと停止。若干の震え。
なつみの照れ屋を前に、更なる手は控えておこうと、一旦退がる京楽。
「でもなつみちゃん、本当にボクで良いの?キミのいちばん。市丸隊長じゃないのかい」
気になるところだった。
なつみは手を放し、語り出す。市丸の名で、少し落ち着いたようだ。
「京楽隊長から離れることになってから、市丸隊長の優しい行為がとってもありがたくて、この間、隊長に、『お兄ちゃんへの好きじゃなくて、恋の好きになっても良いですか』ってきいたんです」
これには、京楽の喜びも落ち着いてしまう。
「何て…言われたんだい」
「…、ダメって、言われちゃいました」
「そう…」
「理由がちゃんとしてて、納得でしたよ」
首を傾げる京楽。
「『キミはボクの行為を受け止めてるだけや』『自分から積極的に動いて、ボクを求める好きの気持ちを向けたことなんかない』。ぼくの気持ちが向いてる先は、京楽隊長ただ1人だと言われました。あっちがダメだからこっちにしておこうなんてことなら、『ボクに失礼やろ?』って。ほんとですよね。なので、市丸隊長はぼくにとって、隊長兼お兄ちゃんです。この『好き』は、恋じゃありません。ずっと変わりません。『間違えたら、あかん』です」
嘘が無いことを示すように、なつみは微笑み、京楽を安心させる好きの気持ちを彼に見せた。
「さすが、市丸隊長お兄ちゃんだね…」
『行為』という言葉が何を指すか少し疑いたいが、とりあえずは頭の隅に置いておこう。市丸が身を退いたことは確かなようだから。
「なつみちゃん」
降りていた脚をベッドの上にあげ、緊張が和らいでいたなつみの身体を、京楽は迷いなく抱き寄せた。
「あぅっ///」
また固まった。
「こんな言葉で、うまく伝わるかわからないけど」京楽の脚の間で動けないなつみは、もう完全に彼のもの。「今までの中でいちばん、今のキミが好きだよ」
よそ見の心配が無くなったから?
「男の子になっちゃった時間は、無駄だったように見える?ボクにはいろんなことに気付く大事な時間だったと思うよ。ボクはもう心から言える。全部ひっくるめてキミのことを愛してるんだよ、ってね」
(『あいしてる』💖///)
お耳に嬉しすぎる声。
「ぼっ、ぼくも❗️こんな言葉で伝わるかわかりませんが、い、言わせてください❗️」
変な負けず嫌いが突発。
「なに〜?(笑)」
もう聞く前に惚気てしまう。
「ぼくには、今の京楽隊長が、いっちばん、かっこいいですッ💖」
自分から仕掛けたのに、煙が出そうなほどポッポッポッ。
(ムキャァーーーッ‼️💓💓💓)
乱舞でした。
テンションが上がり、何かにくっつきたくなったなつみは、勢いで京楽の胸に飛びついてしまった。
「むきゃ?」
我に帰る。
「ムキャァーーーッ‼️💦💦💦」
我ながらの大胆さに気付きて、飛び上がって離れようとしたのだが。そりゃ離れられないさ。
「静かにしなきゃダメだろ?なつみちゃん」
「むぐぐッ❣️❣️❣️💦」
うるさいお口をお口で塞ぐこと、1、2、3秒。で離れると思ったが、そんなことはない。遠慮が必要ないとわかった彼の舌が、なつみの口の中をあちこち触って遊びたがる。
「ふぅんん///💦」
川で窒息したばかりのなつみは、また窒息しそうだった。助けてくれた人にやられるとは。苦しそうにしがみつく手が、余計に燃えさせてしまう。
クラクラな顔を見たさに、ようやく離れてくれる京楽。なつみの口はたらんと開かれたまま、小さな舌がしまえずに外を覗いていた。
「かわいい」
もう半纏脱いだ方が良さそうなほど熱いなつみは、これ以上キスされないように、京楽の胸板に顔をくっつけた。
「ごーめーん。怒らないで」
そんなこと言ったって、頭の傾きでわかる。むーっとなっている。
「機嫌直してよぉ。なつみちゃーん」
ゆ〜らゆ〜らと右に左に大きく揺れて、かわいいこの子をあやしてあげる。そうすると、下から声がした。
「ぼく…、やっぱり死んじゃったんじゃないですか…?」
「ええ?そんなわけ」
突拍子もないご意見に、主導権を握った気でいた京楽は面食らってしまうが。
「だって、こんなに幸せになれるわけないもん」
言った理由がこれで、トーンは拗ねている。愛おしくて、京楽はぎゅぅと抱きしめてあげた。
「なって良いんだよ。キミは生きてる。こんなに元気な鼓動を響かせてるじゃないか」
トクンっトクンっトクンっ
耳を澄ますともう1人分の音も。
「京楽隊長のも聞こえます…」
「キミのに比べれば、醜いもんだろ」
「いいえ…」
彼の着物の着方はいつも通り。胸元の開きが大きいため、なつみが瞬きをする度に、パサパサと肌に直接触れる。心までくすぐられるようだ。
「このままずっといっしょにいたいくらいです…」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない」
なつみの背に回されている片手が、何故かするすると前にやって来ようとする。
ゾクゾクゾク…
仕方がないのだ。なつみの場合、パジャマ、イコール、下着は無しなのだから、胸の膨らみに視線が行けば、布地越しでもわかる。見るだけで我慢はもう終わりだ。
「卯ノ花隊長はまだ呼ばずに、ボクが触診しちゃおっかな♪」
とイタズラなその手が胸に触れようとした時。
ガチャ
「木之本、入るぞ!良かったな、助かって!」
浮竹が中の状況も露知らず、当たり前のように彼らがいる病室の戸を開けてしまった。
「浮竹⁉︎」
驚いた京楽は、本当は止めようとした手なのに、誤ってツンとなつみの乳首に当ててしまった。
「あんっ……❤️」
甲高いいやらしい声が、フリーズした部屋にとどろいた。
「ッ…💦💦💦///」
今さら口を押さえても、出たものは帰らない。
「いや、あの、これ、違うんだ、浮竹。誤解だよ😅💦💦💦」
「💢」
弁明の余地はございません。
「ここをどこだと思ってんだ、京楽ーーーッ‼️‼️💢」
「ごめんなさーーーいッ❗️😫💦💦💦」
男性死神協会のメンバーが、外の廊下でもじもじしていたとさ。
(生きてる…)
失ってしまった呼吸の仕方を取り戻すように、深く吸い込むと、自然と息を吐き出せた。機能は正常に働いてくれている。
その息吹に安堵したのは、なつみだけではなかった。
「良かった。起きたね、なつみちゃん」
ベッドの布団の中で、横向きに寝ていたなつみ。その声は後ろから聞こえたので、身体の向きを変えなければいけなかった。だが、声と優しさでわかる。
「京楽隊長」
動けるなら、起き上がらねば。立場と礼儀がある。
「無理しなくて良いのに。大丈夫かい?」
「はい」
掠れた返事だった。
何故だろうか。京楽も目覚めたばかりの様子である。
「ふふ。キミの隣で寝ていたら、夢の中で会えるんじゃないかと思って、うたた寝してたよ。会えなかったけどね。身体はまだ冷えてるかな」
なつみの頬と首筋に、ぴた、ぴた、と触れた。
「お茶を淹れてあげるね」
ベッドに被さる仕様のテーブルをセットしてから、魔法瓶に入っているお茶をカップに注ごうとする京楽。
「あ、あの、自分でやります」
京楽の手を止めさせようと、手を伸ばしたが。
「ダメ。ボクにお世話させて」
聞いてもらえなかった。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます」
ことりと置かれた湯気の立つカップを手で包むと、ほんのりあったかい。自然と顔がほころぶ。
カップを握る手元から腕へ、そして格好を見ると、なつみは自宅にあるはずのパジャマを着ているのに気付く。
「はい、半纏」
クローゼットから取り出されたその半纏も、なつみの物だった。
「あの、市丸隊長はどちらに」
「着替えと今いるものをとりあえずここに持ってきて、あとは美沙ちゃんちに運びに行くって言ってた。女の子に戻ったら、お引越しするって決めてたんだってね」
「そう、ですけど」なつみは驚いた。「でも、こんな急に」ちらりと時計を見る。「日を改めたって良いのに…」
日付が変わっていなければ、事故から数時間経過しただけだった。
淹れてもらったお茶を、ふーふーしてからひと口飲んでみる。
「男の子だったから、住まわせてあげてただけだってさ。女の子と一緒には寝たくないから、今日中にって、頑なに言い張ってた。彼も相当頑固だよ」ふっと笑った。「今からちゃんと検査してもらわないといけないけど、卯ノ花隊長曰く、夜には帰れるって言ってたからさ。今晩から、また美沙ちゃんと2人で暮らせるよ。楽しみだね」
そう意見を煽がれたから。
「はい…」
と答えるしかない。
「どうする?すぐ帰りたいなら、もう卯ノ花隊長を呼んでくるけど」
それは断らなければ。
「いえ、もうちょっと。これを飲んでからでお願いします。その、お話聞きたくて。京楽隊長はお急ぎですか?」
「そんなわけないだろ?いつだってボクは、お急ぎから逃げ切ってるつもりだよ」
褒められることではない。
「顔を洗おうか」
洗面器に水を入れ、手拭いを湿らせる。
「目をつぶって、顔こっちに向けて」
自分でバシャバシャと水を被りたいが、京楽の親切を無下にするわけにもいかない。
「お願いします」
言われた通りに大人しく構えた。
京楽は柔らかな手付きで、目元を拭いていく。なつみの顎をもう片方の手でくっと上げながら。
(…///)
川で溺れ、一度は冷え切った身体だが、ポッポと熱くなってきた。
「あの、協会のみなさんは」
丁寧に肌を撫でる。
「キミがここに運ばれてすぐ、彼らは残って、あそこの後片付けを始めたよ。キミがいなきゃ、楽しくないからね」
「そんな…。せっかくの会を台無しにしちゃいましたね。申し訳ないです」
「そんなこと言っちゃダメ。みんな、キミが無事で何よりだって言うよ。ボクは会員じゃないから、片付けを手伝わなくて良いって言われちゃってね。お言葉に甘えて、キミに付き添うことにしたよ」
「すいません。お世話様です」
手拭いを口元へ移す。
(ヨダレたれてたかなっ///💦)
「涅隊長もあの場に駆けつけててね」
「そうなんですか!」
「うん。それで、ボク、彼に酷いことを言ってしまったんだ。殴っちゃったし…」
「えっ⁉︎」
驚きで顔を離してしまったが、ちょうど拭き終わったようだ。手拭いを洗面器に浸して濯ぐ。
「キミの処置は自分がするから、技術開発局に連れて行くって言ってね。それ聞いて、頭に血が昇っちゃったんだ。なつみちゃんを男の子にして、挙句、溺れ死ぬ寸前までにした原因は彼にあるじゃないか。だから、思わずね。手が出ちゃった。これ以上、なつみちゃんを危険な目に遭わせるかって」
京楽がそこまでするなど、想像もつかないが。
「もちろん、涅隊長を怒らせちゃったよ。だってそうだよね。彼は全部、キミのためにって動いてきたんだもん。自分で助けたいはずだよ」
「それで、どうされたんですか」
その時の画が浮かんできた間があってから。
「市丸隊長が間に入ってきて、ボクらを叱ったよ」
息を呑むほどの驚きだった。
「隊長までいらしたんですか」
「うん。『隊長同士でケンカするな』『みっともない』『なつみちゃんの隊長は自分だ』『自分の指示に従ってもらう』ボクらに『とやかく言う資格は無い』ってさ。ごもっともだよ」
面目ないといった様子で、洗面器を水差しの置いてあるテーブルに戻しに行った。
「卯ノ花隊長が直々に現場に来てくれるって言うから、それを待つことにした。で、今キミはここにいる。涅隊長は大人しく帰ってくれたよ。ま、蟲をキミにつけてはいったけど」
主人の指示を仰がず、勝手に行動したケーソクくんは、あの場でマユリに踏み潰される覚悟でいたが、新たな任務を与えられ、生きながらえていた。ほっとしたのか、なつみが目覚めたのにも気付かず、ベッドの上、なつみが伸ばす足の方でまだぐっすり眠っていた。ちょいちょいとつま先で揺すると、パッと飛び上がった。
「ふふふっ」
慌ててなつみが構える左手首に止まり、寝ぼけ眼で計測を開始する。
「きみとは今日でお別れかな。さみしいけど」小さな頭を人差し指の先で撫でてあげる。「よく観てくれて、ありがとね」
お返事に、プンと羽音を鳴らしてくれた。
なつみは京楽へ視線を移す。彼はベッド横に置かれた椅子にいた。
「京楽隊長」
「何だい」
「その…、ぼくを川から引き上げてくれたのって、どなたでしょうか」
大事な質問だ。命の恩人ならば、あそこにいた全員を指すのだが、あの冷たい川に飛び込んでくれたのが誰なのかは、特別知りたいところ。何せ、自身の裸を晒してしまったのだから、謝らなければ。
京楽は申し訳なさそうに笑って答えた。
「ボクだよ」
肩をビクリとさせて驚いた。
「そ、そうでしたか。ありがとうございました///」
「良いよ、そんなの」
「あと、お見苦しいものを見せてしまいましたよね。すいません///」
胸を押さえつつ。
「ボクなんかより、市丸隊長の方が良かったよね」
「そんなことはっ」
「彼の方がずっと冷静だった。ボクはなりふり構わず飛び込んだだけさ。安心して。助けるのに必死で、全然見てなかったから」
もう少し居座っていたかったが、ケーソクくんは役目を終えて、飛び立った。京楽が開けてくれる窓から、プーンと去っていく。
「キミが無事で、本当に良かった」
窓を閉めて元の席に戻る。
「市丸隊長は、こんなに早く戻っちゃったのが、ボクのせいでもあるって言ってたけど、本当?だったら、ごめんね。押しかけなきゃ良かったな。こんなことになっちゃうなら…」
「それは違いますよ。こうなることは、誰にもわかりませんでした。涅隊長に前もってお伝えしていれば、避けられたかもしれませんが。だから、まぁ、ぼくが全部悪いです。全部…ぼくのせい」口に出したくは無いが。「死にかけたのも…、男になろうとしたからの、結果です」
こんなとき、迷わずなつみの頭を撫でてやり、慰めてやるのが常だが、その手は膝の上から動かなかった。
「ぼく…、ずっと前に京楽隊長がぼくに出した宿題のこと、考えてました。ぼくが気付いていない大事なことについて」
話題が飛んで、京楽は2、3瞬きをした。
「覚えててくれたんだ」
「もちろんです。でも見つけられなくて、お伝えできませんでした。それで考えて、ぼくがずっとなりたがってた男になれば、何かわかるかと思ったんですよね。
で、なってみて、藍染隊長がおっしゃったように、いろんな人からいろんな意見をいただいて、ぼくっていうひとりの存在が、どんなふうに求められていたのか、ちょっと見えた感じがしたんです。ぼくが変わった発言したり、変なことやったりしても、みんなそんなに嫌がっていなかったのに、男になったら、嫌に思われるの多いような気がして、女のままで良かったのかなって思えて…。環境に恵まれてるのに、わがまま過ぎたんじゃないかって、見えました。
ぼくが、そのままのぼく自身を、ひとりで嫌に思ってただけだったんですよね。女の子たちがすることを一緒にするのが、自分には似合わない、自分がやったら気持ち悪いって。そう思うなら、自分は女じゃない、男だって。そんな考え方をしていたから、こんなふうに間違っちゃったんですよね。男の身体になっても、似合わないことばっかりでした。
この姿を受け入れること。これに気付くことが、ぼくの宿題だったんですね。…違いますか?」
不安そうに京楽を見つめつつ、お茶をすする。一気に話したので、喉が乾いてしまった。
「うん…、そうだな…。正直、ボクが待ってたこととは違うけど、キミがそれが大事なことなんだって感じられたことは、すごく良いことだと思うよ」
カップをテーブルに置くと同時に、ため息が漏れた。
「そっか…。他にも大事なことで、気付いていないことが、ぼくの中にあるんですね。また考えなきゃ。何だろうなぁ…」
両手で包んだカップをくるくると回して、お茶が動くのを見ながら、なつみはまた話題を変えた。
「ずっと前からわかってて、あえてお伝えしてこなかったことなら、ありますけどね」
少し座る姿勢を変え、京楽は続きを聞こうとしたのだが、なつみはカップの手を止めて、チラチラと見えないことを聞いて探り、盗み聞きする者がいないかを確認した。
「大丈夫だよ。ボクらは2人きりだ」
その言葉にハッとして、頬を赤らめることでわかる。京楽が待ち望んでいた言葉を聞かせてくれるのだろう。だが、素直に喜べる自信は無かった。あの頃とは、まるで心情が変わってしまっていたから。
「ぼく、さっきまで眠っていたんですよね。ただの夢を、見てたんですよね。てっきり死んじゃったと思ってて、夢の中でいっぱい、今までのこと振り返って、やらなかったことを後悔してました。
ぼくが元の身体に戻ったとき、美沙ちゃんがどんな顔するか見たかったなとか。昇華の約束してた子たちを置いてっちゃうの申し訳ないなとか。アイツらが昇進して自慢してくるの見たかったなとか。市丸隊長がぼくといて良かったって、思ってもらえてるか知りたかったなとか。いろいろと…。こんなことで死んじゃうなら、性転換なんてしなきゃ良かったとか。ダサ過ぎる…。もっと楽しいことしたり、世界にある嫌なことをちょっとでも無くせるような生き方したかったのにって。
その中でも、京楽隊長に対して後悔したのは、ずっと嘘をつき続けてきたことです」
「嘘…?どんな嘘だい」
カップから離れた手は、不安そうにお腹のところで握られた。
「初めてお会いした…、いえ、違いましたね。ぼくが入隊してすぐにお会いした、あの時からずっと、ぼくは京楽隊長に恋していました…。ずっと」恥ずかしくて目を伏せてしまう。下唇をちゅっと噛んでから、次の言葉を紡ぎ出す。「あ、憧れていたのも本当で。きっと、おじちゃんと似ていると感じたのがきっかけで、京楽隊長に惹かれたんだと思いますが、でもそれはきっかけです。あくまで、きっかけ。京楽隊長のこと、どうしても目で追ったり、いろんなこと知りたいって思ったり。話しかけてもらったり、親切にしていただいたら、もうドキドキして、嬉しくて。ときめいてました。恋してました。
でも、京楽隊長のこと知ると、現実を見てしまうんですよね。京楽隊長がお好きなのは、大人な女性だって。ぼくにはなれないタイプの。それに、身分だって全然違う。ぼくはお姫様の道を捨てましたから。こんな下っ端の隊士に、隊長が本気になってくれるわけがないって、わかってました。だから傷がつきすぎないように、嘘の気持ちをお伝えして、誤魔化して、自分からは近づき過ぎないように距離を取っていたんです。京楽隊長はぼくのことをからかって遊んでるだけだから、かわいがってくれたり、触ってくれたりするからって、本気にしたら馬鹿を見るぞって言い聞かせてました」
勘違いも甚だしいと思いつつも、京楽はこの告白を最後まで静かに聴き続けようと決めた。
「でも、デートに連れてっていただいたときに、ぼくはそんな考え方を変えたくなったんです。ぼくの手を引いていく、京楽隊長の優しい想いを、まるっと信じてみたくなったんです。
だけどぼくは、世間一般の女性像からは離れた存在なので、疑っている部分もありました。京楽隊長が見るぼくと、ぼくの中のぼくは違います。なので、本当のぼくを見てもらって、その京楽隊長の反応を確認してから、アタックしようって決めたんです。
そしたら、まぁ、案の定ですけど、淡い期待は打ち砕かれて、予想通り嫌われてしまいまして。『女だから』という動機が、確固たるものになりました。
もう諦めちゃおうって、してましたけど、結局、目で追うことはやめられず、もう知らないって念じてないと、無視できないほどでした。見事に嫌われてしまったので、この恋心は秘めて、終わらせてしまおうと思ってました。
けど、京楽隊長がおじちゃんの弟さんで、死神ごっこに付き合ってくれた…お、兄さん、だったことを知って、嫌いなままで終わらせたくなくなりました。そう思っていたら仲直りできて、安心して。
そしたら、しまっておいた恋心だったのに、また大っきくなっちゃって。どうしても、気持ちだけは伝えたくなりました。
京楽隊長の恋愛対象が女性とおっしゃっていたので、こっちの身体に戻ってから言いに行こうと思ってました。少しでも気分を害したくなかったので。京楽隊長にちょっとでも好きになってもらえるように、この性で産まれたなら、それならそれで良いかと思えるようになりましたし。なのに……」
お茶であたたまってきた身体だったが、その時の感情を思い出すと、冷えが戻ってきた。
「戻ってからなんて悠長なこと言ってたら、一生言えなくなるところでした。すごく、嫌でした…」
正直に自分の気持ちを打ち明けるには、顔は無い方が良い。それまでずっと俯いていたのだが、ここから先は彼を見て、まっすぐに伝えたい。なつみは静かに息を吸って、心を整えた。
「助けていただいて、ありがとうございました。ぼくに気持ちを伝えるチャンスをくださって、ありがとうございます」
きゅっと一度目をつむってから、ぱっと顔を上げる。
そこに見えたのは、全てを容易に受け止めてくれそうな微笑みだった。
「っ///」
やっぱり好き。
少し照れた間を置いてしまったが、突き進むつもりだ。充分遠回りをして、結論を導き出す経験は回収できているはず。生き返ったこの命、絶対無駄にしない。絶対後悔したくない!大丈夫。今の京楽の瞳は信じられそうだ。仲違いをする前の、彼の瞳がそこにある。
「好きです、京楽隊長!ずっとずっと、大好きでした!他の誰よりも。ぼくは京楽隊長に恋してます!ぼくにとってのいちばんは、京楽隊長です!京楽隊長に嫌われても、誰かがぼくの考えをバカにしても、ぼくは絶対、京楽隊長をお慕いします!大好きです!」
紅潮すらできるなつみの身体。潤んだ大きな目は懸命に京楽の返事を待つ。
「なつみちゃん…」
待つのだが…、彼の表情ときたら、何だかちょっと笑ってる?
席を立ち、テーブルをベッドから離していく。
「京楽隊長…?」
何も思ってくれなかったのか?
「なつみちゃん、キミ、どんな格好してるか、忘れちゃってるよね」
「えっ…」
パジャマ、半纏。
(ほッ⁉️💦///)
お昼寝から起きて、した身支度としては、顔を拭くとお茶を飲んだだけ。おそらく…。京楽が人差し指をなつみに向けて、くる〜っと不思議な動きをさせた。つまり、寝癖がぴょんぴょん。
「あわッ😣⁉️」
あちゃーと縮こまる。
身だしなみ、姿勢、場所、全てを落ち着いて振り返ると、およそ愛の告白には相応しくない、ロマンチックとは程遠いこの状況。
「ククッ、こんな飾らない素直な告白、初めてされたよ(笑)」
「うぅぅ、すいません。もう忘れてください!無かったことにしてください!」
布団に潜ってダンゴムシになり、現実逃避といこう。
「こーら。逃げないの。絶対忘れたりなんかしないよ。ボクの返事を聞いてよ、なつみちゃん」
布団はあっさりと捲られてしまい、ダンゴムシはもじもじと正座に座り直した。京楽は椅子ではなく、ベッドに座る。しゅんと俯くなつみ。
「ありがとう、なつみちゃん。キミの想い、伝わったよ。ボクがずっと聞きたかった言葉だった。やっと言ってくれたね」
京楽が撫でたところで、ぴょんと跳ね返る寝癖。
「え…、宿題って、もしかして」
「そうだよ。これだよ」
上がった視線に寄り添うように、京楽の手はなつみの頬を包み、そしてふたりの唇が重なった。
「愛の告白、よくできました。ボクもキミが大好きだよ。恋しくてたまらなかった」
「あ、あの、ぅ…、んん…」
こんな展開は予想していなかったため、言葉を失い、肩をすくめてちいちゃくなっていくなつみ。
(ちゅ、ちゅーしちゃったぁ…💦///)
むきゃぁーっ💖と心の中では大騒ぎのなつみは、顔を手で覆い隠し、感情の乱舞を抑え込むことに必死だった。
「えっと、なつみちゃん、大丈夫?ごめん。やりすぎたかな💧」
ブンブンブンッと身体を横に振りまくり、大丈夫アピールをした。
「そ、そう…?」
ブンブンッと今度は縦に振った。そしてピタリと停止。若干の震え。
なつみの照れ屋を前に、更なる手は控えておこうと、一旦退がる京楽。
「でもなつみちゃん、本当にボクで良いの?キミのいちばん。市丸隊長じゃないのかい」
気になるところだった。
なつみは手を放し、語り出す。市丸の名で、少し落ち着いたようだ。
「京楽隊長から離れることになってから、市丸隊長の優しい行為がとってもありがたくて、この間、隊長に、『お兄ちゃんへの好きじゃなくて、恋の好きになっても良いですか』ってきいたんです」
これには、京楽の喜びも落ち着いてしまう。
「何て…言われたんだい」
「…、ダメって、言われちゃいました」
「そう…」
「理由がちゃんとしてて、納得でしたよ」
首を傾げる京楽。
「『キミはボクの行為を受け止めてるだけや』『自分から積極的に動いて、ボクを求める好きの気持ちを向けたことなんかない』。ぼくの気持ちが向いてる先は、京楽隊長ただ1人だと言われました。あっちがダメだからこっちにしておこうなんてことなら、『ボクに失礼やろ?』って。ほんとですよね。なので、市丸隊長はぼくにとって、隊長兼お兄ちゃんです。この『好き』は、恋じゃありません。ずっと変わりません。『間違えたら、あかん』です」
嘘が無いことを示すように、なつみは微笑み、京楽を安心させる好きの気持ちを彼に見せた。
「さすが、市丸隊長お兄ちゃんだね…」
『行為』という言葉が何を指すか少し疑いたいが、とりあえずは頭の隅に置いておこう。市丸が身を退いたことは確かなようだから。
「なつみちゃん」
降りていた脚をベッドの上にあげ、緊張が和らいでいたなつみの身体を、京楽は迷いなく抱き寄せた。
「あぅっ///」
また固まった。
「こんな言葉で、うまく伝わるかわからないけど」京楽の脚の間で動けないなつみは、もう完全に彼のもの。「今までの中でいちばん、今のキミが好きだよ」
よそ見の心配が無くなったから?
「男の子になっちゃった時間は、無駄だったように見える?ボクにはいろんなことに気付く大事な時間だったと思うよ。ボクはもう心から言える。全部ひっくるめてキミのことを愛してるんだよ、ってね」
(『あいしてる』💖///)
お耳に嬉しすぎる声。
「ぼっ、ぼくも❗️こんな言葉で伝わるかわかりませんが、い、言わせてください❗️」
変な負けず嫌いが突発。
「なに〜?(笑)」
もう聞く前に惚気てしまう。
「ぼくには、今の京楽隊長が、いっちばん、かっこいいですッ💖」
自分から仕掛けたのに、煙が出そうなほどポッポッポッ。
(ムキャァーーーッ‼️💓💓💓)
乱舞でした。
テンションが上がり、何かにくっつきたくなったなつみは、勢いで京楽の胸に飛びついてしまった。
「むきゃ?」
我に帰る。
「ムキャァーーーッ‼️💦💦💦」
我ながらの大胆さに気付きて、飛び上がって離れようとしたのだが。そりゃ離れられないさ。
「静かにしなきゃダメだろ?なつみちゃん」
「むぐぐッ❣️❣️❣️💦」
うるさいお口をお口で塞ぐこと、1、2、3秒。で離れると思ったが、そんなことはない。遠慮が必要ないとわかった彼の舌が、なつみの口の中をあちこち触って遊びたがる。
「ふぅんん///💦」
川で窒息したばかりのなつみは、また窒息しそうだった。助けてくれた人にやられるとは。苦しそうにしがみつく手が、余計に燃えさせてしまう。
クラクラな顔を見たさに、ようやく離れてくれる京楽。なつみの口はたらんと開かれたまま、小さな舌がしまえずに外を覗いていた。
「かわいい」
もう半纏脱いだ方が良さそうなほど熱いなつみは、これ以上キスされないように、京楽の胸板に顔をくっつけた。
「ごーめーん。怒らないで」
そんなこと言ったって、頭の傾きでわかる。むーっとなっている。
「機嫌直してよぉ。なつみちゃーん」
ゆ〜らゆ〜らと右に左に大きく揺れて、かわいいこの子をあやしてあげる。そうすると、下から声がした。
「ぼく…、やっぱり死んじゃったんじゃないですか…?」
「ええ?そんなわけ」
突拍子もないご意見に、主導権を握った気でいた京楽は面食らってしまうが。
「だって、こんなに幸せになれるわけないもん」
言った理由がこれで、トーンは拗ねている。愛おしくて、京楽はぎゅぅと抱きしめてあげた。
「なって良いんだよ。キミは生きてる。こんなに元気な鼓動を響かせてるじゃないか」
トクンっトクンっトクンっ
耳を澄ますともう1人分の音も。
「京楽隊長のも聞こえます…」
「キミのに比べれば、醜いもんだろ」
「いいえ…」
彼の着物の着方はいつも通り。胸元の開きが大きいため、なつみが瞬きをする度に、パサパサと肌に直接触れる。心までくすぐられるようだ。
「このままずっといっしょにいたいくらいです…」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない」
なつみの背に回されている片手が、何故かするすると前にやって来ようとする。
ゾクゾクゾク…
仕方がないのだ。なつみの場合、パジャマ、イコール、下着は無しなのだから、胸の膨らみに視線が行けば、布地越しでもわかる。見るだけで我慢はもう終わりだ。
「卯ノ花隊長はまだ呼ばずに、ボクが触診しちゃおっかな♪」
とイタズラなその手が胸に触れようとした時。
ガチャ
「木之本、入るぞ!良かったな、助かって!」
浮竹が中の状況も露知らず、当たり前のように彼らがいる病室の戸を開けてしまった。
「浮竹⁉︎」
驚いた京楽は、本当は止めようとした手なのに、誤ってツンとなつみの乳首に当ててしまった。
「あんっ……❤️」
甲高いいやらしい声が、フリーズした部屋にとどろいた。
「ッ…💦💦💦///」
今さら口を押さえても、出たものは帰らない。
「いや、あの、これ、違うんだ、浮竹。誤解だよ😅💦💦💦」
「💢」
弁明の余地はございません。
「ここをどこだと思ってんだ、京楽ーーーッ‼️‼️💢」
「ごめんなさーーーいッ❗️😫💦💦💦」
男性死神協会のメンバーが、外の廊下でもじもじしていたとさ。